暗闇に赤い光が灯った。
照らしだされたのは、節のある長脚にささえられた新緑の装甲。白銀の歯と爪をもつ機械の鍬形虫。
機虫の懐には、二人の幼子がいた。黒髪と金髪。金髪の子が、目をとじて耳をすませている。
「二機と二人。一機があるいてて、うしろをもう一機がとんでる。」
「一機討たれても、もう一機が討ち返せる。わかりやすく嫌なかたち。」
廃屋にかくれた機虫をさがすものたちも、また機虫だった。
まえをあるく機虫が、建物ひとつひとつに踏みいって中をしらべている。
さがしもとめているのは、幼子たちのもつ荷物。
「あと一機と一人。ボルトレックスとガバナーがいたはずだけど?」
「……ごめんね、わからない。」
「わかった。るーくん、索敵終了。」
るーと呼ばれた金髪の幼子が目をあけた。ふらつき、たおれそうになる。
機虫の長脚がわずかにうごいて、それをささえた。
『ルシア様、すこし休まれたほうが。』
機虫から合成音声がひびく。赤いランプが心配げにゆれて、ルシアを照らした。
「トール、甘やかすのはやめて。休んでる暇なんてないから。」
「……とーくん、だいじょうぶだから。のーちゃんの言うとおりに。」
『……かしこまりました。』
トールの尻部から、大きな箱が切り離された。
中には数々の武器にまじって、青い鞘のような部品がはいっている。
二大勢力が目の色をかえて欲しがる禁断の聖剣―規格外兵装だ。
「るーくんはこれをもって。私はレーザーライフル。あとは箱ごとかくすよ。」
幼子たちをさがしていた機虫が、かくれ場所へと足を踏みいれた。
折りたたまれていた長脚がまっすぐと伸ばされ、屋内の家具をかきわける。
ぼごんと音をたてて、脚に押された木の壁が壊れた。
それが合図だった。
トールが閉じた大顎で敵の脚を叩く。第二関節を叩き折り、爪先ごと脱落させる。
関節をとじていたヘキサグラムが、あたりにちらばった。
トールが多脚をせわしなく動かして、敵へとせまる。
敵もまた、残った三本の脚をせわしなく動かした。勢いよくあとずさる。
だが、トールのほうが速い。
ギィ……ギギギ……!!
トールの大顎がひらかれた。下からすくいあげるように、敵を挟もうとする。
させまいと、敵も大顎をひらき、ふるった。
ガチガチと金属がぶつかり合う音がした。大顎が弾き弾かれる、刀のように打ち合いつづける。
ようやくトールが敵を挟みあげたそのときには、表通りへとでてしまっていた。
はさみあげた敵から、そのガバナーがとびのいた。
空を飛んでいたもう一機の敵が、トールへと銃口をむける。顎にしこまれたそれは、榴弾だ。
銃口が火を噴くのと、トールが敵を投げ飛ばしたのはほぼ同時だった。
投げ飛ばされた敵が盾となり、榴弾が空中で炸裂する。
炎と煙を裂いて、一本の槍が空へと飛びあがった。
大顎と多脚をたたみ、顎と爪の先端を重ね合わせたトールだ。
空を浮いていた敵に、顎と爪が喰いこんだ。
回転翼が音をたてて回る。
トールは、敵を固定したまま、ぐるりと弧を描いて地面へとまいもどった。
トールと地面にはさまれて、敵の身体がばらばらにくだけちる。
機体から転がりおちたガバナーを、ノーチェが光線銃で射抜いた。
反動でふきとばないように、ルシアが支えている。
もう一人の敵が散弾銃を撃ち返すが、的が小さすぎて外れた。
光線銃の二射目がガバナーを射抜く。
戦うものがいなくなり、廃墟群がしずかになった。
『ひと安心ですね。ルーチェ様、ルシア様、お怪我は……。』
「だめ!とーくん、スモーク!」
ルシアの叫びをきいて、トールは地面へと榴弾を発射した。
すぐに炸裂した榴弾から、もくもくと煙がたちのぼり、トールたちの姿をかくす。
トールがいた場所にむけて、紫電の閃光がはなたれた。
はなったのは、肉食恐竜を思わせる機械。頭・脚・尾、いたるところに刃をはやした二足の恐竜。
機竜の両腕についている作業腕が、苛立ちをしめすように虚空をなんども噛む。
『またかくれやがった!俺ともちゃんと戦えよ!』
「子供とあなどるなよ、レクス。なかなかのつわものだ。」
恐竜の背には、長い槍と盾をかまえた騎士がすわっていた。
あらぶる機竜をいさめて、煙のまえまで足をすすませる。
『どこにいやがる……?』
「まだちかくにいる、ぬき足さし足であるいているぞ。
プラズマキャノンを半ばくらってでも、音をたてずにひそむことをえらんだのだ。」
『褒めてんじゃねーよ。どうすんだ、逃げられるぞ。』
「心配は無用。このまま待つ。
逃げるためには飛ぶしかないが、そうすれば音がたつ。
やつらは、我らをたおすしかないのだ。」
『迎え撃つと?余裕だな、先手をゆずるつもりかよ。』
「戦好きと豪語するのなら、不利もうけいれてみせよ。」
機竜レクスが地団駄をふんだ。固い地面にぶつかって、カカトが跳ね返る。
耳障りな金属音。レクスの位置は、煙中からも明らかとなった。
機虫トールが、煙の中からぬめりとあらわれた。
大顎が機竜をはさみこむ。
作業腕と脚の長剣をとめがねにして、機竜は圧死へとあらがった。
『うおおおおお!?ヤバイヤバイヤバイ!こいつ、俺より力がつええぞ!』
「相手の一番つよいところをうけているのだ、当然だな。」
機虫の背にのったノーチェから、騎士にむかって光線銃がはなたれる。
小盾をつかい潰して、騎士は光線をうけた。
騎士の長槍が、機虫の頭をなでる。
長槍から青い稲妻がながれると、機虫の大顎の力がよわまった。
機竜は大顎を押し返すと、斧のついた頭をすくいあげるようにふるった。
機虫がのけぞり、うしろへと押しだされる。
機竜が地面を蹴る。機虫とすれちがうようにはしった。
金属が破裂する音が、一瞬だけ大きく響く。
騎士の長槍につらぬかれて、機虫はたおれた。
衝撃をうけて、二人の幼子が機虫からほうりだされる。
ルシアがかかえていた青い鞘のような部品が、地面にころがった。
機竜の背が紫電にかがやく。
雷光が、青い鞘のような部品をのみこみ、消し炭にした。
銃口が幼子たちへとむけられる。
ノーチェは、光線銃をすばやく投げ捨てた。
騎士と幼子が視線をかわす。
とどめをはなとうとする機竜を、騎士が制止した。
「幼子たち。プロジェクトリジェネシスは、きみたちを歓迎する。
降るのならば、寝床や食事、安全は保障するが……。」
「情報体には、なりたくない。」
「で、あろうな。」
騎士は、こわれた機虫へと目をやった。
かの機体があれば、豊かな都市へとむかうことは容易だろう。
そこで人工知能へと忠誠をちかい、保護をもとめることも。
だが、そうしなかった。運び屋として、危険な仕事をつづけている。
人の身体のまま、生きるために。
機竜と騎士が、廃墟を去っていく。
騎士たちの姿がみえなくなると、ルシアは機虫へとかけよった。
「とーくん、生きてる!?」
『音声……おおくの……破損……ですが……無事……。』
一方、ノーチェは大箱のかくし箱へとむかう。
箱の中には、青い鞘のような部品―規格外兵装があった。
機竜に壊されたものは、よく似た模造品だ。
本物は無事。届ければ、莫大な金になる。
修理された機虫が、箱を背負ってあるきだした。
割れた節々のせいでふらつきながらも、すこしずつすすんでいく。
黒と金。二人の幼子は、そのかたわらについていった。
<END.>
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機虫と幼子たちは荷を運ぶ。
死と隣り合わせたこの道を、今日もまたあるいていく。
搭乗ヘキサギアなど
モーター・パニッシャー/ボルトレックス/イグナイト
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