大将軍織田舞人は深紅の甲冑を身に纏い、『帥』の旗と蝶の牙門旗を傍らに霞・麗羽ら将軍達を従えて許昌城を出陣した。率いる兵は20万余。向かうは徐州、劉備を征討する為の戦である。
一方華琳も漢の意に従わず、劉備と不戦協定を結んだとされる荊州牧劉表を討つべく春蘭・秋蘭ら主力30万の兵を率いて出陣。
これに対し、劉表は10万の兵を国境付近の樊城に派遣。持久戦で耐える構えを見せた。
一方の劉備はというと―――
「劉備が逃走中!?」
「ええ。捕虜にした兵から聞き出した情報だけど―――」
小沛城を奪取した織田軍の軍師・詠は新たに同僚となった市からある情報を聞き、驚愕していた。
すなわち、敵総帥・劉備が自らを慕う民と全軍を率いて益州を目指して敗走しているという報告だった。その総数は8千。彼女についていた諸豪族も離反して漢軍に降るか、義理堅い者も徐州落ちにはほとんど同行せずに各城に籠って時間稼ぎをしているという。
「この地で決戦するより臥薪嘗胆の思いで再起する道を図ったか・・・常人には出来ない決断を下したわね、玄徳は」
市は感心したようにフムフムと頷く。「それで」と市は詠に問う。
「賈文和の知謀、見せてくれるのでしょうね?」
挑発するような市の笑みに、詠は自信満々といわんばかりに笑みを返して見せた。
「もちろん!見てなさいよ、市!」
劉備軍は軍議の結果呉領合肥を通過して荊州に入り、江夏を経由しての益州入りを決定した。
「孫策さんも、私たちが曹操さんに降れば大軍を差し向けられて苦戦する事は必至。ですから、領土通過は認めてくれると思います」
諸葛亮の意見通り、孫策は劉備の呉領通過を黙認する構えを見せた。ただし、合肥城に猛将甘寧率いる3万の軍を駐屯させて劉備軍が狼藉を働けば即座に攻め潰すという条件をつけられたが。
劉備軍は総勢8千のうち先鋒に張飛・呂布・陳宮を置き、中軍は劉備が諸葛亮・鳳統とともに非戦闘員の民衆を率いる。そして趙雲・関羽が殿軍を率いて全軍の最後尾につくという布陣。
「くっ・・・やはり民を抱えては行軍の足は鈍るな・・・」
「愛紗よ、仕方あるまい。皆、曹操を否定し桃香様を慕い付いていく事を決めた者たちだ。桃香様はその様な者達を無下には出来んお方だろう?」
趙雲の指摘に、関羽は「優しいお方だからな」と穏やかに微笑んで同意する。戦国乱世を生き抜くには優しすぎ、甘い劉備の性格。だからこそ、自分たちは彼女を支えたいと心底思っているのだ。
「申し上げます!後方に砂塵あり、敵軍と思われます!」
「何だと!もう各城は落ちたのか!?」
伝令兵の報告に、関羽は上擦った声を上げる。劉備軍の中核たる民衆と総帥・劉備、そして両軍師がいる中軍はいまだに安全圏内といえる呉の領地に入ってはいない。
「いえ、敵軍は軍を5手に分け我が方の主要な城を囲んで攻撃中との由。こちらに向かってくるは―――」
その続きの言葉は聞くまでも無かった。彼女の眼に映るはもはや大陸中の人間に知れ渡った黒地に金の糸で刺繍された蝶の牙門旗―――
「織田本隊です!」
大軍を率いる上で寡兵に劣る点は『兵糧が多く必要』なこと。そして『小回りが効かず、素早さが必要な作戦行動に適していない』ことであるが、詠は劉備軍追撃の為にそれを解消した策を提示した。
「ボク達の軍は、民を抱えているとはいえ少数で逃げる劉備軍を追うには適さない数よ」
そこで、と詠は徐州の地図の数か所に墨で印をつける。印をつけられた場所を見て、麗羽が呟いた。
「これは・・・城があるところですわね」
「そうよ。そこでボクが市と相談して決めた事だけど、軍を5手に分けようと思うの」
詠から説明を引き継いだ市が、書簡を読み上げる。
「袁紹将軍と顔良将軍、張遼将軍と華雄殿、文醜将軍と張郃将軍、そして私田豊と賈駆殿の5組に分け、この五つの軍にそれぞれ3万の兵を振り分けます。そして本隊を除いたこの軍にはこちらの印が付いている城の包囲を担当してもらいます。そして主殿には―――」
「『残りの軍のうち、素早く動ける騎兵を率いて劉備軍を追撃してください』か!」
騎兵2万を率いた舞人は劉備軍の軍旗『関』と『趙』を視認し、先鋒部隊6千に突撃命令を下した。
「敵将は関羽と趙雲か・・・」
まずは小手調べと先発部隊を発進させた舞人は後年、劉備軍の将に対して次のような評価を下している。
―――劉備軍の中で大将軍たりえるのは関雲長ただ一人なり。この者おらずば蜀軍100万あれども恐れる事なし。
舞人は趙雲をあまり恐れていない。確かに個人的な武勇が優れているとは認めているが、将としては平均点を多少越えているぐらいだと断じている。一方関羽は武勇が優れている点では言うまでも無く、将としてもあの華琳が欲しがるほどの才能を持っている。
「敵として手強い分、味方にすれば心強い・・・か」
その呟き通りというべきか。
織田軍先鋒部隊6千は、関羽率いる殿部隊3千に苦戦を強いられていた。
退き鐘の音と共に敵軍が本隊に向けて敗走していく様を、関羽は安堵の溜息とともに見送る。
「星、急ぐぞ!」
「今のうちに逃げるぞ、退けっ!」
彼我の戦力差を比べれば追撃など出来るはずもない。2人は勝利の余韻に浸る間もなく兵を急き立てて敗走を開始する。
2人は出来るだけ織田の大軍がその力を発揮できない場所―――つまり、大軍の展開できない山道を選んで逃避行を続けていた。
しかし―――
「へへっ、関羽と趙雲発見!」
「逃がすな!かかれ!」
林の中から文醜隊と張郃隊が突如現れ『文』と金地の『張』の軍旗が翻して、猪々子と楓を先頭に織田軍支隊が突撃を開始する。
(簡単には逃がしてくれんというわけか!)
「迎え討つぞ!私に続け!」
関羽軍に撃退された部隊を回収・再編成の為に軍を停止させている舞人のもとに、文醜・張郃隊からの伝令兵が駆けこんできた。
「申し上げます!文醜将軍と張郃将軍率いる部隊が敵殿部隊と戦闘を開始しました!」
「両将軍に時間を稼がせ、こちらの合図を待つよう伝えろ」
舞人は伝令兵に伝令を持たせて走らせた直後、今度は麗羽達の隊から担当していた城を降したという報告が入る。
「それじゃ袁紹隊には作戦通りに動くよう伝えろ」
舞人は愛馬『舞月』の腹を軽く蹴り、全軍に駆け足気味に進ませる。
「皆、賈駆の策でまずは関羽と趙雲を捕らえるぞ!」
ガキィィィンッ!
「さすが、『美髪公』関羽といったところか!」
関羽と刃を交える楓は、敵将が自分より技量が上だという事を認めざるを得なかった。
得物のリーチの差もあるだろうが、青龍偃月刀を振るう関羽に刀を振るう楓は押されっぱなしであった。
「いや、そなたもさすが紅竜王殿の弟子と名乗るだけは・・・ある!」
ギィィィィンッ!
一方の関羽も、一騎打ちを優位に進めながらも楓の素早い攻撃に幾らか危ない場面があったのは事実だ。
チラリと趙雲の方に目を向ければ、彼女の素早い槍さばきにも猪々子は大剣を上手く使って防いでいる。
「もうひと勝負したいところだけど―――」
遥か遠くでなにかが破裂するような音。舞人が真桜に命じて作らせた合図用の癇癪玉が破裂した音だ。
「時間だ。それじゃ関羽、また会おう!猪々子、退くぞ!」
「よっしゃ、そんじゃまったなー!」
敵将2人は騎乗すると突如馬首を翻らせて兵と共に撤退していく。ふに落ちないものを感じながら関羽も趙雲と共に撤退を開始する。
しかしここから、関羽たちは詠の術中にはまっていく。
「おーほっほっほっほ!ここは通しませんわよ!」
「思いっきり悪役の台詞ですよう麗羽様ぁ・・・」
袁紹・顔良率いる軍勢が、所々の本隊合流への近道にすでに先廻りをしていたり―――
「おおっと、敵を前に逃げるんか、関羽?そんなんは許さへんで~!」
「関羽!この華雄と勝負しろ!」
張遼・華雄率いる軍勢が襲撃を掛けてきたりしていたが、彼女らはある程度時間が立ったら退く事とどこかに自分達を誘導しようとしている事が分かった。
(なんだ、何が狙いなんだ・・・)
「っ!愛紗、見ろ」
趙雲の指摘に関羽が目を向けてみれば、そこには二股に分かれた道があった。一方は平野におりると思われる下りの坂道。一方はさらに険しくなりそうな岩場の道が広がっている。
「どちらを行く?近そうなのは下り道だが・・・あからさまだな」
ただし敵軍は俊足を誇り、もう控えている可能性は否めない。しかしもう一方の道を行けば、劉備本隊との合流が遅れるかもしれない。
「・・・いや、ここはあえて近道を行こう」
関羽には読みがあった。普通なら近道に軍勢を伏せさせているのが常道である。しかし、関羽にも一流の武将だという自負がある。その自分に対してそんな当たり前のことをするだろうか?
「ははっ・・・」
山道を下り、平野に出た関羽は思わず天を仰いだ。
「こんなバカな事があるものか・・・!」
隣で轡を並べる趙雲も、さすがに絶句した様子で目の前に広がる光景を見つめていた。
殿部隊の目の前に広がる光景。それは―――
金の『袁』・『顔』・『文』・『張』・『田』、紫紺の『賈』・『張』・『華』、そして蝶の牙門旗と『漢』の旗。
鶴翼にこちらを包み込むように部隊を広げた織田の大軍が、こちらを待ち受けている姿だった―――
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第13弾です。詠が作戦を立てていますが、皆さんのご期待に添えているかなぁ・・・と不安な作者です。