第3章.過去と未来編 9話 孫策暗殺(後編)
森に着いた一刀は馬の手綱を傍の木に結わえると森の中へと入っていった。
「来てはみたもののけっこう広い森だからな~。孫策はどこにいるのか?」
余り音を立ててはまずいと、なるだけ静かに枝を掻き分け進んで行くと前方に小川が見え、川の淵に跪いている人が目に入った。
髪の色や服等からして孫策のようだ。
「ふう~、よかった。間に合ったか……!!」
安堵しつつ周りを見回すと一刀から見て斜め右の方からじりじりと近づこうとする刺客が見えた。
2人が剣を持ち、1人が弓を持ち接近しようとしている。
弓の射程距離に入ってるようだが必中を期しているのか、まだ接近しようとしている。
しかし何時弓を放ってもおかしくない距離なのは確かで一刻の猶予もない状態である。
一刀は刺客達に気づかれないように静かに孫策の方へと進んだ。
孫策までかなり近づいた所(20~30mくらい)で刺客達は止まった、ここから先は遮蔽物がなく身を曝け出す事になるからだ。
「よし、ここから狙うぞ。」
弓を持っていた男は矢筒から矢を取り出すと弓に番え弦を引き絞っていく。
2人の男は左右に分かれ飛び出す準備をする。
ぎりぎりぎり
辺りは静まり返り、ピーンと張り詰めたような緊張感が漂っていた。
男が矢を放とうとした瞬間、空気を切り裂くような音とともに矢が飛来する。
ヒュン、ドス
「ぐうっ」
男が番えていた矢は矢を受けた衝撃であらぬ方向へ放たれてしまった。
「孫策!!気をつけろ、後ろに刺客がいるぞ!!」
弓をその場に置き、剣を鞘から抜くと一刀は孫策の下へと走った。
一刀の声に一瞬驚いた孫策だが後ろを見て刺客らしい男が2人剣を抜いて自分に向かってくるのを確認すると孫呉の王の証である南海覇王を抜き放ち男達に相対した。
「くそーー、孫策!!許貢様の仇、死ねーー」
奇襲に失敗したことを悟った2人は剣を抜いて孫策目掛けて突進していく。
孫策は南海覇王を持つ右手をだらりと下げた状態から突っ込んでくる2人目掛けてこちらも突っ込む。
「おいおい、強いってのはわかるけど突っ込むなよ。」
2人に向かって突っ込む孫策を見て走りながら一刀はぼやく。
突っ込んできた孫策に一瞬驚いた刺客だが剣を振りかぶると孫策目掛けて振り下ろす。
孫策は向かって左側の男を左側に避けながら南海覇王を切り上げる。
「ぐあっ!」
斬られた男は剣を落とし倒れる。
すばやく態勢を整えた孫策は右側の男へと襲い掛かる。
かわされた男は足を踏ん張って止まると振り返ろうとするが、南海覇王が男の首を狙って振り下ろされる。
必死に剣を立て防ぐが孫策は体を沈ませながら南海覇王を横に薙ぎ男の足を切りつける。
「うっ」
斬りつけられた男も反撃とばかりに剣を孫策に向けて振り下ろすが、体を回転させながら剣をかわすと立ち上がり南海覇王を男の首めがけ振り下ろす。
ザスッ
男の首が落ちる……
「ふう~」
大きく息を吐く孫策。
そこに一刀がやってくる。
「はぁ~、やっぱり強いな~孫策は。さすが江東の小覇王。」
急いで走ってきた一刀は息を整えながら孫策に歩み寄る。
「お前は確か北郷とか言ったわね。なぜ私を助けるの?」
警戒心ありありの孫策であるが一刀は「何言ってんだこの人?」という顔である。
「なぜって?危険な目に遭おうとしている人がいたら助けるの当たり前だろ?」
今度は孫策が「はっ?」という顔である。
2人はなんだ、こいつはという顔で見詰め合っていたのだが、そこに横から声がかかる。
「雪蓮!無事だったか。」
戻ってきた周瑜と馬超達である。
「げっ!冥琳。」
現れた周瑜に驚いた孫策は声のした方を向く。
しかしその時一刀は見てしまった。
左肩に矢の刺さった男が必死の形相で孫策に向けて弓に矢を番え狙っているのを。
「危ない!!」
とっさに一刀は孫策を突き飛ばす。
「きゃっ」
「ぐっ」
突き飛ばされた孫策と一刀はからみあって倒れる。
「雪蓮!」
「一刀!」
2人に駆け寄る周瑜と馬超。
「いったいわね~、何すんのよ……なによこれ!」
突き飛ばされた孫策は起き上がりながら一刀を咎めるように言おうとしたがその肩に刺さる矢を見て驚く。
「だ、大丈夫だったか?なら、あ、あいつを捕まえるんだ。刺客…の…最後の1人だ」
仰向けの状態で弓を放った男の方を指差し、一刀は苦しい声で言う。
一刀の指差す方を見た孫策はそこに弓を持って倒れている男を認める。
「冥琳!あいつを捕まえて。」
「わかった。あの者を捕縛せよ。」
周瑜は数名の兵に刺客の生き残りを捕縛するよう指示を出すとともに残りの兵に周囲の警戒に就かせる。
その中、一刀の傍に来た馬超は一刀の上体を抱き起こす。
「おい!一刀しっかりしろ。」
「翠……痛い」
「当たり前だ!あれほど無茶するなと言ってるのにあたしの言うこと聞かないで……」
泣きそうな顔で怒る馬超。
そこに震える声で孫策が問いかけてくる。
「なんで、なんで私を助けたの?」
だが一刀は聞こえてないようで孫策を見ると手をよろよろと動かし孫策の頭を撫でながら呟いた。
「うん、無事でよかった、よかった。」
その瞬間、孫策の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックした。
それは彼女が初陣を果たしてからしばらくした頃のこと。
両親とともに賊討伐に出陣していた彼女は自分の部隊を率いて賊と戦っていたのだが、その日は妙に調子が良く次々と賊を切り伏せていた。
だが彼女は調子に乗りすぎて部隊から離れ突出しすぎてしまったのである。
気がついた時には周りを10人ほどの賊に囲まれており流石の彼女も死を覚悟したのだが、そこに父である呉慶が1人で助けにきたのだ。
呉慶はこの時代の男としてはかなりの武を持っており、賊程度なら5,6人は相手にできていた。
しかしその倍の人数である、無謀としかいいようがなかったのだが彼は躊躇することなく飛び込むと一気に2人を切り伏せ、孫策を守りながら残りの賊と切り結んでいった。
そして彼は全ての賊を倒したのだが、やはり自分の能力以上の相手と戦った代償は大きかった。
最後の賊を倒した時には全身に深手を負っており、駆けつけてきた孫堅達を認めた後、その場に倒れてしまった。
すぐに衛生兵が呼ばれ応急手当を施したのだが、命は取り留めたものの武官として前線で戦うことはできない体となってしまった。
自分の失敗から大好きな父をそんな体にしてしまったことに深い後悔を覚え、叱責されることを覚悟して父に謝りにいったのだが、呉慶は一切怒らなかった。
それどころか笑いながら傷でうまく動かない腕を使って孫策の頭を撫でこう言った。
「うん、策が無事でよかった、よかった。」
孫策は父に抱きつきながら大声で泣いた。
ぼろぼろと涙が溢れて止まらなかった。
その時の父の笑顔と一刀の笑顔が重なった。
「うわあああああぁぁぁ」
孫策は泣いた。
辺りを憚ることなく泣いた。
そして目から大粒の涙が零れていた。
両親が死んで袁術に領地を奪われ塗炭の苦しみを味わう内に凍り付いてしまった心を溶かすかの如く。
「雪姉……」
泣きじゃくる孫策を見て馬超はやっと自分が知っている孫策が帰ってきたと思った。
まだ孫堅や呉慶が健在だった頃の孫策は自由闊達で明るく馬超はその父親ゆずりの太陽のような笑顔が大好きだった。
しかし何年かぶりに会った孫策はその笑顔が消えていた。
なぜそうなったのかわからなかったが今やっとわかった。
両親が死んでそのどさくさに袁術に領地の大半を奪われ、付き従っていた豪族は離れていく、そんな中孫家の家長として妹達や家臣達を守る為どれだけの苦労をしてきたのか。
孫呉の復活を念願して偉大な母の姿を追い求める内にその笑顔を忘れて、いや心の奥底に封印して戦ってきたのだろう。
そして念願を果たしたものの封印は既に頑なな物となってしまい誰にも、本人さえも解除することができなくなっていたのだ。
その封印は今一刀により解除された。
その証として孫策は素直に泣いている。
あの太陽のような笑顔もすぐに戻ってくるだろう。
今、孫呉は真の意味で復活したのだ。
と、その時孫策を撫でていた一刀の手が力なく垂れ下がる。
「んっ?お、おい一刀!!」
返事はなかった。
「いやよーー、冥琳!助けて、北郷を助けてー」
それを見て周瑜が叫ぶ。
「衛生兵!」
衛生兵がすぐ駆けつけて一刀の応急処置を行うべく状態を見るが渋い顔になる。
「この矢には毒が盛られているようです。すぐにちゃんとした治療を行わないと……」
騒然となった。
「医者を!いや城まで戻った方が早い。」
周瑜は即座に城に戻ろうと兵達に指示を出そうとするが、そこに声がかかる。
「待った!!今動かすと毒の回りが早まるぞ。」
周囲を警戒していた兵を掻き分け、周泰に連れられて華佗が一刀の傍へとやってくる。
「華佗ぁぁ、一刀が、一刀がぁぁ」
「馬超、落ち着け!任せろ、必ず一刀を助けてやる!!」
一刀を抱きしめ狼狽する馬超を宥めつつ華佗は一刀の傷口を診る。
刺さっていた矢は既に衛生兵が取り除いてある。
「これは確かに毒が盛られていたようだな。…!?馬超!矢を放った奴は捕まえたのか?」
「ああ、捕縛してあるが」
未だ狼狽が収まらず答えられない馬超に代わり周瑜が答える。
「なら、そいつを調べてくれ。毒を使う奴は万一に備えて解毒剤を持っていることがある。」
「わかった。おい、すぐ調べろ。」
即座に捕縛されている刺客を兵が調べ始める。
やがて、
「周瑜様!それらしいものがありました。これです。」
兵が駈けて来て周瑜に解毒剤らしきものが入った陶器の小瓶を渡し、周瑜は華佗に渡す。
蓋を開け中身を確認した華佗は解毒剤を一刀に飲ませようとするが、馬超が小瓶を奪い自ら口に含む。
「「「えっ?」」」
そして馬超は一刀に口移しで解毒剤を飲ませていく。
「(ごくん)」
「やった!!一刀が飲んだ!」
「ふっ、まいったな、とりあえずこれで一安心だ。後は傷口の毒に侵されたところを取り除いて、解毒作用を高めるツボに鍼を打って終わりだ。」
というと華佗は手術の用意を始めた。
無事手術が終わり命を取り留めた一刀が意識を取り戻したのは襲撃から2日後だった。
しかしその2日間で事態は一刀達にとっていい方へ好転していた。
先ず第一に孫策が一刀達との同盟を了承したのである。
手術が終わり、孫策が落ち着いてきたと見た周瑜が一刀が洛陽で調べてきたことを伝えたのだ。
それを聞いて孫策は少し考えた後、周瑜にこう告げた。
「冥琳、同盟の話し受けましょう。そうすれば十常侍を討った董卓は私達の仲間ってことになるわ。仲間が母様の仇を討ってくれた、そう考えれば納得できるわ。自分の手で討てなかったのは残念だけど。」
「ふふ、大人になったな。雪蓮?」
「ぶーぶー、子供扱いしないでよ。」
「ふふ、はははは」
「あははは」
孫策の顔に太陽のような笑顔が戻っていた。
そして黄忠より使者が来ていた。
使者の名は伊籍といい、目的は一刀達との同盟締結と黄祖蠢動に対する孫策への謝罪で劉琦の名代としての使者だった。
華佗の治療により劉琦は元気になったのだが、劉表の病は完全に手遅れで手の出しようがなかった。
臨終の床にあった劉表は元気になった劉琦を見て彼女を後継に決めると息を引き取った。
当主となった劉琦はその聡明さを発揮して見事荊州を治めていくのだが、先ず最初にしたことが一刀達との同盟締結と黄忠より訴え出された黄祖の江夏太守解任と逮捕である。
黄忠は以前より黄祖の所業について配下に調べさせていた。
収賄等の汚職の証拠は見つかっていたのだが朝廷の誰と繋がっているのかがわからなかった。
しかし一刀からの情報でそれが十常侍とわかり劉表が関わってくる懸念が消えた。
劉表が十常侍を嫌っていたことは周知の事実であり一刀の情報にも何もなかったからである。
華佗の治療で劉琦が元気になったことにより準備が整ったと判断した黄忠が後継者となった劉琦に進言したのである。
柴桑への侵攻準備に追われていた黄祖は疾風の速さで急襲した黄忠に為すすべなく捕らえられ尋問の末全てを吐き獄へと繋がれた。
使者の伊籍より黄祖の引渡しが提言されたが孫策は誤解ということがわかったのだからそれには及ばない、そちらで裁くべきだと固辞した。
これにより荊州と孫策達揚州の関係は良好となりその後手を携えて繁栄していくことになる。
意識を取り戻した一刀が傍で看病していた馬超と話しをしていると華佗、孫策、周瑜が部屋に入ってきた。
「おう、一刀。起きたか」
というと華佗は一刀の傍に歩み寄り体の状態を診察し始めた。
「うん、もう大丈夫だ。しかし衰弱してた上に怪我を負ったんだ、しばらくは安静にしていること。いいな。」
「しばらくって……どのくらい?」
自分の体を省みない一刀を怒ったような顔で睨む馬超をちらちらと見ながらおずおずと一刀が切り出す。
「まあ、2,3週間くらいだな。」
「2,3週間もか」
がっくりと肩を落とす一刀に「まったく困った奴だ」と苦笑する華佗。
そこに孫策が入ってくる。
「北郷、我が命救ってくれたことに礼を言う。ありがとう。」
項垂れていた一刀だが孫策の謝辞に顔を上げ、笑顔になる。
「いや、孫策が無事でなによりだよ。それに翠に聞いたよ、同盟を了承してくれたって。こちらこそありがとうだよ。」
「雪蓮よ、あなたに真名を預けるわ。」
「うん!ありがとう。俺には真名がないから一刀と呼んでくれ。」
お互い笑顔で握手する一刀と孫策。
手を離した孫策は馬超の方に顔を向けると
「ねぇ~翠」
「なに?雪姉」
「一刀、ちょうだい?」
「へっ?………だーー、だめ!絶対だめ!!」
いきなりの爆弾発言に顔を真っ赤にして拒否する馬超、そして頭を抱える周瑜、一刀に抱き付く孫策。
孫策に抱き付かれ、やれやれと思う一刀だが孫策と同盟が結べたことにほっとしていた。
しかし運命は彼に休息の暇を与えないかのように新しいイベントの種を蒔こうとしていた。
「失礼します。北郷様に予州より伝令が来ておりますがいかがしましょうか?」
「んっ?なんだろ。いいよ、入ってくれ。」
一刀の了承を得て伝令が部屋に入ってくる。
馬騰の下に状況を知らせる為に送った部下だった。
「おっ、お疲れさん。菖蒲さんから指示でもあったのか?」
「た、隊長!そのお体どうしたんですか?」
「いや、ちょっと怪我しただけだよ。それより伝令の内容は?」
「あ、はい。郭嘉殿と程昱殿からです、馬騰様が騎兵千騎を率いて曹操の下へ向かったとのことです。」
「な、なにーー」
部屋に一刀の叫びが響いた。
対曹操戦を告げる響きであった。
<あとがき>
どうも、hiroyukiです。
今回で3章における孫策パートと呼べる部分は終わりです。
他の方の作品で孫策が助かる作品と似たようなものになりましたがいかがだったでしょうか?
対孫策に関しては2つの選択肢がありました。
つまり孫策と戦うか戦わないかです。
戦う場合には太史慈を仲間に引き入れ決戦っという話しを考えたのですが、断念しました。
その理由はこれ以上登場人物が増えると作者の力では描ききれない(すでに劉備と公孫賛が空気となって殆ど出てないですからね)ということとこれが大きな理由なのですが作者は孫策大好きですのでどうしても孫策が負けるところを書けないのです。
無理に負けるように書こうとすると違和感バリバリになってしまいそうで。
という訳で戦わない、同盟に引き込むということにしました。
その為、2章で袁術に打撃を与えて独立の手助けしたりとかして恩を売るようなことをした訳ですけどへんなところなかったでしょうか?
次回からは3章におけるもう1人のヒロイン曹操のパートとなります。
実は次回からの話しについてはものすご~く不安に思っています。
なんてったって曹操ですよ、あの華琳様です。
いろいろなssを見てる限り、真においては曹操好きの人が多いと見てます。(作者も好きな方です。)
なので作者の未熟な腕で曹操達を違和感無く描けるか、へんな曹操を書いて読者の皆様を不愉快にさせないかすごく不安です。
批評や批判はしっかりと受け止めますのでへんな曹操、華琳達になってしまった場合、指摘を宜しくお願いします。(なるだけやさしくお願いします。)
では、あとがきはこのくらいにしてまた来週?お会いできたらいいな~。
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3章9話、孫策暗殺の後編です。
とりあえず3章における孫策パートはこれで終わりです。