No.107026

真・恋姫無双 ~不動伝~ 拠点第一話

本作品は真・恋姫無双の二次創作SSでオリキャラが主人公のために、以下の条件の下で大丈夫な方のみお読みください。

・オリキャラが中心となる物語
・北郷一刀は存在
・蜀√を軸に『三国志』『三国志演義』を交えていきます

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2009-11-14 15:32:45 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3513   閲覧ユーザー数:3145

 

「こっちに来てもう三日、いや三日寝込んだから六日なのか?」

 

水鏡宅の客室の寝台に寝転がって、この異世界に来た日数を数える。

元直の紹介を終えた後、水鏡は三人を帰し、左肩の具合を話してくれた。

手当てもせずに放置した状態が長引いていたから後遺症が残る可能性があるとのこと。

今のところ、五分五分と見ている。傷が塞がった後のリハビリ次第と言うことだろう。

傷の治療法方に糸で縫合したと聞いた時は、この時代にもそういう手術方法はあるのかと感心した。

しかし、糸で縫合したとしても傷口を無理矢理合わせている状態には変わらない。

傷口がくっつくまでは安静にするようにと言いつけられた。

そのため、この客室から出るのは厠で用を足すぐらいで、一日の大半はもっぱら寝台の上で過ごしていた。

 

「孔明たちは朝の講義か。この時代ってどんなことを学ぶんだろうな」

 

今は太陽が顔を見せ始めて約二時半。一時が約二時間だから約五時間が過ぎている。

孔明から返してもらった荷物の中にあった腕時計を見てみたら、午前の十時過ぎを指していた。

どうやら時分の流れは、元の世界の流れと合致していると見ていいだろう。

父親から誕生日プレゼントに貰った、ソーラーパネルで充電する腕時計だ。

太陽がある限り電量が尽きない点を考えると、時間を確認する際には重宝するだろう。

もっともこの時代に現代の時間の法則など通用する訳でもないので自分専用になるが。

 

「ああー、暇だー。暇だー。暇すぎてだらけそう」

 

独り言をだらだらと垂れ流す姿はいいものではないが、たしなめる人間がいないので際限なく出てくる。

というよりも声に出さないと無音に押し込まれそうで、必然的に声を出したくなるのだ。

普段の生活ならばテレビや漫画、ゲームと言った暇を潰すものがあったが、有り難味は感じなかった。

それが、この世界に飛ばされたことで一日が過ぎるごとにその存在感が増していく。

携帯電話にダウンロードしてあるアプリで遊ぼうと思ったが、電気なんてないこの時代で充電が出来る訳がないので諦めた。

いざという時に使うかもしれないことを考えると目先の欲求のために使えない。

そういう意味では音楽プレイヤーも使えない。

依存しているとは思っていなかったが、思い返しても浮かんでくるのはそれらだと思うとつくづく現代っ子だなと呆れる。

クラスの友人と遊ぶために使っていたトランプがあったので、ソリティアなど一人用のゲームをしたが飽きた。

孔明たちを誘う手もあるが、講義の時間帯に呼ぶほど厚かましくもなければ、非常識な人間ではない。

そもそも、青春真っ只中の高校生を一日じっとしておけというのが土台無理な話である。

 

「昼までの時間が長~い。長過ぎる~」

 

日中の癒しの時間と言えば、孔明と士元が昼食を運んできて一緒に食事を摂ることだ。

士元の方はまだ信也に対して人見知りをしているが、孔明の方は割かし普通に接してくれる。

それも天の国について色々と聞き出したり、信也が持っていた道具の用法や仕組みを知りたいのは、智慧を授かる者の本能だろう。

信也にしても僅か半時しかない昼休みの間だが、この国の現状を知るための情報を集めるのに大いに助かっている。

この世界の時の流れは、信也が覚えている三国志の流れのどの位置かを凡そ掴めたと言っていい。

 

この世界の時期を三国志に照らし合わせれば、まだ黄巾の乱が始まってもいないということだ。

それとなく農民の大一揆はあったかと問うたが、孔明も士元も首を横に振った。

だが、それが起こることに関してはなんら不思議でもない現状だとも言っていた。

恐らく党錮の禁によって敵勢力を大きく排除した十常侍が、好き勝手に振舞っているのだろう。

皇帝の印璽を預かり、詔勅を自由に操って、この国を我が物顔で動かしているのだ。

ともすれば後どれほどかは分からないが、この世界でも近いうちに黄巾の乱は起きるだろう。

それは一年先なのか、一ヶ月先なのか。少なくとも動乱の世になることは間違いない。

それを期に三国志の物語が始まる訳だから、当然三国志の主役級の人物たちも世間にその名を轟かせ始める。

劉玄徳、曹孟徳、孫文台――天下に名を馳せることになる三人の行く末は、三国志を知る信也にとっては興味深い。

もっともそれは、死と隣り合わせの戦場を駆け巡ることになる。

現在療養中の信也が着いていくなんて無理な話だし、戦うための訓練を受けてもいない。

人を殺すことを法律で重罪とされていた現代を生きてきた信也にはとてもではないが、人を殺せないだろう。

人を殺すぐらいならば、戦場となった地域のボランティアでもしていた方がよっぽどマシと言うものだ。

 

「しかし、それにしてもこの時期、孔明って水鏡先生のとこにいたか?」

 

幼い頃は徐州に住んでいたが、黄巾の乱から逃れるために叔父がいる南方に逃れるはずである。

荊州襄陽に入るのは叔父が太守に着くための戦争で死んだ後だ。

時間が前後するのは仕方ないことにしても、水鏡の下で教えを受けていたかはまた別である。

 

「徐庶とは付き合いがあったと言ってもなぁ。三国志をなぞってはあるが、細部は全く違うのかね」

 

三国志に出てくる人物が女性になっていることもそうだし、そのことで枝葉も違う形になっているだろうか。

どう見てもフランチェスカの制服に負けず劣らずのファッションを身に包む孔明たちを見ると凄くそう思えてくる。

 

「どう見てもあれはないだろ。ワンピースとかベレー帽とかとんがり帽子とか」

 

出来の悪いゲームの中にでも放り込まれたと考えた方がいいかもしれない。

もしくはネタで走っているゲームの中か。

 

「それにしても『天の御遣い』ねぇ。日本なら間違いなく笑われるな」

 

この世界が三国志を模しているのは分かった。

ただ『天の御遣い』という言葉は、三国志は勿論のこと三国志演義でもなかった言葉だ。

それだけにこの一点だけは奇妙と言うか、首を傾げざるを得ない。

 

「この世界に泰平をもたらす……これこそゲームの主人公だな」

 

そして、その主人公に関して心当たりがある。

どうしてこの世界に来たのか――紛れもなく体を包み込んだ、あの光が原因だろう。

となると、信也があの場所に出てくる前からいた二人組の男。

そのうちの一人はよく知っている。何しろ同じクラスの数少ない男友達だ。

声だけの判断と言えども、学校で毎日悪友と交えて会話しているのだから間違いようがない。

 

北郷一刀。

 

何故穏健な彼があそこで喧嘩をしていたのか知る由もないが、よっぽどの事態だったのだろうと予想出来る。

剣道を学び、人を傷付けることの意味を知っている北郷がそうせざるを得なかった。

何かしらの非常事態があり、そしてあの超常現象が起こってしまったと考える方がいいだろう。

それならば何故北郷と一緒ではなく、散り散りに散ってしまったのか。

『天の御遣い』という役割が北郷に与えられたのならば、自身は一体どういう役割なのか。

疑問が尽きない。答えが見つかる訳もないから堂々巡りになる。

 

「ま、考えるだけが無駄か。無駄なのが多いけど」

 

これ以上考えると哲学にまで手が出そうになるので止めておくことにする。

とりあえずは目下の問題として今の時間をどう潰すかだ。

うんうんと唸っていた信也だが、結局は無難なところに書物を要求することにした。

 

 

翌日、昨晩のうちに水鏡に話をつけたら「よしよし」の一言で了承され、朝の診療の際に何冊も持ってきてくれる。

竹簡や巻物だと思っていたが紐で綴じられ、厚紙で表紙もつけており、どうやら現代に近い本の体裁にはなっている。

中にはイラストらしきものもついているから侮れない。

 

「うーん、またしてもパラレルワールドの成せる業ってのを見つけたな」

 

紙の感触も小学校の授業の書道で使った和紙を厚めにしたのとそう違いがないようにも思えた。

この世界の製紙技術の高さに驚かされながらも本の内容に楽しみにしつつ、表紙をめくった。

 

「…………」

 

目が点になった。

そこに書かれているのは言うまでもなく漢字だ。それはいい。後漢朝の時代だ。

漢字が常用文字なのは当然。しかし、漢字しかない。ぶっちゃけ漢文である。

それも当たり前だ。平仮名の誕生には後六百年近く待たなければならないし、日本発祥の文字だ。

子孫が何代続くのか数えなくてはならない年月だし、海も渡らなければならない。

今の今まで会話が成立していたからうっかり文字の読み書きも大丈夫だと勘違いしていたようだ。

文字を読もうとしてもそれが漢字だと言うのは形態で理解出来る。

しかし、達筆過ぎてどの漢字なのかさっぱり理解不能だ。崩されて書かれているから尚更だ。

漢文自体は学園の授業である程度習ってはいる。しかし、送り点なしの純粋漢文は知らない。

思いもがけない壁に顔面から突っ込んでいってしまった感覚を味わった。

今は、ひしゃげた鼻と前歯が折れた激痛でのた打ち回っているといったところか。

 

「ぐっ。し、しかし、ここまで来た以上諦める訳には……」

 

最初のページはどうやら目次のようだ。一部、二部と書かれ、その下にまた文字が書かれているからそれぞれの題目だろう。

もっとも文字が読めないから内容はさっぱりのままなのは変わりない。

いくら睨めっこをしても閃くこともなく、時間は無為に過ぎていく。

目次を飛ばし、本編に目を通しても逆に読めない字が増えただけで気後れしそうになる。

せめてどの漢字が使われているのかが分かれば、雰囲気で凡そ内容を掴める。

英語を読むのとそう変わりない。単語の意味が分かれば、前後の文脈から意味を読み取ることが出来る。

信也の英語のスタイルはそうだったし、ある程度文法が間違っていてもジェスチャーを交えて、海外の旅行先で英会話をしたこともある。

何とか読み取れそうな漢字を見つけていくもどれもこれもバラバラに位置しており、読めそうもない。

 

「やはり駄目なのか。いや、まだだ。ここで諦めたら男が廃る!」

 

別に廃る訳でもないが、心の中にある男のプライドが変に疼いてくる。

 

(山を登る前から諦めたら登れる山もなくなる――こういうことだな、親父!)

 

全く以って違うと注意したいが、情熱を燃やして本に齧りついた信也を止められる者はいないだろう。

四苦八苦を繰り返しながら本の解読に没頭していくのだった。

 

 

どれだけ時間が過ぎたのか分からぬが、腹の虫が鳴り響いたことで少なくとも昼を迎えたのは分かった。

窓から空を仰いで見れば、太陽が中天に達している。

この時代は主に太陽の位置で時間を決めているから、恐らくそろそろ昼食を持って孔明たちが現れるだろう。

読める漢字を探して、与えられた本を全て寝台の上に所狭しと開かれている。

流石にこれを人を迎え入れる状態とは言い辛い。早速片付けようとしたところで扉が無遠慮に開かれた。

 

「はーい、元直ちゃんだよー。って、兄さん何してるの?」

 

「……元直?」

 

振り返って見れば、初対面以降顔を見せることもなかった人物の突然の登場に思考が一瞬ストップする。

元直も元直で、寝台の上にある大量の開かれた本に唖然としている。

 

「兄さん、そのボケーってした顔、みっともないから人前で見せない方がいいよ」

 

「っておおう!」

 

慌てて表情を引き締める。涎も垂れかかっていたようで急いで吸い上げる。

しかし、どうして元直がここに来たのだろうか。

紹介が終えた後も納得がいかないのか、終始不機嫌そうな表情を見せていた。

元直、孔明、士元の真名の解説を聞く限り、相当な無礼を働いたことになり、仕方ないと諦めていた。

家宝とも呼べるほど大切な物を汚されたと考えれば、信也だって頭に血が上って人を殺めるほどは行かなくとも暴行は働くだろう。

水鏡の計らいがあって事なきを得たが、恐らく顔を合わせることはもうないと思っていた。

だがそんな信也の思いとは反対に、元直は豊かな表情を露わにして信也の前に現れた。

その表情はすっかり晴れ渡り、少なくとも先日のことはもう気にしてないと見ていいだろう。

 

「元直、どうしてここに?」

 

「どうしてって、兄さんの昼ご飯を運んできたんだけど……いらないならいいけど?」

 

「いりますいります。腹ペコなんです」

 

「分かれば宜しい」

 

扉の影にある昼食を載せた台車を押していこうとする元直にすぐさま止めに入る。

元直に対して二度目の土下座になるが、あの日恥も外聞も捨てた信也にとってもう取るに足らないことだ。

その場で体を回転させ、足を畳み、土下座を決める。周囲の本は微動だにしていない。そしてその間、実に一秒!

信也に悲しき特技が身についてしまった。

 

「……兄さん、誇りはないの?」

 

「誇りか飯かと言われたら、飯です」

 

「うわー、ぶっちゃけたー」

 

もうここまで素直に言われると最早呆れるしかない。

信也も久々に頭を働かせたことで昨日までと比べると随分と腹が減っていたし、ここで昼食を抜くと生き地獄を味わう羽目になる。

勝手も知らぬ他人の家だ。どこに厨房があるのか知らないし、勝手に持ち出すのも気が引ける。

それ以上にまだ寝台の上から動けぬ身分である。水鏡も午後の講義でいないから夕食までお預けだ。

それらを考えると誇りなど簡単に捨て切れた。つい先程まで本に対して見せていた誇りはどこに行ったのやら。

 

 

「で、今日は孔明たちはどうしたんだ?」

 

ふと疑問に思ったことに口にしてみる。いつもは孔明たちなのにどうしたのだろうか。

 

「ふーん、兄さんは朱里たちの方が良かった? でも、いくらなんでもまだ朱里と雛里は小さいと思うの」

 

「俺はロリコンじゃねぇ! 昨日までは孔明たちだったから疑問に思っただけだ!」

 

「ろりこん?」と首を傾げる元直を放っておいて、信也は憤懣やるかたないといった表情で昼食を平らげていく。

流石の信也も孔明と士元に食指は動かない。どう見てもまだ子供である。

女の対象と見てもなく、よくて妹としか思っていない。アブノーマルな性癖などないのだ。

もし孔明たちでも問題ない、行けると言う男がいたら、信也は躊躇なく殴り飛ばすだろう。

『男の風上にも置けねぇ!』と青春ドラマ顔負けの熱い展開になること請負だ。

もっともそれを言う相手が、まさか身近な友人になるとは露とも思っていない。

ちなみに元直は、孔明たちよりも五寸ほど背が高い。一つか二つか歳が上なのだろう。

 

「天の国の言葉はいいとして。あたしは、今日の食事当番の朱里たちに代わってあげたの」

 

「食事当番?」

 

「ここでの朝と夕方の食事は、あたしたち門下生が交代でしてるの。朱里たちは、昼休みを使って仕込みをしてるって訳よ」

 

「なるほどね」

 

今水鏡塾には元直たち三人を含めて門下生は九人ほどいて、水鏡と信也を入れると十人を超える大所帯である。

大半は少女と差し支えない子ばかりだが、十人もいるとなると食事一つにしても中々の重労働だろう。

夕食の時間は決められているから間に合うようにするために、食事当番にとっての昼休みは夕食の仕込みになる。

孔明たちも食事を終えた後もそうしようと思ったが、それだと信也の元に昼食を届けられない。

一人でも抜けると手が足りなくなるから抜けようにも抜けられない。

代役を立てようと考え付いた時、偶然にも元直の姿が目に入った。

他の門下生はまだ面識がないだけにこれは幸いにと元直に頼み込んだのである。

門下生の姉貴分である元直が可愛い妹分の頼み事を断れる訳もなく、一言で引き受けた。

そして、今に繋がるという訳だ。

 

「それにしても兄さん。こんだけの本、どうしたの?」

 

「暇だから本でも読もうと思って、水鏡先生に頼んだんだよ」

 

「じゃあ、なんで何冊も広げてたのよ。まさか同時読み出来るとか!?」

 

「出来ねーよ! 出来たら凄過ぎるわ!」

 

「だっよねー♪」

 

驚愕の表情から一転人をからかったような悪戯っ子のような笑みを浮かべる元直。

傍から見たら、仲睦まじい兄妹コントにしか見えない。

それを言えば、二人から口を揃えて否定するだろうが。

 

「で、で、で。本当のところは何なの?」

 

元直は口に手を当てて、顔を近づかせてくる。

 

「字が読めん」

 

「はい?」

 

「字が読めんって言ったろ」

 

「……天の国の人でしょ?」

 

「国が変われば、言葉も変わる」

 

「会話ペラペラじゃん」

 

「うん、ペラペラ。でも、読み書きボロボロ」

 

元直は「うわ、こいつ情けねー」と言わんばかりに憐れみの目をする。

信也も口にして、情けなくなってきたからか自分から落ち込んでいた。

 

「まあまあ、字が読めない人はこの国にもいるし。でも、天の国の人がねぇ」

 

最後の方は呟くほどの声だったが、腕を伸ばせば顔に届く距離だから信也の耳にもしっかりと届く。

それを聞いて、また落ち込んでいく信也。『天の国』という他者にないメッキが剥がれていく感覚だ。

後漢時代というのは、古代中国の歴史の中でも識字率が高い。

地方の農村となれば識字率は落ちてくるが、襄陽のような大陸随一の城に済む庶民ならば文字は読めるのだ。

これも全て後漢朝を建てた光武帝によるものだが、話が長くなるので割愛させて頂く。

 

「で、どうするの?」

 

「どうするって教えてもらうしかないよな」

 

「誰に?」

 

満面の笑みを浮かべる元直。

 

「うーん、水鏡先生には怪我の治療も見て貰ってるからこれ以上迷惑かけられんし」

 

満面の笑みを浮かべている元直。

 

「孔明も命の恩人だし、こんな厚かましいことはこれ以上ちょっと」

 

満面の笑みを浮かばせている元直。こめかみに青筋が立っているのは気のせいだ。

 

「士元は……まず、あの人見知りを直すのが先だろ」

 

「兄さん。人のことを無視するのっていけないんと思うんだ」

 

「うおおおい! いきなり剣を突き立てるな!」

 

瞼がぴくぴくと引き攣らせながら、元直は剣を信也の喉元に当てている。

剣を捨てるという誓いはどこにやったのかと小一時間問い詰めたいが、今はこの状況を切り抜けるのが先だ。

 

「分かったから! 無視してすいません!」

 

「よし」

 

それで満足したのか、元直はあっさりと剣を引く。

その剣を懐の中に入れたが、あの丈の短い上着にどうやって隠したのだろう。

小ぶりと言えども刃渡り一尺ばかりはある。帯の下にでも入れてあるのだろうか。

だとしたら物騒である。可愛らしい顔をして……恐ろしい子!

 

「兄さん、あたしが文字を教えてあげようか?」

 

「はい?」

 

「ちょっ、何よ。まるで『それがあったか』って顔は」

 

「いや俺、元直に嫌われてるだろうなと思ってたし」

 

「もしかして、真名を呼んだこと気にしてんの? あれは許したでしょ」

 

「まあ、そうだけどさ」

 

「兄さんは頭を下げた。あたしは許した。それでもうお終いでいいじゃん」

 

どうやらあの一件のことが尾に引いて嫌われているということはなかった。

本来ならば元直であっても頭を下げられようとも許し難いが、元々真名を知らないとなるとお門違いだと認めたのだ。

義に厚く、侠に通じているが故に激情し易くもある。しかし、相手の事情も鑑みる冷静さもある。

これが、この世界の徐元直である。まさしく姉御肌と言ってもいいだろう。

それと単純に信也のところに顔を見せる必要性がなかっただけだろう。

孔明と士元を通して信也のことを聞いていたから尚更赴く気持ちが湧かなかったのである。

 

「じゃあ、元直。お願いしてもいいか」

 

「どーんとこの元直姉さんに任せない」

 

孔明よりかは豊かな胸を張る元直に「俺よりも年下」と突っ込まない。

態々面倒事を引き受けてくれるのだ。それをお茶を濁すようなことはしない。

ここは素直に感謝するのが道理だろう。

 

「しかし、難しい本を選んだものだね。先生も」

 

「マジで?」

 

「まじ?」

 

「本気、本当って意味」

 

元直は「変な言葉ー」と言いながら次々と本の題名を見ていく。

どれもこれも元直ですら読み切れるか分からない専門書ばかりだ。

『天の国』出身という肩書きが、どうやら聡明な水鏡も計り間違えたらしい。

確かに『天の国』という響きは、あらゆる万物に精通していそうな気持ちにさせる。

 

「あたしが練習用に使ってた本があるから、持ってきてあげようか?」

 

「頼む。お願いするわ」

 

こうして、翌日の昼休みから元直の読み書き講習が始まるのだった。

 

 

 

 

 

      拠点一話、完

 

 

 

 

 

 

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

もちら真央でございます。拠点フェイズ第一話をお送りさせて頂きました。

 

ぶっちゃけ、朱里も雛里も名前だけの夏夜のターン!

というか、書き始めて二日で終えるとは思えんかった。

話の容量自体は二話とそう変わらないんだけどね。

夏夜がスムーズに動いてくれるので大助かりだ。

 

話の中に一刀君が名前だけの登場。

彼の登場はまだまだ先ですが、必ず出しますのでお待ちください。

もっとも信也君中心の話ですから、今はどうしても裏方に回ってしまいますが。

 

さて、拠点フェイズネタは後二個ぐらいしかない……なにか読んで見たいネタはあr(ry


 
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