病室では重苦しい空気に包まれ、心痛な面持ちで北郷を見つめていた。
蓮華は未だに涙を流し続け、雪蓮と冥琳は何かに耐えうように唇を強くかみ、北郷を見つめ続けていた。
「北郷・・・・お前は・・・私たちを置いて・・・行ってしまうのか・・・?」
冥琳が小さく呟くと、雪蓮は堪えていたものを抑えることができず、再び涙を流し、嗚咽を上げる。
「策殿・・・・・・」
祭は雪蓮にかける言葉を、彼女に希望を持たせるような言葉を何も持ち合わせてはおらず、表情を曇らせた。
この病室にいる皆が大きな無力感に苛まれ、ただ涙を流すことしかできず、それからは長い沈黙が続いた。
誰も声を上げることもできず、蓮華と雪蓮が泣き崩れているのを見かねたのか祭は口を開く。
「策殿・・・権殿、お立ちになってください」
「ううううう・・・・」
蓮華は泣き疲れたようであり、よろよろと立ち上がると壁にもたれ掛かるが、未だに涙を止めることはできず頭を抱える。
「どうして・・・・どうして・・・・神様は・・・・私たちの大事なものを奪っていくの・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「姉様は一刀と・・・・恋仲だったのに・・・・母様だけじゃなく・・・・一刀までも私たちから奪うなんて・・・・」
蓮華は頭を抱えたまま、涙を流し続ける。思春は蓮華の衰弱を見かね、肩を優しく支えて声をかける。
「蓮華様・・・・少し外の空気を・・・・・。一度・・・・気持ちを整理しては・・・・」
思春の言葉に蓮華はキッと睨むと、涙でぐちゃぐちゃになった顔で思春に叫びに近い声を上げる。
「どう・・・・どう整理をすればいいというの!!?私の初恋の男性が・・・・幸せを願っていた姉の想い人が・・・息を引き取ろうとする時に・・・・どうやって整理をつければいいのよ!!教えてちょうだい!!思春!!」
「れ、蓮華様・・・・・」
思春も温厚な女性であった蓮華がここまで取り乱すことが初めてであったため、気圧されてしまう。
蓮華は涙を拭うと耐えられないと顔をイヤイヤと横に振り、走り去ってしまった。
思春は呆気にとられていたが、彼女の目から涙が溢れ静かにツーと流れ出てくる。
彼女も北郷の命が・・・もはや風前の灯であることを未だに信じられずにいた。
どうして彼が・・・・どうして・・・・よりにもよって彼なのだ・・・・と信じられずにいた。
思春もまた雪蓮の苦労を見てきており、北郷に出会ってから雪蓮の笑顔が増えてきた事が比例して増えてきたことを、思春は内心嬉しく思っていたのだ。
ありがとう。おめでとう。そして幸せになって欲しい。
二人が並んでいるのをそう思い、二人の笑顔を見れば思春の胸に暖かな光が灯っていた。
思春にとって北郷と雪蓮はお似合いのカップルであり、また思春が強く憧れる家族の真の像でもあったからだ。
それなのに・・・穏やかな寝顔を見ていると・・・何時ものようにまた無茶をして訓練で怪我をしただけなのではないかと思ってしまいそうだった。
『すまないな思春。また無理をしてしまったようだ』
彼が起き上がり、いつものように頭を掻きながら苦笑し、思春に謝罪をするのだ。
『貴様の技量がまだまだということだ・・・。この程度の怪我で根を上げるとは・・・・』
それに対し、思春は鼻で笑いながら彼の行いを罵るのだが、彼のそういった不器用さ、実直さを好ましいと思っていたのも事実ではあった。
『そうだな・・・思春の言うとおりだ。もっと強くならないとな』
彼は笑顔で思春の罵倒の近い不器用な励ましを受け取り、意気揚々と精進をすると彼女に言ってくれた。
だが今の彼は・・・・穏やかな寝顔とは相対的に弱々しい呼吸をヒューヒューと音をたてている。
変わってやりたい。なぜ私ではないのか・・・。どうして・・・・。彼女の思考はループをし続け、極限のストレスゆえかズキズキと頭痛が彼女を襲った。
初めて背中を預けて戦った友人であり、同僚である北郷一刀の存在は思春の心の中にこれほどまでに入り込んでいたのかと、痛感をする。
陸の北郷、海の甘寧と謳われたとき思春は誰よりも誇らしかったことを思い出す。
純粋に信頼できる彼と肩を並べてこの戦乱を戦い抜ける。そう信じていたはずなのに・・・。
「す、すみません・・・・私も・・・・もう・・・耐えられそうにありません・・・・・」
涙を拭うと顔を隠すように俯き、静かにそう言うと、思春も部屋を飛び出してしまった。
祭はそれを悲しい表情でただ見つめ、首を横に振り皆に声をかける。
「・・・・ここにいても・・・・儂らの・・・・気持ちの整理がつかんだろう。一度・・・・一度・・・・」
「お願い・・・・少し・・・・・」
祭が外に出ようと促そうとすると雪蓮が俯きながら、弱々しく呟いた。
皆は頷きあうと部屋を出ていこうとするときに祭は冥琳に近寄り、耳元で囁く。
「雪蓮様を頼む」
肩をポンと叩くと祭は下を向いて、部屋に出て行った。
これで病室には北郷と雪蓮、そして冥琳だけとなった。雪蓮はうずくまり、冥琳は椅子をガタガタと引きずって北郷の前に置き、座る。
「こうして見ると・・・・寝ているようだな・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一刀と約束をしたの」
「・・・・・約束?」
「うん・・・・私より・・・な・・・・なが・・・いき・・・してって」
それを聞いたとき冥琳の胸が痛み、悲しみを伴う激情が彼女を取り巻き、震える声で相槌をうつ。
「っ・・・・・・そうか・・・・・お前は・・・・北郷と・・・」
「うん・・・・・結婚してくださいって・・・・・。コイツらしい不器用な求婚だったわ・・・・」
頭をゆっくりと雪蓮は撫でると、涙が意識のない彼の頬やおでこにポタポタと水たまりを作っていく。
「・・・・・・・・・」
「結婚するつもりだったの・・・・・・。それを母さんに知らせたかった・・・。だから墓参りに彼を連れて行って・・・・、私が悪いのよ・・・私があの時墓参りに行かなかったら・・・・・」
大きな瞳から大粒の涙を再びボロボロと流し、自責の念に苛まれる雪蓮。
「それは私も同じだ・・・。あの時私もお前と北郷を止めていれば・・・・刺客の存在に気づいていればこんな事には・・・・」
「最後に一刀に言われたの・・・・私は・・・・あの時刺客に襲われ、謀殺されるって。それが君の運命だった・・・って」
「・・・・・北郷は未来から来た人間。それゆえお前の悲劇、運命をずっと知っていた・・・という事だろう・・・」
「それだけじゃないわ・・・・・彼・・・・私が殺される時を見ているって・・・・」
「・・・・どういうことだ?」
「分からない・・・・。でも全て思い出したって・・・・今までの自分では私を救えなかった・・・・そう言っていたわ」
冥琳は驚愕の表情を浮かべ、北郷を見やる。
北郷の過去は神秘のベールに包まれた状態であり、なぜこの世界に来たのか?そしてなぜ彼の世界とこの世界では相違点が幾つかあるのか?という謎は以前解かれていない。
それは北郷に直接聞いても分からない、と言うだけであり冥琳も一時期困惑を極めていた。
(ただ・・・・断片的な記憶・・・・それが頭によぎるんだ・・・・)
以前彼に質問をぶつけた際に彼がそう言っていたのを冥琳は思い出す。つまり記憶が失われた状態であり、彼は重要な何かを知っているという事だけは分かってはいた。
きっと今の北郷は記憶が全て戻ったに違いない。ゆえに雪蓮にすべてを話し、彼女の悲劇を救った・・・・という事か。
違う世界で、雪蓮が暗殺される。それを詳しく説明ができるという事は、彼は雪蓮が暗殺される瞬間をきっと見ていたに違いないであろうと冥琳は推測ができた。
北郷は依然として意識を失ったままだが、彼の葛藤、そして過去が雪蓮以上に実は重たいものであった事実に驚きを隠せなかった。
「雪蓮、最初に北郷の演習の時・・・・」
「ええ、人を殺している動き・・・・そう言ったわね。今でも覚えているわ・・・・でも一刀の言った事がもし本当なら・・・あの時の疑問は合点が行く」
「彼は何度もこの戦乱を戦ってきた・・・という事か」
「きっと・・・・・きっと彼は・・・・孫策を救いたかったんだと思う。なんども同じ世界で・・・孫策が死ぬ。それを避けねばならないと・・・」
「・・・・・信じられん」
もはや冥琳は混乱が頂点に達し、それ以外持ち合わせる言葉を持ち合わせてはいなかった。
「私も・・・・私もね・・・・実は彼の思考?記憶が頭に入ってきたことがあるの」
「なんだと・・・・・・・?」
「別の世界での私も彼のことを・・・・愛していた。愛していたゆえに、一刀に未来を託し、蓮華とそして貴女そして一刀で前を向いて生きていて欲しい・・・・と」
「そうか・・・・。北郷は・・・・・いったいどんな気持ちでお前の死を見続けてきたのだろうか・・・一体どんな・・・・」
剣だけでなく近接戦闘での技量の高さ、雪蓮や思春に匹敵する技量に、兵を統率する卓越した指揮。
あれは北郷の先天的な天武の才能であると冥琳は考えていたのだが、それが彼が別世界から戦いから培われてきたものであるというのなら納得が言った。
きっと彼は彼女を救いたいという思いだけであそこまで技量を極め、到達したものであるというのなら・・・・。
冥琳は今まで堪えてきた涙を浮かべると、北郷を見つめる。
「お前は私に相談すらせず・・・どうして一人で抱え込もうとしたんだ・・・・」
「おそらく・・・・話せなかったんでしょうね・・・・。この手の話を私や冥琳に話して、その時私たち二人が彼をどういう目で見るのか・・・・そう考えたとき・・・」
雪蓮の言うとおりだ。
実際北郷が本当のことをカミングアウトした場合、雪蓮は間違いなく北郷を信用しなくなるだろうからだ。
彼は自分を愛しているわけではない、違う世界での孫伯符を自分と重ねているのだ、と雪蓮はそう考えてしまうことは容易に想像がついた。
そしてそのような彼女の心境の機微を彼が理解できないはずはあるまい。
冥琳だってそうであろう。
彼が冥琳を知っているということは、冥琳が抱いていた雪蓮への想いも既に知っていることになる。
北郷はそれを冥琳に話したとして、冥琳は心の奥底で彼を完全に納得できるのか?と今にして冥琳は思う。
同情された、同情で自分の心を弄び、雪蓮との体裁を整えたに過ぎないと心のどこかで遺恨を残すであろう。
北郷は・・・・怖かったのだろう。
冥琳はなぜあの時脱走して、雪蓮たちから関係を絶とうとしたのか・・・今なら理解することができた。
北郷はずっと悩んでいたのだ。
誰にも話すことができず、そして誰にも理解できないという事実が彼に重くのしかかり、精神的に追い詰められていたという事か。
「確かにそうかもしれないな・・・・。北郷は・・・・一刀は重い運命を一人で背負っていたという事なんだな・・・」
「バカよ・・・・本当に・・・・・一人で・・・・バカ」
彼の動かない手を雪蓮は強く握り締め、目をつぶる。その瞬間、雪蓮の頭に電気が走り、頭痛を襲った。
「うぐ?!・・・・ぐううぐぐううううううう」
急にうめき声を上げる雪蓮に冥琳は驚愕の表情を浮かべると、雪蓮を抱き寄せ。声をかける。
「雪蓮!!しっかりして!!・・・医者を!!早く医者を呼んで来い!!!」
冥琳は部屋の外で待機している看護士に大声でまくし立てると、冥琳は涙を拭う。
「雪蓮まで私から連れ去ろうというのですか・・・文台様。それはあんまりではありませんか・・・・!!」
苦しんでいた雪蓮ではあったが、自分の頭の中に膨大な量の記憶が入って来る事に脳の処理が追いついていないためであった。
(なにこれ・・・・頭の中に何かが・・・入ってくる。・・・・・いや・・・・いや・・・・・!!!)
雪蓮は自分の頭の中に入ってくるものを拒絶しようとするが、ソレはそんなことをお構いなしに、彼女の精神に入ってこようとする。
(これ・・・・これは・・・記憶。・・・・・一刀の記憶だというの?!)
違う外史での孫策との出会い。
『じゃあ一刀は天の御使いということね!!それなら貴方には天の御子を作ってもらわないとねぇ・・・種馬になってもらうわよ』
『え?!そ、それは・・・・・』
それから急に移り変わり、雪蓮が木の上で酒を飲んでいるのを北郷が発見する場面へ。
『雪蓮、そんなところにいたのか・・・・』
『アハハハ見つかっちゃたか~』
天真爛漫な笑顔に北郷はやれやれと苦笑する。何気ない2人の一日・・・・。
それから雪蓮は北郷の記憶の海を泳ぎ続ける。
反董卓連合、黄巾党の乱、北郷は自分が知っている様な冷酷かつ冷静な武人でなく、人の殺し合いに顔を青ざめ、嘔吐するか弱い青年であった。
そう、北郷はごく普通の男性であった。
『体が熱いの・・・・』
『雪蓮・・・一体どうして・・・?痛ッ?!」
雪蓮の血を見ると興奮する性癖を北郷に見せる場面、雪蓮は興奮した自分を押さえつけるかの如く、彼の首に噛み付く。
北郷は顔を青ざめ、明らかに怯えている風であった。
それは当たり前の反応であったが、それを見てなお自身の弱さを認め、雪蓮を受け入れようとする度量の深さは今の彼とか変わらないなと感慨にふける。
そして母の墓石の前で自分が弓で刺される姿。
その時の北郷が感じていたことは大きな絶望、憎しみ。雪蓮の頭にそれが流れ込んできて、そして感じる。
いつもはおおらかで、優しい青年がこれほどまでに激情を兼ね備えていたことに、毒矢を受けた雪蓮当人も驚きつつも、北郷を優しく諭す。
そして場面は移り、雪蓮は呉軍の前で最後の大号令を発する。
涙を流しながら雪蓮を隣で見守り続ける彼、そして号令を発した瞬間、崩れ落ちる彼女を抱きかかえる北郷。
冥琳は沈痛な面持ちで雪蓮の頭を撫でる。
『心配するな・・・・私も・・・直ぐにあとを追う・・・・。それまでは文台様とよろしく頼むぞ・・・・』
冥琳はいつも通りの口調ではあったが、その背中は震え、いつもは大きく見える彼女の背中がヒドく年相応に小さく見えた。
空間が歪み、再び場面が移る。
雪蓮と母の墓が並んて建てられ、その前で北郷と冥琳は静かに墓の前で語る。
『私だけに託された事・・・・、私だけが理解る事・・・・私だけが・・・・・・』
それから冥琳は口をグっとこらえると震える声で悲しみを帯びた声が冥琳から発せられ弱々しく語る。
『だけど・・・・だけど・・・・・・雪蓮、お前がいない世界はどこか霞んでいて・・・・、一面に霧がかかったようだよ・・・・』
北郷は冥琳が初めて漏らす弱音に耐え切れず涙を流し、冥琳をただ見つめるだけしかできなかった。
『俺は・・・・何も・・・・何も出来なかった・・・・』
彼は絞り出すように声を上げると、ガクリと膝をうち、うずくまる。地面をガンガンと叩くと声を上げて泣く。
『北郷・・・・・・・それは・・・・』
冥琳が振り返ると北郷を悲しい目で見つめた。
場面が飛び、曹操と呉の最後の決戦・・・・。燃え盛る魏の船団を前に冥琳は、突撃の号令をかける。
『全軍!!吶喊せよ!!』
それと同時に彼女は糸が切れた人形のように倒れる。北郷と蓮華が抱きかかえるも、吐血しており弱々しい声で彼に語りだす。
『私の天命はこれまで・・・北郷・・・・後は・・・・・後は頼むわ・・・・』
それを黙って見つめる北郷と泣き崩れる蓮華を雪蓮は後ろで黙って見てた。
(これが一刀、貴方が見た呉の未来とでもいうの?一刀が・・・・彼が見せている記憶だというの?)
冥琳が息を引き取るのを看取る北郷の震える寂しい背中を見つめ続けながら、雪蓮は一刀の思いを感じていた。
(だから私を守ろうと・・・・守りたいと・・・)
北郷の記憶の渦は深く、幾ども呉で雪蓮を助けようと奮闘する姿が痛々しく移る。
その度に絶望し、自分を憎む。
彼の行ってる行為は、目的はまさに修羅の道そのものであり、雪蓮の為に、冥琳のためにと一人奮闘する彼の心境が雪蓮の胸をうつ。
愛する者を、大切な人を守りたい・・・・。その一心で。
雪蓮は冥琳から北郷が武官になりたいと言う理由を聞いていた。
(大切な人を泣かせたくない・・・・とそう言っていたわ)
自分の弟子にできず、心底残念そうにそう言っていた冥琳であったが、今なら彼女は分かる。
記憶がなくなっていても、彼は心の奥底では覚えていたのだ。
長い長い時を巡り、北郷の心の一部になってしまった『それ』を完全に消し去ることは出来なかった。
その事実が雪蓮には嬉しくもあり、また悲しくもあった。
それから急に体をグイっと引っ張られるような感覚のあと、雪蓮は意識を取り戻し、目をハッと見開く。
目を覚ますと冥琳と医者が覗き込んでいた。
「私・・・・・」
「雪蓮!!大丈夫か?!」
冥琳が心配そうに雪蓮を伺うが、冥琳は頭を押さえながら、立ち上がる。
「私は大丈夫よ・・・。ちょっと疲れただけ・・・・少し外で・・・・冥琳もどう?」
雪蓮が外へと誘うので冥琳も断る意味もないため、二人で外に出て事のいきさつを雪蓮は話し始めた。
冥琳はもはや驚くことを放棄し、ただジッと黙って雪蓮が体験した事に耳を傾けていた。
「・・・・以上が私が倒れた時に起こったことよ」
「もう・・・・いまさら驚かんさ。ただ・・・・北郷は・・・・私やお前の死を目にし・・・・未来を変えようとした・・・という事か」
「そうね・・・。冥琳は私が死んでからは・・・大きく気落ちし、それをごまかすかのように仕事に没頭し、病魔に犯される・・・・といったところかしら」
「そうであるのなら彼はお前だけでなく、私の・・・命を間接的にでも救った・・・という事か。だが・・・・アイツはやっぱり・・・・大馬鹿者だよ・・・。私や雪蓮が生きていても、そこに・・・・」
冥琳の頭には彼が微笑みながら、彼女に言った事を思い出す。
『雪蓮には冥琳が付いていないとダメなんだ・・・・』
北郷はこれから起こる運命を意図して、あの時冥琳と雪蓮に託した・・・・という事なのか。
冥琳の頭は以前混乱状態であり、整理が追いつかない。
「もう・・・・覚悟を決めないといけない・・・・という事でしょうね。冥琳・・・・彼は私にすべてを託した・・・・と言う事なんでしょう・・・」
「雪蓮・・・・・・・」
沈黙が二人を支配する中、祭がこちらに走ってくる。
「雪蓮様!!北郷が・・・・・早く!!!」
雪蓮は祭の様子をみて最早覚悟を決める。病室を再度訪れると、医者が北郷に跨り救急措置をしていた。
「先生!!脈がありません!!」
「分かっている!!クソォ・・・・畜生・・・・・」
看護士から言われるも医者の男は何もできない悔しさの声が漏れる中、北郷に懸命な治療行う。
小蓮、明命や蓮華や思春、穏や亞莎といった者たちが神に縋る思いで北郷を見つめ続ける中、医者はガックリと項垂れる。
その後彼の閉じられてい目を開いて、チェックをして重い口を開ける。
「・・・・・ご臨終です」
雪蓮と冥琳の頭は一瞬にして真っ白になり、呆然とただ立ちすくむのみであった。
「・・・・・・よ・・・・よく・・・・・よくやってくれたの・・・・・ありがとう・・・・」
祭は泣き続ける医者の肩を叩くと、震える声で労う。
「隊長!!!あんまりではありませんか!!!!私は・・・・あなたと戦えることに誇りを感じていたのに・・・・!部隊の皆は貴方と共に戦い抜く覚悟をしていたというのに・・・・!!」
副官は彼の前に立つと涙を流し、突っ伏す。
北郷隊の者たち彼の死を聞くと崩れるように地面に倒れこみ、大声で泣き始める。
蓮華は涙を流しながら、ポツリと呟いた。
「一刀が・・・・一刀が・・・死んじゃった・・・・・、死んでしまった・・・・・」
「北郷・・・・・・・北郷・・・・・・!!あぁぁぁぁぁぁぁあああ」
思春は自分を抑えきれず、倒れこむと大声で泣き始めた。
思春のその姿につられるかの如く、皆の感情が激しく揺さぶられ、彼の死に対しただ涙を流す事しかできなかった。
雪蓮は北郷のそばに立つと顔を触る。
まだ温もりがあるが、もはや生気のある温かみは感じられず、そこにあるのは『北郷一刀であったモノ』だという事実が雪蓮の胸を突き刺す。
雪蓮は自分の指にはめていた指輪を見つめる。それが彼がくれた、最初で最後のプレゼントだった。
彼女は俯いたまま、言葉を発することなく指輪を撫で続ける。まるで北郷に語りかけるように、自分の精神を安定させるかのようにただ優しく指輪を撫で続けるのであった。
雪蓮の弱った姿を尻目に、冥琳も自分の指にはめている雪蓮とお揃いの指輪を見つめる。
(友情の証か・・・・・。北郷、いや一刀・・・・貴方が抜けた穴・・・・雪蓮の死と同じくらい大きな損失よ・・・・。お前は言ったじゃないか・・・・。私とお前、そして雪蓮でないとダメなんだと・・・・。私たちを置いて、それはあんまりじゃないか・・・一刀!)
一人冥琳は北郷の所業をなじり、心の中で毒づくと同時に彼に対する理不尽な死に対し冥琳は天を仰いだ。
そしてこの日、一人の英雄がこの世を去った。
北郷は准将から2階級特進し中将へと昇進をし、その後国葬が開かれにより丁寧に遺体は葬られた。
もちろん蜀の首脳も山越の首脳も国葬に参加した。
桃香や愛紗他五虎将軍や朱里といった北郷と親交の深かった者たちは彼の理不尽な死に涙した。
雪蓮の婚約者であった男の死は連合においても大きな衝撃を与えたのであった。
・・・その後謀殺された北郷に対する報復作戦を呉単独で立案し、決行。
呉軍5万の軍勢で荊州を総攻撃を即時に開始しする。
そのころ蜀では呉軍の報復作戦に対し反対意見を述べ、魏と講話を持ちかけるべきだと意見を述べるも、冥琳はその反対意見を黙殺し、部隊を展開させる。
「連合軍としてでの共同作戦ではない以上、連合の政策決定の範疇にはないはず!これ以上煩く述べれば貴国による内政干渉とみなし、タタでは済まさぬぞ」
と冥琳は朱里に怒りの形相で抗議をする。
朱里も連合での抜け穴を見抜かれていた冥琳を相手にもはやそれ以上は何も言うことができず、呉の動きを止める事を諦める。
雪蓮たちの個人的な恨み晴らしのため、その矛先を魏へと向ける。
「殺せ!!!殺せ!!殺しつくせ!!!逃げる奴も殺せ!!投降する奴らも殺せ!!奴らのやった行いを、獣の蛮行を奴らに知らしめるのだ!!」
思春が怒りを見せ、呉軍の兵たちももはや北郷の亡霊が取り付いた死兵と化す。
「良いか!!敵の耳を削げ、鼻をもげ、目玉をくり抜き、喉を貫け!!敵の骸を踏みにじり、呉の怒りを天に示すのじゃ!!」
祭が怒りの形相で魏兵たちを蹴散らし、ひたすら前に進む。
「我が愛する伴侶たる北郷の奪った罪、お前たち蛮人の死を持って償ってもらうぞ!!」
雪蓮も前線に出向き、北郷が率いていた15部隊の隊長として兵を鼓舞し、敵を鬼神のごとく踏み潰していく。
呉兵の者たちも陸軍参謀であり、兵たちの信頼も厚かった北郷の死の影響は大きく、その憎しみを魏兵にぶつけんが如く邁進をする。
夏侯惇隊等の増援を曹操も行うも、もはや死兵と化した呉軍の進撃を止める手立てはなく、撤収撤退へと追い込まれた。
どれだけ剣で引き裂かれようが、どれだけ弓が刺さろうが、呉兵たちは前へ前へと突き進む。
もやは作戦というものもなく、魏兵を私刑し、蹂躙し憎しみをただぶつけるのみであり、呉に渦巻く大きな憎しみが、荊州の魏兵を飲み込み、荊州を悲しみの渦へと引きずり込んでいく。
呉軍はその後死者1万を超える大きな犠牲を出しながらも、おおよそ半年も経たぬうちに荊州は陥落せしめる。
これで魏の勢力を完全に北方全域に追い出すことに成功し、魏も連合軍攻略に戦略的に重要であった荊州を失う手痛い痛手を負うことになった。
許昌では孫策の暗殺が命令無視により行われ失敗に終わったと報告を聞いたのは、荊州が陥落してからおよそ2週間ほど後であった。
曹操は怒りの形相を浮かべると彼女の持つ武器 絶を何処からともなく出し、捲し立てる。
「なんだと・・・・そいつらの首を斬れ!!」
「しかし華琳様・・・・」
「私の聖戦が野蛮な獣に犯されたのだぞ!!!今すぐ私の前に首をもってこさせろ!!!」
いつもは冷静な曹操が荀彧にそう告げると、怒りをコントロールできず手に持つ絶で彼女の王座を破壊してしまう。
曹操はあの時の初戦で撤退したあと、次こそは、と孫策たちとの戦いに虎視眈々であったはずだった。
自分の前に大きく立ちはだかる壁、それを自分の手で崩し、その先にある何かを曹操は掴み取りたかった。
だがそんな曹操の野望に、何も知らないぽっと出の野蛮人が邪魔をしてくることが、曹操には耐え難い侮辱として写ったのである。
果たして北郷を殺害した兵数人を拘束、直ぐ様処刑された。
その後曹操は連合と休戦を結ばんと、早急に使者を送る。
連合での外交を決める部署である外交卿は、各国互いに意見を交換し合った後休戦を受諾し、束の間の平和が大陸に訪れることになる。
荊州の統治に関しては今後の戦後処理での話で、と打ち合わせが始まるが、連合内でさらなる衝撃の事件が勃発する。
呉王である孫伯符が王を辞任し、後継に妹の孫仲謀を指名したのだ。
それと同時に呉は国そのものの在り方を法で規定した憲法、国家基本法を発布。
呉政府は独立宣言を発表すると同時に、三平主義に基づく自由民主主義を掲げ、議会、行政府、司法の権力分散と文民統治を明確に打ち出す。
王の権限はほぼ全て行政府・議会へと吸収され、最早孫家は王家としての儀式参加程度の権限しか残されてはなく、宮廷法という名の法律の下王家の国事行為が規定される。
行政府のトップである初代行政府大臣は王である孫仲謀が圧倒的な民衆の支持のもと担い、議会は周瑜派革新会と蓮華率いる保守会の2大勢力による運営となった。
初の民主的な選挙も実行に移され、最初の選挙は蓮華率いる保守会が多数を占めるようになる。
その後蓮華は行政府の長官の指名へと移り、各大臣は保守派、周瑜派の思想に関係なく多数の有能な者たちが指名される。
なかでも軍令部長官に周瑜、海軍長官に黄蓋が指名された。
これにて揚洲での共和制連邦国家の樹立が果たされ、民主主義の息吹をこの地に発生させたのであった。
王を辞した孫策は王家を離脱。
直ぐ様彼女は軍令部へと籍を移し、北郷の亡き第15特殊師団の隊長を務めることになった。
たった数人の軽率な行いに対する報いが、多数の犠牲を生んでの荊州の陥落と呉の国家独立を生んでしまい、魏は身をもって自身の迂闊さを思い知るのであった。
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続きを上げます。前回は長すぎました。今回は短めです