No.1045107

魔法使いと弟子10 無垢鳥の章

ぽんたろさん

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そろそろ続きを投稿しますが切りが悪いのでちょっともやもやするかもです

人物説明

続きを表示

2020-11-03 02:42:09 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:462   閲覧ユーザー数:462

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魔法使いと弟子

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ね子だるま(ぽんたろ)

 

 

「メルキオル」

 触媒を割り杖を呼び出す。

 眠そうな鳥を起こし箒に変形させる。

「朔、ケーキもたまも任せて。ただ無茶はしないで」

「ありがとうりり子、礼は今度する」

「……また後でね」

 服の裾を掴むりり子の手を外し、舞い上がる。

 上空から見ると駅前の異様な燃え方が目についた。

 駅舎は一切燃えていない。駅前のビルが3棟が綺麗にそこだけごうごうと燃えている。

 帰宅ラッシュの時間と野次馬か人は多い、だと言うのに消防車のサイレンは一切聞こえない。

 道行く人々はスマホを掲げ火事を撮影している。

「結界を張りきれていないのか」

 火災を起こしている建物を包むように境界を張る。

 かなり見られているが致し方ない。

 野次馬達はキョロキョロしながらゆっくり流れ始めた。

「メルキオル!空気中からH2Oを抽出、舞上げ、上空から雨を落とす」

『オッケー。足りなそうだから領域外から雲を集める。20sec貰うよ』

 まだ中に人間がいる可能性がある。

 ピッタリ20秒で雨が降り出す。

 雲は綿飴の様に巻き取られ滝のような集中豪雨になる

「行くぞ」

 ビル外の火災は湯気を爆発的に立て治まっていく。

 箒を畳み、ビルの屋上に着地する。靴裏が溶ける程暑い。

「下の階を無酸素状態にする」

『割れてる場所の特定、4つ階段があるね。30sec、20sec維持』

「上々だ。更に下の階の解析を並行。俺は熱交換を優先する」

 橙。何をしている

 無酸素状態にした階の熱を上空の大気に置換する。

 雨はますます強まり服を濡らすが無視して続ける。

 消火を確認し中に入る。死体が3体。

 術士かどうか、男か女すら分からない

「あ……う……」

 いや、一人まだ生きている

「クソ」

 怪我人を無視するわけには行かない

 魔術回路を開きありったけ回路を繋ぎ救援を求める。

 少なくともりり子はこれで協会に連絡をとってくれるはずだ。

「運が良かったな」

 濡れた服で包み窓から下に落とす。

 ゆっくりと包みは地面に降りていく。

『朔。4階の消火完了』

「引き続き下層まで消せ」

「あぐっ!」

 下の階、橙の事務所の上の階から悲鳴が聞こえた。

「筋力のリミッター解除!材質硬化!急げ」

 腕が痛む、杖が軋む。

 俺は杖の先を床に叩きつけた。

「ぶっ壊れろ!」

 

 あの日、母さんが死んだ日、俺は何も出来なかった。

 クリスマスイブ、橙が拐われて、母さんも拐われて。

 帰って来たのは傷だらけの橙だけで、母さんは……

 

 母さんが死んだ事だけは、母さんの使い魔のメルキオルが教えてくれた。

 死体すら、まだ取り戻せずにいる。

 

 

 パラパラとコンクリ片が床に散らばる。

「朔……ちゃ……」

 床に倒れた10人程の男女と男の胸倉を掴む橙の姿があった。

 男の手には血に濡れた刃物が握られている。

「ま、魔女狩り」

 ゆっくり橙のベージュのスーツに血がにじみ、手から力が抜けていく

「離れろ」

 メルキオルに命令を送りながら更に使い捨ての触媒を二本折り割る。

 筋力が限界まで引き出された回し蹴りが男を吹き飛ばし、男は壁に埋まった。

「橙!橙っ!」

 熱い煙を吸い喉が焼ける。

「朔……」

 スーツのボタンを引きちぎる。脇腹に深い裂傷

「メル、消火を中断。皮膚、輸血レシピAの再現、止血帯を」

『消火しないと朔も死んじゃうよ。30sec』

「脳を焼け!10秒でやれ」

 腕の中の橙が冷たくなっていく

「駄目だ。頑張れ、死なないでくれ橙」

『朔、ショックで気絶しただけだよ。バイタルは下がってないし錯か』

「うるさい!!黙ってやれ」

「姐さん……」

 下の階から上がってきたのか、階段からボロボロの吾妻が出てきた。

「朔……なんでここに……」

「志命病院……救急車を呼べ……速く……橙を……助けてくれ……」

 5分後。別れてすぐりり子が呼んでいた協会職員と病院に怪我人達は運ばれて行った。

「先生……大丈夫でしたか?」

「ああ……」

 怪我人は36人。一般人は4人、術士は6人死んだ。

 橙の事務所は所員が帰った直後に襲撃を受けたようだ。

 駅に被害が出なかったのは二人が命がけで止めたからだろう。

 犠牲者の術士は全て銀の蛇の構成員だった。

 大規模術式の揺り戻しで手足が震える。

「橙は、守れた」

 りり子がこちらに寄って来る。

「お兄ちゃん。立てる?」

「もう少し、休ませてくれ」

「先生……」

 視界が歪む。少し無理をしすぎたらしい。

 

ああ

 

やっぱり、クリスマスは嫌いだ。

 

 

 × × ×

 少し、そのまま気絶していたようだ。

「本当に大丈夫なのかい?」

 遠くで声がする。

 暖かいし、柔らかい。

「ほら、お兄ちゃん……起きて」

 りり子が俺を覗き込んでいる。天井がある。ここは……

「……ここはどこだ……」

「私の家です。先生」

 たまが母親と連れ立って現れた。手には鍋が握られている。

「望月さん、消火活動のお手伝いをされたんですって?お疲れ様でした」

「どうも、環の父です」

 先程の声の知らないおっさ……環の父親か。

 俺はたまの家のソファに寝かされていたようだ。

 体を起こす。痛みは大したことはない。

 りり子が治療してくれたのだろう。服の汚れも大きな傷もない。

 頭の痺れがなければ嫌な夢だと思えそうだ。

「先生、橙さんは入院になっちゃいましたしうちでごはん食べていってください。お母さんのパン美味しいんですよ」

「望月さんさえよければ。ただでさえうちの子がお世話になってるのに、こんな立派なケーキまでありがとうございます」

「あ、え。いえ。こちらこそすみません」

 橙の所に持っていく予定だったケーキだ。この人数でも足りるだろう。

 あの状態ではどうせ食べられないだろうし構わない。

「ちゃんとチキンはあたしが買ってきたのよ」

 褒めなさいと言わんがばかりにりり子が胸を張る。

 恐らく俺を運んだのもりり子だろう。

「先生」

 クリスマスツリーやオーナメントが部屋中に飾られていて、オルゴールアレンジのクリスマス曲がかかっている。

「お兄ちゃんが帰ってもあたしはいただいていくわよ」

「はい、りりちゃんはもともと約束していたんです」

 いつの間にか二人はかなり仲良くなっていたようだ。長谷川がいらぬ嫉妬を向けなければいいが。

「あ、なんか隠れてますけど、隣の部屋からこっちを見てるのが私の兄です」

 暗がりから猫を抱えてこちらを見ている眼鏡の男。

存在感が無く少しだけ驚いた。

「はじめまして……」

「うす」

 そのまま座っているように言われ、クリスマスパーティの準備を眺める。

 平和だ。

 昔は、あの店にもこんな光景が確かにあった。

 無理矢理無かったことにして、忘れようとしていたものが目の前にある。

「ほら、お兄ちゃん」

「先生」

 手を取られるまま立ち上がり、食卓へ招かれる。

 テーブルの中央にパンが盛られた籠とチキンのバケツが置かれ、個別にサラダとシチューの皿が並べられる。

 暖かい

 ここは優し過ぎる。

 安心と、不安と、疲労と、後悔と、少しの痛み。

「いた、だきます」

 目から勝手に、涙がこぼれていた。

 × × ×

 

 3日後。俺とりり子、たまの3人で志命病院を訪れた。

 志命病院は厳密には病院名ではないのだが、術士の治療をする系列病院をそう呼ぶ。

全て法条の一族によって経営されており、同類を平気で解剖する術士の中ではまだマシなので大規模な施術において俺たちにはほぼ他の選択肢がない。

ようやく橙も集中治療室から出たと聞いたが年内の見舞いは今日が最終日らしい。

 

「やっほーみんな元気?」

 俺たちの前に所員が来ていたのだろう。橙の折れた脚のギプスには散々落書きがされていた。

「俺は誰かさんのせいでクタクタだよ」

「あははー……ごめん」

 軽口が叩ける程度には回復しているようで安心した。

「久しぶりね。橙。こんな形の再会で残念だわ」

「リーリー、ちょっと背伸びた?」

「5センチ伸びたわ。もう20cmは伸ばすから」

 少し遅れて花を活けた花瓶を持ってたまが来た。

「ありがとうたまちゃん」

「橙さん、お加減はどうですか?」

「もう全然元気よ!ちょっと折れたりしてるだけ。ごめんね、たまちゃんも大変だったのに……」

「忙しかったりびっくりで吹き飛んじゃいました」

 しばらく3人がかしましく話しているのを壁から眺める。

 

 面会時間はあっという間に過ぎていったがそろそろ帰ろうかと言うと橙がきり出した。

「たまちゃん。ちょっとだけリーリーと朔と3人で話して、いいかな」

「たま……悪い」

「……はい、廊下で待ってますね」

 たまは一礼して部屋を出た。

 ここは術士用の病棟。病院内はとりあえず安全だ。

 

 今話さねばならないたまに聞かせたくない話は一つしか浮かばなかった。橙の事務所を襲った銀の蛇の討伐についてだろう。

「……リーリーは、元から討伐に行くつもりだよね?」

「委員会だしね。神楽坂が参加するんだから止められる魔術師は必要だもの」

「朔ちゃん……こんなこと、頼んじゃいけないのは分かってる……」

 俺は拳を握りしめる。

「俺も参加するよ」

「お兄ちゃん?」

「橙に……俺の家族に手を出したんだ。許さない」

 りり子の表情が変わる

「は?なに?家族?」

「橙は俺の姉弟子だ。家族みたいなもんだ」

「いやいやいやいやお兄ちゃんそれはちょおおおっとちがうんじゃないかなぁ?」

「そ、そうか?」

 百面相なりり子に対して橙は真剣な顔で続ける。

「そういうのは置いといて、朔ちゃん。朔ちゃんには討伐に参加しないで欲しいんだ」

「橙?」

「リーリーが行くのに……最低だって分かってる……」

「いいのよ。橙。あたしも止めるつもりだったし」

「りり子までなんだよ」

 橙がしばらく入院になるなら尚の事戦力は増やしたいはずだ。

「お兄ちゃん……クリスマス前にまた魔女狩りに行ったでしょ」

 りり子の視線が刺さる。

「…………」

「気絶した時に診たよ。骨何本折れてる?境界張りっぱなしで過ごしてるのは分かってるよ」

「これくらい」

「お兄ちゃん、お兄ちゃんは素子は他の人より多いけど身体に負担をかけ過ぎてるよ」

「……」

「朔ちゃんが死んじゃったら、やだよ……」

 橙が俯く。

 俺は、何度こいつらにこんな顔をさせるんだ。

「……………………わかった」

 橙の表情が明るくなる。

「うん!そして毎日お見舞いに来るといいよ」

「さみしんぼか」

 

 

 橙のついでに吾妻の病室も訪れた。まぁ、元から来るつもりで菓子折りも2つ買ってきたのだが。

「た、たまきひゃん」

ほほう

 薄々気づいていたがやはり、りり子には見せない反応だ。

当のたまは気づいているやら、花を活けながら元気そうな吾妻に笑顔を向けている。

「吾妻さん。お加減は大丈夫ですか?」

「ぜ、全然めちゃくちゃ元気っス!今全快しました!」

「んなわけ無いでしょ」

 りり子が無情に吾妻のギプスを叩く。

 吾妻のギプスも落書きまみれだ

「あお〜〜」

 吾妻はベッドの上でもんどり打った。

「お大事にしてくださいね。りりちゃん、意地悪しちゃだめですよ」

「ひゃい……」

 もう痛覚が戻っているのか、元気そうで何よりだ

「退院の目処はついてるのか?」

 術士の病室は施術も退院もかなり早い

「俺は1週間かな。姐さんは内臓やられてるから一月はかかりそうだってさ」

「そうか……」

「お前がしみったれた顔すんなよ。こっちはダサ過ぎて死にたくなってんだから……」

「吾妻……お前は頑張ったよ」

 橙が一人で十人以上と戦わなければ、そして吾妻が火を止めながら術士を倒していなければ駅の利用者が百人単位で犠牲になっていただろう。

実際、池袋で大規模な抗争が起きた時は民間人が500人以上犠牲になった。

「下のコンビニのバイトの子……助けらんなかった」

「そうか」

「…………俺の」

「お前のせいじゃない」

「吾妻さんが頑張ったから、三十人以上、あの火の中助かりました」

「う、う……」

「退院出来るまでに来れたらまた来るよ」

 泣いているところは見られたくないだろう。俺達は足早に病室を出た。

 

 

 志命病院から駅まではバスが出ている。

 近隣は飛行阻害の術式が張られているため、バス停で大人しく次のバスを待つ。

 風が冷たいが今術を使ったら顰蹙を買いそうだ。

「りり子、悪かったな」

「え、なに?お詫びに結婚してくれるの?」

「それは無い。と言うか重い」

 りり子が明るく振る舞ってくれるから、俺は救われている。

「たまも、しんどかっただろ」

「いえ、お二人が元気な姿を見れたので来てよかったです」

 あんなことがあったばかりで不安だろうに、無理をさせている。

「討伐には行かない。俺は俺達の街を守るよ」

「俺がお前の港になるって?お兄ちゃんそれは、プロポーズ」

「ではない」

 バカ話に苦笑いしているうち、バスが来た。

 

 × × ×

 

 年が明けた。

 当面喫茶店の営業は昼だけに絞ることに決め、治療を始めた。

 たまが来る前から頻繁に魔女狩りに行っていたツケがかなり溜まっていた。

 確かに俺の体は傷んでいた。取り急ぎ骨折についてはなんとか自分で骨を修復した。

 入院は、以前解剖されかけたことがあるためしない。

 気絶した俺をりり子が志命病院に連れて行かなかったのもその為だ。飽くまでマシなのであって俺たちの同類に倫理観を期待するだけ無駄なのだ。他の、臓器なんかの検診や治療は鈴ヶ織蓮にそのうち頼むしかないだろう。

 りり子は先行して討伐に向かったらしい。一緒に初詣に行けず残念だと電話で言っていた。

 たまは冬休みの課題に追われているそうだ。俺に気を使ってくれているのかもしれないが、おかげでゆっくり休めた。

 年賀状の整理も終わった。長野に行っている父さんから写真付きの年賀状が届いていた。近々顔を見せに行こう。

「初詣くらい、行くか」

 量販店で買ったダウンを羽織る。

 そういえばあの死にかけの奴は助かったんだろうか。

 一瞬聞こうか悩んだが亡くなっていたら凹むだけだと思い直し、やめた。

 街中にも小さな神社は点々とあるが折角なので山近くの神社に向かう。

 歩くと急激に修復した骨周りの肉が痛むがこれもリハビリだと自分に言い聞かせる。

 電車に一駅乗って、坂を登る。

 途中出店があり、小さな熊手を買った。

 階段を登り終えると小さく行列が出来ていた。自分の番が来るまで願いごとをぼんやり考え、結局ぼんやりしたまま小銭を投げ、手を合わす。

 世界平和だとか、商売繁盛だとか、そんなもんだ。

 

 初詣を済ませ、甘酒を買って階段を降りる。

 

 ふと、懐かしい香りが鼻をくすぐった。

「…………?」

 思わず振り返るがまばらに歩いて行く人々に見覚えはない。

 なんの匂いだったか思い出せないが懐かしい気持ちだけが残った。

 

 × × ×

 

 正月は2日から店を開けている。

 正月早々コーヒーを求める客は案外いるのだ。一人や二人くらいは。

 三が日を過ぎるとまたケーキがよく売れる。おせちに飽きてくるのだろう。気持ちは少しわかる。

 からんからんと、ベルが鳴った。

 少し癖っ毛の、線の細い客が一人。

 背は170くらいだろうか、長谷川より少し小さい気がする。

「いらっしゃい」

 カウンターに座りニコニコこちらを見ている。

 中性的だ。髪は短いし肩幅は狭いし胸はないし腰は細いし男か女かイマイチ判断がつかない

「ご注文は」

「あ、え、オススメは」

 声も少しハスキーでやはりどちらともつかない。

「コーヒー」

「じゃあそれを」

 年始一人目の客がコーヒー単品とは縁起がいい。

 当社比高いテンションでコーヒーを淹れた。

「お待ち」

 緊張に寿司屋の様になってしまう。落ち着け、俺。

「これが……」

 客はまじまじとコーヒーカップを見ている。

「……?喫茶店は初めて?」

 つい声をかけてしまった。

 いかん、これではナンパみたいだ。

「はい」

 客は慌ててカップを口に運ぶ。急かすつもりは無かったのだが……

「砂糖とミルク、入れなくて大丈夫?」

 客はものすごく渋い顔をした。

 砂糖壺とミルクポットを目の前にずらすと涙目でドボドボミルクを注ぐ。最早カフェオレに近い。

「……」

 見かねて冷蔵庫に冷やしておいたプリンを出す。

「サービス」

「良いんですか?」

「苦いの苦手みたいだし、悪かったね」

「お、美味しいですよ」

 カフェオレをごくごく飲み可愛らしい笑顔を作る。

 美味しく飲んでもらえれば、いいか。

「どうも」

「あ、あの。また来ても、いいですか」

「……?もちろん」

 コーヒーを頼んでくれる客は千客万来だ。

 プリンも無事お気に召したようで、きれいに平らげていった。

 

 客は自分から名を八雲と名乗った。近所に越して来たらしい。

 八雲といったら小泉八雲だが、男……なんだろうか、イマイチ性別は聞いていいか悩んでしまう。

 そもそも客の名前を聞くのもどうかという話だ。ジェンダーは尚更繊細な案件になる。詮索はやめよう。

 

 

 

 数日後、グラスを磨いているとやかましいのがやってきた。

「よお、朔。来てやったぞ」

 吾妻だ。

 退院して早速顔を見せに来るとは可愛い奴め。冗談だ、可愛くはない。

「元気だなお前」

「た、たまきちゃんは」

 吾妻は店内を見回した。

「今年は冬休みの宿題が多いそうだ」

「そ、そっかー」

 わかりやすくがっかりするなよ

 そこでようやく吾妻は客席で寛ぐ八雲に気づいたらしい。

「誰」

 あれから八雲は数日置きに来ていた。

 コーヒーとプリンを頼み、30分程本を読んで帰って行く。

「普通のお客様だよ」

「ええ、こんな店に?」

うるせえ

「叩き出すぞお前」

「僕のことはどうかお気になさらず……」

 八雲に気を使わせてしまった。

「すみません、こいつやかましくて」

「お客様に向かってなんて口のきき方だ」

「出禁にされたいのか」

 文句を言いつつ吾妻はアイスコーヒーを注文する

「あとなんか甘くない軽食を頼む」

「サンドイッチならメニューにある」

「もうちょいしっかり食いたい。この後事務所の修繕打ち合わせなんだよ」

「仕方ないな……」

 いつも事務所下のコンビニで済ませていたのだろう。断りづらい。

 昼食にしようと思っていたピザ生地を出して来て、四角く成形しトマトペースト、バジル、チーズ、生ハムなんかを乗せて焼く。

 焼き時間を短縮出来るのは術士の強みだ。

 食べやすく切り分け、カットしたオリーブを乗せて出す。

「ほれ」

「ビールが飲みたくなりそうだな」

「うちは酒は出さん。食ったらさっさと行け」

「!……うまい」

「そりゃよかったな」

「今度ビール入れてくれよ。瓶でいいから」

「話聞いてたか?」

 こいつはいつか出禁にしよう

俺は心に誓った。

 

 日めくりカレンダーを捲る。

 2週間、りり子からは連絡はない。

 協会所属の一般術士ももう到着しているそうだが……少しだけ、心配だ。

 新学期が始まるのに合わせたまもバイトに復帰した。

 3年生だが受験は大丈夫なのか聞いたが推薦を貰えそうとのことだ。

 とはいえどこかで一度バイトはやめさせたほうがいいかもしれない。人生を左右するのだから。

 

「そうだ。たま」

 閉店作業を終え、たまを呼ぶ。

「はい?」

「長谷川さんの連絡先を教えてもらえないか」

「邦ちゃんですか?」

 これだと語弊があるか

「正確には長谷川さんに神楽坂の連絡先を聞いて欲しい」

「あ、お師匠様って言ってましたもんね。分かりました」

 たまは荷物から携帯を出してきてかけてくれた。

 しばらく明るく話していたが、顔色が変わる。

「先生……神楽坂さん、連絡がつかないそうです」


 
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