No.1056502

唐柿に付いた虫 21

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

タイトル間違えていたので修正しました、お恥ずかしい……

2021-03-10 21:17:52 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:634   閲覧ユーザー数:618

 戦乙女は、若干の焦燥を感じていた。

 敵の高速の突進をいなし、寸前で躱す。

 その刹那に槍による突きや薙ぎ払いで胴や翼を狙うが、大蝙蝠が纏う暴風や、大きな動きではあるが巧みな旋回や足による牽制に阻まれて有効打を与えられない。

 小回りの利く相手では無い故に、戦乙女が危険を感じる状況は殆ど無いが、高速で旋回しながらこちらを的確に追いかけて来る巨体相手では、相手の突進を躱し損ねれば、さしもの彼女も一撃でやられかねない、一瞬でも気は抜けない。

 さりとて、戦乙女から奴を追い、有利な位置から攻撃を仕掛けるというのも、速度で上回る相手に対しては困難ではある。

 今のままでは、良くも悪くもお互い状況は動かない。

 奴の体力が続くか、自分の緊張が続くか。

 その我慢比べという事か……それだけ奴は自分の力に自信があるのだろうし、実際その無尽蔵の力に支えられた突進の威力や速度は収まるどころか、更に圧や速度を増すかのよう。

 小回りの利くこちらの方が有利と見ていたが、奴は巧みに滑空を交えながら動く事で、体力の消耗を抑えている。

 手慣れた動きは、恐らくこの戦法に習熟している証なのだろう。

 そして、それは戦乙女の反撃をほぼ封じている時点で戦法としては確かに正しいのだ。

 だが、何かが引っかかる。

(何でしょう、この違和感は)

 睨み据えた大蝙蝠の姿が視界の中で急速に巨大化する。

 交錯する瞬間、戦乙女は思い切り体を沈め、奴の下をすり抜けざまに足に切りつけるように槍を振るったが、その攻撃を察知した奴の足の爪に槍先が阻まれる。

 堅く重い手ごたえ、彼女の手にした金色の槍先に灯った青い神火が、蛍火のように夜空に乱舞する。

 痺れそうになる手の内を締めながら、戦乙女は奴の飛び去った先を睨んだ。

 やはり強い。

 当初から、その片鱗は見えていたが、こうして幾通りかの攻撃を繰り出して相手の対処を確認し、それは確信に変わった。

 奴はやはり単なる獣では無く、相手の行動の意図を読み、正確に対処するだけの知性と実戦経験がある。

 だが……。

(何故?)

 それだけの思考力がありながら、奴は無尽蔵とも思える体力に支えられた、高速での一撃離脱の繰り返しに終始している。

 確かに、戦乙女のような、武技の達者の相手をするなら、四つに組んで思わぬ一撃を貰う危険を考慮すれば、これは安全かつ確実な戦い方ではある。

 最悪、危なくなったら、離脱ついでに逃走してしまえば良い、選択肢を常に自分の側で握る事が出来る、生存性の高い戦法。

 だが、このままでは膠着した状況で時を費やす事となり、奴がここに出現した目的であるはずの、山に攻め寄せた領主軍への襲撃という目的は果たせまい……。

 奴は私を一刻も早く排除する必要があり、それを理解できるだけの知性がある筈。

 なのに、何故、こんな時間の掛かる戦法に固執するのか。

 襲撃の用が無くなったのか、それとも別の理由が……。

 再度の反問をしかかった所で、彼女は思考を切り替えるように、静かに一つ息を吐いた。

 いずれにせよ、この膠着した現状は奴の巨体と速度を利した戦法に完全に乗ってしまった自分の不覚としか言いようがない、今は耐えて、戦局が何らか変化するのを待つしかあるまい。

 再度の襲撃、回避、大きな旋回。

 その攻撃をかわした時、彼女は故国の風の如きひやりとした殺気を感じた。

 これまでには余り感じなかった、明確な殺意と攻撃の意思。

 奴を追う視線の先で、大蝙蝠が常より大きく羽ばたき、瞬時に上空に舞い上がった。

 私の上を取る気か。

 こちらが最も相手の動きを捕え辛く、逆に相手は私の動きを見定めやすい、必殺の位置取り。

 戦慄に、さしもの彼女の背中が総毛立つ、だが、戦乙女は敢えてその動きに対応しようとせず、動きを止めた。

 奴が戦法を変えた……自分にとって不利ではあれど、ある意味、彼女が望んでいた状況の変化が生じたのだ。

 大蝙蝠が戦乙女の上を取り、ゆっくり小さな円を描くように旋回を始める。

 奴は、戦乙女が動くのを待っている。

 上空からの圧力に負けた獲物が飛び出すのを待つ猛禽のように、翼が空を叩く不気味な音を立てながら。

 戦乙女はそれでも動かない、魔法の翼をゆっくりはためかせ、さながら中空に佇むかのように静止している。

 あれほど激しく交錯していた二つの姿の動きが止まった。

 戦乙女は、静かに顔を上げ、上空の大蝙蝠の動きを見据えた。

 月を背後にした、奴の禍々しい輪郭が淡い金色の光に縁どられる。

 その忌まわしくも幻想的な美しさも一瞬、直上から空気の唸りを伴い、漆黒の巨躯が落下する岩のように戦乙女に襲い掛かって来た。

 迫る圧倒的な破壊の気配、それに対し、戦乙女は躊躇いなく翼を畳み、大蝙蝠の僅か先を行くように落下を始めた。

 空気を自分の体が引き裂いていく音が耳元で荒れ狂う、だが、その音を聞きながら戦乙女は口元に小さく笑みを浮かべた。

「さて、地に落ちる前に私を捉えられますか、それとも共倒れか」

 逆らう事無く、大気の中を泳ぐかのように、甲冑の重みに引かれるままに体を楽にして周囲に空気を流す。

 徐々に迫る大地の気配、その時、自分の少し上で、空気が激しく乱れた。

 さしもの奴も、あの勢いと自身の重量での大地への激突は望む所では無かったのだろう、慌てて拡げた黒革の翼が張りつめ、巨体を空中に留め、緩やかな滑空に移る。

 その気配を感じた戦乙女も、畳んでいた純白の翼を一杯に拡げた。

 間一髪、地表目前で大気を抱きとめるように翼が一杯の風を孕み、彼女の体を宙に留めた。

 同時に風切羽に作った隙間から空気を流し、風に乗る。

 翼端の風切羽をピンと立てた真っ直ぐな翼が、羽ばたきと共に彼女の体を上昇に転じさせた。

 存分に風に乗った事を確かめた戦乙女が強く打った翼が、彼女の体を更に急角度に空へと向ける。

 その視線の先には、動き出しに手間取る、夜闇の中でも外しようのない巨大な的。

 戦乙女が、神火を宿した槍を構える。

 それを察知した大蝙蝠が翼を大きく打ち振って、彼女から逃げようと速度を上げようとする。

 だが、その巨体に、戦乙女の追撃を振り切るだけの速度を乗せるには、とても間に合わない。

「落ちよ!」

 純白の白鳥が、漆黒の大蝙蝠の翼を貫いた。

「流石は、氷雪の国を統べる嵐の大神の使い」

 闇風の感覚を介しての対峙だが、戦乙女の名と武威に恥じぬ、凄絶としか言いようのない力をひしひしと感じる。

 やるね。

 地下の闇の中に、真祖の賞賛と憎悪の相半ばした呟きが低く消える。

 直上を取られた危機を逆手に取り、強かに逆撃に転じるとは。

 相手は式姫、侮っていた訳ではないが、その手並みが彼女の想定を上回る物であったのは否めない。

 ではどうする……。

 このままでは迎撃も逃走も不可能、そして、あの恐るべき敵が更なる攻撃を仕掛けてくるのは確実。

 決断までの時間は殆ど無い。

 闇風、彼女手持ちの中でも最強の戦力の一角を、今ここで失う訳にはいかない。

 いずれ、直系の貴種たる❝奴ら❞と事を構える時は必ず来る、その折の為にも少しでも戦力を確保しておく必要がある。

 それに、今交戦している戦乙女とは別に、もう一人式姫が居る事を闇風の目が捉えている。

 棺を回収させるまでで良い、式姫二人をこちらに引き付けて置く必要がある。

「仕方ないか……」

 誰ともなく呟きながら、彼女は軽く頭を振った。

 最上の絹糸すら及ばぬ艶やかな銀髪が闇の中でしゃらと揺れる。

 状況の激変に、さしもの彼女が眩暈に似た感覚に襲われる。

 これがいわゆる騎虎の勢という事か。

 あの庭の男と式姫が出て来てしまった時点で、状況は変わってしまったのだ。

 さて、自分は最後まで虎の背に乗ったまま駆け抜けられるか、それとも振り落され、虎と戦う事になるか。

 更に強く、眷属に意識を、そして力の根源に同調する。

 闇風の中に眠らせている力は、自分と同じ根を持つ。

 それに触れ、呼び覚ます。

 ただの巨体の蝙蝠では無い。

「目覚めよ、この世で最も不浄にして不滅なる高貴の血」

 闇の王直属の僕たる力を、ここに示せ。

 分厚く丈夫な皮を捉えた手ごたえが槍先から伝わるのとほぼ同時に、神槍の鋭利な穂先と、纏う神火がそれを容易く貫く。

 槍の周囲を覆う装飾的な飾りが、その実用性の程を示すかのように傷口を更に拡げ、最後に突撃して来た戦乙女の甲冑に鎧われた体その物が一弾となり、ほぼ完全に大蝙蝠の右の翼を引き裂いた。

 衝突に備えて突進の刹那に畳んだ翼を全力で開き、力強く羽ばたく。

 大蝙蝠の翼を貫いた勢いそのままに、戦乙女はそこから大きく距離を取るように天に翔け上がった。

「奴は?」

 その声には、強大な難敵に痛撃を与えた高揚感も油断も無い、極めて事務的に戦士が現状を確かめるべく己に発した声。

 彼女が下方に巡らせた目に、ずたずたになった右の翼をそれでも拡げ、左の翼に負荷を掛けるように傾いた姿勢で何とか空に留まり、緩やかにその巨体を滑空させる大蝙蝠の姿が映る。

「……やはり強い」

 あのまま突進の勢いそのままに離脱せずに、更に一撃を、などと色気を出して居たら、何らかの反撃を受けていた可能性があった。

 離脱を選択した自分の判断の正しさを噛みしめながら、戦乙女は油断なく辺りに目を配った。

 奴がまだ健在とはいえ、機動力はこれで殺した、最前までの奴のように、機動力を生かして自分が相手を翻弄する側に立てた。

 今は時を置かず追撃に移るべき。

 しかし、そう思いつつ、彼女は僅かな躊躇いを感じていた。

 戦乙女の歴戦の感覚が上げる、形にならない警告の声。

 何か、言葉に出来ない、明確な形を取らないが。

 何かが。

 だが、と、戦乙女は、その自らの内から湧き出す微かな警告の声を、頭を振って打ち消した。

 奴が強大で人を襲う妖怪なのは間違いない、多少の危険はあっても、今この好機を逃すわけにはいかないのだ。

 戦乙女が視線を下げる。

 狙うは残る左の翼。

 地に落としてしまえば、奴の巨体はただ、己を縛る重りとなるのみ。

 奴は穏やかに着地しようとしてか、翼を殆ど動かさず、滑空しながら徐々に高度を下げている。

 流石にその動きは遅く、歴戦の彼女が捕えそこなうような物では無い。

 獲物を定めた戦乙女の飛翔が加速する。

 もう少しで奴の翼を捉える間合いに入る、その彼女の体を強い風が叩いた。

「何!」

 それは、巨大で力強い皮膜が巻き起こした暴風。

 奴の両の翼が巻き上げた風に乗り、その巨体が再び飛翔の力を取り戻す。

 繰り出された戦乙女の必殺の槍が空しく空を裂き、彼女の姿勢が僅かだが崩れた。

 そんな馬鹿な。

 戦乙女の鋭い目が、敵とのすれ違いざまに見た信じがたい光景。

 奴が再びこちらを狙って飛来する、それを察知した戦乙女が慌てて姿勢を立て直し槍を構えるが、回避する暇がない。

 奴が月を背に、こちらに襲い来る様が視界一杯に拡がる、その禍々しい影には、痕すら無く。

「再生した!?」


 
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