No.112257

恋姫†無双 真・北郷√14 後編

flowenさん

恋姫†無双は、BaseSonの作品です。
自己解釈、崩壊作品です。
嫌いな方はわざわざ応援メッセージで嫌味を
送ってこないようにお願いします。
そのためのお気に入り専用ですから。

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2009-12-14 20:50:04 投稿 / 全26ページ    総閲覧数:40730   閲覧ユーザー数:25336

恋姫†無双 真・北郷√14 後編

 

 

 

光で照らす優しき覇王、闇で苦しむ歪んだ仁王

 

 

 

時は少し戻り 北郷軍 前衛右翼 荀彧隊

 

/語り視点

 

「進め進め進め! ただ前進あるのみ!」

 

「雑魚はすっこんでろぉーっ! いまんとこ、普通の兵士だけやな」

 

「沙和達は一般人だし~。あんな化け物の相手は無理なのー!」

カカッ

「「「!?」」」

 

 凪が兵達を鼓舞して前線を押し上げ、真桜は螺旋槍で自ら敵を蹴散らし周囲を窺う。沙和は前衛中央で繰り広げられた春蘭と張飛の死闘を見て、自分達には無理だと地団駄を踏む。と、そこへ矢が突き立つ。

 

「天に聳える(そびえる)黒金の一撃、とくと味わえぃ!」

 

 矢が飛んできた方向を見ると、新たな豪天砲を構えた桔梗が不敵な笑みを浮かべて三人に向かい突撃してくる。

 

「げっ、噂をすれば……バケモンの登場やで! 凪、沙和、覚悟決めんかいっ!」

 

「分かっている! 一歩も退くものかっ! 行くぞ、私が相手だっ!」

 

「沙和だって、やる時はやるの!」

 

 真桜が気合を入れて力の限り声を張り上げると、凪は二人に目配せして桔梗に真っ直ぐ突っ込んで行く。沙和は言葉とは裏腹に後方へと走りだす。

 

「喰らえ! 猛虎蹴撃!」ドンッ

 

 凪が桔梗の足元に向かって必殺の気弾を放つ。

 

「若いのう、だが、真っ直ぐな所は気に入ったぞ」

ドンッ

 

 大地に着弾したそれを軽々と跳び越え、桔梗は凪に豪天砲を向け反撃しようとするが、

 

「ワザと飛ばせたんやがな……これでウチらの勝ちやっ! 地竜螺旋撃!」ギュイィーン

 

 跳んだ先で真桜が待ち構え、螺旋槍を厳顔の中心目掛けて突き上げる。空中で避ける事は出来ない必中の攻撃と思われたが、

 

「私を踏み台に!?」「な!?」

「雑魚とは違うのだよ! 雑魚とはっ!」

 

 凪の肩を踏み台代わりにして、更に高く飛び、その突き上げさえ回避する。だが……、

 

「ふっ……どうという事もなく」「……んてな~♪」「沙和で、とどめなの♪」

「くっ、ぬかったわっ!」

 

 凪も真桜も驚いたフリをしただけで、実は予定通り。虚の二連攻撃で完全に逃げ場を失った目標に実の攻撃を……沙和が両手に持った二天で左右から挟みこむように繰り出す。桔梗は既にバランスを崩し、豪天砲を構えて撃つ事も出来ず、近接攻撃で反撃しようとしても相手の剣の方が確実に早い……が、

 

 

キン

「きゃんっ!」

 

 突然飛んできた矢が沙和の攻撃を妨害する。何とか弾き返したものの、桔梗を打ち損じてしまう。

 

「桔梗、油断しすぎよ」

 

「すまぬ、紫苑」

 

 矢を射たのは黄忠。桔梗は頼もしい相棒に礼を言い、三羽烏と対峙する。

 

「それに、いきなり前に突撃するなんて……」

 

「何、北郷様に此度の不意打ちの真意をお伺いしたくてのう……紫苑も興味があろう?」

 

 黄忠が口を尖らせて文句を言うが、桔梗は然も愉快そうに口の端を吊り上げる。

 

「そうね……だったら、まずはここを通らないと。曲張比肩の弓の味、その身にとくと味わわせてあげましょう」

 

「……そうこなくてはのう。美しき白金の一撃、とくと見惚れぃ!」

 

 やる気充分、百戦錬磨の猛将二人を前にして、若き三羽烏は内心冷や汗を流す。

 

「こら、あかん……不味いで。さっきのはもう効かんやろうし」

 

「一人でも手に負えないのに、二人同時とは……っ」

 

「ご主人様が言ってたけど~。あの二人が組むと超強いらしいのー(ガクガク)」

 

 自分達とは桁違いの強さを持つ二人に打つ手がなくなった三人は、震えながらも自分達の王を守るという誓いを胸に、勇気を奮い立たせて眼前の敵を睨み付ける。

 

「中央が崩れたから、私達が中央に寄らないといけないのに……」

 

 桂花がその様子を見て悔しげに歯を食いしばる。そこへ……。

 

「っしゃおらああぁぁーーーっ! 天に掲げた錦の御旗! 我が名は錦馬超なり!」

 

「弓兵の相手には騎兵が基本やで! 黄忠、厳顔、ウチらが相手や! 我が紺碧の張旗に続けーーっ!」

 

 涼州の名将、翠と霞が現われる。その後から詠、音々音、蒲公英、華雄と遊撃隊が続く。

 

「桂花、ここは遊撃隊のボク達に任せなさい! ふふふっ、賈文和の恐ろしさ、とくと味わってもらうわよ」

 

「ねね達はこのまま前衛中央に向かうのです。お花、華雄殿、急ぎますぞ」

 

 詠は騎馬隊の機動力を活かし、桔梗と黄忠の弓隊が突出して来た場所目掛けて突撃を敢行する。その混乱に乗じて音々音は隊を再編成し、前衛中央の支援に向かう。

 

「お姉様、また後で!」

「馬超と入れ替わるのだな。分かったっ!」

 

 蒲公英と華雄が後に続き走り去ると、

 

「……任せたわ。凪、真桜、沙和、中央へ寄るわよ!」

 

「はい!」「はいな!」「はいなの!」

 

 桂花は微笑みながら仲間の背中に感謝し、三羽烏を引き連れて弟子の援護に向かう。

 

「どうした! あたし達が相手だぜ!(紫苑の奴、ご主人様達の事を本当に忘れてるんだな)」

 

「どうしようかのう。相手が悪いようだが」

 

 翠が銀閃を頭上で回転させ、桔梗と黄忠を挑発するが、経験豊富な二人は冷静に行動を選択する。

 

「そうね、一旦……あら? あの馬車は……」

 

「真剣勝負の最中に余所見とは余裕やな~。んっ!? あれは劉協様の馬車やないかっ!」

 

 黄忠が一旦退こうと後方を確認すると、遥か彼方、成都の方角から見覚えのある馬車が走ってくるのが見えた。霞も洛陽で見た事がある帝の馬車に驚き、その様子を見守るのだった。

 

 

北郷軍 前衛左翼 程昱隊

 

「稟ちゃんの所が崩れかかっているのですが……応援は無理そうですね~」

 

 常に全体を把握して雛里を裏で支える風が中央を見て溜息を洩らす。全然そうは見えないが内心、親友の危機に焦っているようだった。

 

「何なんだ、まったくーーっ! いくらボク達でも、相手が多すぎるよ!」

「おおおぉぉりゃぁぁぁぁ! 足止めで、精一杯ですっ!」

 

 怪力無双の二人が左翼を押し上げるが、数が違いすぎる為、身動きがとれない。対策を考え続けていた風だったが、

 

「……おお! 桂花ちゃんとねねちゃんが動いたのです。詠ちゃんもなかなかやりますねー」

 

 遊撃隊が動き回って守りが薄い部分を支援するのを見て、気合を入れなおす。自分も負けてはいられないと。

 

……

 

前衛中央 郭嘉隊

 

「駄目だ、姉者が目を覚まさん……」

 

「まずは体勢を立て直しましょう! 衛生兵!」

 

 前衛中央では崩れかけた戦線を稟が必死に立て直していた。秋蘭がいくら呼びかけても春蘭は完全に沈黙し、次々と殺到する蜀軍に対抗する術が無い。

 

「愛紗殿は張飛と睨み合ったままですし……長時間の戦いで兵士達の疲れも見えます」

 

 稟は兵士達を動かし続けるが正直な所もう限界だった。もし敵武将がひとりでも飛び込んできたら……と、思わしくない戦況を危惧する。

 

……

 

前衛中央後方 本隊前 鳳統隊

 

「確かにこのままでは不利ですけど……ご主人様が諦めない限り、私達は負けないですっ!」

 

「雛里っ! 援護に来たわ。ねねの動きは把握しているようね」

 

 雛里が雛羽扇を口元に当て闘志を燃やして指示を出す。そこへ桂花隊が駆けつける。

 

「はいっ、師匠! 私の隊は全て前衛を支える為に出し尽くしたので、ありがたいです」

 

「雛里の隊は補充兼交代用だったんか。武将が一人もおらんから、おかしいとは思っとったけど」

 

 真桜が見回すと、雛里の周りに兵士は一人もいない。崩れかけた前衛を支える為に前進し、疲弊した兵士達と次々に入れ替わり、前線を維持し続けていた。すぐさま桂花隊の兵士達も前進していく。交代した兵士も後方で休み、回復した者から順次復帰していく。

 

「春蘭様が倒れたと聞いて心配だったが……兵士達がしっかり支えている」

 

「沙和達も負けていられないのー」

 

 そんな兵士達の頑張りを見た凪は感動し、沙和も力を取り戻す。

 

……

 

後衛中央 陸遜隊

 

「じれったいのう、全く! ネチネチとしつこい奴等じゃ!」

 

「まずいですね~……愛紗さんに続いて春蘭さんまで。猪々子ちゃんと斗詩ちゃんも、先程の無理が響いて本調子じゃ無いですし~……」

 

 祭が粘り強く敵の反撃を誘えば、穏が状況を即座に分析し最善手を打つ。だが、蜀軍は諸葛亮の指示通りに遠巻きに包囲して、なかなか誘いには乗らない。

 

 

後方右翼 周瑜隊

 

「(雪蓮……信じているぞ。まだまだ倒れてもらっては困る)蓮華様、我々はここを死守します」

 

 冥琳は北郷一刀を守っている親友を信頼し、自らの役割に集中する。

 

「蓮華様、ご主人様の守りには華琳殿もいます。信じましょう」

 

「ええ……我が名は孫仲謀! 南海の覇王を舐めるな!」

 

 思春も仲間を信じて前を向き、蓮華は南海覇王を掲げて周囲の蜀軍を睥睨する。

 

……

 

後方左翼 呂蒙隊

 

「この体躯、北郷の王の盾となろう!」

 

「みぃ達はみぃ達の役目を果たすにゃ! みなのものーっ! 今から本気を出すのにゃ!」

 

 明命が魂切を抜き敵を切り払えば、美以が虎王独鈷を振り回して敵を吹き飛ばす。

 

「そうです……我は、もはや呉下の阿蒙にあらず……三日会わざれば刮目して見よ!」

 

 亞莎もこの戦いだけは負けられないと、今まで学んだ事の全てを出し尽くすつもりで兵士達を操り、その歴史に名を残す急成長ぶりを見せつける。

 

……

 

中央本隊 張勲隊

 

「前衛の春蘭さんが意識不明……音々音さんが援護に向かいましたが、私達も動くべきかもしれませんわね」

 

「七乃! すぐになんとかするのじゃ!」

 

 麗羽が戦況を確認して思案すると、美羽が我慢し切れなくなり七乃を呼ぶ。

 

「補佐、支援ならこの私、大将軍七乃ちゃんにお任せ下さい! キラッ☆ 親衛隊、さくっと前に出ますよ~! 麗羽様達は引き続き、ちゃちゃっと周囲の支援をお願いしますぅ」

 

「七乃って……全然そうは見えないけど、結構やるじゃん。すっげー決断力だな」

 

「それはそうだよ。姫の次に大勢力だった袁術軍の全てを、たった一人で切り盛りしてたんだから」

 

 鄴から連れてきた北郷軍最強の兵士達である親衛隊五百と華琳、雪蓮、そして総大将である北郷一刀を前に出すと言う七乃。その思い切りの良さに猪々子は驚き、斗詩は彼女の経歴を説明する。大胆不敵とは正に彼女の為にある言葉だと。

 

「うへ~、ホントは凄く優秀……なのか?」

 

「私達には無理だね……」

 

 猪々子は本当に良いのかと首を傾げ、斗詩は自分には絶対決断出来ないと首を振る。しかし、この決断が後々事態を好転させる。

 

「シャオも戦う! 弓腰姫の呼び名は伊達じゃ無いわよ! くっらえーーーーっ!」

「へぅ……こ、怖いけど頑張ります……」

 

 小蓮も武器を月華美人から弓に変え参戦すると、月も親衛隊と共に前に進む。

 

「ちぃちゃん、人和ちゃん、私達って、邪魔じゃないかなぁ~」

 

「でも、御遣い様の最後の戦いを見ておかなくちゃ……」

 

「御遣い様が平和を勝ち取る瞬間を、想いを、歌にして伝えたい」

 

「……そっか。二人はお姉ちゃんが守ってあげるからね!」

 

 天地人☆姉妹も北郷一刀の近くにいたいと身体を寄せ合って足を踏み出す。

 

 

 蒲公英、音々音、華雄は中央に急いでいた。その道中、

 

「ねね! たんぽぽがご主人様を連れて逃げちゃうってのはどう?」

 

「そうですな……いざとなったらそれも考えておかねば……」

 

 若い二人が焦りから主君の身を案じて逃げる算段を考えるが、

 

「よせ、ご主人様は自分ひとりで逃げる方では無い……絶対に勝つと、仲間を信じようではないか」

 

「華雄さん……」「華雄殿……」

 

 華雄は目を閉じたまま薄く笑い、勝利を信じろと冷静に二人を諭す。

 

……

 

蜀側 本陣

 

 前衛、後衛、左翼、右翼、何処を押しても陣形を巧みに変えられ、反対に隙を突かれそうになる。強引に崩そうと更に力を入れれば、脇をすり抜けられて挟撃を受ける。軍略の天才、諸葛孔明を持ってしても、蜀軍の半数にしか過ぎない筈の北郷軍を崩せない。旧袁術、孫呉軍の寄せ集めでありながら、統率のとれたその動きは千変万化。合図もなく動き続ける上に捉えどころがなく、基本に忠実にして堅実でありながら、時に大胆にして奇抜。(七乃が大部分)現在は蜀軍が優勢ではあるが、数十手先まで見抜く諸葛亮には、少しでも気を抜けば包囲が破られるのは目に見えていた。そして、このままであるならば勝てる事も……勝つ事が出来ても被害が大きく、次の侵攻には対抗出来ない事まで。

 

「流石、雛里ちゃん……。こちらの方が兵士数が倍で有利なのに押し切れない……こちらから常に押さえ続けないと、いずれ囲みを破られる……勝てたとしても次がない……」

 

 親友である雛里の智謀を知る諸葛亮は、改めて彼女の軍略の冴えに舌を巻く。このまま勝つ事は難しいと判断し、最良の選択肢を模索していると……。

 

「朱里ちゃん!」

 

 君主である劉備が、いつまでたっても進展しない戦況に焦れて声を掛けてくる。

 

「桃香様、星さんの敵討ちに行きたいのは分かりますが、我が軍は包囲するだけで限界です。鈴々ちゃんも敵の前面に突っ込んで行ったままで戻りませんし」

 

 諸葛亮は、怒りに燃える君主が早まった事をしないように牽制しつつ、客観的な状況を落ち着いた声で説明する。

 

「……っ! どうすれば……」

 

「……降伏を勧めましょう。北郷さんの身柄を取引に使えば、後から来る援軍の侵攻を止める事が出来ます。そして無事に返す事を条件に、これから先、蜀の国に攻め込まないと約束してもらいましょう。北郷軍は確かに強大ですが、君主である北郷さんが居なければ、その結束は持ちません。だから取引には必ず応じるはずです。ですが、もし北郷さんを失ったと知れば復讐に燃える北郷軍は全軍を持って蜀に攻め込んでくるでしょう。残念ですが、今は完全に勝利する事が出来ません」

 

 不満を隠そうともしない君主に、軍師は冷静に事実だけを羅列する。今回だけで勝つ事は出来ない、もっと時間が必要ですと。

 

「でも、私は北郷さんを許せない……っ」

 

「桃香様……ですが、このまま戦えば、こちらの被害も甚大なものになります。今戦っているのは、北郷軍のごく一部であり、抵抗されれば北郷軍の将達は全て猛者、捕らえる事も倒す事も難しいのです。それに降伏を勧めて兵士達が投降していけば、北郷さんも今回の侵攻を諦めるはずです」

 

 星の仇を討とうと血気逸る劉備に、諸葛亮は根気良く水を注ぐように静かに正論を説く。その間も戦況は動き続ける。諸葛亮にとっても時間が無いのだが一切顔には出さない。

 

「……わかったよ。朱里ちゃんに任せる」

 

「ありがとうございます」

 

 情が深すぎる主君を見事に説得し、北郷軍に投降を促す為に、劉備率いる本隊と共に前に出る。

 

 

時は戻り 北郷軍前 蜀軍が包囲中

 

「周りは完全に包囲しました。北郷さん、降伏してください」

 

 各所で戦闘は続いているが、何とか包囲を保ったまま降伏勧告を始める。しかし、諸葛亮にとって予想外の事態が起こる。北郷軍はあろう事か戦場で歌い出したのだ。兵士達は誰一人降伏する事なく、瞳の闘志は微塵も揺らぐ事が無い。その光景に諸葛亮は違和感を覚える。

 

「(私はどうして、こんなにも民に慕われる北郷さんに暗い感情が湧くのかな……)」

 

 諸葛亮の記憶を封じ込めているのは……。

 

「(……どうしてだろう、胸が……胸が痛いよぅ)」

 

 本人も気付かなかった……小さな嫉妬。始まりの外史で終端の光の中、北郷一刀は自分ではなく愛紗を選んだ。それが胸を刺す棘となり記憶が戻るのを頑なに拒んでいた……。

 

「報告します! 張飛将軍は敵将、夏侯惇と相打ち! 現在、関羽と睨み合いが続いています!」

 

「鈴々ちゃんが!? もう我慢できないっ!」

 

「桃香様、お待ち下さい! 私もお供しますっ!」

 

 諸葛亮が目を伏せて自分の中にある感情に戸惑っている間に、伝令が張飛の危機的状況を告げる。それを聞いた劉備は止める間もなく、魏延と共に敵の前衛へと走り出していく……。

 

「!? 桃香様っ! 行ってはなりません! 敵はまだっ!」

 

……

 

北郷軍 前衛 愛紗VS張飛

 

 消耗しきった愛紗と張飛、満足には動けないが、それでも互いに一流の豪傑。武器を合わせては距離をとり、必殺の一撃の入れようと隙を窺いながらの睨み合いが続く。

 

「姉者の……はぁ、はぁ……仇は、絶対にぃ……討つのだっ!」

 

「くっ……(何故、鈴々の記憶は戻らないのだっ)」

 

 張飛も愛紗を見ると懐かしい想いと共に、言い知れぬ寂しさを感じる。微かに思い出せる記憶の中……全てを包みこむように笑顔をくれる存在と、毎日腕を競い、必ず世を救おうと誓い合った、厳しいながらも優しい義姉。三人はずっと一緒だと思っていた。だが二人は張飛一人を置いて光の彼方へ消えていった。心の奥底に眠っていた悲しみが彼女の記憶を縛り付ける。

 

「鈴々達三人はずっと……ずっと一緒だって誓ったのだーーっ!」

「!?」

 

 だから張飛は、この外史の義姉妹と悲しき終端の記憶を重ね合わせて……別れの瞬間に叫べなかった切ない想いを愛紗にぶつける。

 

「あ、うぅ……り、ん、りん……すまない……」

 

 その叫びを聞いた愛紗の瞳から懺悔の涙が溢れ出す。置いてきてしまった大切な妹、どんなに謝っても許してもらえるはずが無い罪……。張飛が武器を振り下ろそうとするが、愛紗は武器を下げ、何よりも神聖な相手の真名を口にして瞳を閉じる。

 

「!? ……愛紗」

 

 だが、怒り狂うはずの相手は丈八蛇矛を振りかざしたまま、大きな目を見開いて動きを止める……。

 

「うぅ……頭が痛いのだ……! ずっとずっと会いたかっ……のだ。愛紗、おに……いちゃん……っ」

 

 愛紗の深い想いが妹の心に届く……。張飛の瞳に宿っていた怒りの炎を消すように涙がとめどなくなく流れ、寂しさから解放すると同時に……記憶が戻っていく。

 

「……鈴々っ!」

 

「愛紗……もう、鈴々ひとりを置いて行っちゃ嫌なのだ……」

 

「ああ……ずっと、一緒だ。ご主人様と……ずっと一緒に暮らそう」

 

 愛紗は苦しみだした鈴々をきつく抱き締める。今度こそ離れないと誓うように。

 

「……姉者……星は?」

 

「無事だ……今、白帝城で休んでいる」

 

「……にゃはは、やっぱり。お兄ちゃんが、酷い事、するはずがない……のだ」

 

「ああ……」

 

 鈴々は無邪気に微笑むと、この外史で義姉妹となった星の安否を尋ねる。愛紗の答えに北郷一刀の笑顔をはっきりと思い出し、安心したように脱力する。

 

「愛紗も、星も、姉者で、なんかおかしい……でも、ホントに良かったのだ……」

 

 そう言い終えると両目を閉じる。疲れ切った身体を休めるように。久しぶりに会った優しい義姉の暖かい腕の中で、緊張の糸が切れた鈴々は気を失う……。愛紗は鈴々を大切に抱きかかえ、華佗の治療を受けさせる為、白帝城に駆けて行く。

 

「鈴々ちゃん!? これは鈴々ちゃんの旗……り、んりんちゃん……ああーーっ!」

 

「くっ! 星だけではなく、鈴々までっ! 桃香様、お下がりください。この魏文長が必ずや、二人の仇を討って見せます!」

 

 張飛が倒れた場所に愛紗と入れ違いで劉備と魏延が現われる。倒れた張旗を見て泣き崩れる劉備……。魏延が敵を探していると、北郷軍の本陣が光を放っていた。

 

「何だ? 光が……!?」

 

 

/一刀視点

 

「ごしゅじんさま、れんにまかせる……んっ」

 

 背中に乗っていたちび恋が俺の顔前に回りこみ、この外史に来て初めての口付けを……恋の身体が眩い光に包まれる……。

 

――――っ!

 

 光が徐々に弱まり、恋が懐かしい姿で俺に向かって優しく微笑む。

 

「卑弥呼に聞いた。王子様との口付けは魔法を解く、おまじない」

 

 元の姿に戻った恋はもう苦しんではいない。元に戻る事を拒んで苦しんでいたからだ。しかし……。

 

「恋は今、身体の中心から、ご主人様を助けたい想いで溢れてる。だから平気」 

 

 想いの力が足りなくなれば、存在を維持出来ずに消えてしまう……。恋は動揺する俺の顔を見てゆっくり頷くと、周りを囲んでいる蜀の兵士達を見渡す。

 

……

 

/語り視点

 

「……恋はいつも一人だった」

 

 冷たい現実に放り出され、孤独に震える少女が居た……。

 

「毎日が嫌だった。どこにも居場所がなかった」

 

 戦い生きる事も地獄。だが天下無双の強さでは死ぬ事も出来ず、ただ毎日を過ごしていた。

 

「でも、寂しいのは恋だけじゃないって知った。みんなも寂しい」

 

 北郷一刀という居場所を得た少女は、その中で自分と同じ仲間達と出会う。

 

「恋は暖かい仲間が好き。みんなの笑顔が好き。だから……みんなを笑顔にしてくれるご主人様が大好き。恋はみんなとご主人様の為なら消えても良い。恋が消えてもご主人様が居れば……平和になって戦争がなくなれば大丈夫。だって、恋は……」

 

 今、此処で何もしなかったら自分を許せない。少女は覚悟を決めて自らの封印を解いた……神の怒りに大地が震え出す。

 

「戦う事しか、出来ないからっ!」

 

 熱く滾る魂……雄叫びと共に最後の力を解き放つ。このまま消えるなんて許さないと。溢れ出す殺気が取り囲む蜀軍全てを飲み込み威圧する。味方でさえ汗を噴出し息を呑む程の圧倒的存在感。灼熱の闘気が周囲を全て焦がすように一瞬で燃え広がっていく。

 

 呂布。一『姫』当千、万『武』不当の武の化『神』。真実の姿が今……解き放たれる。

 

 ――――っ!

 

 その咆哮を聞いて風のように現われた馬外のキントが嘶き、恋を乗せて戦場を駆け出すと、蜀軍の馬達は何かを恐れるように暴れだし、北郷軍の馬達は金縛りが解けたように動き出す。そこに、音々音、華雄、蒲公英が駆けつける。

 

「龍を支えるのは、ねねの役目ですぞ! 恋殿! こっちなのです!」

 

 周囲が凍りついたように動けない中、音々音が恋を誘導するように前に出る。

 

「お姉様も化け物だと思ってたけど、上には上が居るんだねぇ~……敵じゃなくて良かった」

 

「呂布将軍に続け! いまこそ反撃の好機ぞ!」

 

 蒲公英が恋の迫力に驚愕して感想を口に出すと、続く華雄が声を荒げて兵士達に指示を出す。七乃の指示で前進して来た親衛隊も恋の殺気と闘気を肌で感じ、自分達を鍛え上げた武神に続いて敵を蹴散らし始め、完全に勢いを取り戻した北郷軍が反撃を開始する。

 

……

 

「まだ、足りない……魂(こん)力を貸して」

 

 武神の言葉に答えるように如意棒が爆ぜ、その姿を如意金箍棒に変える。みるみる宮殿の柱のように太くなり、天に届くほどの長さに伸びていく……神仙が神珍鐵(しんちんてつ)を用いて創造した伝説の武器。その大きさは持ち主の意のままに伸縮自在。最大時は上が三十三天、下は十八層地獄までになったという、正に天と地を繋ぐ大いなる柱。北郷一刀と言う天を支える武神が、その武勇に相応しき天の柱、天誅を手にする……。

 

「……お前達は恋の敵。ご主人様を悲しませる奴は許さない」

 

ズガガガガガガガッガ ブオォン

「うわああぁぁーーーっ!」「わぁぁーーっ!」「ひぃぃーーーっ!」

 

 無拍子。なんの予備動作もなく敵兵の足元にあった大地が削られ吹き飛ぶ。人の身に神の怒りを防ぐ手立ては無い。

 

ズガガガガガガ ゴッ ガガガガ ブオン

「た、たすけてくれーっ!」「お許しをーーっ!」

 

 弓を構える者がいれば、弓ごと心を叩き折る。大いなる力の前では全ては無駄と。

 

ズガガガガガガッ ドゴォ ブンッ

「逃げろーーっ!」「こんなの勝てるはずが無いっ!」

 

 剣を向ける者がいれば、剣ごと戦意を吹き飛ばす。天を支えし武神に敵う筈が無いと。

 

「恋はご主人様の盾じゃない。ご主人様を勝たせる為の最強の武」

 

 攻撃こそ最大の防御。それは圧倒的な力にのみ許された武の頂。(いただき)その絶望と言う名の絶壁の前では立つ事さえ許さぬと、深紅の爆風が敵軍を薙ぎ払う。……だが、恋から想いの力は奪われ続ける。底の抜けた桶から水が抜けていくように……。

 

「ご主人様が居れば……」

 

 だから、恋は北郷一刀を想い続ける。記憶の中から次々と大切な思い出を引き出して。

 

 

恋の思い出

 

01話

 

「……むぅ。むにゃむにゃ」

 

 ……よぢよぢ「んしょ」

 

『初めて憧れの肩に上った事』

 

03話

 

「……でも……もっとだいじなりゆう……あいしゃとごしゅじんさま……れんのかぞく。ずっと……ずっといっしょにいたいからっ」

 

「恋? いつまでも一緒だよ?」

 

『大事な約束』

 

04話

 

「……いっしょにたべると、……おいしい」

 

「~~がぶっ。おいしいね、恋」

 

「……んっ。……ふたりでたべるとおいしい。……あのときも、おいしかった」

 

「……ごしゅじんさまとたべるにくまん、ひとりでたべるより、ずっとずっとおいしい」

 

『大好きな人と過ごした時間』

 

08話

 

「心地良い風ですね……」

 

「ああ、本当に気持ち良い」

 

「……ご主人様」

「……れんもいる」

 

「大丈夫だ。俺には心を支えてくれる人達がいる。そうだろう? 愛紗、恋」

 

サワ…… サワ…… サワ……

 

『大切な絆』

 

……

 

 正史で自分の欲望の為だけに戦った呂布は、この外史で平和を築く為の剣(つるぎ)になった。自分の為ではなく、人の為に戦う……。

 

「……恋は絶対無敵」

 

 真の武神に。だからこそ、彼女が負けるはずが無い。自分を消し去ろうとする運命にさえ負けるものかと抗い続ける……。

 

 ――――っ!

 

 そしてキントは駆ける。主人に残された力と時間を無駄にしない為に……。

 

 

「うそ……信じられません」

 

 軍略等では補いきれない凄まじき力。たった今両軍の均衡を打ち壊した、その一方的過ぎる武の登場に諸葛亮は呆然と戦場を見詰める。大きな柱が一振りされる度に兵士達は逃げ惑い、布陣させた陣形は地面ごと消滅する……。戦場は逃げ回る兵と怪我人の悲鳴で満ち溢れ蜀軍は完全に瓦解した。

 

「朱里ちゃん……」

 

「雛里ちゃん!?」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、雛里が静かに立っていた。その横には桂花と三羽烏。既に勝敗は決まったと判断した雛里が桂花達に頼んで敵中を突破し、前面に出ていた諸葛亮の許に駆けつけた。蜀の兵士達はすでに統制を失っており、小規模な反撃しか出来ない。

 

「全ては終わったよ。今度は朱里ちゃんが劉備さんを救う番でしょ?」

 

「でも……」

 

「あんた、まだ思い出せないの? どうせ捻くれたんでしょ? 御主人様が自分に振り向いてくれなかったからって。そんな事考える前に自分で振り向かせなさい! 全く、いつまでもウジウジと(雛里が悲しむじゃない)」

 

 劉備に命を助けてもらった恩を返す時。そう告げる雛里から顔を俯かせて目を逸らす諸葛亮を見た桂花が我慢できず侮蔑を口にする。だが、揶揄にしか聞こえない言葉の中には確かな激励も含まれていた。それは前外史を知る桂花だからこその言葉だった。

 

「!? ……私は、ご主人様に……選ばれなかった。それでずっと……この暗い感情を……! だったら桃香様は勘違いをっ!」

 

 桂花の言葉で胸に刺さっていた棘が消え、次々を浮かんでくる記憶を咀嚼して諸葛亮は現状を把握する。北郷一刀の道程。劉備の目指す道。ずっと二人を側で支えてきた名軍師はこの戦いが無意味な事を……遂に知る。

 

「ありがとう、荀彧さん」

 

「桂花よ。雛里の親友なら、私にとっても大切な仲間だもの……ふんっ」

 

「師匠っ……ふえーん」

 

「最後まで諦めないで、良く頑張ったわ」

 

 礼を言う諸葛亮に桂花は顔を赤くさせながら真名を預ける。雛里は泣きながら師匠に抱きついて親友を助けられた喜びに震え、桂花は優しい笑顔で一生懸命頑張った弟子の頭を撫でる。

 

「私の真名は朱里って言います。桃香様を止めるために……力を貸してください」

 

 そんな二人を見た朱里は、北郷一刀が願う世界を完全に理解し、君主を助ける為に協力を求める。

 

「ぐすっ……朱里ちゃん、止めよう! 私達は戦っちゃ駄目なんだよ」

 

「うん……ご主人様は無力な人達の居場所を奪うために戦っているんじゃ無い。みんなが安心して暮らせる世界を作ろうとしてるんだよね」

 

 雛里が顔を上げ頷くと、朱里は北郷一刀が目指す世界を再確認する。答えるのは、

 

「そうよ。何故劉備が勘違いしたのかは分からないけど、御主人様がした事は必要悪なの。朱里、二人に仕えた貴女なら分かる筈よ。御主人様がどれだけ心を痛めて、ここまで辿り着いたのかを」

 

 北郷軍の闇を支えた桂花。様々な決断をした北郷一刀の痛みを知り、その道の険しさを見続けた。大選別で処刑した三人を、仲間を失ったと泣き叫んだ。反董卓連合で疲れ切った諸侯達を纏めて殲滅しましょうと献策した桂花に対して、それでは真の平和は掴めないと首を横に振った。純粋な力だけで敵を押し潰す事が出来るのに、味方にとっては無駄にしかならない策を駆使して敵の命まで守ろうとした。悪と罵られても前に突き進み、心は傷だらけになりながら、それでも最良の未来を掴みとろうと……皆の笑顔を守る為に、みんなで築き上げた、誰も成し得なかった優しさに満ちた理想郷。

 

「ご主人様……(桃香様を、助けてあげてください。ご主人様ならきっと……)」

 

「戦いをやめろっ!」「どかんかいっ!」「三人とも早くなのー!」

 

 朱里、雛里、桂花は三羽烏に守られながら駆け出す。北郷一刀が願う理想郷の為に、二人の仁王が願う優しい世界の為に……。

 

 

北郷軍 前衛中央

 

/一刀視点

 

 恋の反撃によって蜀軍は総崩れとなり、戦意を失った兵士達が武器を手放し投降していく。そんな中、呆然と恋の姿を見ていた劉備は、俺の掲げる十文字の牙門旗に向かって前進して来た。

 

「……この戦は私の負けです。でも星ちゃんと鈴々ちゃんの仇は討たせてもらいますっ!」

 

 劉備が靖王伝家を抜き、敵討ちを申し出る。俺が前に出ようとするが、駆けつけた麗羽が先に琢刀を抜き、

 

「劉備さん、私がお相手を致しますわ。ご主人様は女性には手を出せないんですの。それに、この勝負は私が受けるべきだと思います……ご主人様に民を救って欲しいと最初にお願いしたのは私。ご主人様の背負った罪も……全ての元凶は、自分から逃げ出した、この袁本初にあるのですから……恨むのなら私を恨みなさい!」

 

 そう言いながら、猪々子と斗詩に合図をして劉備の前に進み出る。

 

「これは「ハニー、待って」雪蓮?」

 

 俺が、これは君主同士の戦いだと言おうとすると、雪蓮が遮り言葉を続ける。

 

「劉備は自分の負けを認め、敵討ち、私闘と言ったわ」

 

「ご主人様を名指ししてはいません。それに麗羽はご主人様にこれ以上罪を背負わせたくないんです。ずっと自分の代わりに傷ついたご主人様を見ていた麗羽は、悩み苦しんでいました。どうか戦わせてやってください」

 

 雪蓮に続いて華琳も俺を止める。劉備はまだ冷静じゃ無い。俺が向かい合っても何も解決しないか……。

 

「……わかった」

 

 劉備と麗羽、二人が剣を合わせる。

 

「劉備さん、あなたはもっと落ち着いて周りを良く見るべきです。趙雲さんと張飛さんは倒れただけで無事ですわ」ヒュン

バシッ

「あぅっ! ……星ちゃんと鈴々ちゃんが無事なら今すぐ返してください!」

 

「今は治療中で会わせる事が出来ないのです。いい加減、聞き分けなさい!」

キンッ

「白蓮ちゃんの時みたいに、何かするつもりですね……許さないっ!」

 

「……全く、一途過ぎるのも考え物ですわ」

「隙ありっ!」ヒュン

キンッ

「少し頭を冷やしなさいっ!」ヒュン

バシッ

「きゃっ……」

 

 二人とも武勇と言うほど見事なものではなく、ただ闇雲に突っ込む劉備を麗羽がいなし、琢刀を鞭のようにしならせて腕に打ちつけるだけ。その様子を歯軋りしながら見守っていた魏延の怒りが爆発する。

 

 

「自分は戦わず、部下に戦わせて高見の見物とは、卑怯者めっ! やはり、私は貴様が許せんっ!」

 

 超重量の鈍砕骨を力任せに振り上げて、勝負を見守っていた俺に向かって突進してくる。

 

「この人を誑かす悪魔めっ! 死ね」

ドゴォ

「がっ!?」

 

 だが、雪蓮と華琳が反応する前に、大きな赤い柱としか形容できない物体が現われ、魏延の身体に真正面からめり込んでいく。

 

ブォンブォン パシッ

「……お前は今、恋を怒らせた」

 

 するすると縮んでいく如意棒の先を目で追っていくと、深紅の竜が紅い目を怒りに燃え盛らせていた。

 

ガキン

「……っくぅぅ、貴様はっ!」

 

 ヨロヨロと立ち上がる魏延に恋は無言のまま、問答無用で意図的に鈍砕骨の上から巨大な柱を叩き付ける。

 

ドガッギン

「な!?」ドスッ

 

 魏延は二撃目まで受けられたものの、支えきれずに武器を落とす。

 

ドゴッ

「かはっ! ゲホゲホッ」

バキッ

「あ、があ……っ」

ドス

「や、やめ……て」

ガスッ

「……っ」

 

 すると今度はいつもの太さにした如意棒で立ったまま滅多打ちにしていく……魏延は弱弱しい悲鳴の後、

 

ゴッ

「……」

「恋! それ以上は駄目だ!」

 

 遂に沈黙する。このままでは不味いと俺が叫ぶと、

 

「……死にたくないなら、ご主人様に謝る」

 

「あ、あ……ごめん……なさい」

 

 恋に促されるまま魏延が謝罪し、頭を下げるように倒れて力尽きる。

 

「焔耶ちゃんっ!」

 

「やれやれ、このたわけが……龍の逆鱗に触れたか。少しは薬になると良いのだがのう」

 

 劉備が麗羽との戦いを中断して叫ぶと、桔梗が魏延を助け起こす。彼女の目には戦う意思は無いようだった。

 

「桃香様、桜香様がお話がしたいと……」

 

 黄忠も戦う気はないようで、劉協を乗せた馬車を連れて現われる。翠、霞、詠が続き、両軍の将達が集まってくる。

 

 

「桃香さん! もう、やめてください」

 

「桜香ちゃん! どうして……」

 

 劉協は馬車から降りると劉備に対して強い調子で抗議する。俺が気の弱い兎みたいな子だと思っていた姿からは微塵も想像できない。

 

「璃々ちゃんが天の御遣いの事を聞いてきたので、まさかと思い駆けつけました。天の御遣いと桃香さんが戦うなんて、絶対駄目です!」

 

「でも北郷さんは無力な人を力でいいなりにさせる人だよ! 桜香ちゃんだって、何も出来ないから蜀に逃げてきたって!」

 

 感情が先走っているのか、上手く説明できない劉協に、劉備はあくまで『考え方の相違』を主張する。何も出来ない……?

 

「それは……」

 

 劉協が言い淀むと、劉備が俺を睨む。だが、先程よりは落ち着いている。やっと向き合うことが出来るようだ……。

 

「……私は……私は、あなたや曹操さん、孫策さんが羨ましかったのかもしれない……」

 

「……」

 

 劉備が静かに語りだす。俺はその話を最後まで聞く事にした。

 

「力があって、人に優しくて、何でも出来て……っ! 私……何にも出来ないから……っ!」

 

「(また、何も出来ないと言った)……それで?」

 

 言い残す事が無いよう、続きを促す。

 

「それでも……! 蜀のみんなの……王として!」

 

「力で物事を進めてきた俺は許せないと?」

 

 ゆっくりと話を聞く。彼女を理解する為に。

 

「そう……だよっ! 私は、みんなが仲良くしてくれれば……それで良いの!」

 

「……仲良く?」

 

「晴れた日は星ちゃんと畑を耕して……雨が降ったら、朱里ちゃんと、みんなで鈴々ちゃんに勉強を教えて……っ!」

 

「それで……?」

 

「みんなで笑って、仲良く過ごせれば良かった!」

 

「なら、なんで剣を取ったんだ? ……乱世に立つと覚悟を決めた理由は?」

 

「私達だけが笑って過ごせる世界なんて、無理だって知ったから! この世界は私が知っているよりも、もっともっと広いって、気付いたから!」

 

「どうやって?」

 

「星ちゃん、鈴々ちゃんと旅をして、朱里ちゃんに色々な場所のお話を聞いて」

 

「それで?」

 

「けど、みんながそうして笑っていたい世界には、黄巾党もいて、盗賊や山賊も沢山いて……朝廷だって、悪い人が沢山いて! ……だから、私は作りたいって思ったの! みんなが笑って暮らせる、優しい国を!」

 

「それで?(俺と同じだな……)」

 

 

「そんなの甘いって、さっき荀彧さんに言われた。私も幻想だって分かってる! けど幻想を幻想だって笑っているだけじゃ、駄目だって!」

 

「それで?」

 

「だから私は立ち上がれた! 願うだけで何も出来なかった自分を変える事が出来た!」

 

「それで?」

 

「私は……変われたと思ってる! 一人じゃ何も出来ないけど……星ちゃんや鈴々ちゃん、朱里ちゃん……みんながいれば、私一人じゃできない、もっともっと大きな事だって出来るから!」

 

「……(ああ、俺もそう思うよ)」

 

「だから、北郷さん……。無力な人の居場所を奪う貴方が……力でなんでも思い通りにする貴方が……許せないの! 邪魔なの! この泣いている大陸を本当の笑顔にするには……北郷さんのやり方じゃ駄目なのっ!」

 

「甘い理想だな(……俺も夢見た、優しい世界だ……)」

 

「甘く無い!」

 

「(桂花が言っていた)未熟者か……」

 

「!? 私だって、もっと大人っぽくなりたいの! 紫苑さんみたいに、大人の女の人になって……貴方や曹操さんみたいに色んな仕事ができるように」

 

「……!? (そうか……)」

 

 大人っぽくなりたい。彼女の言葉に俺は気が付く。俺のイメージの正史の劉備とこの外史の劉備の相違に。

 

 正史の劉備は長い長い雌伏の時を経て王になった元平民。若い時期は小さな勢力で各地と各勢力の間を転々とした。何度も危機に遭い、その度に乗り越えた圧倒的な経験と、どんなに辛くても諦めない不屈の闘志。複雑な人間関係の中で培われた人心掌握術と誰よりも仲間を大切にする情の厚い人徳。その経験が無い、この外史の『若い』劉備に覚悟が足りないのは当たり前なんだ。そして経験する機会を奪ったのは紛れもなく俺……。黄巾の乱を素早く終結させ、反董卓連合では殆ど戦わせず混乱を治めた。平原に居る時は援助をし、蜀に逃げる時も物資をただ同然で与えて、領地を安全に通らせた。劉備を歪ませたのは……俺だ。

 

 正史の曹操も劉備の『成長』を楽しんでいた。華琳だって『器』を認めただけで、若い劉備を認めたわけじゃない。つまり、『経験を積めば』曹操に比肩する『王になる器』。経験が足りない『未熟な状態』それがこの若い劉備……いわば、この歪んだ外史の一番の被害者かも知れない。劉備という英傑は曹操や孫策、孫権のような生まれながらの天才、王族ではなく、経験を積んだ末に大成した叩き上げの苦労人、仲間を大切にしたからこそ慕われた仁君なのだから。

 

 

「星ちゃんや、朱里ちゃんの仕事のお手伝い、したいんだよ……。桃香様なんて言われなくて良い……桃香が居てくれて助かった、って言って欲しいだけなんだよ……! だから……」

 

 劉備の話は続いている。俺は漸く理解出来た。彼女の存在を……。だから今度は俺の話をしよう。それが分かり合うと言う事だから。

 

「俺は王になんて、なりたくなかった」

 

「!? ……北郷、さん?」

 

 俺の正直な告白に劉備が驚く。

 

「俺は一番最初に大陸に落ちた時、何もなかった。両親も家も仕事も、何もかも持っていなかった。だけど、世の中を救いたいという少女に拾われて、俺も役に立ちたいと思った」

 

「……」

 

 愛紗と会った時、俺が思った事。華琳に拾われた俺が選んだ事。

 

「邑の人、町の人、商人、色んな人が俺達を助けてくれた。俺は心の底から、この暖かい人達を救いたいと思ったんだ」

 

「……」

 

 全ての外史で心の底から人々の幸せを願った。が、前外史で世界を失い、華琳の想いの中の外史では自分自身が消えた。

 

「だから、どんなに苦しくても絶対に諦められなかった。俺はみんなの希望を背負ったから。この願いは俺ひとりのものじゃ無いから……」

 

「!?」

 

 全てを失った俺は、この外史で麗羽に出会い手に入れた大きな力で、今度こそ皆を笑顔にすると言う誓いを実現してみせると駆け抜けた。

 

「皆は俺を天の御遣いなんて言うけど、本当は何も出来ないんだ。武も無い。智だって無い。みんなが居ないと何も出来ない。曹操のような稀代の英傑でも、孫策のように生まれながらの王でも無い。ただのつまらない無力な男だ」

 

「あ……」

 

 偽者の救世主、偽者の劉備、偽者の曹操。俺の全ては借り物……だけど、

 

「俺はただ救いたかった。自分がどうなっても、みんなを笑顔にしたかった」

 

 俺の記憶にある全ての外史で、この願いだけは、いつだって本物だから……。

 

「でも、北郷さんは力を……」

 

「俺達だけが笑って過ごせる世界なんて、無理だと思い知ったから。みんなを救うにはもっと力がいると気付いたから……」

 

「!」

 

「俺は変われた。一人じゃ何も出来なくても……みんながいれば、どんな大きな事だって出来ると信じている」

 

「……っ」

 

 胸を張って誇る事が出来る。俺の積み上げた誇り……俺の切り拓いた道。

 

 

/語り視点

 

「平和の代償……私の代わりに大きな傷を背負って頂きましたわ」

 

 前外史で猪々子と斗詩以外の全てを失った袁紹……麗羽が相好を崩す。

 

「私達は民の為に生きる仕事を与えて頂きました」

 

「うんうん♪ 夢と希望を与える大切な仕事だよ~」

 

「御遣い様がいなかったら、ちぃ達はどうなっていたか……」

 

 この外史で張梁、張角、張宝として生きる天地人☆姉妹が声を揃える。

 

「西涼で……詠ちゃんや皆と仲良く暮らせています」

 

 前外史で帰る場所と名前を失った董卓……月が微笑む。

 

「ご主人様は私の代わりに覇王という業を背負い、平和な世界に導いただけよ」

 

 この外史で少女として幸せを掴んだ稀代の名臣、曹操……華琳が瞳を滲ませ静かに目を閉じる。

 

「私も民を北郷に委ねて良かったと思っている(今度は死ななかったしな)」

 

 いつの間にか目覚めた白蓮……前外史で命を落とした公孫賛が笑顔で相槌を打つ。

 

「一刀兄様と麗羽姉様は妾にいつも優しかったのじゃ!」

 

 一度全てを失いながらも旅の途中で民の暖かさと貧しい暮らしを知り、絆の尊さを知った袁術……美羽が笑顔で右の拳を突き上げる。

 

「そうね……相手の想いを信じて救う、優しくて良い男だわ♪」

 

「うむ。私も大切な志を思い出させてもらい、新たな希望をもらう事が出来たな」

 

「大切な姉と師を。そして、私の心を救ってくれたわ」

 

 孫策……雪蓮と冥琳……周瑜が頷き合い、孫権……蓮華がその間に立って二人の肩に手を置いて目を細める。

 

「西涼は平和だし、母様もぴんぴんしてるし……毎日、孫はまだか~って、しつこいっての、全くっ」

 

 親思いの馬超……翠が苦々しい顔で、それでも嬉しそうにおどけてみせる。

 

 

「姫~、言われた通り、白帝城に、ひとっ走り行って連れてきたぜ」

 

「桃香様、信じては頂けませぬか。この趙雲の名にかけて全ては真実だと保証しましょう」

 

 猪々子の乗る馬に疲れ切った顔の星が、

 

「張飛さんは愛紗さんが白帝城に保護していました! 今、愛紗さんも治療を受けています」

 

「お姉ちゃん! お兄ちゃんの願いはお姉ちゃんと同じなのだっ!」

 

 斗詩に肩を支えられて、いつも通りの鈴々が、

 

「星ちゃん! 鈴々ちゃん! 良かった……」

 

 無事な姿を見せると劉備から怒りが消えていく。

 

「桃香様。北郷さんは、無力な人の居場所を……優しい世界を作るために頑張っているんです! 桃香様と同じなんですっ! 信じてくださいっ!」

 

「桃香さん、私が天の御遣いの所から逃げ出したのは、何も出来無い自分が恥ずかしかったからです! それをずっと言えなくて……こんな事に……」

 

 朱里も拳を握って力説し、先程言い淀んだ劉協も恥じていた真実を告げる。

 

「朱里ちゃん、桜香ちゃん……。それじゃあ……」

 

 皆が揃って説得すると、劉備が漸く思い違いに気付く。

 

「俺も君と同じさ。俺も王にはなりたくてなったわけじゃない。でも俺は困ってる人を見過ごせなかった。そして俺は一旦その想いを背負った……だから何があっても最後までおろせなかった……君もだろう?」

 

カラーン

「う、あぁぁっ」

 

 劉備が戦意を失い靖王伝家を取り落とす……光を見失い歪んだ仁王の心に微かな光が届く。目の前の男は劉備が進もうとした道の先、現実を知った自分の成れの果て。優しすぎるが故に深く傷つき、どんなに足掻いても犠牲が出る現実に苦しみ泣き叫んだ……前外史の仁王。

 

「何も出来ない自分が歯痒くて、何をすれば良いのか分からなくて、辛かったんだろう? 俺もそうだった。だから、君の力も貸して欲しい。一緒に両手を広げれば、もっと多くの民を救えるはずだ」

 

「でも……私は何も……」

 

 劉備にとって北郷一刀の言葉は重い。何もかも自分が劣っていると目を伏せる。

 

「無力だからこそ俺達は助け合い生きていくんだ。それに君は劉協を救ったじゃないか。俺には彼女を救えなかった。『君が居てくれて助かった』よ」

 

「……っ! うあああああああああああん! 私、ずっと頑張ったんだよ……でも、みんなは、もっとすごくて……でも逃げちゃいけないって……でも私は何も出来なくって……」

 

 しかし、その後の言葉が劉備の心の壁を打ち壊す。それはずっと言って欲しかった言葉。自分は居ても良いんだと、必要だと。熱い涙が秘めていた想いと共に流れ落ちる。

 

「もう良いんだ。平和になれば時間は沢山ある。君はゆっくり経験を積めば良い。今まで良く頑張ったね……」

 

「うああああああん」

 

 若い劉備が育つのを待つ。そう優しく包みこんでくれる存在に出会い、劉備はこみ上げてくる嬉し涙をいつまでも流し続けた……。

 

 

「力を貸してくれるかな」

 

「……はい、グスッ……桃香と呼んで下さい」

 

「ありがとう、桃香」

 

 北郷一刀と桃香は固く手を握り合う。闇で苦しむ仁王の腕を光の覇王はしっかりと掴み、闇の中から救い出した……この瞬間、大陸はひとつとなった。

 

「朕も皇帝から身を引こう。皇叔と共に静かな余生を過ごしたい。天の御遣い、大陸の民を……頼む」

 

「必ず、素晴らしい国を作ります」

 

「そなたに感謝を。皇叔……いえ、桃香さん。私といつまでも一緒にいてくれますか?」

 

「うん……桜香ちゃん。ずっと……ずっと一緒だよっ、うあーん」

 

 帝と桃香は普通の少女に戻り、涙ぐんで抱き締め合う。

 

「これから忙しくなるわね。ふふっ、ご主人様の身の回りの世話をして……ずっと一緒に居られて……とても楽しい時間だったわ。でも、これで夢の時間はおしまい。明日から現実が待っているわ……稀代の名臣、曹孟徳の出番がね!」

 

 大陸統一を見届けた華琳は着ていたメイド服を空に放り投げる。下から現われたのは以前と同じ意匠でありながら、北郷一刀の象徴である白く輝く服に合わせて新開発のポリエステルで作られた服。約束通り、国の器を満たす稀代の名臣、白華琳に生まれ変わる。

 

「我等が王、天の御遣いの導きにより、大陸はひとつとなった! ここに永きに渡る戦いの終結を宣言する!」

 

「オオオオォォーーーーッ!」「オオオオォォーーーーッ!」「オオオオォォーーーーッ!」

「ワアアァァーーッ!」「ワアアァァーーッ!」「ワアアァァーーッ!」「ワアアァァーーッ!」

「ウオォォーーッ!」「ウオォォーーッ!」「ウオォォーーッ!」「ウオォォーーッ!」「ウオォォーーッ!」

 

 華琳の宣言の後、狂喜乱舞する兵士、雄叫びを上げて感涙する兵士、各所で戦争の終わりを喜ぶ声を掻き消すほどの、平和を祝う大きな歓喜の聲が爆発した。

 

 その聲に呼応するように天空に浮かぶ太陽が白く白く輝きだす。全てを照らす優しき覇王の偉業を祝うように――――。

 

「恋……」

「(コク)……ご主人様の周りは、いつも笑顔で一杯」

 

 皆が喜びに包まれる中、恋と目が合った俺はその頭にそっと手を置く。恋は嬉しそうに頷いて肩の上に頭を乗せて寄り添い、漸く成し遂げた平和をしっかりと噛みしめるのだった。

 

 

白帝城内厨房には入り切らないので……野外仮設厨房

 

 城中……どころか、街、付近の邑、周辺の民からお祝いの品が次々に届き集められる。調理用の熱源は真桜が持参したガスを使い、水は井戸からポンプで汲み上げ、仮説厨房を野外に設置すると、華琳を筆頭に料理人達が調理していく。

 

「私はもう、メイドではないのだけれど……(恋の為に最高の料理を……)」

 

「そうなんですか? でしたら、次のメイドは私が!」

 

「へぅ、斗詩さん、メイドは私の方が先輩です」

 

 華琳が新調した服の上に再びエプロンを付け、文句を言いながらも手を動かすと、斗詩が新たなメイドに立候補し、月が静かに自己主張する。

 

「朱里ちゃん、久しぶりに、とびっきりの料理を作って、ご主人様の」

「心をがっちり掴むんだね! それなら良い薬草が……」ゴソゴソ

 

「あわわっ!」

 

 雛里が張り切って鍋の中の味見をすると、朱里が怪しい鞄の中を漁り出す。

 

「がすって、とっても便利ですね。秋蘭様、私達の腕の見せ所ですよ!」

 

「ああ、大食いが多いからな」

 

「私だって負けません。激辛料理は好きなだけで、普通の料理だって得意ですから」

 

 流琉と秋蘭は連携して質の高い料理を量産していき、凪は普通に手際良く料理を作って並べていく。

 

「儂もつまみになる物でも……おや、愛紗殿も料理が得意じゃったとはのう……?(何か様子が変じゃの。華琳殿も元気が無いような……)」

 

「……っ(恋、せめて最後に美味しい物を……)」

 

 祭が珍しい顔に驚いて愛紗の料理を覗きこむが、愛紗は一心不乱に調理に集中していた。

 

……

 

併設された仮設病院

 

「げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 力なく倒れている怪我人に必殺必中……ではなく必察必治癒の技が炸裂する。

 

「……お前は?」

 

「俺は華佗、医者だ。次の患者が待っている。すぐにどいてくれ」

 

 治療を受けていたのは魏延。意識を取り戻すと目の前に男が居た為、不機嫌そうに声を出すが、華佗は忙しそうに名前だけを答え、出て行けと告げる。

 

「な!? 貴様っ!」

ゴンッ

「くあぁっ!」

 

 

「この粗忽者がっ!」

 

 その態度に激昂した魏延の頭上から拳骨が振り下ろされる。後ろを振り返ると、

 

「き、桔梗様……」

 

「焔耶、貴様は死にそうな所を助けてもらったのだぞ。それが恩人に対する態度かっ!」

 

 ここまで彼女を運んだ桔梗がおり、魏延の腕を引いて天幕を出ると怒声を上げて叱り付ける。

 

「あ!? そうだ……私は……っ」

 

「思い出したようだのう。今後、お館様に手出しはせぬ事だな」

 

「今度会った時は勝ってみせます!(お館?)」

 

 死にそうな……と聞いて魏延が思い出す。桔梗が訓戒を与えるが、全く懲りていない。

 

「ほう……あれだけ手加減された上、手も足も出なかったお主が、のう……」

 

「手加減……ですか?」

 

 身の程知らずの自信家に真実を伝える為、桔梗は魏延を連れて歩き出す。華佗の天幕の周りには死人ではなく、治療を待つ怪我人達がひしめき合っていた。それは恋が主君である北郷一刀が悲しまないように手加減をしていた為。大地を削る様を見せては敵兵を恐れさせて逃がし、圧倒的な力をわざと見せ付ける事で戦意を奪っていた。そして、魏延に対しては……。

 

「己の得物を見て、考えてみるが良い」

 

「こ、これは……!?」

 

 暫く歩き、桔梗が指し示した場所を魏延が見ると、原型を留めないほどに拉げた鈍砕骨が転がっていた。二撃目を受けた時、魏延は武器を落としたと思っていたが、実際は全体を潰され根元から完全に折れていた。その事実に魏延は戦慄する。もし、これを頭に受けていたら……と。

 

「漸く分かったようだのう……次は命が無いと思えぃ。わしも黙ってはおらぬぞ」

 

「ど、どうしてですかっ!」

 

 恋との力量の差を思い知った魏延が恐怖に震えていると、桔梗が追い討ちをかける。

 

「桃香様の……我等の主君だからだ。北郷様が大陸を統一し、桃香様の願いも叶ったのだからのう」

 

「そ、そんな……」

 

 気を失っている間に起こった事を知り、魏延は項垂れる。

 

「お主は先程、我等が主君を、卑怯者、悪魔等と侮辱し、自分の命惜しさに一言謝っただけ……このままで済む筈がなかろう。主君に裁きを受けるか、このまま国を去るか……よく考えておくのだな」

 

 桔梗がそう言い残して去った後、魏延は考えながら白帝城を彷徨い歩いて兵士達に話を聞き、

 

「……私が間違っていたのか。聞けば聞くほど桃香様と同じ志を持った仁君……」

 

 自分以外に北郷一刀を嫌っている者が誰ひとり居ない事に気付く。

 

「このまま私は一人で……いや、裁きを受けよう。逃げるなど、武人として恥ずべき事……よし」

 

 ひとり……その寂しさが続くくらいなら潔く死のうと悔い改め、北郷一刀の許に裁きを受ける為に向かう。雲ひとつ無い空のような爽やかな笑顔で……。

 

 恋が魏延を殺さなかったのは……北郷一刀が如意棒を選んだ理由。恋に相応しい武器を選んで欲しいと貂蝉に聞かれた時、如意棒なら刃が付いていない。だから手加減すれば殺さずに打ち続け、相手が悔い改めるまで待つ事が出来る。本当は優しい恋に人を殺して欲しくない。そんな北郷一刀の願いを恋は大切にした……。

 

 

 夜も更けた頃、料理が揃い宴が始まる。将達は将達で、兵士達は兵士達で、それぞれ分かれて平和の喜びを分かち合う。

 

「恋、今回最大の功労者はあなたよ。どんな物でも好きなだけ食べなさい」

 

 華琳が恋の前に大陸が誇る最高の料理人が作った究極の料理をずらりと並べさせる。

 

「恋殿こそ、正に天下無双! 絶対無敵の武神なのですぞ!」

 

 音々音が小躍りして嬉しげに恋を褒め称えると、居並ぶ武将も頷き評価は妥当と肯定するが、恋はじっと目の前に並ぶ数々の料理を眺めていた。

 

「遠慮しなくていいよ。みんな、恋に食べて欲しくて作ったんだから」

 

 俺がそう言って、恋に料理を薦めようとした時、

 

「御寛ぎの所、申し訳ありません。先程の非礼を詫びに参上致しました。ですが北郷様の裁きを受ける前に、呂布将軍にお聞きしたい事があります」

 

 裁きを受ける為、北郷一刀と話す機会を待ちながら、その様子を見ていた魏延が恋の前に進み出る。

 

「それほどの力があって、自分が王になろうとは思わなかったですか?」

 

 何故、この問いが出たのか……魏延にも分からない。ただ純粋に、強い者の心が知りたかったのかもしれない。圧倒的な力を持つ呂布と言う存在の心を。しかし、その言葉の裏には『裏切り』が存在する。演義で反骨の相があると言われた魏延。同じく演義で自分の欲望の為に周囲を裏切り続けた呂布。この外史の魏延が呂布……恋に力を持つ者の真意を問う。

 

「ご主人様の笑顔を裏切ったら……恋はきっと永遠に笑えない」

「!?」

 

 周りが静まり返る中、真剣な顔で恋が答えると、魏延の心に稲妻が落ちる。自分は知らずの内に裏切りを勧めた事、そして恋にとって大陸全てより、北郷一刀の笑顔の方が尊いという事を理解して……恋の答えは続く。

 

「それに、ひとりより、みんなの方が楽しい。ご飯もみんなで食べるほうが美味しい」

 

「ああ、私も、そう思う……」

 

 ひとり……それは魏延が先程感じた寂しさ。だから楽しそうに笑う恋が言った、みんなの方が楽しい。という言葉が素直に心に染み入っていく。魏延は北郷一刀の前に跪き、

 

「北郷様、先程は申し訳ありませんでした。どのような罰でも受けさせて頂きます」

 

「そうだな……それじゃあ、これから一生……」

 

「……(一生? 終身刑か……思ったよりは軽い。やはり噂通り、お優しいのだな)」

 

 頭を垂れて断罪を待つ。死罪という極刑も覚悟していた魏延だったが……。

 

「この国を平和にするために頑張って欲しい」

 

「!? ですが、私はっ!」

 

 北郷一刀の下した判決は、無罪。周囲が笑顔で見守る中、魏延だけが慌てふためく。

 

「さっき謝ったじゃないか」

 

「……っ、ありがとうございます。この魏文長、この国の為、そしてお館の為に、粉骨砕身の覚悟で尽力します! どうか、焔耶とお呼び下さい」

 

 北郷一刀の慈悲深さに感激し、落涙する魏延は真名を預け忠誠を誓う。

 

「焔耶、これからは仲間として、一緒に頑張ろう」

 

「はいっ!」

 

「おやおや、少々薬が効き過ぎたかのう」

 

 主君の激励に忠犬のように尻尾を振る焔耶を見て、桔梗が毒気を抜かれる。

 

「いえ! お陰でお館の素晴らしさが分かりました!」

 

「話は終わったようね、宴を再開しましょう」

 

 焔耶が仲間に加わった事で将達全てが揃い、華琳の言葉の後、宴が再開される。

 

 

/一刀視点

 

 夜を徹して宴は続き、皆が楽しそうに談笑する中、満天の星空が白ばみ始めた頃、

 

「ごしゅじんさまー♪」

 

「璃々ちゃん! どうしてここに?」

 

 懐かしい顔が膝の上に飛び込んでくる。

 

「桜香お姉ちゃんの馬車で連れてきてもらったの。でも、危ないからここで待ってなさいってお母さんが言ったの。でも待ってる内に眠っちゃって、今起きたのー♪」

 

「それじゃあ……」

 

「はい、全て思い出しましたわ……恋ちゃんの事も……」

 

 その理由を聞き、黄忠……紫苑が劉協を連れて現われた時に戦意が無かったのは、思い出したからだと言う事を理解する。そして紫苑は赤壁で小さい恋を見て、今、元に戻った恋を見ている……。

 

「ご主人様の膝の上は良い場所。肩の上はもっと良い場所」

 

「うん! 恋お姉ちゃん、良く知ってるね♪」

 

「(コク)……恋も大好きだった」

 

「? 今は好きじゃないの?」

 

 俺と紫苑が話している間、恋は膝の上に座った璃々を見ながら楽しそうに話している。

 

「恋、料理は楽しんでもらえているようね。どれが一番気に入ったのかしら?」

 

 華琳が側に来て恋に声をかけると、料理を作った者達が興味深そうに注目する。その中で俺の隣に座る恋は、何の変哲も無い炒飯を手に取る……。

 

「恋はこれが好き」

 

 それは愛紗が作った炒飯。普通の材料で普通に作った物。

 

「すまない……色々頑張ったのだが、それしか……」

 

 愛紗が満足に出来る料理は炒飯しか無い。それでも頑張ったのだろう……手が傷だらけになっている。

 

「……一番美味しい」

「うぅ……あああぁぁーーーっ」

 

 愛紗の作った炒飯を美味しそうに食べる恋。それを見た愛紗が大声で泣き崩れる。

 

「愛紗お姉ちゃん、なんで泣いてるの? ね? 恋お姉……あれ?」

 

 膝の上の璃々ちゃんが恋の方を向いて動きを止める。

 

「恋お姉ちゃん……なんか光ってるよ?」

 

 恋の身体から光の粒子が次々と浮き出し、天に向かって昇っていく。それを見た全員の顔に緊張が走る。もう隠す事は出来ない……俺は事情を知らなかった者達に全てを話す事にした。

 

……

 

 

「恋ちゃんは何も悪くないじゃないですか! どうして! 酷すぎるよぅ……」

 

「斗詩……落ち着けって「だって!」アニキを責めたってしょうがないだろっ!」

 

「……御主人様が急いでいた理由が……こんなっ」

 

「恋さんが消えちゃうなんて……うぅ、どうしてぇ」

 

 最初から共に歩んできた仲間達、斗詩が取り乱し、猪々子が涙ぐみながら斗詩を宥める。桂花が肩を震わせ、雛里が涙をぽろぽろと流す。

 

「そんな……恋さん! 折角、平和になったのに……」

 

「恋……主が言えなかった理由がお主が消える事だったとはっ」

 

「そんなのひどいのだ!」

 

 前外史で仲の良かった者、朱里が悲しみ、星が目を伏せ、鈴々が叫ぶ。

 

「だからご主人様は……あんな無茶をして」

 

「あんた……だから言えないって。ううん、正しい選択なのは分かってる……でもっ」

 

 月が目頭を押さえて納得すると、詠は理性と感情の綯い交ぜ(ないまぜ)に苦しむ。

 

「嘘だろ……あたしを騙そうたって、そうはいかないぜ」

 

「呂布ちん……嘘やろ?」

 

「呂布……それが倒れた理由だったのだな」

 

「恋殿~ぐすっ、うああーん」

 

 涼州勢の中で恋を知る翠と霞が信じられないと首を横に振り、華雄が瞑目し、先程まで幸せの絶頂だった音々音が号泣する。

 

「何故だ、秋蘭! ……何故、天はいつも私の大切なものを奪う! 今度こそ全てを守れたのではないのか!」

 

「姉者……落ち着いてくれ。私も……私も辛いんだ」

 

 春蘭がやりきれない想いを拳に乗せて地面を叩き続けると、秋蘭が頬に涙を伝わせて姉の拳を両手で包む。

 

「私が思い出さなければ……」

 

「それは違う。恋は自分で戻った。これは自分で決めた事」

 

「恋ちゃん……」

 

 最後に思い出した紫苑が顔を俯かせると、恋はきっぱりと否定する。その間も恋の身体は透けるように段々と薄くなり、身体から出る光は天に昇り続ける

 

「璃々、こっちへ来なさい。恋ちゃんはご主人様達と大切なお話があるの」

 

「はーい? 恋お姉ちゃん、またねー」

 

「……」

 

 笑顔で手を振りながら紫苑の所へ行く璃々ちゃんに、困ったような顔で恋は手を振り返す。

 

 

 璃々ちゃんがいなくなり、空いた膝の上に恋が座って背中を俺に預ける。あの、恋が初めて泣いた日のように……その身体は既に小さな恋のように軽かった……。俺は恐る恐るその身体を両腕で包みこむと彼女の柔らかな感触が返って来る。確かに恋はそこに居ると実感できた……。

 

「…………」

 

 俺は何も言えない。俺のせいで消えてしまう恋に何を言えば良いのか分からない。すると、いつもは無口な恋が饒舌に話しだす。

 

「恋は後悔しない。恋はご主人様と一緒に夢を叶えて、みんなを笑顔に出来た」

 

「ああ……」

 

 麗羽とこの外史で再会した時……恋がお腹がすいたと言わなかったら、そのまま逃げ出して麗羽と仲良くなれなかったかもしれない。

 

「ご主人様は?」

 

「みんなを救うため、出来る限りの事をした」

 

 反董卓連合の時……華琳に勝てず、逃げられたかもしれない。

 

「んっ、恋も恋に出来る事をした。ご主人様を勝たせる事が出来た」

 

 そして今回の戦……劉備に勝つ事も、大陸を統一する事も出来なかっただろう。

 

 だったら……俺が恋にしてやれる事は、

 

「恋はご主人様に会えて良かった」

 

「……俺も良かった」

 

 恋が悲しまないように、困らないように、笑顔で……笑顔でいる事だけだ。

 

「ご主人様なら、きっと皆が仲良しな国を作れる。恋がいなくても大丈夫」

 

「恋がいないと、俺は笑えないよ」

 

 涙を堪えて笑う。上手く笑えているだろうか……。

 

「恋はどうせ消えてた。これは恋が見た夢……」

 

 光が更に強くなり、俺の膝の上から恋の重さが失われていく……。

 

「恋の夢は全部叶った。だから楽しい夢が終わるだけ」

 

 物語の終端を迎える瞬間が近付いている。

 

「平和になった世界を見られた恋はとても幸せ」

 

 そう言いながら恋は振り返って俺を見る。

 

「ご主人様、あの時の約束、ちゃんと守ってくれた。ずっと恋の側にいてくれた」

 

 その顔は……思わず見惚れてしまう、咲き誇るような笑顔で……。

 

「ご主人様の腕の中だから、恋は寂しくない」

 

「ああ、別れは笑顔でだな」

 

「んっ」

 

 恋と俺は笑い合う。明日また会える。そんな気軽な別れのように。

 

 

「あの時みたいに、手をぎゅって、して?」

 

「ああ」

 

「愛紗も」

 

「わかった」

 

 前外史の終端の光に包まれた時のように、三人で強く指を絡ませる。心が離れないように……。

 

「愛紗、華琳、約束」

 

「ああ、ご主人様は恋の分まで守る」

 

「ええ、任せなさい」

 

 恋が二人の名を呼ぶと愛紗と華琳は泣きながら頷く。

 

「キントは……愛紗が面倒見てあげて」

 

「私が面倒を見る」

 

「これで安心」

 

 キントの事を頼み、愛紗が頷くと目を細める。

 

「ご主人様と愛紗、ずっと一緒。みんなもずっと仲良し」

 

 恋が歌うように言葉を続ける。

 

「もう、さよならみたい……」

 

 そして、光になる。

 

「さよならじゃないよ、恋。俺は諦めない。ずっとずっと待ってる」

 

「……んっ。やっぱりご主人様は優しい。それに暖かい」

 

「恋も暖かいよ」

 

「……んっ。いままで、ありがとう。ご主人様」

 

「恋、ありがとう」

 

「ありがとう、愛紗」

 

「……ありがとう」

 

「ありがとう、みんな。家族みたいで嬉しかっ――――」

 

 その言葉を最後に握っていた掌から感触が消え、恋の体が形を失い眩い光になって天へ……迎えるように朝の光が差し込んでくる。大陸がひとつになって初めての夜が明ける……。

 

 

「……」

 

 手の中に小さくなった如意棒が残っていた。持ち主に戻さないとな……俺が何気なく、そう思った途端、

 

シュバッ キィーーーン

 

 光の柱になって天へと伸びて行く。高く高く、何処までも……もう一度手の中を見ると何も残ってはいなかった。

 

――――――――――。

 

 光を見て、何かが起こるかもしれないと見守っていた皆が、何も起きない事が分かり悲しみに暮れる中、俺は……。

 

「恋は笑顔が好きだった……だから笑顔で送ってやろう」

 

「ご主人様……」

 

 愛紗達を励まそうとして……頭に浮かんだ詩を……。

 

「あなたを想い、笑顔溢るる。この身の全てに咲き誇る」

 

 俺は歌う。恋の笑顔はいつも俺達に元気をくれた。だから俺達は頑張れたと。

 

「「あなたを想い、東雲見ゆる。明けの光を言祝ぐように」」

 

 続いて愛紗と華琳が声を震わせて歌う。皆で一緒に掴みとった、この平和な国の新しい夜明けを祝おう。恋が帰ってきた時に笑顔で迎えられるようにと。

 

「「「「「見果てぬ夢を……思い描いて――――」」」」」

 

 詩を知っている者が心を震わせて歌う……劉備に教わった。どんな時でも諦めない熱く滾る心を。それが幻想であったとしても……俺達は前に進むしか無いのだから。見果てぬ夢でも……諦めないと。

 

「恋、またな」

 

 俺は恋が好きだと言ってくれた、いつもの笑顔で空を見上げた……。

 

 

 

 つづく

 

 

予告

 

 優しい国の優しい君主に、第一子が生まれる……。

 

「またあえてよかった」

 

……

 

「姫様~、そのように走られては危ないのですっ!」

「わんわん」

 

……

 

「一人は皆の為に! 皆は一人の為に!」

 

……

 

 

 

 これもまた……望まれた外史のひとつ。


 
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