「宗主、浦島の御前よりお電話が…」
関西での退魔協会の会合より帰宅したばかりの神凪重悟はその突然の電話に首を捻る。
『浦島の御前』それは間違えようも無く彼女、浦島ひなたの事だろう。
自分たち『神凪』と同じく退魔を生業とする『浦島』その現宗主である浦島ひなた。
『神凪』が『炎』を使うのに対し『浦島』は『水』を使う。
現在ではほぼ失われた精霊術を使う精霊術士の一族。
四大精霊の『地』の術士石蕗の血筋は失われたと言われて久しく『風』は神凪の奴隷のごとく使われる『風牙衆』へと継承されていた。
同じ関東に本拠地を置き、『炎』と『水』相性がいいわけも無く長きに渡り反目していた。
しかし、双方非干渉の体を取っており特に揉め事を起こすようなことは無かった。そう、30年前までは……
当時、先々代より『神凪』を継いだばかりの先代神凪頼通は本来炎雷覇の継承をもって継ぐはずの宗主の座を他の候補者の死亡や裏工作の上で宗主の座についたと陰口を叩かれるほどに『炎』を操る才に欠ける宗主であった。
己の噂を耳にしたこともあったであろう。当時すでに老齢の域にあった浦島ひなたに勝負を挑んだ。
見た目は小柄な年寄りであり、彼女に纏わる逸話の数々も過去のことであり今ならば若く全盛期であるはずの自分が勝てないはずが無い。
勝てば過去の逸話であろうと高名な浦島ひなたを倒した男として自分の名に箔がつく。
そう考えた頼通は戦いを挑んだのである。
元々『炎』と『水』という不利に加え、老齢に入っているとはいえ自らの力で伝説の手前にいる術者と歴代最弱であり術者というより権謀のみの策士がガチで戦ったのである。
結果は語るまでも無かった。
『神凪』の名は当代へと移るまで低迷を続けることとなる。
「お電話変わりました。」
実際、退魔協会の会合も名代を立て表舞台にはほとんど出なくなったひなたからの電話、しかも敵対に近い状態の『神凪』の宗主である自分にである。
いったいどのような用件であろうか自分の代になったおり祝いの電報はもらったが(分家の連中は嫌がらせだと激昂していたが)それ以来やり取りは無かったはずである。
「おひさしぶりですね。細かいことを今更いう気は無いので単刀直入に言いましょう。神凪は浦島に戦争を仕掛けるつもりですか?」
「………は?」
突然のしかも予想外の言葉に重悟はすぐには反応できなかった。
「重悟さん?まさかと思いますが何も知らないのですか?」
重ねられるひなたの言葉に漸く蘇生した重悟はひなたに尋ねる。いったいどういうう事かと……
事の起こりは、一週間前関西に重悟が出かける前日に行われた炎雷覇継承の儀まで遡る。
神凪家からは重悟の一人娘神凪綾乃と厳馬の長男神凪和麻の二名が出ていた。
他にも同年代の分家筋の少年少女が参加していた。
いずれも最年少6才から最年長でも12才の子供たちである。
本来であれば継承の儀はもう6~8年は後のはずであったが、現継承者であり当代である重悟が除霊中の事故で片足を失い前線参加が不可能となったのである。
炎雷覇の継承は次代宗主への足掛かりとなるため重悟と同年代からではなく次代を担う者からという事でその年代の子供たちの間で執り行われることとなった。
本来であれば子供たちが炎雷覇を担い扱えるような年になるまで現役の者たちが頑張るべきであるが、現在の神凪の炎術士にはそれだけの実力は無かった。
先代の時代にプライドばかり高く実力の伴わない分家筋の炎術士が幅を利かせ、浦島家に宗主が負けたことが内外に知られたことから実力があり分家や宗主に嫌気が差した者の多くは神凪を捨て、フリーの退魔士になったり他の組織へと出て行った。
中には重悟や厳馬といった当時の若手筆頭の実力者に期待を寄せ残ったものもいるがその数は僅かである。
そして今神凪が恐れるのは炎雷覇継承者がいない先代の時代のように外から見られることであった。
ここでひとつ問題があった。
本来であれば本家筋である神凪綾乃・神凪和麻の両名、神凪でも本家の更に才ある者にしか顕現しないという『神炎』その『神炎使い』である神凪重悟と神凪厳馬の子供である。
この二人こそが炎雷覇後継者に一番近いところにいるはずだった。
綾乃は最年少6才であるが炎を早くから顕現させ神炎こそ使えないが将来有望な炎術士候補と目されていた。
一方、和麻は当年9才本家唯一の男子として生まれた時こそ期待されていたが今は違った。
和麻には神凪であればあるはずの炎の加護が無かった。
炎を還元させるどころか炎に対しての耐火の力も無く。無能者の烙印を押されていた。
今では分家の者(大人を含む)の嬲り者となっていた。
本来なら庇う筈の父母も本家の自分たちから無能者が出たと和麻の存在を疎み助けることは無かった。
今では二人目の子供長女の煉のみに愛情を注いでいる有様であった。
宗主である重悟と一部の人間の保護が無ければとっくに死んでいただろう。
その和麻がなぜ継承の儀に参加しているか、それは頼通の推挙によるものだった。
自分の息子である重悟が宗主となり自身の地位の安泰と強化を図っていた頼通にとって厳馬は目の上のたんこぶだった。
重悟が怪我により現役を引退したため現役最強は厳馬になり、その発言力は以前より増していた。
頼通は和麻を一族満座の元晒し者とする事で厳馬を牽制しようとしたのである。
途中まで、和麻は頼通の期待を裏切った。
分家の子供を相手に体術のみで圧倒して見せたのである。
元々和麻は炎術の才こそ無かったが退魔士神凪のサラブレッドである。
そして彼は家族に認めてもらうために努力をした。
結果、分家の子供たちを体術のみで圧倒した。
バトルロイヤル形式の戦いの中綾乃を除く全員が和麻に掛かっていった。
そしてそれを止める大人はいなかった。
いや、止める間も無く叩き伏せられたのである。
「見事!」
囁く様に呟いたのは重悟ただ一人であり、他の者は皆顔を顰めるか舌打ちをしていた。
が次の瞬間その場にいた者は皆目を見張った。
ゴゥッ
転がっている分家の子供たちも巻き込み和麻を中心に巻き上がる炎。
ただ一人和麻に掛かって行かず、他の分家の子供たちの攻撃目標にならなかった綾乃の放った一撃であった。
そして、炎の加護を持たぬ和麻は全身に大火傷を負い勝負はついた。
重悟は知らなかった。
分家の子供たちが和麻にいっせいに掛かって行った事もそれを狙って綾乃が炎を放ったのも全部頼通の指図であったと言うことを……
そして重悟は己が娘に炎雷覇を託し、和麻に十分な治療をさせるように指示を出すと予定通り関西へと出かけ今日帰宅したのである。
重悟はまだ知らなかった。
和麻が碌に治療もされることなく放置され、それを分家の娘の一人が不憫に思い神凪より連れ出し浦島に助けを求めたことを。
そして、それについて浦島より連絡があったところ留守を預かる厳馬より「当家に和麻なる子供は存在しない」と返答されたことを。
更に浦島が何かを企んでると勘ぐった頼通が寄りによって炎雷覇を持った綾乃に頼通の息の掛かった分家の若者たちを付けて和麻を『処分』するように差し向けた事を……
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以前掲載させて頂いていたHPが閉鎖されて久しいためもういいかなぁと思いましてこちらへ……
あと、最初に書いた物がプロローグだけで全然進まないので取り合えず場繋ぎということで