一刀が董卓の下へと向かっている頃。
燃える街では、いち早く他軍よりも先に到着することができた桂花が、人々の救出にあたっていた。
【桂花】「怪我人は外の天幕へと運びなさい!手の空いたものは治療に回って!」
らしくないほど声をあげて、周囲の兵に指示を与えて行く。
しかし、ただでさえ先発部隊ということで兵数はすくない上に、薫と軍をふたつに割っているため、人手不足は目に見えて明らかだった。
【秋蘭】「桂花、こちらのほうが火の手が速い。何人か回せないか」
【桂花】「こっちも既に手一杯なのよ…」
【秋蘭】「くっ……そうか……」
予想していたよりもずっと火の回りは速かった。人為的に行われた事は明らかだったが、その対処に追われ、そこまで気を回していられる余裕は無かった。
ばちばちと火の粉を飛ばしながら、広がる炎は建物を次々に炭へと変えていく。
立ち上る煙に息苦しさを覚える。
【桂花】「まったく……」
兵だけでは手が回らず、自分達も必死に動くが、気ばかりが焦っていく。
死傷者など既に何人出ているか分からない。
【秋蘭】「せめて華琳さまが来られるまで……」
本隊がくればこの状況も変わるはず。
【???】「その必要はないですよ~」
【??】「街の裏側の救助は私達で既に完了していますので、後はこちらだけですよ」
そう思っている時、後ろから突然かけられた二人分の声。
【人形】「おいおい、ねーちゃんずいぶん美人に化粧しちゃってるじゃねぇか~」
【桂花】「な、うるさいわよ!こちらだけとはどういう意味かしら」
片方の少女の頭に乗っかっている人形が話しかける。
明らかに本体である少女が話しているのだろうが、今の状況でそこに突っ込んでいけるはずも無かった。
【秋蘭】「裏側がおわっていると?」
【??】「えぇ」
当たり前の事のように、メガネをかけた少女が言い切る。
【桂花】「……あなた達、何者?」
怪訝な顔でたずねると、一息ついてから、メガネの少女が名乗った。
【郭嘉】「私の名は郭嘉。こちらは程昱です。お見知りおきを、荀彧殿」
【桂花】「――っ」
――洛陽・郊外
【春蘭】「はあああ!!!」
春蘭が一振り、剣を振るうたびに、敵兵が鮮血を撒きながら倒れていく。時には数人同時に屠る姿は、修羅とよべるものだった。
春蘭一人をみれば、圧倒的な強さを誇っている曹軍。
しかし、その人数差から、全体をみれば明らかに不利となっていた。
【春蘭】「薫!!どうにかならないのか!」
【薫】「……強いね」
劣勢となっている状況は、何も人数差だけと言うわけではなかった。曹操軍の兵が屈強であることは、以前の黄巾の乱で国中に広まった事実だが、都の親衛隊ともなれば、その強さは戦を潜り抜けてきた曹操軍と比べてもまったく引けを取らなかった。
予想以上の力としかいいようが無い。
薫とて、敵の意思や過去の事実を知る事が出来ても、未来にあたる敵の強さまでは知りようが無かった。
敵の意思を汲み取って、常に優位に立つつもりが、実際に戦う兵に実力差があるために、どうしても思い通りには行かない。
【薫】「…………しょうがないなぁ……春蘭、ちょっと」
現状を眺めた上で、春蘭を呼びつける。
【春蘭】「……なんだ?」
【薫】「……春蘭には一番かっこいい役目をあげる」
【春蘭】「ほう!どういう役目だ!?」
【薫】「あ、う、うん。えっとね……」
予想以上の食いつきで、薫のほうが少し戸惑ってしまうが、とりあえず、まずは説明を始める。
こうしている間にも、戦況はどんどん進んでいく。ゆっくりなどしていられない。
少し早口になりながら、春蘭に作戦を伝える。
【春蘭】「なんだ、簡単ではないか」
【薫】「そ、そう?…………普通は結構無理難題なんだけどな……」
そのあたりは春蘭だからだろうと、頭の中で納得して、薫はじゃあ、まかせたよと、春蘭の背中を押す。
【春蘭】「任せておけ!」
馬にまたがり、自分の部下を連れて、春蘭は走っていく。
【薫】「あはは……。大丈夫かなぁ」
――何楽しんでるのよ。
春蘭の姿が見えなくなったところで、頭の中で声が聞こえた。
【薫】「ん?だって楽しいもん」
――戦だってのに。
【薫】「そういえば、そっちは随分怖がってたよね~」
――う、うるさい……!
それ以上は続かずに、声は引っ込んでいった。
【薫】「ん♪……そりゃ……他人が死ぬなんて、自分が消えるより楽に決まってるよ」
――洛陽
【馬騰】「ははははっ!おらぁよっとぉ!!!」
【呂布】「ちっ…!」
一見して、他の兵と同じような剣が、馬騰の手にかかれば、決戦兵器並みにその威力を発揮していた。
上から振り下ろせば、その風圧で床がえぐれ、横から薙ぎ払えば、剣圧だけで柱が両断される。
【呂布】「いい加減に……!!」
【馬騰】「ぐっ……ちぃっ!!」
防御に回っていた呂布だが、呟いた瞬間。戟を持っていた手が消えたように見せる。
今までの劣勢を一気に帳消しにする様に、その斬撃は馬騰を吹き飛ばすには十分すぎる威力だった。
【馬騰】「ふぅ……ちぃと疲れてきたな」
【呂布】「だったら……」
【馬騰】「まぁ、かえんねぇけどなぁ!」
【呂布】「――!」
【馬騰】「あははは!怒んなよっ!」
にぃといやらしく笑う馬騰に、呂布は動く事がなかった感情がわき始めているようだった。
すなわち、怒り。
【呂布】「…………」
だが、呂布から動く事無く、小さな吐息が一つ吐かれただけだった。
初めて誰かがわずらわしいと感じた呂布だが、同時に目の前の馬騰がもうどうでもよく感じられた。
【馬騰】「あ、てめぇ、何ため息なんか吐いてんだこら!」
【呂布】「お前、もういい」
【馬騰】「ああん?」
【呂布】「お前……疲れる」
当然いろんな意味で。
【馬騰】「つ、疲れるって……翠とおんなじ事いうなよ……」
とほほとうなだれる馬騰だが、呂布のやる気の無さにあてられたか、既に先ほどまでの闘気は感じられなかった。
【馬超】「ん~……あ、いた!ってか、母様なにしてんだよ!」
【馬騰】「あ~、やっときたか」
【馬超】「勝手にさきさき前に行かないで……って呂布!?」
【呂布】「…………」
【馬騰】「あぁ、これはもういいから、もどって街のほう手伝うぞ」
【馬超】「え、ええ?ちょ、これって、ちょっと母様ぁ!?」
引きずられるようにして、建物から連れ出される馬超。
【馬騰】「あぁ、そうだ。忘れてるかもだから教えておいてやるよ。さっさと行かないとお姫様が小僧にさらわれるぞ~」
【呂布】「――!!」
はっとして、呂布は後ろにある階段を上ろうと振り返る。
【馬騰】「お前!ちかいうち決着つけてやるからなぁ!」
【呂布】「…………」
一瞬視線を交わして、呂布は何も言わず、階段を駆け上がっていった。
【馬超】「決着ってどうやってつけるつもり……?」
【馬騰】「どうやってってそりゃお前……」
視線を馬超あらはずした後、にやっとして。
【馬騰】「にひ♪」
【馬超】「なんだその笑いはああああ!!!」
おそらく最上階。
これ以上階段が続かない場所まで上りつめて、一刀は息をきらしながら、一つの扉の前にいた。
【一刀】「…………」
ゆっくりと扉を開けて、中を見る。
【???】「…………」
【一刀】「お前が董卓、か」
窓際にいた少女。
確めるように話しかけると、その子は振り返って、言い放った。
【賈駆】「えぇ、そうよ」
新緑色の髪。それを翻して、少女はたたずんでいた。
【一刀】「俺が来た意味、分かるよな……?」
【賈駆】「この頸、なんでしょう?」
おびえる事なく、こちらを見据える彼女。
一つの覚悟とともに、一刀は口を開く。
【一刀】「…………あぁ」
土を掻き分けるようにして、馬の足が止まる。
乗るときと同様に、少し手間取りながら、琥珀は鐙から足を下ろした。
【琥珀】「…………」
見渡すようにして、周囲を眺める。
目の前には煙の上がる街がある。そこを取り囲むようにして、様々な軍が待機していた。
そのさまは、既に戦のものではなかった。
いかなければ。
そう思い、足を踏み出すが、二歩目が出ることはない。
【琥珀】「…………ここは違う……」
あの村ではない。
だから、同じことなんておきるはずがない。
だけど、怖い。
一刀を追うようにして飛び出してきたが、この景色はあまりにも昔とだぶって見えた。
【琥珀】「――っ!!」
思い切り力んで、ようやく二歩目が前にでる。
【琥珀】「はぁ……はぁ……っ!」
三歩目は大きく前へ。
軸足で地を蹴って、琥珀は走り始める。
――洛陽・郊外
少しの不安を抱えながら始まった小さな戦。
だが、それもどうやら杞憂におわったようだ。
未来でも見通しているように感じられた相手との戦。
当然勝ち目があるかは不安であったが……
【李儒】「どうやら、軍師としてはまだ未熟なようだな」
こちらにあわせて陣形を動かしていく様は見事といえるが、相手よりも少ない兵数での戦としてはとても褒められたものではない。
互角の戦いならば、最高の采配といえるだろうが、
【李儒】「それではいずれ力尽きるぞ司馬懿……」
将の質では劣っているものの、兵の質も量もこちらが上。
【李儒】「ふふ……決め時か。全軍、突撃をかけよ!!」
小競り合いの時間は終わり、騎馬隊を中心に、李儒の軍が突撃をかける。
決して弱いわけではない曹操軍だが、それでもとても防ぎきれるものではなかった。
【兵】「司馬懿様、右翼が崩れ始めています!」
敵の突撃を受け、こちらの弱い部分から崩れようとしていた。
【薫】「っ……まずいなぁ……春蘭急いでよね……」
敵の意図を知ろうが、それを対処するだけの力がなければ、それは知らないのと同じこと。改めて、自分の力の限界を実感する瞬間だった。
【薫】「右翼は一度引いて立て直して。追ってくるようなら…………」
頭の中に、崩れていく自軍の光景が流れていく。少し間が生まれて、薫は指示を続ける。
【薫】「ううん、やっぱり引いて。止まらなくていい」
そう伝令に伝えて、薫は一息。
【薫】「こういうときは確か……」
昔読みふけっていた兵法書に書かれていた内容を思い出す。
勉強して知る事とそれを活用することはかなり違う。
【薫】「はぁ……せめて夜ならなぁ」
不満げに呟く薫だった。
――洛陽
【賈駆】「どうしたの?この頸がほしいのでしょう?」
【一刀】「…………なんで、この街はこんなことになったんだ」
動かない一刀を煽るようにたずねる、董卓だと名乗った少女。
けれど、一刀はそんな問いを無視するように、少女に尋ね返した。
【賈駆】「なぜ、とは……噂を知らないのかしら」
【一刀】「董卓の暴政……」
【賈駆】「暴政とは随分ね。この街の人間が”私”を否定しただけ……それだけのことよ」
【一刀】「…………」
彼女の言葉を受け入れることが出来ない。
悪いのは自分を認めなかった周りの人間だと。
【一刀】「なんで、だよ」
反逆の芽として、董卓は逆賊となった。
都での暴政。天子の意をくまない遷都。
噂だけではない。事実としてこれらがあったが故に、袁紹も立ち上がり、諸侯も動き始めた。
【一刀】「お前が……お前が……っ!!!」
追い詰められたはずの暴君は、ひどく落ち着いていて。
【賈駆】「………………」
【一刀】「あの人達も……お前が!!」
街にはいって、飲み込まれそうになった俺に正気をくれた、あの人も。
戦で、俺に切りかかってきた人も。
目の前で死んでいった人達が、全部こいつのせいだと、血が頭に上ってしまう。
なにより、俺が、人を殺さなければいけなかったのも。
【賈駆】「憎いのなら斬ればいい。そして名乗りを上げるのね。董卓は俺が殺したと」
なのに、どうして、この娘はそんなにも落ち着いているのか。
どうして、自分のほうが、こんなにも余裕がないのか。
【一刀】「――っ!」
気づいた時、彼女はすぐ目の前まで近づいていた。
【賈駆】「簡単でしょう、この剣で……」
俺の手に収まっている剣を、自分の首にあてがい……
【賈駆】「力をこめればいい」
【一刀】「…………」
簡単だ。たしかに。
あとはこのまま腕を振り切ればいい。
それで終る。
自分がそうするとは思わなかったけど、結局は誰かがこうするために、この戦は始まったんだから。
決意するように、強く目を閉じて、強く剣を握る。
そして、覚悟を決めて、目を開ける。
【一刀】「な――」
【賈駆】「…………」
同じようにして、その娘も目を閉じていた。
閉じられた隙間から、透明な涙を流して。
【一刀】「なんで――」
【賈駆】「……これで、救われる人もいる」
彼女が何を思っているのか、一刀にはまったく分からなくて、部屋に入ってから、
ずっと自分を殺せといい続けてきた彼女は、少なくとも死にたいわけでもなくて。
救われるのが誰かとか、そんなことも頭にはまるで入らない。
ただ、気分の悪さは、戦の中で感じた何よりもひどかった。
――そして、部屋の中に、深紅色の模様が刻まれた。
――洛陽・某所
【董卓】「詠……ちゃん……?」
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50話投稿です。
ちょっと書き急いでしまったかもしれないです。
この辺の展開の仕方が難しい(´・ω・`)