No.1096872

堅城攻略戦 第二章 仙人峠 2

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

2022-07-03 17:42:44 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:582   閲覧ユーザー数:568

「仙人峠を制圧する?」

 鞍馬のその言葉を聞いた一同が驚きと、どちらかというと、正気を疑うような表情を前に立つ主と鞍馬に向ける。

「……正直に言わせて貰うと、着手するには一番難儀な割に旨味の無い所を選んだという気がするのじゃがな」

 確かに、堅城の左翼を扼(やく)する要害の地ではあり、ここにも敵部隊が存在している事は確認している、また、ここが存続している限り、こちらの部隊展開等で掣肘を受ける場所を押さえられている事もある、確かに可能ならば落としたいというのは当然だろうが、峻険なその地は、ある意味で言えば、堅城以上に攻撃するには厄介な場所。

 理由を聞いてよいか?

 そう口にした仙狸に、鞍馬は頷き返した。

「その懸念は当然だ、無論説明しよう」

 そう言いながら、鞍馬は織姫たちが作成した絵図に、更に自分で何やらを書き足した物を一同の前に拡げた。

「これは織姫君たちが作成したこの近在の地図だ、君たちが敗走した場所がここ、堅城前の平原だ……少し乱暴に言わせて貰えば、君たちは堅城に阻まれてすら居ない、その手前で軽々と排除されたんだ」

 敵は多数の利を最大に得られる場所で君たちを迎え撃ち、君らはその当然の流れとして敗北した、あの骸骨兵団が、地から湧き出すように現れる事を把握して居なかったという事情を差し引いても、少数側が最も取ってはいけない用兵だった、君らの初戦の敗北は、なるべくしてという物だ。

 鞍馬の容赦ない物言いに、何人かの表情が硬くなる、それに気づいているのか、鞍馬は言葉を続けた。

「そして君らの話を総合した結果だが、その時の骸骨兵は、元あの堅城を守護していた武士団の成れの果てと思われる、これは君らが持ち帰ってくれた敵の装備を見ても恐らく間違いない」

 その鞍馬の言葉を遮るように、紅葉御前が軽く手を上げた。

「ちょいと待った軍師殿、逃げるあたしらを追っかけて来て、あたしの腕を折ってくれたデカブツや、悪鬼の腕を落としかけた、やたら素早いニワトリ野郎はどうなんだい?」

「そうだな、君らを能動的に追って来た連中は、普通の妖だったと聞いている、紅葉御前が返り討ちにした一つ目入道に、悪鬼君が羽根を毟り尽くしたヒザマ」

 鞍馬が聞き取った妖の名を数え上げるのに、幾人かが頷く。

「だが奴らは平原での戦いには参加していなかった、そして逆に奴らが追撃を掛けて来た時、あの骸骨兵団は特に連携する事も無く、途中で追撃を止めたと聞いている、そして、その動きは、先だって行って貰った偵察結果とも符合する、そうだね、飯綱君?」

 ちらりと視線を向けてきた鞍馬に、飯綱は可愛い頭をぶんぶんと振って同意を示す。

「……つまり、あの城の守備隊は命令系統が二つある可能性が高い、そういう事か?」

 そう静かに口にした仙狸に、その明敏さを賞するように鞍馬は頷いた。

「もしくはあの骸骨の兵団を操る何かの力が及ぶ範囲があの周辺に限定されている事で、連携しきれないという事も考えられる、その辺りは見極めねばならないが、要は仙狸君の言う通り、あの城に詰めている妖は、防御用に特化した組織だった一団と、本来の妖の行動をとる一団とで分かれており、その連携は限定的という事だ」

「そこに隙がある?」

 仙狸の言葉に、ふ、と息を吐いて、鞍馬は言葉を続けた。

「そうとも言えない。防御部隊の主力たる骸骨兵団の数が膨大で、かつ付け入る隙が薄いのも、また紛れも無い事実だ、この宿場町に残っていた、あの城に定期的に搬入されていた糧食に関する記録と、あの城の規模を検討した結果弾いた算盤だが、あの城の落城時に詰めていた武士は足軽含めて凡そ二千を数えたと思われる」

 その全てが討ち死にし、あの骸骨の軍団となっているかは不明だが、半分としても、その数は千。

「対する君らは、いかに精鋭たる式姫とはいえ十数名」

 一体一体は君たちの敵たりえなくとも、恐怖も無く多数で押し込んでくる相手では分が悪い。

「敵の命令系統を見切って分断しても、現状では大した意味は無いという事だ」

 正面切って戦うは愚策を通り越して無謀。

 鞍馬の開陳する分析は、正確かもしれないが現状の厳しさを直接ぶつけて来るそれ。

 沈み、無言になった一同の中で、仙狸だけがふむ、と一つ頷いた。

「状況は判った、それで、その現状を踏まえて、正面からは難しいと判断し、お主が打開策にと選んだのが仙人峠の攻略という事じゃな」

「そういう事だ、皆に把握して貰いたいのは、現状では堅城の守りを正面から破るという手は考えるだけ無駄だという事、その上で、あの城を攻略したいと考えた時、最初に大きくとれる手段は二つあると考える、北を扼する、廃坑跡地を要塞化した山城と、南を扼する仙人峠のどちらかを落とし、橋頭保とする事」

 絵図面の二か所を鞍馬が指し示す。

「正直、北の廃坑は難しい、あれは堅城とほぼ一体の防衛線となっており、中にどれだけの兵を潜ませているかも窺い知れない上に、恐らく城を守る骸骨兵団の行動可能な範囲に収まる位置だ……下手に攻めあぐねれば挟み撃ちにされるだろう。 よし、その前に正面を突破し、廃坑内に入り込めたとして、中は複雑に入り組んだ坑道で構成されており、不案内な私たちが迂闊に入り込んでは、良いように分断され殲滅される可能性が高い」

 最良の状況を想像してすら、危険すぎる。

「結局あれかい、駄目なのを消去した結果として、取り敢えず仙人峠を落とすってのかい?」

 判らなくも無いけど、ちょいと消極的すぎやしないかい?

 そう肩を竦める紅葉御前に、鞍馬は首を振った。

「いいや、仙人峠だって決して楽な地では無いし。 何よりあの地を制する事には極めて良い意味が幾つかあるんだよ。 所で天狗君、君がかなりの高空から偵察で近付いた折に、鳥妖の類が警戒に上がって来たと言ったね」

「ええ、個々の力は大した連中では無さそうでしたけど、十羽は居ましたわね……それが何か?」

 いきなり話を振られた天狗がいぶかしげな顔を返す。

「奴らは何処から上がって来たか覚えているかね?」

「何処からって……」

 鞍馬の言葉に天狗がはっと何かに思い当たった表情を浮かべ、ついでその顔に困惑が浮かぶ。

 確かに自分は鳥妖が彼女を目がけてこちらに向かって来た事は確認した、だが確かに奴らは……。

「そう、君は堅城の偵察をしていた、奴らが城から上がってくれば見てそれと気が付き、余裕を持って逃げられた筈、だが実際は、君が慌てて逃げる羽目になる位にその接近は早かった」

 鞍馬の言葉に、若干気分を害した様子を見せつつ、天狗は彼女の言葉を首肯した。

「そうですわね、敵の妖気に気が付いたら視界に奴らが入ってましたわ」

「ふむ、やはりな……所で奴らの動きはどう見た?本気で君を追っていたか、それとも君を追い払う事で満足している感じだったか」

 どうだ、と問われた天狗が、その時の事を思い出しながら、慎重な様子で口を開いた。

「恐らくは本気と判断して良いと思いますわ、付いていけなかった連中が徐々に脱落していき、最後に私に対抗できるだろう数を割り込んだ時点で、追撃を諦めた……そう見えましたわ」

 つまり、天狗に追いつき、彼女を倒す気があったという事。

 その言葉に鞍馬は満足げに頷いた。

「質の高い偵察は常に軍師の味方となってくれる物だ、ありがとう天狗君……さて、今の報告で分かる通り、奴らの本気の速度では、逃げる天狗君には追い付けなかった、つまりはその速さも大よそは計る事が出来る」

 そこで言葉を切った鞍馬は、傍らに置いた茶で軽く喉を湿した。

「であれば奴らが天狗君を驚かし得たのは、その動き出した場所が近く、かつ堅城を偵察していた彼女の死角だったと考える方が自然だろう」

 そう言いながら、鞍馬が地図を指さしていく。

「元より、あの城に詰めていた妖では、呪的な監視の目でも配置していなければ天狗君の接近に気が付くのは難しい、そして、そんな物に引っかかれば君が気が付かないという事もあるまい」

「勿論ですわ」

 間髪を入れぬ天狗の返事に頷いて、鞍馬は言葉を続けた。

「それらを考え合わせると、敵は目視で、天狗君の存在に気が付き得た……それだけの眺望を備え、空に近い場所で、堅城周辺の空域の監視をしていたのだろう。 そして、この近在でその条件を満たす奴らの制圧地は他にない、天狗君を発見し追い払った奴らは、仙人峠に待機し、警戒していたと考えるのが妥当だ」

 仙人峠は奴らの空の守りの要。

「成程ねぇ、そうやって判ってる所から辿って、見えない部分の敵さんの配置や役割を読んでくのかい、大したもんだね」

「お誉めに与り恐縮だ」

「それにしてもさ、軍師殿ってのはあれかい、始終そんな、アタマ痛くなりそうな事考えてんのかい?」

 紅葉御前の、半畳を入れるとも純粋に感心しているともつかない言葉に鞍馬は肩を竦めた。

「私のように、そういう事が好きなのが偶には居るという事さ、ただ、皆が皆これでは、私の商売が立ち行かないよ。 さて、以上を踏まえると、仙人峠を落とす事で我らは空の活動にかなりの優位を得られ、更には敵の警戒網の一部を破壊する事が期待できる事が判って貰えただろう。 これにより、敵動静をより詳細に掴み、我らの側の行動は一定の自由を得られるようになる……」

 また、廃坑跡と異なり、城から離れた険阻の地なるが故に、敵もそれ程に纏まった数を展開し、連携するのも難しい、兵数的にはほぼ互角かそれ以上が期待できる。

 鞍馬の指が、織姫の手で、一際高く鋭く描かれたその山容をなぞりながら、主の方に目を向けた。

 それに頷き返し、男は一歩前に出た。

「そういう事だ、そして俺も鞍馬の献策を妥当と判断した」

 そこで言葉を切り、男は緊張を見せる一同を見回した。

「仙人峠の攻略を以て、我らの反撃の嚆矢とする」

■略図

・ゲーム、式姫の庭の2MAPを元にした大体の本作の舞台図です。

 主人公達が拠点にしているのが斑目平原の宿場町になります

「にしても、大将も大変だねぇ、本来なら、後ろでふんぞり返って私らに指示だけ出してりゃ良いのにさ」

 紅葉の言葉に、男はゆっくりと水を飲んでいた竹筒から口を離し、肩を竦めた。

「そっちはそっちで性にあわねぇから、前線に出るのは別に良いんだが……皆の足を引っ張ってるのだけが申し訳なくてな」

 細い道の途中で、上から庇が張り出すように岩が飛び出し、日差しを遮っている空間を見出した一同が、小休止していた。

「何を言ってんのー、ご主人様が近くに居る事で、私たちの力はもう、猫ちゃんが熊になるかー、ってくらい、全然違うからねー、足を引っ張ってるなんてとんでもないよー」

「そう言って貰えると助かるな」

 おつのの言葉に、男が感謝を示すように、軽く笑いかける。

 実際に戦って貰うのは彼女たちに頼むしかない……俺もこの程度はしないとな。

 

「貴方の式姫は、この庭から離れる程に、その力が失われるわ」

 かやのひめが不機嫌そうに彼にそう告げたのは、この遠征を始める相談をした時の事。

 式姫の庭から離れ、妖に制圧され瘴気満ちる地では、式姫といえど、庭の力を十全に受け取る事は出来ない。

 この近在のように、妖の影響がほぼ排除され、この庭の力の影響が及びやすい範囲なら、多少離れて単独活動を行ってもどうこう無かろうが、遠隔地、しかも妖が支配する瘴気満ちる地では、そうはいかない。

 かやのひめの言葉に、難しい顔で小さく、む、と唸った男の顔をちらりと見てから、彼女は言葉を続けた。

「でも方法は有る」

「方法?」

「ええ、庭の要たる大樹と一体である貴方が近くに居れば、それを縁として、庭の力をその周囲に及ぼせるようになるわ」

 いわば、庭が水源で、貴方は河や井戸みたいな物、そこに居れば、式姫は庭の力を汲み出し、その力を存分に振るって戦う事が出来る。

 でもね。

 そう呟きながら、彼女は憂いを帯びた顔を男に向けた。

「逆に言えば、強大な敵を討つ為に遠征をする際は、貴方は火の粉が飛んで来る場所に立ち続ける必要があるという事よ」

 その覚悟はあるの?

「……他に方法もねえんだろ?」

 じゃ、やるさ。

 気負いも無く、男はそう口にしてニヤリと笑った。

「俺ぁ、この家の近在から動いた事がねぇんでな、初の旅が綺麗どころ侍らせて、ってのは実にこう」

 悪くねぇ、と嘯いた顔を、かやのひめが呆れたように見やりながら肩を竦めた。

「呆れた、どこの色男気取りよ、あんまり調子に乗って、みんなに愛想尽かしされないように気を付けなさいな」

 これでも神様の端くれだから、結構人間見てるけど、割とあるのよ、旅の空で相手の本性が見えて、道の半ばで喧嘩別れ、なんて事は。

 そう、それは……戦も同じ。

 絶体絶命の危機の中では、背中を預けた戦友が、その戦いの旅の終わりに、勝利が……その後の覇権と富が見えた所で、仲たがいし、果てには殺し合いを始めるなど、むしろありふれ過ぎていて、それが人の本性かと見まごうばかり。

 式姫を仲間としている者は、寝首を掻かれる恐れこそ無いが、彼女たちに見限られるという怖れは常に付きまとう。

「孤独に彷徨って、最期は馬に蹴られて路傍に埋められるなんて事にならないようにね」

 飯綱や白兎に、ごしゅじんさまきらーい、とか言われたくないでしょ?

「……そいつは確かに再起不能になるわ、ご忠告感謝だ、はしゃがないように、身を慎むよ」

 

 その後、遠征に出て結構経つが、正直はしゃぐ程に楽しい場面はどこにもなかった。

 妖と人の戦に荒廃した土地と人心は、街道や寺社の荒廃も招いており、歌枕や古刹を訪ねても、想像していた美を、悪い方に修正する役にしか立たない事の方が多かった。

 村を見つけ、宿を乞おうと思っても、既に捨てられていたり……酷い時は、滅ぼされたそのままに、打ち捨てられた骸がそこかしこに散らばったまま、などという事もあった。

 ……それでも。

「すげぇ景色だな」

 仙人峠の中腹から見るこの景色は、鳥や、天狗やおつの達だけが見る事が出来る世界の一部なのだろうか。

 空の青さが違う……澄んでいて、剥き出しで、痛い程に青い、そして、それを貫くように白く立つ霊峰の切先に目を奪われる。

 おゆきが氷に閉ざしていた山、岩魚坊主の潜んでいた渓谷奥深くに静かに淀んでいた淵などを目にした時に感じた、それと同じ感情が胸に迫る。

 世界の大きさと、自分がいかに何も知らない存在であるか、そして……それらが喩えようも無く美しい事を。

「そうだねー、どう、ご主人様……遠くから見るここも美しいけど、ここまで苦労して分け入った、そして中から見た時の美しさは、また違うと思わない?」

 自分の足で、ここまで来たからこそ、感じられる物が有る。

 私達が山中を駆け巡ったのは、単にその過酷さを誇る為では無い。

 世界を体で感じ、それが教えてくれることを、それぞれが、それぞれの心で噛みしめる。

 書で学ぶ事、書では学べぬ事、その両方が積み上がり、貴方を作る。

 おつのの言葉が、どこか優しい。

「ああ……」

 こんな景色を見るたびに思う。

 願わくば、俺の戦いの果てに……こうめが、自分の足で、自分の目で、世界の美しさと残酷さを確かめられる世界を、残してやれるように。

「……行くか」

 その思いが、俺の足を前に進める。

「まぁ、もうちょい行けば、多分軍師殿が指定した辺りにゃ着くよ、そこでうち等は様子見……」

 そこで言葉を切った紅葉御前が、鋭い視線を辺りに配る。

「……おつのん、蜥蜴」

「……うん」

(承知しております……)

 紅葉の言葉に応じ、おつのは羽団扇を構えた。

 男も蜥蜴丸を抜き放つ。

 迫る気配に、戦鬼がにやりと笑う。

「さぁてと、仙人峠攻め……おっぱじめようかいねぇ!」

■白兎

元は因幡の白兎モチーフで、ちょっと小悪魔チックだった白兎ちゃんですが、基本的にこの作品では天使白兎ちゃんでお送りしております。

きらーいとか言われたら再起不能ですよ、ええ。


 
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