No.1084402

【Web再録】Sweetheart Chocolate!

薄荷芋さん

G庵真、バレンタインデーイベスト軸のふたりです。2021/2/14にネップリで公開したSSの再録です。

2022-02-09 14:13:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:567   閲覧ユーザー数:567

草薙さんが参加しているバレンタインイベントは、日曜ってこともあって大盛況だった。

歩行者天国の一角を使って紅丸さんとチョコレートの実演販売をしてるらしいけど、あの様子じゃ草薙さんまで辿り着くのも難しそうだ。イートイン用のテラス席の横で突っ立ったまま、おれは黒山の人だかりを呆然と眺めるばかりだった。

仕方ない、ちょっと寒いけど人波が掃けるのを待つか。ちょうど傍にはコーヒーショップのケータリングカーがきていたから、あったかいブレンドコーヒーを一杯買って席に戻る。

早速プラの蓋の飲み口を上げて口を付けようとしたら、何かがおれの席に影を作った。

「うわっ」

見上げた視線の先には険しい顔の八神さんが立っていたから、慌てたおれはコーヒーを溢しそうになってしまった。

あぶねっ、とか、あちぃっ、とか言いながらカップをテーブルに置いたら、おれの手が空いたのを見計らったように八神さんが何かを差し出してくる。小さな円筒形の箱にはピンク色のリボンが掛かっている。中身はチョコレートで、側面には金色のペンで見慣れたサインが入っていた。

「これ、草薙さんの」

「……食え、貴様にやる」

コーヒーの横にコトンとそれを置いた八神さんはそのまま立ち去ろうとするから、思わずコートの裾を引っ張って引き留める。いや、急に置いていかれても困るし、だいたい何で草薙さんのサイン入りのチョコレートを八神さんが持ってるのか、とかそういう、先に話さなきゃならない理由があるんじゃないのか。

説明を求める眼差しで八神さんを見ていたら、はあ、と大きな溜息を吐いてからおれの隣に腰掛けた。

「成り行きで買わされた、貴様が食わんのなら捨てて帰る」

「捨てるなんて、そんな」

「なら持って帰れ」

どうやら八神さんも草薙さんが目当てでこのイベントにわざわざ足を運んだようだ。目当てとする目的がおれとは全く違うけど……多分、いつものように草薙さんのところへ押し掛けて殺すだの何だのって騒いで、それでもって紅丸さんかマネージャーさんが上手いこと丸め込んでご退散願ったのだろう。で、この箱はその副産物、ということらしかった。

宿敵のサイン入りチョコを持て余した八神さんは、ゴミ箱を見つけるより先におれを見つけた。それでていよくおれに押し付けようとしている。物をもらう理由としては何とも釈然としないけど、捨てると言われたらそれだっていい心地はしない。

これって何だかずるいなあ。おれは受け取るも受け取らないも言わずに箱を手に取ってみた。

透明なプラスチックで出来た箱、中にはドライフルーツのトッピングされたチョコレートが入っているのが見える。とても綺麗で美味しそうで、こんな風にもらうんじゃなかったらきっともっと嬉しいのになって思った。それに何てったって今日はバレンタインデーだ、理由はさておきバレンタインにチョコを渡すのがおれってどうなんだろう。

「ねえ、八神さん、今日、バレンタインデーですよ」

「それが何だ」

「おれ、バレンタインに八神さんからチョコもらっちゃったんすねえ」

何気なく、本当に何気なく今の状況を口に出して言ってみただけだった。言って数秒後に、待てよ、何かおれ変なこと言ってないか?って気づいて、それから隣の八神さんを見たら八神さんは含み笑いをする口元でおれに聞いてくる。

「不満か?」

「え」

「俺からでは不満か、と聞いた」

草薙さんたちがいる方から、きゃあ、と黄色い歓声が上がった。それが彼の何とも言えず甘やかな物言いに反応したかのようで背筋がぞくっとする。

ぞくっとするのに、どうしてだか頬や耳が熱を帯びていく気がして居た堪れない。おれは八神さんから目を逸らして、箱に掛かるリボンを弄る。

「不満、っていうか……逆に八神さんはおれでいいんですか?バレンタインなのに」

「貴様が要らんのなら捨てるだけだ」

「食べ物を粗末にしたらバチが当たりますよ」

「いちいちと煩い奴だな、文句があるならさっさと食うなり持ち帰るなりしろと言っているだろうが」

別に特別な何かがあるわけじゃない、たまたま運よくゴミ箱より先におれが八神さんの前に出てきただけのことだ。それだけだ。そう思いたいんだけど、彼がバレンタインデーを否定しないから頭の中も胸の中もこんがらがってくる。

多分、これを持って帰ったならもっと八神さんのことを意識してしまう気がする。さっきの彼の存外に甘い声のせいで全く調子が狂ってしまった、あれはきっとおれ相手なんかに出していい声じゃなかったと思う。

おれと彼との間に置かれた箱を眺める。

『八神さんからバレンタインにもらったチョコレート』っていうラッピングは、どうにもひとりじゃ上手に剥がせそうにない。どうしてかはわからない、彼から特別な日に特別な何かをもらう、なんてことを意識したことがないからだと思うけど、でも、意識した途端にどうしてこんなに顔が熱くなるのか、なんてことまでは全然わからないんだ。

おれはピンク色のリボンをするりとほどいたら、意を決して八神さんのほうに向き直った。

「じゃあ、ここで食べましょうよ、おれと一緒に」

「何……?」

「これ、二個入ってますよ、ほら」

オレンジの乗ったのといちごが乗ったの。蓋を外して取り出して、いちごを彼の前に、オレンジをおれの前に置いた。

「これで平等です、イーブンです」

「平等も何も無かっただろう、最初から」

「いいんです、おれの気持ちの問題です」

これでこのチョコレートはおれが一方的にもらったものじゃなくて、おれと八神さんとで一緒に食べたものになる。

特別かどうかはふたりで決めればいい、決めた答えが別々ならそれでもよかった。

八神さんは頬杖をついて吐息すると、自分のいちごとおれのオレンジを取り替えてしまう。

「飲み物、買ってきましょうか?」

苦笑しつつケータリングカーを指差す。彼は、いらん、と言っておれのコーヒーを横取りすると、不機嫌な顔で一口嚥下した。


 
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