No.104249

「らしく、いこうよ」

鳴海 匡さん

『少女義経伝・弐』九羅香エンド後の二人です。

実験的に、キャラの言い回しや雰囲気など、自分なりにいろいろ表現方法を試した作品のため、ところどころ読みにくい部分もあるでしょうが、そこはスルーの方向で。

誤字脱字の指摘や、「ここは○○のほうがいい」など、積極的なご意見がいただけたら幸いです。

2009-10-31 16:34:52 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1825   閲覧ユーザー数:1786

酷く寝苦しい、深夜。

蚊帳を吊った二人の寝床を抜け出し、『自分の時代』では、とても見られないような星空を見上げる。

 

「まだ、信じられないな」

 

耳に痛いほどに静まり返った闇の中で、一人、呟く。

「何、してるの?」

不意に掛けられた声に振り向くと、先日、祝言を迎えたばかりの新妻の姿がある。

「ん、ちょっと暑かったからな。涼みがてら、ちょっと井戸まで」

「そっか。起きたらいないんだもん、驚いちゃった。また置いていかれちゃったのかなって思って」

「そんなわけ無いだろ。これからはずっと一緒って、みんなの前で誓ったばかりじゃないか」

「そうだよね。そうなんだけど、でも……」

「オレが信用、出来ないか?」

「う、ううん! そ、そんな事無いよっ! 弁慶の事は、私が一番信じているからね。でも、でもね……やっぱり、ちょっとまだ不安なんだ。今が幸せだから、きっと余計にそうなんだと思う」

「ふふっ」

「あ、わ、笑ったな! 人が真面目に話しているのに! ……はぁ、もういいよ。鈍感な弁慶には、私の気持ちなんてちーっとも分かってもらえないんだろうから」

「そうじゃないよ。オレだって同じさ。目が覚めて、隣に九羅香がいて、それで『あぁ、夢じゃなかったんだ』って安心するんだ」

そう言って、九羅香の立つ縁側に座る。

「本当に……?」

「ああ、本当さ」

「えへへ…そっか、そうなんだ」

くすくすと、小首を傾げて微笑うと、弁慶に寄り添うように、そっと腰を下ろし、腕を絡めてくる。

「……九羅香?」

「同じなんだね、私達。夫婦になって、一生一緒にいるって誓ったのに、また離れ離れになる事を怖がってる」

「あぁ、同じだ。それに、誓ったからこそ、なんじゃないか? 一度手に入れてしまった。それが大切なものであればあるほど、失うのは怖いよ」

「だからね、嬉しいんだ。弁慶が、私と同じ事を思ってくれてるんだって事が。そして――」

絡めた腕を解き、庭に飛び出してくるりと弁慶に向き直る。

雲間から差し込まれた満月の光が、背後から九羅香を照らす。

「私が、弁慶と同じ気持ちでいるんだって事が」

ふうわりと微笑む九羅香の眼差しに、胸が高鳴る。

凛とした「剣士」としての九羅香。

明朗快活な「少女」としての九羅香。

艶やかな「女」としての九羅香。

そして……儚くも小さい、家族の愛に飢える「幼子」のような九羅香。

出会ってから、共に過ごした時間は、決して長くは無い。

それでも、彼女の持つ様々な表情を見つめ続けてきた。

そして見守り続けてゆくだろう、これからに想いを馳せる。

誘われるように立ち上がり、そっと抱き寄せる。

腕の中で、上目遣いに自分を見やる九羅香。

潤んだその瞳と、しっとりとした髪の仄かな芳香に、脳髄が痺れる様な快感を覚える。

「……弁慶」

「ああ……」

見れば、うっすらと桜色に染まる頬。

優しくなぜるように、左手を添える。

掌から伝わる暖かな体温に身を任せるように、うっとりと瞳を閉じる。

滑る様に、形の整った細い顎へと指を走らせる。

「ん……」

向けられた唇が、艶かしく濡れている。

ゆっくりと、彼女の唇に自らのそれを近づけてゆく。

と、不意に吹かれた風が月明かりを遮り、当りを再び闇に帰す。

その中で一つに重なり合う、二人の影。

どれほどそうしていたのだろうか。

影が二つに分かれたとき、照れ臭そうに微笑う姿があった。

「弁慶、ありがとう」

「え、と。な、何が?」

「私を何度も助けてくれた事。ううん、私だけじゃない。病に苦しむ紅葉や、使命に縛られた与一や観月も、きっと弁慶に感謝してる」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。それとも、私の言っていること、信じられない?」

そう言って、不安そう眼差しを向ける。

「い、いや、そんなことないぞ。信じてるって」

「ホントに?」

「ホントに」

「ホントのホントに?」

「ホントのホントに、だ」

「ホントのホントのホントの、ホント~に?」

「ああ、ホントのホントのホントのホント~に、信じてるよ」

「…………えへへ」

しつこいくらいに弁慶に詰め寄り、ようやく納得したのか、安心したような笑顔を浮かべる。

そんな九羅香を見て、弁慶もまた、胸の中がふわりと暖かな気持ちになるのを感じた。

「あ~っと、さて、もう夜も更けたし、そろそろ寝ようか」

「え、あ、う、うん」

結婚したこともあり、今日からは二人、同じ布団で寝る事になる。

別に決まっているわけではないが、今までは気恥ずかしく、更にお互いの倫理観からそういった一線を越えずにいたが、これからはそれも必要ない。

弁慶の言葉に、頬をほんのり薄桃色に染めつつ頷く九羅香。

見れば、チラチラと枕が二つ並んだ布団を横目で見やりつつ、弁慶もどこか落ち着かない様子だ。

その姿にほんの少し、緊張がほぐれたのか、す、と九羅香の肩から力が抜ける。

そして不意に居住まいを正し、床に三つ指を付いて深く頭を垂れる。

「く、九羅香。一体何を?」

「ふ、不束者では御座いますが、す、末永く、よろしくお願いします。旦那さま」

「え、え~っと、こ、こちらこそ、よろしくです。お、奥さま」

こちらも布団から飛び出し、ぎこちない様子でペコリと頭を下げる。

そして顔を上げて視線を交わし、恥ずかしそうにはにかんだ笑みを浮かべた後、互いに「ぷっ」と噴出し、声を上げて笑い出した。

そして数分後。

ようやく笑いが収まったのか、呼吸を乱しつつも、先ほどとは打って変わったスッキリした表情を見せる弁慶と九羅香。

「も~、弁慶ったら。いきなり『奥さま』なんて言うんだもん」

「なんだよ。九羅香だって、『旦那さま』なんて」

「ふふっ、何か、らしくないよね」

「ああ、らしくないな」

「とりあえず、私たちらしく行こうか。それでいいよね、弁慶?」

「もちろんさ、九羅香。何ものにもとらわれないで生きる。そんな九羅香を、オレは好きになったんだから」

「それは弁慶がいてくれたからだよ。私が迷った時、不安になった時、間違いを犯そうとした時。いつも弁慶がいてくれた。支えてくれた。勇気を与えてくれた。怒ってくれた。そんな弁慶が、私も大好きだよ。改めて、今までありがとう。そして、これからもよろしくね」

「ああ、よろしくな、九羅香」

そう言い交わし、次第に二人の影が一つになる。

 

瞳には幸せな未来を夢見、身体には温もりを与え合い、そして心に、ほんの少しの不安を抱えた若い夫婦を、柔らかな月明かりだけが優しく見守っていた。


 
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