ブリッジで大まかな説明を受けた後、フィリオはハンナと一緒に艦内を見学して回っていた。格納庫、機銃座、機関室、リラクゼーションルーム、食堂などを回り現在は居住区にやってきていた。
「ここが居住区だ。あたしらはみんなここで寝泊まりしてる。基本は2から3人で一部屋。あたしやトランキル、クロエ司令クラスは個人の部屋を持ってるよ。フィリオはおそらくここのどこかの部屋に居候することになるだろうね」
「それは問題があるのでは・・・・・・」
フィリオにとって男女が同じ部屋に住むというのは抵抗があった。しかしハンナはそんなことを気にした様子はない。
「別に問題ないだろ。あんたの実力は皆認めてるし、ただ寝る部屋が同じなだけだろ」
少し前まで生粋のメルトランとして過ごしてきた彼女には男女の関係は敵同士というものでしかない。人間の持つ倫理観など知る由もなかった。
「ま、何かあったらあたしの部屋に来ればいいよ」
そもそも男女が同じ部屋である事が問題なので何の解決にもならないのだがとりあえず「お願いします・・・・・」と答えておいた。
「一通り案内したけどこれからどうする?」
「格納庫へ。機体のチェックをしたいので」
「あいよ」
フィリオはハンナの肩に乗り格納庫へと向かった。
機体のコックピットに座り計器をチェックしていくフィリオ。ハンナは横にしゃがみ興味深そうにその様子を眺めている。全く操作方法が違う機体が気になるようだ。
「その操縦桿ってので機体を操作すんのかい?」
「ええ。機体の形態によって多少変わりますけどね」
「面倒だねぇ」
彼女たちが操縦するクァドラン・ローは機体というよりもパワードスーツに近い。体の動きがそのまま機体の動きとして反映される。普段そんな機体を使っているので操縦桿による機体制御は不便に思えたのだ。
「そうでもないですよ。確かに機体の操作に制限はでますけど、これならパイロットが無事であれば手足の一本がなくなっても動けますからね」
バルキリーなら操縦系とパイロットが無事なら機体を動かすことは可能だ。しかしクァドランではそうはいかない。機体の手足を失うことはそのまま体の一部を失うということだからだ。これがバルキリーの強みと言えた。
「なくなった手足は交換すればいいだけですしね」
「確かにそれはいいね」
そんな感じで機体の利点と難点を議論する2人。するとハンナを呼ぶ者がいた。
「隊長」
「ん? ああ、どうした?」
「機体の整備終わりました。報告書は既に隊長のデスクに送ってあります」
「・・・・・(コクコク)」
「そうかい。ご苦労」
「ハンナ、この2人は」
フィリオがそう尋ねると「ああ、まだ紹介してなかったね」と返事をした。
「あたしの直属の部下だ。あんたの模擬戦の相手でもある。ピンクの髪の方がサナ・クロイツ」
「よろしくね」
肩まで伸びたピンクの髪をサイドテールにしているサナ。少し童顔でスレンダーな明るい印象の美人である。
「ちなみに適当に発砲して位置を知られた揚句、撃墜された方な」
「あっ、隊長ひどい!」
「あははは・・・・・」
「・・・・・(ツンツン)」
フィリオが2人の足り取りに苦笑していると頭をつつかれる。つつかれた方を見るともう一人の方がしゃがみ込んで興味深そうにフィリオを見ながら様々のところをつついたり引っ張ったりしている。
「あの・・・・」
「ロロが興味を持つなんて珍しいな。そいつはロロ・クーネン。無口で基本的にはほとんどのことには無関心だが、フィリオは気に入ったみたいだな」
「ロロ・クーネン。・・・・・・よろ・・・・しく・・・・・」
「あ、よろしくお願いします」
青い髪のショートボブのロロ。無表情で何を考えているのか全く読めない。表情豊かなサナとは正反対の女性だ。所謂不思議ちゃんである。
「いちおう当面のあんたの同僚だ。仲良くしてくれ」
「フィリオ・エディア・ホッセン准尉であります。よろしくお願いします」
とりあえず確認作業に戻りチェックリストをこなしていくフィリオ。しかしその様子をロロが食い入るように見ているのでやりにくいことこの上ない。しかしやめてくれとも言いにくいので出来る限り早く作業を進めた。
「ふぅ」
「終わったかい?」
「はい」
「・・・・・終わり・・・・・?」
「え、ええ。自分にできるのはここまでなので」
「本格的な整備はどうするの? うちじゃ整備できないよ?」
と、サナが尋ねる。
「大丈夫です。ある程度の整備なら自分でできますし、来月には女性で編成された整備員が配属される予定ですしね。緊急時には機体だけマクロス7に送って自分はゼントラン化してこちらでクァドランを借りて任務を続行することになってます」
「ゼントラン化できるの!?」
驚くサナ。ロロも意外そうな表情をしている。
「母がメルトランディーなんです」
「ミリアさんの部下であたしや司令とも旧知の仲さ」
「模擬戦で使った技が母の得意技ですね。親が顔見知りなので馴染みやすいだろうというのも自分が選ばれた理由の一つです」
「そうなんだ」
「これから司令室に行くけどあんたたちも来るかい?」
「いいんですか?」
「ああ。あんたらにも関係してくることだしな」
「喜んでついて行きます!!」
「・・・・・ます・・・・・」
「それじゃ、行くか」
フィリオはコックピットを出て差し出されたハンナの手に乗ろうとしたが、誰かに襟をつかまれそのまま持ち上げられる。フィリオを持ち上げた人物、ロロはそのまま人形を抱くように胸の前でフィリオを抱きしめた。予想外の出来事と子中にあたる何とも言えないやわらかい感触に動揺するフィリオ。
「あの・・・ロロ・・さん?」
「・・・・ロロで・・・いい・・・・」
「じゃ、じゃあ、ロロ。いったい何を・・・・」
「・・・・だめ・・・・?」
「うっ」
無表情なロロが小首を傾げ物欲しそうにするその表情は反則的に可愛らしい。体格差がかなりあるためある程度低減されてはいるが、それでもその威力は絶大だった。もし身長が同じくらいなら抱きしめていたことは間違いないだろう。
理性を保ち必死に現状の打開策を頭をフル回転で考えるフィリオ。結局いくら考えても打開案はでず、せめて態勢だけでも変えてもらうことにした。
「ロロ。出来れば・・肩に乗せて運んでほしいんですが・・・・・。その方が動きやすいので」
「・・・・・・わかった・・・・・」
ロロは少し残念そうだったが再びフィリオの襟とつかんで持ち上げると肩に乗せた。
「・・・・行く・・・・・」
そういうと歩き始めるロロ。表情は変わらないが足取りは明らかに軽い。スキップでもしそうな勢いでズンズン進んでいく。ハンナ以下その場にいた者たちはそれを呆然と見送る。
「あたし・・・・あんなロロは初めて見たよ・・・・・」
「私もです・・・・・」
2人のつぶやきにその場にいたものすべてが首を縦に振った。そしてロロ達が見えなくなったところで自分たちも行かねばならないことを思い出し、慌てて追いかける2人だった。
司令室に到着すると4人を出迎えたのは頭を抱えるクロエとトランキルだった。何かの資料を眺めては溜息をつくを繰り返している。
「司令、トランキル、どうかしたのか?」
「おお、来たか。少し問題が起こっていてな」
疲れた表情で答えるクロエ。
「私が同じ部屋で休むことに不満でも出たのですか?」
フィリオが言ったことは当然出てくることが予想される問題だった。兵士たちにとってフィリオは少し前まで敵であった存在だ。さらに異種族な上に男である。不満も出て当然だった。
しかしそんなフィリオにトランキルが出した答えはその真逆のものだった。
「逆だ。お前の部屋を自分達のところにしてくれという申し出が山ほど来ているんだよ」
「・・・・・・は?」
現状がいまいち理解できていないフィリオ。クロエは頭をかきながら現状を詳しく話す。
「先の模擬戦で予想以上にお前に部下たちが興味をもってしまってな。この艦どころか他の艦の兵士たちからも同じような要望が出てきている。受け入れを拒否したのならまだ話は簡単だった。私かトランキル、ハンナの部屋に住まわせればよかったからな。だが現状でそれをやると逆に不満が出かねない。全く、面倒なことだ」
「あたしの部屋に住まわせればいいんじゃないか。早く部隊に慣らさせるためと上官との信頼関係を作るためとか理由をつければみんな納得するだろ」
「職権乱用と不満が出るのではないでしょうか?」
ハンナの打開案にトランキルが警鐘を鳴らす。彼女が敬語なのは昔ハンナの部下だったからだ。
考え込む3人。フィリオ、サナ、ロロは口出しするような雰囲気ではないため黙って成り行きを見守っている。
事態が動いたのは数分後のことだった。答えが出ないイライラに耐えかねたクロエが机をたたきながら勢いよく立ちあがる。
「もういい! フィリオは私の部屋に住ませる!!」
「し、しかし司令!」
「口答えは許さんぞ、トランキル! 全館に指令を出せ。このことに不満がある者は直接私のもとに来い。いつでも相手になってやるとな!」
「まあ、それが一番問題にならなくていいかもな」
「ハンナさんまで!」
「落ちつけよ、トランキル」
「落ち着いてなどいられません! 指令にもしもの事でもあれば!」
「そんなことはないよ。司令はそんなすぐにやられるようなタマじゃないし、フィリオもそんなことするような奴じゃない。それに、こいつは親善のために来てるんだ。ここで問題を起こせば自分は死に、両艦隊が戦闘状態に入ることは明らかだ。そんな迂闊なことはしないさ」
「これは命令だトランキル。各艦に通達しろ」
「・・・・・了解しました・・・・」
まだ不満そうなトランキルだったがクロエには逆らえず渋々納得した。そして部屋を出る前にロロの肩に座っていたフィリオをつかむと自分の口元に持ってきて何かをつぶやく。そしてロロに投げ返して司令室を出た。
「何言われたの?」
「ちょっとした・・・・警告かな・・・・」
フィリオは言葉を濁した。トランキルはこう言っていたのだ。
「貴様が何か少しでもおかしなことをすれば艦砲の一斉射で宇宙の塵にしてやる」と。フィリオは今後の生活に更なる不安を感じ、頭を抱えるのだった。
「ここが私の部屋だ」
クロエの肩に乗りたどり着いたのは艦内の特別区画にあるクロエの私室だった。
ここに来るまでフィリオはかなりの精神的ダメージを被っていた。好奇、羨望、嫉妬、怒りなど、さまざまな意味合いの視線がフィリオに突き刺さりまくっていたからだ。まるで針の筵に放り込まれたような時間を何とか耐え抜いたフィリオの精神は疲労困憊だった。
「どうした? 疲れているようだが?」
「・・・・え? あ、ああ、ええと・・・少し疲れているだけです。慣れない場所でいろんなことがありましたので」
「そうか。早く慣れることだな」
「はい」
そう言うとオートロックにパスコードを打ち込み部屋の中に入る2人。クロエの私室は見学で見せてもらった一般兵の部屋(2人で1部屋)の3倍ほどの広さで、飾りっ気のない質素な部屋だった。奥にはベットがあり、シャワー室も完備されている。来客用のソファー等も配置されている。
「ここがお前の部屋になるわけだが、寝場所はどうする? 必要であれば寝具を用意させるが?」
「いえ、先立ってこちらに送った物資の中に、白いコンテナがあります。それがそのまま簡易的な部屋になっているのでそれを運びこんでいただいて、後は水道と、電気をつないでいただければ、それで生活できますので」
「そうか。ではすぐに持ってこさせよう」
数分後、クロエの指示でコンテナが持ってこられた。普通のコンテナとは少し違い、白いアクリル板のような素材で囲まれたそれは、バルキリーがガウォーク形態で収まるサイズで、部屋の隅、クロエのベッドの隣に設置された。
「これがお前の部屋か。こんな小さな空間で生活できるとは、マイクローンとは楽だな」
「我々のサイズからすればこの艦の一般兵の部屋くらいはありますから。十分ですよ」
「そうか。今日はもう遅い。もう休むとしよう」
「そうですね」
「これからよろしく頼むぞ、フィリオ准尉」
「こちらこそよろしくお願いいたします。クロエ司令」
これからの生活を考えながら、フィリオは眠りに就いた。
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皆さんあけましておめでとうございます。
これからもよそしくお願いします。