No.1115390

決める話

えらんどさん

ブレイズ・ユニオン 小話。みんなのことなんもわからん申し訳ない。すべてが捏造です、あしからず…。

2023-03-02 18:32:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:179   閲覧ユーザー数:179

 

 その情報を得たのは、帝国から遠く離れた寒冷地帯を旅している際に立ち寄った、港街の酒場だった。

 

 南の大陸でも成し得ることが出来なかったバイフーの本探し、を当ても無い旅路のメインに据えて、誰だったかの今度は北に行くか、という発言でやって来た大陸のとある国の港街。たどり着いたのは昼前で、宿を取り、宿屋のおかみさんから今の時期は丁度催事もやっている旨を聞いたので各々好きに過ごしましょうハイ解散、と別れてはや数刻。夕食を食べに戻ってきた宿屋の食堂でおかみさんの手料理に舌鼓を打ち、各々が街で何をしていたか等と談笑を交わす夜を過ごしてから、夜食兼情報収集とかまけてやってきた、街の端にある酒場での出来事だった。

 ガルカーサ皇帝が崩御されたんだってな!

 そこで、ジェノンはその単語を聞いた。雑談、喧騒、歓声や食器がぶつかる音などの騒音が響く酒場で、その言葉だけが不思議と鮮明に耳に入ってきた。酔って気持ち良くへらへらと笑っていた表情が固まる。息が詰まる。彼の急な変化に気付いたのか、同席していた女に声を掛けられたが、それには首を振って応えた。酔いは一気に覚め、飲んでいた酒の味は一瞬で消え去ってしまったけれど、勢いに任せてもう一度グラスを呷り、荒くテーブルに置いた。そうして振り返りざま、ワイワイと話をしている男たちに声をかける。できるだけ、戯けて、陽気に。

「今のそれ本当かい?」

 赤ら顔をした男たちが振り返り、一人が声を上げる。

「おうとも本当さ! おれが港向こうから聞いてきた話だ、間違いねえ」

 港向こう、とジェノンは呟く。

「兄ちゃん旅のモンかい? ここから船で出て、あー、地図、誰か地図持ってねえか―ありがとよ。で、ここに着くのさ」

 帝国近くにある海沿いの街を指で示す。航路は長いが穏やかな海が続く為に、物資の運搬には適しているのだという。へえ、と興味深く頷いて見せてジェノンは続ける。口の中が渇いてきた。

「それは……いつ聞いたのかな」

 そうだなあ、と男は腕を組んでから頭を捻って、ひいふう、と数え始める。

「その港町からここまではざっと二月かかるのさ。港町自体は帝都に近いからもっと早くに知られてたんだろうが……おれが聞いたのは三月前だな」

「三月」

 ヒュ、と顔が青ざめる。男はそれに気付かず話を続けた。

「皇帝は数年前に新しく成ったお方だろう? どんな人柄なのかはおれぁ詳しく知らねえが……帝国も大変だな」

 周りの男たちも同意するように何度も頷いている。

「その前だって皇帝が討たれてなあ……」

「そこからまだそんなに経ってねえよな」

 赤ら顔のまま深刻そうな表情を浮かべる彼らに、ジェノンはどうにかして声を出す。

「皇帝は……なんで死んでしまったんだい?」

 口の中がカラカラに渇いている。心臓が早鐘を打つ。先程まで酔って暖まっていた体は底冷えし始めていた。男は片眉を上げて、大仰に手を広げてみせる。

「討たれたのさ! ファンタジニア王国の姫さんにな」

 そこから、港町の連中から聞いたという王国の話や、帝国の話を熱く語り出す男たちを、ジェノンは薄ら笑いを浮かべて相槌を打ちながら、うわの空で聞いていた。

 

 男たちに一杯奢り、同席の女に勘定を渡して彼女が止める間もなく酒場を後にしたジェノンは、その場から逃げるように、しかし行く当てもなくのろのろと港に足を向ける。冷たい風が吹き、凍える中でも感じられる仄かな潮の香りが徐々に強くなるにつれて、思わず走り出す。辿り着いた港は、淡い街灯の光と冬限定の催しだというイルミネーションでちぐはぐに照らされている。流石に深夜に近いだけあって人気は無く、昼間の賑やかな様子とはうってかわって静まり返って、穏やかな波の音だけが響いていた。波止場の手前でぼうっと息を整えていると、やがて、白く淡く雪が舞い始めて街灯に影を差した。淡く、明るく、交互に照らされながらジェノンは黒い海を、海の向こうに広がっているであろう遠い大地を―故郷を見据えた。

「ガーロット、シスキア……それに、みんな」

 強く拳を握って、遠く離れた地で命を落としたかつての仲間たちを想う。その中に入れずに今もぬくぬく生きていることが、まるで罪のように思えてもどかしく、ひどく苦しい。

 ふいに足音が聞こえて顔を上げる。今の自分の顔は誰が見たって情けない筈だ。だから、振り返らずに待った。

「ジェノン」

 追いかけてきたであろう彼女の声は柔らかい。こちらを気遣っている事が分かるから、余計に振り向くことができなかった。

「……実はさ、」

 黙っていることがいたたまれなく、振り返ることができないまま、口を開く。

「旅を続けて何年か経った後に、会いに行くつもりだったんだ。ガルカーサ……ガーロットに」

「うん……」

 優しい声に甘えるように、ジェノンは吐露する。

「逃してくれたあの時はあんな風に言ったけれど……、世界を旅すれば、彼を止められる方法が何処かにあるんじゃないかって期待していた所も、少しはあったんだ」

 それにね、と彼は自嘲気味に笑う。

「僕は彼を止められなかったことが、悔しかった。だから今度こそは……って。君を助けられたのだって、シスキアというズルい手段を使ったからだ。……何が参謀だ、なにも……何もできやしなかった。……なのに、」

 友を救うことが出来ず、友を止めることも出来なかった。その上捕まって牢に入れられる際には、救えなかった友の名前という手段を使って自らの命を救った。救えなかった彼女の事、変わってしまった彼の事、そしてあまりにも役に立てない自分を思い出すことが辛くて、国を出た直後はあの様な物言いになった。目まぐるしい戦いに心身が傷ついていた。諸外国を旅すれば多少は忘れられるだろう、そう思っていた。だが。

 どこへ行こうとも、何をしようとも、彼と似た背格好を見れば視線を向けるし、彼女と似た声を聞けば振り返る。幻影を追っている。それは、自分でも十分に分かっている。その度に自分自身を叱咤して、そこまで忘れられないのであれば、せめて彼は、と思っていた。

「もう、それも……出来なくなってしまった。なんだよ、……なんなんだよ……」

 嗚咽混じりの声に少しの間を置いて、メデューテはジェノンに投げかける。

「ジェノンはあたしを助けたこと、後悔している?」

 呟かれた言葉に寂しげな声音を聞いて、カッとなって思わず振り返ってしまった。

「そんなことあるわけがない。彼らは本当に君を処刑するつもりだったろうし、僕がした事もある意味で賭けみたいなもんだった。むしろ、牢に入れられるような事になって申し訳なく思ってるくらいさ!」

 息を荒げる彼にメデューテは苦笑して、外套をかけてやった。彼が店に忘れていったものだ。ハッとしたジェノンに、

「それが聞けて、あたしは嬉しいよ。君は、君ができうる力でもってあたしを助けてくれた。あの国で死ぬしかなかったあたしを生かしてくれた」

「でも……それは」

「シスキアの名前を使ったから?」

「……」

「あたしが言うのもなんだが……彼女はあたし達を助けるために自分の名前を使われることについて怒らないと思うよ」

「そ、れは……」

「そういう子だった。そうでしょう?」

 穏やかに微笑むメデューテを見て、ふいに彼女の笑顔が浮かぶ。

「は、はは……、うん、そうだね……私はそんなに心狭くないんですけどって怒られちゃいそうだよ」

「確かに。……さ、続きは宿に戻ってから話そう。考えてること、あるんでしょ。いくらだって聞くさ。……実は、すごく寒くて」

 震えながらウインクして笑うメデューテに、ジェノンは目を丸くする。

「えっ! ご、ごめん! 早く戻ろう」

 慌てて外套の袖に腕を通したとき、何かが聞こえた気がした。海を振り返り、眉をひそめる。

「ジェノン、聞こえた?」

「やっぱり? ……だれかが落っこちてるとか無いよね」

「縁起でもない」

 二人して恐る恐る、じりじり、イルミネーションの光と夜の暗闇に変化する海を覗いてみる。何かが急接近しているのが分かったが、それを避ける暇は無かった。

「っぷはあ!」

「うわ冷たっ! す、スレイプ!?」

「はぁ、なんだスレイプかビックリした……おかえり。どうだった?」

 思い切り海水を浴びたジェノンは情けない声を上げながら顔を拭き、メデューテは驚きつつも、最近旅の一行から離れていた彼女に声をかける。スレイプはへらへらと笑って、軽く手を振る。

「えへへえ……ただいまーっとぉ……そうだそうだ、丁度いいや」

 よっ、という掛け声と共にジャンプで海から上がったスレイプにまたも海水を掛けられてジェノンは悲鳴を上げる。港に降り立った彼女の姿は、見ているこちらが寒くなる格好だ。しかしこれでも別に平気なのだというのだから、ウンディーネという一族は滅法寒さに強いのだなと改めて思う。

「実は折り入ってお願いがございましてぇ……っと」

 相変わらず酔っているのか、ふらついたところをメデューテがしゃがんで支える。

「お願い?」

 顔を拭き終えたジェノンに、スレイプは頷いて、

「ちょっとばかし故郷へ帰ろうかなぁ……なんてぇ、思って」

「故郷へ……というと」

「んん〜〜と……ここから南……そうねぇ、ファンタジニア王国って国の近くになるんだけどぉ……」

 ファンタジニア王国、という言葉にドキリと二人は顔を見合わせる。その様子を見たスレイプはうんうんと頷いて、パチンと指を鳴らす。

「お二方もきっと用事がある……でしょぉ?」

 スレイプの言い様が気になって、メデューテは首を傾げる。

「どうしてそう思うの?」

 いやぁ、とスレイプは頬を掻きつつ、

「お二人の耳にもそろそろ入るかと思った、しぃ……」

 苦笑いを浮かべている。再度、二人は顔を見合わせた。

「それは……皇帝……が、討たれた事が?」

 ジェノンの問いかけに頷いて、

「あっしはお二人よりもちょーっと前から、……その事を知ってましたんで……」

 言ってて気まずくなったのかどこからともなく酒瓶を取り出して一口飲む。固まっているジェノンに代わって、メデューテが問いかける。

「スレイプはどこでそれを?」

「海風の便りというか〜……ウエーと……話すと長くなるんで、どこかで話しましょ……ィック」

「わかった、じゃあ向こうにとった宿屋があるからそこへ……ジェノン、ジェノン?」

「……」

 固まったままのジェノンと、ウンディーネである彼女をなんとか連れて宿屋に帰った彼女は、出迎えてくれたバイフーに、

「ワハハ! メデューテ、デカい魚を一本釣り」

 デカい魚を釣ってきたのかと思われて笑われてしまった。

 

 バイフーに温かい飲み物の配膳等々と、宿屋の食堂に皆を集めるのを手伝ってもらってから暖炉に火を起こし、各々暖炉前に椅子を持ってきて座って、海水が入った酒樽にスレイプを収めてから、報告を聞くこととなった。

「まずは、おかえり。ちゃんと合流してくれて嬉しいよ」

 メデューテの声を皮切りに口々におかえり、と言葉が掛けられる。ただいまぁ、とスレイプは返して、

「あっしも久しぶりに皆さんに会えて嬉しいわぁ……っと、そうそう、報告ね……」

 吟遊詩人顔負けの長い長いスレイプの話(途中でバイフーやイータが合いの手で盛り上げるからよく話が逸れた)を纏めると、こうだ。

 ウンディーネ一族にとっての至宝が、人間に騙されて奪われてしまったこと。その為、ウンディーネ達は転生が出来なくなってしまった。その焦りに付け込んだデマを吹き込まれた、親衛隊を筆頭とするウンディーネ達が人間を殺し始め、戦争になってしまったこと。その結果、女王は死んでしまったこと。至宝は、紆余曲折ありつつも無事に返ってきたこと。

 

「一族末のコが頑張ってくれたのよねぇ。で、生存確認や今後について話し合うからって、一度帰ってくるようにって通達があったの」

 尾ビレを動かして体勢を変える。

「あっしは今皆と旅をしてて身軽だからーって、あちこち点在してるコ達に声を掛ける役目を受けてたってぇワケ」

 女王の訃報はウンディーネたちにとって衝撃的な出来事であることは間違いない。勿論、スレイプ自身もショックだった。やけ酒を繰り返して大変な時があったことを、当時は言えなかったがこの場で謝罪もする。

 一行から離れた後、スレイプはあちらこちらの海を渡り泳いだ。先々で出会ったウンディーネ達に女王の訃報を伝えると皆動揺しショックを受けていたが、必ず戻るという約束をいくつも取り付けてきた。同時に近況も報告し合ったりして―

「その途中で……えぇと……」

 言い淀んだ所で、酒を呷る。何度か口を開いては閉じ、しまいに一度しゃっくりをして、

「その途中で、ガルカーサ皇帝が亡くなった事を聞いたの」

 目許を赤くして、目を伏せる。その場に集まった面々の反応は様々で、バイフーは毛を逆立て、イータは瞠目した。先程その情報を聞いた二人も、片方は長く息を吐いて片方は目を瞑った。

「ガルカーサが……。ガルカーサ、どうして死んだんだ?」

 耳をピンと立てて尋ねてくるバイフーに、食堂に来てからずっと黙り込んでいたジェノンが口を開く。

「攻め込んだ王国のお姫様に討たれたんだそうだ」

「ガルカーサ……戦争してたのか」

 今度はしゅんと項垂れる。ブロンキアにつかず、ジェノンたちの元へ行っても良いと言ってくれた彼は、もういないのか。ガルカーサが死んだということは彼に付いていった皆も同じ結末を迎えたのであろう事を想像して、バイフーは大きい背を丸くした。

 イータは行儀悪く足を組み、黙り込んで何やら考えているようで、特に何を言うでもなかった。

 うん、とスレイプは一度皆を見渡して、

「あっしは、そんなワケで一度故郷に帰らないといけない。あんた達は……どうするの?」

 ジェノンに視線を向ける。自然と皆が同じくジェノンを見た。今の一行において、仕切っているのはジェノンかメデューテであるがガルカーサの事となればメデューテよりも付き合いの長かったジェノンの意見を聞こうと、皆の視線が物語っている。

 痛いほどの視線に、ジェノンは一度目を瞑った。先程メデューテに抱えられた時からぐるぐると思考は纏まらないが、これだけはハッキリとしている。目を開けて、スレイプを始め皆を見渡した。

「……行くさ。あの国に……ブロンキア帝国に、行こう」

 彼の言葉に、それぞれがホッとした表情で頷く。

「うん。そう言うと思った」

「勿論、バイフーも行くぞ」

「俺も。気になることあるしな」

「あっしも途中までご一緒だからヨロシクね」

 さて目的が決まったのであればと早速予定を立て始める。バイフーには悪いが、との断りに彼は、帝国も全部見たわけじゃないからな。もしかしたら、見つかるかもしれないし気にするな、と返してくれた。

 アレコレとしている内に夜は更けて、朝の支度をしに来たおかみさんをギョッとさせた。夜更けから食堂を貸してくれたご主人共々事情を説明してすぐに発つことを伝えると、人数分の軽食をもたせてくれた。諸々世話になったおかみさん夫婦に礼をして、ジェノン一行は街を発つ。海路も考えたが、心の準備をしながら行きたいというジェノンの意向に沿って、相も変わらず徒歩の旅である。イータの歌とそれに合いの手を入れるバイフーやスレイプ、それを苦笑しつつも見守るメデューテといった賑やかな一行と共に、ジェノンはブロンキア帝国を目指す。

 

 南から北へと、故国を遠ざけるようにして旅をしてきた。その月日は実に三年。そうまでして逃げてきた故国に、まさかこのような形で向き合う日が来るとは思わなかったが―今の故郷がどうなっているのかを知りたくないと言えば嘘になる。数年でも、彼らが築いてきた歴史があるはずだ。それを見るためにも、一度、帰るべきなのだろう。

「メデューテ、まだ水はある? ……喉が乾いたんだけど」

 

 
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