いつだったか、何かの折に尋ねたことがある。ジョニー・Gの【G】てなんなんスか?と。彼はあー、と苦笑いしてこちらを幾分か眺めた後、名字だよ、と答えた。んなことはわかるわい!と当時は突っ込んだものだが、今思えば、言うべきか言わぬべきか、悩んでいたのだろう。言うに値する存在なのかどうか、まだ見極められなかったのだとも言える。
それからいくらか経って、もう一度聞いたことがある。彼はうーんと暫く唸って、また今度な、と苦笑を向けた。それを見て、まだか、まだ足りないか、と内心舌打ちをしたものだ。
もういくらか経って、再度、聞いたことがある。その時は双方酔っていて、言う言わないで知らない間に掴み合いになっていた。それを、通りかかった軍曹に喧嘩両成敗とばかりに二人とも投げ飛ばされて仲良く転がったところで、
「やめな! ったく、何やってんだい!」
叱られたこともあった。彼女の呆れた顔をぼーっと見つめて、そしてその時に、ピンときた。そう、それでいつだったか、ブリーフィング後の彼女に聞いたことがある。
「ジョニー・GのGってなんなんスかね」
彼女は一寸きょとんとしてから、ひょいと片眉を上げて、
「さあねえ」
と答えた。これ絶対に知ってるだろ、と思いつつも突っ込めなかった。答える気がないのであれば、聞いたところで仕方がない。ため息を吐くと、彼女はやれやれと口を開いて、
「あたしは知らないけど―」
うそつけ。
「ジョニーが話したくなったら、話してくれるでしょ」
慰めるように付け加えてくれた。
「そ……うですかねえ」
なんだか気を削がれて、語尾が小さくなる。
「アンタ達仲良いし大丈夫だって!」
そう言って盛大に笑って、彼女はバシッと背中を叩いてくれた。めちゃくちゃ痛かったのを覚えている。アウタースーツの上からあの衝撃とは。思わず零れ出た悲鳴に、
「情けないねえ。しゃんとしな!」
そう叱られたのも、今となってはいい思い出かもしれない。その後はオーダーの話題になって、『G』については流れてしまったが―ともあれ軍曹にそう言われてしまえば、仕方がない。それからは彼にしつこく聞き回るのをやめて、話題にも上げないよう過ごした。やがて、様々な出来事が起きては過ぎ、目まぐるしく変わる戦況の中で、『G』のこともいつの間にか、記憶の隅へと追いやられていった。
そんなある日。
「グラント」
突然、誰もいないハンガーに呼び出された。呼んだ彼はというと、視線を散々あちこちに飛ばした後、何度か口を開いては閉じてを繰り返した後に告げてきたのが、それだった。あまりにも急だったのでなんの事だか分からず、
「フォー、グラントって知ってる……?」
持ってきていた端末に助けを求める始末だった。
『はい』
「……えっ! なになに?」
優秀な端末は、静かに告げる。
『ですが、それは彼から聞いたほうが良いのではありませんか?』
「彼」
端末から視線を上げて、目の前にいる『彼』を見る。何やら緊張した面持ちの姿が映るが。はて。ますます首を傾げたところに再度端末から、
『貴方はずっと、知りたかったのではありませんでしたか?』
そう声を掛けられて、暫く悩んで記憶を探り、ようやく、あ!と思い至った。端末をしまって姿勢を正して、咳払いをして、
「えーと、……ジョニー・グラントさん? って事?」
恐る恐る尋ねる。彼はびく、と背筋を伸ばして、
「そう、です」
口調も堅くなるジョニー・グラントに対して、尋ねた方は、
「へええ……」
納得した顔で頷くばかり。少しの沈黙が流れて、
「……あー、あのー、ルーキー?」
「ん?」
「なんか無いのか? ほらー、あの、なんだ……グラント、に対して」
「え」
明らかにどぎまぎして手振り身振りでワタワタしている彼に、ルーキーは眉をひそめた。
「……ないけど。いや、分かってスッキリしたというか……それくらいかな」
「なァッ……!?」
絶句。彼は完全に停止してしまった。
「ジョニー? おーい」
彼はそのまま暫く、ルーキーに肩を揺らされるがままになっていた。
数分後復活したジョニー・Gはルーキーを誘ってアイスクリームパーラーに赴き、黙ってアイスクリームを奢ってくれた。ベンチに座って黙々と食べ、食べ終わればまたハンガーに戻ってきた。と、そこでようやく彼は大きなため息をついて、肩を落とした。
「……すまん」
「いや別にいいけど。何か考えまとまった?」
アイスクリームを食べながら何かを考えている風の彼をよそに、ルーキーはフォーに『グラント』について教わっていた。教われば教わるほど口数が減って、結果的に二人して黙ってアイスクリームを食べるという状況になったのだが。それはさておき。
ジョニーは頭を掻きながら、
「あー、なんだ。なんか安心した」
硬かった表情がようやく解れた。対してルーキーは、
「そ……うデスか。なんかごめん」
少しだけ表情を硬くして謝る。
「なんで謝るんだよ!」
「いやなんとなく……、有名な事を知らないって、なかなか恥ずかしいものがある」
フォーに教えてもらった『グラント』についてのアレコレを思い出して唸るルーキーに、ジョニーは吹き出す。
「いいんだ、俺は助かったよ」
「……釈然としない」
眉根を寄せているルーキーを尻目に、ジョニーは大きく息をついた。
「じゃあ、そうだな……」
名を知られて自分のそばから人がいなくなる……、ということもあったし、精神的な距離が遠ざかることも多かった。先程までざっくばらんに話していたのに、どこかぎこちなくなる。口調も堅苦しくなり、ふざけあえなくなって、そうして段々と距離が遠くなって、一人になる。これは、なかなかに辛かった。本名で行動をしろと言われたときは、そういった事を配慮されているのだと理解して安心した反面、寂しくもあった。勿論、ルーキーのように知らない人もいる。しかし、知ってしまえば上記と同じような事になる事が多かったし、近付いてきたとしても、それは名家というお飾りに釣られてのことだ。いい思いはしなかった。だから、Gの意味を知ってなお等しく扱ってくれる存在は、ただ、単純に嬉しかった。
「俺は、お前がお前でいてくれて、嬉しいって事だよ」
はにかむジョニーに、ルーキーは瞬いてから、ふっと笑う。
「ま、それはお互い様って事で」
己の出自を知りながらも変わらず接してくれる戦友は、不思議そうにきょとんとしている。そんな彼に、ルーキーは改めて感謝するのであった。
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デモンエクスマキナ 小話。