自宅で紅葉狩りが出来る、と言うと風流だの羨ましいだのと思うのが一般的。
この苦労を経験した事のない人なら、大体そんな言葉を口にするだろう。
縁側に腰かけ、酒と肴を手に綺麗な紅葉を眺めていたのは半月程前。
そんな秋特有の楽しみが終わると、今度は風流の欠片もない庭掃除という作業が待っている。
その辺の小さな一軒家ならいざ知らず、丸々屋敷一つを所有する身にとっては重労働の部類に入る。ましてや一人でやらざるを得ない状況では尚更だ。
熊手を使って小山を作り、箒でまばらになった枯れ葉をそこに集め、袋に詰めて隅に置く。
作業自体は単純なものだが作業量が膨大である。
無論こんな仕事を進んで引き受けてくれる物好きな式姫など殆どいない。
かといっていつまでも放置していては、いずれ眼鏡をかけた裁判長がお説教にやってくる。
結局、怒られてから取り掛かるか怒られる前に取り掛かるかの二択しかない。
カミナリが落ちる前に晴天に恵まれた今日を選んだ、というワケだ。
「ぜぇ、ぜぇ……」
この広大な敷地を午前中から掃除していれば額に汗かき息が乱れるのも仕方ない。
面倒な事は覚悟していたが、いざ取り掛かれば思った以上に面倒だ。
そのうちやろうと掃除をサボっていたツケは決して軽くない。
そして腕も重たい。腰も痛い。適度に休憩は取っているが、この落ち葉のように疲労は蓄積される一方である。
やれやれ、歳を重ねると難儀だな、と口にする直前でぐっと飲みこむ。余計虚しくなるだけだ。
そんなちっぽけな俺とは対照的な、年を重ねてどっしりと植わっているモミジの
樹を恨めしく見上げる。大きいが故に辺り一面に枯れ葉を撒き散らしやがる。
自然の背槌である事は分かっていても、前向きに手を動かす気にはなれない。
「…………」
見上げた視線を今度は地上に引き戻す。
風がないのにも関わらず、あっちにもこっちにも取り残しがあり、さっさと拾えと言わんばかりに主張している。
綺麗に片付けるのも一苦労、いや十苦労くらいは辛い。
これが単独作業であれば箒をへし折ってさっさと放棄……え、面白くない?
しかし、こんな面白くもない作業に丸一日を費やしている俺の身にもなって欲しい。
「大丈夫ですか?」
フラフラした足取りで満タンになったゴミ袋を運んでいると、箒で掃いているかるらが声をかけてくる。
見かねた主を自分から進んで手伝ってくれているのだ。
曰く、演奏の練習にも飽きていたので体を動かしたかったとの事。
体力が底を尽きかけていた俺は躊躇なく二つ返事で了承した。今は猫の手でも借りたい。
「あー……」
俺は肯定とも否定とも取れない空返事で答え、庭の隅に積まれたゴミ袋の山に追加分を放り投げた。
この葉っぱ、全部紙幣になんないかな。
弱音と愚痴を吐きつつも、どうにか日が暮れる前に掃除を終わらせる事が出来た。
俺は重い体を縁側に放り出して、見違えるように綺麗になった庭を眺めている。
後半はかるらの術のおかげで、俺はほとんどやる事がなかった。
あれは便利だな。風力を調節する事で壁際に枯れ葉が集まっていく様は見ていて感心した。
何故最初からそれで片付けてくれなかったのかと問うと、落ち葉の量が多すぎて上手く纏まらないからだと返された。
常日頃から掃除をサボっている身としては、それ以上何も言えなかった。
かるらがいなければ間違いなく今日中には終わらなかったろう。あの笑顔には、本当に何度も助けられた。
その恩人は今はいない。
後片付けをしていると、かるらが
「私、少し出掛けてきます」
と言って出て行ってしまった。
一応お礼は言えたものの、外出の用事があるのに直前まで手伝わせてしまった事に大して俺は少し罪悪感を感じていた。
そして途中から手伝ってもらったとはいえ、まだ出掛ける元気がある事が普通に羨ましかった。
力仕事とは無縁でも、流石は式姫といったところか。
「オガミさん、大丈夫ですか?」
聞き慣れた声に振り向くと、いつの間にか背後にかるらが立っていた。
「あぁ、おかえり……」
「もしよかったら、一緒に食べませんか?」
手に持っている盆には、湯気の立ち昇る漆塗りのお椀が二つ。
「えへへ。お汁粉、です」
お汁粉はかるらの好物だ。
「じゃあ、もらおうかな。いてて……」
あまり食欲はなかったが横になっているだけでは疲れが取れないので、ここはありがたく頂こう。
お椀と箸を受け取ると、掌にじんわりとした温かさが広がる。
お椀を傾け一口すすると、小豆の程よい甘さと熱気が疲れた体に効いてくる。
「あの……オガミさん」
「ん?」
「かるらも、ここで食べていいですか?」
「ぶっ!」
小豆が危うく気管支に入りかけた。
「あぁ、別に構わないけど……」
「それじゃあお隣、失礼しますね」
慌てて場所を空ける。
途端に、小豆とは全く別のふわりとした良い香りが鼻孔をくすぐってきた。
アイドルをやっているだけあって流石こういう所は手抜かりがない。
妙に体の芯が熱いのは、どうやらお汁粉のせいだけではなさそうだ。
「そういやかるら、さっきはどこに出掛けてたんだ?」
「ちょっとお汁粉の材料を買いに行ってました。疲れると、甘いものが食べたくなるので……えへへ」
食べながらも屈託なく笑う。
さほど疲れているようには見えなかったが、もしかすると俺と同じく無理をしていたのかもしれない。
アイドルは迂闊に弱みを見せられないのだから。
「何から何まですまないな」
「でも、本当は……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。さぁ、冷めないうちに食べちゃいましょう」
俺はそれ以上追及せず、黙々と箸を動かす事に専念した。
空になったお椀が二つ、縁側に放置されている。
食べ終わってもなんとなく席を立ちにくいのだ。おそらく、二人とも。
落ち葉が片付いた庭を、夕陽が照らしていた。
面倒ではあったが、ここにきてようやく達成感が感じられた。
「時が経つのは早いですね」
感傷的な雰囲気の中、かるらが呟く。
「そうだな。今年も残りひと月だなんてまだ実感できないよ」
「その時は、また掃除をしなくてはいけませんね」
掃除という言葉に俺は顔をしかめた。当分の間、その二文字は聞きたくない。
「うへ、大晦日か。また今年も例の年越しコンサートがあるのか?」
「はい、ファンの方が大勢楽しみにしてくれているので次も頑張りますよ」
「はは、そりゃー掃除よりも大変そうだな……」
俺は苦笑した。傍目にはそう見えないだけで、実は相当体力があるのだろう。
「あぁ、そういえば、その服初めて見たな。新しい衣装?」
「もう、気付くのが遅いですよ!」
頬を膨らませるかるら。怒った顔も可愛い。
「気付かなくてすまん。……けど、どうして今着てるんだ?」
万が一、お汁粉でも零してしまったら大変だ。
「この衣装、ちょうど仕上がったばかりなんですよ」
「だったらなおさら汚すわけにはいかないだろう、別に今着る必要はないんじゃ」
「……分かりませんか?」
「分からないから聞いてるんだよ」
「じゃあ、教えてあげません」
「……?」
今度はそっぽを向いてしまった。
何かマズい事を言ってしまったのだろうか。疲れた頭では何も考えられない。
「後は俺が片付けておくよ。お汁粉、美味かった」
このあたりが頃合いだろう。
気まずい空気を払拭する為にはこうするしか思いつかない。
「ありがとうございます。……あの、オガミさん」
空のお椀に伸ばした手を止める。
「ん?」
「この衣装、似合ってますか?」
「よく似合ってるよ」
「えへへ、嬉しいです!」
かるらが上機嫌で立ち去っていくのを、俺もまた笑顔で見送っていた
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