森の中、一人の青年が倒れている。
その周りには彼の荷物が散乱していた。
倒れている彼は、まるでベッドで眠るかのように穏やかな顔をしていた。
そんな彼の耳元で声が囁かれる。
「豪臣(ひでみ)。そろそろ起きて下さい」
子虎の朔夜(さくや)である。
「ちょっと起きて下さい、豪臣」
朔夜は小さな前足で、豪臣を起こそうと肩を揺らす。
しかし、彼は
「んん・・・」
ゴロリ
と、朔夜とは反対方向に寝返りを打つ。
それを見た朔夜は言う。
「・・・最後ですよ、豪臣・・・起きて下さい!」
叫んだ訳ではない。ただ囁くように、しかし、怒気を込めて最後の警告を発する。
そんな警告を無視して豪臣は呟く。
「後5分・・・」
「・・・#」
(そうですか、そんなに痛い思いをしないと眼が覚めませんか)
朔夜は心の中でそう呟き、一気に身体に気を込める。
すると、朔夜の体が巨大化した。先程までの愛らしさは何処へやら、その姿は神々しく雄々しい。また、その怒気を含んだ鋭い眼を見てしまえば、トラウマに成りかねない程の威圧感がある。
しかし、それでも豪臣は眠り続ける。
大虎となった朔夜は、人の掌より大きく、そして重い前足を振り上げ
ズン!!!・・・ぐりぐりぐりぐり
と豪臣の頭を踏みつけ、そして体重を掛けながら捻りを加えていく。
500㎏近い朔夜の足に踏みつけにされ、顔面が地面にめり込んでしまった豪臣は
5秒程の沈黙、そして5秒程の痙攣、そして
ぱんぱんぱんぱんぱんぱん!!
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬって!!!)
必死になってタップする。
起きたことを確認した朔夜は素直に足を上げてやり
「おそよう、豪臣。起きて早々なのですが、確認して欲しいことあります。ですので、痛がってないで顔を上げて下さい」
抑揚の無い声で、そう声を掛ける。
一方の豪臣は
「いやいやいや、酷くないか?俺、窒息死と圧死の直前まで逝ってたんだけど」
あまりの苦痛に、顔を押さえて蹲っている。
「十二分に手加減はしました。そんなことより、早く顔を上げて周りを見て下さい」
「手加減って、普通の人間な・・・ら?・・・あらら?」
周囲を確認した豪臣の前にあるのは、先程までいた富士の樹海とは明らかに違う森。
(此処は何処、ですか?)
「・・・朔夜。此処が何処か分かるか?」
異様な状況に、豪臣は頭のスイッチを切り替える。
(近くに人の気配は無い、か。この木々たち、樹海の木とは種類が違うな。いったい、どうなっている)
そんな彼を見ながら、朔夜は溜息をつき、子虎へと戻る。そして
「先程、あたしが言ったことがこれです。景色も違えば、周囲の気も先程とは明らかに違っています」
そう言って、豪臣の肩へ飛び乗る。
「だな。さっきの鏡にこんな仕掛けがしてあった、と思うのが普通だが?」
「はい、あたしもそう思います。おそらく陳(ちん)の言っていた“試練”では?」
「試練、ね。鏡に触って資格がありました。では、そのまま試練を受けて下さい、ってか?」
「おそらく」
豪臣は深い溜息をつき、ガックリと項垂れてしまう。
「何をやっているんですか?早く行きますよ。こんな処で沈んでいても一文の足しにもなりませんよ」
肩に乗る朔夜は、励ますでもなく、お願いするのでもなく、ただ行け、と言う。
(やっぱり、自分じゃ歩かないのね)
豪臣は、肩の朔夜を見ながらそう思う。
彼女はその視線に気づいて
「あたしは寝ます。邪魔しないで下さいね」
そう言ってから、眼を閉じて丸くなった。
豪臣は溜息をつき、刀やリュック、煙管が無くなっていないか荷物を確かめる。
そして
「よし!行きますか!」
そう言って、豪臣は足を進めていった。
一時間程行くと、豪臣は足を止め、眼を細めて前方を見る。
(人の気配がするな・・・2、いや、30人は居るか?)
肩の朔夜も眼を覚まし、顔を上げ前方に集中する。
そして
「・・・前方約800mに33人、ですね。一人を取り囲む様にしています」
「囲む?ホントか?」
「はい、確かです」
朔夜は、そうはっきりと断言する。
気の探知・探索にかけては朔夜の方が豪臣よりも上である。そのことから、おそらく正しい情報だろう。彼はそう判断する。
(しかし、人が囲まれている?森の中で?襲われているのか?・・・嫌な予感がするな)
「助けに行かないのですか?」
「行くに決まってる」
朔夜の問いに、呟くように、しかしはっきりと豪臣は答えを返す。
そんな彼を見て、朔夜は嬉しそうに眼を細める。
「ええ、それでこそあなたらしい」
そんな彼女を見て、豪臣は唇を片方だけ釣り上げ
「行くぞ!」
と、前方に向け走り出した。
森の中、一人の少女が剣を持った男たちに取り囲まれていた。
少女の右肩は、腫れ上がり、痛めていることが一目で分かる。そして、体中に擦り傷があることも見て取れる。
(怪我さえ、肩さえ無事ならこんな数、簡単に切り抜けられるのに)
少女の足元には、小柄な彼女には不釣り合い過ぎる巨大な武器がある。
(どうしよう。この肩じゃ、後何回か攻撃したら壊れてしまう)
少女は、あまりにも不利な状況に不安に思いながらも、周囲の男たちに眼で牽制し近づけさせないようにする。
しかし
「へへへ、どうしたよ嬢ちゃん!もう終わりか?」
「ハハッ!さんざ梃子摺らせやがって!」
「まったくだ。こっちは何人殺られたことか」
男たちは、明らかに重傷を負っている少女のことなど、恐くはない、と言わんばかりに笑う。
少女は、男たちの言葉に悔しそうに唇を噛む。
男たちは、さらに続ける。
「散々、狩りの邪魔されてきたからな!」
「これで、やっとあの村から飯が調達出来る様になるな!」
(く!そんなこと・・・)
少女は、残る力を振り絞り
「そんなこと・・・させません!!」
巨大な自らの武器を男たちに投擲する。
しかし
「おっと!危ない、危ない」
男たちの頭らしき男、髭面の男は軽く避けて笑う。
(そんな!やっぱり今の全力じゃ、こんなにも簡単に避けられてしまう)
「もう、止めときなって、嬢ちゃん。肩、痛いんだろ?」
蔑む様な眼差しで、言う髭面の男。
(もう、駄目。武器を引き戻す力が残って無い)
「今、楽にしてやるよ。オイ!デブ!」
「ん?・・・お、お頭?」
デブと呼ばれて出てきたのは巨漢。
「オイ、デブ。この間、この嬢ちゃんに腕折られたろ?譲ってやる・・・殺れ」
頭と呼ばれた髭面の男は、デブに命令する。
デブは嬉しそうに少女の前まで出る。
少女に抵抗する力は残されていない。
「う、嬉しいんだな。あ、あの時は、すっごく痛かったんだな!」
デブは、そう言ってゆっくりと剣を持つ腕を上げていった。
そんな光景を見ながら少女は
(みんな・・・ごめんなさい)
そう心の中で謝罪し、死を覚悟し眼を閉じた。
しかし、次の瞬間、聞こえてきたのは
「止めろ!」
という男の声と
ギン!
という剣が何かに当たる音だった。
走る豪臣の眼に映ったのは、少女の前にデブと呼ばれた巨漢が進み出るところだった。
(何だ?・・・!!あの男、剣を持ってやがる!)
そう気づいた豪臣はスピードを上げる。
デブが、剣をゆっくりと振り上げていく。
「このままじゃ、ギリギリ間に合いませんよ?」
「分かってる!」
朔夜の問いに即答する豪臣。
(ああ、分かってるさ!だが、“人”前で本気になる訳にはいかない・・・なら!)
豪臣は、走りながら大きく息を吸い
「止めろ!」
そう叫んだ。
(よし!)
デブの振り下ろした剣は、不意に聞こえた叫びによって、振り下ろすタイミングが少し遅れた。
豪臣は男たちの隙間を風の様に抜け、デブの剣を
ギン!
と、豪臣が背負っていた野太刀、新月(しんげつ)で受け止める。
そして、デブの剣を弾き上げ、腹に蹴りを入れる。
デブは
「ブホッ!」
と言って吹っ飛んでいく。
(ふ~、間に合った)
豪臣は心の中だけで安堵する。
そんな彼の背から
「え?え?」
と、戸惑いの声が聞こえる。
豪臣は、周囲を警戒しながら、しかし、笑顔で振り返る。
「もう、大丈夫だよ」
「え?えっと・・・」
「少しそこで待ってて。すぐに追い払うから」
そう言って男たちへと対峙する。
それまで、行き成りのことに、呆然としていた男たち。
そんな中、頭の男が口を開く。
「おう、兄ちゃん!よくもやってくれたな!どうなるか分かってんだろうな!」
「それは、こっちの台詞だ!女の子1人に、大の大人が30人も寄ってたかって・・・分かっているんだろうな!」
捲し立て、睨みつけてくる頭に向かって、豪臣は応える様に殺気を放つ。
「「「!!」」」
男たちは、その殺気に怯む。
しかし、頭は
「何してやがる!数で掛りゃ恐くねえ!殺れぇ!」
と、命じる。頭の命令で、男たちが襲い掛かってくる。
しかし、豪臣は焦ることも無く
「無駄だ」
そう言って男たちに突っ込んだ。
音がして少女は眼を開ける。
「え?え?」
(だ、誰ですか?)
少女は、驚きと焦りで一杯になる。
そんな中
「もう、大丈夫だよ」
豪臣が笑顔を向けてくる。
「え?えっと・・・」
(き・・・綺麗な人・・・///!わ、私は何を!こんな時に!)
彼は、少女の焦りには気づかずに
「少しそこで待ってて。すぐに追い払うから」
そう言って男たちの前に出ていく。
そして、そこでの彼の戦いから、少女は眼を逸らすことが出来なくなった。
一方的、あまりにも一方的だった。
豪臣は、相手の剣を全て避け、殴り、蹴り、刀を峰にして振るっていく。
男たちは、自らの剣が当たらず、殴られ、蹴られ、骨を砕かれ、心を折られていく。
誰も死んでない。しかし、それこそが男たちの心を折る。
手加減されている
そのことが男たちに恐怖を与えていく。
そして、男たちが動かなくなった。否、動けなくなった。
圧倒的な力の差を前に、ついに、前進する気力を失ってた。
その様子を見て
(雑魚が)
と、豪臣は思い、相手に刀の切っ先を向けながら
「失せろ。二度と顔を見せるな」
と、抑揚の無い、殺気の込めた言葉を掛ける。
次の瞬間、男たちは逃げようとした。しかし、頭だけは違った。
「ちくしょおおぉ!」
頭はそう叫びながら少女に向かって走りだし
「お前だけでもぉ!」
剣を振り上げた。
「しまった!」
豪臣はそう叫び、頭の後を追う。
(クソ!油断し過ぎた!)
そう内心で叫びながら刀を振り上げる。
「こんの!止まりやがれ!」
その時、豪臣は焦りで気づかなかった。刀の刃が頭に向いていることに
自分が、思いの外、刀に気を込めていたことに
そして
ブシュ!!
頭と呼ばれた男は、頭から両断され、ただの肉片と化した。
「・・・・・・・・・・・・」
「「「う、うわあぁぁぁああ!!!」」」
数瞬の沈黙の後、自分たちの頭を失った男たちは、我先にと森の中へと消えていった。
残ったのは、
血の付いた刀と頭であった者の残骸を呆然と見つめる豪臣。
そんな豪臣を少し心配そうに見つめる朔夜。
そんな豪臣をただ眺めるしかない少女だった。
他の男たちは去った。
しかし、そんなことは、今の豪臣にとってどうでもよかった。
(・・・殺したのか?・・・誰が?・・・俺か?俺が殺ったのか?)
豪臣の頭の中に、血、殺した、血肉、殺人、といった言葉が巡る。
(殺したくてやった訳じゃない!護ろうとしただけだ!そんな眼で見るな!)
もう眼すら分からない頭の残骸に向かって、心の中で叫ぶ。
(この手に残る感触は何だ?俺は殺人者?違う!殺したかった訳じゃ・・・・・・)
そんな考えだけが、豪臣の頭を支配していた。
そして、残骸に向けられていた視界を何かが遮る。
「あ、あの!・・・大丈夫、ですか?」
そんな緊張した声、しかし、何処となく優しく、心配そうな声
豪臣は、その声で自分が少し安心した気持になったことに気づき、意識を手放した。
沈黙が続く中
少女は、ゆっくりと足を引きずりながら豪臣の方へ歩く。
(すごく辛そうな、悲しい顔)
さっき微笑んでくれた人が、悲しい顔をしている。
(いやだ!)
その気持ちが、この沈黙の中で少女を豪臣の前まで行かせた。
(私を護るために、こうなってしまったんですか?)
と、少女は豪臣の顔を見つめ、心の中で問いかける。
(助けてあげたい。どうしよう・・・よし!声、掛けないと)
「あ、あの!・・・大丈夫、ですか?」
と声を掛けた瞬間、豪臣が少女に向けて倒れて
「え!?あの、あのあ、きゃ!!」
少女は豪臣を支えきれず、押し倒されるように一緒に地面に倒れた。
(え///?!何で///?どうし・・・て?)
少女は一瞬慌てたが、倒れ込んできた豪臣の顔を見て、少し落ち着いた。
豪臣は、涙を流しながら、しかし、何だか安堵している様な顔をしていた。
少女は、少し微笑みを浮かべるが、すぐに
「これ・・・どうしたら、良いの?」
自分の置かれている状況を理解し途方に暮れる。
自分の怪我は肩だけじゃない。
これから、伸し掛かる彼から抜け出し、さらに運ばなければならない。
(大変そう・・・ですね)
少女は、内心で苦笑し、さっきから彼の背中で毛繕いをしているまっ白な子虎に視線を向ける。
すると
「・・・・・・」
何故か、憐みの視線で見られている様な気がした。
あとがき
どうも、虎子です。
昨日、初めて投稿して出かけまして、帰ってきてクリエイターメニューを見てビックリ。
いきなり、閲覧数が500を超えていて、支援して下さった方までいらっしゃいました。
本当に、ありがとうございます。
さて、作品の話ですが・・・
私、投稿した作品を読み返していて気づいてしまったんです。
自分の首を絞めていたことに。
陳留と長沙の場面で『北』と書いてしまっていたため、初めに邂逅するキャラの選択権が無くなっていました(董卓軍か呉軍かで迷っていたんです)。
悩んだ挙句、 もう、好きなキャラ使っちゃえ! と今回の作品になりました。
急造作品なので、どれだけの方に読んでいただけるか・・・
まあ、そのような不祥事に見舞われながらも、どうにか投稿できました。
これからも、頑張って書いていきますので、よろしくお願いいたします。
文章中に誤字脱字等ありましたら、コメントにガンガン書いてやって下さい。
最後に、ROXSAS様、自由人様、nayuki78様、北斗七星様。コメントいただきありがとうございました。
ではでは、虎子でした。
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拙い文章ですが、よろしくお願いいます。
オリ主人公にしたこと・・・
すでに、激しく後悔しております
しかし、まだまだ反省はしていません!