No.1085012

結城友奈は勇者である~冴えない大学生の話~番外編6

ネメシスさん

番外編だけど、これが冴えない大学生(社会人)の本当のラストエピソード。

2022-02-16 06:32:07 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:607   閲覧ユーザー数:607

番外編~開かれた世界~後編

 

 

 

「……」

 

三好と別れて大橋市から讃州市に戻ってきた俺は、駅前にある公園のベンチに座り、日が若干傾いてきた空をボーっと眺めていた。

本来なら家に帰るなり、もしくは新しい仕事探しのために動かなければならないのに。

今はどうにも何をするのも億劫で、駅を出た後すぐ目に付いたこの公園のベンチに座り込んでしまった。

それというのも、三好が俺に言った言葉が原因だ。

 

「……俺が大赦に、かぁ」

 

三好が言うには、今現在大赦は人手不足で信用できる人材を必要としているという。

その理由はまだ大赦ではない俺には明かせないが、もし大赦に入ったらその理由も、今まで一般人に隠していたことを話せる範囲で話してくれるとも言った。

それは確かに色々事情を知りたい身としては、とても旨味のある話ではある。

それに大赦に入れば今までよりも頻繁に三好や安芸先輩と会えるようにもなるし、なにより付添いをしてもらわなくてもいつでも銀ちゃんの墓参りにいけるようになるのもでかい。

この就職難でさいあく実家に帰ることになるかもしれない今、神樹様がいなくなったとはいえいまだに大赦の権力は大きく、そんな組織に入れるというのは間違いなく良い提案のはず。

それなのに俺は三好の話しに頷くことができず、答えを保留にさせてもらうことにした。

 

「……んあぁ~……あぅあぁ~……」

 

自分でもその理由がよくわからず、なんだかもやもやした気持ちになり、頭がぐちゃぐちゃして、わけのわからない声が延々と口から漏れ出てくる。

こんな俺を他人が見たら、きっと変な人を見る目で見て遠ざかっていくことだろう。

……なのに、そんな俺にも近づいてくる奇特な人はいるようだ。

 

「どーしたんですかー? そんなため息? 鳴き声? なんかよくわからないけど、面白い声だして」

 

「うぁ~?」

 

声の方を見ると、もこもことした暖かそうな白い服を着た園子ちゃんがそこにいた。

 

「……園子ちゃん? あれ、今日って平日だから、この時間はまだ学校なんじゃ?」

 

「今日は午後から臨時休校になったんよー。今もたまにあるんだー、こういうこと」

 

「あー、そっかぁ」

 

2ヶ月前は壁がなくなり、神樹様がいなくなったことで色々と生活に変化があるだろうからと、大赦からの要請で学校が臨時休校になり、会社も休業するところが多くあった。

うちの会社でもしばらくは自宅待機となっていたものだ。

 

「まぁ、実際2カ月もたったのに、まだ世間でも騒ぎが収まってないしなぁ。学校も休校になる時もあるか」

 

「それは仕方ないんよー。起こったことがことだから」

 

「それもそうだ」

 

のんびりとした笑顔を浮かべた園子ちゃんは、俺の隣に腰を下ろしてくる。

園子ちゃんとはメル友になり、何度か会って話をすることもあったからか、最初よりも大分砕けた態度で接してくれるようになった。

人によっては年上に向かって馴れ馴れしいとか、硬いことを言う人もいるかもしれない。

だけど銀ちゃんの時もそうだったけど、変に取り繕った丁寧な言葉を使われるよりも、こういった気安いやり取りができる方が、こちらに心を許してくれてるんだと思えて俺としては少し嬉しい。

 

「それで、桐生さんはどうしてあんな声出してたの?」

 

「……ま、まぁ、その、なんだ。色々と、俺も考えることがあってなぁ」

 

見ず知らずの他人にならどう見られても気にしないが、流石に知り合いにあの醜態を見られると、恥ずかしくて穴があったら埋まりたくなってしまう。

何と答えようか、そう考えていたら。

 

「……会社、辞めさせられたことで悩んでる?」

 

「あぁ、いや、それは関係なくて……え、ちょっと待って。な、なんで園子ちゃんがその事、知ってるんだ!?」

 

園子ちゃんからの驚きの発言で、目を見開き頬が引きつってしまう。

すると園子ちゃんは、少し申し訳なさそうにしながらも、小さく笑みを浮かべて理由を話してくれた。

 

「あれから色々あったから、身近な人たちが無事に生活できてるか大赦に調べてもらってたんだー。それで、桐生さんが会社を辞めさせられたって聞いて」

 

「……お、おぅふ」

 

思わず頭を抱えてしまう。

三好にしろ、園子ちゃんにしろ、周りから調べられ過ぎてないだろうか? 俺。

 

「あー、いや、それは関係ないんだ。それとは別件。仕事探しは継続中だけど、さいあく実家に戻れば家業を手伝えるしな」

 

「桐生さんの実家? ……それって、遠いの?」

 

「えっと、そうだなぁ。ここからだと、それなりに時間はかかるか? 一応県内ではあるけど、うちって結構田舎でさ。あんまりバスとか電車とか通ってないから、移動がちょいと面倒なんだよなぁ」

 

「……そっかぁ」

 

車を使えば1、2時間くらいでここまで来れるだろうけど、生憎俺は車は持っていないし。

しかし実家に帰るとなると、こっちに来る理由がなければあまり来ることも無くなってしまうだろうな。

買い物だって近くで済むし、実家の農場を手伝うとなると忙しくもなるだろうし。

 

「(となると、こうして園子ちゃんと会うことも無くなるのかなぁ。まぁ、田舎とはいえギリギリ電波は入るし、メル友として関係は続いていくとは思うけど)」

 

それでもこうして直接会って話ができなくなるのを考えると、少し寂しく感じる。

なんだかんだで園子ちゃんと一緒に過ごす時間は、銀ちゃんと一緒に過ごす時間と似た感覚を覚えて楽しく思っていたから。

 

「まぁ、実家に帰るのは最終手段だよ。まずはこっちで就職できないか探してからだな」

 

「……見つかるといいね、こっちでのお仕事」

 

「そうだなぁ」

 

「あ、でもさっきの様子だと、やっぱり厳しいの?」

 

「ん? あぁ、いや、さっきのあれは別に就活で悩んでたわけじゃないっていうか……いや、ある意味就活で悩んでたのか?」

 

首を傾げる。

大赦に入らないかと誘われたわけだから、もし俺が頷けば実際大赦に就職することになるわけで。

でも、それをどういうわけかあまり乗り気じゃないから、どうするか悩んでいた。

だから就活で悩んでいたという意味で間違いではないのか。

そう考えていたら、園子ちゃんが何か決心したような表情で俺を見てくる。

 

「……あのね、もしよかったらなんだけど。桐生さん……大赦で働いてみない?」

 

「……え?」

 

園子ちゃんの口から出てきた言葉は、まさかの俺が今現在悩んでいた理由そのものだった。

 

「実は大赦ではちょっとした理由で、今は人手が足りてないんだ~。それで、私も色々やりたいことあって、ちょっと大赦内で動いてる所なの。だから、もし桐生さんがよければなんだけど、私の手伝いをしてくれないかなぁ~って」

 

「園子ちゃんの手伝い? というか大赦内で動いてるって……園子ちゃんが勇者だったって話は聞いてたけど、大赦でも何か役職に就いてるのか?」

 

「えっと、実は私の家って、大赦の中でも格式の高い家柄なんだ。それに勇者として活躍もしてたから、大赦内でも結構発言力もあるし、少しは融通をきかせることもできるんよ~」

 

「……マジでかー」

 

三好に続き、園子ちゃんまで大赦内で偉い立ち位置にいるとか。

俺の周り、凄い人だらけじゃないか?

となると安芸先輩も、もしかしたら結構な地位にいる人なのではないかと考えてしまう。

いや、実際勇者の指導役とかやってたというし、やはりそれなりの地位にはいるのだろう。

本当に自分の周りの人達が、自分とは違う世界の住人ばかりに見えてきて、思わず乾いた笑いがこぼれてくる。

 

「あれ~? どーかしましたかー?」

 

「……ううん、何でもない。何でもないよ、うん」

 

不思議そうに首を傾げる園子ちゃんに、俺はただそう言ってごまかした。

しかしとりあえず三好にも誘われてるのもあるし……。

 

「えっと、その件に関してはまだ考え中なんだ。だから悪いけど、もう少し待ってほしいんだけど」

 

そう三好に言ったことと同じく、園子ちゃんにも伝えた。

 

「そっかぁ、それなら仕方ない……あれ? 考え中? 桐生さん、それってどういうこと?」

 

「え? あぁ、実は大赦に友達がいてさ。その友達にも、大赦で働かないかって誘われてるんだ。人手が足りてなくて、信用できる人間に手伝ってほしいって言われてな」

 

「ッ!」

 

それでさっきまでそのことで悩んでいたんだと、園子ちゃんに理由を説明した。

すると園子ちゃんは少しだけキッと鋭い目つきに変わった。

 

「……桐生さん。それ、誰なの? 桐生さんを誘った人って」

 

「え? あの、園子ちゃん?」

 

豹変、とでも言えばいいのだろうか。

いつものおっとりとしたやわらかい雰囲気が、今の園子ちゃんからは一切感じられなくて戸惑ってしまう。

 

「今、大赦の中では色々派閥争いとかあって、ごたごたしてるんだ。だから桐生さんが変な派閥に入られると、もしかしたら私と敵対することにもなりかねないから」

 

「え、敵対!? 大赦って、いったいどうなってるんだ!?」

 

「人がいれば、その数だけ考えが違ってくるからね。今、いろんな考えの人達が、今後どうしていくかって話し合ってるところなの。私も大赦内で色々動いてるって言ったでしょ? それ関係なんだよ」

 

「へ、へぇ、そうだったのか」

 

大赦も一枚岩ではない、ということか。

中学生なのにそんな大人の話し合いの世界に入り込んでるとは、園子ちゃんて何気に凄い子だな。

いや、勇者で格式の高い家柄という時点で、凄いというのはわかり切っていたけど。

 

「それで? その、桐生さんに声をかけた人ってなんていう人なの?」

 

「えっと……三好、三好春信っていうんだけど、知ってる?」

 

「……え?」

 

どこか圧のある園子ちゃんの言葉に押し負けて三好の名前を出した途端、今までの圧は消えてきょとんとした表情を浮かべた。

 

「三好、春信さん? それって、にぼっしーのお兄さんのこと、だよね?」

 

「にぼっしー? なんでここでにぼっしーが出てくるんだ?」

 

にぼっしー、それは園子ちゃんとのメールのやり取りの中で、何度か出てきたことがある。

中学生でありながら健康志向でサプリメントを常備し、何より煮干しをこよなく愛する女の子。

だからにぼっしーという渾名をつけて呼んでいるとか。

 

「えっと、にぼっしーのお兄さんも、三好春信さんって言うんだ~」

 

「三好の妹? にぼっしーが……ってことは、その子ってもしかして、三好夏凜ちゃん?」

 

「あ、うん、そうだよ~!」

 

ポンと両手を叩き、俺の言ったことが正解だといつもの柔らかい笑顔で答えてくれた。

それを聞き、俺は何とも言えない気持ちになってくる。

 

「……なんだろ、世間って狭いなぁ」

 

「ふふふ、ほんとだね~」

 

四国という西暦時代に比べれば狭い世の中とはいえ、それでもそれなりに広く人も多いことに違いはない。

そんな中で俺の知り合い達が、結構身近な存在同士として繋がりを持っている。

いったいこれはどれくらいの確立だろうか。

 

「でも、三好さんからのお誘いだったら問題ナッシング! あの人も、私の派閥で一緒に頑張ってくれてる人だから。だから桐生さんも、遠慮なくオッケーしちゃっていいんよ!」

 

俺を誘った相手が見知った相手だったからか、園子ちゃんの機嫌がよくなって「これから一緒に頑張ろー! おー!」と両手を握ってぶんぶん振ってくる。

大分前に気付いたことだけど、園子ちゃんって普段ほんわかしてるように見えるけど、結構テンションの上りが激しい時がある。

それがまたいつ、どんな時か予想がつかず、そのテンションに乗り切れずに少し引いてしまうのは秘密だ。

 

「って、ちょっと待ってくれ。だから、まだ俺は考え中なんだってば」

 

「え? あ、そう言えばそう言ってたっけ。でも、どうして? 三好さんとは友達なんだよね~?」

 

「あぁ、ついでにぶっちゃけちゃうと、君の元先生の安芸っていう人いるだろ? あの人も知り合い。というか、俺と三好と同じ大学に通ってた先輩だったりする。あと飲み友達」

 

「……世間って、本当に狭いですね~」

 

「それなぁ」

 

衝撃の事実、といった感じで少し固まってしまう園子ちゃんであった。

 

「でも、それなら尚更どうして? 安芸先生も私の事、色々手伝ってくれてるし、桐生さんが入ってくれたら3人一緒に働けるんだよ?」

 

安芸先輩と三好との関係を知ったなら、それは当然の疑問だろう。

だけど、その疑問に対する答えは俺もまだ出せていないのだ。

 

「……んー、いや、それがさ。俺自身もよくわからないんだよ。三好や安芸先輩と一緒に働ける、そうすればまた前みたいに一緒に飲み会だってできるだろうし。銀ちゃんの墓参りだって、わざわざ申請して誰かに付添ってもらわなくても行けるようになる。実際いいことづくめで、悪い話じゃないとは俺も思ってるんだけど……」

 

それなのに、どうにも素直に三好や園子ちゃんの誘いを受けることができずにいた。

そんな俺の話しを聞いて、園子ちゃんは「うーん」と頬に指を当てて考え込んでいる。

そして何かを思いついたのか、園子ちゃんは俺の方を向いて口を開く。

 

「もしかして、桐生さんは大赦自体嫌いだったりするのかな~? だからいくらいい条件でも、入りたいって思えないんじゃ?」

 

「俺が、大赦を?」

 

「もっといえば、大赦が崇めている神樹様が、とか?」

 

「……なんで、そう思ったんだ?」

 

「ん~、ただの勘なんだけど、それ以外考えられないというか。それに今まで大赦とか神樹様の話しをしてる時の桐生さんって、少し表情が曇ってること多かったから」

 

そう園子ちゃんに言われて、俺は何も言えなくなった。

確かに、言われてみればその理由に納得できるところはあった。

神樹様はこの300年間、四国の人々に恵みをもたらし、天の神から守ってくれていた。

それは感謝して然るべき事だし、嫌いになるなど愚かな事だ。

だけど……。

 

「……あぁ、そっか。そうなのかも。俺、神樹様の事、嫌いなのかもしれない」

 

そう、自然と俺の口から言葉が漏れ出ていた。

本来そんな事、この四国に住み、神樹様を信仰する人々の前で言えば、罰当たりと罵られることは必至だ。

だけど園子ちゃんに俺の本心を言い当てられたからか、隠そうとする気が一切起きずに園子ちゃんに肯定の言葉を口にしていた。

そして当の園子ちゃんは、それに怒るでもなんでもなく、真っ直ぐに俺を見つめて話しを聞いてくれている。

 

「多分それって、ミノさんが関係してるんだよね?」

 

「……そう、だな。確かに銀ちゃんのことがあったからかも」

 

俺は胸ポケットに入れていた、銀ちゃんとの思い出の本型のロケットを取り出す。

いつも外出する時、持ち歩いているのだ。

ロケットを開け、すでに何度も見ている銀ちゃんと一緒に写っている写真を見つめる。

 

「銀ちゃんはさ、俺にとって初めてできた可愛い妹分なんだ。たった10日に満たない程度の付き合いでしかないけど、それでも本当の妹みたいに思ってた。きっとこれからも変わらずに、いろんな季節を一緒に過ごしていくんだって……そう思ってたんだ」

 

「……うん」

 

「だけど、銀ちゃんはあっけなく死んじまった。また会おうって、その時にこいつを返すって約束して……その約束を果たすこともできずに、死んじまった。どうしてだ? どうして、銀ちゃんが死ななくちゃいけなかったんだ?」

 

それを考えて、考えて、考えて。

そして出てきた答えは、四国の人間としては愚かな答えだった。

 

「……神樹様のせいだ、神樹様が銀ちゃんを勇者なんかにしたから! 銀ちゃんを勇者にしなかったら、きっと今も変わらず、あの眩しい笑顔を見せてくれていたに違いないのに!」

 

神樹様のおかげで今の四国はある、これまで勇者に選ばれた子供達のおかげで今の四国はある。

銀ちゃんの、そして園子ちゃん達のおかげで……。

勇者という存在を知り、今日銀ちゃんの墓参りをして、沢山の勇者や巫女の名前が書かれた石碑を見て、それを実感させられた。

それでも神樹様に憤りを抱かずにはいられなかった。

 

「俺は、神樹様が嫌いだ。そんな神樹様を祀る大赦も、信仰する奴等も……」

 

「だから、大赦に入りたくないんだね」

 

「……そう、だな。うん、そうなんだと思う」

 

そして自分の本心に気付いた今、その悪感情が大切な友達である三好や安芸先輩にまで向けそうになってしまう。

そのことが自分のことながら少しだけ恐ろしく感じていた。

 

「ねぇ、桐生さん。私の話、聞いてくれる?」

 

「……なんだ?」

 

「これはオフレコだよ? 誰にも言ったことのない、私の本音。本当は一般人には話せないことも話しちゃうかもだけど、桐生さんが本当の気持ちを教えてくれたから、特別に私も桐生さんに教えちゃうね」

 

「え?」

 

園子ちゃんがニッコリと笑って、そんなことを言ってきた。

 

「実は私もね、桐生さんと同じなんだ。ううん、むしろもっと酷いかもしれない」

 

「どういう、ことだ?」

 

「……こんな世界、どうなってもいい。むしろぶっ潰れてしまえって思ってたりもしたんだ」

 

「……え?」

 

えへへ、と。

そう照れたように笑いながら恐ろしいことを言う園子ちゃんに、一瞬冗談かと思ってしまった。

だって普通、信じられるわけないだろう。

勇者をしていたとはいえ、あの、のほほんとしてて、争い事や物騒な事なんて無縁そうな園子ちゃんが、そんなことを思っていたなんて。

 

「桐生さんも知ってるだろうけど、勇者の戦いって本当に命懸けなんだ。ううん、違うな。命を懸けられるなら、まだいい方かもしれない。ミノさんが死んじゃってから、新しい勇者システムになったんだけど。それからの勇者達はね、実は死ねなかったんだよ」

 

「勇者、システム? ていうか、し、死ねない?」

 

「うん。敵を倒すために、仕方ないシステムだったのかもしれないけど。それでも戦って戦って、傷ついて傷ついて、そしてついには体を動かすこともできなくなっていくの。それでも死ぬことは許されない」

 

薄っすらと微笑みながらも、どことなく虚ろな目で話す園子ちゃん。

そんな園子ちゃんに、今まで感じたことのない恐ろしさを感じてしまう。

 

「あの3年前の戦いの時、私は体の機能のほとんどを失った。手も足も、体で動かせるところなんてほとんどなくて、心臓だって止まってたんだよ? それでも私は死ななかった。それから長い間ベッドの上から動けずに、ただボーっと時間が過ぎていくのを待つだけの日々を送ってたんだぁ。動けない体で、大赦の人達にお世話をしてもらいながら、わっしーやミノさんとの楽しかった思い出を何度も思い返してたよ」

 

「そ、それは……」

 

どういう理屈でそんな状態になったのかはわからないが、俺ならきっと耐えられないだろう、そんな状態で生き続けることなんて。

園子ちゃんがそんな状態になっていたことを知り、思わずジワリと涙がにじみ出てくる。

同情か、哀れみか、自分でも自分の感情がわからなくなっていた。

 

「会いたかったよ、大好きな人達に……でも、その会いたい人達はどこにもいない。ミノさんは死んじゃって、わっしーは別の所に連れていかれて。大赦の人に頼んでも、全然わっしーに会わせてくれなくて……私はずっと一人ぼっちだった。一人でいる時、よく思ってたよ。こんな世界、意味なんてあるのかな? どうして私達がこんなに傷ついて、つらい思いしなくちゃいけないのかな? いつまでこんな日々が続くのかな? って……でもね」

 

園子ちゃんはさっきまでとは違い、いつもの優しく柔らかい笑みを浮かべた。

 

「今は無くなったら嫌だ、守りたいって思ってるよ」

 

「……どうして?」

 

今は普通に生活できてるみたいだけど、かつてそんな辛い経験をして、大切な友達まで失って。

なのにどうして、園子ちゃんはそんな笑顔で言えるのか俺にはわからなかった。

 

「皆がいるからね! 皆のおかげで私は勇者じゃなくて一人の人間に、乃木園子に戻れたから。そんな皆が、大好きな人達がいるこの世界を、私は守っていきたい。だから……私は大赦で、御神輿さんになるって決めたんよ!」

 

「……え? み、神輿?」

 

「うん! 神樹様がいなくなって、壁も無くなって、今は大赦も四国の人達も混乱してる。それを纏めるためには、大赦の中でも発言力があって、神樹様の勇者だった私ほどぴったりな人間はいない。だから私が大赦を纏めて、四国を復興させていこうってね!」

 

「……え、えぇ!? いや、ちょっと待て! 大赦を纏める? それってつまり、園子ちゃんが大赦のトップになるってことか?」

 

「大正解! 私が大赦を纏めて、神樹様の代わりに皆を導く宗主になる!」

 

ニッコリと満面の笑みを浮かべ、ビシッと親指を立ててくる園子ちゃん。

そんな園子ちゃんを、俺は信じられないものを見る目で見ていただろう。

 

「い、いや、いやいやいや! それは流石に、というか園子ちゃんはまだ中学生だろ!? 今までだって勇者なんて辛いお役目をさせられてたってのに、今度は皆を導くために宗主になるなんて!?」

 

「うん、すっごく大変だと思う。だけど、それは私がしたいって思ったことだから。誰かから命令されたことじゃなく、私自身がね」

 

「園子ちゃん……」

 

「……きっと辛い事や大変な事は、たくさんあると思うんだ。だからね、できればそんな時に、近くで信じられる人達に手を貸して欲しいって思ってるんよ。三好さんにも、安芸先生にも。それに……」

 

ジッと、園子ちゃんは真剣な眼差しで俺を見つめてくる。

 

「桐生さん。大赦に入って?」

 

「ッ! で、でも、俺は……」

 

「神樹様が嫌いでもいいよ。大赦のことも。だけど神樹様でも、大赦でもなくて、私に手を貸してほしい。私を支えてほしいんだ……ダメ、かな?」

 

そう言い、俺に手を差し出してくる。

その手を俺は一瞬何も考えずにとろうとし、そのことに自分のことながら驚いてしまう。

神樹様のことは嫌いだ、もちろん大赦のことも。

三好や安芸先輩がいると言っても、どうしても忌避感が先立ってしまう。

だけど園子ちゃんの話しを聞き、こんな小さな子がここまでの覚悟をもって今も戦ってると知って、俺は応援してやりたいと思ってしまった。

 

 

 

―――皆の事、応援してあげて!

 

 

 

その時、あの夢の中で銀ちゃんが俺に言ったことを思い出した。

こんな俺にでもできることはあるんだと、あの時、銀ちゃんの言葉が俺の心に活力をくれた。

 

「(……そうだったな。銀ちゃんから頼まれたんじゃないか、皆のことを応援してくれって)」

 

俺は目を閉じ、一つ大きく深呼吸をする。

そして目を開き、園子ちゃんの目を見ながら口を開く。

 

「なぁ、園子ちゃん。一つ、たった一つだけ、条件を出してもいいか?」

 

「条件?」

 

「あぁ。別に今すぐにじゃなくてもいい、何年後でも構わない。俺を、本土に行かせてほしいんだ」

 

「本土に?」

 

少し驚いたように目を見開かれる。

それはそうだろう。

今現在、本土はどのようになっているのか不明で、渡航は禁止されている。

最近でも、強引に本土に行こうとして逮捕された人達はいた。

それを知っていて、それでもなお俺はそう園子ちゃんに条件を出した。

 

「理由を聞いてもいいかな?」

 

「あぁ。と言っても、大した理由じゃないんだけどな」

 

そう苦笑しながら言い、一度視線をロケットに戻す。

あぁ、ずいぶん前の事ではあるが、こうして銀ちゃんの写真を見ていれば、自然と思い出せるものだ。

 

「……前に一度、銀ちゃんと話したことがあるんだ。もし壁の外に、本土に行くことができたら、どこに行きたいって」

 

「ミノさんと?」

 

それは銀ちゃんと海水浴に行った時のことだ。

どっちが先に口にしたのかは忘れたが、遊び疲れて浜辺に二人で座って休んでいて、自然と視線が壁にむいた時にふと出た話題だった。

 

「ミノさんは、どこに行きたいって言ってたの?」

 

「銀ちゃんは断然沖縄だって。寒い所より、暑い所で思いっきり泳ぎたいんだってさ」

 

思いっきり泳いだ後に言うセリフかよと、思わず苦笑いしたものだ。

 

「へぇ、そんなこと言ってたんだ。じゃあ、桐生さんは?」

 

「俺は銀ちゃんとは真逆、北海道に行ってみたいって言ったな。一度でいいから、本場のバニラアイス食べてみたかったんだよ。まぁ、銀ちゃんには理解されなかったけどな。寒い所に行って、わざわざ冷たいのを食べるのかってさ。それがいいんだろっての、なぁ?」

 

「うーん、私は寒いのも暑いのも苦手だから。丁度いい気温の所がいいな~」

 

「おっと、ここで第三勢力登場か」

 

そう言って、俺達は二人で小さく笑い合う。

 

「まぁ、そんな理由さ。俺が本土に行きたい理由はな。もちろん北海道にも、沖縄にも行けなくても構わないんだ。ただこの四国以外、どこか遠くの場所を見て回りたいんだよ。銀ちゃんと一緒にな」

 

ロケットを空にかざす。

銀ちゃんには見せてやれなかった景色、せめてこの銀ちゃんの形見のロケットと一緒に見て回りたい。

 

「ふふ、桐生さんの中では、やっぱりミノさんの存在が大きいんだね~」

 

「そりゃあ、大切な妹分だからな」

 

「妹、かぁ……それじゃあ、私は?」

 

「園子ちゃん? 園子ちゃんは、大切な友達だと思ってるよ。齢は離れてるけど、一緒に話してて楽しいしな」

 

実際、メル友ではあるわけだし。

園子ちゃんに対してはなんというか、三好や安芸先輩と一緒にいる時と似た感覚があった。

だから銀ちゃんと同い年とはいえ、園子ちゃんは妹分というより友達という方が合っているだろう。

 

「……友達かぁ」

 

すると園子ちゃんは、なにやら微妙な表情を浮かべていた。

何か気になる事でもあったのだろうか?

 

「えーっと、それで? 園子ちゃん。俺のこの条件はのんでくれるのかな?」

 

「え? あぁ、うん。いいよ~」

 

「……あれま。ずいぶんあっさりOKが出たな。もう少し渋られるかと思ったけど」

 

「そもそも四国内の資源だけじゃ、今までみたいな安定した生活は難しいからね~。今でも残された資源で、色々やりくりしてる状況だし。この先、何年後、何十年後を考えるなら、そう遠くないうちに、本土に調査にいかないとって思ってたんだ~」

 

「へぇ、そうだったのか」

 

「うん。だから桐生さんのことは、本土調査部隊のメンバーになれるように手配するんよ。それでいい?」

 

そう言うと、園子ちゃんは改めてその手を差し出してきた。

俺はその差し出された小さな手を今度は迷いなく握り返す。

 

「あぁ、もちろんだ。これからよろしくな、園子ちゃん……あ、園子様って呼んだ方がいいのか?」

 

「……うーん、公の場ではそう呼んだ方がいいけど。でも、身内だけの時はいつもみたいに呼んで? その方が私は嬉しいな~」

 

「そっか。それじゃあ、そうするよ」

 

俺も今までちゃん付けて呼んでいた子を、急に様付けするのは少し違和感があったし。

とにもかくにも、こうして俺の再就職先は確定したのであった。

 

「あ、そうだ。園子ちゃん、これ食べるか?」

 

「え? なになに~?」

 

俺は反対側に置いていた箱を園子ちゃんに渡す。

中には三好には食べさせられなかった、しょうゆ豆ジェラートのカップが入っていた。

保冷剤も入れてもらったから、まだ凍ったままである。

 

「あっ、これってしょうゆ豆ジェラート!? イネスのお店は閉店しちゃったのに、どこにあったの~?」

 

「ほら、前に銀ちゃんと一緒に働いてた喫茶店あっただろ? そこで売ってたんだよ」

 

「へぇ! そうだったんだ~!」

 

園子ちゃんは懐かしそうに、そのアイスのカップを手に取る。

蓋を開けて備え付けのスプーンで一匙掬い、ぱくっと口に入れる。

 

「ん~、懐かしい味~! 久しぶりに食べたよ、ミノさんの大好物!」

 

「……で、味は?」

 

「え? ……結構、独創的だよね~」

 

「ははは、やっぱそうだよなぁ」

 

流石に銀ちゃんの友達でも、味の好みは似ないらしい。

きっとこの味を好きな人は、銀ちゃん含めてもかなり少ないだろうな。

 

「はい、桐生さん」

 

「ん?」

 

「あーん!」

 

ニコニコとしながら、アイスをスプーンにのせて俺に差し出してくる。

 

「……俺はもう一カップ食べたからいいよ。というか、俺もしょうゆ豆ジェラートは微妙に苦手なんだよな」

 

「そうなの~?」

 

「あぁ。今日は銀ちゃんの墓参りに行って来たから買ってみたけど、やっぱり俺はシンプルにバニラが好きだな」

 

「ふーん、そうなんだ~……でも、今日はちょっと寒いし、一カップはちょっと多いかな~。だから桐生さんも、一緒に食べて半分こしよ?」

 

「……」

 

「はい、あーん!」

 

ニコニコ。

 

「あーん!」

 

ニコニコ。

 

「桐生さん、早くしないと落ちちゃうよ? ほら、あーん!」

 

「……あーん」

 

諦めない園子ちゃんに根負けし、仕方なくアイスを口に入れる。

 

「えへへ~、おいしい?」

 

「……やっぱり俺には、この味の良さはよくわからないよ」

 

「そっか~」

 

そう言いながら、園子ちゃんはご機嫌な様子で自分でもアイスを食べる。

それから交互にアイスを食べるという、羞恥プレイを数分間に渡って味合わされたのであった。

 

「(にしても園子ちゃん……こういうの、あんまり気にしない性質なのか?)」

 

同じスプーンで交互に食べる、所謂間接キスというものを平然と行って来る園子ちゃん。

こんなこと、銀ちゃんともしたことなかったというのに。

アイスの冷たさとは裏腹に、羞恥心で顔が熱くなってしまった俺は意識し過ぎなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと。ふぅ、ようやく来ることができたな……ここが本土、か」

 

乗ってきた船から荷物を下ろす。

初めて踏む本土の大地に緊張で僅かに体を震わせながらも、同時に感動が胸を一杯にしていた。

見渡す限り崩れた建物や、壊れた乗り物、そしてそれらを草木が覆っている。

野生の動物も多く生息してるらしく、鹿やウサギといった本来森の中にいるだろう動物も、遠目にだが確認することができた。

人の街だったここらも、今では野生の動物たちの生活圏と化しているということなのだろう。

それにしても木々が生い茂っているせいか、街中のはずなのに四国にいる時よりも若干空気が澄んでいる気がする。

人間がいなくなり自然が豊かになると、ここまで変わるものなのか。

 

「……ここまで来るのに、ずいぶんと時間かかったよなぁ」

 

俺が大赦に入って、早4年。

あれから随分と時間が過ぎて、もう少しで俺も三十路になりそうな歳になった。

だけどようやくあの日、園子ちゃんと交わした約束が叶えられる。

本土への渡航は危険ではないか、時期尚早ではないか、そのための資源を別の所に回した方がいいのではないか等と、反対意見も多かった。

それも宗主となった園子ちゃんの手腕―――少し強引な進め方ではあったが―――により、この度初めて本土調査を行うこととなったのだ。

 

それにしても、大赦に入り一般人に知らされていない情報を教えてもらったことで、本当に大赦は多くのことを隠したり、もみ消したりしてきたのだと知らされた。

まだ神樹様が健在の時、壁の外がどうなっていたのか、俺達が知識として死のウィルスが蔓延したと教えられてきたことの真実、勇者達が戦っていた存在、バーテックスと天の神。

そしてあの神樹様が消えた日、一体何が行われていたのか。

 

「(あんなん、一般人に知らされたら暴動ものだわなぁ。ていうか人手不足って、ガチで人手が無くなってるなんて思わないだろ普通)」

 

まさか神樹様の供物となって消えて、実際に人がいなくなっていたとは夢にも思わなかった。

そりゃあ、三好も仕事が忙しいと愚痴をこぼすわけだ。

安芸先輩も若干供物になりかけてたみたいだけど、とにかく無事みたいで本当に何よりだ。

むしろ地位としては三好の方が上のはずなのに、三好には何ともなかったのが不思議なくらいだ。

もしかしたらどこかに不調があっても、それを表に出さないように隠してるだけかもしれないけど。

 

ちなみに俺の大赦での仕事は神官をしている三好や安芸先輩とは異なり、神官や巫女といった人たちのサポートが主な仕事内容だった。

あとは書類仕事だったり、荷物運びだったり、各地へ赴いて情報収集だったりと、まるで何でも屋にでもなった気分だった。

そしてその合間合間で、本土上陸に向けての教育や必要となるだろう技術の習得に勤しむ日々を過ごしていた。

その中で新しい出会いというか、再会があったりもした。

 

「おーい、お兄さーん! そっちの準備は大丈夫ですかー!」

 

俺に向けて元気に手を振ってくる女性、そしてその後ろに付き添うようにいるもう一人の女性。

彼女たちに、俺も軽く手を振って応える。

 

「あぁ、こっちは問題ない。バイクの整備はしっかりしたし、燃料も満タンだし、予備もちゃんと持った。通信機器、計測機、非常食も問題なし。そっちこそどうだ? 忘れもんとかはないか、友奈ちゃん? 東郷ちゃんも」

 

「もっちろん! さっき東郷さんと最終確認は済ませましたから! あぁ、早く本土のいろんなところを見てみたいなぁ!」

 

「友奈ちゃん、あんまりはしゃぎすぎちゃ駄目よ? 観光ではなく、あくまでも任務なのだから」

 

「えへへ、ごめんごめん! でも、やっと始まるんだなぁって思ったら、ついはしゃいじゃって!」

 

「もう、友奈ちゃんたら」

 

そんな微笑ましいやり取りをする彼女達は結城友奈ちゃん、そして東郷美森ちゃん。

二人とも、かつてこの世界のために命懸けで戦った勇者達だ。

そしてだいぶ前に出会い、短いながらも同じ時間を過ごした子達でもある。

 

まずは東郷美森ちゃん。

彼女は以前は鷲尾須美と呼ばれていて、俺があの喫茶店に行った時に出会った少女だ。

東郷ちゃんとは実質、5分にも満たないやり取りしかなかったが、ある意味では彼女のおかげで俺の人生は変わったと言ってもいい。

彼女とのやり取りが無かったら、きっと銀ちゃんとも出会えなかっただろうから。

ちなみに俺のことは園子ちゃんから聞いていたらしく、俺と出会った時。

 

『すみませんが、貴方の気持ちには答えられません』

 

なんて言われてしまった。

その瞬間、その場に崩れ落ちそうになったけど、何とか踏ん張って耐えた俺は頑張ったと思う。

まさか銀ちゃんや園子ちゃん、あの店長さんだけじゃなく、東郷ちゃんにまで俺が東郷ちゃんに好意を持っているだなんて思われていたとは。

告白もしてないのにいきなりフラれるなんて、初めてすぎる体験だ。

まぁ、あのたわわな果実に一瞬目を奪われた事実は知られていなかったようだから、マシといえばマシ……なのかなぁ。

 

そして、もう一人の結城友奈ちゃん。

彼女も東郷ちゃんと同じく、俺がまだ大学生の時に出会った子だ。

友奈ちゃんとの出会いは、イネスで一緒にエレベーターに閉じ込められてしまった時という、なんとも不幸な出会い方だった。

というか俺はその事実を再開した彼女から話を切り出されるまで、すっかり忘れていたのだけど。

嫌な出来事は記憶に残りやすいらしいが、流石にそんな何年も前の、しかも一度きりの体験をずっと覚えてるなんて難しいだろう。

しかしそんな俺とは逆に、どうやら友奈ちゃんはあの時のことをずっと覚えていたらしい。

あれから随分時間も経ち、俺も多少は見た目も変わったというのに、出会った瞬間に俺のことが分かったというのだから驚きだ。

多分、当時小学生で子供だったから、その時のことがトラウマになってずっと忘れられなかったのだろう。

 

そして俺と友奈ちゃんの関係を聞いた瞬間、東郷ちゃんがまるで般若のような恐ろしい表情で俺を見て来たのが何より恐ろしかった。

なんでも俺のせいで、友奈ちゃんがコーヒー党になってしまったとか何とか。

いや、知らんがなと。

そんなことで責められても、俺にはどうしようもないというのに。

 

「あ、そうだ! お兄さん、これ良かったらどうぞ!」

 

「ん? これは?」

 

友奈ちゃんが水筒のようなものを渡してきた。

 

「えへへ~。実は最近、自作のブレンドコーヒーにはまってまして。今回のはちょっと自信作なんですよ!」

 

「へぇ、ブレンドコーヒーか……って、ちょい待て。コーヒー豆って確か、今結構高くなってなかったか?」

 

「あー、そうですねぇ」

 

神樹様の恩恵が無くなり、食料や趣向品含め全体的に物価の上がった昨今。

コーヒー豆も例に漏れず、かつての3倍近い値段となっていたのを店で見て目が飛び出そうになった。

そんなこともあり俺でさえたまの休みに、ちょっとした楽しみで飲むくらいだというのに。

しかもこれはブレンドときた、一体何と何をブレンドしたのやら……ちょっと楽しみじゃないか。

 

「実際、少し高かったですけど奮発しちゃいました。なので道中にでも、じっくり味わって飲んでくださいね!」

 

「お、おう。わかった、ありがとな」

 

「……あぁ、友奈ちゃんがどんどんお茶離れしていく……それもこれも、あの人のせい! ……でも、あの人は友奈ちゃんの恩人で……憧れの人で……あぁ、私は一体どうすれば!? ……何とかして、友奈ちゃんを和の道へと……」

 

「……」

 

「? どうかしましたか?」

 

「……うん、いや、なんでもない」

 

あっちは見なかったことにしよう。

 

「……そろそろ出発の時間だな。お互い、無事に任務を果たそう」

 

「はい、そっちもお気を付けて!」

 

「……それでは、また」

 

「あ、うん、またね」

 

友奈ちゃんと東郷ちゃんがバイクにまたがり、目的地に向けてバイクを走らせた。

遠くなっていく彼女たちの背中に、旅の無事を祈る。

 

「さて、それじゃ俺も……っと、メールか? そっか、ここはまだギリギリ電波が入るんだな」

 

俺も出発しようとした時、ポケットに入れていたスマホが震えた。

見てみると、どうやら相手は安芸先輩からのようだった。

 

「えーと『今回の任務は乃木さんが無理を通して敢行した任務でもあります。それゆえに何の成果も得られないという結果は、乃木さんの大赦内での発言力にも多少なりとも影響が出ると予想されます。どんな小さなことでもいいので、何らかの成果を持って帰ってくることを期待しています。もちろん、安全を第一に考えて行動するように。怪我などしようものなら、乃木さんが悲しみますから。もちろん私や、三好君も』……相変わらず、酒が入ってない時は真面目な人だよなぁ」

 

思わず苦笑い。

大赦で働き出して安芸先輩と一緒に行動することもあったのだが、公私での変わりようが本当に凄い。

そういえば大学時代もこんな感じだったなと、昔に思いを馳せる。

大学で勉学やサークル活動に励む姿は凛々しく格好良くて、まさしくできる大人な女性というイメージを持たれていた。

しかもちゃんと相手を気遣う優しさもあり、おまけに美人というのだから、そんな安芸先輩を慕う人は同性、異性問わず結構多かった。

それが飲み会の席では一変して……。

 

「ま、まぁ、公私をしっかり分けられるのは大人な証拠だよな……っと、またメール?」

 

スマホをしまおうとしたら、またメールが入ったらしい。

今度は三好からだった。

 

「三好か。こっちに来る前に話したけど、何か言い忘れでもあったのか? 『髪結んだ夏凛ちゃんも可愛いけど、髪を下ろした夏凛ちゃんはマジ大人びてて美人じゃね? お前、どっちの夏凛ちゃんがいいと思う?』 ……こいつは、もう」

 

任務の内容かと思っていたのに、メールの内容に頭を抱えてしまう。

しかも添付写真付きときたものだ。

三好は最近では妹である夏凛ちゃんとの仲も修復してきているらしく、よく二人で写っている写真が送られてくる。

少し前にも「夏凛ちゃんとドライブ行って来た! やっと夢が叶ったぞ!」とか、本当にうれしそうに電話してきたものだ。

だけどそれが延々と、1時間くらい話しが続いたものだから、流石にイラっときて通話を切ってしまったけど。

 

ちなみに夏凜ちゃんとは三好の友達ということや、今回の本土上陸作戦の隊長と部下という関係上、よく連絡を取り合っている。

どちらかというと事務的な内容が多いが、私的な連絡もたまにはある。

最近では「最近の兄貴、昔に比べてアホっぽいっていうか、妙に馴れ馴れしくなってきてる気がして惑ってるんだけど。何があったか知らない?」という感じの相談をされたりもした。

単に夏凛ちゃんの前では立派な兄貴であろうとしてただけで、内面は昔からそうだったとしか言えないのだけど。

流石にそれは三好のプライドにも関わるし、「少しでも夏凛ちゃんと仲良くなれるように頑張ってるんだろう」と誤魔化しておいた。

 

「もう夏凛ちゃんからは、真面目でしっかりとした兄貴像は持たれてないだろうなぁ……『髪を下ろした方が美人でいいと思う』っと」

 

とりあえず、三好のメールに短く返信しておいた。

さて、そろそろ本当に出発を……。

 

「って、またかよ!?」

 

またメールが来た。

すでに出発時間は過ぎているというのに、俺を出発させない気か。

 

「相手は……園子ちゃん? なになに『お土産話を期待してるんよ~。それと絶対に無事に帰ってきてね、待ってるから~!』……はは、まったく。園子ちゃんは心配性だなぁ」

 

出がけにも、似た感じのやり取りはしたというのに。

宗主になっても園子ちゃんとの関係は変わらず、こうしたメールのやり取りはよくしている。

もちろん公の場では相応の態度で接するが、誰も見ていない所ではお互い気安く砕けた口調に戻している。

上の立場になると中々周りに弱みを見せることもできずに苦労するようで、俺を含め友達との何のしがらみもないやり取りは、園子ちゃんにとっても細やかな安らぎとなっているだろう。

もしかしたら友奈ちゃんや東郷ちゃん、夏凛ちゃんが大赦の仕事を手伝っているのも、園子ちゃんのことを思ってということもあるのかもしれない。

 

「さて、もうメールはないよな? ……よし、それじゃ今度こそ行くか。銀ちゃん、これが俺達の最初の旅だ」

 

バッグの中にある、銀ちゃんの形見のロケットがある場所をポンポンと軽くたたく。

 

「どこまでも行こう。前に行きたいって言ってた、北海道にだって沖縄にだって。今すぐは無理でも、きっといつか!」

 

―――うん、絶対にね!

 

そんな銀ちゃんの元気な声が聞こえた気がした。

これから先、何があるかわからず不安も多いけど、それでもきっと大丈夫。

姿が見えなくても、声が聞こえなくても、銀ちゃんがいつもそばで見守ってくれているのだから。

 

バイクにまたがり、エンジンを噴かして走りだす。

神樹様のいなくなったこの開けた世界、この未知なる世界を。

銀ちゃんと一緒に、どこまでも。

 

 

(あとがき)

大満開の章を見てからちまちま書いていましたが、ようやく書き終えました。

当時、勇者の章を見終わった時に「これで終わりかぁ、寂しいなぁ」と思っていて、後日大満開の章の知らせが来た時といったら、驚きと喜びが同時に襲ってきて変な声を上げてしまいましたね。

そして最後の4年後とか、まさしく結城友奈は勇者であるの最終回に相応しい最後だと思いました。

それゆえに、自分もその最終回に近寄った話を書きたいと思い立ち、この番外編を書き出した感じですね。

そして大満開の章もおわり、小説も書き終えた今……なんというか、燃え尽き症候群みたいな感覚を覚えています。

これが○○難民とか言われる人たちの気持ちかぁと、改めて実感しました。

 

 

 

〇何となく作ってみた勇者達の各種ランキングトップ3

・好きな勇者ランキング

1、結城友奈 2、乃木園子(中学生) 3、三ノ輪銀

注釈

やはり勇者であるシリーズの主人公、この子はどうしても外せません。とはいってもあえてランキングにするならこういう順位というだけで、この3人にそこまで大きな差はないですけど。

 

・笑顔が素敵な勇者ランキング

1、乃木園子(中学生) 2、結城友奈 3、犬吠埼樹

注釈

園子ちゃんは初登場時から印象深かったですが、大満開の章を見て一気に好きになりました。退部届を破り捨てた時の笑顔ときたら、見ていて惚れ惚れするものがありました。というか一時停止して、少しの間見入っていたほどです。

 

・泣いてほしくない勇者ランキング

1、結城友奈 2、犬吠埼風 3、乃木若葉

注釈

いや、本当は誰にも泣いてほしくないんですけどね。笑顔が素敵な友奈ちゃんだからこそ、悲しみに暮れた涙は見たくないと思います。公園で倒れ込み、涙を流すところなど胸が痛みました。皆それぞれ辛い思いはしてるのでしょうけど、あのシーンを見た時ばかりは「どうして友奈ちゃんがこんなつらい思いをしないといけないんだ!」と憤りを覚えたほどです。

 

・泣き顔が似合う勇者

加賀城雀

注釈

この子ほど泣き顔が似合う勇者はいないと、初登場時から見ていて思いました。むしろ泣かせてこそ真価を発揮するみたいな? 泣いてる勇者を見て可愛いなと思ったのは、雀ちゃんが初めてです。いろんな泣き顔のシーンはありますが、食堂で芽吹に「守ってね!」って泣きついてるシーンが結構好きです。

 

 


 
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