彼は、魚だった。
―― プールの海で、泳ぐ魚。
誰よりも、海に近い人だった。
彼はいつも、誰よりも長く水の中にいた。
水に溶けている様に。
いつまでもその中から、出てこないような気がした。
七月。
ずっと、彼が泳ぐのを見ている。
すごく、きれい。
澄んだ海で、魚は泳ぐ。
八月。
彼が、消えた。
水の中にも、現れなかった。
九月。
彼が現れたのは陸の上。
痛々しく引き摺られている、足。
魚は泳げなくなっていた。
彼は、水に溶けてしまった。
「魚は海にかえります」
そう呟いて消えてしまった。
気がつけば、プールサイドに立っていた。
服を着たまま飛びこんだ。
魚がおぼれて溶けていったその水は、私の涙をすくい取った。
たった一匹の魚の死。
それでも海は、哭いている。
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大昔に書いたものです。詩のような小説をテーマにしたもののひとつ。