No.1048101

唐柿に付いた虫 16

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

今回はちょっと短いです。

2020-12-09 21:18:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:691   閲覧ユーザー数:671

 低く慎重な報告の声に、かなりこまめに真祖から確認する声が入る。

 その時の青年の声音、間の取り方、表情、そこまで必要かと思う程に詳細な確認。

それだけ真祖があの青年の事を評価し、脅威に思っている証拠だろうが、それにしても異例の事ではあった。

 この闇の中では時間の経過は良く判らないが、手燭のろうそくの長さからして、数刻に及んでいるのは間違いない。

 正直、そろそろ新鮮な外の空気を吸いたい所だが、それを言い出せる雰囲気では無かった。

「ふぅん……あの男、トマトに興味を持って、ここに来たんだ」

 忙しい身でしょうに、風流な事ねー。

「あの男というより、供をしていた式姫が、見慣れぬ植物を見出し、その育て方に不備があると言い出したのが発端と言っておりました」

「まぁね、あれって新大陸で新たに見出された植物だし、私にしても、あれが何故か血の代わりになる事を偶然知っただけで、栽培方法の詳細を知ってる訳じゃなかったからねー」

「新大陸、でございますか?」

「この国で言う『南蛮人』が新たに見つけ出した、遥か海の向こうの国の話よー」

 それ以上、下僕の好奇心を満足させてやる必要を感じないという様子で、真祖は肩を竦めた。

「それにしても世界は広いって事ねー、まさかあれの栽培方法を心得る存在が、生まれ故郷の正反対の位置にある日の本の国に居るとは」

 殊更に秘密にすれば、むしろ人目を引く、ある程度珍しい植物なのを明かした上で、広く栽培させた方が、本来の目的たる、彼女の食事の調達という目的を隠すには向いてると思ってした事。

 この日の本の国では向いてないのは確かだが、まさかそんな所を式姫に見出されるとはね。

 あの、怪しげな白まんじゅうのついでに持ち込まれ、式姫やあの男が唐柿を知る事となった、などという事情を知る由も無い真祖にしてみれば、改めて式姫の慧眼と、細かい異変を見逃さない姿勢を警戒せざるを得ない。

 とはいえ、その先、トマトを契機に彼女の存在にたどり着くというのは、これはもう知性というより、予知の領分であろう。

 取り敢えず問題は無いと判断し、真祖は多少口調と表情を和らげた。

「それで、その優れた栽培方法とやらで、トマトを育ててくれるって話だけど?」

「はい、どうやらあれを鑑賞用と農夫共に伝えて置いた所から、有力者への手土産と勘違いしたようで、立派に育てて価値を上げてやる代わりに、上つ方々への顔つなぎをして欲しいと」

 その言葉に真祖が実に珍い事に、噴き出すような笑い声を上げた。

「的外れな所に射た矢が、見事に正鵠を射たじゃない、トマトは貴方にとってはまさに『有力者』への手土産だものね」

 今より美味しくなれば、当然私の覚えも目出度くなるね、間違って無いじゃない。

「有力者と言って、彼に私を紹介したりはしないでよねー?」

「……御戯れを」

 笑いを納めきれぬ様子で、くすくす笑いながら、真祖は艶やかな唇を開いた。

「まぁ、特に何か裏のあるような申し出じゃ無さそうね。 私以外の有力者なら、幾らでも紹介してあげれば良いんじゃないかな、代わりに美味なトマトが食べられるようになって、彼女らがこの先に進軍してくれれば、脅威が身近から去る私としては願ったりだし」

「畏まりました、では彼とは今後の唐柿育成においては協力関係を持つという事で進めます」

 恭しく下げられた頭に向かい、軽く頷いてから、真祖は面白がるような目を向けた。

「くれぐれも、調子に乗って疑念を抱かれるような失言だけはしないようにしてね」

 あの男や式姫との接触が増えるというのは、危険と背中合わせの行為である。

 構えてそれを忘れるな。

「は、重々承知しております、あの屋敷に、どのようにして唐柿が育てられているかを視察に赴く約束もしておりますので、注意の上にも注意を……」

「待って!」

「はっ!」

 常は気だるげに紡がれる彼女の言葉とは思えぬ程の、強い響きを伴う制止の言葉。

 それを聞いた榎の旦那は、殆ど反射的にその場に土下座して、地に頭を擦りつけていた。

「何か、真祖様のご機嫌を損じる事がございましたでしょうか。 愚か者ゆえの事と、何卒ご寛恕を賜りたく」

「そうじゃないわ、今、報告に無かった面白い事を言ったと思って」

 おずおずと上げた目に、常の表情に戻った彼女の顔が映る。

 だが、手燭の灯りの中で揺れるその表情が、どこか喜悦を感じさせる。

「ああ、そっか、生育状況を確かめる約束をしたというのがそれね……先方から報告が来るんじゃなくて貴方が行くんだ。 それで間違いない? 貴方が、あの式姫の庭に招かれたのね?」

 自分の言葉の中で、何をそれ程主が気に掛ける事があったのかまるで判らないままに、あの青年との会話を思い出し、間違いが無い事を確かめる。

「唐柿の鉢を預けるにあたり、手前の方から栽培状況の視察をさせて貰いたいと申し出まして、先方が承知したと」

 ですので、招かれたというか、訪問の約定は出来たという程度ですが。

「そう、そうなのね」

 面白いわね、何か使い途があるかしら。

 そんな、彼には全く意味が解らない呟きが漏れ聞こえる。

 主の機嫌が良いのは結構な事だが、良きにせよ悪しきにせよ、人が余り普段と違う様子を見せている時、事情が分からない人が調子に乗って口を挟むと碌な事が無い程度は人生経験から心得ている、主の悦びを邪魔せぬよう榎の旦那は手燭を取り、深く頭を下げた。

「では、真祖様、手前はこれにて。 唐柿の件は慎重を期して進めまする」

「ええ、危険な連中相手なのは間違いな……」

 唐突に、真祖が黙り込んだ。

「真祖様?」

 それまでの上機嫌が嘘のように、不穏な気配を主が纏う。

「何故、こんなに早く」

 前回は事を大きくしたくなかったから敢えて見逃してやったのに……死にたいの。

「真祖様、如何なされました?」

 彼の問いかけに返された、真紅にぎらつく目を見て、榎の旦那は若干の後悔を覚えた。

 問いなど発せず、あのまま上に……人の世界に戻っておけば良かった。

「禍福は糾える縄だったっけ、人って、たまに上手い事いうよね」

 良い知らせを聞いたと思ったら、間髪入れずに悪い知らせとは……長生きしてても、事が動く時ってのは、こんな物か。

 誰に対してだろうか、皮肉な笑みを浮かべ、真祖は自身の周囲の闇を睨みながら口を開いた。

「あの領主が、またあの山に攻めて来たの」

「何と! こんな短期間の内に再び?」

 そんな馬鹿な、彼の知るあの領主の性格からして、得体の知れない敵相手に痛い目を見たというのに、この短期の内に再戦を挑むなど有り得ない。

「来ちゃったものは仕方ないわ、しかも恐ろしい程の速さで攻められて失陥間近みたいね」

 傀儡の術の弱点よね……判断力を低下させる分、知性の働きも当然鈍り、急な展開には対応が遅れる。

「それにしても、あれだけの備えを一日で」

 有能だとは思っていたが、あの領主、こちらの想像以上か。

 歯噛みする目の前の男をみやりながら、真祖は多少落ち着いた声を向けた。

「惜しいけど、あの山と盗賊団は諦めるしか無さそうだね。 暫くは静かに過ごすしか無いかな……それより、あの館から『棺』の搬出はまだ終わってないよね」

 疑問というより確認の言葉に、榎の旦那が平伏する。

「申し訳ございませぬ、未だ」

「責めてる訳じゃないよ、めんどくさい注文しちゃったし、準備に時間が掛かるのは仕方ないと思ってたからー」

 仕方ない、そう、どこか自分を宥めるようにもう一度呟き、真祖は指示を続けた。

「領主の軍は私の方で何とかする、多少の粗は許容するから、軍が居なくなったら今夜中に『棺』を回収して」

「手配いたします、手前も暫くは大人しくしているしかございませんな」

「そうね、トマトの件もあるし、式姫に疑われないように暫く盗賊はお休みにして、表看板に励んでて」

「心得ましてございます」

 恭しく頭を下げる男を興味なさげに一瞥してから、真祖は小さく鼻を鳴らした。

 こうなった以上は是非も無い、一刻も早く領主の軍を追い払わねばなるまい。

 幸い、夜も近い……奴にかかれば領主の軍をなど容易く退散させる事が出来よう。

 たとえ自分の存在を世に多少示す事になろうと、、あの棺だけは確保せねばならない。

 今も彼女に、その地の光景を見せてくれている、真の意味で彼女の下僕たる存在に意識を繋ぐ。

「その渇きを存分に癒すと良いわ」

 夜を吹き渡る死の風。

「闇風」


 
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