~洛陽 城下~
豪臣とその肩に乗る朔夜は、早朝洛陽に到着し圓(うぉん)こと衛臻(えいしん)の店の前まで来ていた。
「さて、入りますかね」
豪臣はそう言うと、扉を開けて中に入った。
そこには、商品の陳列作業をしていた圓と従業員の姿があった。
誰かが入ってきたことに気がついた圓は、ゆっくりと振り向きながら
「すいません。まだ、準備中なんですよ。もう少ししてま・・・豪臣様っ!」
豪臣であることに気がついて、驚きの声を上げた。
「ども!」
そんな圓に、豪臣は笑顔で返す。
その後、豪臣は元(げん)こと、衛慈(えいじ)にも挨拶をして、朝食を用意してもらった。
そして、その食べ終えた後、豪臣は圓に頭を下げた。
「圓さん、すまん!」
「はへ?ど、どうしたんですか、いきなり!?」
急に頭を下げられた圓は、慌てて訊く。
すると、豪臣は、気まずそうに顔を上げ
「いや~、圓さんに貰った馬のことなんだけど・・・」
と、豪臣は、朔夜が馬を食べてしまった(嘘だけど)ことを伝えた。一応、朔夜も「ごめんなさい」と謝罪をした。
すると
「「・・・くくくっ、あっはっはっはっは!」」
衛親子は、笑い出した。
豪臣と朔夜は首を傾げる。
「くくく、豪臣様。儂らの財力を、くく、甘く見ないで下されよ」
「そ、そうですよっ!く~くくっ、馬の一頭や二頭、痛くも痒くもありませんって、くくく」
二人は、腹を抱えたり顔を押さえたりして、そう言った。
そんな二人を見た豪臣と朔夜は
(・・・あれ?俺の罪悪感は?)
(あたしの謝罪を返して欲しいですね)
と、溜息を吐いた。
豪臣は、衛親子の笑いが治まると
「そう言えば、鈴花はどうしたんです?」
と、切り出した。
「鈴花様なら、この洛陽から半日の所にある義勇軍の陣に行って居りますよ」
そう圓が答える。
「義勇軍?ってことは、もう集まっているんですね?」
「ええ。父が駆けまわって、何とか三千人の義勇兵を集めました」
「さんぜんっ!」
事も無げに言ってくる圓の言葉に、豪臣は驚く。
(オイオイオイ!何だよ、その人数は!)
豪臣が驚くのも、当然である。義勇兵と言えば、普通は数百集まれば良い方である。さらに言えば、何の知名度も無い豪臣に命を預けようとする。そんなことをする者は、愚者と見られても仕方が無いのだ。
ただ、このとき豪臣は、勘違いをしていた。別に、この三千人の義勇兵は“豪臣”の名に惹かれて来た訳では無い。“天の御遣い”と言う名に喰い付いてきたのだ。
豪臣は、二人からそう説明されると、ふと疑問が生まれた。
「どうして、俺が御遣いであることが、ばれてるんです?」
豪臣が、そう尋ねると
「鈴花様が、吹聴して回ったのですよ。このままでは戦力が集まらない、と」
圓がそう答える。
(なるほど・・・たった一月で三千人が集まる。つまり、噂に縋りつきたいほどに民が困窮している、そいうことか)
豪臣はそう考え、しかし
(そんなに俺に期待しても仕方ないのに・・・)
少しだけ苦笑した。
衛親子は、そんな豪臣には気づかずに現状を話し始めたのだった。
~豪臣の部屋~
豪臣は、日が暮れたころに部屋に入った。
そして、窓際の椅子に腰かけて、三日月(煙管)に火を入れて吸う。
豪臣の表情は、あまり冴えない。
朔夜は、そんな豪臣の膝の上に飛び乗り話し掛ける。
「あなたは、何を考えているのですか?」
「ん?皆、期待し過ぎだなー、ってな」
豪臣は、紫煙を吐き出しながら答える。
「良いではないですか。勝手に期待する者は、そうさせておけば良いのです。あなたが、心を痛める必要はありません」
「そうもいかないんじゃないか?さすがに、大将する訳だし」
「はぁ。別に、良いですけど。
で、その冴えない顔の、本当の理由は何ですか?」
そう言って、朔夜は豪臣を見上げてくる。
(あー、やっぱりばれてるのな)
「・・・黄巾党のことだよ」
「なるほど」
豪臣が答えると、朔夜は納得したように頷く。
「早すぎるのですね?」
「ああ。貂蝉の話を鵜呑みにするなら、“試練の始まり”まで約7ヶ月残っている。俺は、黄巾の乱の始まり辺りが“試練”のそれだと思ってたんだよ」
豪臣は、首を竦めながら言う。
昼食時。元たちの話を聞いていたときに、賊の中に千人を超える大きな集団が多数出てきている、と言うものがあった。しかも、その集団の中には、決まって体の一部に黄色い布を巻いている者が混じっていたそうだ。
黄巾の乱とは、中国史上最大の反乱と言われることのある大反乱だ。その総数は百万を優に超えていた、とも言われる。(ただし、非戦闘員が大多数だった)
しかしその反乱も、指導者である天公将軍(太平道では、大賢良師)こと張角、地公将軍こと張宝、人公将軍こと張梁の兄弟が病死・討ち死にしたことにより、蜂起から僅か一年も持たずに収束へ向かって行った。
「張宝・張梁が討ち取られた戦いが、それなのでは?」
朔夜は、歴史の流れからそう言った。
「・・・確かにな。・・・ってことは、だ。やっぱり、この義勇軍を率いていかないといけない訳だな」
「そうですね。期待されて嫌だ、何て言って居られませ・・・」
「どうした?」
朔夜は途中で言葉を切り、壁の方を見る。
「・・・鈴花です。こちらに向かっています」
「そ。まぁ、この話は終わりにしよう。どの道、ことが起きないと分からないことだ」
「ですね」
そして豪臣は、いつの間にか消えていた煙管に煙草を詰め直し、また火を点けた。
豪臣が、紫煙を吐き出すと
「失礼します、鈴花です。豪臣君、居ますか?」
鈴花の声が聞こえた。
「ああ。開いてるよ」
豪臣がそう言うと、鈴花はニコニコしながら入ってきた。
「お帰りなさい、豪臣君。そして、朔夜さんも」
鈴花にそう言われ、二人は、ただいま、と返す。
鈴花は、豪臣の対面の椅子に腰を降ろし話し始める。
「お迎えが出来なくて、ごめんなさいね。集めた義勇軍が駐屯している陣に行っていました」
「ああ。元爺から聞いてるよ。長い間任せっきりにしてすまん」
「いえ、お気遣いなく。それよりも、明日はお暇ですか?」
「ああ~。明日は予定がある。何でも、元爺が面白いところに連れて行ってくれるそうだから」
「あらあら。そうですか。残念です。出来るだけ早く、義勇軍の皆さんと対面して頂きたかったのですが」
鈴花は残念そうな声色で、しかしニコニコしたまま言う。
「そうだな。確かに早い方が良いな。なら、明後日に必ず行くから」
豪臣は、頷いてそう答える。
鈴花は、頬に手を添えながら
「あらあら、助かります。会わせたい方たちがいますから」
ふぅ、と溜息を吐いた。
「おいおい、どうした?溜息なんて吐いて」
「いえ・・・なかなかに個性的な方たちですので」
そう言って、鈴花はまた溜息を吐いた。
(おいおい!会って大丈夫なんだろうな、俺は!?)
豪臣は、そこはかとなく不安になってきた。
~洛陽 城内~
豪臣は、元に連れられて城まで来ていた。
もちろん、豪臣は今回の用事の内容は知らされていない。
「で、元爺。いったい城で何やろうとしてるんです?」
「何もせんですぞ。ただ・・・」
「ただ?」
元が、クイクイ、と指で近づく様に指示する。豪臣が、首を傾げたくなったが、我慢して耳を寄せる。
「この国を駄目にしている者を見せようと思いましてな」
「・・・・・・っ!ま、まさか・・・」
豪臣は、元が何を言いたいのかを理解して驚く。
(まさか、霊帝か十常侍に会うのか!?)
豪臣が驚いていると、ニヤ~、と元が笑った。
~城内 廊下~
霊帝との謁見が終了した後のこと。
「てかね。何で、こんなにも簡単に霊帝に会えたんです?」
豪臣は、元に訊く。
「儂が、禁中にも品を卸しておるからですよ。本日は偶々、陛下直々に労いのお言葉を掛けて頂けることになっておったからのぅ。で、どうでしたかな?」
元は、ニヤ、と笑い訊いてくる。
それを豪臣は苦笑いで返す。
「最悪」
(ただの肥えた豚だったな。顔も赤みが差していたし・・・酒焼けだったのか?)
豪臣は無能皇帝の前に立ち、気分は最低だった。
しかし、ただ一つだけ良かったことがあった。
それは
(あのおっさんたちは危険だ)
宦官の張譲と趙忠を見ることが出来たことだった。
(霊帝はアホだったが、あいつらは悪いことに関しては頭が回りそうだな)
豪臣が心の中でそう呟いたとき、前から商人風情の老人が歩いてきた。
「おお!衛慈殿!」
「久しいですな!」
相手方が話し掛けてきて、元もそれに乗る。
豪臣は、長引きそうだな、と思い。
「元爺。俺、先に帰ってますよ」
その言葉に元も頷き、豪臣は廊下を歩いて行った。
そして、角を曲がったところで、ふと、思いつく。
(ついでに少帝や献帝の姿も見とくか?)
「・・・・・・よし!行ってみよう」
豪臣は、そう呟いて周りを見回す。が、誰も居ない。
「よっ!」
そう言って屋根の上に上がり
(さてさて。どうやって見つけようかな~)
豪臣は、ニヤ、と笑った。
~??の部屋~
【視点・??】
「はぁ~」
私は部屋に戻ると、大きな溜息を吐いた。
本当に嫌になる。
父上様は、昼夜関係無く酒と女に溺れて張譲たち宦官に好い様に操られている。
宦官が私腹を肥やし、国庫は枯渇して逝く。国が衰退し、民は疲弊する。民が苦しみ、賊に堕ちる。賊が蔓延り、国は弱体化する。国が弱体化すれば、大陸が崩壊を始める。
最悪の悪循環。そして、その発端は父である霊帝。
(何が皇帝か!盛りのついた犬畜生じゃないか!あの糞じじ・・・オホン。あの変態父上様は、だ!)
私は内心毒づいて、溜息を吐く。
この漢という国の終わりは見え始めていた。
そう、この国は終わる。持ったとしても兄上様の代まででしょう。
そして、そこで国は滅亡を迎え、兄上様も私も皇族も宦官も殺されるでしょう。民にとっては、皇族を含めた上に立つ全ての者が憎いでしょうから。
「はぁ。誰か私を連れ去ってはくれないでしょうか」
この広い大地に、解き放ってくれないだろうか。
私は、数える程しか外に出たことが無い籠の中の鳥だ。自由など無い。安らぎも無い。いつ暗殺されるかも分からない。
(死ぬ前に、一度で良いから外で力いっぱい走りたい。風を感じたい。
・・・でも、叶わぬ願いですね。皇女など、誰が連れだせましょうか)
私は俯いてしまう。
ただ、私の願いを叶えてくれるかも知れない人物が一人だけ居る。
“天の御遣い”
もう1年も前の話。侍女が民衆の間で、実しやかに囁かれていることらしい。
帝と同義の“天”の名を冠する者。
もし、実在するならば会ってみたいですね。
(そう。急に現れて、私を攫って何処か遠くへ連れて行って貰う。そして、そこで二人仲良く暮らし・・・
ああ!二人では駄目!駄目よ!子供が欲しいわ!子供は五人くらい欲しいですねぇ。やっぱり初めての子は女の子が良いですね!そして、男・女・男・女の五人!家族で仲良く平和に暮らし、誰にも邪魔されな・・・ハッ!)
ついつい、いつもの癖で妄想に浸ってしまいました。
(はぁ。いけませんね。私としたことが・・・)
「・・・御遣い」
と、私が呟いて溜息を吐いたとき
ガタッ!
と上から物音が聞こえた。
「誰だっ!?」
私は、上を見上げる。
そこに居たのは・・・
【視点・終】
~南陽 城下宿屋~
ある宿屋の一室でのこと。
「ん、ん~。・・・あら?」
貂蝉は目を覚ました。
そこに
「おお!貂蝉っ!目を覚ましおったか」
卑弥呼が部屋に入ってきた。
「卑弥呼・・・どうやら、帰って来れたようねん」
「無事に、とは言い難いがな」
フッ、と卑弥呼が笑い、貂蝉が横になるベッドの横に置いてある椅子に腰を下ろす。
「して、うぬ程の者が誰にやられた?」
「・・・・・・」
貂蝉は、息を呑む。
そこに恐怖を感じた卑弥呼は
「まさか・・・奴か?」
と、訊く。
「ええ、そうよん。噂で、化物だの怪物だの言われてたけど・・・あれは本物よ」
貂蝉は、冷や汗を流す。いつものお姉言葉にも冴えが無い。
(それ程の者か・・・)
「見習いの小僧では勝てぬ、な・・・」
「一人では無理ね。いくら個人的に私たちより強くても、あの妖仙は別格よん。朔夜ちゃんと一緒でも殺されるわねぇ」
「むぅぅう!ん?貂蝉。何故、奴に手を出した?」
卑弥呼は、ふと、思い訊いた。
「戻って来る途中で立ち寄った外史で、ご主人様が狙われていたのよ。相手は、妖仙と恐れられている者だから、ちょっとだけ手を貸したのよ。
・・・でも、今頃あの外史は消滅してるわね」
貂蝉は、自嘲気味に答える。
「そうか・・・」
貂蝉の落ち込み様に、卑弥呼ですら何と言ってやれば良いのか分からなくなる。
しかし、ガバッ、と急に起き上がり
「でもねぇ~ん!ほらっ!」
そう言って、一つの桃を取り出す。
「これはちゃんと持って帰って来たわ!」
「おお!仙桃かっ!」
それは、仙桃。仙人の食糧、不老の妙薬、不死の妙薬などとも言われる物だ。
「これだけは死守したわ!」
「良くやった!では、儂はこれを朔夜に届けよう。うぬは、その間にしっかりと養生しておけ!」
「わかってるわよぉ」
「うむ。では、行って来る」
そう言って、卑弥呼は部屋を出て行った。
残された貂蝉は
「この外史に来たら、今度こそ止めてあげるわよぉぉん!」
と、周囲の氣を取り込み出して、回復を始めた。
あとがき
どうも、虎子てす。
お気に入り登録が170人に達しました。ありがとうございます<m(__)m>
さて、作品の話ですが・・・
今回は、次回登場予定のオリキャラへの布石ですね。
次回は、オリキャラが一気に3人出ます(まぁ、一人は分かるでしょうけど)。そして、一人既存キャラが・・・誰でしょうねぇ~
貂蝉をボコった奴のことは、乞うご期待。
朔夜は、次回かその次ですね・・・ふふふ
次回投稿は未定です。出来るだけ早く投稿したいのですが、どうなるか分かりません。
でも、見放さないで下さい<m(__)m>
作品への要望・指摘・質問と共に、誤字脱字等ありましたら、どんどんコメント下さい。
最後に、ご支援、コメントを下さった皆様。お気に入りにご登録して下さった皆様。
本当にありがとうございました。
ではでは、虎子でした。
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拙い文章ですが、よろしくお願いします。