「全っ然効いてねぇじゃねぇか!」
二の丸に犇めいていた骸骨兵団が二手に分かれ、一糸乱れぬ様子で移動を始めたのを見て、悪鬼は後方に控える鞍馬に、今にも嚙みつきそうな顔を向ける。
「敵が前と後ろから来るッス! 狛犬どっちに突撃するッスか!」
二人の声に、鞍馬がぐるりと視線を巡らせ、二の丸と三の丸の間の空堀を渡る通路を通り、こちらに向かってくる骸骨兵団を暫し眺める。
「なるほど、一見すると包囲されそうな動きに見えるが……いや、まだ穴があるな」
三の丸のどん詰まりにある、この要地をすんなり明け渡したのは、ここまで引きずり込む為か、なるほど。
とはいえ、これで堀を含めて三方を囲まれる事になるが、式姫の跳躍力からすれば、三の丸を囲う塀はさほどの障壁にはなりえない、逃げ道がある現状は包囲されたという程の状態でもないが……。
「まぁ、十中八九、この唯一の逃げ道には何か仕込んであるんだろうけどね」
とはいえ、まだこちらの逃走経路はいくつか選択肢が残っている。 鞍馬が見るところ、もうひと手間掛けて、更に逃走路を絞らないと、我々を包囲殲滅するなり、逃げる敵をじわじわ削る類の手は打ちにくいと思うが……さて。
他人事のようにそう呟く鞍馬の顔に焦りの色はない。
「おい、きーてんのか!軍師のねーちゃんよ!」
「むやみに胴間声張り上げるんじゃありませんわ、バカ悪鬼」
ふぅ、と流石に疲れた様子でこちらに歩み寄ってくる天狗と天女に、鞍馬はねぎらうように視線を向けた。
「ご苦労だったね、即席とは思えない見事な祭儀だったよ」
「久しぶりに天女さんやおつのさんと歌を合わせられて、私としては楽しい任務でしたわね、こんな仕事でしたら、いくらでも引き受けますわ」
「あれをやらなきゃならないような相手は、そうそう敵に回したくないけどね。二人はそのまま後方で主君の直衛に付いてくれ」
「承知しましたわ」
「あたしを無視すんな!それで、うちらはどっちを叩けば良いんだよ!」
「もう少し待機していてくれたまえ、君らの突破力を使う場はここではない」
「ここではないって……何を呑気な事を言ってやがる、ホネ共ががしゃこんがしゃこんこっちに来てるのが見えねぇのかよ!」
ぺしん。
天狗の羽団扇が、悪鬼の頭を軽く叩く。
「何しやがんだ、スカシ天狗!」
「だから静かになさいと言ってますの、鞍馬さんの計画をちゃんと聞いていないからそうやって慌てるんですの、バカ悪鬼」
みんな騒いでも慌てても居ないでしょ。
天狗の言葉を聞いた、悪鬼と狛犬がぐるりと首を巡らすと、苦笑したり、にやにや笑っている一同の顔が二人を見返す。
「……んだよ、あの火はそれじゃ一体何だったんでぇ!」
「作戦会議中に鼻提灯ぶら下げて昼寝してるから、そういう間抜けを言う羽目になりますの、仕方ないから頭脳派の私が、バカ悪鬼に特別にもう一度説明して差し上げますわ」
くすっと笑った天狗が羽団扇で、最前まで天狗と天女が祭儀を行っていた場所を指し示す。
「バカ悪鬼に判るように言えば、今回のこれは、守りの堅い相手を崩すために、連続して殴りつけるような作戦、という事ですの」
「……つまり、おめーがやったのは」
こちらの発言の内容を多少は理解できた様子の悪鬼の顔に、特に半畳も入れず、天狗は頷き言葉を続けた。
「おつのさんと私たちが行ったのは、死者の瘴気に汚されたあの城の二の丸の浄めと、この場に山の力を導くこと、それと当然、あの浄化の三昧火をぶつける事で、あの地に満ちる力をある程度相殺する事も狙いではありますけど」
(この一撃で片が付くほど、敵の本拠地の守りは甘くなかろう、それでもあれだけの力をぶつければ、一時的にその力を弱める事は出来る……さらにその上に一撃を加え、敵の守りを崩す)
この祭儀は、あくまで、次に用意した本命の攻撃の為の地ならしに過ぎない。
ひやりと漂っていた冷気が、身を震わせる程の寒気となって、辺りを覆いだす。
「やれやれ、判っておったが、この切り札は猫には辛い」
仙狸が若干身をかがめながら、着物の前をきつく合わせる。
「そして、本命の準備も整ったようですわね」
山神に、その力を更に増すように山の力を導いた。
「……おゆきねーちゃん」
天狗の羽団扇が指し示した先を見た悪鬼が、どこか彼女には珍しい畏敬の念を帯びたつぶやきを漏らす。
悪鬼と一緒に、天狗の指し示した先をちらりと見た狛犬が、珍しく怯えた様子で、耳をぺたりと寝かせながら視線を外した。
「……これ、怖いおゆきッス」
狛犬、このおゆき苦手ッス。
彼女の周囲の空気が、徐々に青みを帯びた灰白色に染まっていく。
比喩ではない、大気の中にありし水気が凍結を始めていた。
空気が軋み、砕けた破片が陽光を弾いてきらきらと無数の光を帯びて煌めく。
「女王の身を飾る夢幻の宝石って感じねー、すっごい綺麗」
「ちょっと真似してみたいよね、後で氷操る術とか習得してみようかな」
「おー、良いじゃん良いじゃん、出来るようになったら私も混ぜて」
「任しといてー、まぁ、にわか仕込みじゃ力加減間違えて二人で氷柱になるかもしんないけどね」
「あはは、それも良いじゃん、夏場にやればすぐ溶けるっしょ、むしろ涼しくって一石二鳥!」
「水も滴るいい女ーー!」
「いえーい」
吉祥天と烏天狗の賑やかな会話を、苦笑しながら聞いていた紅葉が、こちらに迫る骸骨兵団に真面目な目を向ける。
「……本当なら火葬にでもしてやれてりゃ良いんだろうけどね」
そっちはさっき拒絶されちまったし、悪く思いなさんなよ。
「何だ、この天気の急変は!?」
堅城最上階から、骸骨兵団と式姫たちの動きを見ていた男の顔が強張る。
春の穏やかだった空がにわかに曇り、大気が急速に冷え込んでいく。
高峰の山頂付近ででもなければ、これは自然の天候の動きではありえない。
この周囲に、何やら凄まじい力が満ちてきている。
まさか……まさか式姫共は、あの浄化の祭儀以外に、まだ何か奥の手を隠し持っていたというのか。
「我が白き腕は、雪を誘う」
おゆきの蒼白な腕が、鈍色に染まった空に掲げられる。
しん。
それに招かれたかのように、それまで晴れていた空が鈍色に染まり、大粒の雪が舞いだし、大地に降り積もっていく。
降りしきる雪の中に、全ての音が閉ざされ、世界を静寂へと導いていく。
「我が吐息は、吹雪となりて、世界を吹き抜ける」
吹き出した風がひょうひょうと、鋭い刃が風を切る時のような背筋の寒くなる唸りを上げ、しんしんと降りだした雪を巻き上げながら、世界を白く染めていく。
「我が目に映る全ては、その営みの全てを凍てつかせる」
降りしきる雪が、骸骨兵達の足や腕に降り積もる端から凍結していく。
雪と氷に覆われた骸骨兵団の動きが、目に見えて鈍る、二の丸と三の丸を繋ぐ空堀に渡された細い道を移動していた連中など、すでにほぼ動きを止め、その身を雪の下に埋め始めていた。
自然ではありえない光景を、天守から声も無く見ていた男の着物が、吹き込んできた強い風に煽られる。
白く雪が積もりだした欄干や廊下が、見る間に氷結していく様を見た男が、拳を蒼白になるほど強く握り、呻いた。
骸骨兵団だけではない、奴ら、この堅城さら、この地を氷漬けにして無力化しようというのか。
なんという力だ。
「……化け物め」
この城の持つ、攻撃的な術に対抗するために張り巡らせた守りの力が、先の浄化の三昧火を退けた直後故か、常よりも遥かに弱い。
足許に氷が迫り、視界もほぼ白に閉ざされ、周囲の状況も何も見えない。
これは、耐えられぬな。
「我、この地の全てを冬に鎖(とざ)さん」
おゆきの宣告と共に、堅城と二の丸が、逆巻く吹雪の中に、完全に包み込まれた。
この周辺の上空を厚く覆う黒雲から、無限に降り注ぐ雪を、竜巻の如き吹雪が全て巻き込み、堅城二の丸を中心とした領域を急速に純白と氷の中に閉ざしていく。
「これが大雪山を司る山神の結界か、恐るべき物じゃな」
仙狸の、見ているだけで寒いと言わんばかりに首を竦めながらの呟き、そして傍らの鞍馬も珍しく感嘆に息をのむ。
「山に棲むモノは、大なり小なり人を立ち入らせぬ為の術は心得ているものだが……」
この力は別格中の別格。
生あるものが、その領域を侵すことを拒む、峻厳なる雪山の化身、おゆき。
命の全てを春の訪れまで厚く厚く白と蒼氷の世界の下に覆う、冬の女王の力。
さしも霊地の加護を集約した堅城も、おつの君の放った三昧火の後に立て続けでこの力が来ては抵抗しきれず、氷の中に封じられていく様がここからも見て取れる。
ここまでは、私の想定通りに進んでいる。
「もう少し経てば、骸骨兵達の動きはほぼ封じられるだろう、後は自由に動ける妖共が城内から出撃してきたら、それらを個別に討伐しつつ、堅城に突入する」
鞍馬の声に、ようやく自分たちの出番が来たと、悪鬼と狛犬の顔に喜色が漲る。
「堅城突入後は、私と烏天狗君と天狗君を中心とした三隊に別れて、骸骨兵団を操っている術者、もしくは祭壇を探し出し排除する事を主目的とする。 部隊編成は事前に伝えた物を基本として欲しいが、状況的に無理な場合は、各自の判断で部隊を組んで行動する事、ただし、個人での城内突入や探索は厳禁とする」
鞍馬の言葉に一同が頷き交わす。
「あの骨共の相手をせんで良いのは助かるが、雪と氷と吹雪の只中に飛び込めというのはしんどいのう……」
「ばーちゃんみたいな事言ってんじゃないよ、どてらでも着て戦うかい?」
仙狸のぼやきに、紅葉がにやにや笑いながら半畳を入れる。
「冗談抜きで、今この場で綿入れと熱い茶が貰えるなら、わっちの有り金全部くれてやっても良い位じゃよ」
存外真面目な顔で仙狸はそう返して、吹雪の間にその威容をのぞかせる堅城と、それをまじろぎもせず見つめる軍師に目を転じた。
(これで勝った……という顔ではないな)
慎重な軍師だとは思っていたが、自身で作り上げたこの状況を見てすら、勝利を確信はしないか。
出来れば、これで終わりになってくれれば良いが。
「二の丸内の骸骨兵団、完全に動きを止めましたわ!」
「鞍馬ー、骨々達、完全にかっちんこっちんの氷像状態だよー……けど他の物の怪共も、出てくる様子は今の所ないね、城内で一緒に氷漬けになってるのかな」
少し上空に上がりながら、二の丸全域を見ていた天狗と烏天狗からほぼ同時に声が発せられた。
それを聞いた鞍馬は、ひとつ頷くと羽団扇を掲げた。
「よし、では突入……」
「待って! 何か、何かおかしい!」
鞍馬が攻撃開始を命じようとしたその時、一同の後ろから響いた、おゆきの声がそれを遮った。
「おゆき君……一体?」
訝し気に振り向いた鞍馬に、おゆきは強く頭を振った。
「とにかく一旦止まって!」
その、彼女には珍しいほどに切迫した様子に、悪鬼や狛犬すらその足を止めた。
おゆきが一同の元に駆け寄り、堅城の方を睨む。
「あの一帯を自身の結界とした君が、何かを感じたのだな?」
より深く、あの地に力と意識を通した君が……。
鞍馬の言葉に、おゆきは堅城から視線を外さぬまま、硬い表情で頷いた。
「ええ、あの天守に、何か途方もない存在が……」
そう口にしかけたおゆきの顔を、強い光が照らす。
いや、彼女だけではない、周囲一帯を明るく照らす強い光が、堅城の最上階から放たれていた。
その、真夏の陽光を思わせる強く激しい光が、上空を覆う黒雲を貫き、青空を取り戻していく。
それは光だけではない、真夏の日差しの如き熱量が、さながら冬の終わりを告げるが如く、堅城を埋め尽くした雪を徐々に溶かしていく。
「おゆきさんの冬の結界を破壊するとか、どうなってんのよ、あの城は」
術の達人である烏天狗が、途方もない力の存在を感じて、らしくない呻くような声を上げる。
「……おゆき君、これか、君の感じた力というのは」
その正体……判るか?
「多分ね……あんまり考えたくない相手だけど」
これはまさしく、火を噴き、溢れる火泥の下、全てを焼き尽くし呑み尽くす火の山に住まう荒ぶる力。
「火龍よ」
■おゆき
ゲームとしての式姫の庭では回復系のキャラなので、こんなに攻撃的な力は使わないのですが、4コマとか見てると割と普通に何でも氷漬けにするので、そっちに寄せて描写する事が多いです。
普段は狛犬とわちゃわちゃやってる、ちょっと面白いお姉さんですが、多分本気出すと怖い。
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烏天狗ちゃんと吉祥ちゃんの賑やかしコンビは癒やし