No.1078026 銃とお転婆お嬢様と、たった2人の魔法使い 第1話 シャンボール砦防衛戦2021-11-25 16:16:57 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:323 閲覧ユーザー数:323 |
「一発の銃弾が、お前さんの人生の無慈悲なピリオドになる。ここはそんな、明日をも知れねぇ哀れな男達の溜まり場さ。だから毎晩、今日生きている事の確認と、明日の自分への葬式を挙げるために、馬鹿騒ぎをする…それが、お前さんの志願した『軍隊』ってヤツの日常なのさ」
オレの肩を叩き、片側の頬だけひん曲げて、宿舎の案内人はドタドタと去って行った。ホコリが舞い、蝶番のイカれたドアは、ギィギィと音を立てるが、そんな音も、オレの背後のバカ騒ぎに掻き消される。
ため息一つ。オレは義勇軍少佐の階級章をポケットから取り出し、首にかける。連戦連敗、遂に指揮官まで戦死したこの連隊に、今日付で配属されたのだが、士気の低下は著しい様だ。上官の到着にも気付かないとは…自由と平等、誉高き王家の為に立ち上がったハズの義勇軍の面々の乱痴気騒ぎに、一歩を踏み入れた。
腰のホルスターから取り出した短銃を、おもむろに上へ向かって一発ぶっ放す。これが騒ぎを収める1番スマートな方法だ。
ッダァーーンンン ︎
…ちょいと魔石が多過ぎたな。クール顔を決め込んでるが、ぶっ放した銃を持ってる右腕、メッチャプルプルしてるもの…うわ、木屑降って来たし!
一気にシーンと静まり返った宿舎食堂の一同に向け、大音声で名乗る。
「初めまして諸君ッ ︎私は本日付けでこの救国義勇軍・第3師団第五連隊の連隊長に任じられた、コノック・サンダーブレーク義勇軍少佐であるッ ︎一同、直ちに宿舎前に整列せよッ ︎それと、副官たるジークフリート大尉の姿が見えないので、至急救護室から呼び出す様にッ ︎以上、直ちに掛かれッ ︎」
一瞬の間も無く、ワッと全員が行動に移ったところを見ると、流石に前線で視線をくぐり抜けて来た連隊だけあると、感心した。
ふと気配がしてそちらを振り向くと、左前頭部右眼を負傷し、巻いている包帯も痛々しい、大尉の徽章を首から下げたドワーフがやってきた。恐らく彼が副官のジークフリート大尉だろう。顔のあちらこちらに古傷が目立つ、立派な顎髭を蓄えた、精悍な青年だ。彼はオレの目の前に辿り着くと、見事な敬礼と、名乗りを上げる。
「出迎え遅れて申し訳ありません!救国義勇軍第3師団第五連隊副官のジークフリート大尉であります ︎少佐には、早速隊員の見苦しい点お見せしてしまい、汗顔の至りであります!」
気配感知で、先の撤退戦の治療中であった事は承知していたが、軍隊において上官の着任に立ち会わないのは副官として拙い。その為の呼び出しであった。こちらも返礼して名乗りを上げる。
「出迎えご苦労!本日付けで救国義勇軍第3師団第五連隊長を拝命した、コノック・サンダーブレーク義勇軍少佐だ。先のハイデラル撤退戦で戦死されたヴィオレル中佐の後任として、シャンボール砦防衛の任務に当たる。引き続き副官として、よろしく頼む。」
「ハッ!了解致しましたッ!」
軍隊という集団の中での挨拶が終わり、双方敬礼を解く。此処からは個人個人の交流の時間だ。これから命を預け合う事になるのだ。赤心なく交流する事を心掛けたいな。それにしても、酷い怪我だ…
「…怪我の治療中に済まなかったが、これも軍人の務めだ、堪えてくれ。…と、本当に酷い怪我だな。済まないが、『ヒール』を使っても良いか?」
「 ︎ ︎ ︎ッ ︎ま、魔法ッ ︎隊長は魔法が使えるのですかイタタタッ ︎」
魔法と聞いた瞬間、ジークフリート大尉はクワッ ︎と両目(負傷して包帯の下の目も)を見開き、痛みに悶絶するハメになっている。オレは苦笑して、『ヒール』を無詠唱で使ってみせたのだった。
痛がっていた痛みが急に無くなると、脳は大混乱をきたす。ここ300年、とあるドジっ子大賢者の手違いで魔素が失われたこの世界では、一部の強大な龍族を除いて、誰も魔法を使えなくなってしまったのだ。ジークフリート大尉は経歴に310歳と書かれていたので、まぁ、300年振りの『ヒール』に、脳の理解が追いつかず、「ほぇ?ふぇ?あららら?」などと、面白い反応を返してくれたので、思わず吹き出してしまった。
シャンボール砦には、小さいながらも閲兵場がある。しかし、今そこに整列している第五連隊隊員は、5日前には1,200名を数えたのに、現在は全員大なり小なり負傷した、321名を数えるのみとなっている。痛みに冷や汗をかきながらも、一切顔には出さず、上官の着任挨拶を、ただ全員が待っていた。
流石、東大陸で爺ちゃんや父ちゃん、母ちゃん、義父さんと共に戦い抜いた猛者たちだ。王都の近衛騎士団とは気迫が違う。一人一人の顔を見回したいところだが、痛みに冷や汗を流す男を見て悦に入る趣味はないので、とりあえず大声で叫ぶ。
『ヒール ︎』
一瞬、何言ってんだコイツ、という顔の後に、驚愕の表情と奇声が一同から一斉に上がった。空を行く渡り鳥達の隊列が乱れるほどの大音量の奇声であった。
大きく咳払いすると、一瞬で動揺は収まった。よし、それじゃあまずはご挨拶といこうかい。
「諸君 ︎私は本日付けでこの救国義勇軍第3師団第五連隊長へ着任した、コノック・サンダーブレーク少佐であるッ!本来であれば連隊付参謀として着任の予定であったが、先日のハイデラル撤退戦で戦死されたヴィオレル中佐の後任として、新しい連隊旗と共に本日から諸君と共に戦う事となったッ ︎以降、よろしく頼むッ ︎」
ヴィオレル中佐の戦死に触れた途端、全員が哀しみの気配を漂わせたのを感じた。恐らく、慕われていたのだろう。それに、多くの友も、5日前の戦闘で銃弾に倒れたのを真横で見ていた隊員達だ。その心情をまだ本当に理解は出来ないが、寄り添いたいと思った。
「5日前の戦闘に倒れたヴィオレル中佐と、諸君らの戦友に心からの哀悼を示して、1分間の黙祷を捧げる。総員、黙祷ッ!」
鼻を啜る音も僅かに聞こえるが、皆静かに、それぞれの信ずる神へ、祈りを捧げる。そして1分の沈黙は過ぎた。
「これより、ポワティエ公フィリップ殿下より下賜された、新しい連隊旗の掲揚を行う!総員、掲揚ポールへ敬礼ッ!」
ザッ!と、掲揚ポールへ321名の男達が敬礼を捧げる。旗手も先日戦死したため、新連隊旗の掲揚は副官のジークフリートにお願いしてある。オレも、腰に下げたサーベルを抜き放ち、敬礼する。新連隊旗の意匠は、青地に黄色い百合の紋様で、オレの婚約者、ラベリアのお手製だったりする。
旗一つで喪った命が甦るわけでは無いが、何となく連隊員達の瞳に、生気が戻った様に見えた。旗は東風に元気よくはためき、やがて頂点へと達したので、敬礼をやめる。
一通りのお堅い着任挨拶が終わったので、ここからはユルく行こう。
「それではこれにて、本官の着任挨拶並びに新連隊旗掲揚式を終了するッ!ここからは…私個人の挨拶をさせてもらいます。皆さんには、私の家族が本当にお世話になっているのです。ありがとうございます。」
連隊長の着任式で、いきなりお礼を口にする隊長は、恐らくオレが初めてだろう。しかし、彼らはオレの家族の命の恩人なのだ。それを言わずして共に戦うのは気が引ける。案の定、ザワザワと疑問が飛び交っている彼らに、オレは笑顔で彼らに受けた恩について、説明していく。
「まずは軍の様式に沿った簡潔な名乗りだけでしたが、改めて名乗ります。私は、エルフ王国王太子、ティルクリム・サンダーブレークとドワーフ王国代王王女、ヒルデガルドの息子、コノック・サンダーブレークです。皆さんの奮戦で、父母と祖父の籠るフローレンシスは落とされる事なく、今日まで家族皆生き永らえる事が出来ています。本当に、ありがとう。」
深々と礼をする。名乗っててもイマイチ実感が湧かないが、勝手に肩書きがこうなっているのだし、仕方がない。ざわついていた連隊が、一瞬沈黙してから歓声の嵐に見舞われ、皆駆け寄って来て揉みくちゃにされた。
「あの無双の弓手の息子か!道理で色男な訳だ ︎ガハハハッ ︎」バシバシッ!
「あの鬼の様なジジ…いや、代王陛下の孫が、こんなに可愛らしいとは…なんか、良かった…」
「いやいや、ヒルデガルド様の様に、可愛い顔して100キロの金棒で一振り10人の大男をブッ飛ばすかも知らんぞ!アハハハッ ︎」なでなで
「あのバカップル、戦場でも戦い方がイチャついてたものなぁ…」
十人十色で皆、父母や祖父との思い出がある様だ。揉みくちゃにされながら、遠い地で戦う家族を想う。
「あ、それと ︎あの、初っ端に使ったように、私は回復魔法なら、いくらでも使う事が出来ます!まだ怪我人は居ますか?…ちょ、今ケツ撫でた奴いたぞおい!」
やがて騒ぎも収まり、今夜は歓迎の宴会を開いてくれる事となり、解散となった。揉みくちゃにされて、若干ボロボロになりながらも指揮官詰所へ戻ると、ジークフリート大尉が笑顔を輝かせて待っていた。すかさず駆け寄ると敬礼し、それから膝をついて、深々と首を垂れたのだ。すぐに止めるように頼むと、王族に畏れ多い、との事だが、まずは話をしよう、と、椅子を勧めて自分も腰掛ける。
「自分はドワーフ王国の南部を治めていた、レシエン公爵家最後の生き残りの男子です。フローレンシスの籠城戦では、幾度もティルクリム様とヒルデガルド様に命を救われました。ゲルトハルト代王陛下にも、よくして頂いて…『その血を絶やす事、許さぬ』と、無理やりこの連隊にねじ込まれて、お陰様で中央大陸に渡って来られました。こちらで結婚して、アマルダの街には妻と3人の子供が待っています。」
彼は気恥ずかしそうに、最近流行り出した写真付きのペンダントを開いて、家族写真を見せてくれた。そこには何の変哲もない、幸せそうな5人家族の写真があった。
「自分は、やはり家族に故郷を見せたくて…せっかくゲルトハルト代王のご好意で助かった命ですが、いつか故郷を取り戻せるかもしれない、この連隊に志願したのです。そこに、恩人の息子であり、いつか王位を継がれる方が上官としてやって来た…何というかもう、運命ってヤツを感じずにはいられません!」
今度は感極まって涙ぐむジーク君。多分、この子はワンコ系だな。歳上だけど。彼の感動に溢れた話を聞きながら、思わずそんな分析をしてしまった…
「ああ、ジークフリート大尉、私もいつか、フローレンシスに留まっている家族を救い出す為にー」
俄かに詰め所の前が騒がしくなり、すぐに馬蹄の音が扉の直前で止まる。オレとジークフリート大尉は顔を見合わせ、連隊長と副官の位置へすぐに席を移した。
ーーハイデラルを陥して5日、動きのなかった敵陣に動きあり。敵2個連隊、3千名が南進開始、目標はシャンボール砦の攻略と思われるーー
北方ハイデラルから、全員銃で武装した3千名のドワーフ兵が、敗残兵321名+1名が立て篭もるシャンボール砦へ進軍中。どうやら地図を手に入れられなかったようで、警戒と測量がてら、ゆっくりと30kmの行程を進軍中との報告内容は、すぐに連隊員全員と共有し、早速作戦会議を開く事とした。
指揮官詰所に周辺地図が広げられ、ジークフリート大尉が書き込めるだけの情報を書き込む。本来であれば、参謀がもう2人ほど欲しいところであったが、2人での作戦会議となる。
「初陣が約10倍の敵兵との戦いとなるとは…腕が鳴るが、まずは敵を知り、自分達が置かれた状況を把握しなければ元も子もない。状況を整理しよう。」
「ハッ!シャンボール砦周辺の地図に、偵察で得た敵の位置、それと細かな地形についても書き込んでおりますので、ご覧下さい。」
敵の進軍速度は、測量がてらの進軍のために時速にして2キロほど、さらに昼の出発で道中の野営道具も持参している所を見ると、明日の夕刻には砦の物見櫓から姿を確認出来るだろう。続報として、さらに後ろには500人規模の輜重隊が空の荷車と共に付き従って行軍中との事であった。
「敵は明日夕刻にはシャンボール砦へ辿り着くだろう。事前準備をするとしたら、猶予はこの1日しか無い。味方321名対3千名プラス30km北に57,000名の敵…王都の士官学校なら、即時撤退しろと教わる状況だな。」
冷静に口に出すと、絶望的状況だなぁ…この木造砦も築200年、改築される事も無かった様で、あちこちにガタが来ているし…街道の西30mの、標高30mほどの小高い丘に建っていて、街道側からの傾斜は結構あるし、反対側は50mの崖になっているから、守りやすくはあるんだが…
「真の目的は、ここから南3キロにある、シャンボール伯爵領の穀倉地帯か…ハイデラルに駐屯する6万の軍勢の食糧確保が彼らの任務なら、我々は彼らを撃破、もしくは釘付けにしなければならないな…」
「仰る通りです。ハイデラルの敵は2個師団、それぞれ3万ずつの大軍です。アレだけの規模の軍団を維持できる食糧の確保は、山脈だらけの東大陸では困難だったはずですので、現地徴発にはかなり力を入れてくるかと思います。」
東大陸のドワーフ王国は豊富な鉱物資源を産出するが、ほぼ耕作に適した土地が無く、加工した鉄鋼などを中央大陸に輸出して、交易で食糧を確保していた。しかしドワーフ帝国とは戦争状態であるため、帝国は食糧を確保出来ずに、徐々に干上がっている状態であり、それが東大陸北部に追いやられたドワーフ王国を攻めきれない理由でもあった。
今回の帝国によるハイデラル奇襲上陸は、主に食糧確保を狙ってのものと見て間違いない。しかし幸いな事に、ハイデラルに集まっていた食糧は、帝国軍奇襲上陸の3日前に、ドワーフ王国へ向けて出港した船団に満載されていたため、見事に空っぽであったわけだが。
ともあれ、まずは目前の脅威についての対処だ。帝国との実戦経験のないオレでは、わからない事だらけなので、ジークフリート大尉に、帝国軍の実態を解説してもらう事にした。
「帝国軍の主力は、小銃と斧、重装鎧を装備した戦列重装歩兵です。彼らの小銃は射程距離100m程ですが、我々の鎧を簡単に貫通します。平原での会戦では、彼らは三列の横陣で100mの距離で次々と撃ち始め、トドメとばかりに斧を装備して突撃を仕掛けてきました。我々の小銃では、20mの距離でやっと彼らの鎧を貫通できますが、その距離まで近付いたらもう、数秒後には斧の餌食でした。エルフ族の弓ならば、城壁の上からなら200mの距離から彼らの鎧を貫通出来たので、我々がフローレンシスで負けなかったのは、専らエルフ族主体の救国義勇軍第2師団のお陰でしたね。」
ほぅ、こちらの射程外から3段構えで鶴瓶撃ちをかまして、弱ったところに重装鎧で身を固めて斧で突撃か…信長も真っ青だな…
「敵の装填速度はどの位か?」
「平均、一発30秒と言ったところです。魔石粉は、微量な間違いで暴発事故に繋がるので、名人でも一発20秒だと聞いています。」
三段構えならば、10秒に1発弾丸が飛んでくるわけだ。接近戦に持ち込む前に激しく損耗して、そこに小銃を斧に持ち替えた屈強なドワーフが襲い掛かってくるのだ…野戦じゃより射程と威力の上廻る新式銃でも出来ない限り、勝てないな、こりゃ…
「それでは、帝国軍の構造を聞かせてくれ。」
「分かりました。全容は掴めていませんが、組織的な話としては、一般兵、尉官、佐官、将官の構造は、王国軍と共通しております。500名で大隊を構成し、3個大隊1,500名で一個連隊、20個連隊30,000名で1個師団を構成しており、目的に応じて数個師団で軍団を形成します。フローレンシスの前線には、常に5個師団が張り付いて居ました。今回のハイデラル奇襲も、2個師団で構成された軍団によるものと思われます。」
フローレンシスには、常に15万人も張り付いているのか ︎それは…ちょっと突破は難しいな…
「尉官や佐官、将官は、それぞれ鎧に特徴はあるか?」
「はい、一般兵は黒く塗られた鋼鉄製鎧ですが、尉官は赤銅色の鍍金、佐官はミスリル製、将官はミスリルに金の鍍金が施された鎧を着用しており、エルフ族の狙撃兵でも、佐官以上の鎧は撃ち抜けませんでした…」
なるほど…佐官以上が生きていれば、万全の指揮体制が執れるのか…ふぅむ…コレはちょっと、婚約者殿、それと義父さんに相談だな。
「大尉、貴重な話、ありがとう。少し休憩にしよう!疲れているところ済まないが、腹が減ってしまってな。歓迎会もお流れになってしまったし、晩飯を持ってきてもらっても良いだろうか?」
「了解しました!少々お待ち下さい!」
大尉の退室を見送り、おもむろに右ポケットに入れていた小さな水晶玉に魔力を通す。するとドタンドタッ ︎バタンッ ︎と慌ただしい音が聞こえ出してすぐにホログラムが浮かび上がり、我が愛しの婚約者殿と義父になる予定のポワティエ公フィリップが、なにやら格闘している姿が映し出された。
「…………」
「どいてお父様!ちょっとコノックを助けるために、3千人ほどヤッてくるだけだから ︎」
「や、やめ、やめてくれ!冷静に!な?冷静になろうラベリア ︎心配して親子で盗聴してたのがコノックにバレたら、『俺の娘が欲しければ、手柄の一つでも挙げてこい ︎』ッて大見得切った父親としての立場が無くなるし、お前も世間から魔王呼ばわりされちゃうから ︎」
「…………」
「大丈夫よお父様 ︎目撃者も消せば、問題ないわ ︎きっと ︎多分 ︎ほらそこのコノックも賛成して…る……」
「どわぁッ ︎コ、コノックッ ︎い、いつから…いやいい ︎それよりも、ラベリアを止めてくれ ︎」
「…………」
今日も我が婚約者殿とそのお父上は元気だ。アハハハ…ハァ…
取り乱していても、流石は王弟とそのご令嬢。1秒で場の乱れや服の乱れを取り繕い、話し合う空気を創り出すとは…でもこの2人がワタワタしている所はとても面白いので、オレも一つ爆弾発言を放り込んだ。
「お義父さん、ちょっとサクッと戦略級魔法で、シャンボール砦からハイデラルまでの陸地、吹き飛ばしても良いですか?」
「……い、良いワケあるかああぁぁぁッ ︎ ︎」
「さ〜すがコノック ︎大胆でシンプルな解決法ね ︎私もサクッとそっちに行って手伝うわ ︎」
「だあぁッ、お前ら落ち着けぃ!どうしてそう過激な言動に走るんだよ…」
「アッハッハッハ、血筋ですね!」
「違いないから笑えない…」
ふぅ、やはり生真面目なお義父さんイジリは楽しいが、ここまでにしようかな?オレは居住まいを糺して、改めて、上官たる救国義勇軍第3師団長、ポワティエ公フィリップ・ド・ダースクラム元帥へ敬礼し、シャンボール砦の現状を報告した。ドワーフ帝国の戦列重装歩兵2個連隊3千名と500名の輜重部隊(しちょうぶたい=主に食糧や各種装備・消耗品の輸送専門の、戦闘に従事しない部隊のこと)と、砦に逃げ込んだ第五連隊の状況は、娘と共に盗聴していたから知っており、猛将のアタマを悩ませる。
まず戦略的な大方針として、王国はドワーフ帝国を壮大な兵糧攻めの真っ最中であるため、今回の奇襲上陸軍団には、一粒の麦粒だって渡してはならないのが鉄則だ。ハイデラルからドワーフ王国へ向けた食糧を積んだ船団が、奇襲上陸3日前に出港していたのは本当に幸運だった。その船団がドワーフ王国の港に辿り着くまで、あと2週間は、ハイデラルに帝国軍6万を張り付かせたままにしておきたい。その後は成果なく、トボトボと帰ってくれれば理想的だ。帰り着いた帝国の食糧事情を、更に困難にしてくれるだろう。これが戦略上、ベストな結果だ。
だが目下、敵はハイデラルから32キロ南にある、収穫直後のパンパンな穀物庫がズラリと並ぶ、シャンボール城までの強行偵察略奪部隊を派遣した。僅か2個連隊だけなのは、恐らく確信は持てない派兵だったのだろう。あれば奪え、無ければさっさと帰ってこいと。軍を動かすにも、大量の食糧を消費するので、敵の指揮官もアタマを悩ませたに違いない。これは、何としても阻止する必要があるが、大損害を与えたり、全滅させた場合、より大規模な援軍を送り付けて来るだろう。うーん、絶妙に難しい…
「コノックや、お前、敵の2個連隊の士官全員のアタマん中弄って記憶改竄して、シャンボールの穀物庫は全てスッカラカンでした!って報告させる事、出来ないかな?」
「…出来てたらこの通信はその事の事後報告だったでしょうね…5キロ先から、弓で物理的に士官全員の頭を風通しよくは出来ますけれども…」
「アハハハハ、だよなぁ……え?今なんて?」
「5キロまで近付いてくれたら、魔法を使わずに、敵の尉官以上の士官全員を、弓で1分以内に狙撃で仕留められますよ、と…」
「…………うーん、ハンパないのぅ、加護の力ってヤツは…」
結局戦略級炸裂魔法の使用許可は降りなかったが、敵がシャンボール砦を素通りする場合は、尉官1人残して、士官全員を弓で狙撃、本格的に砦に攻め寄せた際は、第五連隊と共に迎撃する中で、連隊長1人残して狙撃で片付けて、第五連隊の求心力を得る、という方針に決まった。やっぱり心配してこちらへ転移して来ようとするラベリアお嬢様を宥めすかして、通信を終えた。いよいよ、オレの初陣だ。
指揮官詰め所前には、ジークフリート大尉が用意してくれた夕食と、話し声が聞こえたので遠慮させていただき、自分は武器の点検に回って参ります、とのメモが添付してあった。全く聞かれても構わない内容であったが、まぁ、元帥のあの取り乱したお姿は見せられたものではないから、オレは大尉の気遣いに感謝して、夕飯を食べた。
食事後、大尉と合流し、武器弾薬の状態報告を受けた。第五連隊は、ハイデラル陥落の前日に実験的な新式銃の支給を受けており、全員がシャンボール砦まで、銃と弾薬を肌身離さず持ってきていたため、思いの外武器弾薬は充実していた。各々、20発の鉛製の弾丸と、20発分の魔石粉(火薬)を腰ベルトの収納ケースに詰め込んでいる。
通常支給されている小銃は、木製の台座に鋼鉄製の筒を、鉄のベルトで三箇所締めた構造だが、この新式銃は、筒の鋼鉄にオリハルコンを混ぜ込み、飛躍的に強度を上げた結果、詰め込める魔石粉(火薬)を増やせた事により、対ドワーフの重装鎧では、90m先からの貫通が可能となる優れものであった。
しかし威力の代償として、発射時の反動が凄まじくなってしまい、更に高価なオリハルコンの使用は、大量生産される小銃には向かない。正に、実験的新式銃なのであった。
各自、夕食と点検を終えたところで、明日に迫った戦闘の作戦を説明し、概ねの連隊員が了承したが、数名がオレの弓の腕を見たいとせがんできた。しかし、夜なので何とも見せようがなく、困っていると、ちょうど頭上に、オオホロホロ鳥が飛んでいるのを見つけたので、砦に備え付けてあったボロボロの弓で10羽の群れ全てを仕留めてみせた。皆驚き、大いに湧いて、ついでにオオホロホロ鳥はすぐに捌かれて、夜食のシチューになった。うん、美味い。こうして、英気を養い、明日に備えて眠りについた。
翌朝から、砦の応急補修にてんてこ舞いになった。すぐ横に広がる森林から急いで資材を調達し、ガタの来た外壁材と取り替える。ついでに、密かに外壁面に硬化の魔法をコッソリとかける。これで、隙間から狙撃されない限りは貫通することは無いだろう。
夕方15:05、とうとう敵を見張りが肉眼で確認した。15:20、砦から200mの地点に、敵軍は展開して、砦を攻める体制を整えるのを確認したため、シャンボール砦に戦闘態勢の指示を下し、各自配置に着かせた。15:30、降伏を促す使者が門前まで近づいてきたため、指揮官たるオレが自ら応対した。
「我らドワーフ帝国第3軍団、第15師団第二、並びに第三連隊3千名、貴国シャンボール城の穀物庫に用があり、罷り越したッ!貴殿らが大人しく降伏、開城し、武装解除に応じるのなら、捕虜として、手荒な扱いはしないと約束しよう!返答や如何にッ ︎」
「丁重なご挨拶痛み入るッ!貴殿らが帝国軍でなければ歓迎の宴を催したが、生憎と我らの国土を侵す侵略者に渡すものは麦一粒も無い!まして、我が名はコノック・サンダーブレーク ︎ドワーフ王国代王太孫であり、エルフ王国王太子にして救国義勇軍第2師団長ティルクリム・サンダーブレークの長子である ︎いざ尋常に、掛かって参られよ ︎」
使者はオレの名乗りを聞いて、想像以上の動揺を見せ、慌てて敵陣へと引き返していった。一方、オレの名乗りを聞いて、味方も改めて隊長は属性盛りすぎだ、と、爆笑を掻っ攫った。
使者の帰り着いた敵本陣ではどうやら、2個連隊の連隊長が激しく揉めている様だ。魔法で聞き耳を立ててみる。第二連隊長のミュラー大佐は、心のどこかでまだ王家に忠誠があるらしく、ハイデラルへの撤退を主張し、第三連隊長のクロイツァー大佐は、目の前に手柄がぶら下がっているのに帰るバカが居るか!と怒鳴っている。結局、クロイツァー大佐に押し負けたミュラー大佐は、渋々と自身の連隊に戦闘準備をさせた。
傍に控えるジークフリート大尉が囁く。
「始まります。どうか、我々に勝利をお導き下さい。」
「ああ、任せておけ。ところで、左の敵第二連隊は、やる気がないようだから、彼らを見逃す。」
「分かりました。少佐は、敵の三斉射が終わったら、第3連隊の士官どもの片づけ、よろしくお願いします。」
闘いの火蓋をまず切って落としたのは、砦前100mで、500人三列で激しい銃撃を始めた、クロイツァー大佐の第三連隊だった。続いて、明らかにやる気を無くしたミュラー大佐の第二連隊も、砦から130mの距離で射撃を開始する。第二連隊員自体にも、王家に銃を向けたくない者がいる様だ。まず当たっても、鎧に弾かれてしまう距離であるし、装填速度もゆっくりしたものである。
500丁の小銃の発射音は、想像以上に耳を痛めつけてくれるので、こっそり自分の耳に『ヒール』をかけ続けたのは内緒だ。いよいよ、敵の第三射が始まる。
「第一大隊、前へーーッ!…止まれッ!…構えーーッ!…狙えーーッ!……放てぇーーッ ︎」
ズガガガーン ︎
「第一大隊、回れ右ッ!一歩左へッ!駆けあーしッ!…止まれッ!回れ右ッ!弾込めぃッ ︎」
見事な練度と言わざるを得ない。砦からちょうど100mの位置を維持しつつ、15秒に一度、500発の鉛玉が飛んでくるのだ。今の所、我々は亀の様に首を引っ込めている事しか出来ない。撃っても貫通しないし…
やがて敵第三連隊は、第二、第三大隊の斉射が終わり、第一大隊が最前列へ戻ってきた。当方は被害ゼロだ。第一大隊が小銃を斧に持ち替えて、前進を始めた。彼らは我々の小銃の射程が20mであると思い込み、30m手前から全力疾走で突撃をかまして来る魂胆なのだ。第二連隊はもう射撃をやめて、動かずに傍観するばかりとなっていた。
彼らが砦から90mの地点に辿り着いたところで、オレは大音声で砦に命令を発した。
「雌伏の時は終わったぞ、皆ッ!斉射構えーーッ ︎ってぇーーッ ︎」
ズゴゴゴゴゴ ︎ーーーンンン…と、敵の銃撃より一音階下の、より重たい射撃音が響いた。
すぐに弾着確認すると、320発全て有効射となっており、つまりは敵第三連隊第一大隊は、一度の斉射で半壊した。
大隊長と副官は即死、今までこんな長距離で致命的な斉射を食らった事のない帝国軍は、一瞬にして全てが停止した。
ここぞとばかりに、オレは見張櫓にスクッと立ち上がり、普通の弓を、アルテミス様の加護でマシンガンの様なスピードで発射し、正確に第三連隊の尉官から順に、全て20秒で仕留めた。最後に、恐怖に染まったクロイツァー大佐の眉間を撃ち抜くと、第三連隊はとうとう崩壊し、第二連隊を呑み込んでハイデラルへ猛然と逃げ出したのだった。後に残った、第二連隊長、ミュラー大佐の足元に、矢文を放つ。
そこには「再び戦場で相見えるまで、貴官が壮健たらんと願う。もしも再びドワーフ王国へ戻る気があらば、歓迎する。」と書いてみたが、それを読んだ彼は、こちらへ一礼し、ハイデラルへと引き揚げて行くのだった。
物見櫓から、自分がただ1人も損害を出さずに守り切った、シャンボール砦と仲間たちを見回す。さぁ、勝鬨を上げよう‼︎‼︎ ︎ ︎
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
女神アマンダにより、異世界『ターリア』へ転生したはずの主人公、コノック・サンダーブレーク。しかし、手違いにより、既に一般人は魔法が使えず、暴君の出現により豹変したドワーフ帝国と、その魔石を火薬に転換した銃を装備した無敵の戦列歩兵の侵略に苦しむ各種族がいる世界に転生してしまう…
これは、彼が15歳にして救国義勇軍へ志願し、少佐として救国義勇軍第3師団第五連隊長として、シャンボール砦へ赴任した所から始まる物語である…
*基本的に、拙作「雨やどり」の世界と同じ世界のため、地名や人名は共通しております。