No.1096991

瓶詰めにする話。

Ruin_duinさん

いろんなものに対する執着ちょっと薄らいでいく鍾離先生とまあまあ好かれている自覚だけはあるタルタリヤの話。書いてる人が好きなのでたぶんそう、くらいの鍾タル。
出てくる青い石はたぶん瑠璃。熱海にある人工のそれを壁にしている部屋はすごく綺麗でした。金沢に天然物があるようです。行ってみたい。

※試験的にぴくしぶ等に平行して投稿しています。
※※もしよければぽちっと絵文字ください。https://wavebox.me/wave/6i7u8801tq8v3hni/

2022-07-05 01:11:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:187   閲覧ユーザー数:187

 

 その日、鍾離が買ってきて、机の上にことりと置いた品物を一瞥したタルタリヤは

「何それ」

 と、素直に尋ねた。

 それは最初、青い色の瓶に見えた。大きさは、鍾離の掌に少し余るほど。よく見れば、瓶自体が青いのではなく、中身がひどく深い青い色をしている何かであることはすぐに解った。とても綺麗な青い色だ、とタルタリヤはシンプルに思ったが、それだけだった。それ以外になんの感想も知識も出てこない。何せそれは、璃月に来て幾らか学ぶ羽目になった陶器でも磁器でもない、ただのガラス瓶である。中身がやたらと綺麗な青い色をしていることを除けば、故郷で彼の母親が料理に使う香辛料を詰めている瓶によく似ている。

 つまりは、そう。どちらかと言えば丈夫と便利が取り柄の量産品で、鍾離が常日頃好んで贖ってくる骨董品や、何か曰くのありそうな品物には見えなかった。

「これか?」

 と、応じた鍾離はいつも通りに淀みなく、その中身について説明を始めた。

 曰く、この中身は石であるらしい。

「石」

「正しくは半貴石であり、鉱物だな」

「は、ぁ。鉱物」

 この辺りの説明はいるか、と問われ、首を振る。正直なところよく解らなかったが、説明されても「石」以外の理解はどう考えても不必要だ。

 それから暫く、鍾離はその青い石の謂れや歴史をつらつらと説明した。青い石の歴史は存外に長く、遠い土地から始まっている。それだけ長く人と共にあり、様々なものに使われてきた。主としては装飾であるが、それもただ身につけるだけではなく、色を塗ったり建具にしたり、と様々だったと言う。つらつらと長く、半分は聞き流されていることを承知で語る穏やかな声は、不思議な眠気を呼び起こし、タルタリヤはふわ、とひとつ欠伸をした。退屈だ、と言うわけではない。ただ、その心地よさに耳を傾け、身を預ければ自然と力が抜け、欠伸が出るのだ。

 しかし、と話を聞きながら、タルタリヤはその青い石の瓶を手に取って顔を近づけて見た。

 鍾離が「石」を買ってくること自体は、量産品の瓶を買ってくることよりはよくあることだった。特に古くて大きかったりするようなものは幾つか見せられたことがある。その違いはやっぱりよく解らなかったので、タルタリヤの感想は概ねの所「殴るのに良さそう」か「薄くて端が鋭いから肉が切れそう」に二分されていたが。

 だが、見たところ、今回の「石」は「石」と言うよりは「石の粉」か、もしくは「砂利」と言った風情で、つまるところ小さな欠片がぎっしりと詰め込まれているのだ。

「で、鍾離先生はその古くて多用途な青い石をどうするの?」

「ふむ。先ほども言ったように、砕いたこれの用途は主には顔料だ。つまり、まあ、絵の具だな」

「なぁに、画家に転職するの」

「しない」

 きっぱりだ。

 と、タルタリヤは思った。

「じゃあ、絵手紙でも描くのかな。おじいちゃん」

「それもいいが……どうするかは考えていなかったな」

「またかよ」

 鍾離が「石」を買ってくる時は、大体がこの調子なのだ。何に使うかは明確ではない。それこそ、武器にしたって構わない。ただ、よい「石」だから、と。仲間を連れて帰るように贖ってくる。尤も、地中の岩から龍を彫り上げ、命を与えた伝承を持つ男のすることであるので、本気で仲間を連れ帰ってくるつもりだ、と言われれば否定は難しい。

「これの歴史は長い。長く人と共にあった。用途も、先ほど説明したように多岐に亘る。つまり、人による研究も進んでいてな。近年、このように砕いて、顔料として使用されるものは人工である場合が殆どだ」

「……じゃあ、わざわざ買ってきたと言うことは、天然物?」

「そうだ。発色も申し分ない、実にいい品だ」

「なるほど。それで何に使うかは考えもせずに買ってきた、と」

 これの値段は知らないが、程なく届けられるであろう請求書を見た堂主の少女は、どんな顔をするだろうか、とタルタリヤは微かに笑んだ。この男にモラを持ち歩く、と言う習慣が出来上がる頃には、自分はとっくにこの世界に暇を乞うていることだろう。

「……まあ、よくわかんないけど。俺、その色は好きだよ」

「そうか」

「うん。だから、絵手紙にしたら俺にも一通送ってね。俺、手紙の返事はちゃんとする方だよ。俺の居場所が分からなかったら、スネージナヤパレスにでも送ってよ。鍾離先生ならできるでしょ」

「……覚えておこう」

 そうして、青い石を詰めた瓶の話は、その日はそれで終わりになった。

 

 幾日か経ち、タルタリヤが再び鍾離の元を訪れると、青い色をした石を詰めた瓶が増えていた。

「何これ」

 そして、今度は幾分顔を引き攣らせながら、タルタリヤは問うた。

 室内はどことなく薄暗いような、空気が重たいような感じがした。その所為で、砕かれた青い石が入っていたと思しき空き瓶が幾つも床に転がっているのが、空いた酒瓶のようにも錯覚できる。

 しかし、薄暗いのも尤もだ、と一頻り観察したタルタリヤは思った。

 青いのは、瓶の中身だけではなかったのだ。

 まず、天井が一面青かった。壁も一部が青かった。床には小さな石の粒が落ちており、ざらざらとしている。歩けば、ぱらぱらと小さな石が落ちてくる。其の所為で埃まで青く染まっているのか、ただよう空気も青いような気がした。

「うつくしいだろう」

 鍾離が金色の瞳を細めて、自慢げに言う。

「そりゃまあ、綺麗だけど……」

 だけどさあ、と言葉を飲み込んで、タルタリヤは天井を見上げた。見覚えのある青い色。あの小さく砕かれた青い石で、一面びっしりと埋め尽くされている。ちろちろと揺れる蝋燭の明かりに煌めいて反射する。青い光が反射する。だが、反射する傍から吸い込まれていく。あの石の青は暗い。ほの暗く、うつくしく。濃い色をした青の天井。青の石。一面の青。ずっしりと重たさを感じるのて、天井の色ばっかりが濃いからだ。

「塗ったの?」

「ああ」

 問いも答えも、青い石のうつくしさと同じくらいにシンプルだった。

「なんで」

「……」

「鍾離先生?」

「何故、だろうなあ……」

 ふらふら、ぽすん。

 寝台に腰掛ける鍾離の後を追って、タルタリヤもその隣に腰を下ろした。青い石で埋められた天井が、立っているときよりは遠くなり、圧迫感も遠くなる。ぼうっと見上げれば、あの青い石は変わらずにうつくしかった。

「お前の瞳が青いだろう」

 鍾離が言う。

 そうだね、とタルタリヤは頷いた。故郷にいた頃は、専ら海の色と言われたが、タルタリヤの瞳は確かにあの石のように深い青の色をしている。己の目玉があの石と同じほどにうつくしいかどうかは、タルタリヤにはちょっと解らなかった。自分の容姿が全体的に、それなりに使えるものだと言う認識はあったが、うつくしいものだと断定出来るほどの材料も自惚れも持ち合わせてはいない。

「だから星にしたかった。星ならば夜毎に空へと昇るだろう。季節により、欠ける部分があるのも実にお前らしい。もしくはその色を固めて、閉じ込めて。新たな石を産んでも良かった。そうすれば未来永劫、お前はこの地に根付いただろう」

「ちょっと鍾離先生、」

 不穏なことはやめてよね、と唇を尖らせようとしたタルタリヤの顔に、鍾離がそっと手を添える。

「だが、それはもう違う。それは鍾離のすべきことではない」

「解ってるんじゃないか」

「ああ、そうだ」

 ぱたん、と良い姿勢のまま脱力した鍾離が後ろに倒れた。

 タルタリヤもそれに倣って、ぱたん、と後ろに倒れ込む。手を組んで、頭の下に敷くと、ざらついた感触が手の甲を圧迫する。左官でもなんでもないただの男が、うつくしい青い石を塗った天井は随分と歪な造りであるらしい。そうしている間にも、ぱらぱらと石が降ってきた。

「鍾離先生の隕石も、随分小さくなったものだ」

「……ああ、だがそれでいい」

「俺としては、過激なのでもいいんだけど」

「ふむ。……いや、やめておこう」

「そう、残念」

 ころり、ぱたり。

 並んで寝転んでいた鍾離の腹の上に、タルタリヤは転がって移動し、頭を乗せる。ふいの重さに揺らいだ腹筋が落ち着くのを待って、丁度良く収まる場所に移動すれば、大きな手が髪を撫でてくる。

 小さくて、有り触れた形になった隕石。

 それはそこらに落ちている石と変わらない。

 でも。

「でもねえ、先生。鍾離先生」

 遊ぶように、声音が高くなる。挑発的な色を含んだその声が、鍾離は嫌いではない。

「小さくても、数が多すぎる」

 天井いっぱい、分厚く塗られた青い石。今はただの手作りで、ぽろぽろとこぼれ落ちてくるような代物だが、凝り性のこの男の手にかかれば、いずれ何かの名所にでもなりかねない。

 或いは、生まれかけている石を別の石が包んで隠していくように、閉ざされていくだろうか。この部屋ごと。

 その時、自分は、この男は、どこにいるのだろうか。

 ぎり、とタルタリヤは拾った石の欠片を握りしめる。石の擦れる音がする。掌の中からも、そして外からも。軋んでいる。軋んでいく。削られていく。

「公子殿」

 やめなさい、と男の手が握りこんだ掌を開かせる。そのまま繋いで、どちらからともなく、満足そうに笑った。

 

 
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