第71話 合同軍事演習、その1
合同軍事演習、2日目の朝。深夜の話が強烈すぎて、きちんと眠れたとは言いがたく、少し眠いな……。
「昨晩は、色々あったようですね。」
「わかる?」
俺の寝不足を察したのか、水晶がそう話しかけてきた。
「朱里さんや愛紗さんたちもあまり眠れていないようでしたから。それに加えて一刀さんも、となれば、ね……。」
「とはいえ、寝不足とかなんとか言ってられないんだよね。俺らの軍と同じくらいの力を持つ相手と模擬戦を行う機会なんてまずないし、向こうに行けば水軍中心になるだろうから、陸上中心の模擬戦はここでだけだ。今回は7日間を予定してるから、今日を入れてあと6日。貴重な時間だ。」
「そうですね。朝食をとり終わったら始めましょうか。その話は至急ではないようですから、おいおい聞かせてください。」
「はいな。」
そんな話をしたあと、演習に参加する皆で食事をとってから、いざ演習場所へ。楽しみでもあり、自分たちが育ててきた軍が孫家相手にどのくらい通じるのか怖くもあった。
「さ~て。まずは何からやる?」
昨晩の話は切りかえたのか、心底楽しそうな口調で炎蓮がそう聞いてきた。
「とりあえず、昨日も軽くやったけど、よく使いそうな陣形である魚鱗、方円、鶴翼あたりの組みかたと戦場での組みかえかたは先にやっておきたいな。そのあと、炎蓮たちでやりたいものがあれば先にやって、その後で俺らがやりたいのをやってみたいかな。何か希望はありますか?」
「俺から真っ先に思いつくのもそのあたりだな。冥稟、何かあるか?」
「はい。騎馬兵の突撃を見たいのと、それを相手に単なる平地、平原で戦ったときにどう止めればいいのか、そこは見て、研究しておきたいですね。ちなみに、そちらの希望は何でしょう?」
さすがは周瑜、というべきか。俺らが水軍をまねようとするなら、自分たちは騎馬兵をまねる、ということを考えてきたか……。
そして、こちらのやりたいもの。朱里から、どうしてもやりたいものがある、と言われてはいたものの、それが何なのかはまだ聞いていなかった。
「はい。騎兵を出す場合、将が先陣を切る場合も多いです。仮に騎馬隊対騎馬隊となった場合、将対将の一騎打ちになる可能性は十二分にあります。すると、騎馬隊は指揮する将がいなくなる、という状況に陥ることが考えられるのです。
この状況になるのを防ぐ一番手っ取り早い方法は副将をつけたりして補助することですが、そういう人物が相手にいる可能性も大きい。つまり、兵だけで動ける仕組みを作っておきたいのです。」
朱里が説明したそれは確かに盲点だった。相手に同程度の将や騎兵がいなければ絶対に試せないことでもある。自軍だけの演習でそれを試しても、今回のような相手がいる演習よりは得るものが少ないだろう。
「さっすが劉備軍の軍師ねぇ……。いつも先陣切って突撃してたけど、止められた相手なんていなかったし、そんなこと考えたこともなかったわ。」
雪蓮がそう言って朱里を褒めた。全員がなるほどと頷いていた。
「残り6日あるから、今日は陣形をやって、明日から騎兵と突撃中心でいこう。どうだろうか?」
「そうすっか。軽い一騎打ちならできそうだし、明日からが楽しみだな。」
翌日、ついに始まった騎兵や突撃中心の演習、こちらは、俺と桃香、愛紗、朱里、藍里、水晶が本陣でお留守番。中心となる騎兵は星と悠煌が率い、横撃や奇襲に近い攻めを、必要に応じて鈴々が福莱の指示で行うことになっていた。向こうは、炎蓮と冥稟が本陣にいる。兵の指揮系統を確かめるために、将対将を作り出すための軽い一騎討ちは、雪蓮と悠煌、星と祭さんという組み合わせで当たる予定だ。炎蓮も出たがっていたけど、「今回、あなたの役目は目に焼き付けることです」と冥稟が止めていた。
「さて、第一回目の演習は今日で終わりですが、私の正直な感想を言わせてもらうと、騎兵を騎兵以外で止める方法は現状、ないですね。それでも、どうしても何か、と言うなら、一騎討ちで勝つこと。」
演習の終了後、皆で集まって話し合いをしたときに、福莱が感想を言った。
「もちろん、足場の悪い戦場で雨の日に戦う、などであれば話は変わってきますがね……。」
水晶はそう付け足した。俺たちの騎兵の練度が別格にできあがっていたのもあるけど、炎蓮たちの部隊で、騎兵以外で俺たちと互角に戦えた部隊はいなかった。そして、騎兵の練度と数は段違いでこちらが上だった。
「同盟と演習の話を聞いたときは、何ということをしてくれたのかと心底思いましたが、今はその判断に感謝しています。平地で戦えばどうなるか、それがわかったのは大きな収穫でした。それと……。仮に一騎討ちになった場合は、とにかく一騎討ちの場をつくる。相手に邪魔をさせない、ということが一番重要なようです。」
「その通りですね。将が一騎討ちに集中できる環境をつくるのが一番です。そのためには、部隊の指揮系統をきちんと考えなければいけません。」
周瑜に応じたのは藍里だった。まあ、あの同盟と合同軍事演習の話を聞いたなら、裏の狙いがわかっているのなら普通は拒否するだろうからなあ……。しかし、実際に演習をしてみることでわかることはもちろんある。今回で言えば、平地で戦えば俺たちはおそらく圧勝するだろう、ということだ。それを負ける側が、負ける前に知っておく意味は非常に大きい。炎蓮がそこまで考えて呑んだのかはわからないけど、孫家側にとっても、必ずしも悪い方向に転んだわけではないらしい。少なくとも、孫家最高の頭脳と言っていいだろう周瑜はそう考えている。これは果たして良かったのか悪かったのか……。
「兵の士気が若干心配ではあるが、次の日程はまた詰めよう。こっちも、水軍の力を見せねえとな。それと……。冥稟のこと、よろしく頼む。可能なら、演習の時は来て欲しいが、天和さん、どうだろうか?」
「とりあえずは、三十日くらい経てば、問題ないかと思います。」
平地で俺たち劉備軍と孫家が当たった場合、確実に孫家は負ける、ということを将だけでなく、兵まで知ってしまったのは、士気は確実に下がってしまうし、いいこととは言いがたいだろう。今後も軍事演習はするわけで、支配する将としては難題を背負ったことになる。
向こうに行って演習したときの問題は、水軍を率いることを俺たちの中でモノにできる将が何人いるか、ということに尽きる。俺の感覚では、こちらで騎馬軍を担う星と悠煌は器用だからできそうだな、くらいのものしかない。何せ全員が水軍は未経験なのだ。
「なら、少し長くみて、次は四十日後くらいにするか。やることは山積みだな……。今回はありがとう。」
そういい残して、孫家の面々は自分たちの領土へ戻っていった。残るは治療を受けるために、しばらく滞在する冥稟のみ。正直、この世界に入る前の周瑜の知識をすべて捨てたとしても、ここにきてからの諜報の成果と、実際に会ってから話した感触を持ってすれば、水晶や福莱、朱里、藍里クラスと言っていい別格の知者であることは疑いないと感じている。
それほどの人物が俺たちの領土に滞在するとすれば、機密情報に触れないとしても、得るものが非常に大きいだろうというのは、容易に予測がつくことなんだよなあ……。
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第5章 “貞観の治
喪中のため、「あけましておめでとうございます」は控えますが、今年もよろしくお願いいたします。短めですがご容赦くださいませ……。
それに加えて、先にご報告なのですが、こちらに掲載させて頂いている初期の話を、今年の3~4月頃を目安に、加筆修正を行いたいと思っております。
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