結局、自分が何をしたいのかも分からないまま、
私は文芸部に入り浸ってしまった。
そんなこんなで、今はもう金曜日の放課後。
「結局、何か決まったの?」
「えぇと…まだです」
文芸部は、正直居心地がいい。みんなはよくしてくれるし、
部長さんや木谷さんは才能あるって言ってくれるし。
「じゃあ、やっぱりここに決まりね」
「う~ん、そうなりそうです」
ホントにいいの? という心の声は確かにある。もちろん、ここにいて、
それなりにちゃんと活動できてるわけだから、一つの道だろうな。
「まだ葛藤を抱えてる様子ね」
「うーん、でも、だからと言って何が? という感じで」
しっくり来る答えが自分の中にないんだよなぁ~。
「悩んでるなら、このまま文芸部でいればいいわ」
「へ?」
それって…
「この学校、転部は自由だし、心にスポッとはまる方向性が見いだせたら、
その時に相談してくれればいいから」
「先輩は、それでいいんですか?」
それだと、先輩にはあんまりメリットがなさそうだけど…
「んー、私? そうねぇ…」
人差し指で口元を突きながら、先輩は考え込んでいる。
「確かに部員が減るのは寂しい事だけど、それで倉橋さんが何かしら、
そう、何かしらの才能を発揮するのなら、私はそれはそれで嬉しいのよ」
「そういうものなんですか…」
私には分からんなぁ。というか!
「部員がギリギリなんじゃなかったんですか?」
「そうね、そういえば、そうだったわ。気にも留めなかった。あら、
どうしましょ。二年後の部長候補である木谷さん、アイディアない?」
「え、私ですか? しかも部長候補って…そうですね…」
うぬ、木谷さん、真剣に悩んでる?
「えっと、私の為にそんなに悩まなくても…」
「倉橋さんのためだけじゃないわ」
え?
「この部活の為でもあるのよ。それに、みんなにとって、倉橋さんはもう、
小さな存在じゃないの」
「えぇぇぇ!」
「木谷さん、いい事言ったわね。貴重な部員、ていう側面はもちろんあるけど、
倉橋さんの人物も大事なのよ」
人物か。買いかぶられたもんだ…と思ったら、失礼かな。
「私の人物かぁ…」
「とりあえず、週明けまでにはアイディア出しておくわ。だから、一応でも、
来週からは私と一緒に文芸部に正式入部すればいいわ」
ふむ。
「それでいいのかな」
「言ったでしょ? 転部は自由だって。部長と顧問の許可があればね」
そっか。
「そして、私はそういう申請を拒んだりはしない」
「す、すみません。私が悩んでるばっかりに」
ホント、申し訳ないなぁ。せめて、いる間はがんばろうっと。
「気にしないで。何はともあれ、これからよろしくね」
「はいっ!」
とりあえずだけど、私の方向性が一旦決まった。
さて、週末だ!
~つづく~
待ちに待った週末。
いつになっても、土日って言うのはありがたいもんである。
「さてー、じゃ、言ってきまーす!」
「気をつけろよー」
「あんまり遅くなったらダメよー」
両親の声を背中に浴びながら、私は家を出る。今日は楓とお出かけだ。
「よっと!」
私は自転車にまたがり、颯爽と駆け出す。駅前の駐輪場は有料で、
普段は利用しないんだけど、こういう時は別だ。
「あぁ、気持ちいい空気だ!」
季節はまだまだ春。だから、刻一刻と、空気は暖かくなって行ってる。
私には、それが嬉しい。
「~~♪」
「さて、私の方が早かったかな」
待ち合わせは駅の改札。何分住んでる場所が駅を挟んで反対側だ、
どこへ行くのも待ち合わせは駅になる。
「おーい、えりかー」
「おお、楓。おはよ~」
楓はすぐにやって来た。
「ごめん、待った?」
「一瞬だけね」
簡単な挨拶を交わすと、私達は改札を通った。こういう時、定期は便利だ。
「えりか、今日何買うか決めてるの?」
「まーね。夕べネットで情報収集したのです」
これは、寝る前の密かな楽しみだ。どのブランドにどんな新製品が、
なんて事を調べるのはたのしいもんである。
「そっか、えりかパソコン持ってるんだもんねー」
「えへへ~。そんなにいい奴じゃないけどねー」
お金を出すのはお父さんだ、ピンク色がかわいかった奴の中で、
一番安い奴を買ってもらったに過ぎない。
ま、性能の事はうちの中じゃ誰もよく分からないんだけど。
「そういう楓は?」
「私? 私も、下調べはしてあるよ」
なんだ、楓もそれなりに準備してるんじゃん。
ホームで電車を待ちながら、会話は続いていた。
「クラスに、そっち方面詳しい子がいてねー。ほら、私どっちかって言ったら
疎いじゃん?」
「うん、そだねぇ。運動一直線、て感じだしねぇ」
しかしまぁ、クラスの子、か。
「クラスに友達で来たんだねえ」
「そりゃ、ね。でも、えりかほど親しくはないし、木谷さんほどでも、
ないかな~」
ほほ~。
「ま、あんまり仲良くすると、私が嫉妬するから気をつけるように」
「何それ。嬉しい事と取っておくわ」
あ、軽く受け流された。
「つれない…」
「何を言ってるんだか。どっちにしろ、えりかほどはフィーリング合わないよ」
そう、言ってくれるのか。嬉しいのぅ。
「さ、しょうもない事言ってないで、行きましょ」
ちょうど良く、会話の終わりに合わせて電車がやって来る。
「ん、土曜の朝だってのに、結構混んでるねえ」
「しゃーない。同じような目的の人がいっぱいいるからね」
とはいえ、座れないほどじゃなかった。私達は隣同士で座る事が出来た。
「さーて、寝るか! えりか、着いたら起こしてね」
「え、えぇ!」
なんですとぉ? 寝るだって?
~つづく~
電車に乗り込むや否や、眠りを決め込んでしまった楓。
全く、どうなってるんだ。
「…」
「スー、スー」
普段、朝一緒に電車乗ってる時はこんな事ないのに…
「…」
話したい事は山ほどあるのになぁ。といっても、くっだらない世間話中心だけど。
「……」
まぁ、下りてからでもいいか。とは思うんだけど、私は一体、何をすれば…
「はぁ…」
ケータイでも触るか。
「…」
と言っても、今自発的にメールを打つ事もないし、ニュース速報でも見るか。
そうして過ごす事十五分。
「お、次だ。起こさなきゃ…」
なんとか時間をつぶす事が出来た。
「楓、楓、次だよ。起きないと!」
隣で寝てる楓を揺すり起こす私。あぁ、なんでこんな事をしてるんだ?
「起きないと!」
あぁ~、刻一刻と降りる駅が迫ってるよ~。
「楓、楓!」
なんでこんなに激しく揺すってるのに起きないんだ?
「ちょっと、起きなてよ!」
がっくんがっくんなってる勢いで起こしてるのに~~~っ!
「あぁ~!」
『間もなく~、菖蒲台~。菖蒲台でございます』
ちょっと、マジでギリギリなんですけど…
「~~~っ!!」
起きない楓をそのままにはしておけない。もちろん、担いで下りるなんて芸当も、無理。
『お降りになります方は、くれぐれもお手荷物をお忘れにならないよう…』
電車は駅に着いて、もうドアも開いてる。
「はっ!」
ドアが…閉まる!
あぁぁ…電車が出てしまった!
楓の奴~~~~っ!
~つづく~
電車の中で睡眠を決め込んだ楓。
あろう事か、降りるべき駅に着いても、起きる気配を見せなかった。
私が全力で起こしたのにも関わらず、だ。
「あぁ~もぅ! 乗り過ごしちゃったじゃんか!」
とは、次の駅のホームでの私の言葉。
とりあえず、電車が動き出してから少しして、楓は起きてくれた。
一分遅いよ。
「わざわざ反対側のホームに行って待つこのむなしさったら」
「だから~、悪かったって言ってるじゃんか~。パフェおごるから、許して!」
拝まれるみたいにして謝られると、さすがに怒ろうっていう気は減る。
「まぁ、急いでないし、予定がつまってるわけじゃないからいいけどさぁ、
なねあんなに起こしても起きないの? 私、修学旅行でも楓と同じ班だったし、
泊まりに行った事もあるから、何度かは寝食を共にしてるけど、こんなだった?」
「いやー、面目ない」
面目ないって、そういう問題だろうか…
「それに、電車の中で寝る子だったっけ」
「普段は起きてるよ。朝だって、毎日起きてるでしょ? でもさー、
昨日部活がすっごいハードで、疲れが溜まり過ぎてたんだよね~」
楓が言うには、グッス寝ても寝足りず、私が一緒なのを利用して、
電車の中でも爆睡を決め込んだ、という事だ。でも、どうも納得できないし、
話が合わない。
「楓が部活で疲れたのは分かるよ。寝ても寝足りない、これもわかるよ。
でもさ、私を目覚ましに使おうってところまでしか、分からなかったよ」
「ん、それはどういう事かね? えりか君」
はぁ。私はため息一つ。
「それにしたって、あんなに起こしても起きない理由にはならない」
「そればっかりは、寝てたからなんとも。我が事ながらコメントできん」
くっそー。
「じゃ、今からさっきの再現をしてあげようか?」
「んー、遠慮しとく。すごそうだし」
なんだ、分かってるじゃないか。
「分かってるならいいよ。でもね、あれだけ起こしても起きないのは、
むしろ心配になった、とだけ言っておくよ」
「それはありがたい忠告だ。っと、電車そろそろ来るよ」
腕時計を見ながら、楓が言う。
「今度は、ちゃんと起きててよね」
「分かってるよ。それに、一駅だしね」
一応私は釘を刺す。楓もそれに応じる。
私は、楓の挙動に用心しながら電車に乗り込んだ。
~つづく~
なんとか菖蒲台の駅で降りる事の出来た私達二人。
全く、本当ならもう10分早く着いてたのに。
「んじゃ、どこから行く?」
「そうだなぁ~。フロイラインスポーツ、行ってもいい?」
フロイラインスポーツ? なんじゃ? その大げさな名前のスポーツ店。
「そこ、女の子向けの品揃えがいいんだよねー」
「ふむふむ。ま、いいでしょう」
なんだかんだ言っても、楓はスポーツ少女だからなぁ。
「あ、私、結局バスケ部に入る事にしたから」
「へ? あぁ、そうなんだ。てっきり、お助け専門するのかと」
中学時代の楓は、一つの部活に所属する事はしないで、
呼ばれたらその部活に行って試合で活躍、という、とんでもない事をしてた。
「ちょっと意外」
「なんて言うのかな、バスケ部が一番融通が利いたから。助っ人のね」
な、なるほど…
「とはいえさ、あんま助っ人してると、その部の人から妬まれない?」
「あぁ、それ、あると思うでしょ。だから、余計な諍いを避ける為に、
私は毎回勝負をして、勝ったら引き受ける事にしているのだ」
そ、それもすごいな…
「負けたら当然、その話はなかった事になる。でも、勝てないなら、
助っ人に立っても役立てないだろうし、円満に済むでしょ?」
「なるほどねー」
意外と考えてるんだなぁ。思わず感心。
「ところで、私達はどこへ向かってるの?」
「フロイラインスポーツ」
なっ。
「そ、それは分かるよ。そうじゃなくて、方面の話。話してたから、
てのもあるけど、どっち方面に進んでるのか、あんまり記憶にないんだけど」
「それは大丈夫でしょ。私が覚えてるから」
た、頼っていいのか? それ。
「さっきまで寝てた娘に頼って、大丈夫?」
「む。失礼な。大丈夫だって。何度も来てるんだから」
はぁ、こりゃ、信じるしかないか。
「ほら、そこ」
「ほお、これか」
そこに見えるは小さなスポーツ用品店。周りの大きなビルと比べると、
古めかしいし、建物自体が小さい。
ちょっと、心配。
「こんにちはー」
慣れた様子で入って行く楓に続いて、私も中へと入って行った。
~つづく~
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第66回から第70回