三章 双子山
「―――ちゃんと協力してやるんだぞ」
サクヤはみんなの作業を見回りながら、生徒たちに向かって指示を出していた。
今日、リョウたちの通うセイント・エディケーション学園の行事の一つ、一泊研修を行なっている。
その場所は島の端に位置する双子山という山を二つに割った形をしており、山のキャンプ場で行事を行なっていた。
ちなみに、一泊研修とは、毎年恒例のイベントであり、一年生を対象に行なわれている。
今、生徒たちは科を混ぜた男子女子二人ずつの四人班を作り、各々のペースで作業をしていた。
リョウは自分たちのテントを張り終えると、次にリリたちペアーのテントを張らされていた。
「・・・・・あんにゃろう。結局帰ってこねぇじゃねぇか」
リョウはテントを釘で留めながら思わず不平をもらした。
そんなリョウのペアーはサブだ。
そして、あとの二人はリリとそしてリリのクラスメイト(エリーだったかな)のペアーとで組まれている。
で、今リョウがこの状態なのは数分前のことからである。
リリたちペアーが、テントの張り方が判らない、ということで困っており、立ち往生しているところをサブが見つけ、
「俺たちがテントは張っといてあげるよ。だがら、キミたちは料理の方をお願いするよ」
と、いい人を装って二人に言った。
女性二人はその申し出を素直に受け、料理の仕度にいった。
それから十分後。
作業していたサブは急にリョウに向かって、
「後は頼んだ」
「……おい。さっき、俺たちがって言ったよな?」
「リョウ。過去をいつまでもすがるものじゃないぜ」
「てめぇが言ったんだろうが! 逃げんじゃねぇ」
と、サブが押し付けようとするが、リョウは食い下がらなかった。
だが、サブは「少し見に行くだけだって、すぐに戻る」と言い残してそのまま行ってしまった……。
そんなことがあってから、リョウは黙々と作業を終えると、とてもいいタイミングでリリがリョウを呼んだ。
「リョウくーん! 終わったらこっち入って!」
リリが外にある調理場から姿を表すと、こちらに手を振りながら叫んでいるのを見たリョウは、深いため息をつき、渋々呼ぶ方へ向かった。
リョウが調理場に行くと、そこでは多くの班が作業をしていた。
ちなみに今、みんなが作っているのはキャンプの定番、カレーだ。
「みんな。判らないことがあったら、どんどん聞くんだぞ」
「……サク姉に聞いたらアウトだろう」
サブはサクヤの言ったことにボソッと突っ込むが、
「何か言ったか? サブ」
と、サクヤは笑顔を浮かべて言うが、逆にそれが怖い。
「いえ。なにも」
と額には汗を浮かべながら言った。
その様子をリョウは呆れながら見ていると、リリにすぐに呼ばれた。
「リョウ君、こっちだよ」
「ああ」
と返事をすると、リリの近くに寄った。
リョウはリリの指示で手を洗っていると、
「これどうやって剥くの?」
「え? これはねぇ……」
その声に気付いたリョウは横を向くと、そこには、サブとエミーがいっしょに作業していた。どうやらサブがエリーに包丁の使い方を聞いているようだ。
「包丁をこう持って、これに……違う違う。だから……」
「判んねぇな。見ただけでできるなら誰でもできるよ」
「うーん・・・・・そうだ。それなら」
と何か思いついたのか、エミーはサブの後ろに回り、両手でサブの両手首を掴むと、
「だから、ここに刃を当てて……こうやって……そうそう……」
そんな感じで、サブはエリーに教えてもらいながら二人楽しそうにやっていた。
それを見ていたリョウは、呆れながら、
「……サブの野郎、料理できただろ? 確か」
「あはは……」
リリもリョウの言葉に苦笑いを浮かべた。
「で、何すればいいんだ?」
「え? えーと、この玉ねぎの皮を―――」
むいて、とリリが言いかけたそのとき、リョウは不意に近くから女の子たちの声が聞こえので、何気なしにそちらの方へ視線を向けた。
「へー。リニアさんって料理うまいんだね」
「簡単なものなら、な。オレはもっぱら食う専門だ」
「でも、そんなに綺麗にできないよ……ほら」
「んなもん。食えりゃー変わんねェーよ」
と女性とは思えない男言葉を使うリニアが、隣にいる女子生徒と話をしながら(楽しそう?)調理していた。
そんなやり取りをしていたリニアは不意に、リョウの視線に気付くと、振り向き、睨みつけた。
だが、リニアはすぐに調理に戻る。
それについてリョウは、
「何でガンとばされたんだ?」
「何かやったんじゃない?」
「・・・・・お前、何怒ってんだ?」
別に、とルナは少し拗ねた感じで答えると、タマネギの皮を剥ぎ始めた。
その姿に、リョウは訳が判らず首をかしげた。
少しの間、考えていたがメンド臭くなったので、リョウは作業に入ることにした。まな板の上にある包丁を掴み、皮が剥けているタマネギを取ると、まな板の上で切り始めた。
その動きは意外にも手際がよく、みじん切りで切っていく。
その姿を見たリリは驚きながら、
「リョウ君、料理できた?」
と訊いてきた。
その問いにリョウは、視線を向けずに、
「簡単なものぐらいならな。旅してたから、これくらいならできる」
と素っ気無く答えた。
「そうなんだ・・・・・二年もいっしょに暮らしているのに、以外に知らないことってあるんだね」
「たかが二年で、すべてが判るわけねぇだろ」
そうだね、とリリは寂しそうに微笑み返すと、作業を再開した。
そんな姿を、リョウは横目で盗み見ると「これくらいで落ち込むなよ」と胸の中で呟くと、溜息をつき、後ろ頭を掻くと、
「・・・・これから知っていきゃーいいだろ? 時間はいくらでもあるだからよ」
と少し恥ずかしそうに言った。
その言葉に、リリはきょとん、とした表情を浮かべると、すぐに笑顔になり、
「じゃあ、今度お姉ちゃんと三人でいっしょにご飯作ろうよ」
と嬉しそうに言ってきた。
だが、リョウは意地悪く、
「キッチンは女性の聖域だから、俺は入らない」
と返した。
古いよー、とリリは笑いながら突っ込み、そのまま調理に戻る。
表情は明るさが戻っていた。
1
時間が経ち。
日が沈みかけ、夕日が紅く輝く時間になった。
生徒たちは自分たちで作ったカレーを食べ、片付けを終わらすと施設のシャワーを使う
者や各々生徒同士で会話をしている者など、各自自由行動の時間になった。
リョウとサブは、片付けを終わらすと、シャワーがある施設に行った。
そのときのサブは、
「なんで、露天風呂じゃないんだ?」
と嘆いていたのは言うまでもない。
シャワーを使い終わり、二人は、シャワーのある施設から自分たちのテントに帰っていると、見知らぬ男子生徒が二人の前に現れた。
男子生徒はリョウとサブを交互に見て、何か確認するとリョウに向かって、話しかけてくる。
「君がカイザー君かい?」
「・・・そうだが。何か用か?」
リョウは、目の前の男が誰か考えたが、すぐに面倒になったのでやめた。
「銀色の髪で目つきが悪―――という特徴だからすぐ判ったよ」
「・・・・・おい。今、何か言い濁したろ?」
「君にこれを渡せ、と頼まれたんだ」
と、男子生徒はリョウの追及を無視すると、持っていた紙切れを渡たしてきた。
リョウは少し納得いかなかったが、直にそれを受け取り、紙に目を通した。
すると、リョウの肩越しからサブが覗き込み、
「紙媒体かよ。なかなか古風じゃねぇか」
「・・・・・見んじゃねぇよ」
と言うと、リョウは鬱陶しそうにサブを払いのけた。
「じゃあ、僕はこれで」
まだ居たようだった男子生徒は、自分のテントの方へと行ってしまった。
リョウはその姿を目で見送ると、再び手紙に目を通した。
「で、誰からだよ?」
「・・・・・女から」
リョウはめんどくさそうに答えると、その答えに驚いたのか、サブは目を見開いた。
「マジ! 何て書いてんだよ?」
「デートの誘い」
リョウは不適な笑いを浮かべながら答えると、持っていた紙を燃やした。紙はあっという間に灰に変わると、空へ消えていった。
そして、リョウはまだ納得がいっていないサブが、騒いでいたがめんどくさいので無視して、そのまま歩き出した。
そのとき、不意に空を見上げると、黄色に輝く半月が浮かんでいた。
2
人の集まるあるところから離れ、山の奥に入って行くと、そこには大きな湖があった。
その湖に近づくと、先約がいた。
それは一人の女の子だった。
その女の子は、へりに座っており、湖を眺めていた。
「おせぇよ」
リニアはリョウの気配に気付いたのか、湖から視線をリョウの方へと振り返った。
「・・・・・で、何か用か?」
「んなもん・・・・・判ってんだろ?」
リニアは立ち上がると、不敵な笑みを浮かべた。
「・・・・・告白?」
「死の宣告ならしてやろうか?」
遠慮しとく、と答えたリョウは、気ダルそうに溜息をついた。
「・・・・・でも、テメエみてぇなやつでも冗談言うんだな。センスなぇけど」
「うるせぇよ。今学園で勉強中なんだよ」
何しに行ってんだおめぇは、と呆れながら突っ込むと、リニアは無造作に前髪をかき上げた。
そして「ケリつけようぜ。この前のよぉ」と言い放った。
それを聞いたリョウは「やっぱりか」と呟いた。
そして、ダルそうに溜息をつくと、
「どいつもこいつも戦(や)ろう戦(や)ろう。俺の周りはこんなんばっかりかよ」
とぼやいた。
そんなぼやきも届いておらず、リニアは左手にぶら提げていたガントレットを着け始めた。
リョウもここに来る前に自分のテントから持ってきた筒から刀を取り出した。
「何やかんや言って、テメエも戦(や)る気になってんじゃねぇか・・・・・そう言えばテメェの名前まだ訊いてねぇな」
「・・・・・リョウ・カイザー」
「オレはリニア・ガーベル」
そう言い、リニアはガントレットを着け終わると、軽く指を動かし、確認した。
リョウも鞘から刀を抜くと「セーフティモード」と呟き、鍔に付いているAIに命令した。すると、刃に青い輝きを纏いついた。
そして、右足を一歩前に出し、刀を中段で構える正眼の構えをとった。
リニアも「セーフティモード」と呟き、ガントレットの肘の辺りにあるAIに命令すると、ガントレットが輝きを纏った。
「ルールは最後まで立っていた奴の勝ち。それでい―――」
「―――さっさとやろうぜ。こっちは早く寝てぇんだよ」
リョウはリニアの言葉に被せて遮ると、目の色を赤に変えた。
その言葉にリニアは口の端を吊り上げて、笑みを浮かべると、重心を低くした。
「ああ……すぐに眠らしてやらぁ!」
と言い、地面を蹴り、飛び出した。
それはとても早く、リョウとの距離は一気に縮まった。
その勢いのまま、拳を突き出し、リョウの顔面に向かって、伸びていった。
リョウはその攻撃を顔だけで、紙一重でかわし、バックステップで距離をとった。
だが、頬から血が流れた。
リョウは柄から左手を離し、血を拭い、リニアを睨みつけた。
「お前、あのとき本気じゃなかったのか?」
「別にてぇ抜いてたわけじゃねぇよ。これ外しただけだ」
と言うと、リニアはズボンのポケットから腕輪を取り出し、目の前に持ってくると、それを握りつぶした。
そのときの顔には笑みが浮かんでいる。
「これで、心置きなくできるだろ?」
「……戦闘狂か」
二人は構え直し、同時に飛び出した。
二人の距離は縮まり、リョウは刀の振り上げると、上段から一気に振り下ろす。
リニアも右拳を突き出した。
二人の攻撃はぶつかり合い、夜の森に鈍い音が響いた。
だが、リニアの力が勝り、刀ごとリョウを吹き飛ばした。
リョウは「コイツ。サブと同等…いや、それ以上か?」と胸の中で呟くが、リニアが向かってくるので状態をすぐに立て直す。
リニアの追撃で出した左フックを、顔を屈めてかわし、すぐに空いた胴に横一閃で返す。
それをリニアは、右手で受け止め、振り切った左手の裏拳が顔面に飛んできた。
だが、リョウは柄から左手を離し、飛んでくる左手を掴み、受け止めた。
そのまま、二人は競り合いになるが、二人同時に飛び引き、間を空けた。
二人は構え直し、睨み合う。
すると、不意にリニアは口の端を上げ、笑みを作った。
「いいぜ。テメエ、最高だぜ。まさかここまでやるなんて、思わなかったぜ」
その言葉にリョウも同じように笑みを浮かべ、
「俺も、お前がここまでやれるとは思わなかった」
と言った。
少しの間、二人の間に沈黙が流れる。
そして、二人は同時に飛び出した。
ぶつかる瞬間、リニアが右拳を突き出す、それを刀を振り上げ、上段からそのまま振り下ろして迎え撃った。
だが、二人の攻撃がぶつかることはなかった。
いきなり森から大きな影が飛び出してくるなり、二人のすぐ真上を通り過ぎていった。
リョウはいきなりのことに驚き、影が通り過ぎたことで起きた突風で、リニアごと吹き飛ばされた。
そして、二人はそのまま湖に落とされてしまった。
リョウは湖に沈んでいく。だが、いきなり何かに体を捕まれると、一気に引っ張り上げられ、岸に打ち上げられた。
いきなりのことに咽ると、誰かが近づいてきて「リョウ君、大丈夫?」と声をかけられ、背中をさすられた。
リョウは落ち着き、咳が止まると、顔を上げて確認する。
「リリ……なんでお前がここに……いるんだ?」
その言葉にリリは「え?……えーと」と明らかに焦りだし、言葉を濁した。
目を移すとサブも居た。
次の言葉を言う前にリニアが水から顔を出し、岸の方へ向かってきた。
そして、悔しそうに地面を叩くと、
「くそ! 何なんだありァ?」
と怒りを露にした。
3
リニアを引き上げ、十分に休むと、疑問になっていたことを問い質すことにした。
「……で、何でお前らがここにいるんだ?」
リョウはリリと、少し離れたところにいるサブを睨みつけながら訊いた。
その問いに、リリは「えーと。その……」と言葉に詰まらせ、サブは「面白そうだったから」と当たり前のように答えてきた。
それを聞いて、リョウは呆れたように溜息をついた。
「いやー。お前が、女とデートに行った……って言ったら、リリが血相変えちまってな。相手を聞いてくるんで、何なら見に行こう、ってことになって、こっそり見に来たわけよ」
と、サブは意地悪そうな笑みを浮かべながら言ってきた。
リョウは「お前な~」と呆れると、次にリリの方へ向いた。
「えー……サブ君から誘われて……どんな人なのかなーと思ったから……」
と、しどろもどろに、リリが白状してきた。
その様子に、リョウは後ろ頭をかきながら答えた。
「こいつに喧嘩を売られてただけだ……そいつの言うことなんて、信用するんじゃねぇよ」
その言葉に、リリは「ごめん」って言うと、小さくなってしまった。
すると、リニアがいきなり話に割って入ってきた。
「んなもん、どうでもいいんだよ! あのでけぇのは、なんなんだ? テメエらも見たんだろ?」
「まあ、見たことは見たんだけどな。実際、早すぎて何なのかまでは、判んなかった…でも、飛んで行った方角なら判るぜ」
リニアはサブに「どっちだ!」と睨みつけながら訊くと、サブは「あっち」と影が飛んでいった方角を、指で指した。
その方向は、双子山の片割れの方だった。
リニアはその方向を向いて、「くそ」と悔しがると、いきなり、くしゃみをした。
「二人とも早くお風呂、入り直してきたほうが良いよ。そのままじゃ、風引いちゃうよ」
リリは濡れているリョウとリニアに言うと、リョウは「そうだな」と肯定して、立ち上がった。
そして、リニアの方へ向いて、
「お前も早くしたほうがいいぞ。バカでも風引くんだからな」
と言い残して、施設の方へ歩いていった。
その言葉に、リニアは「なんだとテメエ!」と怒鳴り返してきた。
すると、リリがリニアの方へ駆け寄り、座っているリニアの腕を持ち、引っ張った。
「ガーベルさんも行こ。 早くしないと閉まっちゃうよ」
「おい! オマ・・・ちょ―――っ」
そのまま、驚いているリニア関係なしに走り出した。
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