No.109672

festa musicale [ act 1 - 11 ]

そうしさん

物語は再び馨視点へ。
自分の選択は間違っていたのだろうか、考えれば考えるほど深い闇にとらわれていく馨。
自分の気持ちに正直になることは出来るのでしょうか?

2009-11-29 23:02:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:537   閲覧ユーザー数:533

「で、なんで君たちは崩壊してるわけ?」

 イライラした様子で机を人差し指で叩く純さんから詰問される。

「どう考えても今回は馨くんが悪いよね」

 加藤さんが腕を組みながら乗っかってくる。

「僕は男だけど、今回は擁護出来ないなぁ」

 なぜか小野寺さんまで攻めモード。

「…いや、その通りなんですけど」

 センパイ三人に囲まれて、しかも三人揃って正論、かつ厳然たる事実を言ってくるため、何も言い返せないで小さくなってしまう。

 ここはサークル棟、Wind Ansemble Kの部室。

 

 

 

「まったく、本当に不器用だね君は」

 純さんはいまだにご機嫌斜めだ。

 午前十時から続いた詰問かつ尋問かつネチネチとしたお説教は、午後五時になってようやく終わりを告げた。 悪い上司を持った平社員の気分を味わった気がする。 いや、今回の場合全面的に俺が悪いから、まったくもって何も言い返せないけど。

 そしてせっかく相談に乗ってくれた純さんにコーヒーをおごるため、仕方なく”空”に向かっている。 そしてなぜか小野寺さんと加藤さんも一緒にいる。 まさか三人分おごらせるつもりなのだろうか。

 財布の中身を頭の中で数えて、(やべぇ、足りるかな、もし足りなかったら給料から天引きにしてもらえるのかな、いやあの店長から金をせびるのは本当に申し訳ない気持ちになるし)などと皮算用しているうちに、”空”に着いてしまった。

「しまった、まだ金があるかわかんねぇ」

「何言ってんの、とっとと入るよー」

 そう言って俺を無理やり中に押し込む。

「あれ、馨君、君今日は休みのはずじゃ…あぁ」

 と、店長及びその他スタッフは、俺の後ろにいる三人を見て、一瞬で得心したらしい。 なぜ皆そんなにわかるのか、甚だ疑問だ。

「店長、この人たちにブレンド…・俺が淹れるから、まけてくれたりしません?」

「だめ」

「ですよね」

 うなだれる。大学が始まってからも一度も手をつけていない『高校生が稼いだ七十五万円(所得税回収済み)』に手をつける必要がありそうだ。

 

 

 

 出されたコーヒーを飲んで、少し落ち着いたらしい。純さんは先ほどよりは苛立ちも収まって、今では笑顔を見せることもあるくらいだ。

 コーヒーのチカラは無限のコスモだ!(格言)

「さて」

 ビクッ

「まだ終わってないけど」

 ビクビクッ

「どういうことか洗いざらい吐いてもらおうかね」

「…やっぱりですか?」

 この三人、やたら息がぴったりである。 まったく同じタイミングでコーヒーカップを置き、まったく同じタイミングで頷いた。

 

 

 

「…はぁ」

「なぜため息を」

「君のせいだバカ野郎!」

 純さんのスナップの効いた手のひらが頭のてっぺんをクリーンヒット。 女性の細腕なのにやたら痛い。

「これは、多分今頃むせび泣いているであろう灯ちゃんの分」

「で、こっちが心配したうちらの分」

 なぜか加藤さんはグーだった。 しかも頬。 小野寺さんが苦笑いしているところを見るに、良くあることなのだろう。 少なからず同情する。

「…分かってますよ、悪いのは俺だ」

「…」

 ジト目で見てくる二人と苦笑する一人。 でもここで何も言えないようでは本人を前にして何かが言えるはずがない。

だから、俺は声に出す。

 声に出さなければ何も伝わらないと知っているから。

「灯の様子がおかしかったことに気付けなかったのは俺のせいです」

 

 

 

 最近、灯が妙に明るい。

 そして、以前にも増してストイックになった。

 いつもやっていたという朝の練習は、今までは6時からだったり7時だったり、時には8時だったりしたはずなのに、ついに開始時間が毎日いつも六時前になり、通常の練習が終わっても残って練習をし、休日でもお構いなしと言わんばかりに部室で一日中練習をする。 普段の授業などでもサボったりせず、しっかり勉強している。

 これだけ聞くと、周りの模範となる優等生かもしれない。

 だが、それは灯ではない。 灯の仮面を被った別の生き物だ。

 本当の灯はいつも飄々としていて、自分が嫌だと思ったことは何とかしてスルーしようとして、でもなんだかんだで真面目にやってしまって、残った自分の自由な時間を”空”で過ごすような変わり者だ……と、思う。

 『思う』だけど、それでもこれだけは確実に言える。

 今の灯は、灯じゃない。

「そこまで分かってて、どうして?」

 加藤さんがものすごく怒っている。

「…俺自身、気持ちの整理がついていないんです」

「「今つけろ」」

 二人の女性の声がうまいことハモる。本当に息がピッタリだ。

「と、言われても…」

「はぁぁ、誰よこんな弱気なやつを指揮者にしようなんていったのは」

「あんただよ」

「そうだっけ」

 純さんがとぼける。 場の空気が少し和らいだ。 さすがにやりすぎたと気が付いてくれたのだろうか。それとも、

「ごめんごめん、シリアスなのって苦手でさー。 部室でもすっごい頑張ってたんだよー」

 …本当にシリアスが駄目なだけだった。

「でもね、本当に今しかないと思うよ? これ以上は引っ張れないと思ったほうがいい」

「……」

「もう、灯ちゃんは限界だよ?」

「…そんなこと」

 言われなくても、分かってる。

 どう考えても、灯のそれは空元気なのだから。

「自分に何が出来るか、ちゃんと考えな?」

 そう締めくくって、長い一日が終わった。


 
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