「というわけでこちらが煮る、焼く、蒸す、の調理をこなし、古今東西そのへんの魚の刺身から幻獣の調理まで一万以上のレシピをインストールしてきた僕の自慢の弟です」
「あなたバトルの意味わかってます?」
「手段を問わず勝利をもぎ取る蛮族の行い」
「この学園においては大体合っているのが腹立ちますね……」
店休日のモストロラウンジのキッチンの中、眼鏡のブリッジをくい、と上げて、アズールはギチギチと歯ぎしりをした。目があったというだけで魔法を使用した喧嘩が行われるこの学園内では、おおよそ間違っていないと言っていい回答だ。ナイトレイブンカレッジと書いて修羅の国と読む。学園初日にまず叩き込まれるのは、自身のクラスでも出席番号でも校則でもなく、相手の効率的な叩きのめし方である。
アズールは、イデアの傍らでにこにこと行儀よく浮遊する“弟”を見て、ため息をぐっとこらえた。ここでそんな振る舞いをすれば、あの無邪気な笑顔は途端に申し訳なさそうな表情にとって代わってしまうだろう。実際の年齢など知る由もないが、少なくとも自分より見目の幼い相手を落胆させたくはなかった。
「そもそも僕と料理対決をしようというのが無謀なのでは? よくもまあ売り言葉に買い言葉でぽんぽん決まるものだと思いましたよ」
「それはもう拙者もめちゃくちゃ自問自答したから。部室から帰って実際料理の一つや二つできたかな、て考えていいっこも浮かばんオタクの気持ち考えたことある?」
「料理なんか錬金術や魔法薬学と大差ないんですから練習すればできますよ」
「錬金術は科学に通じるし魔法薬学は有益かつ個性的な発見があるけど料理でできるのは料理じゃん」
「魔法薬学でできるのは魔法薬だし料理だって時に有益かつ個性的な発見がありますよ」
「魔法薬、時々謎の個体できるから」
「それは失敗では? あと食事を嫌っているからって料理そのものまで腐すのはやめていただきたいものですね」
「そうだよ兄さん、アズール・アーシェングロットさんの持ってきてくれるご飯は結構おいしいって、兄さんだって言ってたじゃない」
「ピョ」
奇妙な音をたてて動かなくなった兄を、にこやかに弟が見つめている。これではどちらが機械仕掛けなのか、わかったものではない。アズールはといえば、思わぬところで褒められていたのを知ったからか、口元がにんまりと緩むのを止められないでいる。
「もうちょっと素直に褒めてくださってもいいんですよ」
「いやその」
「兄さん、エネルギーの経口補給は馬鹿らしいっていつも言ってるから、ちょっと恥ずかしかったんだよね?」
「オルトお願いちょっとだけ黙ってて」
「ふふふ」
「オルトさんもっと言ってください」
「モストロラウンジのごはんって美味しいんだなあ、あんな陽キャのたまり場じゃなきゃ一回くらいいってもいいかもなあって」
「オルト⁈」
唐突な裏切りに目を向いたイデアが、アズールとオルトの顔を順々に見つめる。餌を求める金魚のごとく口をぱくぱくと動かしているのは、言葉が出ないからだ。
「あなたから出てくる誉め言葉の最上級じゃないですか」
「もうやめて……」
「ちなみに部屋に持っていっている料理はあなた用に作っているのでラウンジでは出してません」
「わあああ助けてオルト」
「よかったねえ」
「うん!」
やけくそで頷いたイデアがそのままシンクに突っ伏する。ふふんと鼻を鳴らしたアズールが胸を張り、そしてこの料理対決の始まりを思い出して首をひねった。
そもそもは、ゲーム中の煽り合いが発端だったのだ。食事というものを馬鹿にしたような発言を繰り返すイデアに、アズールが噛みついた。そこから何をどうしたのか、料理対決というところに着地してしまった。
アズールは食事というものに並々ならぬ思い入れがある。それは家業がリストランテだということもあるし、まだそう長くもない人生の半分くらいは食事に振り回されてきたから、ということもある。好きなものを好きなだけ食べられるのは幸せなことだが、生き物はすべからく太るのだ。それを一因として虐げられてきた過去のある者としては、食事を侮ることはできない。
イデアと相いれない部分があるのは理解も納得もしている。そもそも別の生き物であるうえ、イデアはまごうことなき天才だ。こちらがひとつずつ丁寧に努力を重ねている間に、あっという間に届かぬところに思考を持っていってしまう。天才は思考が点から点へ飛ぶというが、その到達点が予想もつかないところにある。
「で、どうします。対決します?」
「対決する空気でもないなとは思いつつ一回吹っ掛けた戦いを撤回するのはどうなんだという気持ちもありつつ」
「NRC生ですねえ」
「じゃあどっちも作ったやつをオレが食べるのでどお?」
「キャーッ!」
唐突に割り込んだ芯のない声に、いよいよイデアは息も絶え絶えだ。にゅるりと滑り込んだ長身が、機嫌よさげににこにこと笑っている。
「おやフロイド」
「来ちゃった」
「こんにちは! フロイド・リーチさん」
「こんにちはあ」
和やかに挨拶を交わすオルトとフロイドから目を離さず、イデアはそっとキッチンの端に移動した。猛獣から視線を外すことほど恐ろしいことはない。じりじりと後退り、部屋の角に腰を下ろしたところで、左右色違いの瞳がぐりん、とこっちを向いた。
「んひぃ」
「ホタルイカ先輩料理しねえの?」
「……オルトが」
「でもそれってクリオネちゃんとアズールの対決にならね? だってクリオネちゃんはクリオネちゃんで、ホタルイカ先輩はホタルイカ先輩じゃん」
「せ、正論パンチ……!」
この学園のおおよその生徒からすれば、オルトとイデアは別人格だ。道具ではない。当然イデアもそう認識している。オルトは兄に手を貸すのをためらうことは無いが、それでも傍から見ればイデアとアズールの戦いというより、オルトとアズールの戦いだ。
「でも兄さん料理できるよね?」
「え?」
「できないが?」
「えっ」
黄色に輝く丸い瞳が、きょとりと見開かれる。イデアは慌てて自身の記憶を掘り下げるが、料理と言えば冷凍食品をレンジにかけるか、インスタント食品にお湯を注ぐかをした覚えしかない。
「あれ、昔に作ってくれたリゾットって、兄さんの作ったのじゃないの?」
「昔……?あ、あー……あれか……あれ……」
オルトが口にしたことがある、ということは、相当に昔だ。彼の今の体には食事をする機構が存在していない。エネルギーは経口補給ではなく、充電という形で摂取されている。
「あれ、とは」
「いやなんていうか当時は拙者も子供だったのでオルトのためになにかしたかったというか、でもスープはストックのあったやつだし、お米も生からじゃないしもう調理済みだった奴だし」
「話なが」
「ひええ」
「僕は今、イデアさんがリゾットが本来生米から作るものだということを知っていることに驚いてます」
「調理工程見るのは好きで……」
「本当にどうして食事が嫌いなんですか?」
イデアからすれば、調理工程は実験のようで楽しいのだが、それを口に入れるのはまた別なのだ。食材から旨味を引き出すための工程を学び、実践するのは知的好奇心をそそられるが、食事はただ労力を使うだけだ。ただし、その話をすると再び戦いが始まってしまうのでそっと口を噤んだ。
「じゃあ三人で作ってぇ、で、オレが食べると」
「なんで?」
「審査員必要でしょ?」
「お前気分で審査変えそうで嫌なんですよね」
「じゃあオレも作る」
「もうごっちゃごちゃよ」
がたんがたんと音を立てて調理器具を取り出すフロイドを、アズールが窘める。米炊いてる? という声からするに、イデアがリゾットもどきを作るのは確定らしい。アズールは妙に上機嫌だし、そもそもやる気に満ち溢れていたしで手の込んだものを作ってくるのは確定だし、フロイドも機嫌のよい日らしい。彼の調子のよい時に作る食事には誰もかなわない、という話は聞いていたから今日は大分期待できそうだ。
「ほらイデアさん、早くやりますよ」
「拙者すみっコぐらしなので……」
「なに言ってるんですか、ほら」
イデアの目の前に、白い手が差し出される。手荒れ一つない、美しい手だ。白魚の、という例えはこういう時に使うのだろうなと思いながら、イデアは渋々その手を取った。まあたまには、数年越しにレンジやポット以外を使って食事を作るのも悪くはないかもしれない。
「そういえばオルトさん、そのままだと機械の隙間に食材が入ってしまいそうですが、どうやって料理をするんです?」
「まず口から食材を取り込みます」
「イデアさん、ちょっと」
「はい」
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※2022/01/08にPixivへ投稿した作品をTINAMIへ移行したものです
売り言葉に買い言葉で料理対決をすることになった二人の話。
・フロ+オルの友情出演あり