No.1077301

唐柿に付いた虫 43

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

2021-11-16 19:58:17 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:600   閲覧ユーザー数:585

 おゆきから何か聞いていた天女が空に飛び立ち、白兎が駆け出していく。

「狛犬も行くッスー!」

 突撃ッス―と駆け出そうとする狛犬の襟首を、おゆきの白い手が慌てて掴んで止める。

 その勢いにずるずると引き摺られながらも、おゆきは狛犬を怒鳴りつけた。

「おバカ! あんたがここに居なくてどうするのよ!」

 さっき説明したように、あんたが今回の術の要中の要なんだからね!良いからそこに座ってなさい、嫌ならここに永久に氷漬けにするわよ!

 おゆきの剣幕に、さしもの狛犬も耳をぺたんとさせて地面に座り込む。

「おゆき……一段と怖いッス」

「怖くて結構、始めるわよ」

 

「中々、良い方に事態が動き出した観があるの」

 大樹の根元、白木の社の前に座り込んだ狛犬と、彼女を前に、何やらを始めたおゆきの姿をみやりながら、ふらりと現れた仙狸がふむと呟いた。

 

仙狸

「お主か……あの時の言葉は、今この状況まで見えて居ったのか?」

 息を飲んでおゆきと狛犬を見つめていたこうめが、ふっと傍らに現れた仙狸に低めた声をかける。

「まさかな軍師殿でもあるまいに、わっちは、皆が前を向くに一番良さそうだと思った事を提案したまでじゃよ」

 皆、それぞれ力ある存在じゃ、それがこの力秘めた庭で想いを集中すれば、何らか良い事もあろうと思うたまでよ。

「狛犬にここに行けと言うたのは?」

「庭中を駆け巡って来たのなら、一番の名所たるここは外せんじゃろ、それだけじゃよ」

 思い付きだけで永の年月生きて来たからの、それほど深くは考えておらんよ。

 猫も目を細めて顔でも洗っとれば思慮深げに見えるじゃろ、あれと同じで、余計な事を言わずに黙っとればそれなりに賢く見えて来るもんじゃよ。

 お主も成長して、ハッタリが必要になったら試してみるが良いぞ。

 そう言いながら、くっくと喉の奥で笑う化け猫を見ながら、こうめは顔をしかめた。

「ほんとかのう?」

 どうも、この化け猫や鞍馬山の大天狗の底知れない知性と洞察力を知る身としては、素直にそういう言葉を聞けない、こうめのそんな顔を苦笑気味に眺めながら、仙狸は肩を竦めた。

「まぁ、そうやって買い被ってくれれば、それはそれで神と呼ばれる者らの端くれとしては有り難い事じゃよ、明日からはお神酒の奉納でも、増やして貰おうかの」

 そう言いながら軽く欠伸をした化け猫の顔を、こうめは若干の呆れを込めて見上げ、何かを諦めるように首を振った。

 長い年月を人と共に過ごして来た式姫という存在はやはり底知れない……彼女らの思惑を図れるようになるには、自分もそこまでの深みを得ねば、推し量る事も難しかろう。

「まぁ、それは置いておこう、皆忙しく立ち働いて居るが、お主は何かやらんのか?」

 みな力や思いを凝らして居るが、お主は何を?

「皆が頑張っておる時に、日向で寝とるのが猫の仕事じゃよ、こうめ殿」

「あのな」

 何か文句を言いたげなこうめに、仙狸は優しい目を向けた。

「皆が一つに思いを凝らし動く、それは尊く美しい光景じゃ、そして、それに参加せぬ者を責める気持ちはようわかる」

 そして、こうめの中に、自分がそこに参加できぬ後ろめたさや焦燥が見える事も。

「じゃがな、こうめ殿、美しい物は同時に脆く儚い物よ」

「それは……どういう?」

 脆く儚い?

「何か、この試みに危ない事があるのか?」

「これこれ、あまりわっちの言葉を真面目に考えるでない、こういう戯れ言を、ぐーたらしていたい化け猫の詭弁と見抜けぬようでは式姫の主になるのは難しいぞ」

 思考を振り回され、狐ーこの場合は猫かーに摘ままれたような顔になったこうめの頭を仙狸の手が優しく撫でる。

「ほれ、わっちらが突っ立っておっても何にもならん、こっちで休まぬか?」

 こうめの反論を封じるように、仙狸はもう一度欠伸をして、涼みながら池を眺める為に置かれた縁台に腰を下ろした。

 そう、今は知らぬで良い、未来に向け真っ直ぐに歩む少女よ。

 いつかお主が成長し、他の誰かの歩みを助けたいと願った時に、敢えて当事者とならず、こうして一歩引いた外から眺める目が、時に必要となる事もあると。

 岡目八目の言葉もある、利害なく外から眺める目というのは、それだけで数段上の賢者の目と成り得るのだと。

 だからこそ、その位置を取るわっちらは、見る事が戦いとなる事を。

「この庭全てを使う程の大呪の試みは滅多にない、今は、庭の気の流れを感じ、皆の大業を見届ける事に集中しておれ」

「庭の気の流れを……感じる」

 頭に置かれた仙狸の手が暖かい……そのゆっくりした手の動きに、最前までの焦燥感が解けていく。

 心が鎮まっていくと共に、この庭の気の流れが高まり、整っていく様を強く感じられる。

 木は火を発し、火は燃えて土を生じ、土は金属を産し、金属はその表面に水を生じ、水は木を育む。

 普段は静かに緩やかに、時に乱れながら回る、五行の世界を巡る力が、今確かに強く回り出した事を感じる。

 天女や白兎が伝令したおゆきの意図が、庭の各所に届きだしたのだろう、静かに、だが確かに力が高まっている事を感じる。

 そしてその力が、狛犬が一心を凝らして踏みしめ、駆け抜けて来た足跡を辿るように、ここに集まってくる事が判る。

 つまり、狛犬をここに来させた彼女の意図は。

「何が名所だから来させたじゃ……狸式姫め」

 こうめの呟きにニヤリと笑い、仙狸はくしゃくしゃとこうめの髪を掻きまわした。

「わっちは猫じゃ」

 不思議な光景だった。

 真祖の指先で、宋銭を倍にした位の銀の円盤が、ゆっくりとくるくる回る。

 何か力を加えて回し続けている訳でも無い、それが指先から転がり落ちぬよう、軽業芸人のように危うい均衡を取っている様子も無い。

 元々そう作られたからくりででもあるかのように、その円盤は、美しき真祖の指先で回り続ける。

 それの弾く銀光に魅入られたように、その場の人々が動きを止めていた。

「これが何かは知っているよねー」

 知らねば、この地に至る事は出来ない。

 無言で頷く彼女の顔を見て、真祖が小さく頷き返す。

 これが何であるかの断片は、吸血姫には伝えた覚えがある。

 だが、その使い方は、誰にも一切伝授していない。

 だが、彼女はこのメダルの力を知り、我が物として、真祖を封じる道具として使えるまでに、その知識を深めた。

 恐らくは、私の言葉を元に吸血姫はそれの使い方の端緒を掴んだのだろう。

 そしてそれを、私の持つ危険な宝物の一つとして、管理を任された彼女が更に深化させた。

 本当……大した物。

 更に時を重ねれば、彼女らはどこまでの高みに至るのだろうか。

 それとも、無限の時に、いつかは押しつぶされるのだろうか。

 

「この世界を流れゆく時、その始まりの前と、終わりの後の虚無に至る事が出来る『鍵』」

 貴女が、無限の時を持つ化け物を封じられる、唯一の場所として選んだ凍り付いた時のしろしめす地に至る門を開く為の鍵。

 そうよね?

 教師が生徒に向けるような目に、思わず彼女が頷く。

 それを見た真祖の唇が僅かに綻ぶ。

「でもねー、それは全てでは無いのー」 

「……え?」

 

 淡々と、まるで講義を行っているかのような口ぶりで言葉を紡ぐ真祖の指先で、中天に凍り付いた月明かりを弾き、円盤は静かに回り続ける。

 緩やかだった回転が徐々に速度を上げ、今やそれは、光をきらきらと弾く球であるかのように……。

 

「このメダルは、何故もう一つの『時砂を胚胎する地』への鍵と対なのか」

 始まりと終わりを司るから?

 さながら、羅馬(ローマ)の双面神(ヤヌス)のそれの如く。

「でも、本当にこの二つの地は、そういう始まりと終わりで対を為す物なのかな?」

 硬く閉ざされた、芽吹く事無き時の種子の地と、枯れ終わり、次代を宿す力を持たず砂となりし時が積もった地。

「……違うのですか?」

 このメダルは、始まりと終わりという対を為す世界に至る為の鍵だと……吸血姫の言葉を、私もそのまま疑いなく受け入れてしまった。

 いや、これの使い方を調べ上げていく中で得た結論も同じ。

 あの小さなメダルの中に織り込まれた呪の力も何もかも、二つで対になるように作り上げられたそれだと。

 ヤヌスのような年神は始まりと終わりを司る、時を操る為に始点と終点に至る力を付与された呪具だと。

 それは、間違っていたのか。

「このメダルとしては間違って無いんだよ、でもそれが誘う世界は、本来このメダルが意味するような、始まりと終わりが背中合わせに存在するそれではないの」

 

 真祖の、抽象的で良く判らない言葉が、夢に誘うかのように、静かに紡がれる。

 その指先で、銀の円盤が回る。

 くるくる、くるくる。

 彼女の指先で、まるで銀色の星のように。

 

 始まらない世界と、完全に終わった時の滅びた世界。

 始まりと終わりが繋がった、くるくると回り続けるヤヌスのしろしめす時と。

 それは、ほんとうに、同じ始めと終わりなのかな?

 終わりが始まりと背中合わせの、くるくるまわる円環の時間と、交わる事無き、直線のような始まりと終わりを持つ時は。

「同じと言えるのかな?」

「では……そのメダルは一体」

 自分が扱ってきた物が、得体の知れぬ物だと知った人の喘ぐような声。

 それにはすぐには答えず、真祖は自分の指先で回り続けるメダルを面白そうに見やった。

「ところでー、不思議だと思わなかった? なぜ時の滅びた世界で私たちは動けるのか」

 戦い、言葉を交わし、血を流す。

 時の流れの中の営みを、時が尽きた世界で何故行える?

 くるくる、くるくる。

 真祖の話しの流れは判りやすい……その意図が見えぬ彼女ではない。

「それの力、なのですね」

「そう、これはね、一番大本の力としては、時の流れを刻み続ける物なの」

 いかなる世界に有ろうと、時を刻み続ける。

 始まらぬ時の地であろうと、時の枯れ果てた地であろうと。

 時という呪いと祝福を、世界に刻み込み続ける。

 そして、刻まれた同じ時という刻印は、いつかその世界同士を結び合わせる。

 どこの神が、何の意図が有って作り上げし物かは知れぬが、そのメダルは、二つで一つの『繋ぐもの』として作り上げられた。

 その持つ者の意識を繋ぐのも、このメダルが持っている力の、ごくごく細やかな現れ。

「では、それの本来の力とは」

 これは繋ぐもの。

「そう、始まらぬ世界と、完全な終焉の地に、再び時の軛を刻みつけ、その窮極の始まりと終わりを無理やり繋ぎ、再び時として回すために作られた神器」

 くるくる、くるくると、永遠に、滅ぶ事すら許さずに、滅びと再生の円環で世界を回し続けるための。

 私とは違う、永遠の形。

「無限の円環」


 
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