16話 章人(13)
「“というわけで”じゃないでしょ!! どうして言ってくれなかったのよ!」
信長、帰蝶、柴田勝家、丹羽長秀を信長邸へ秘密裏に集め、太上老君のことを説明した章人に対する第一声は、帰蝶のそれだった。
「よほどのことでも起きない限り、基本的に力を借りるつもりはないし、姿を隠したままで大丈夫だと思っていたんだ。ただ、敵が彼の姿を無理やり見破る力がある……と知ったからね。それなら伝えたほうがいい、というわけだ」
「彼は、鬼への対抗策になりうるのでしょうか?」
「どうだろうね。私は基本的にそれを望んでいない。彼にはとにかく見ることに徹してほしいと思っている。力を借りることはもちろんあるかもしれないが、私としてはないほうがいい」
丹羽長秀の質問にはそう答えた章人だった。できることなら、太上老君の力を借りることはなく、ただ傍観者に徹していて欲しい、そう思っていた。
「どうした久遠? 何か言いたげだな」
「いや、お主ですらこんな一面があるとは思っていなかったのだ」
「こんな一面?」
「人の気持ちの機微がわからぬということだ。我は、お主も人であると知って安心したぞ」
信長からそんな言葉をかけられるというのは章人にとって予想外だったが、かつて幼なじみの悠季から「章人さんは、できない人の気持ちがわからないから、そんなことが言えるんです」と言われたことを思いだしていた。
「まあいい。墨俣はうまくいきそうなんでな。雛を借りたいのだが、良いか?」
「滝川衆を? 構わぬが、何をさせる気だ?」
「美濃に流言を流させる。あとは私が調練をする。幸いにしてひよが墨俣攻略の監督はすべてしてくれることになっているから、私の出る幕は最後だけだ。なにぶん目立ちすぎるのでね」
「なるほどな……。つまりお主も陽動側に、ということか」
「ああ。攻略戦はもちろん参加させてもらうがね」
滝川衆の調練と美濃攻略の“表”を買って出た章人であった。それに加え、滝川衆にもうひとつ任務を任せたい、そんな考えがあった。「草」狩りである。さすがに自分だけでは手が回らないところまできていたため、滝川衆にやらせれば自分は楽になるし、部隊の強さが次の段階へいけるし、織田の情報は流出しないし、といいこと尽くめであるのだった。
「尾張にこんなに草が入り込んでいたなんて……。久遠様たちへはどう報告するのです?」
「そのまま? ただ、前にも言ったが武田の草は殺さないこと」
「はい……。」
「そう恐縮しない。流言も調練も、草狩りも、滝川衆は本当によくやってくれているよ」
「ありがとうございます……。」
章人は織田家最強の将である、と滝川一益は思っていたため、その人物から自分が評価されているらしい、そう感じるのは彼女にとってとても嬉しいことであった。
そうして、決行予定日の前々日を迎える。つまり翌日の夜に作戦を開始する、ということである
「諸葛亮でも欲しいねえ」
「はい??」
「明日の晩の天気が知りたい。まあ、なんとなく晴れそうな気はするけど、もしも雨が降ったら面倒だ」
「それなんですよね……。最大の敵は美濃勢というより天気です。もし雨が降ったらどうしますか?」
「紙の運搬をやめて私が一人で奴らに喧嘩を売ってる間にささっと作ってもらうしかないわな」
章人がそうつぶやいたのが、なんのことかさっぱりわからなかった木下秀吉はそう聞いた。この作戦で最大の敵が何かを理解していた蜂須賀正勝はその敵が現れたときの対処法を聞いた。それに対する章人の答えはあまりに無茶苦茶だったが、この人物ならばやりそうだ、とも思っていた。
「川並衆の状態は大丈夫そうだし、準備はもうすべて完了してる。我々の行く末を暗示してくれるようなものだし、あとは運を天に任せましょう」
「はい!!」
そう言って最後の打ち合わせを終えた章人たちだった。
「さて。久遠、結菜、行ってくるとする。まぁ、無事を祈っててくれ。」
「本当に、何もしなくて良いのだな?」
「やるべきことはすべて雛に伝えてある。ただ、墨俣築城成功の報が入ったら、すぐに援軍を出せるような準備は秘密裏にやっておいてくれ。伝えたとおりにな」
「ああ」
敢えて、陽動の兵を出す必要はないと事前に告げていた章人であった。築城完了後にその城を落とされないための援軍は出すように頼んではいたが。
「暗いねぇ。こっちでのかがり火も最小限にするように伝えたし、当然の成り行きではあるけど」
「はい! 夜闇の中でも組めるように練習済みです。では章人殿。出陣の命をお願いいたします」
「幸いにして晴れた。築城目的地、墨俣。我々の立身出世物語、始めちゃいましょう。
出陣」
「は!!」
章人の命とともに、長良川上流から川並衆が資材を流し始めるのだった。無論、自分たちも川下りである。
「さて、ころ。最後の始末は手筈通り、君に任せる。私はひよと先に下っておくよ」
「かしこまりました!」
かがり火も確実にすべて消して、長良川上流では『何も起きていなかった』ことにするという重要任務を預けられるのは、蜂須賀正勝をおいて他にいなかった。
「墨俣到着、と。午前二時、丑三つ時ってところかな。紙は到着してるかい?」
「はい! 問題ありません!! 築城ですが、すでに柵の作成に取りかかっております!」
川並衆からそう報告を受け、これはいけそうだと思った章人であった。
「上々。油断せずにやっていこう。私はちょっと外を見てくる。ひよは川並衆の監督を頼む」
「かしこまりました!」
草は、敵兵はいないか、そう思って外を見に行くのである。案の定、森の中に草の姿を見つけた章人であった。
「こんばんは」
「ひいっ!!!」
「バイバイ」
そう呟き、森にいた草3人を斬り殺した。「本来なら、どこの所属か聞いているんだが今晩はそんな暇がなくてなぁ。残念だ」そんなことを言いながら、草の気配がなくなったことを確認して戻っていくのであった。
「よし、あとは石つめて完了。ころ、尾張へ築城完了の報を出してくれ。皆、本当によくやってくれたね。
さてさて、これでも突っ込んでくる馬鹿はいるかねえ」
柵を完成させ、紙を貼るまであっさりといき、水のない堀である空堀を掘る暇まで存在した。ここまでを1刻半。つまり章人の知る時間で3時間。午前5時までに完了したのであった。あとは雨が降るまでに石をつめば完了である。
「いなかったかー。」
「どうして残念そうな声を出すんですか……。」
石つみも終わり、一夜にして城を完成させた章人のおふざけに呆れている蜂須賀正勝であった。そこへ、尾張からの援軍が到着する。来たのは予想外の人物であった。
「早坂殿!」
「麦穂様!?」
「案外、暇なのかい?」
「いえ、そういうわけではありませんが……。ただ久遠様より、絶対に落とさせるな、後詰めは出すがそれまでの間は私が行くようにと指令が出ました」
来たのは丹羽長秀であった。今川の残党やらに備えるため、築城せよとの命は下っていなかったため、木下秀吉はとても驚いたのである。丹羽長秀にとっても、墨俣への築城は絶対に失敗するとわかっていたので、仮に自分に命が来たとしても、蹴るつもりでいたのではあるが。
「なるほど。まあ適材適所だわな」
「と、いいますと……?」
「今川やらの相手は壬月に任せればいい話だし、私はともかくひよとの関係がそこまで悪くなく、確実にここを守れる将といえば、確かに麦穂くらいだろうよ」
「私との、関係……?」
「壬月や佐久間とやらが来て、即ひよと交代しては、ひよは妬みをかうだけだしな。和奏やら犬子ではちと弱すぎる。そして雛は一番忙しい仕事をやっている」
丹羽長秀からしても、本当に築城に成功したのか見たかったのはあるが、それにしても自分を援軍で出させるというのは、少々理解しがたいところがあった。しかし、章人の言葉は確かにその通りであった。築城に失敗した人物たちが後詰めできたところで、章人はともかく、木下秀吉たちが妬みをかうのは目に見えていた。
「さて、清洲に戻ろうか。久遠に頼みたいこともあるしね」
「久遠様に、ですか?」
「ああ。さて、帰りは馬に乗って帰れそうだな。では麦穂、残りはよろしく頼むよ」
「かしこまりました。帰路、お気をつけて」
ようやく目立った戦功をあげられた、という事実が章人に次なる課題を突きつけていた。しかし、ひとまず川並衆の皆と本拠地の清洲へ戻ることにしたのであった。
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第2章 章人(1)
3年半ぶりの更新(白目)お待たせしました。
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