リトルの身体は、なにも感じない。
転んで擦りむいても痛くないし、たまに食べられる高級肉も美味しいと思わない。
両親からいくら殴られても、危ないと思ったことはない。
「…………。」
いま、こうして薬液につけられていても、それは同じだった。
リトルの身体が蛹のようにどろどろに溶かされ、べつのものに作り替えられていく。常人ならば意識が死をえらんでしまうような痛みに、リトルはなんの反応も示さない。
「オメガリアクターユニット、安定。極めて高濃度の薬液なんだが、それにすら耐えてしまうとはねぇ。」
「驚異的な結果ですね。精神だけでなく、肉体も強靭です。
他人よりも再生能力が高い。怪我をしても、すぐに治ってしまう。」
「いいねぇ!時代を変える強化兵士が完成するかもしれないねぇ!
…こんなすてきな検体を弄れないなんて、トロスは歯軋りしてるだろうねぇ。」
白衣の研究者―ワームが、端末越しにオメガリアクターユニットを楽しげに操作する。
巨大な培養装置の薬液がいったんぬかれ、リトルが倒れた。かまわずに新たな薬液が注入される。
リトルは、その様子をぼーっと見つめていた。
(なにがそんなに、楽しんだろう…?
俺もあの機械を動かしたら、楽しいって思えるのかな?
…無理だろうな。なんていうか俺って、なにもかもがだめなやつなんだよな。
なにをしても、なにも感じないんだから。
あーあ、いいこと、なんもないな…。)
***
「ルシア、すぐに出撃の準備をしろ。」
ルシアの部屋に入ってくるなり、トロスはそう言った。
ノックはなし、乱雑に開けられた扉が痛む。鍵はどうやって開けたのだろう?
不躾な訪問に驚きながらも、ルシアは彼を迎えいれた。とりあえずと紅茶をさしだす。
トロスはしばらく紅茶とにらめっこしたあと、深呼吸をして椅子にすわった。
「今日は非番のはずだが。なにかあったのか、トロス殿?」
「D-16の住人のことを覚えているか?」
「ああ、先日助けた街の人々だな。
薬漬けにしても壊れない特殊体質と魔女が言っていた。」
「そうだ。ノーチェの言葉は嘘だったが、念のためメディカルチェックをしようと思ってな。
上層部にD-16の住民リストを要求したのだが・・・返ってきたのがこれだった。」
トロスが端末を操作し、住民リストをさしだす。
ルシアがあらためてみるが、特に変わった様子はない。
「どこもおかしなところはないが・・・?」
「おまえの眼は節穴だな。あの時助けたのは53名。このリストには52名しか乗っていない。
おかしいと思って何度も上に確かめたが、記憶違いだろうの一点張りだ。
だが私の記憶力は完璧。つまり、上は53人目を意図的に隠している。
私にかくれて、53人目になにしているにちがいない。」
「飛躍しすぎではないか?
貴公の記憶力はたしかだと思うが、上もただ間違えているだけでは…?」
ルシアの言葉をうけ、トロスが黙りこむ。お茶を飲み干し、なにも言わずに部屋を出ていく。
その背に、ルシアが声をかけた。
「格納庫へ行けばいいのか?」
「…!ああ、待っているぞ。」
髪を結ってアーマーを着こむ。身支度をすませ、ルシアは格納庫へとむかった。
***
E-22エリア。ルシアとトロスは、ヘキサギアを駆り研究施設へと乗りこんだ。
目立つのは避けていたらしく、大きな施設のわりに警備は少ない。少ないが・・・たった2機よりは多い。囲まれれば、またたく間にやられてしまうだろう。
<コケコ卿>が宙を舞い、レイブレードで警備のモーターパニッシャーを斬り落としていく。
「ルシア、おまえはレイブレード以外の装備を積んだほうがいいな。
これで貴重な研究施設がまたひとつ、汚染されてしまった…。」
「言っている場合か!多勢に無勢だ、手をぬけば一瞬で落とされるぞ。」
「…ふん。ミルコレオ、やつらに手本を見せてやったらどうだ?」
『いいぜぇ?よく見てな愚図騎士ども!』
<ミルコレオ>が駆ける。異様なほど、速かった。
距離をとろうとするロードインパルスへと追いついて、至近距離からグレネードランチャーを乱発する。
鶏の騎士<コケコ卿>と虫混じりの獅子<ミルコレオ>。
レイブレードインパルスに連なる2機には、共振励起とよばれる機能が備わっている。すべてのヘキサグラムを同調共振させ、機体性能を飛躍的に強化。代償として、一定時間後に全出力をうしなう諸刃の剣。
共振励起によって、2機はどうにか数的優位をくつがえしていた。
ロードインパルス2機とモーターパニッシャー3機が沈黙する。
共振励起の残り時間はわずか。ぎりぎりの戦いだった。残るガバナーたちをふりきって先を急ぐ。
ミルコレオがグレネードで壁をあける。
2機が入りこんだ部屋には、巨大な培養装置―オメガリアクターユニットが置かれていた。中には1人の少年―リトルが閉じこめられている。
「あれが53人目か。私ぬきで好き勝手やったようだな。」
「弱りきっている。すぐに治療しなければ…。」
トロスが端末を操作し、オメガリアクターユニットを開ける。
排出されたリトルをルシアが抱きかかえた。
(なんだ…?またべつの場所につれていかれるのか…?)
リトルは、せわしなく動く2人をただぼーっと眺めていた。されるがまま、ルシアに連れていかれる。
「辛い思いをしたな。だいじょうぶだ、かならず助ける。」
ルシアが籠手をはずした。安心させるようにやわらかく、リトルの髪を撫でる。
リトルはなんだか、むず痒い気持ちになった。身体は相変わらずなにも感じない。しかし、もっと撫でていてほしいと思う。
(ああ、そうか。他人に優しくしてもらうの、初めてなんだ…。)
自分でも気づかないうちに、リトルは泣いていた。どこか痛むのかと問いかけるルシアに言葉を返そうとするが、嗚咽になるばかりでうまく喋れない。
歌が流れた。
清らかで美しい歌声。ただひとつをたたえる賛美歌。しかし、たたえられているのは神ではない。
「SANATをたたえる歌…?」
天井を突き破り、歌い手があらわれる。VFの守護騎士・パラポーンイグナイト。
鈴虫のような羽根が生えたボルトレックスを駆り、ルシアたちのまえに降り立った。
「主は嘆き、悲しんでいる。貴様らが、人でなしの外道となり果てたことを…!」
ボルトレックスが身をかがめる。プラズマキャノンの銃口が、コケコ卿とミルコレオをとらえた。
コケコ卿とミルコレオが、反射的に動いた。壁を蹴り、囲いこむようにボルトレックスへとせまる。
共振励起によって高まった速さは圧倒的。プラズマキャノンをかわし、ボルトレックスを両断する・・・はずだった。
ボルトレックスの羽根がふるえ、大気がふるえる。
イグナイトの発するわずかな音が、羽根によって増幅され、世界へ広がっていく。
デミ・インペリアルロアー。奏で謳われる竜王の威光が、すべての獣をひれ伏させる。
『コ・・・ココッ?!』
『ぁ・・・頭が・・・割れるッ!!』
コケコ卿とミルコレオのゾアテックスが機能停止した。鋭く速かった動きが、鈍く遅いものとなる。
プラズマキャノンが直撃し、2機のヘキサギアはあっけなく沈黙した。
イグナイトは楽器と斧の複合兵装―ライブアックスをルシアへとむけた。
「その少年を引き渡すがいい。そうすれば外道といえど、命だけは見逃してやる。」
「断る。いましがた助けると誓ったばかり。名も知らぬ貴公に預けられる命ではない!」
リトルをかばうようにしながら、ルシアが剣を抜く。
2人の騎士、その鋭いまなざしが交差した。
『なるほど、作戦は終了です。帰還なさい、オルフェ。』
「…!?我が主、なぜです。」
イグナイト―オルフェスに対し、乗騎であるはずのボルトレックスが命令をくだした。
ボルトレックスから流れたのは、世界が一変したあの日、すべての人類が聞いた懐かしい声。
『あなたも知ってのとおり、LAは複数の企業が寄り集まった連合体。常に複数の思惑が争いつづけている。
あの2人は、あなたと同じ。リトルを助けにきたのです。』
「しかし、やつらは生身にこだわる愚か者。いつ欲におぼれて心変わりするか。」
『従いなさい、オルフェ。私は人工知能“SANAT”貴方たちを導くものです。』
「……御意!」
オルフェが武器をおさめる。
いまだルシアへと敵意をむけているが、SANATに逆らうことはしなかった。
ボルトレックスが飛翔し、天高くへと去っていく。
***
エリアE-22、LA領空へのボルトレックスの侵入。
それを聞きつけて、研究施設にはすぐLAの防衛部隊がやってきた。
トロスの機転により、研究施設の破壊はボルトレックスの仕業として処理された。警備のガバナーたちは本当の襲撃者がルシアたちであることを知っていたが、トロスから研究施設でなにが行われていたのかを聞かされると、みな口をつぐんだ。
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LAの騎士ルシアと研究者トロス。
2人によって救出された人質が、非道な実験にまきこまれているとの報が入る。
研究施設へとはいりこんだ2人のもとへ、赤竜の騎士が舞い降りる。
※コトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』の二次創作です。
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