No.1093243

献杯

砥茨遵牙さん

狙われない男のすぐ後。4様とフリックの会話。
4様は4時代ある女性と恋人でした。

坊っちゃん→リオン
4様→ラス

2022-05-30 20:04:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:335   閲覧ユーザー数:335

紋章を通じてテッドと夢の中で会話し、目を覚ましたラスはむくりとベッドから起き上がった。窓から見える外は暗い。時計を見るとあと三時間ほどで日付が変わる時間だった。隣にはほんの数時間前まで甘い声を上げていたリオンがすやすや眠っている。リオンの頭を優しく撫でると、ウウンと唸ってその手にすり寄って。その仕草が可愛くて、微笑ましくてフッと笑う。

 

ふと、部屋の外に人の気配を感じた。リオンの周りに雷鳴の紋章による結界と消音の結界を同時に張って、気配を消してドアに近づく。殺気は無いようだが、外の人物はドアをノックするのを躊躇っているようだ。リオンが起きないように、静かに取っ手を回しドアを開くと。

「っ……!」

そこにはフリックが立っていた。先にドアを開けられて戸惑っている。夜も遅いのに、わざわざリオンの部屋に訪ねてくるなんて。

「…どうしたんだい?こんな夜中に。」

「あ、いや、夕方にノックしようとしたんだが、ドアの前に張ってあった結界に弾かれちまって…。水の紋章持ちに回復してもらってた。あれ、ラスがやったのか?」

「ああ。」

リオンが部屋に入ってからドアを含めた部屋全体に雷と消音の結界を張っていた。侵入者と、リオンの泣いている声と甘い声を防ぐために張ったものだが、それで怪我をしたのか。フリックの手を取ってごめんねと謝ると顔を赤くして、しどろもどろになりながらも大丈夫だと答えた。

「……リオン、は?」

「寝ているよ。要件があれば明日の訓練にでも話すといい。」

明日のマッシュ主導の訓練がただの訓練でないことはラスには分かっていた。おそらくスパイの目を欺くためにそのままモラビア城に攻め込むつもりだろう。シルバーバーグの軍師は時に無茶をする。それはかつてシルバーバーグ随一の女傑と讃えられたエレノアも同じだった。

起こせないのか?と切羽詰まった様子でこちらを見上げて問うフリックに、親友を亡くしたばかりだから休ませてあげたいと告げると、ハッと嘲笑うように息を吐いた。

「…そいつにはそんな血も涙も無いさ。」

「…何?」

「俺もシークの谷に同行してたからな。目の前でそいつの友達が死んだのも見てた。……友達の身体が消えたと思ったら、何てこと無い顔して『竜達の目を覚ますのが先だ。行くぞ。』って先導してったんだ。」

「……。」

「目の前で友達が、親友が死んだんだぞ?それなのに、涙すら流さなかった。悲しみを押し殺した様子も無く、淡々と。……オデッサの時も、きっと……。」

だんだん顔がうつ向いていき、震える手でギュッと拳を握りしめるフリックの肩をポンと優しく叩く。

「……フリック、僕と外で話そう。」

「っ!俺はリオンに…!」

「あの紋章について詳しく知っているのは、テッドの他に僕ぐらいだ。」

「えっ。」

「リオンですら、シークの谷でテッドから初めて聞かされたんだ。……君が知りたい答えを、僕は知っている。」

「っ!?」

「船着き場の桟橋で待っていてくれ。着替えたらすぐに行く。」

「……分かった。その格好、目に毒だもんな。」

「そうかい?」

「そうだよ。」

リオンとの行為の後はほとんど上半身裸で寝ている。ラスの鍛えられた筋肉が隆起した肉体美は、美青年であるフリックには目に毒だ。恐るべし美少年(美青年)キラー。顔を赤くして、早く来いよと足早に去っていった。

ラスはいつものシャツと上着を羽織り、改めてベッドにいるリオンの様子を伺う。消音の結界の効果か起きた様子は無い。そのまま二つの結界の範囲を部屋全体に広げて、部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

桟橋に座って湖を眺めるフリックの後ろからラスが近づき、隣に座った。手に持っていた酒を二人の間に置くと、フリックがラスの方を向いて訝しげな顔をする。

「…酒?」

「献杯をしようと思ってね。付き合ってくれないか?」

「献杯?誰の…、」

「テッドの。……彼はかつて僕の仲間だったんだ。」

「っ、そういうことなら…。」

お互いのグラスに酒を注ぎ合うと、ラスは夜空を見上げてグラスを胸元に掲げ、数秒経ってからぐいっと酒を飲み干した。それを横目で見ていたフリックも胸元にグラスを掲げてから酒を一口飲み、ぽつりぽつりと話し出した。

「…あいつ、三百年って言ってた。竜騎士団長のヨシュアですら二百年生きてるって。本当にそんなことが可能なのか?」

「真の紋章を宿した者は時間の軛から解放され不老になる。テッドの言っていたことは本当だよ。」

「…じゃあ、ラスも…?」

「ああ。僕は…、もうすぐ百七十歳かな。」

「んなっ!?」

「十八か十九の頃に紋章を宿してね。そこからこの姿だ。」

「…二十歳前でその身長かよ…。」

俺よりデカイと落ち込むフリックに、人それぞれだからねと返した。フィンガーフートの屋敷で雑用をこなしながら騎士として人の倍以上に鍛練に励んでいたが故の身体。この恵まれた体格と顔で美少年と女を食い漁って人の嘘を見抜くようになり、それを利用して自分に有利に立ち回る術を得た。全てはいずれ領主になるスノウを影から支えるため。スノウに裏切られ流刑になったことで、今まで得たことを全て自分のために使えるようになったのは僥倖だった。いろいろあってボロ服になったスノウを特攻として使っていたら本人から喜ばれたのもいい思い出だ。

「でも、君が知りたいのは僕の年齢じゃないだろう?」

「……っ、そう、だな。」

意を決したようにぐいっとグラスの酒を飲み干して、フリックは身体ごとラスの方を向いた。

「あいつはあの時こう言っていた。三百年もの間、ソウルイーターって紋章が各地で戦乱を引き起こし、魂を掠めてきたと。そして、オデッサの魂も、リオンの父親の魂も、グレミオの魂も、全てソウルイーターが盗んだと。その主人の最も近しい者の魂を盗み力を増していくと。」

先ほどリオンから聞いた内容と一緒だ。他人がいる前でテッドがここまで言うなんて。余程切羽詰まった状況だったのが伺える。

「…そのソウルイーターがオデッサの魂を盗んだのなら。オデッサの死は、リオンのせいなのか?ソウルイーターを宿したあいつが解放軍に来たから、オデッサは死んだのか?」

グラスを持つ手が震えている。フリックはオデッサの死を知らされておらず、命からがらたどり着いたこの城でそれをマッシュに告げられ激しく動揺していた。恋人の命を奪われた彼の絶望は理解出来る。かつて自分もそうだった。

だからこそ、リオンを疑っているフリックの苦悩を和らげてやりたい。彼を諭せるのは自分だけだろう。まだ未熟な彼が、自身で道を切り開いていけるように。年を重ねたせいか、どうしても自分と似た境遇の者には手を差し伸べたくなる。

「……真の紋章でも、人の意志にまで介入出来ない。」

「っ!?」

「オデッサは幼い子供を庇って亡くなったと聞いた。それは紛れもない彼女の意志だ。」

「……っ、でも、オデッサの魂を…」

「ソウルイーターは人の死に便乗して魂を掠めるだけだ。彼女の死はリオンのせいではない。恨むならば、彼女を手にかけた帝国兵だろう。」

納得いかないといった顔をしているフリック。ラスがリオンの恋人だから、彼を庇っていると思っているのか。フゥ、と息を吐いて、フリックと向かい合う。

「それとも、解放軍を結成したオデッサ・シルバーバーグは、紋章なんかに踊らされて命を失うような人だったのかい?」

「っ!違う!!オデッサは…、オデッサはそんな人じゃない!!会ったこともないくせに馬鹿にすんな!!」

怒りに任せて叫んで、フリックはハッと気付いた顔をした。自分が言ったことが、子供を守ったオデッサの意志を侮辱していると気付いたのだ。

「…もう、答えは出たね。」

「っ、ああ……。」

「…先程、自分がいたせいなんじゃないかって悩んでいたリオンにも同じことを問いかけたんだ。彼も、違うと叫んだよ。彼等の意志を、信念を、侮辱するのは許さないって。」

「あいつも…?」

「彼は決して冷血なんかじゃない。部下の前では弱い姿を見せまいと奮い立つ一人の将だ。」

「っ……。」

「生前のグレミオは彼を心配していた。」

 

ラスがこの城に来てすぐ、十年ぶりの再会を喜ぶグレミオと二人で話したことがあった。グレミオはオデッサの死にも立ち会っているため、リオンが解放軍のリーダーになった経緯として彼女の死の詳細をラスに話してくれたのだ。

『坊っちゃんはいずれテオ様を超える将となるために鍛練に励んで来ました。テオ様が戦場で圧倒的な強さを誇り、毅然とした態度で部下を鼓舞している背中を見てきたのです。今の坊っちゃんは、まるでテオ様のようです。部下の前で決して弱音を吐こうとしません。自分が託された決断を他人に押し付けたりしません。ですが、坊っちゃんが表に出す感情はほとんど無くなってしまいました。』

オデッサが亡くなった当時のリオンは解放軍のリーダーですら無かった。だが、水路に遺体を流して欲しいと願うオデッサの真意を汲み取ったリオンはそれを承諾した。ビクトールには非難されたが、オデッサの真意を聞くと納得してくれた。

それからリオンは決して自らの感情を出すことは無くなり、無表情で冷血と呼ばれる毅然とした態度が常になった。軍にとって最善ならばそれを選択する。クワンダのように操られていた場合、本人が解放軍に力を貸すことを望むのならば生かす慈悲はあるがそれだけだ。

グレミオはいずれリオンの心が壊れてしまうんじゃないかと心配していた。母親代わりのグレミオですらリオンの涙を見たのは、陛下と謁見する前の日、ラスと再会を約束して涙を流したあの日が最後。

だからこそ、この城に訪ねてきたラスを見た瞬間リオンが大粒の涙を流したことにグレミオは驚きつつも、どこか安心していた。

『きっと、ラス様が解放軍に関わり無い方で、坊っちゃんの大好きな方だからこそ涙を抑えきれなかったんでしょうね。貴方様に対してまるで少女のように微笑むようになって、嫉妬心まで出すようになって。皆さんが坊っちゃんを人間らしいって言ってくださるようになったのはラス様のおかげです。

……私は坊っちゃんを自分の息子のように思っています。宝物です。もしも私に何かあったら、坊っちゃんのことをよろしくお願いしますね。』

こう話した数日後にリオンを守って亡くなった。彼は最期までリオンの母親代わりだった。性別は違えども、母のようにお節介で心優しいグレミオに育てられたリオンが冷血であるはずが無いのだ。

 

「私の宝物である坊っちゃんをよろしくお願いします、って託されたよ。」

「…宝物か。すごいな、グレミオ。ホントに母親じゃないか。」

「子は宝、というからね。やがて大人になり、どの道へ進もうとも、その子は未来を担っていく。今のリオンのように。……自分の身と引き換えに子供を守ったオデッサは、確かに解放軍のリーダーとしては失格かもしれない。けれど彼女は一人の女性として未来を守ったんだ。その意思を、他ならぬ君が疑ってはいけないよ。」

「そっか……、未来か……。オデッサらしいな…。」

はあぁ、とフリックが落ち込んで、項垂れる。

「昔、よくオデッサに言われたよ。あなたはもっとリーダーとしての自覚を持つべきだと。俺は彼女の期待に答えてやれなかった。オデッサが認めたリオンまで疑っちまって…、情けない…。こんな俺じゃ、オデッサに見放されても仕方ないな…。」

「……それでも、君は彼女の救いになってたんだろう。彼女が君に宛てた言葉が無かったかい?」

「…っ…、そういえば…」

フリックはカクの宿屋からこの城に来てすぐ、ビクトールがオデッサの遺言を教えてくれたのを思い出した。『あなたの優しさは、いつも、いつでも、わたしを慰めてくれた』と。こんなに未熟な自分でもオデッサの心を慰められていたのなら。

「…なあ、もう一回注いでくれないか?俺も、オデッサに向けて献杯したいんだ。」

「ああ。」

再びお互いのグラスに酒を注ぎ合って、フリックは立ち上がるとグラスを胸の前に掲げて夜空を見上げた。

「…オデッサ、リオンの紋章に喰われたってことは、今も一緒に戦ってるんだよな。その中から見ててくれよ。俺はもっと強くなって、帝国に勝つ。そして絶対に、我が剣オデッサの名に恥じない戦士になるからな。」

オデッサに向けて決意を告げ、ぐいっと酒を一気に飲み干した。彼の故郷は大事なものの名前を剣に名付ける風習があるという。共に修羅場をくぐり抜ける剣にオデッサの名を付けた彼の心は真っ直ぐだ。きっとオデッサは彼の真っ直ぐなところに救われ、ビクトールは彼のそんなところが気に入っているんだろう。

とはいえ、戦士としてはまだまだ青いところがあるフリックに、ほんの少し手助けしたくなった。

「…フリック。雷の紋章の効果的な使い方を教えようか?」

「えっ!?」

ラスの言葉に驚いてバッと振り向くフリック。その目はキラキラしている。

「僕はこの雷鳴の紋章を宿して長い。剣を使う上での効果的な使い方も知っている。もちろん君さえよければだけど……、どうかな?」

「そ、そりゃあ!教えてくれるなら嬉しいさ!!」

以前ラスが見せた雷神をフリックは鮮明に覚えていた。先ほどの雷の結界も触れただけでダメージを受けて、回復してもらうのに時間がかかった。雷神とまではいかないが自分もあの結界ぐらいの威力を出せたら。剣と一緒に効果的に扱えるなら願ったり叶ったりだ。隣に座り直して、長いってどのぐらいだ?とフリックが聞くと、百五十年と返して、確かに長いわと笑った。

「教えてもらうのなら、シーナみたいに師匠って呼んだ方がいいか?」

「ははは、シーナには特に何も教えていないよ。でも、君には今まで通り接してくれた方が僕は嬉しいな。」

「そ、そっか。……その顔、ズルいよな。」

「ん?」

ラスの優しい笑顔にフリックはキュンとする。年齢相応の老獪さを見せたと思ったら、見た目通りの青年っぽさで優しい笑顔を見せる。一筋縄ではいかなそうなのに惹き付けられてしまう。強くて賢くて顔が良くて優しいなんてズルい。美少年(美青年)キラー、恐るべし。

 

 

 

「でもよ、何でそんなに俺に優しくしてくれるんだ?俺はあんたの大事なリオンを疑っちまったんだぞ?」

「…君と僕は似ているから、手助けしたくなっただけさ。」

「え……?」

「僕もね、かつて愛した恋人を命を奪われる形で亡くしてるんだ。」

「っ!?」

フリックが目を見開いて驚いた。まさかラスも恋人を殺されていただなんて夢にも思わなかったのだろう。

「……ラスも、自分がいないとこで?」

「いや。僕は彼女の死に立ち会ってる。でもね、死に目に合うのがツラいこともあるんだ。彼女は僕を庇って亡くなったから。」

「えっ!?」

「だんだんと声がか細く、弱くなっていって。僕の腕の中で冷たくなっていく彼女を救えなかった後悔ばかりが残ったよ。」

空になったグラスを見つめながら語るラスの姿がフリックには悲しそうに見えて。それでも涙を流さないラスはどれだけ強いんだろう、どうやって立ち直ったんだろう。

「僕のかつての恋人の遺体も、海の中へ沈んでいった。それが海に生きた彼女の望みだったからね。」

「……ホントに、似てんな…。」

「ああ。それでも君はオデッサの遺志を継ぎ、解放軍の火を絶やすまいと前を向いて立ち上がった。……君が少し羨ましい。僕の戦いは全て終わっていたから、彼女を失った後に前を向く理由も無かった。立ち直るのに随分時間がかかったよ。」

「…どれぐらい?」

「他の美少年や美青年を抱けるようになるまで十年以上かかった。そこから百四十年……、新たに恋人を作ったのは、リオンだけだ。」

「っ!?そんな、に!?」

「取っ替え引っ替えはしていたけど身体だけだし、大抵一回抱いて終わりだった。」

「うわぁ…。割り切ってんな…。」

「長く生きるとどうしても溜まるんだ。ああでも、愛したのは彼女とリオンだけだよ。」

「美少年や美青年って言ってたけど、女は相手にしなかったのか?」

「女は抱く気になれなかった。どうしても彼女を思い出してしまうからね。」

「そっか……。」

それほどまでに愛していた女性なのか。自分もオデッサ一筋で生きるつもりだが、他の誰かを愛するなんて今は想像もつかない。

「これはリオンにもまだ言っていない。彼にはかつて愛した女性がいるとしか伝えてないんだ。」

「えっ?な、何でそれを、俺に…?」

「似たような境遇を話して君の心が軽くなるならいいかなと。でも、リオンにはまだ内緒にしておいてくれないか?」

口元に人差し指を当ててシーッというポーズをするラスの顔にまたキュンとして、反射的にコクコクと頷いた。

「そ、そりゃあ、ラスが望むならそうするけど…。何で話さないんだ?」

「今はまだ、彼の心を曇らせるべきじゃない。帝国に勝って全てが終わったら話すつもりだ。彼、嫉妬深いから。」

「確かに。」

真面目な顔で頷いて、お互いに顔を見合わせてはははっと笑った。

 

 

 

 

 

「いろいろ話してくれてありがとうな、ラス。」

「どういたしまして。」

明日の訓練に響く前に寝るかと立ち上がろうとするフリックに、ラスが何かを思い出したように声をかける。

「そうそう、明日の訓練には気をつけた方がいい。」

「えっ?」

「ビクトールがわざわざ解放軍の前線を抜けてまで故郷に墓参りに行ったことも、何かあるに違いない。彼の故郷、知ってるかい?」

「いや、確か北の方ってことしか……。」

「それなら尚更だね。シルバーバーグの者は時折無茶をするから。」

「無茶?」

「それこそ、マッシュのように非情になりきれない者は自らを省みずに無茶をする。そういう血の運命だ。…君にも覚えがあるはずだよ。彼とオデッサ、兄妹なんだろう?」

「…なるほど、ただの訓練じゃないってわけか。しっかり準備しておくぜ。」

「無事に助け出したら、改めてビクトールに感謝するといい。彼は冷たくなっていくオデッサの身体を抱えていたと聞いた。もしかしたら彼も同じか……、それ以上の地獄と絶望を経験しているのかもしれない。」

「…そっか。それじゃ早いとこあの馬鹿助けてやらねえとな。おやすみ、ラス。」

「おやすみ。」

フリックはすっと立ち上がって、グラスを持って城の中へ戻っていく。もう先程の切羽詰まった様子は無くなり、前を真っ直ぐ見つめて歩いている。彼の心が軽くなったのなら話した甲斐があるというもの。

夜の色をした湖を眺めながらグラスに残った酒を飲みつつ、腰掛けていた場所から一瞬で桟橋近くの入り口に移動した。

 

 

「盗み聞きとは関心しないね、クレオ。」

「……いつから気付いていた?」

「最初から。僕が部屋を出た辺りから尾行していただろう?」

「……お見通しか。」

入り口の影からクレオが顔を覗かせる。すれ違ったはずのフリックにも気付かれなかったのは、彼が真っ直ぐ前を見て歩いていったのと、クレオの方が軍人として気配を消すのに長けているからだろう。

「よかったら君も飲むかい?」

「……いや、いい。聞きたいことは聞けた。」

「そうか、残念。」

クレオの聞きたいことはソウルイーターの真実。先程のフリックの話を聞いていたならば彼女の目的は果たしたことになる。

「…ラス殿。もしかしてあなたの軍師もシルバーバーグの者だったのか?」

「ああ。」

クレオには自分がかつて天魁星だったことも、テッドが仲間だったことも話していた。

「僕の予想通りなら、ビクトールはそのために墓参りに行ったことになる。ただ、ウォーレンと一緒にモラビア城に捕まってしまったのはマッシュにも予想出来なかったんじゃないかな。彼も驚いていただろう?」

「…あの馬鹿。」

「とにかく明日の訓練、気をつけることだ。」

「詳細を話す気はないんだろう?」

「軍師の策をおいそれと明かすわけにはいかないよ。」

「……分かった、万全にしておく。」

ツカツカと歩いていったクレオが、ピタッと足を止めてくるりと振り返った。その顔は心配そうな表情をしていて。何を言うかは大体察しがついた。

「…先程のソウルイーターの話の通りならば、貴殿もソウルイーターに魂を喰われる対象となるのではないのか?貴殿までいなくなったら坊っちゃんは……。」

「ああ、それは大丈夫。僕の魂はソウルイーターには絶対に狩れない。」

「?何故だ?」

「同じ真の紋章の性質には干渉出来ないからね。」

「…なるほど。目には目を、歯には歯を、か。貴殿が坊っちゃんの恋人で良かったよ。但し、坊っちゃんをフッたり泣かせたりしたら貴殿を不能にする呪いかけるからな。」

「…君たちは何かしら示し会わせていたのかい?」

「君たち?」

「いや。同じことを言われたからね。」

「なんだそりゃ。」

私も寝るとするか、おやすみ、と後ろ手に手を振って去っていくクレオの背を見送って。ラスはリオンが眠る寝室へ転移したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。訓練ではなくモラビア城にそのまま進軍することになり、フリックとクレオは目を丸くする。

更にマッシュが自ら捕まっている間にビクトールとウォーレンを救出。そこに都市同盟が攻めて来て、カシム・バジルがマッシュの説得に応じて仲間になり。ラスの忠告が正しかったことに改めて驚く二人。

その後、訓練所でラスから紋章の使い方を教わるフリックの姿をよく見かけるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

終わり。

 


 
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