ドレスの話
一
ガラクタロボットは街を歩きます。
前の街では、女性から人工皮膚を貰い、女の子から仕草と言葉遣いを貰いました。
それからというもの、どこを歩いても後ろ指を指されることはありません。
お店に入っても、追い出されなくなりました。
ロボット仲間に話しかけても、馬鹿にされることはなくなりました。
だからガラクタロボットは、嬉しくてたまりません。
嬉しくなると笑顔になります。
笑顔を貰ったのは最近ですが、笑顔というのは自然に出てくるもののようです。
ガラクタロボットは街を歩きます。
大切な物はもうだいぶ揃ったから、そろそろ旅は終わりになる。
ガラクタロボットはそう思いながら、街を歩きます。
街を歩きながら、もう多分残り少なくなった大切な物を探します。
「困ったなぁ…」
と、ガラクタロボットの耳に、そんな言葉が入ってきました。
「本当に困った…」
道の端で男性が、苦い顔で立ちすくんでいました。
ガラクタロボットはその男性に近づきます。
―君が困っている人を見つけたときに、その人を助けてあげればそれでいいよ―
おじさんが言っていた言葉を、ガラクタロボットは忘れていませんでした。
困っている人を、助けてあげるのがガラクタロボットの役目なのです。
「どうしましたか?」
ガラクタロボットは小さく首をかしげ、右手を頬に添えて聞きました。
男の人ははっと気がつき、ガラクタロボットの方に向きました。
男性の頬がさっと薄い赤に染まります。
「あ、いや。なんでもないんです」
男性はそう言うと、後ろにあるお店に入っていこうとしました。
「待ってください」
それをガラクタロボットが呼び止めます。
「困っていたのではないですか?」
ガラクタロボットが聞くと、男性は振り向いて頭を二・三度掻き、
「あ!」
と声を上げました。
「君はロボットかい?」
ガラクタロボットの両肩を掴み、男性は言います。
「はい、私はロボットです」
ガラクタロボットが答えます。
すると男性は、ガラクタロボットの右手を両手で掴み、ぶんぶんと上下に振りました。
「ありがとう!助かるよ!」
嬉しそうに、男性は声を上げました。
ガラクタロボットは男性が喜んでいるようなので嬉しくなり、笑顔になりました。
二
通された部屋には、洋服の生地が沢山ありました。
男性はロボット専門の洋服の仕立て屋さんなのです。
「ちょっとそこに立ってくれるかい?」
部屋の中央を指差して、男性は言いました。
ガラクタロボットは言われたとおりにそこに立ちます。
少し離れたところから、男性はガラクタロボットを見ました。
「うん、いい!」
男性は一つ大きく頷いて、棚からたくさんの生地を持ってきました。
そして色とりどりのそれを、ガラクタロボットに当てて色を見ます。
「いいぞ、どれも似合いそうだ」
男性は言いながら、次々と生地を合わせていきます。
「実は新作を着せるモデルがいなくって、困っていたんだ。協力してくれるかい?」
全ての色を試し終えて、男性はそう言いました。
「私は困ってる人を助けるようにいわれました。だから、私はあなたに協力をします」
ガラクタロボットは微笑んで、そう答えます。
それはネジと、人工皮膚と仕草のお礼なのです。
三
ガラクタロボットは縦長の、小さな個室に入れられました。
「はい、これだよ」
男性がガラクタロボットに青いドレスを渡し、個室のカーテンを閉めます。
「着替えたら声をかけておくれよ」
男性がカーテンの外で言います。
言われたとおり、ガラクタロボットは着替えることにします。
ガラクタロボットは、ロボットであるけれど女の子です。
女の子だから、当然綺麗な服を着られることは幸せの一つです。
男性から手渡されたドレスは、その幸せと感じる心をいっぱいにするのに充分な物でした。
ガラクタロボットの心は自然と嬉しいで満たされて、それが表情に表れてきます。
今までは表情を外に出すことが出来なかったガラクタロボットにとって、それは大きな違いです。
ドレスを着て、ガラクタロボットは個室の鏡に自分を映しました。
とても綺麗なドレスです。
まるで空の一部を切り取ってきたかのような淡色の、とても綺麗なドレスです。
「できました」
ガラクタロボットは言いました。
その言葉が待ちきれなかったのか、男性は勢いよくカーテンを開けます。
そして、
「ああ…」
ため息をつきました。
それからたっぷり十秒ほどの時間を置いて。
「すごい、よく似合ってる」
と、言いました。
「ありがとうございます」
ガラクタロボットは言って、緩やかな動作で頭を下げました。
男性はぼーっとガラクタロボットに見とれています。
ガラクタロボットはその男性を見て、首を傾げます。
「これだけですか?」
ガラクタロボットは聞きました。
「ああ!」
そこでやっと男性はわれに返り、小さく手を叩きました。
「ちょ、ちょっと待って」
言うや否や、男性は大慌てで奥に引っ込みます。
そして、言ったとおりのちょっとの時間を置いて、手にカメラを持って戻ってきました。
「写真を撮るから」
そしてガラクタロボットに向けてカメラを構えて、一度シャッターを押しました。
カシャッ、と小さい音がして、写真が一枚撮られます。
「まだあるんだ、いいかい?」
そしてガラクタロボットに聞きました。
「あなたの困ってることが終わるまで、私はお手伝いします」
ガラクタロボットは言って、優雅に頭を下げました。
四
それから男性は、合計で十枚の写真を撮りました。
「いやぁ、助かったよ。新作ができたはいいんだけど、お金がなくなってモデルが頼めなかったんだ」
最後の写真を撮り終えてから、男性は言いました。
ガラクタロボットは床を箒で掃きながら頭を下げます。
「私のようなロボットで力になれたのなら幸いです」
「でも申し訳ないね、そんなことまでさせてしまって」
男性は頬をかき、すまなそうに言います。
「構いません。私がやらせてもらっているのですから」
ガラクタロボットは首を振りました。
「お礼の方なんだけど、今お金がないんだ。明日店を開けるから、もう少し待ってもらえるかな?」
男性は、また申し訳なさそうに言います。
「いえ、お礼はいりません。私は困ってる人を助けられればそれでいいのです」
ガラクタロボットは言います。
「うーん、そうか…。なら僕も困ってる人を助けてあげるとしよう」
「そうしてください」
男性が言って、ガラクタロボットが応じました。
そうです、それで良いのです。
きっとその親切の連鎖は、これからも続いていくのです。
「それでなんだけどね」
なにがそれでなのかは分かりませんが、男性が話し始めました。
「もうしばらくいてくれないか?」
男性の申し出に、ガラクタロボットは首をかしげ、それでも頷きました。
五
翌日、男性は言ったとおりにお店を開けました。
ディスプレイにはドレスを着たロボットの写真と、その隣には実物のドレスが飾ってあります。
道行く人々はそれを見て、
「ほぅ」
とか、
「まぁ」
とか、思い思いの声を上げて通り過ぎていきます。
ドレスもさることながら、視線を集めているのは写真に写っているロボットでした。
綺麗なドレスと素敵な笑顔。
それはまるで一つの芸術作品のようです。
ディスプレイを見ていた男性の一人が、お店のドアを押して中に入ります。
「いらっしゃいませ」
優しい女性の声が出迎えます。
お客さんが目を向けると、そこには写真のロボットが、綺麗なドレスを着て立っていました。
「いらっしゃい」
ドアの開いた音に、男性が慌てて奥から出てきます。
「お買い求めですか?」
男性の声に、お客さんは頷きます。
「うん、娘にね。今日で家に来てちょうど一年だから、服を買おうと思ったんだ」
お客さんが言います。
男性に声をかけられたときも、返答をするときも、お客さんは男性に目もくれず、ずっとロボットのほうを見ています。
綺麗なドレスを着た、美しいロボットです。
ガラクタロボットです。
男性はガラクタロボットに、少しの間手伝いをお願いしたのです。
「ふむ。実際に身に着けているところを見ると、写真よりもすばらしいな」
お客さんが顎に手を当てて、頷きました。
「ありがとうございます」
ガラクタロボットがすかさずお礼を言います。
「うん、これを貰おう」
お客さんはすぐに決めました。
ロボット用のドレスは安いものではありません。
人が着るものよりも、さらに高いのです。
なぜなら、熱を溜めない素材になっているからです。
ロボットは熱に弱いからそのためです。
それなのに、開店して一時間経たないというのにもう一着売れました。
「ありがとうございました」
男性とガラクタロボットは、包みを抱えて出て行くお客さんに頭を下げました。
「ありがとう」
そしてその後、男性はガラクタロボットに頭を下げました。
「いいえ、私は何もしていません」
ガラクタロボットは首を振りました。
結局この日だけで、ドレスはお店にあるだけすべて売れてしまいました。
それでもまだお客さんがやってきて、何人かの人は諦めて帰り、何人かの人は予約をして帰っていきました。
男性のドレスはたちまち評判になり、噂が広まります。
そして、ガラクタロボットもまた噂になりました。
噂は広がり。
沢山広がり。
そして、あるところまで行き着きます。
そしてそれこそが、ガラクタロボットが探す大切な物の、最後になるのです。
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絵本みたいな感じ
全部で五話の四つ目。
今日もセクスィーです。
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