No.1139071

透き通る想い

Jさん

アフロディーテ×瞬です。

2024-02-21 13:31:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:137   閲覧ユーザー数:137

 

 

 

双魚宮の、薔薇園。

冬である今は花が咲き誇るような華やかな景色は無いそこでアフロディーテと瞬は手入れをしている。丁度剪定の時期なのだ。用意された作業着を着て、薔薇の棘が刺さらぬよう革手袋を嵌めた手で瞬は剪定用鋏で枝を切っていく。

数え切れぬ程の薔薇の木。時間が掛かるが、その分春には美しく咲いてみせてくれる事だろう。

パチ、パチ…と鋏の音が響く。

 

既に十一時を回っていた。

もう昼だ、アフロディーテは空腹を感じているし瞬もそろそろ腹が空いたと言ってくるに違いないと、手を止め背後の瞬の方へ向き額の汗をタオルで拭う。瞬は座って慎重に剪定している。全く真面目な奴だと、アフロディーテは苦笑いを浮かべた。

 

「瞬、昼にしよう。手入れの手伝いの礼に君が好きな菓子も用意してあるぞ。」

「ありがとう。じゃあ…。」

 

瞬は本当に嬉しそうにしていた。しかし、返事を途切れさせたままだ。立ちくらみでも起こしたのか、瞬は額を押さえしばらく沈黙しながら俯いてしまう。その刹那、フラ、と。その場で気を失い倒れてしまったのだ。アフロディーテは慌ててその体を抱き上げ顔を覗き込む。

顔は赤く、汗をかいていて苦しげな呼吸を繰り返している。

 

「瞬!」

 

呼んでも返事をしない瞬の体を抱いてアフロディーテは双魚宮の自室へと駆ける。着くなり素早く作業着を脱がせて華奢な体をベッドへ寝かせ瞬の額へ掌を乗せてみればやはり熱い。熱がある。瞬は自分の不調に気付いていただろうに、言い出せなかったのか。

先輩である者に気を遣うのも仕方が無い事だがアフロディーテは瞬の全てを見せてほしいと、まるで恋人に求めるものを望んでいた。瞬が優しい人間だと言うことを分かっていた筈だがこの状況に今まで共にいた時間は自己満足の為かと、不調に気付いてやれなかったと自分に苛立っていた。

作業着を脱ぎ捨て、私服に着替えるとキッチンで氷嚢と水に濡らしたタオルを用意し水筒に水を注いでから薬棚を覗くと買っておいた筈の解熱剤を切らしている事に気付いた。アフロディーテは植物については多識であり、暫く使っていなかった薬研を引っ張り出して保存しておいた風邪に効くとされる薬草―麻黄、杏仁、甘草、桂皮を混ぜすり潰したものを紙に包んで皿へ乗せる。用意した全てのものをトレイへ乗せ、アフロディーテは部屋へ戻る。

その中央のベッドでは微動だにしない瞬がただ苦しげに胸を上下させていて、テーブルへトレイを置きベッドのすぐ側の椅子へ座ったアフロディーテは辛さに歪んでいる瞬の顔を暫く眺める。

 

「ごめん、ね…。」

「瞬?」

 

ふと瞬の声が聞こえた。

アフロディーテは顔を覗き込み耳を澄ませるが、荒い吐息以外はもう何も聞こえない。譫言だったようだ。片腕で頭を抱き上げ若草の色をした髪の下へ氷嚢を固定すると、濡れたタオルを額へそっと添えるように置き、瞬が目を覚ますまでじっと見つめ続ける。

 

もう二時間程経っていた。

 

アフロディーテは瞬の傍らに座ったまま動かずにいる。幼いながらも美しい顔立ち、今は美少年だが美青年へと成長するであろうそれを眺めながら、今までの瞬との様々な事を思い出す。

よく笑う少年の顔が今はそうでない事に胸が痛む。

苦しいのか、瞬が左手を彷徨わせると咄嗟に手を握ってやる。男同士だ。だが、今は気にもならずただ瞬を心配していた。

間もなくゆっくりと熱に涙が滲んだ翡翠色の瞳が開かれる。薔薇園からの記憶がない瞬は、天井を眺めるようにしてから此処がアフロディーテの部屋だという事に気付いたようだ。熱く汗で湿っている瞬の手を、どれ程心配しているのか伝えるかのように握り締める。

 

「大丈夫か?…君は薔薇の手入れの途中に倒れたのだ。」

「そうだったんだ。貴方がお昼にしようって言ってくれたところまでしか覚えてないよ。」

「無理もない。その熱ではな。」

「ごめんね。」

「今は薬を飲んで休む事。いいね。」

「…はい。でも、…アフロディーテ。今は、傍にいて下さい。こうして、僕の傍に。我儘でごめんなさい。」

 

申し訳なさそうに眉を下げて弱々しく微笑みながら、瞬は優しく手を握り返してきた。求められている。

愛しい。

触れた手に、表情に、言葉に、反応に惹かれてしまっていた。今まで何故気付かなかったのかと思える程鮮明な目の前の少年への愛情。想う相手が男であること、そんなものは最早どうでも良いとさえ思えていたのだ。

想いを伝えたい――それは行動となっていた。アフロディーテは顔を寄せると、スカイブルーの髪が瞬の頬を滑る。ゆっくりと柔らかく薄い唇へと触れ合うだけのキスをすれば、荒い吐息が擽るようにしてアフロディーテの唇を湿らせる。

数分はそうしていた。漸く唇を離しても顔は離さずに見つめ合うが、瞬は驚きに目を見開いていた。

 

「あの。」

「私は君を想っている。」

「え…。」

「気付かなかった。会えない時に寂しく思い君を待っていた。帰っていく背を見て次はいつかと待ち焦がれた。おかしいだろうが、君とこうしていて気付いた。私は君が好きなのだ。」

 

ただその瞳に目の前の青年の顔を映し出しているだけで、何も答えぬ瞬にもう一度キスをしようと双眸を伏せるが、柔らかいものがそれを阻止し口を覆われて叶わない。瞬の手だった。握っていた手を軋む程に強め口を覆う手を優しく退ける。

 

「待って。」

「何だ。気持ち悪かったか?男にキスをされてこうして告白された事が。」

「違うんだ。」

 

否定で返事を遮った瞬の声は熱のせいで掠れてきている。それに気付いたアフロディーテは慌てて顔を離し、トレイにある薬草の粉末を乗せた皿と水筒へと手を伸ばした。この状況で感情に任せて想いを吐露してしまった事にアフロディーテは自分を責め、また苛立っていた。

 

「これを飲め。風邪に効果がある薬草だ。」

 

瞬の左手に水筒を、右手に薬草の粉末が乗った皿を持たせ言い聞かせるようにして頷いてみせ、先程の事を無かったかのように振舞ってみせた。瞬は素直に頷き一言礼を告げてから上体を起こすと、額のタオルが枕元へ落ちるが気にせず粉末を口内へ流し込むようにしてから水をゆっくりと飲み始め、水筒を空にする。それをアフロディーテが片した。

先程の続きが聞きたかったが無理をさせる訳にはいかず、枕元の熱いタオルを水に浸してこよう、そして瞬を休ませてやろうと立ち上がりかけると熱い何かに手を掴まれアフロディーテは振り向く。

 

「瞬?」

「待って。傍に、いて下さい。」

「だが、タオルを。」

「大丈夫だから、僕から離れないで。それに、さっきの事…ちゃんと答えられてないです。」

 

瞬はアフロディーテの手を掴むようにして握り締め懇願している。タオルは床へ落ちた。無言のまま、手を掴まれたままの男が再度椅子へ座り直すと手を繋ぐようにして二人は暫し無言で沈黙を守っている。まだ荒い呼吸は続いているが、長い沈黙を破ったのは瞬だった。

 

「僕はね、アフロディーテ。こうして、双魚宮へ呼んでくれたあなたと薔薇の手入れや、お花見をしたり、デスマスクやシュラと話せる機会が出来たり、一緒に街へ出て買い物をしたり。色んなあなたが見れて、色んなあなたを知れて嬉しかったんだ。」

 

アフロディーテは黙って聞いている。瞬の体の心配はしているのだが、純粋な瞳に見つめられながらもしっかりとした返事に聞き入るようにしている。繋いだ手は熱く、二人の掌には汗が滲んでいる。きっと、いや、確実に断られるだろうと覚悟して表情を引き締める。後悔もない、瞬が好きだと言うことは真実だ。これからも隠すつもりもない。受け入れてくれるまで待とうと、それがアフロディーテという男である。

 

「あなたに会える事、笑ってくれる事、怒ったり、たまにおしゃべりになったり、僕には持ってないものをあなたは持っていて、あなたがさっきキス、してくれた時…もっと欲しいと思いました。僕の体のことなんて気にしないでって。でもあなたのキスで頭の中が真っ白になって、さっきは恥ずかしくて、その。」

「瞬。」

 

思わず繋がった手を引き寄せる事で熱く華奢な体を抱き締めていた。辿々しくも素直な、純粋な少年らしい返事だ、そう思うと同時に愛しさに我慢が出来なかった。頭に頬を擦り寄せて、時折そこへ口付けながら背を撫でる。勿論過去に恋愛経験もある。キスも、抱擁も、それ以上もした。だが、胸を焦がすような想いを経験したのは初めてだったのだ。どうしていいか分からない、だが焦がれる想いは行動に表れていた。

瞬の顎を優しく掴み顔を上向かせ、アフロディーテはその唇を啄む。瞬が広い背へ腕を回して陶酔に瞼を閉じると、唇が額や鼻先、頬にも降り擽った気にして笑えばアフロディーテも微笑む。想いを確認し合った二人は、暫く触れるだけのキスを繰り返していたが瞬の体の力が抜けると高熱のせいだと、再びアフロディーテは慌てるのだった。

 

「ああ、すまん。」

「大丈夫だよ。少し、薬も効いてきましたから。だからアフロディーテ、もっとして下さい。僕が知らないあなたが知りたいんだ。」

「瞬…。」

「知っていますか?僕はあなたと同じ…いえ、きっとそれ以上にあなたの事を好きなんだって。」

 

離れたくない、ずっとこうして時を忘れていたいと瞬は願っていた。目の前の男以上にそれを望んでいると、自信があった。アフロディーテの胸元のシャツを握り締めて首を傾け嬉々としている。もう一度、何度もキスをする。深くはないそれでも、瞬は酔いしれ甘えるように柔らかく唇に噛み付き始めた。その唇を自分のそれで挟むと、笑ってみせる。

 

「アフロディーテ…。」

「礼を…いや、ありがとう。瞬。好きだよ。だが、私の方が君を想っている。それをこれから教えてあげる。君が困る程、呆れる程にな。」

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月後、二人は春が来た薔薇園で満開の薔薇の花に囲まれながらティータイムを楽しみ、思い出話をしていた。瞬が熱を出して想いを通じ合わせた事。園で土竜が死んでいた事を瞬が悲しみ、共に墓を作った事。その他にもあるが、終始笑顔は絶える事がなく幸せな時間は続く。二人は永遠にそれを望んでいる。

瞬が紅茶を味わう最中、愛しい者への想いを形にしようとアフロディーテはプレゼントに、永遠の愛を象徴するといわれているダイヤモンドが一粒嵌め込まれたブレスレットのデザインを考えていた。

 

 
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