No.109304

外史・程昱伝 ~想い人は風のように去りぬ~

DTKさん

約半年ぶりご無沙汰です。覚えてる方いらっしゃいますでしょうか^^;
はじめましての方は初めまして
恋姫†無双の魏をメインに書いております、DTKと言います。
以後お見知りおきを

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2009-11-28 02:25:00 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:13521   閲覧ユーザー数:10007

「……ここに、永きに渡る戦いの終結を宣言する!」

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

華琳さまは見事、三国を統一……いえ

三国全ての自治を認めつつ、お互いを尊重することで、大陸を安寧せしめました。

 

 

 

朝な夕なに汗水流して田畑を耕し、日照りや長雨に涙し、作物の成長に笑う、農民。

重き荷を持ち、長い街道を歩き、街での人々の暮らしを支える、商人。

日々鍛練を重ね、不条理な暴力から人々を守る、兵士。

 

家族のために働き、家と国を支える、お父さん。

家を守り、子を育て、日々の生活を支える、お母さん。

時に遊び、時に学び、日々を精一杯に生き、国の将来を担う、子供たち。

 

 

全ての民を遍く照らす、大陸の太陽・華琳さま

やはり風の夢に、間違いはなかったのですね……

 

 

 

 

 

 

 

でも、

 

 

 

 

 

 

 

風の………

風の、太陽は……

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

「…――っ!……ぅ!!………風っ!!!」

「お、おぉっ!?……どうかしましたか稟ちゃん、そんなに大きな声を出して。情緒不安定……あの日ですか?」

「なっ…ば、馬鹿なことを言うんじゃない!」

 

私と風は、許城内の庵で向かい合って座っていた。

正式な軍議ではないとは言え、二人で真剣に国を論じていたと言うのに……

 

元々、どこか上の空な感じはあったが、押さえるべきところは必ず押さえていた。

それ故、私も華琳さまも、そのほか多くの将兵もが、彼女を尊重しているというのだ。

だが最近は、肝心なところまで、ぼーっとしている。

それは、あの大戦の後から………

 

 

いえ、厳密に言えば…

 

 

「…一刀殿のことを、考えていたの?」

 

 

そう、あの夜

一刀殿が、消えてから……

 

 

 

成都決戦の翌日、朝

風たちは、華琳さまに呼び出されました

 

 

 

 

 

「昨日の晩……一刀が…………消えたわ」

 

……

 

「いえ、元の世界に帰った、と言うべきなのかしら……」

 

 

…………

……

 

「え……と、華琳さま?それは、北郷が一足先に本国へ帰った、ということ……ですか?」

「違うわ、春蘭。一刀は文字通り、消えたの……あるいは、私たちが『天の国』と言っていた所に、帰っていったのかしらね…」

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

「か、華琳さま?もちろん……兄様は、帰ってくるんですよね……?」

「…………」

「ねぇ……華琳さま!?」

「……私には分からないわ。ただ、もう……一刀は、戻ってこないものと、思いなさい……」

「そ、………んな……」

 

あまりの衝撃に絶句し、膝から崩れ落ちる流琉。

堪りかねた季衣が、華琳に詰め寄る。

 

「華琳さま!華琳さまは何で、そんな平気そうにしていられるんですかっ!?」

「…………」

「兄ちゃんはもう戻ってこない…もう会えないかもしれないのに、どうして華琳さまは……っ!」

「――おだまりなさい!!」

「「「――――っ!」」」

「私が……一刀がいなくなって、私が平気なわけないでしょ!!?」

 

華琳の剣幕に、その場にいた誰もが息を呑む……

 

「一刀がいなくなって、私だって苦しいわ…辛いわ……悲しいわ!!

 だけど私は王として、多くの民を預かるものとして……ここで立ち止まっているわけにはいかないの!」

「「「…………」」」

「出せる涙は、昨日全て出したわ……だから…だから…………――っ!」

 

 

 

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

 

 

 

やはり……あれは真の夢でしたか……

 

昨晩は、とてもよい気持ちで、眠りにつきました。

蜀・呉連合軍に打ち勝ち、華琳さまによる三国連合が成った。

私たちがやってきたことの全てが、終わった……

 

いえ、これからが私たちの理想の始まりと、心踊りながら眠りにつきました。

しかし、見た夢は…………最悪の、夢でした。

 

 

大きくて、強く、それでいてどこか抜けていて…

穏やかな暖かさを持ち、側にいると、とても心地の良い太陽

その太陽が突然、沈んでしまう夢……

 

 

私は飛び起きました

窓からは早朝を思わせる薄明かり

寝間着は汗でびっしょり、喉はからからで、一切の水分が抜けていました

そして、徐々にはっきりとしてくる意識

 

今見た夢は何かの間違いだという気持ちと同時に、肌にお兄さんの気配が感じられない、とても嫌な予感…

そして、華琳さまからお兄さんがいなくなったことを告げられたとき、予感は確信に変わったのでした………

 

 

 

 

 

気まぐれな猫の夢は、終わりを迎えた…

きっと、そういう…ことなのでしょう……

 

 

でも、気まぐれな猫は、夢から醒めたら、一体どうするのでしょうか

 

 

目が醒めたら夢など忘れて、それまで通りの暮らしを続けるのでしょうか?

それとも、夢が夢であったことを嘆き、もう一度同じ夢を見ようと、再び眠りにつくのでしょうか?

それとも………?

 

でも……でも…………

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユメ』に残された風たちは、どうすれば……良いのですか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さん……」

 

私は空を見上げる。

太陽は燦々と、その光を大地に注いでいる。

だけどその地に……もう、風の太陽はいない……

 

「……風」

 

ボーっとしている私の肩に、誰かの手がかけられた。

 

「…稟、ちゃん」

 

それは稟ちゃんの手だった。

 

稟ちゃんの手がきっかけで、少しずつ周りが見えてきた。

今まで気が付きませんでしたが、そこかしこに悲しみにくれるものが大勢い、ある意味での地獄絵図となっていました…

中でも、季衣ちゃんと流琉ちゃんの悲鳴は、とても聞くに耐えられません…

そして華琳さまも、いつの間にかいなくなっていました。

 

 

「大丈夫……風?」

「………何が、ですか?」

「何がって…一刀殿がいなくなったと、その……華琳さま、が…」

「…稟ちゃんの方こそ、どうなんですか~?稟ちゃんの初めてを捧げた人が…」

「風っ、茶化さないで!」

「…………」

「……あなたは………あなたは、一刀殿のことを…っ」

「猫ですよ」

「――えっ?」

「どこからかやってきた猫に餌をやり、可愛がってはいましたが、その猫が突然いなくなった……それだけの、お話ですよ」

 

それだけ言うと、風は稟ちゃんから…みんなから、離れた。

だって……

 

 

「ちょっと…風!?」

 

 

誰にも……今の風の顔を、見られたくなかったから……

 

 

――大戦終結後、幾日かが流れた

 

お兄さんを失った風たちは、その悲しさを忘れるように……隠すように、事後処理に没頭しました。

しばらくは悲しみから立ち直れない娘も、何人かはいましたが…それでも徐々に、いつも通りの動きを見せ始めていました。

その甲斐あって、呉と蜀の復興作業、三国の連合体制作りは、滞りなく機能し始めていました。

 

 

 

そんなある日の夜、私と稟ちゃん、それに桂花ちゃんは、秋蘭ちゃんに玉座の間に呼び出されました。

 

「秋蘭ちゃん。こんな時間に、私たちに何の御用なのですか?」

 

秋蘭ちゃんの顔色は、あまり優れない。

このところ、激務のせいか、寝る時間もままならないと聞いています。

 

「ああ……みなに、相談したいことがある」

「相談?何よ、一体?」

「……これを、見てくれないか」

 

と、秋蘭ちゃんが私たちに差し出したのは、三通の便箋。

表書きには、それぞれ『風へ』『稟へ』『桂花へ』と書いてある。

自分の名前が書いてある便箋を手に取り、まじまじとその字を見つめる。

 

それは、よく見慣れた、汚い字……

 

これは……これは……っ!

 

 

 

 

 

「それは……一刀からの、手紙だ」

 

秋蘭さまから差し出された便箋。

それは、一刀殿からの手紙だと言う。

確かに『稟へ』と書かれた表書きは、見覚えのある字だ。

 

「大戦前、私は一刀から、これら手紙を託された…『もし自分に何かあったときは、秋蘭宛の手紙を読んでくれ』と…

 そしてそこには『もし自分に何かあったときは、折を見て、みんなに手紙を渡して欲しい』と……

 そう、書いてあった…」

 

そう言う秋蘭さまの顔は、普段の聡明さは影を潜め、一刀殿がいなくなったと告げられた当初以上の、動揺が見て取れた。

見せていた疲れは、どうやら仕事だけではなかったらしい…

 

「だが正直、私一人ではどうにもならない……そこで、みなに協力してもらいたいのだが…」

 

軍師たる私たちに助言を求めていただくのは、判断としては間違ってはいない。

しかし……私や桂花ならともかく、今の風に、そのようなことを言ったら…

 

と、風を見やると、フラフラと玉座の間を出ようとしていた。

 

(いけないっ!)

 

「風……っ!」

「――放っておきなさい!!」

 

玉座の間に響き渡る声。その主は…

 

「……桂花」

「放っておきなさい、稟」

「し、しかし……」

「この程度の悲しみ………乗り越えられないような人材は、魏には要らないわ…」

「桂花っ!それはあんまり…――」

「悲しんでいるのはっ!………貴女たちだけじゃ、ないのよ…」

「桂…花……」

 

下唇を噛み、両の拳を便箋ごと握りしめ、小刻みに震える桂花。

そうだ…一刀殿があんな形でいなくなって、悲しまないものなど、魏に居はしないのだ。

それは例え、普段は反目していた、桂花であったとしても……

 

 

…………

……

 

 

「ふぅ……こんな状況じゃ、相談どころじゃないわね。秋蘭、詳しい話は、また日を改めましょう」

「あ、あぁ………そう、だな」

 

秋蘭さまの返事を確認すると、桂花は踵を返し、玉座の間をあとにした。

桂花が部屋を出ると、秋蘭さまは私の前にやってきた。

 

「稟……すまなかった」

「いえ、そのような……」

「…私は、風の気持ちも考えずに……こんな、馬鹿な、真似を…」

「秋蘭さま……」

「風にも、後で私から謝っておく……今日は、本当にすまなかった。ゆっくり、休んでくれ」

 

秋蘭さまはそう言うと、私の横を通り抜け、玉座の間から去っていった。

玉座の間には、私一人

 

「風……」

 

私は、先ほど部屋を出た、友を思った

あれで意外と、繊細なところがあるからね…

 

願わくば、一刀殿の手紙で、風が良い方に向きますように……

 

 

 

「風へ

 

 この手紙を風が読んでいるということは、多分俺はこの世界からいなくなっていることだろう。

 願わくば、これが杞憂に終わり、宴の席か何かで『北郷がこんな手紙を書いていた』と、笑い話になることを、切に祈っている。

 だけど、多分それはないだろう……」

 

 

…………

 

 

「俺がこの世界に来た理由は、恐らく華琳だ。

 華琳が望む形で、華琳の悲願、大陸の平和を達成させるために、俺は呼ばれたんだと思う。

 そのため、というわけではないけど、俺はいくつか俺の知っている歴史を元に、華琳に進言したり、対策を取ったりした」

 

 

……

…………

定軍山で、秋蘭ちゃんを救ったこと

赤壁で、呉・蜀の計略を見破ったこと

…確か、これらはお兄さんの献策でしたね

そしてお兄さんが言う『歴史』から外れるたびに、体調を崩していたのですね…

 

 

「そして今度の戦で蜀に勝ち、華琳が望む世界になったとき、俺は恐らく消えるだろう。

 でも、どうか悲観しないで欲しい。

 なんてったって、あの華琳が望み、作り出す世界だ。

 きっとこの世の……いや、全ての世界の中でも、一番素晴らしい世界だと思う。

 その世界を作り出したこと。そして、その世界を支え、そこで過ごせることを、誇りに思って欲しい」

 

 

…………

とても、お兄さんらしいですね……

 

 

「風……風は、魏の中でも、安定して頭が回る娘だ。

 戦が終わったあとの民政でも、絶対に華琳たちを支えてくれると、俺は思ってる。

 だから、居眠りもほどほどにして、華琳や稟、桂花、そして他の娘たちを、よく助けて欲しい」

 

 

余計なお世話、なのですよ~…

手紙でまで小言を言われるとは思いませんでした

 

 

「風は、少し華琳と似ているところがあるかもしれない。

 何でもない顔をしているけど、本当は寂しがり屋で、とてもやきもち焼きで…

 そして、何でも全部、一人で背負っちゃうような所がある。

 もう少し、周りを頼ったらどうかな?

 

 風の周りには華琳がいる。稟がいる。魏のみんながいる。

 俺がいなくなっても、風の周りには、たくさんの頼りになる仲間がいる。

 そんなみんなに、もっと甘えたっていいと思うんだ。

 

 だから、これからもみんなと仲良く

 そして、いつまでも『風らしく』過ごして欲しい」

 

 

…………

 

 

「最後に、こんな形で別れの挨拶になってしまったこと、謝らせてほしい。

 ただ、大変な時期に、みんなを混乱させたくなかったということを、どうか分かってほしい…」

 

 

…………

 

 

「もし…もし、また会うことが出来たら、みんなで一発ずつ俺を殴ってくれ。

 それで、どうか、許してほしい……

 

 さようなら、愛しき風。

 いつまでも、元気で」

 

 

 

 

……お兄さん

 

 

あれほどの時間を共に過ごしても、風の気持ちは、分かってはくれないのですね……

もう、お兄さんなしの………

 

 

お兄さんなしの、風なんて…

 

 

 

「おぉ~、久しぶりだから大漁ですねぇ~」

 

ある日、風は路地裏にある猫の溜まり場に、顔を出した。

事あるごとに餌付けをしていた風の登場に、十匹くらいの猫が一斉に現れる。

その中から一匹の猫が、先ん出た。

 

(ニ゛ャア゛)

「お~よしよし……おや?春蘭、少し見ないうちに、また太ったんじゃないですか~?」

 

風が春蘭と名付けたその猫は、猫特有の俊敏な体つきは陰を潜め、筒のような体になってしまっている。

 

「少し、餌をやりすぎましたかねぇ~?」

(ニャァ~!)

「おぉっ?季衣は相変わらずやんちゃですねぇ。春蘭と同じ量食べても、ちっとも太りませんし…」

 

風と(餌と?)見るや、小さい体をいっぱいに使って、存在を主張してくる猫。

小さくて食欲が旺盛なところから、風はこの猫を季衣と名付けた。

これらから分かるように、風は何かに名前をつけるのが苦手なので、身近な人の名前を拝借している。

 

それでもなお、間違うことが多々あるという…

恐らくは、あまり覚える気がないのだろう。

 

 

 

「秋蘭は、いつも春蘭が食べ終わるのを後ろで待っていて、偉いですねぇ~」

 

「沙和、真桜。あまり凪を困らせてはいけないのですよ?」

 

「おぉっ!……こらこら稟、桂花。ケンカしてはいけませんよ~」

 

 

(ふふっ……猫たちを見ていると、とても楽しいですねぇ~

 そうです。みんなも、こうやって楽しく過ごせば良いのですよー)

 

風は、久々に満たされるような感覚を覚えた。

城の雰囲気……厳密に言えば、一部の将らの雰囲気が、決して良くはないからだ。

一刀の穴は、思った以上に大きかったらしい。

だからこうして、擬似的に、風は心を満たすのだった。

 

と、奥からもう一匹、真っ白い猫がやってきた。

 

「おぉ…一刀も元気にしてましたか~?」

 

風は一刀と名付けた猫に呼びかける。

真っ白い毛並みが、一刀のようで……風は一刀に内緒で、そう名付けていた。

 

「ちっちっちっちっ~」

 

ちょいちょいと指を動かし、一刀(猫)を招く。

すると、一刀は『ナ~ゴ』と鳴きながら、風に近付く。

 

「よ~しよ~し…」

 

近付いてきた一刀を撫でようと、風は手を出す。

が、一刀はするりとその手をすり抜け、そのまま通りの方へと姿を消してしまった。

 

 

…………

 

 

宙には、行き場を失った風の手

風はその手を、ジッと見つめる。

甲を返し、手をギュッと握り締める…

そしてその手を、もう片方の腕で宙ごと、抱きしめた

 

「一、刀。か……ずと…」

 

 

そう、あれはただの猫。

ただ『一刀』と名付けただけの、猫。

 

 

しかし、今の風にとってだけは、そうではなかった…

 

 

「か、ず……お兄、さん……ぉ…お兄さんっ!」

 

 

『一刀』が

最愛の人が、自分から離れていく…

乗り越えようとしたはずの……忘れたと思っていたはずの悲しみが

風の目から、涙として溢れ出る…

 

路地裏で一人

風はひとしきり、泣くのだった

 

 

 

…………

……

 

 

 

「こんな所にいたのか。探したぞ、風」

「えっ?」

 

と、そんな最中

突然後ろから声をかけられ、振り返る風。

 

「あ、あなたは……っ!?」

 

 

 

「「「乾杯!」」」

 

許城内のある一室。

そこには、三人の将がいた。

魏の軍師である風と稟、そして……

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

「あ、あなたは……っ!?」

 

私は後ろから、突然声をかけられた。

振り返ると、そこにいたのは…

 

「…せ、星ちゃん!?」

「いかにも私だが。…大戦以来だな、風」

「え、えぇ……けど、星ちゃんがどうしてここに?」

「私が連れてきたのです」

 

星ちゃんのさらに後ろから姿を現したのは…

 

「稟、ちゃん?…私が連れてきたって?」

「風。先日の軍議で、軍師で誰か一人蜀へ出向いてもらいたい、と言う議題が出たのを覚えていますか?」

「……え~~っと?」

「……あなたはこの会議のときも上の空だったからね…。とにかく、その件で、私は成都に出向いたわけです」

「そこで、私と会ったわけだ」

「それで話が弾んでね。是非風と三人でゆっくりと話をしましょう、ということになって……」

「仕事をサボって、こうしてわざわざ私が魏に出向いてきた、と言うわけさ」

「は?………星。あなた、仕事をサボってきたのですか?」

「いや、厳密に言えばサボりではない。ちゃんと桃香さま宛に『しばらく空ける』という置き手紙を、とあるところに隠してきた。

そろそろ目ざとい愛紗あたりが、首尾よく発見したことだろう」

「……ということは、劉備殿にお許しを頂いてはいないのだな?」

「端的に言えばそうなるな」

「…それを厳密かつ端的に言えば、サボりと言うのでは?」

「そうかもしれんな」

 

そんな二人のやりとりを、私は目を丸くして見ていた。そして思わず

 

「ぷっ…」

 

と吹き出してしまった。

 

「ふふっ…相変わらずですねぇ、星ちゃんは」

「「「あはははは………」」」

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「昔は三人で、よくこうして盃を傾けあったものだな」

「ふふっ、昔と言っても、それほど昔ではないでしょうに…」

「でも…本当に、懐かしいですねぇ~……」

 

そう、風たち三人は長い間、大陸を共に回っていた。

様々な街を回り、見聞を広め

時には盃をあわせ、時には夜が明けるまで国を論じた。

そして、途中で星ちゃんは公孫賛さんの元に残り、のちに蜀へ…

私と稟ちゃんは、華琳さまの魏へと身を寄せた。

 

この乱世を生きるものとして、再び交わることはないと覚悟はしていました。

それがこうしてまた、三人揃うことが出来た。

これも、華琳さまが大陸を安寧せしめてくださったおかげ…

華琳さまに改めて感謝し、友との酒を酌み交わすのです。

 

 

…………

……

 

 

「時に風。最近、失恋して腑抜けているらしいな?」

「「ぶっ!!」」

 

風と稟ちゃんは、同時に酒を吹き出す。

 

「なんだ二人とも。酒がもったいない…」

「なんだでは…ごほっ……ないでしょう、星っ!」

「何を言っておるのだ。稟がそのように言って、私に相談してきたのではないか」

「なっ……!ふ、風、違いますよ?私はただ、一刀殿がいなくなって、風が少し意気消沈していると、ただそれだけ…」

「男がいなくなり意気消沈など、まさに失恋ではないか。なぁ、風よ。お主もそう思わんか?」

「ちょっと、星!」

 

風をからかうわけではなく、まっすぐにものを言う、星ちゃん

風を慮り、星ちゃんの発言に慌てふためく、稟ちゃん

 

「ふ……ふふふっ…」

「風…?」

「二人とも、ありがとう、なのです……」

 

 

「風は、こんな喋り方にこんな性格ですから、人にちゃんと相手にされることはとても稀で……まともに取り合ってくれるのは、長い間、稟ちゃんと星ちゃんくらいなものでした。魏に来るまで……華琳さまに、お兄さんに、会うまでは……」

 

稟ちゃんや星ちゃんと出会うまでは、風に近付いてくる人と言えば、風を汲み易しと見た、ならず者くらいなもの。

それも、風が多少なりとも切れ者であると分かるや、すぐにしっぽを巻いて逃げ出してしまいました。

たまに好意で近付いてくる人もいましたが、それもしばらくすると、疲れたような顔をして風から離れていったのです…

 

「それが、一刀殿や華琳さまと出会って、変わっていったわけですね」

「……えぇ」

 

魏の人たちは、風を受け入れてくれた。

お兄さんが言っていたとおり、魏の人々は、とても温かだった。

 

 

「そうそう、星ちゃん覚えてますか?陳留の近くで、野盗に襲われてる人を助けたことを」

「……はて?そんなことがあったか?」

「ほら、いきなり初対面で風の真名を呼んだ、無礼者がいたではないですか」

「あぁ~……そんなこともあったかも知れんな。それが、どうかしたのか?」

「実はその人が、お兄さんだったんです」

「………なんと」

「一刀殿の話を聞くに、天界からこちらに来たばかりだったとか」

「なるほど…それなら、愚行も納得がいくというもの。ふっ……だとしたら、その場で叩き切らんで良かったな」

「「「あははは……」」」

 

星ちゃんの言葉が、一座を笑いに包む。

 

 

…と、ふいに星ちゃんが笑いを止め、真剣な顔で、口を開いた。

 

「……風、稟。どうか、笑わないで聞いて欲しい」

「「?」」

 

風と稟ちゃんは、思わず顔を見合わせた。

星ちゃんがこう言う事は、あまりなかったからだ。

 

「星ちゃんがそういうなら、風たちは笑いませんよ」

「約束します」

「ありがとう……」

 

星ちゃんはそう言うと、目を閉じた。

 

 

…………

……

 

 

しばらくの静寂の後、心が決まったのか、星ちゃんはゆっくりと目を開くと、おもむろに語り始めた。

 

 

「私は北郷殿のことを…良く、知っている…………いや、共に暮らし、共に戦場に出たこともある」

「「…………」」

 

星ちゃんは、何を…?

 

「果たしてこれは、夢か現か……確かに目を閉じれば北郷殿が…私はそこでは主と呼んでいるが…私の側にいるのだ。桃香さまや愛紗に鈴々、蜀のみんな、そして主と、私……数々の苦難に見舞われながらも、楽しく…日々を過ごしているのだ」

「星、ちゃん…」

 

そう語る星ちゃんは、まるで昔を懐かしむような…

あるいは『そこ』にいる自分を妬むような…

 

そして『今の自分』には、お兄さんに手が届かないことへの、歯痒さ、辛さ、悲しさ……

様々な感情が入り混じった、形容しがたい表情を、していました

 

そんな星ちゃんに風も稟ちゃんも、どう言葉をかけていいのか

分かりませんでした……

 

 

…………

……

 

 

「風よ……これは、天命なのだ」

「天…命?」

「あぁ…そうだ。私たちの近くに偶然、北郷殿が天から降り立った。

 その後、たまたまその時、そこの刺史をしていた曹操殿に拾われた。

 そして風と稟は、曹操殿に惹かれ、魏に身を寄せた。

 そこで北郷殿と出会い、そして……」

「「…………」」

 

風はお兄さんと出会った。

そして、お兄さんのことを……

 

「これを天命と言わずして、何を天命と言おうか……なぁ?…風、稟」

「そう、ですね……忘れてましたよ~。風が華琳さまに惹かれたのも天命

 そして、風がお兄さんと出会い、惹かれていったのも…天命、だったのですよね」

「ふふっ…それが天命だとしたら、一刀殿は天の遣いなのだから、それらは全て、一刀殿の意志、ということになるわね」

「…それもそうだな」

「「「あはははははっ!!!」」」

 

 

 

「風。北郷殿を……主を信じろ。彼は必ずや、風の許に帰ってくる」

「そうですとも、風。一刀殿は天から必ず、風や私たちのことを、きっと見ているはず。

 私たちが天に…一刀殿に恥じぬよう、胸を張って迎えられるよう、過ごしていれば……」

「お兄さんは………お兄さんは、帰って……くる?」

 

 

微かな希望

 

諦められなかったけど、信じきれなかった

信じられなかったけど、諦めきれなかった

 

そんな希望が今、風の前に提示された

 

 

でもこれは本当の希望なの?

あの猫みたいに、手に出来ると思った途端、するりと消える希望じゃないの?

 

信じてしまいたい!

でも、信じる勇気が、風にはない…

 

風は、稟ちゃんと星ちゃんに、目で縋った。

 

 

 

「……あぁ、主は帰ってくる。この趙子龍、我が真名・星に賭けて、保障しよう」

「私も一刀殿が帰ってこられるよう、身命を尽くすことを、約束します」

「星ちゃん……稟ちゃん……」

 

二人の目が、風に訴えかける

『私たちを信じろ』 と

 

そして……

 

 

 

『お前の想い人を信じろ』 と

 

 

 

あぁ……お兄さん。風はバカです。

お兄さんの言うとおりでした…

風は…風はこんなにも、温かい仲間に、囲まれていたのですね……

 

 

 

…………

……

 

 

 

「……改めてもう一度、言わせてください」

 

ちゃんと顔を上げて、二人の目を見てから、ぺこっとお辞儀を一つ。

 

「二人とも、ありがとう、です。どうかこれからも、風の友達で、いてください」

 

二人は目を丸くすると顔を見合わせ、ふっ、と破顔した。

 

「全く、何を言い出すかと思えば」

「えぇ…本当に」

「な、何を笑っているのですかーー!?風は真面目にですね…っ」

「言われなくても私たちは、あなたの終生の友ですよ」

 

私が上げる抗議の声をさえぎる形で、稟ちゃんが口を開く。

 

「たとえ風に嫌と言われようと、地の果てまで付きまとってやるさ」

「星の言う通りよ、風」

 

そう言うと稟ちゃんは、風の目を見て、にっこりと笑った。

と、その間に星ちゃんが割り込んでくると、その胸に風は優しく抱き寄せられた。

 

「もし風が、辛くて、悲しくて、苦しくて…己を保てないようなことがあれば、私や稟に打ち明けてみろ」

「私たちには、あなたの悩みを解決できないかもしれない。けれど、きっとその思いを分かち合えることは、出来るから」

 

星ちゃんの胸から、ゆっくりと解放される。

すると、風の右手を稟ちゃんが、左手を星ちゃんが、それぞれ両手でギュッと握った。

 

「代わりと言ってはなんだが、私に何かあったら、お主を頼らせてもらうぞ、風」

「私もね。……だってそれが、友達、ってものでしょ?」

「……友、達」

「お前らしくもない。風だったら、この程度のこと、分かっていて当然だろうに」

「ふふっ…まったくね」

 

 

 

 

 

……そうですよ

まだまだ、風はバカでした

風がこんなでは、お兄さんは帰ってきてはくれません

だって、お兄さんが望んでいたのは……

 

ちゃんと周りを頼って、みんなと仲良くすること

そして……

 

 

 

 

 

風が……『風らしく』過ごすこと…っ

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

風たち三人は、いつもの猫の溜まり場に来ていた。

三人というのは、風と稟と星ではない。

 

星は朝方、鬼の形相でやってきた愛紗に叩き起こされ、引きずられながら蜀へと帰っていった。

風は稟と、愛紗を案内してきた桂花を連れて、いつもの猫の溜まり場に向かったのだった。

 

 

 

…………

……

 

 

 

風を先頭に私と桂花は、路地の少し奥まった、猫の溜まり場へと連れてこられた。

 

「ここは、風のとっておきの場所なのですよー」

「ふ~ん……城下にこんな所があったのね」

「ここを知っているのは、風の他には、稟ちゃんに星ちゃん、そして……お兄さんだけなのですよ」

「風…」

「桂花ちゃんは実に、四人目の栄誉なのですよ♪」

「そ、そうなの…」

 

(ニャー!ニャア~!)

 

「おぁっ!噂をすればっ」

「…してないけどね」

 

私の突っ込みを受け流し、風は現れた猫たちの方へ

すると風はあっと言う間に、十匹ほどの猫に囲まれた。

私と桂花は、少し離れたところで、それを見ていた。

 

「へぇー、ずいぶんと風に懐いているのね」

「えぇ、この場所を見つけてからというもの、暇を見ては餌付けしているみたいだから」

「ふ~ん……なるほどね」

「まぁ……名前に少し、問題が…」

「名前?」

 

 

(ニ゛ャア゛)

「おぉ~、春蘭。お前は相変わらずデブですねぇ~」

 

 

「あはははっ!!あのデブ猫、春蘭ですって!!聞いた稟?あぁ~、おかしい!」

「そ、そう……」

 

笑っていられるのも、いつまでやら……

 

「こら桂花!それは季衣のですよ?意地汚い雌猫のように、横取りするんじゃありません」

「って、ちょっと風!!桂花って何よ!!?」

「……やれやれ」

 

 

 

 

 

笑いから一瞬で怒り出し、抗議のためズカズカと風に近付く桂花。

そんな桂花は全く意に介さず、猫と戯れる風。

そしてそんな二人を見て、呆れ半分で嘆息する稟。

 

路地の少し奥まったところで、あの頃のような穏やかな時間が、流れるのだった。

 

 

…………

……

 

 

「おぉ~、これは一刀ではないですか」

 

風たちの側に、どこからともなく真っ白い猫が現れた。

 

「か、かずと~?」

「そですよー。この何とも言えない雌猫たらしのところなんか、いかにもお兄さんって感じがしませんか?」

 

見れば確かに、一刀と呼ばれた猫は、その場にいた猫全てに囲まれている。

…全て雌猫だったのだろうか?

 

「というか、由来は白い所じゃなかったのね」

 

稟が軽く突っ込みを入れる。

 

「ほ~れ一刀~、ちっちっち~」

 

舌を鳴らしながら、指先をちょいちょいと動かし、一刀の興味を惹こうとする風。

しかし、一刀はそれに興味を示さず、多くの猫を引き連れ、路地の裏へと姿を消していった。

またしても、動きを止める風。

そんな風に、言葉をかけることの出来ない稟と桂花。

 

先程とは打って変わって、場を沈黙が支配する……

 

 

 

痺れを切らしたのは、桂花だった

 

 

 

「………ふ、風」

「――帰ってきますよ」

「えっ?」

「知ってますか?猫は気まぐれなんですよ?」

 

 

そう……あの人は、猫

 

 

「だから勝手に現れては、勝手にどこかに行ったりするんです」

「風……」

「でも、お兄さんは絶対に帰ってきますよ。だって……」

 

 

そう……あの人は、太陽

 

 

「沈まない太陽がないように、日はまた昇るのです。沈んだままの太陽なんか、ないのです。

 だからお兄さんは、絶対に……必ず帰ってきます。

 風が『風らしく』していれば…胸を張ってお兄さんに会える、風でいられたら…」

「……あいつが帰ってくる保証なんか、ないわ。それでもあなたは、待つことが出来るの?」

「そんなの、当たり前じゃないですか。私は待ちますよ、いつまでも

 例え風がおばあちゃんになっても、私はお兄さんを待ち続けます」

「どうして……どうして、そこまで言えるの?」

「どうして、ですか?……だって」

 

 

 

 

 

だってあの人は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さんは……風の、大切な人だから」

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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