これは、一刀が外史に飛ばされる以前の話である
「北郷君、今何と言いましたか!!!??」
時は、一刀が聖フランチェスカ学園に入学する前の、一刀が中学生だった時の話
午後の教室、歴史の授業にて、歴史担当の教員から驚きとも怒りとも取れる声が響き渡る
一刀「はい、大量殺戮者、織田信長は本能寺の変で・・・・・」
「その大量殺戮者と言うのを止めなさい!!!」
及川「わちゃ~~~、とうとう言ってもうたな、かずピー・・・・・」
別の席で、一刀の悪友ともいえる及川が頭を抱え、呆れとも関心とも取れる声を出していた
先の聖フランチェスカ学園では、一刀は特進科に進み、及川は普通科に進んだため、将来この二人は同じクラスには決してなれない為、同じクラスになれていたのはこの中学校までであった
周りの生徒達も一瞬で変わった教室の雰囲気に息を呑んだ
因みに、この歴史の先生は女性である
「なぜ君は歴史の偉人をそのように言うのですか!!?彼らは、国の為に、先の事を考えて決断を下していたのですよ!!」
一刀「それでは聞きます、彼らによって殺された人達はどうなるんですか?先生の言う歴史の偉人達が、どれだけの人々の人生を奪い、壊し、狂わせたんですか?」
「それは仕方のないことです、当時の状況が、彼らの人道的な行いを許さなかったのです!!彼らの行いがあるからこそ、今があるということを忘れないで下さい!!だから彼らは英雄と呼ばれるのです!!」
一刀「それでは、ヒトラーも東条英機もムッソリーニも英雄ですね」
「っ!!??・・・・・それとこれとは・・・・・」
一刀「話が違いますか?先生の理屈だと、そうでないとおかしい、いえ・・・・・そうでなければならないと思いますけど・・・・・先生の今の言葉が正しいなら、彼らの行いも今を作るうえで必要だった、ということになりますよね?」
「・・・・・・・・・・」
一刀「かつての枢軸国の指導者のやっていることが、歴史の偉人とやらのやって来たことと違いがあるんですか?」
「それは近代での話です、それ以前の人々に言うのは余りに酷です!」
一刀「それじゃあ先生は、槍や剣で突き殺し合うのと、マシンガンやロケットランチャーで撃ち殺し合う、この二つに違うがあるというんですね?」
「同じです、やっていることは同じ殺し合いです、それは否定しません!!」
一刀「であれば、歴史の偉人達は全員戦争犯罪者ですね、確定です」
「違います!!それだけは断じて違います!!」
一刀「なら先生は、槍や剣で武装し殺し合うのは、良いことだというんですね」
「っ!!??そんなはずありません!!!」
一刀「じゃないとおかしいでしょ、先生はさっきこう言いました、それは近代での話で、それ以前の人々に言うのは余りに酷だと・・・・・だったら、今自分が槍や剣で武装して歴史の偉人と同じやり方で同じだけの数の人間を殺せば、自分とてその偉人と同じく英雄として祀り上げられるということですね」
「や、止めなさい!!それは立派な犯罪です!!」
一刀「何でですか?誰しもが歴史の偉人と同じ事をすれば、誰しもが歴史の偉人と同等の扱いを受けないとおかしいでしょ?」
「違います、そうではありません!!」
一刀「・・・・・なんだか言っていることが滅茶苦茶ですよ、先生」
「確かに矛盾していることは認めます、しかしそれはそれこれはこれです!!」
一刀「そうですか、それはそれこれはこれですか・・・・・なら、この世に英雄はいないということですね」
「ああもうっっっ!!!!!」
戦争は悪い事であるという価値観に基づけば、この結論に達しよう
東京裁判がいい例である
真珠湾奇襲を殺人罪とするなら、広島と長崎に原爆を投下した人物、そしてそれを作り上げた者達、投下を計画し、実行し、命じ、これを黙認した人物、彼らも戦争犯罪者のリストに上がらねばならない
これに参加していたGHQチャールズ・ウィロビー参謀部長は、「東京裁判は、史上最大、最悪の偽善だ、もし米国が同じ立場だったなら日本と同じように戦っただろう」と言っている
というのも、当時の国際法にはA級犯罪(平和に対する罪)やC級犯罪(人道に対する罪)などといった罪は存在していなかったのだ
この二つの罪は1946年、つまり戦後にマッカーサーが独自に作ったもの、つまり新しく作ったものであり、つまりは事後法によって過去の犯罪を裁いたのだ
であれば、それはそれ以前に起きた全ての戦争に対して言えることである、例外などあってはならない
つまり一刀の言っていることは、このマッカーサーの言葉であり、彼の言動を体現しているといってもいい
この先生の言い分は、このマッカーサーの言動を全否定するものであり、ヒトラーや東条英機やムッソリーニにその罪状を問うのは余りに酷、となるであろう
周りの生徒達も、一刀の言っていることは正しいと思えてくる、むしろ先生の言っていることの方が間違っていると思えてくる
なにせ、途轍もなく筋が通っているのだから
「~~~~~~~~っ!!」
先生は、頭を押さえながら苦虫を噛み潰す様な表情となる
駄目である、どれだけ言葉を選び取り繕ったところで矛盾してしまう
その矛盾した点を彼は的確に突いてくるため、確実に論破されてしまう
彼を納得させるには、それこそ英雄と戦争犯罪者の違いを明確にする必要がある
しかし、それそのものが出来っこない以上、彼を納得させることも出来ないということである
「・・・・・もういいです、座りなさい」
一刀「・・・・・はい」
もう諦めたかのような、憂鬱そうな先生の態度に首を傾げながら席に座る
別に自分は何にも間違ったことは言っていない
今の教育方針、「戦争は悪いことである」、という価値観に即して話をしているだけである
なのに先生は、まるで戦争はいいことのように授業を進めている、この矛盾はどう説明する?
疑問ばかりが渦巻き、授業は重苦しい雰囲気のまま進行していくのだった
その後、その歴史の教員は教育委員会に一刀を引き渡した
しかし、結局教育委員会も彼の議論武装を突破することは出来ず、音を上げる結果となってしまった
突き詰めれば、こういった教育方針がこういった歪な人間を生み出してしまうと言える
だが、彼はそれ以外ではいたって人畜無害である
おまけに成績は飛び抜けて優秀、北郷流という武道を学んでいるだけあってスポーツ万能
歪さを持ってはいるが、我が校きっての秀才であることは事実なのだ
彼はこの年にして、人類が持つ矛盾点、その本質を看破してしまったのだ
彼の歪さは、優秀であるが故の歪さとも言える
ここまできたら、もはや釈迦に説法である
二度と戦争をしないと誓った現代日本で生きる分には何も問題はないのでは、と結論付け教育委員会もこのまま見守っていくこととなったのだった
この席は、問題児を更正させる為の席である
しかし相手は、最初から更正する余地が無いほど更正されてしまっているのだ
問題児とは真逆の意味合いでの問題児である、完全に逆パターンなのだ
ここまであらゆる意味で物事を超越し完成されてしまっている人間相手では、文字通り手も足も出ないのである
及川「かずピー、ああいったこと止めた方がええで、あの先生絶対これからかずピーと口数減るで」
帰宅途中、一刀は及川に注意されていた
しかし、一刀からしてみれば何を注意されているのか分からなかった
一刀「なんでだ?別に俺は何もおかしなことは言っていないぞ・・・・・筋の通らないことも言っていないし、道理に反する事も言っていないし、辻褄の合わないことも言っていないし、何も矛盾していない」
及川「そらそうかもしれへんけど・・・・・がずピーって、将来裁判官にでもなるつもりかいな?」
一刀「ん~・・・・・それもいいかも知れないな」
及川「止めといた方がええで、ああいった職業は絶対鬱になるわ、なにせ裁いても裁いても終わりが見えんしな」
一刀「ならその言葉を皆に言うべきだな」
及川「そないな事したら、この世は回らんくなってまうわ!」
一刀「だったら迂闊なことは言うべきじゃない、自分の言動にはしっかりと責任を持たないとな・・・・・今の言葉は忘れてやる」
及川「ほんま北郷流の跡継ぎなだけあって、まるで武士みたいや・・・・・かずピー相手やと、気軽に冗談も言えんわ」
一刀「止めろよ、武士なんて人殺しと一緒にするな、俺は北郷流は継がないと決めているんだから」
及川「かずピーって昔からそないやな、戦争関係のゲームをしとるとこなんて一回も見たこと無いし・・・・・なんでそないに戦争が嫌いなん?」
一刀「それこそ愚門だろう、戦争は悪いことだって昔から言われているじゃないか」
及川「それは戦後の話やろが、先生の言う通りそれ以前の人達に言うのはあれやで・・・・・」
一刀「なら戦後、今戦争をしている人物は確実に戦争犯罪者だな」
及川「それは・・・・・・・・・・まぁ・・・・・」
その通り、もはや事後でない以上、それは全ての人間に適用されなくてはならない
しかし、現実はどうだ?
戦後アメリカは、戦争をした国を全て裁いているか?
むしろ、その戦犯という概念を作ったアメリカが最も多くの戦争をしているくらいである
ならば、戦後の歴代アメリカ大統領は、かつての戦犯者と同じく全員が絞首刑に処されていなければならない
でなければ、全く筋が通らない、自分達でそのような罪状を作り上げた以上自分達が一番の示しを見せなければならないのに、自分達のやっていることを棚に上げ他国の人間だけを裁くなど、もっての外である
一刀「戦争は憎むべきものだ、それは過去に起きた全ての戦争に対して言えることだよ・・・・・例外なんてない、例外があったら全くもって説得力がない」
及川「・・・・・ほんま、武士みたいやで、かずピー」
傍から見れば、自分の言葉には絶対の責任を持ち、筋を通しているように見えるが、それと同時に相当に極端とも取れてしまう
及川は、こういう所だけが一刀の欠点だということを分かっていたが、そう言った悪い所も含めて、彼は一刀と付き合っているのである
及川「(まぁ戦争は憎むべきものっちゅうんは分かるんやけど・・・・・わい、かずピーが心配やわ)」
今の日本の教育方針が生み出した弊害とも取れるが、どうも及川から見るとそれだけではない気がしてやまない
悪友というだけあって一刀との付き合いはそれなりに長いが、ここだけが及川がどうしても理解できない一刀の一部分であった
夕焼けに照らされながら帰路を行く一刀の後姿は、及川から見れば切なくも儚げだった
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夢幻泡影の修羅