私が望むモノは何?
いつも、そう心の奥底に問いかけてきた。
でも私には分かっていたのかもしれない。何百のフラッシュを浴びても、何千の称賛を浴びてもなお充たされなかった心が安息を見出した時、きっと、私は終焉を知るのだ、と――
どさり、と目の前で人間だったモノが倒れ伏し、一瞬にして色を失って灰燼と帰した。
それを見た私は手にしていた指輪の一つを転がし、手向けの言葉を送る。
「善(ヨ)き終焉を」
また一人、配下の者が反逆を起こし、世界の理(コトワリ)によって終焉を迎えた。
漆黒の織物が敷き詰められた床をころころと転がった指輪は、すでに散りばめられていた他のアクセサリーに阻まれて落ち着いた。
珀葵(ヒャッキ)でよく見た満天の星空のように、漆黒を背景にした宝石たちが煌めいている。その一つ一つが反逆した者たちの証だった。
「そうね、今度の戦で勝ったら、満天の星空を創りましょう」
「それはいいお考えです」
独り言のつもりだったが、背後に控えていた側近の叶(カナイ)が答えた。
別段、返事を求めたわけではなかったのに。
私は部屋の中央で、ソファにゆったりと身を横たえた。
「つまらないわ。つまらない」
すると、目の前で同僚が消える様を眉一つ動かさず見ていた叶(カナイ)が、苦笑した。
「そうおっしゃって、いったい何人の配下を亡くされたと思ってらっしゃるのですか」
「今ので98人よ。あと2人で100人。ちゃあんと数えているわ」
床に転がった宝石たちを指さし、私は再びため息をついた。
「退屈よ、叶(カナイ)」
側近である叶(カナイ)の長い黒髪を指で弄びながら、不服を訴えた。
髪を梳いていた指を額から頬、鼻筋に滑らせて、唇をなぞっていく。
叶の顔はとてもスキ。まるで誰かがつくったお人形さんみたい。磨いたみたいにきれいな肌と、サファイヤみたいに澄んだ瞳がスキ。光を当てると青っぽく輝く、つやつやの黒髪もスキ。指を通すと、絹の雨のようにすり抜けていく。
男のクセに、全然性別を感じさせない体つきも、仕草も、顔も、全部スキ。
「では、戦の申し入れをしましょう」
「前回の相手は退屈だったの。今度はもっと強い相手がいいわ」
「では、階序三柱の『凶人(マガツビト)』は如何でしょうか。個々の戦闘能力が非常に高いと聞き及んでおります。そして、新しい凶人の主は、非常に美しい方だとの噂です」
「じゃあ、そうしましょう」
叶(カナイ)の顔から指を外して、ソファから立ち上がった。
刻鍵の主から、刻鍵の主へ、戦の申し入れをする。
「月髪(ツキガミ)、凶人(マガツビト)の主へ戦の申し入れを」
目に見えず部屋に張り巡らされていた糸を指で爪弾いた。
部屋全体の大気が震え、刻鍵同士の『道』を拓く。
「叶(カナイ)、戦の準備を」
「御意」
跪いた叶(カナイ)の膝の下で、宝石が一つ、砕け散った。
ここは緋檻(ヒオリ)――神が創り出した理想空間|珀葵(ヒャッキ)の裏側に位置する、業の世界。
刻鍵に選ばれた主が軍を成し、戦を起こし、互いに力(チカラ)を奪い合う。
珀葵(ヒャッキ)のように、すべてを与えてくれる神が存在しないこの場所では、刻鍵を持つモノが神だ。配下に住む場所を与え、生きる術を与え、力を与える。
だから、主人に刃を向ける者は世界の理(コトワリ)によって終焉へと導かれる。
刻鍵は主の望みを叶える。
破壊願望に破壊を、殺戮意志に殺戮を。そして、支配欲望に支配を。
緋檻では、人間らしい感情の全てが肯定される。
私はずっと探していた。
世界から抜け出す術を。
――つまらない
だって世界は、退屈なのだから。
ケース2、清玄寺(セイゲンジ)沙羅(サラ)の場合。
刻鍵の長たるに相応しい資質を持つ者と判断する。
肯。
刻鍵の導きにより是を緋檻へと招き入れよ。
戦場へ。
堕落へ。
混沌へ――
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満たされる、充たされる、ミたされる――
神の嘆きが創り出した平和な世界『珀葵』、そしてそこから零れ堕ちたモノが業を背負う世界『緋檻』。
珀葵に蕩揺う平和の裏で、緋檻の民は業を重ねていく。
次→http://www.tinami.com/view/147764
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