No.108704

ナンバーズ No.01 -ウーノ- 「寵愛への恩義」

リリカルなのはのナンバーズが主役の小説の1編目です。
長女のウーノお姉様が誕生し、博士からあるミッションを受けます。

2009-11-24 13:54:53 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1382   閲覧ユーザー数:1310

 私が、生まれた時、そこにはすでに博士の意志があった。

 

 私は無から誕生したのではない、博士の意志が、また新たなる形となって共に誕生したのだ。

 

 人間の子供は、成長し、言葉を覚え、習慣を覚えるだけでも数年の時間をかける。だが、私にはそれが必要ない。

 

 私は生まれた時、博士の意志によれば、生体ポッドの中から解放された時にだが、すでに人間の大人が有している習慣や、言葉まで全てを理解し、使いこなすことができた。

 

 何故、自分が生まれさせられたかと言う事も知っていたし、生みの親である博士の事も全て知っていた。

 

 生体ポッドの蓋が開き、私は中に入っていた培養液の中から解放される。もう私には培養液は必要ない、自分で立ち上がる事もできるし、自立して行動する事もできる。

 

 私が目を開いた時、目の前には博士が立っていた。

 

「おはよう。目覚めた気分はどうかな?」

 

 博士が言ってくる。私は顔を上げた。

 

「良好です」

 

 私はそのように答えた。

 

 普通の人間ならば、不思議に思うのかもしれない。だが、私はすでに、自分がどのような声を発するのかも知っていたし、自分がどのような姿をしているのかも知っていた。

 

 私は生まれながらにして、すでに大人の女性の姿をしており、肉体的にも精神的にも成熟している。博士の意志が、生まれる前からすでに私に教えてくれていたのだ。

 

「君が、一号機だ。ふむ…、悪くない。悪くないぞ…。実に完璧だ」

 

 博士が生体ポッドの中から立ち上がった私を見て言ってくる。何故、博士が私を見て完璧と言うのか、それも私は既に知っていた。

 

「そうだな、君の名は、ウーノ。そう呼ぼう。ウーノだ」

 

 博士が発してきたその言葉は、私の入っていたポッドの下部に取り付けられたパネルに書いてあった番号だ。

 

 数字で呼ばれる。それは普通の人間ならば不快に感じる事であろう。しかしながら、私はそれを受け入れた。

 

「はい」

 

 私は頷いた。博士が今決定した意志は、私の頭の中にすでに入っている意志には無いものだ。改めて自分に付けられた名前を認識する。

 

「さあウーノ。早速だが、支度をしたまえ。君に手伝ってもらいたい仕事が山ほどあるんだ」

 

 博士はそう言って私を促してきた。

 

「はい。直ちに」

 

 私は、そのように答えた。

 

 

 私は誕生した直後から、博士の研究施設での仕事を手伝った。

 

 私が誕生させられた目的は、人造生命体の一号機としてだけではなく、博士の研究を手伝うと言う目的もあった。

 

 そして博士は、私だけを誕生させたいのではない。

 

 私には、すでに妹達がいる。その者達も時期が来れば目覚めるときがやってくるだろう。姉妹達にはそれぞれの役割があり、それぞれの役割を果たす。

 

 その中でも私は、最も博士の側におり、博士の身近な世話までをする役割があった。

 

 その為には、博士に全てを捧げるつもりでいるし、それに対して否定をする事も絶対に無い。

 

 誕生してから間もなく、私は博士の身の回りの世話を全てするようになった。

 

 最も多かった事が、研究の手伝い、データ処理などであった。博士は、その天才的な頭脳で次々と新たな発見をする。私はその発見を見やすく、探し出しやすいように整理する。

 

 そして、そのような研究の手伝いをするだけが私の全てでは無かった。

 

 私は博士に料理を振る舞う事もあったし、散髪をしてあげる事もあった。

 

 それらの博士の私的な物事に関しては、すでに私の中にデータとして入力してあり、私はそれを機械的にこなすだけではあったのだが。

 

 そう、機械的にこなすだけ。それだけが私の役割、そして生まれさせられた目的。

 

 そのように思っていた。

 

 だが、私はある時から、博士に対して奇妙な感情を抱くようになっていた。

 

 それは、どこからともなく、ふつふつと湧いてきたものであり、私も気が付かない内に、その感情を感じるようになっていた。

 

 博士は、自分が生みの親である事。そして私が、博士の身の回りの世話をするという下の立場であるにもかかわらず、私を邪険に扱う事は無かった。

 

 私は、すでに頭の中に入っているデータ通りに物事をこなせば良いので、滅多な事ではミスをしない。

 

 しかしある程度は、人間らしさを持っているため、ミスをする事も無くは無い。

 

 だが、私がミスをした時も、博士は私を罵ったり、罵倒するような事も無かった。

 

 もし、完璧な秘書係を持ちたいのならば、博士はロボットを製作し、それに手伝わせれば良いだけだ。だが博士は、あえて人間らしさを持つ私を誕生させた。

 

 博士が何故、あえて私を誕生させたのか。それは日常の雑務や秘書をこなす以上の、何か、目的があるような気がしてならなかった。

 

 

 

 私が、生体ポッドから誕生して半年ほどした頃、私がお茶を淹れて博士の研究室に入った時、私は初めてそれを見た。

 

 それ、は私もすでに生まれる前から頭の中にデータとして、記憶のようにあったため、知っていた事ではあったが、目の当たりにするのは初めてだった。

 

 私は普段、滅多な事では表情を変えることが無いが、その時は少し目を見開いた。博士はそれに気が付いたようだった。

 

「驚かせて、しまったかな?」

 

 そう言って、博士は自分の左腕を動かして見せた。

 

 博士の左腕の皮膚は剥がされており、筋肉や骨格がむき出しになっていた。骨格は金属でできており、血に濡れた金属の輝きが見える。

 

 博士の筋肉も一部、筋繊維が強化されたもの。それを私は知っている。

 

 何故なら、私も、博士と同じように、作られた存在であるからだ。

 

 私の体の皮下にも、強化された骨格や筋繊維が隠れている。外見上はただの人間と変わる事は無いが、私も博士も、作られた存在である。

 

「時々、メンテナンスをしなければ、調子が悪くなってしまう事があってね。私は君達とは違って、少し旧型なのだ。だから、少し手間取るし、私にしか分からない事も多い」

 

 博士は左腕の動きを確かめるように動かす。かすかに、腕を動かす時の機械音が聞こえてくる。

 

「こちらに、置いておきます」

 

 私は博士の左腕をちらちらと見ながら、お茶の入ったトレイを博士の机の脇に置いた。

 

「君に、これを見せるのは初めてだったな」

 

 と、博士は左腕の骨格となっている機械部分を私に見せてきた。

 

「はい、初めて目にします」

 

 私は、それには驚かない。普通の人間がこれを何も知らずに見たら驚くだろう。だが、私はすでに博士も、作られた存在であると言う事を知っている。

 

「人の手によって作られた者が、更に作られた者を作る。何とも皮肉な話ではないかと思わないかね?」

 

 博士は私に向かってそう言って来た。どう答えたらよいのか分からない。

 

 普通の人間は、子を産み、子孫を増やしていく。だが、私は博士から誕生させられた。

 

 特別な存在だという事は分かっている。しかし、私の中にふつふつと湧いてきている感情。半年近くも博士と生活をしていると感じてくる感情。これは何なのだろう?

 

「まあ、私の考え方が、世に認められれば、このような事など当たり前になる。あらゆる生命は、作られるものになるのさ。特別なものなどない。私が目指しているものはそれだ」

 

 博士は自信ありげにそのように言った。

 

 その博士の目的は、私も良く知っている。私はそのために目覚めさせられ、活動をしているのだ。

 

 その崇高な目的がある故に、私はここにいる。

 

「そこでだ。私の研究の発展の為に、ある物が必要になった」

 

 博士は唐突にそのように言って来た。

 

「ある物…、ですか?」

 

「ああ…。できれば早く手に入れたくてね。君は、本来、どこかに侵入して物を取ってくるような任務には向いていないが、君でも十分にできる」

 

 そこまで言うと博士は、皮膚を剥がしていない方の右腕で操作パネルを操作し、私の目の前に、光学画面の映像を表示させた。

 

「本来、君の妹達にやらせるべき事なのだが、予想以上に早く、その物が必要になった」

 

 映像として映し出されている対象物を、私はじっと見つめ、脳の中に焼きつける。この対象物。それは博士が欲しているもの。

 

 その対象物を博士が欲しているのならば、私はそれを何としてでも手に入れよう。

 

 例え、その任務が私にとって不向きであっても、博士の為ならば。

 

「それは、とある企業ビルの中で、厳重に管理されている。入りこむのは一筋縄ではいかないが、君なら何とかなる」

 

 博士はそのように私に言って、私を励ましてくれた。

 

 博士の励ましは、私の気を一層、引き締めさせる。

 

 博士は私を道具として使う事もできるのに、私に対してそのような事はしない。まるで大切なものであるかのようにこの私を扱ってくれる。

 

 それが私に、作られた者がただ持っている意識の、更に外側の意識へと跳躍させようとしていた。

 

 私は、博士の指示通りに都市部の企業ビルへとやって来ていた。

 

 博士は、人の目に触れてはならない研究を日々行っている為、人里離れた山奥に研究室を構えている。

 

 都市部との距離は相当に離れている。

 

 私は100キロ以上離れた都市部に潜入し、博士の与えた任務をこなすのだ。

 

 私は普段から、博士の秘書としての姿をしていたが、その姿では博士の与えてきた任務をこなすのには不適切だった。

 

 だから私は、本来は妹達が身に付ける予定だった戦闘用スーツに身を包み、目的地までやってきていた。

 

 私が、博士の秘書的な任務を担っている以上、その戦闘用スーツを身につけるような事はまず無いが、今回のような予定外の任務の時の為に、博士が用意をしておいてくれたのだ。

 

 私はそのスーツを用意しておいてくれ、任務の為に準備を整えてくれた博士に感謝の意を感じていた。本来ならもっと、感謝の表情ができれば良いのだろうけれども、私の脳には、そのような表情の仕方がインプットされていない。

 

 できれば博士に人が、純粋な心でするような感謝の表情を示したい。そう思っていた。

 

 私の体は、この任務の為にアップロードをされた。

 

 厳重な警備システムによって守られたビルに侵入するには、普通の人間が持っている身体能力では不十分だったためだ。

 

 私の体は、博士の研究を手伝い、日ごろのお世話をするには適したものであったが、特別なものは無かった。

 

 そのため、私はアップロードを行い、博士によって肉体を強化された。

 

 今、私は、自分の体を企業ビルの、鏡のようなガラス面を上へ上へと登らせている。

 

 さながら蜘蛛のような姿となり、私は体を登らせて行く。

 

 私の戦闘スーツの指先部分には、吸盤が付いており、それをタコの足のようにビルの窓ガラスへと貼り付けさせ、壁面をよじ登る。

 

 正面玄関からビルの中へと入り込む事はできない。今は真夜中。厳重な警戒システムによってビルは守られているし、例え日中であったとしても、対象物に近づくだけで、何度も検問を潜らなければならない。

 

 私が今よじ登っているビルのガラス窓でさえ、目標物までは果てしない高さを持っている。

 

 だが、私にはその道を、何無く潜り抜けるだけの機能があった。

 

 骨格は基礎フレームから、私の体をよじ登らせるに十分のものがあり、筋繊維も並みの人間より遥かに強化されていて、必要な力を温存する。

 

 私が登ってきた高さから地上を見下ろせば、恐ろしいまでの高さがある。

 

 計算によれば、おおよそ100メートルの高さを登って来た事になるが、それでもまだ、目標物までは半分の距離だ。

 

 ただの人間が吸盤を使うだけで、この高さを登っていく事は出来ない。博士によって作られた私だからこそできるのだ。

 

 やがて私はビルのガラス窓を、ある高さまで登った。

 

 持ってきたポータブル端末を使って、その高さを調べる。間違いない。この高さに目標物が保管されているフロアがある。

 

 私は腰のベルトに吊るしてあった、レーザー照射機を取り出した。それを使うと、ナイフのようにガラスを切る事ができる。例え、強化ガラスであっても問題無い。ガラスはいともたやすく、私が潜り抜ける事ができるくらいに開ける事ができた。

 

 ビルの中は静まり返っていた。私が侵入したのは、オフィスの一つであり、そこは日ごろならば社員達が働いている場所だ。今日は残業も無いようである。

 

 私はオフィスの中を歩いて行く。本来ならば、私のように動く物があれば、センサーが感知をし、警報が鳴り響くはずだ。だが、それも博士が外部からの警備システムの干渉によってセンサーの電源を切ってあるため起こらない。

 

 私は安心して、しかし素早く行動を終えようとした。

 

 目標物は、廊下の突き当たりの部屋に、幾つものレーザーセンサーに守られて存在していた。

 

 殺風景な部屋で、銀色の天井も壁も境目が無いかのような部屋に、その目標物は金属製の金庫に入れられて存在している。

 

 赤い柵が、私の前に立ち塞がっていた。

 

 そこを通過しようとすれば、警報が鳴り響く。厳重な警備システムの中にそれがあった。しかも、目標物は金庫の中に入れられているのだ。

 

 しかし、問題は無かった。

 

 私はスーツのベルトに付けられているアダプターのスイッチをオンにする。すると、私の体には何も外見上の変化は起こらなかったが、ある事が起こっていた。

 

 私はレーザーの中に手を入れる。しかし、警報は鳴らない。レーザーは、何事も無かったかのようにこの私の体の表面を通過していき、私は水の中に入るかのようにレーザーの柵を通過した。

 

 そして、金庫に手をかける。暗証番号は博士が解読済みだ。

 

 私は素早く指を動かし、10桁の暗証番号を入力すると、金庫の口を開き、そこから一枚のカードを抜き取った。

 

 これが、博士が手に入れたがっていた物だ。私は改めて確認をする。

 

 間違いない。携帯端末で博士が寄こした画像と照合して、偽物で無い事もしっかりと確認を取る。

 

 目的達成だ。後は、ここから外に出れば良い。そう私は思った。

 

 これで博士に褒めて頂ける。博士の目標にまた、一歩近づく事ができる。

 

 私は背後を振り向いた時、カードが保管されていた部屋に、誰かが入ってきている事を知った。

 

 馬鹿な。私は博士によって、視覚、聴覚、気配を感じる力さえも強化されている。誰かが近づいて来ていれば、すぐに気が付いたはずだ。

 

 なのに、そいつは私に目を向け、じっと部屋の入り口に入ってきていた。このビルの警備員かと私はとっさに警戒する。

 

「私達以外にも、それを集めている奴らがいるとはな」

 

 いや、警備員じゃあない。警備員の服装をしてもいない。黒いスーツを着ている女だった。しかも若く、この私の外見年齢と同じくらいの女だ。

 

 私は、カードを女から見えない背中側に持っていき、その女と対峙した。

 

 女は、レーザーの柵のこっち側には来ていない。つまり、女と私の間には、レーザーの柵が立ち塞がっている。

 

「あんたは、それを使って、何をしようとしている?」

 

 女はゆっくりと私の方へと近づいてきた。警備員じゃないのなら何者だ。このビルの関係者でもなさそうだ。

 

 もしかしたら、このカードを、博士と同じように狙っている者なのか。

 

 私は物言わず、じっと女の顔を見つめた。始めて見る顔だ。金髪で、青い瞳。鋭い目付きをしているが、どこかその表情には余裕がある。

 

 表情の無い私とは対照的だった。

 

 この女の顔が私の記憶の中に無いか、走査してみる。だが、私の知っている顔、博士の知っている顔のどれとも一致しない。つまり、博士も会った事が無い人物と言う事だ。

 

 女は、私に向かって片手で銃を抜き放ち、銃口を向けてきた。

 

 大型の銃だ。被弾すれば、強化された私の体でさえ致命傷になる。だが、そんな大型の銃を片手で撃とうならば、女の方も、後ろに倒れるくらいの衝撃があるだろう。

 

 それに、間にはレーザーの柵がある。銃を撃とうならば、その銃弾がレーザーの柵を一瞬ではあるが遮断し、警報機が鳴る。

 

「そのカードを私に寄こすんだな。渡せば、何もしない。どうせ、あんたの事なんか、知らないんだからね」

 

 女は言って来たが、私はカードを渡すつもりなど無かった。

 

 博士の為だ。その為だったら、命だって捨てられる。

 

 私と女は数秒対峙した。

 

「やれやれ仕方ないな」

 

 女はそう言うなり発砲してきた。銃声が狭い保管室の中に幾度も反復して、破裂したかのような音を出す。

 

 私は素早く銃弾をかわした。私の強化された肉体なら、銃弾をぎりぎり交わす事ができる。しかしその時、痛みを感じた。カードを握っている方の腕だ。

 

 カードが床を転がった。私はそれに手を伸ばそうとしたが、女の方が速かった。女は床に転がったカードを私より早く奪い取ってしまう。

 

 そして、再び私に向かって銃を向けてきた。銃口からはうっすらと煙が上っている。

 

 私達は、レーザーの柵を通過してしまった。

 

 警報のアラームが鳴りだした。青白い光を落していた保管室の照明は、赤い警告ランプになり、私達を赤い色に染める。

 

 そして激しい音と共にブザー音が鳴り始めた。警報だ。異常の警報が5階下にある、警備室に行く。

 

 私は元々、この警報を一切鳴らさず、脱出する事を目的としていた。それこそが任務の最大重要点なのだと。

 

 だが、博士はこうも言って来た。不確定要素はどんな物事にも必ずある。私が幾ら完璧な存在であったとしても、不確定要素には逆らえない。不確定な出来事は万物を支配している要素の一つであり、避けようの無いものだと。

 

 私の不確定要素は、今、この目の前にいる女だ。

 

 女は警報が鳴っても気にしていないのか、カードを持ったまま私と対峙している。

 

 このまま保管室から逃がすわけにはいかない。例え私が負傷していたとしても同じ事だ。

 

 私は素早く戦闘スーツの腰に吊るしてあった、一つのスティックを取り出した。それは、私が握りやすいようにできているスティックで、素早く抜きとれるようになっている。

 

 私は、スティックのスイッチを押し、女に向けて振るった。すると、そこからは赤いラインが出現し、蛇行しながら女を狙う。特にカードを持っている腕の方だ。

 

 赤いラインは、今もこの部屋を遮断しているレーザーにも似たものだが、照射量は私の持つ物の方が上だ。

 

 これは武器であり、鞭のように動くレーザーは、どんな物であろうと一瞬の内に焼き切る。鋭利な刃物で切断されたように。

 

 女は、私のレーザーの鞭に素早く反応した。すかさずカードを背後に隠し庇う。だがその代わり、逆の腕に持っていた大型の銃の方を捕らえた。

 

 金属の銃であろうとあっという間に焼き切り、銃身がちょうど半分くらいのところで切断され、音を立てて地面に転がる。

 

 私は間髪いれず、女の方に間合いを詰め、鞭を振るった。

 

 だが、女は素早い身のこなしで私の鞭をかわした。その動きは、人間よりも強化された肉体を持つ私にさえ匹敵する。そう分析した。

 

 女は、まんまとカードを持ったまま、保管室から飛び出す。

 

「あんたが何者かは知らないけれども、とりあえずはごきげんよう。また出会えるといいね」

 

 私はそんな捨て台詞を残した女を追跡しようとした。だが、物音が聞こえてくる。物音が聞こえてきたのは下の階の方だ。

 

 携帯端末をチェックし、このビルの警備員の配置図をチェックすると、案の定、警備員達が大挙を成して迫ってきているではないか。

 

 カードは得体の知れない女に奪われてしまった。更に、警備員に私は追い詰められている。

 

 このような事態も予期していなかったわけではないが、今は、脱出するしかない。

 

 そう、博士の為にも、今は任務よりもここから脱出する事を優先しなければ。

 

 博士には、この私が必要なのだ。

 

 私は、素早くそのビルから脱出した。

 

 

「フゥーム…。この女はどこにも指名手配されていない。どこの組織にも属している記録はなく、逮捕記録、更には運転免許証もない。この世には存在しない事になっている人間…か」

 

 博士は私にそのように言って来た。私が持ち帰る事ができたのは、その女の情報だけだ。カードを持ちかえる事はできなかった。それこそが、私の本来の目的であったのに。

 

 博士の役に立てなかった。

 

 博士は、果たしてそんな私の事をどのように思っているのだろうか。さっきから、私が持ち帰った視覚情報を、データベースと照合しているだけだ。

 

 視覚情報は、私の頭の中から取り出す事ができるようになっている。任務中、私が戦闘スーツと共に頭に付けていたヘッドパーツは、端末の一種になっており、そこから記憶情報を取り出す事ができる。視覚は映像となり、聴覚は音声となり、その他のデータも数値化して取り出す事ができるし、永久に保管する事もできる。

 

 私が持ち帰った視覚データ、聴覚データを画面に表示し、見つめる博士の表情は、好奇に満ちあふれている。私がカードを持ちかえることができなかったという事に対する怒りは感じられない。

 

 彼が見せているのは、好奇の目だった。私が入手する事ができなかったカードに対してではなく、私と遭遇した、あの女に対して好奇の目を向けている。

 

 見知らぬ第3者の介入は、博士に好奇を持たせたようだった。

 

 博士は好奇の表情を浮かべる時が、最も生き生きとしている。彼は好奇を得るだけで、まるで満たされたかのような表情になるのだ。

 

 私も博士と同じように、その表情を見ていると、満たされた気持ちになる。

 

「この女については、要マークだな…」

 

 博士は最後にそれだけ言うと、開いていた画面のウィンドウを閉じた。そして、私の方へと目を向けてくる。

 

「それよりも、君の手当てをしてあげなければならん。例え、私達のような肉体であっても、放っておけば傷は悪化してしまう」

 

 博士はそのように言って、私を気遣って来た。私はあの女が撃って来た銃弾によって損傷した左腕をそのままにしていた。出血は止まっていない。だが、私自身、痛み対しての耐性が備わっていたため、耐えられないほどの痛みでは無い。

 

「いえ、このくらいは私が一人で処置できます」

 

 私はそのように答えた。銃弾が掠った程度の傷。自分で処置する方法は知っている。何しろ、私は博士の身の回りの世話をするために誕生したのだ。傷の処置方法ぐらいは心得ている。

 

「まあ、そう言わずにな。働いてくれた礼だ」

 

 と、博士は言うなり、医療キットを取り出した。

 

 

 

 私の左腕を掠った銃弾の傷を、博士はゆっくりと丁寧に縫合していった。その手つきは慣れたものだ。博士は生体実験をかなりしているから、傷の縫合などはお手の物なのだ。

 

「君は、あの女の存在をどう思う?」

 

 博士は、私の腕の傷を縫合しながらそう尋ねてきた。私にはその声が、何かの誘いであるかのように感じられた。

 

「博士にとって障害になる敵ならば、排除しなければなりません」

 

 私はそう答えた。感情を篭める事も無い。あの女が私を傷つけた事に対して、多少の恨みを感じる人間も多いだろう。だが私にはそれは無い。

 

 撃たれた事により、あの女に対して恨みを抱く。そのような感情が無かった。

 

「いいや、違う。君、個人として、あの女をどう思う?」

 

 博士はそう言いつつも、私の傷の処置をどんどん進めていた。

 

 私は考えた。はて博士の尋ねて来ている言葉に、どう答えたら良いのだろう?自分個人として?私は、博士のためだけに生きる存在だと思っている。そこには、私個人としての感情が挟まる事は無い。

 

 私個人としての感情を挟めようと思っても、それ自体が作られていないのだから、どう答えたら良いか分からない。

 

「分かりません。ただ、あの女の身体能力は私を上回っていました。ですが見た所、ただの人間です」

 

 そのように私が答えた時、博士の糸を縫う手は止まり、鋏を取り出して、私の腕を縫った余分な糸の分は切断された。

 

「そうか…。では、私、個人の感想を言おう。君が持って帰った映像を見た所、あの女には表情から自信が感じられた。分かるかね?自信だよ」

 

 博士のその言葉に、私は自信というものについて頭の中に保存されている言葉の意味を探った。

 

 それは人間の感情の一つ。自分が絶対的優位に立ち、事象に対して勝利や支配を感じる感情。時としてその自信というものは、人に限界を超えた力さえも発揮させる。

 

「あの自信は、並大抵の人間に出せるものではない。何しろ、重警備のビルに侵入して、機密を盗み出すような時に出せるほどのものだからね。だが、あの女には自信があった。君からカードを確実に奪い取れると言う自信がね」

 

 博士はそう言うなり、ガーゼに消毒液を浸し、それを私の傷口へと当てた。染みわたるような痛みが伝わって来る。傷口の中へと消毒液が入り込んでくる。

 

「強敵になりそうだ。君の妹達は、もっと戦闘に特化させなければならないかもしれん」

 

 そう言った博士だったが、その表情には依然として不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「あと、そうだな。自信というものを、持たせることができるようにする必要があるかもな?」

 

 それは、どういう事なのだろう、この私に自信が足りなかったという事なのだろうか?私は、自信というものを持っていなかったが故に、あの女に負けたと、博士は言いたかったのだろうか?

 

「申し訳ありません」

 

 私は、博士に向かって思わずそのように答えていた。だが博士は、

 

「何故、君が謝る必要があるのだね?」

 

 と、不思議そうな表情で私を見て言った。私が何故そのような言葉を発したのか、まるで確かめるかのように顔を覗き込んでくる。

 

「私に、自信というもの足りなかったから、失態をしてしまったのだと、博士はおっしゃりたいのでしょう?」

 

 私はそのように答えた。私にしては珍しく、博士の顔を直視することができず、思わず顔を背けてしまった。

 

 博士に対して、恥ずかしいという感情が私の中に芽生えつつあったのだろう。

 

 だが博士は立ち上がり、私に向かっていつもながらの表情を見せて言った。

 

「自信。自信か…。それが、どのようなものか、教えて欲しいかね?やはり、君にもっと感情というプログラムをあげなければならないな。では、任務をしてくれた事の礼に、アップロードをしようかね?」

 

 アップロード。それが何を意味しているのか、私には良く分かっていた。

 

 

 

 アップロードとは、私の肉体を新しい段階へと持っていく行為だ。同期とも言い、私は博士と同じデータを共有することができるようになる。

 

 私と、これから博士が誕生させようとしている、私の妹達とは、コンピュータの端末同士、データを共有することができるように、大きなサーバを通じてデータを共有することができる。

 

 日ごろ、私達は人と全く同じ姿で活動しているから、日ごろの姿でデータを共有する事は出来ない。

 

 データを共有するためには、再び生体ポッドの中に入らなければならない。

 

 だが、同時に私の肉体の損傷も修復され、博士が手を加えれば、肉体や知性の強化をする事もできる。

 

 普通の人間には、この行為はできない。普通の人間はそれぞれ脳が独立しており、会話でしか意思相通ができない。だが私達は違った。人間達が理解することができない、更に上の段階で、個体同士が意思の相通ができる。

 

 とは言っても、実に機械的で、そこには超常現象的なものは無い。コンピュータの端末同士が同期するのとほぼ同じ理論だ。

 

 私の入った生体ポッドの中に再び液体が満たされていく。この液体の中に包まれるのは一体、何度目だろうか。少なくとも毎週アップロードをしているから、稼働半年となる私にとっては、20回以上になる。

 

 液体の中に包まれた私は、頭のパーツから高容量のデータも高速で伝達するファイバーで結合され、再びアップロードが行われる。

 

 私はまるで眠りに着くかのように薬液に満たされていれば良い。それは、私の腕に負った損傷をも治癒していき、更に向かい側の位置に設置されたポッドで、同じようにアップロードを行う、博士とも繋がる事ができる。

 

 自信というものを、博士は教えてくれると言った。それが今回のアップロードの、大きなポイントだ。

 

 博士が見せる自信に満ちた表情の意味。それが分かる。自信に関するデータは、音声や、表情の変化、そしてその時にどのような言葉を発するべきなのかと言った情報を、デジタル化したものだ。

 

 所詮、人の感情など、単純なパターンで電子化されるものでしかない。そうなのかもしれない。

 

 私も初めはそう思っていた。それらを備え、アップロードする事で次々と進歩を測ることができる私は完璧な存在なのだと。

 

 だが、今では私はそうは思わない。より複雑な感情がある。博士はそれを有している。デジタル化され、データ化することができるものかもしれないけれども、私は博士と一体になる事で、新たな次元を知りたかった。

 

 それを有する事で、博士に近づく事ができる。博士の崇高な目的に近づく事ができるのならば、むしろなおさらだった。

 

 私は、自らの頭から、ファイバーを流れていく情報に身をゆだねた。ファイバーを通じてサーバを経由し、そこから博士の情報を取り入れ、また、私自身の情報も博士と一体になって共有していく。

 

 それは電子的なものとしては感じられない。コンピュータが結合する事よりも、人が言うもっと精神的なものに感じられた。

 

 私は光となってファイバーの中を漂っていき、大きな湖のような場所に流れていく。そこは膨大なデジタルの情報の粒子が漂うサーバの中だ。

 

 私はそこに博士の光を見た。博士の光と出会い、私はそれと一体となった光となる。

 

 デジタルの渦の中で、博士と共に、その流れの中に身をゆだねた。

 

 私達の光は、デジタルの粒子の中を支配し、その全てを取り入れていく。

 


 
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