No.1096763

第8話「王都へ向かう準備」(シリーズもの)

楓花さん

ファンタジー小説シリーズ「ジュナチ・サイダルカ~連鎖する魂と黄金の唇~」の8話となります。
【世界最強の魔女✕ネガティブ発明家✕冒険】
1話はこちらから→https://www.tinami.com/view/1092930
挿絵:ぽなQ氏 (https://twitter.com/Monya_PonaQ
※挿絵が表示されなかったため、あげ直しました。

2022-07-02 07:43:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:430   閲覧ユーザー数:430

 

 お風呂騒動があった次の日、ダントンは作業場へ向かった。

 ジュナチとルチアもその後ろについていったが、昨日のことがあったせいか誰も会話をしなかった。空気が重い気がして、ルチアはハラハラしていた。けれども、ダントンは自分がする作業をジュナチに端的に伝えると、彼女は「うん、よろしくね」と一言返事をした。その瞬間から空気が変わった。ルチアは家族とケンカをしたら、何日も引きずる性格だったので、こうもあっさりと日常に戻ることに驚いていた。

 ダントンは草や果物が完全に溶けた鍋から、液体がしみこんだ緑色の四角い布を棒ですくって取り出す。それを別の鍋に移動してから、ハサミで細長く短冊のように切っていった。クイオ石についた藻を全体に均一にまぶしていると、その手際の良さをキラキラした目でルチアは観察していた。熱い視線に気づいたダントンは得意そうに口角を上げてから、作業室の外にある物干しざおへ等間隔に並べていく。ルチアは手伝おうとしたが、いつものリズムがくずれるという理由で断られてしまった。黙ってその作業を見てつづけている。

 サイダルカが特別に作成する魔法道具の1つ「緑の包帯」が目の前で作られていく。これは問題不出のレシピと言っていたが、ルチアはジュナチと一緒にノートを見て、レシピの内容は把握していた。ジュナチが鍋に入れた材料は、どこにでもある草が何種類も使われていた。

 

 

 『緑の包帯』のレシピ

【用途】 緑の包帯で傷を抑えると、どんなひどい状態でも数分すればきれいに治る。だけど血液に染まり切れば効力は消えてしまう。傷がふさがるのが先か、血液が尽きるのが先か。早さが勝負!

【材料】 

・新鮮な果物5種類と採れたての花=鍋にそのまま入るならなんでも良い!

・あとに書く草は必ず乾燥させること→ほうれん草2枚・白黄ニンジンの葉3枚・蓮華羊草5枚・ボールボール草6枚・エガネ水葉2枚+これ以外の草5種類を2枚ずつ=これも鍋にそのまま入るならなんでも良い!

【作り方】 井戸水を入れた特大鍋に材料を全て突っ込み、沸騰させろ!そこに布を投入後、24時間煮込んで材料を溶かせ!緑に染まった布を鍋から取り出せ!使いやすい形に切る!3日以内に採ったクイオ石についた藻をかけろ!香りが変わったら、太陽光の下で干せ!最後は感謝して願え!

「常日頃感謝いたします、命ある私たちにお力をお貸しください、愛する体をいたわる力を分け与えてください」以上完成!!

 ※4代目メモ:戦時の今こそ必要な道具だ!国王様に謁見後、使用の御許可をいただいた!

 

 

 ルチアは「緑の包帯」を作る途中で見た、ジュナチの切羽詰まった表情を思い出し、ダントンの背中に声をかけた。

「ダントンは緑の包帯の作り方を覚えているのね。ジュナチはずっとノートとにらめっこしてたわ」

「これは、作るのが簡単な道具だぞ。あいつも本当は覚えてんだよ。自信がないからノートを手放さねーだけだ」

 ルチアは、魔法道具の材料を揃えているジュナチが「失敗しないように…」と何度も独り言を聞いて、ずっと肩に力が入って窮屈そうにしていたのを見ていた。

「ジュナチはもっと自分を認めていいと思うわ。どうしてあんなに謙虚なのかしら」

 もったいないなぁ、とため息をつく。ドラゴンの鱗を集めた泉で、彼女を褒めたとき、心に響いていない気がしていた。不器用に喜ぶ姿を歯がゆく思った。ダントンは吐き捨てるように言う。

「周りの人間と比べる癖があんだ。家族は全員、成功者だからな。そうじゃない自分を勝手に責める」

 ダントンがルチアのほうを見た。まっすぐな視線はとても真剣だった。

「お前から褒められてかなり喜んでた」

「そう? そうだといいけど」

「俺が言うよりもずっと嬉しそうだった。たまにでいいから、また褒めてやってくれ」

 ルチアが了解すると、ダントンは昼飯の準備をするために去っていく。

(ジュナチのこと、やっぱり大事にしてるじゃない)

 人に彼女を褒めてほしいとお願いするほどに。

 それなのに自分の気持ちに気づいていないなんて、とルチアは呆れながら、作業場に入ってジュナチの様子を見に行った。

 

 両手を握手するように強く組んで、眉間にしわを寄せているジュナチは、目をぎゅっとつぶっていた。そして一気に大きく開いて、よし!と声を出して、気合いを入れた。そんな彼女の横に、ルチアは移動した。

「…何してたの?」

 目の前にある机には空の瓶が10は並び、すりつぶしたドラゴンの赤い鱗が半紙の上にたっぷりと乗っていた。

「成功しますようにって精霊にお願いしてたの」

「失敗しちゃうこともあるのね?」

「今のところはないけど、可能性はゼロじゃないからね」

「………、」

 失敗したことがない魔法道具の作成に対して、ジュナチは不安そうにしている。どうしてそんなに失敗を恐れるのか、そして自分をとことん信じていないのかとルチアは不思議に思い、気になるままに聞きたくて口元をもごもごさせた。でも緊張している人に余計な質問をするのも気が引けて、何とか抑える。

「じゃあ、始めよう」

 ジュナチはルチアの心の葛藤など知らず、魔法道具「女王様への愛」を作りだした。これは名前のとおり、女王が愛用する物だと教えてくれた。用途などは、ルチアはあえて詳しく聞かないようにしていた。出来ていく過程で知りたいと思ったためだ。

 ジュナチは、砕けて粉状になった鱗をスプーンですくい、すりきりを使って、慎重にすべての空の瓶へ入れていく。その作業が終わると、部屋の端に置かれた胸元まである大きなツボに近づいた。中に入っている真っ赤な液体をビーカーへ注ぎ、量を計っていた。それは甘い香りがして、どこかで嗅いだ気がしたルチアは首を傾げた。

「…これは何?」

「水、オリーブ、マガルイチゴ、それと南国の太陽砂糖を混ぜて、満月の光を3日間浴びて、ツボで寝かせたオイル。うちでも使ってるよ」

 家のどこにある道具か閃いたルチアは、ジュナチに笑顔で答えた。

「化粧水ね! あれはビックリしたわ。肌がすぐにツルツルになったもの!」

 自分の部屋にあった見たことがない化粧品を塗りたくって、感動したときを思い出す。ルチアはキラキラと目を輝かせ、ツボの中を覗き見た。笑顔の自分が反射して、はしゃぐ自分にもう一度笑った。この道具は女王が使う化粧道具だと推測し、ジュナチに確認すれば肯定された。

「お母さんが発明したんだ。あの人はお化粧がすごく好きだから」

「僕の母さんもそうだったわ。いつも鏡の前で、メイクをして服を着替えて、楽しそうにしてた」

「一緒。それじゃルチアもお化粧に興味がある?」

「そうねえ…うん…」

 子供のころは母の真似をして、鏡台の前でメイクをした。だけど仮の姿となった今はしたいと思ったことがなく、ルチアは返事を濁した。

「一緒? 私も興味がないんだ。だって、あんなに好きな人にかなうわけないから」

 そう悲しそうに言うジュナチの言葉に驚いた。まるで勝負をしているような言葉で、ジュナチは家族をライバルとして見ている事実に気づいた。

(家族に敵対心なんてあるの?)

 ルチアは自分の家族の幸せだけを祈って生きていた。家族の成功に対して悔しい、悲しい、なんて感情は一切ない。自分と違うジュナチにかける言葉が見つからなくて黙った。

 ジュナチは魔法道具を再開して、近くに置いていたノートを何度も読み返していた。それを閉じると大きく息を吸って吐いた。これからさらに緊張する作業が始まるとわかり、ルチアは気配を殺して彼女から一歩引いた場所に立った。

 ジュナチがぎゅっとビーカーを握りしめながら、とろとろと瓶にオイルを注いでいく。オイルに触れた瞬間、中に入れていたドラゴンの鱗が金色に代わり、金粉が舞っているようだった。わ、と声を出しそうになるのを止めて、ルチアは手を口で覆った。すべての瓶へオイルを注ぎ終わり、ガラスの蓋でしめていく。それには王冠のマークが彫られていた。キュキュキュとガラスがこすれる音に顔をしかめながら、ジュナチは胸に手を当ててつぶやいた。

「お力をお貸しください」

 言葉に反応するように、瓶の中身が淡く光りそして静まった。

「…これで「女王様への愛」が完成?」

 ルチアの言葉にジュナチは首を横に振って、両手に1つずつそれを握って上下左右に揺らしだした。

「これを1分間以上振りまくるんだよ」

 最初の10秒を過ぎて、

「これね、きついんだよ~」

 と苦しそうに言いながら瓶を振り続ける。液体をシャッフルする魔法道具なら、昔いた工場にあった覚えがある。それを使わないのかと質問すると、メンテナンス中だとジュナチはこれまた苦しそうに返事をした。

「じゃあ、僕もやるわ」

 一緒に瓶を振りながら、自分たちの姿を俯瞰して想像したルチアは、なかなか変な工程でできる魔法道具もあるのだと噴き出した。

「これで最後。完成したわ」

 すべてを振り終わって、ルチアはジュナチへ声をかける。すると涙目になってうなずく彼女が立っていて、ルチアはビックリして声が大きくなった。

「どうしたの? なんで泣きそうなの?」

「無事に、作り終わって安心して…」

 言いながら、近くにあった椅子に座り込む。魔法道具が彼女の中でどれほどプレッシャーになっているか理解したルチアは、天井を仰ぎ見て、「よかった~」と言いながら大きくため息をついた彼女を見つめた。

(こんな繊細な子がいるのね…)

「あ、瓶の形…」

 ジュナチはそうつぶやくと、口元に手をやって小さな声でぶつぶつと呟き出した。目の焦点はあわず、きっと誰の声も聞こえない。何かアイディアが浮かび、それを言葉に出して整理しているのだろう。

(自信がなくて、いつも自分を責めている。でも、道具作りへの情熱がある…)

 そんなジュナチを、ルチアは飛んで手の中に納まったキイを撫でながら見守っていた。

 彼女たちとともに心躍る数日を一緒に過ごしたルチアは、

(僕も、ジュナチにもっと協力できたらいいのに)

 と考えていた。その方法がわからないけど、もしこの先彼女が少しでも謙遜をしようものなら、それを否定したいと思った。彼女は魅力的な人であることを自覚してほしかった。

「昼飯できたぞ」

 どこからともなくダントンの声が聞こえ、うなずいた。ジュナチはまだぼうっとしていたので、もう少ししてから一緒に作業場から移動しようと思った。

(昼ごはんのあとは…)

 これからの予定をルチアは思い返した。あと数時間後には、最後の魔法道具「安らぎ強化飲料」が出来上がるという。これは水道水と一緒に前日採ったゲッカルル草を擦って瓶につめ、それを川の冷水に1時間以上浸さなければいけない。草が完全に溶けたら完成する物だった。今は、川で冷やしている最中だ。

 神経が乱れた人間がこれを飲めば、たちまち体調が良くなるという。一般には「安らぎ飲料」と呼ばれるものが流通しているが、サイダルカが特別に作る「安らぎ強化飲料」は効果がかなり強化され、「本当に必要な王族だけ」が手に入れることができる。

 それが完成次第、3つの魔法道具を持って王都に向かうことになっている。王都と聞くと、ルチアの頭の中に色々な記憶が横切って行く。誰かの穏やかな声、笑い声、叫び声、泣き声が聞こえる。

(王都に、僕は行くんだ…)

 ルチアは今まで王都に行ったことがなかった。敵地であり、過去のゴールドリップの記憶の中には、王都で殺された人がいたためだった。食べたものに毒が入れられ倒れた記憶や裏路地で後ろから切りかかられた記憶もあった。何もかもが揃い便利で治安がいいと評判の場所だが、ルチアには怖いイメージが付いて回った。

 だけど、サイダルカという味方ができ、ゴールドリップが王に命を狙われている理由がわかる可能性もでてきた。ジュナチたちと行動して素晴らしい体験をしたルチアは、恐怖心が消え始め、どんどん前向きになっていった。

 未だ独り言を言い続けているジュナチを眺めながら、今まで避けていた敵地へ行くことに決めたのだった。

 

 

 魔法道具をつめた木箱は、ルチアが腰に力を入れてやっと抱きかかえられたが、数分も立っていられない重さだった。その3箱をひょいと持ち上げたダントンに、ルチアは口を開ける。

「力持ちね…」

「鍛えてるからな」

 それにしても、と思いながらもそれ以上はなにも言わなかった。専用のリュックへ詰め込んで、ダントンは慣れたように背中にそれをしょった。リビングにマントを付けたジュナチが入ってくる。彼女は、小さな青い紙飛行機をルチアに渡した。

「これね、もし道に迷っても私と合流できるように案内してくれるからポケットに入れておいて」

 また知らない発明道具が出てきたと思い、見つめていると、

「もしかして見たことない? 「空の案内」って言って、けっこうナシノビトの中でも普及してるんだよ」

「あれね! 僕が見たのはこんな形じゃなかったからピンと来なかったわ」

 ルチアは頷いた。

「自由な形で作れる魔法道具だからね。「ジュナチのところまで」って中に書いてあるから」

 魔法道具「空の案内」は世界中の人が愛用する道具だった。投げると、紙に書いた到着先まで歩く速度に合わせて飛んでいく。迷子になりやすい子供に持たせることが多く、そのレシピはルチアの愛読書『サイダルカ家の歴史』に載っている。一般の家庭でも作れるものだった。

「ありがとう、持っておくわね」

 ジュナチから貰ったそれをルチアは大事そうに胸ポケットへ入れた。

「…お前も真っ黒だな、ジュナチと一緒の趣味か」

 ダントンがつまらなそうにジュナチとルチアの服を見た。彼は金の刺繍を施した真っ赤なシャツを着ようとしたが、城に行くから悪目立ちはしたくないジュナチに止められた。渋々と暗めの色である紺色のジャケットを着た。

 ジュナチはカーニバルで着ていた服と同じデザインの物を着て、ルチアはカーキの二ッととパンツに、フード付きの黒マントで身を包んだ。目が楽しくねぇと不機嫌そうにダントンは言った。

「あとは…」

 ダントンを無視して、ジュナチは重要なことをルチアに伝えた。

「外に出たら、私たちはサイダルカとは名乗らないんだ。名前は、ノネイム。王族専用の運搬業者である「ノネイム運送」として、城に出入りしている。丁寧な梱包が売りなんだ。この名前も身分も国王から与えられたもので、探られても安全なものだよ」

 ルチアは自分が都市を歩くために、架空の人物像をきちんと考えたておこうと思った。そのほうが、いざというときに不都合がない。

「それなら僕の名前はルチア・ノネイムって名乗ればいい? 身元も設定するなら、2人と同じ職場で働いている人とか?」

 ジュナチは首をひねった。

「うーん、急に新しい人がいるのも変かも。親戚にしよう。ルチアは、私のお父さんの妹の息子さん」

「その子が、2人の仕事の見学に来たってことにするわね」

 ルチアの架空設定が出来上がり、3人が顔を見合わせてうなずく。ふとルチアは複雑な気持ちになった。自分の敵である国王から与えられた身分を、今から利用するのかと。

「…身分がちゃんと用意されているから、サイダルカ家の情報は表に漏れないのね」

 有名人であるサイダルカは安全のため、世間に住む場所や顔などの個人情報を隠していた。出版した1冊の本だけが一般人が知ることができる彼らの情報だった。それはレシピが載っているばかりで、サイダルカについて詳しいことは書かれていない。

 ルチアの言葉を受けて、

「そうなの、国王様が全部用意してくれたんだって! 優しいよね」

 とジュナチは言った。その瞬間にしまったという顔をして、慌てて言葉をつなぐ。

「まあ、本当はどんな人かわからないけど! 裏の顔は誰にもわからないからさ」

 ルチアの命を狙う人物をほめてしまったジュナチは、自分の言葉をすぐに訂正をした。ルチアはその心情が読めて、ふっと笑顔になってうなずいた。

「もしかしたらとっても良い人で、情報の食い違いがあったらいいけどね」

 かばうようにそう言って、ジュナチの頭を撫でた。ジュナチがほっとした様子で笑顔になった。それを見たキイが真似するように、ダントンの手のひらに自分の頭を押し付けた。

「きゅい」

 自分も連れていってほしいというアピールにも見えたが、ダントンが、

「留守番を頼むぞ」

 と言うと、すぐに離れてソファーの上で3人をじっと見ていた。その素直な様子にルチアは微笑んで、キイの頭も撫でる。

 すべての準備は整った。

「王都の誰もいない路地に連れていって」

 ジュナチはそう言ってマントを広げる。カーニバルに行った時と同じように、小道がマントの中に現れる。ダントンが迷いなくその中に飛び込んだ。ルチアも気合いを入れてから、一歩前に進む。

「いってくるね」

 ジュナチはそうキイに挨拶してから、しゅるりとマントの中に消えていった。キイはソファーの上で丸くなって目を閉じ、3人の帰りを待つことにした。

 

 

 

つづく…

 

 

 

閲覧ありがとうございました。

次回は8月5日(来月の第1金曜日)の夜19時頃に更新します。


 
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