綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。
街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。
綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。
今日は夏の真っ盛り。
みんみんみ~ん、とミンミンゼミが鳴き、
ジイイイイイ~、とアブラゼミが鳴き、、
つくつくほーし、つくつくほーし、とツクツクホウシが鳴いてます。
お昼をすぎたころ、綾は玄関前のアスファルトに、じゃあーっとホースで水をまいていました。
水をまいて打ち水をすると、少し涼しくなるのです。
玄関からシイナがひょいと出てきて、
「綾ちゃん、私も水まきしたーい!」
と、顔を輝かせて言いました。
「あら、シイナ。 ちょうど今、水まきは終わったところなの」
綾はもう、玄関前のアスファルトに水をまいてしまった後でした。
アスファルトは一面、黒くぬれています。
「そっかあ。私も水まきしたかったな~」
シイナは綾が持っているホースを借りると、ぐるんぐるんと振り回して、水をまく真似をしました。
「そうだ! 水まきが終わったなら、水遊びしようよ、綾ちゃん!」
シイナが言いました。
「水遊び?」
綾はシイナに聞き返します。
「見てて!」
シイナが蛇口をぎゅぎゅっとひねると、ホースからしゅばぁーっと水があふれだします。
『シイナ、水まきはもう終わったのよ』と綾があわてて言おうとしたそのとき。
シイナは魔法の言葉を唱えました。
「水よ、宙に浮かびあがれ!
ふわふわり~、ふわふわり~
浮かびあがれ~!」
すると、ホースから出た水は地面に落ちずに、ぶよんぶよんと宙に浮かんでただよっていきます。
ホースからどんどん水が流れ出ると、大きな水のかたまりが、空中にできていきます。
綾は目の前に浮かんだ水のかたまりが、ぼよよん、ぼよよんとゆれ動きながら、しだいに大きくなっていくのを、不思議な気持ちで見つめました。
「ふふふ~ん♪ よおし! これくらいでいいかな」
シイナは蛇口をひねって水を止めました。
シイナと綾の目の前には、ふとんくらいの大きさになった水のかたまりが浮かんでいました。
「これをちぎって、どんどん水の玉を作ろう!」
シイナは水のかたまりに手をつっこむと、手のひらでひとすくいの水をかきとりました。
両手で丸めると、手の中に水の玉ができあがります。
「ほら、綾ちゃんもこねこねして!」
シイナが促します。
綾もシイナがした通りに、水の玉を作り始めます。
水のかたまりにさわると、ひんやりして心地よい感じが手のひらに伝わりました。
手の中でぽよぽよとただよう水を、壊さないようにゆっくりと丸めます。
『とってもきれいだわ』
綾は思わず見とれてしまいました。
手の中で透明な水の玉がゆらゆらとゆれて、太陽の光がさしこんでキラキラ輝いています。
「綾ちゃーん、その水タマを私にぶつけてみて!」
シイナが綾に声をかけました。
「えっ、ぶつけるの?」
綾は手の中にある水の玉を見つめて聞き返します。
「うんうん、思いっきりやっていいよー! へっへーん♪ 」
シイナが大きな声で言います。
「じゃあ… それっ!」
綾はシイナに向かって水の玉を投げつけました。
ばしゃーん!
シイナの顔に水の玉が当たって、はじけた水しぶきが飛びちります。
「シイナ、大丈夫?」綾はあわてて言いました。
「平気、平気! 冷たくて気持ちいいよん」
シイナはあっけらかんとした笑顔で言います。
「これが水合戦! ね、やろうよ綾ちゃん!」
シイナが綾に言いました。
「なるほど、雪合戦じゃなくて水合戦ね。 よーし、やってみましょう!」
綾も面白そうだと思ったので、シイナの提案の乗ります。
二人は水の玉を作って、向かい合います。
「ほいなっ!」シイナが水の玉を投げます。
ばしゃん!
綾の頭に水がぶつかってはじけます。
「やったなわね!」
顔も服もびしょびしょになった綾は、お返しに水の玉を投げつけます。
びしゃっ!
シイナはわざと後ろを向いて、背中で水の玉を受け止めました。
「えへへ、背中が涼しくなった」
シイナは笑いながら言いました。
「ふふふっ」綾もつられて笑います。
二人は面白がって、次から次へと水の玉をびゅんびゅんぶつけ合います。
「えいっ!」
「ほいほーいっと!」
服も地面もあっというまに水びたしになって、もう乾いてるところは一つもありませんでした。
「ぷひゃあ、すごい。 びちょびちょだあ」
シイナが頭をぶるぶるっと振ると、長い髪の毛からしずくがばらばらっと飛びちりました。
「そうね、私もだわ」
綾がTシャツのすそをぎゅっとしぼると、ぼたぼたっと水がこぼれ落ちました。
「うぉーし、もっと投げるぞ~」
シイナが新しい水の玉を作ろうとしたそのとき。
「ん?」
小さな男の子がこちらを見ているのに、シイナは気づきました。
男の子は水合戦に興味しんしんのようです。
お母さんに手を引かれても、その場を動こうとしません。
シイナは男の子のそばへ歩いていって、
「君もやってみたいの?」と声をかけました。
「やりたい!」男の子は大きな声でこたえました。
シイナはちらりとお母さんの方を見ます。
お母さんはちょっと考えたあと、笑顔でうなづきました。 お母さんのOKが出ました!
シイナは男の子と一緒に、綾のもとへぱたぱたとかけよります。
男の子はシイナが説明するより先に、水のかたまりにさっと手をつっこんで、水をすくいとります。
自分の手の中で、ぷるぷるとふるえる小さな水のかたまりを見て、男の子は興奮して顔を輝かせます。
シイナは、ぽんぽんぽんとお手玉するように水の玉を作ります。
男の子は、手の中から水のかたまりがにゅるっとあふれて逃げないように、慎重に慎重に水を丸い玉にしていきます。
「できた!」
男の子が手を開くと、きれいなまんまるの水の玉ができていました。
「わあ、うまーい!」シイナが喜んで言いました。
男の子はうれしそうな、くすぐったそうな笑顔を浮かべました。
「投げよう!」シイナが言いました。
男の子はぐっとかまえてねらいをさだめます。
「さあこい!」綾が男の子に声をかけると、
びゅーん!
水の玉が飛んで、ばちゃん!
綾のお腹に命中しました。
「大当たり!」綾が笑顔で言いました。
さあ、三人で水合戦のはじまりです。
ひゅっ、ひゅっ!
びしゃん! びしゃん!
シイナと男の子のチームが綾をねらいます。
その次は、綾と男の子のチームがシイナをねらいます。
それから、三人それぞればらばらにねらった相手にぶつけます。
いつのまにか、隣の家や向かいの家の地面まで水が飛びちって、水まきされた地面が広がっていきます。
それを見た他の子どもたちがたくさん集まってきました。
「ぼくもやる!」
「わたしも!」
男の子に女の子、お兄ちゃんも弟も、お姉ちゃんも妹もいます。
とうとうお母さんやお父さんまで参加して、水の玉を投げ合います。
わあわあ、わいわいとはしゃぎながら、みんな水合戦に夢中です。
シイナは、水合戦をするには小さすぎる子が、混ざれないままじっと見ているだけなことに気づきました。
「よおし、違うことをやってみよう」
シイナは言いました。
そうして、小さい子のために、水のかたまりを丸めて、雪だるまならぬ水だるまを作ってあげました。
水だるまに腕や足をゆっくりとつっこむと、ひんやりと冷たさが伝わってきて気持ちがいいです。
するとみんなも水だるまや、水でできた像を作り始めます。
イヌやライオン、お城やかまくらなど、水でできた細工物が道にいっぱいできました。
「みんなすごいね!」
シイナはうれしそうに言いました。
できた水細工に、息を止めて体ごと入っていくと、全身がひんやりするので、みんながいろんな水細工の中を通り抜けて遊びます。
そうしているうちに、冷たかった水細工もだんだんぬるくなってきました。
シイナは、
「そうだ! でっかいプールを作ろうよ!」
と、言いました。
みんながそれに賛成しました。
大人たちは、自分の家からホースを持ってきました。
シイナが魔法をかけると、みんなのホースからあふれた水は、宙に浮かびあがって集まります。
みんなで、じゃーっと水を一ヶ所に集めます。
ぼよよん、ぼよよん
水のかたまりはだんだんとふくらんでいって、ついに大きな大きなプールが空中にできました。
「さあ、入ろう! 早いもの勝ち!」
シイナはプールに飛び込みます。
みんなも次々とプールに飛び込んでいきます。
近所の人は水着に着替えてきて飛び込みます。
みんながプールの中で思い思いに水遊びしたり、泳いだりします。
小さい子は、お母さんやお父さんと一緒に、浅いところで遊んでいます。
みんなが動くたびに、空中にただようプールは、ぼよよん、ぼよよんとゆらめいて、縦に横にぐわんぐわんとゆれます。
「ひゃっほう! 楽しい!」
シイナはプールの中をもぐったり水面でジャンプしたり、自由自在に泳ぎます。
綾は浮き輪を身につけて、プールがゆらめくままに身をまかせて楽しみます。
みんなはプールの中で水合戦したり、背泳ぎしたり、水をこねて遊んだり、大騒ぎです。
「そうだ、水のすべり台を作ろう!」
シイナはそう言って、ホースを持ってきました。
じょばじょばじょば~、とシイナが空中に水を出します。
すると、どんどん水が積みかさなっていって、とても大きな水のすべり台ができていきます。
水でできたすべり台はやわらかいので、上のほうはぐらんぐらんとゆれています。
綾は『大丈夫かなあ』と、ちょっと心配になりました。
シイナは水のすべり台に下からもぐりこむと、すべり台のてっぺん目指して上へ泳いでいきます。
「ぷはあ」
てっぺんから顔を出したシイナは、そのまま体を持ち上げて、すべり台に座ります。
「よーし、いくよー! みんな見ててね!」
元気な声でそう言って、シイナはぐいっとすべり台に身をまかせます。
しゃーっと勢いよくシイナがすべり降ります。
思っていた以上にすべり台が急だったので、すごいスピードですべっていきます。
「あわわ、スピードが出すぎ!」
シイナはあわてますが、もう止まりません。
ばっしゃーん!!
すごい勢いでシイナはプールに激突!
大きな水柱が立って、プールがぐわんぐわんとゆれて、
ざばーん!!
プールの水がはじけてしまい、水がどばぁーっと流れ出しました。
水は、洪水のように道を流れていき、あっという間に地面の排水溝へ流れ込んでいきました。
あとには、びしょびしょになったみんなが残っているだけでした。
みんな、びっくりしすぎてぽかんとしています。
「ありゃー、プールなくなっちゃった」
シイナが言うと、みんな笑い出しました。
綾もシイナも、小さい子たちも、お母さんやお父さんも笑います。
たっぷり楽しんだみんなは、一人また一人と帰って行きました。
「ああ、面白かった」
シイナが満足したように言いました。
「ふふふ、水まきしすぎたわね」
綾が言いました。
「えへへ」
シイナが笑います。
「さ、家に入って着替えましょう。 おやつにスイカがあるよ」
綾はシイナに言いました。
「わーい! 綾ちゃん大好き!」
シイナはびしょびしょの体で綾に抱きつきます。
二人は家の中に入っていきます。
シイナの魔法とみんなの笑顔で、暑い夏の日は、涼しくてとても楽しい日になったのでした。
―おしまい―
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普通の女の子「綾」と、魔法使いの女の子「シイナ」は仲良し同士。
何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもはらはらどきどき。
でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。