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主従が別れて降りるとき ~戦国恋姫 成長物語~

第2章 章人(1)


次は恋姫も何とか考えます...ハイ...

2023-06-24 16:29:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:523   閲覧ユーザー数:513

22話 章人(19)

 

 

 

 

 

反射的に、身体が動いていた。

 

 

目の前で章人が森長可を殺さんと刀を振り下ろしたとき、それを止められるのは自分しかいない、そう思い、刀を止めた丹羽長秀は、必死で言い訳を考えていた。このままでは、自分が止めようが止めまいがこの二人を殺す程度、大して難しくないのは明らかだった。

 

「何のつもりだ、麦穂。私は久遠から全権を預かっている。森という脅威を取り除くのが皆の総意である、ということをわからんお主ではなかろう?」

 

「はい。ただ、一つ私から案がございまして、斬り捨てる前に聞いて頂きたく」

 

「ほう。良かろう。言ってみるがいい」

 

どうすれば、この二人と部下たちの命を救えるのか、ひたすら考え、思い浮かんだ荒唐無稽と言える案を、まず章人に伝えてみることにした。

 

「ありがとうございます。森の全てを、早坂殿の指揮下に入れればよいのではないかと思いまして。結局のところ、森が規律正しい部隊になり、久遠様の指揮下で忠実に動くようになるのであれば、皆の不満は消えるのではないか、ということです。森の部隊は規律というものから一番離れた部隊ではございますが、間違いなく兵は強者揃い。ただ消すのは惜しいと思うのです」

 

「ふむ……。確かに皆の不満は消えるだろうな。久遠はどう思う?」

 

「構わぬ。そのほうが強い部隊となろう」

 

信長としても、他に森を救う手段を思い浮かばなかったこともあり、是としたのだった。

 

「で、そこにいる当人たちはどうなんだ?」

 

「ガキを、小夜叉を救えるなら、なんでもいい。ただ、ウチの連中がそれで良いというのか、不安はあるがな……。」

 

完全に戦意喪失した森可成だった。副長の各務ら、武闘派がどう反応するか、自分一人で説き伏せられるか、というところはともかく、この人物と戦って勝てる気はしなかった。

 

「嫌な連中は明日、全員連れてこい。理解させてやるさ」

 

「一つよろしいですか、早坂殿!」

 

「構わん。何だ?」

 

反森派、といっていい人物が、発言の許可を求めた。殺す最大の好機をみすみす失うのはあまりに痛手だったのだ。

 

「もし、森の部下たちが言うことを聞かなかったり、何か悪いことをした場合、どう責任を取るのですか!」

 

「ふむ……。とりあえずそいつには死んでもらう。あとは……。こいつらを縛って好きにさせようか。さすがに元頭領が犯されるのでは、変なこともできんだろうさ」

 

章人の答えは単純だった。そこまで言われてしまっては、反論などできるはずもなかった。

 

この一部始終を見て、心底恐怖を覚えた人物が三人いた。帰蝶と木下秀吉、そして滝川一益である。そしてもう一人。蜂須賀正勝も、別の意味で恐怖を覚えていた。章人の元頭領という発言で、森一家の指揮系統を組み直し、自分が森の上に立ち率いる必要がありそうだと理解したのである。森に殺される危険度は減ったが、一番関わりたくない人物たちがよりにもよって配下になるなど、考えたことは一度もなかった。

 

それらの取り決めが終わったあと、場に残った丹羽長秀は、森長可から抱きつかれて泣くのをあやしていた。

 

「麦穂、麦穂……」

 

「すまねえ麦穂。本当に助かった。ありがとう」

 

「もう大丈夫よ、なんとか」

 

「一時はどうなることかと思ったが……。麦穂、よくやったな」

 

「いえ……。本当に、二人の命があって良かったです。結菜様? いかがされました?」

 

柴田勝家がそうねぎらうのを聞いた丹羽長秀だったが、視線は緊張を崩さない帰蝶にあった。

 

「先に、戻っているわね」

 

「森の二人すら赤子扱いだぜ。さすが早坂殿、だね! あれ? どしたの雛?」

 

「ん……。ちょっとね」

 

家老、となれば無論二人のどちらか、あるいは両方を指すのだろうが、宿老、という意味ともなればはおそらく米五郎左、という二つ名を持つほどの臣である丹羽長秀を指すのであろう、と、事が終わってから改めて考えて気づいたのである。これを章人にぶつけるのが少し怖くなった滝川一益であった。

 

 

その日の夜、また秘密裏に信長邸に集まった者たちは、一様に押し黙ったままだった。原因は信長と竹中半兵衛以外の皆が深刻な顔つきだったからである。

 

「なんだなんだ? 昨日はうるさかったが、今日はずいぶんと静かだな。なにか悪いものでも食ったか?」

 

「そんなわけないでしょ!! あなた、どこからが策略なの?」

 

戯けた調子でそう言った章人に怒ったのは帰蝶だった。銃弾すらいなせる人物である。初撃で首を落とせないはずがないのに気づいていた。

 

「最初からです」

 

「え? 最初って……?」

 

「早坂殿が書類の整理を始めた頃から、そうですよね?」

 

「その通り」

 

「は?」

 

「え、ひよ、それって……?」

 

木下秀吉が言ったそのことは、皆を驚かせるには充分だった。森の全てを手に入れる、つまりそれは今、森が持っている知行からなにから全てである、木下秀吉はそのことに気づいていた。

 

「早坂殿はかつて何度か、知行を増やす方法、というのを語っていました。それはこれのことだったのですよね?」

 

「確かに森の知行は多いが……。それにも気づいていたのか?」

 

「無論。で、結菜と雛はどこに気づいているのかな?」

 

重要な話を見抜かれていたも関わらず、章人はさほど驚いた様子を見せることはなかった。そして帰蝶と滝川一益に話を振った。

 

「あなたが森と遊ぶのを見たところまでよ。いつでも殺せるのに殺さなかった。麦穂が止めてああいう案を出せばよし。誰も止めないで桐琴たちがが死んでも、あなたに不利益は何もない。主を殺された森一家が暴れようと、あなた一人で全員始末できる。始末すれば、森の持ってた知行から何から、全てあなたのもの」

 

「結菜様、それだけじゃないです。麦穂様が止めるのも、早坂殿の想定通りです。わざわざ蹴り飛ばしたのも、麦穂様の目の前に小夜叉さんを連れて行くため。私から見ても、あれは麦穂様なら止められる程度の斬り方でした。そして昨日聞いた助言の内容は宿老。止めるのならば麦穂様だけだろうという確信があったのでしょう」

 

「そこまで見破られてるとは。怖い怖い」

 

章人はそれらを否定することもなく、すんなり認めていた。信長たち、策略を見抜いていない三人は、あっけにとられたように聞き入っていた。しかし、ある程度気づいていた帰蝶らは、人を思うがままに動かしながら、そのことを手柄のようにひけらかすこともなく、ただ淡々と答える章人に畏敬の念を抱いていた。

 

「どうして、人をこれほど巧妙に動かせるの?」

 

「その前に一つ、大事なことを教えよう。力による支配は、力に弱い。森の支配のやり方は、力によって押しつけるだけ。だから反発する奴も減らんし、あれほど嫌われる。だが、それより何より一番の問題は、より強い力には、屈するということだ。私には、森よりはるかに強い力という武器がある。だからこそ、ああも簡単に言うことを聞かせられたわけだ。それに加え、力、要は権力、暴力というものは抑制的に使わねば、あのように嫌われるという象徴のような出来事だな。私が森を赤子扱いしようと、大半の者たちが私に恐怖を抱かぬのも、力が出せる、ということと力を使って良い、ということは違うということに他ならん。

 

でだ。人の動かし方だが。こればかりは教えようもない。経験則と、情報。何か伝えられることがあるとすればその程度だな。ただ、こういうのは例の武田と手を組んだ奴のほうが巧妙だろう。今回は敢えてわかりやすくしたところはあるがね。皆がここまで聡明だと、織田の未来は明るいかもしれんな」

 

何となくではあるが、そこにいる全員が経験則に関しては理解していた。もっと若いときから、武田や北条のような海千山千の者たちと渡り合ってきたのでは、敵うはずもないと。

 

「情報、って?」

 

「城の文官からは様々な話が聞ける。ましてあの場所だ。皆が愚痴を言っても聞こえないだろう? ちょうど良い場になっている。私は経験則があるから、直接会えば相手がどんな人物かは話さずともある程度わかるものだが、あの場で聞ける情報は、私にとって非常に大きな力となっている」

 

その話を聞いて、一番驚いたのは帰蝶だった。元から、あの場に執務室を借りることでそういった情報を得ることも目的としていたなら、かつて信長が位をおりたいと弱音を吐いたことすら計算ずくではないのか、そう思ったのである。

 

「基本的に、一度聞いたことは忘れないですもんね……。明日、どうやって森の配下に言うことを聞かせるんですか?」

 

「さっき言ったことをするだけさ」

 

力による支配は、より強い力には屈する。そのままの意味でいけば、森一家全員を相手にする、章人の言葉は、そう聞こえた。蜂須賀正勝は、勝てるのかという問いを投げるのはあまりに無意味に感じていた。

 

「そういえば早坂殿。一つ聞いてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

「もうすっかり順応されてると思うのですが、何か考えている秘訣とかってあるのですか? 私たちがこれから美濃や他国を侵略したときに、参考になりそうな気がして」

 

「When in Rome, do as the Romans do かな」

 

木下秀吉はそんなことを聞いた。他の世界から来た、というわりにはもうこの織田の暮らしに慣れて、人を思うがままに動かすようなことをしている。そのやり方の基礎、根本を知りたかったのだ。それに対する章人の答えは英語であった。直訳すれば、ローマでは、ローマ人のするようにせよ、となる。

 

「うぇん……?」

 

「ひよたちにわかる言葉で言えば、『郷に入っては郷に従え』となる。結局それだけだと思うよ。そうだね。たとえば評定のとき、私の権力で無理やりひよところを場にあげることも、もしかしたらできたかもしれない。それが正しいやり方か、という話だ。ただ、私はそういうやり方はとらなかった。ひよところを侍にあげるという正攻法でやった。そういうところかな。いかに反発を生まないようにしていくか、そのときに考えてる秘訣はそれだけだ」

 

それを聞いてまた驚かされたのは滝川一益であった。

 

「な、なら早坂殿は、墨俣の話を受けたときからひよを侍にあげることを考えていたのですか!?」

 

「そう言われると微妙なところだな。ひよが部下になったときから、どうやって侍にするほどの勲功をあげられるかは考えていたよ。自分だけ評定に出てあとで内容を伝えるのは非効率的だしな。それに関しては墨俣の話が出た段階でほぼ決まった。ついでに鈍い殿様のかわりに教えておくと、森一家吸収が決定したのは、墨俣の勲功で評定を要求したのを鈍い殿様が呑んだときだ」

 

「どれだけ先が読めるのよあなたは……」

 

鈍い殿様、と言われ、またその内容を聞き絶句している信長であった。帰蝶は半ば呆れた口調でそう言っていた。もはや規格外としか言いようがなかったのである。

 

「さて。説明が面倒だし、森の連中にも、壬月たちにもこれらの内容は言うなよ。そろそろ寝る時間だな」

 

「はい! 明日を楽しみにしています!」

 

章人に蜂須賀正勝がそう返し、その場は散会となった。残されたのは、章人と信長と帰蝶のみ。

 

「なあ章人。教えて欲しい。これから、我はどうすればいい?」

 

そう信長は言った。章人の策に全く気づいておらず、それどころか章人が整備した道の上を歩いているような心境になったのだった。

 

「どうした? また自信喪失か? 何、心配するな。前にも言ったとおりだ。久遠の好きにすれば良い。それだけだ。仮にその道が私に作られたものだとしても、そんなに悪い道ではないだろう?」

 

「悪い道になったらどうするのよ」

 

「そうなる可能性を排除するために、結菜やひよ、ころ、詩乃、雛、あとは麦穂あたりがいるわけだから問題はない。保険をかけるために、わざわざ手の内を明かしたりしているんだよ」

 

自分は信頼されているのだろう、そう思い、少し嬉しくなった帰蝶であった。


 
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