第二十五章~激戦の果てに~
―――母様の仇を取る。
自分はそう決意した。曹操に敗北し、涼州を追われたあの時に。
そのために、劉備のもとに下り、復讐の機会を待った。
だが、自分達は曹操にまた敗北した。そして、その機会は永遠に失った。
親の仇が取れないまま、この世は平和になり、自分は途方に暮れてしまった。
そんな今の自分を母様はどう思うだろうか。
落胆するだろうか、見損なわれるだろうか・・・わからない。けれどそれを考える事がとても怖かった。
母様だけではない。涼州の民から軽蔑される事も自分は恐れてたんだ。
親の仇も取れないとはなんて情けない子供なのだ、と・・・。
だからこの二年間、母様の墓参りには行かなかったし、涼州に足を踏み入れもしなかった。
―――けど、それでは駄目なんだと思った。
どんなに辛くても、目の前の現実から逃げず、前に踏み出したあの二人。
すると自分が情けなく感じた。同じところでただ足踏みをしているだけの自分が。
だから変わりたいと願った。
それがきっと正しい事だと思ったから、曹操に頭を下げて付いて行くことにしたんだ。
だけど・・・。
「うわぁあああああああああっ!!!」
槍を振り上げ、悲鳴にも似た叫び声を上げ、翠は華琳に跳びかかった。
「華琳様!」
声を上げる桂花。急ぎ華琳の盾になろうと駆け寄ってもとても間に合わない。
振り上げられた槍の切っ先が、華琳を捉えた。
「華琳さまぁあああっ!!」
悲鳴とも聞こえる桂花の叫び。翠の裏切りが華琳の命を絶とうとした。
ガキィイイイッ!!
「・・・!」
直後に聞こえたのは、鈍い金属音。
「凪!」
翠の放った一撃は凪の捨て身の行動によって防がれ、華琳が槍で貫かれる事はなかった。
左腕に取り付けられた籠手が槍の先端を捉え、凪は腕の力だけで槍を払い除けた。
「く・・・!」
翠は払い除けられた反動で宙に舞い上がる。空を飛べるわけもなく重力に従って、誰もいない場所に着地する。
「凪!」「凪ちゃん!」
ようやく真桜と沙和が駆け付ける。
「二人とも・・・」
凪は右手で左手を押さえている。どうやら翠の一撃で籠手が砕け負傷していたようだ。
「凪ちゃん、その手・・・」
「大丈夫だ。この程度、問題ない」
沙和に心配をかけまいと、凪は手持ちの布で一応の応急処置をする。
「翠ぃ、お前一体どういうつもりなんや!?」
螺旋槍を構え、真桜は怒りを抑えられない。
友である三人を前に、槍を構え直す翠は何も語らず沈黙を通した。
「・・・・・・」
「・・・だんまりかいな」
「翠ちゃん!」
沈黙する友の姿に三様の反応を示す凪、真桜、沙和。翠と三人の間に緊張が走る。
「くッ、はああッ!」
一刀は地面を蹴り、そして斬馬刀を振り下ろした。
眼前には上半身は人間、下半身は馬。四本の腕がそれぞれ戟を持ち、その身を白銀の鎧で包まれる異形の怪物。
その麒麟は左外側の戟で斬馬刀受け止めると、右内側の戟で一刀の脇腹を捉え、残りの戟で追い打ちをかける。
「ぐぅ・・・はぁああああああ!!!」
一刀が放った気迫が周囲の空気を振動させ衝撃に変える。
更に体から放たれた青白い炎が衝撃に乗って周囲に拡散され、その身で受け止めていた麒麟の戟を弾いた。
魏軍と五胡連合軍が激突する大通りより少し離れた広場と思われる開けた場所。
巨大な斬馬刀を手に重装備で身を固める一刀と高い攻撃力と機動力を有する巨躯の麒麟が激戦を繰り広げていた。
だが、一刀が不利な戦況にあることは誰が見ても分かるものだった。
それでも麒麟を大通りから遠ざけられただけでも、一刀としては不幸中の幸いだった。
「く・・・」
一刀は考えあぐねていた。
四本の腕から繰り出される戟による波状攻撃。その巨体から想像できない俊敏な機動力。
この状況を打開するためにはこれらの一つを取り除きたい。
前に戦った時のように、無双玉の力を最大限に活用したゴリ押し戦法も一つの選択だろうがそれは最後の手段にすべきだ。
あの時の一刀は冷静さを失い、無我夢中な状態であったし、きっと向こうもそれに対して警戒しているはずだ。
実際、麒麟は数度の剣戟を行った後、一刀から一旦距離を取り、そして様子を窺うのだ。
ある一定の距離を維持しつつ、麒麟は一刀の周囲を歩く。
一歩、一歩・・・とゆっくりと地面を踏みしめて歩いていると思えば、何の前触れもなく距離を一気に詰めて仕掛けていく。
麒麟が振った二本の戟を一刀は斬馬刀の一薙ぎでまとめて押し返す。
初手の攻撃を弾かれても麒麟は体勢を崩す事なく、再度攻撃を仕掛ける。一刀も怯むことなく、斬馬刀で攻撃を繰り出す。
防御など一切しない、互いに攻める一進一退の攻攻戦。
壮絶な剣戟の中、刀身がぶつかり合う度に青い炎が散る。
この戦い、自分にとっての流れの変化はどこにあるのか、一刀はそれを探していた。
地割れで生じた亀裂に渡しを設置したことで秋蘭達は前進を再開した。
「季衣!」
ようやく分断された前部隊と合流し、流琉と秋蘭は季衣の姿を見つけた。
「流琉!秋蘭様も!良かった~やっと合流できたよ」
「無事で良かった・・・あれ、春蘭様は?」
「一緒ではなかったのか?」
「さっきまで一緒にいたんだけど・・・。
兄ちゃんがあの怪物と戦ってるって、霞ちゃんと一緒に兄ちゃんを探しに行っちゃった」
秋蘭は眉を顰め、眉間を指で押さえる。
「前線そっちのけで離れてしまうとは・・・姉者の突破力で更に前線を上げて欲しかったのだがな」
「ボクも行きたかったけど、ここに残って秋蘭様たちと合流しろって」
「そ、そうだったんだ・・・」
「前線を指揮する将が不在ではいかんからな。あれも確かに脅威だが、目前の敵も脅威であることに変わらんさ」
そう言って、秋蘭は前線に目を向ける。前線は今もなお拮抗状態にあった。
五胡兵達の攻勢を魏軍の兵士達は何とか抑え込んではいるものの、湧き出る湯水のように現れる五胡兵に疲弊しつつあった。
「しかし、この五胡兵・・・一体どれだけいるのだ?」
華琳の考えが正しければこの五胡兵は偽物、外史喰らいが用意した駒だ。
だが、駒であってもどこからか調達しなくていけない。果たして供給源はどこにあるのだろう。
そんな事を考えていた矢先、前線の状況に変化が訪れる。
「な、なんだこいつら!?」
「みんな、姿が変わって・・・!」
「ひ、ひえぇええ!?」
前線に立っていた兵士達が何かを見て狼狽える。
その原因は秋蘭達にもすぐ分かった。戦っていた五胡兵が次々に傀儡兵の姿に変身していたのだ。
「な、なんだよ、あれー!!」
「わ、私に聞かれても分からないよー!!」
季衣と流琉もこの状況に動揺していた。動揺は前線の兵士達に素早く伝播し混乱が発生した。
「落ち着け、皆!!連中の化けの皮が剥がれただけだ!動じる必要はない!迅速に五人一組を編成するのだ!!」
秋蘭は兵士達の混乱を収束させ、傀儡兵に対応するために声を上げ、指示を出していく。
傀儡兵達の戦い方は、従来の戦でのそれと異なる。
隊列を編成せず、時に単体で動き、時に徒党を組む。その機動性を駆使して攻撃を一度当てたら離脱するを繰り返す。
戦況に応じて瞬時に臨機応変に対応する。まるで頭の中が繋がっているのではないかと思うほどだった。
とはいえ、戦法が分かれば戦略を立てることは難しくない。
先程の混乱も早期に収束し、秋蘭は季衣と流琉に指示を出して傀儡兵達に対応していく。
多少の想定外はあったものの、ここまでの流れは決して悪くなかった。
「それにしてもだ・・・」
この時機で五胡兵から傀儡兵に姿を変える事にどんな意味があるのだろう。
それによってこちらは多少の混乱が生じたが、それが狙いとは到底思えない。
他に別の意図があるのか思案するも検討がつかなかった。
「それにあの地割れ・・・」
意図的に発生させる手段があるかはともかく、秋蘭は当初、軍を分断して指揮系統を麻痺させる事が狙いだと考えていた。
亀裂の中から傀儡兵が出現したため、そう確信していた。
だからこそ、渡しの設置から渡り終えるまでの間、流琉と終始警戒を怠らなかった。
だが、実際は一度も妨害を受ける事もなく全ての過程を達成してしまった。
「・・・まさか、策ではなかった?」
敵としても予想外の事態だったのだろうか。しかし、果たして偶然の出来事だったのか。
敵の一連の動き、地割れ、白銀の鎧の怪物・・・秋蘭には分かりかねていた、敵の狙いがどこにあるのか。
「傀儡達が元の姿へと戻っていきますか・・・」
空間に映し出される外の映像を見て、祝融は浮かない表情をする。
『擬態』と称した外史喰らいの技術。
傀儡兵に五胡兵の情報を組み込む事で五胡兵と同じ容姿、戦闘力を有する事が出来る。
だが、想定よりも早く擬態が解除されてしまったようだ。
以前、魏軍兵に擬態した傀儡兵を洛陽に潜り込ませた時は上手くいったが、今回はそうはならなかったようだ。
「・・・、中々上手くいくものではありませんね」
祝融は考察する。
おそらく、この外史における五胡という存在が曖昧であるためだろう。
この大陸周辺い存在する国々の総称。時折、この大陸に侵攻してくる外敵。
しかし、魏、呉、蜀を構成する情報に比べても五胡のそれはあまりにも少なかった。
魏軍兵を形成する情報と五胡兵を形成する情報も恐らく比例しているのだろう。
実際、五胡兵の情報量は魏軍兵の情報量よりも少なかった。
それが原因だろうと祝融は確信した。
予想外の事象、しかしそれはこれだけに終わらなかった。
先程の地割れもその一つであった。
これも盤古の地下の浸食によって地盤が弱くなり、偶然発生したものだった。
地割れによって生じた亀裂から何体かの傀儡兵・颯が飛び出してしまい、勝手な行動を起こしてしまった。
想定外の事態ではあったが、結果的には魏軍を分断させ撹乱する事に至ったのだから分からないものだ。
祝融は手で払いのけると一瞬で映像が消える。
翠に説明した通り、盤古は外史を制圧・支配するため外部装置。
その正体は、女渦がこの外史で開発した影篭、それらの集合体である。
そのため、五胡兵、傀儡兵といった戦力などを生産する能力も備わっている。
「盤古・・・実に興味深い、ですね」
成長を続ける盤古を見上げる。事態はすでに最終段階に突入していた。
この地は華琳達にとっては自国を守るため、領内に入ってきた外敵を倒すための戦場であるが、
外史喰らいの末端である祝融にとっては自分達が作ったモノの機能、効果を検証するための実験場であった。
「このぉ、どきやがれ!」
ガンッ!ゴンッ!!ギンッ!!!
翠が繰り出した連撃。凪、沙和、真桜は一応に受け止める。
凪は先程の負傷を庇っているため反撃に出遅れる。代わりに真桜が前に飛び出す。
「くぅ、こなくそがぁあ!」
螺旋が回転、螺旋槍を構えた真桜が翠に向かって突撃する。
「そんなこけ脅し!」
正面きって相手しない、真桜の突撃を翠は直前でかわし、真桜の手元に狙って上から槍で叩く。
「ぐぅぅ・・・っ!」
翠の叩き落としで、螺旋槍を手放す事はしなかったが、真桜は前のめりに体勢を崩す。
真桜の背後より沙和が飛び出した。
「翠ちゃん、やめてなの!」
「っ!邪魔するな!」
二人の連携に一瞬動揺するも、翠は槍の柄の底、石突の部分を沙和に向かって突き出した。
沙和は防御できず、翠の反撃を受けてしまった。
「きゃあっ!」
「沙和!・・・翠ぃいいいっ!!」
沙和がやられ、激情にかられる凪は右手から気弾を放つ。
翠に気弾が当たる直前、翠の愛馬が彼女の背後を過ぎる。
翠は愛馬の手綱を手に取るとそのまま流れるように乗馬、気弾は翠に当たらなかった。
華琳の面前で繰り広げられる四人の戦い。
桂花はこの場を離れるよう提言するも華琳は一蹴、この場に留まる事を選んだのだ。
この四人の戦いから目を背ける事は王として許されないと理解し、それ故に華琳は翠に向かって声を上げた。
「馬超、何故私に刃を向ける!母親・・・馬騰の仇をとるためか!!」
「違う!母様に代わって涼州の民達を守るためだ!!」
自分の問いに即答する翠。
その意外な返答に驚く華琳であったが、翠に問い続ける。
「馬騰の仇ではないというか、ならば更に問う!涼州の民達の何を守ろうとするか!」
「命だ!戦いに駆り出される民達の命をあたしが守らなくちゃいけないんだ!」
「・・・・・・」
敵に何か吹き込まれたのだろうか、自分を討ち取ることで民の命を保証すると。
民達の姿が今までなかったのは、捕らわれの身であるからだというのは予想の一つとして考えられた。
だが、翠は言った・・・戦いに駆り出される民達の命、と。
「この地を、民を守れるのはあたししかいないんだ!!」
翠は愛馬と共に戦場を駆ける。
彼女が華琳を殺そうとしている事は明白だ。しかし、その顔は苦悶の表情に満ちていた。
「涼州を守るために、あたしはやらなくちゃいけないんだ!!
母様も、きっとそれを望んでいる!曹操、覚悟ぉおおおおおおっ!!!」
三人に目をくれず、愛馬とともに翠は華琳に突撃を開始した。
「だからさせへんって言うとるやろが!!」
そこに真桜が立ち塞がる。再び螺旋を回転させ、その回転数を上げていく。
「真桜!」
そこに遅れて凪も駆け付け、その左手に気を溜める。
数秒のうちに翠と接敵するだろう。
真桜と凪は連携して翠を全力で阻止し、華琳を守る。翠はその二人を蹴散らし、その後方にいる華琳を討ち取る。
「いい、加減に・・・」
もう間もなく接敵する。このままぶつかれば双方ともに無事で済まないだろう。
「母様に代わって!」
「いい加減に・・・」
それでも、凪と真桜はその場から離れない。翠も愛馬の速度を落とさない。
「あたしが、あたしがぁっ!!」
そして、翠は槍を振り上げた。
「いい加減にしろぉー!蛆虫ふぁっきゅーどもーっ!!」
突然発せられた沙和の暴言に、その場にいた者達の時間が一瞬止まる。
真桜は螺旋槍の回転を停止させ、凪は溜めていた気を散発させ、翠は手綱を一杯に引いて愛馬を急停止させる。
接敵するぎりぎりのところであった。
その場にいた者達は皆、沙和の方に顔を向けた。
そこには左手で腹部を押さえ、剣を杖代わりにしてようやく立っていられる状態の沙和があった。
最初に口を開いたのは翠であった。
「さ、沙和・・・」
「誰が勝手に喋っていいと言ったー!
話かけられた時以外はその汚い口を開くな!口で糞をたれる前と後にサーと言え!分かったか!」
「なぁ・・・っ!」
困惑する翠を圧倒するように、肩で息をしているような沙和の口から次々と暴言が出てくる。
「今の貴様達は雌豚以下だ!どこにでも転がっている家畜の糞にたかる蛆虫だ!
ママの愛情がそんなに足りなかったか!ママにケツをふぁっくしてもらわないと何も出来ないのかー!
だったら今すぐケツを出せ!腑抜けたケツにふぁっく、ふぁっく、ふぁっくしてやるぞー!」
それは翠だけではなく、真桜と凪にも向けられた言葉だった。
彼女達を罵倒する沙和の目から涙が零れ落ちた。
「おかしいの・・・、私たちが戦わなくちゃいけないなんて・・・絶対に、こんなのおかしいの!!」
調練において理不尽な罵詈雑言を日常的に兵士達に浴びせる沙和であるが兵士を罵倒する度に泣くことはない。
それはあくまで訓練の一環であるからだ。だが、今の沙和はただ悲しかった。
何かわからないもので苦しんでる翠とその翠から華琳を守るべく戦おうとする凪と真桜。
自分の友人達が自分の納得のいかない理由で戦う姿に、沙和は耐えられなかったのだ。
「「沙和・・・」」
そんな沙和の心情が込められた罵詈雑言を受けた効果だろう。凪と真桜は反論の一つもせず戦闘態勢を解除していた。
だが、それ以上に効果があったのは翠の方だった。
沙和の言葉は翠の心に深く突き刺さっていた。
まるで沙和の言葉が楔となり、自分の心がこれ以上砕けないよう繋ぎ留めているようだった。
そして、ようやく自分の覚悟と自分の今の行動に矛盾があることに気づいた。
涼州と母様と向き合うことで過去に囚われた自分と決別し、未来へ進もうと決めた。
なのに自分は今も過去に囚われたままだったのだ。
祝融にそそのかされたから、母様のため、民達のためなどただの言い訳だ。
何も出来ない、変わることも出来ない・・・そんな自分を都合良く正当化しようとしていただけだった。
「ぁぁ・・・、母様」
その事実に辿りついた翠は馬から降り、力無くそのまま両膝をつき項垂れた。ただ自分が情けなかったのだ。
「・・・華琳様!」
桂花が声を荒げる。
その声で我に返った翠は自分の前に現れた人影を見て顔を上げた。
「曹操・・・」
目の前には自分を見下ろす華琳がいた。
「・・・馬超」
ただ一言。しかし、重みのある一言だった。華琳から翠は目を背ける。
「曹操、あた・・・」
「直接手を下したわけでなくても、あなたにとって私は母の仇。私が何を言ったところで仕方のないことでしょう」
翠が言葉を紡ぐよりも先に華琳が言葉を紡いだ。
翠に対して思うところはあれど、華琳は謝らない。
馬騰の死は華琳にとって思いがけない出来事だったがそこに後悔はなかったのだ。
「母の仇を討つ、民を守る、どちらも大いに結構。
けれど、そのために今を生きる友人達をないがしろにする必要はないでしょう?」
「ゆう、じん・・・?」
「私にはたくさんの部下がいるけれど、生憎と友と呼べる人間はほとんどいないの。
けれど・・・、あなたの事を気にかけ、自分の事のように心配する者が少なくともここに三人いる。
私が思うに、それは友と呼んで差し支えないと思うのだけれど、違ったかしら?」
「・・・!」
翠は顔を上げる。
互いに真名を預け、時には酒を呑み交わし、時には馬鹿騒ぎもした、三人の友がそこにいた。
つい先程まで刃を交えていた。
憎まれても仕方がない事をした。
にもかかわらず、三人の表情はとても穏やかで翠に微笑んだ。
「もし、あの三人が友だと言うのであれば大事にすべきでしょう。
過去の繋がりを大事にするのは良いけれど、現在(いま)の繋がりも大事にしなさいな」
「あ、ああ・・・!」
言葉が出なかった。
それ故に、言葉にならなかった感情が涙となって目から零れ落ちた。
失うばかりの人生ではなかったのだと翠は改めて気づかされた。
そんな翠のもとに駆け寄るのは友の三人。四人の間にわだかまりなどなく、確かな絆がそこにあった。
面前の戦いが終結したことにひとまずの安心を得た桂花の口から溜息がもれた。
そんな彼女の元に、凪達より遅れてやって来た稟と風が歩み寄る。
別段、言葉を交わすわけでもなく、目と目で簡単な意思疎通をする。
二人の視線を感じ、桂花はふんっと照れ隠し。そんな桂花をみて稟と風は微笑んだ。
「北郷ーっ!!」「一刀ーっ!!」
兵士達から得た情報をもとに一刀を捜す春蘭と霞。
霞の馬に二人乗りして街の中を駆け抜ける。
ズドンという轟音、地響き。その直後、家屋の向こうで砂煙が舞い上がった。
「霞!」
「ああ、あそこやな!しっかり捕まっときぃ!!」
舞い上がる砂煙を目指し、馬の駆ける速度が上がった。
「うおぉああああああッ!!」
どれ程打ち合っただろうか、一刀と麒麟の間で展開する剣戟は一応の均衡を保っていた。
一刀は麒麟の機動力の要である脚部を狙い続けていたが、そうさせまいとする麒麟が戟にて悉く阻止する。
一旦距離を取って戦況を変えたい所だが、下手に下がれば向こうに追撃されるだろう。
四本の手、四本の戟から繰り出される連撃がこれ程までに隙がないとは。
だが、このままではじり貧である。
「くそ、どうすれば!」
瞬間、一刀の中に焦りが生まれた。麒麟はそれを見逃さなかった。
一刀が横薙ぎに放った斬馬刀を麒麟は右脚の蹄で上から踏みつける。
「なにぃッ!?」
両手で握っていたため、斬馬刀を踏みつけられた際に一刀は前のめりになって体勢を崩してしまった。
そこに間髪入れず、左内側の腕にて繰り出される横薙ぎ。
反応が遅れた一刀であったが、ぎりぎりのところで右腕の盾で防御した。
しかし、その時すでに右内側の腕に繰り出された横薙ぎ。
一刀は咄嗟に左腕の盾で防御した。
「ぐ、うぅう、動け・・・ない!」
左右からの攻撃を防御したのは良かったものの、二本の戟に挟まれ身動きが取れなくなっていた。
そして、一刀の目に映る。
麒麟の左右外側の腕が戟が振り上げ、交差させるように振り下ろす。
自身を挟んでいた戟が離れ、拘束から解放された瞬間、前方より放たれる麒麟の二重攻撃。
正面より受けてしまった一刀は軽々と吹き飛ばされる。
「ぐ・・・!がは・・・ッ!ごほ・・・ッ!」。
吹き飛ばされた一刀の体が地面に激突すると、その反動で少し浮かび、そして跳ね返りながら転がっていく。
大きく後退した一刀に対して、麒麟は真っ直ぐに猛進する。その勢いに乗り、体勢が整わない一刀に襲い掛かった。
「でぇやぁああああああっ!!」
聞き覚えのある大声とともに一刀と麒麟の間に割って入って来たのは、騎馬に乗った霞と春蘭だった。
大声に合わせて春蘭が一撃を放つと、麒麟の戟にぶつかり、広場に金属音が響き渡った。
麒麟は突然現れた春蘭達に驚いたのかその場で急停止し、春蘭の一撃を受け流した。
「霞・・・、春蘭も・・・!」
馬上の二人を見て一刀は安堵した。二人が来てくれなければ、麒麟にとどめを刺されていた。
「大丈夫かいな、一刀!」
「ふん、随分と手こずっているようだな!」
「あぁ、手伝ってくれ!!」
斬馬刀を手離してしまった一刀は短戟を両手に持ち、体勢を整える。
麒麟も先程の急停止でどこかに不具合がないか確認していた。
そして、改めて対峙するとその巨躯に圧倒される。
霞の愛馬が仔馬に思えてしまう程だ。だが、三人は決して臆さない。
「先に行くで!」
霞は馬の腹を蹴ると、馬は啼くと同時に駆け出した。
霞は馬を操る事に集中し、攻撃は春蘭に任せていた。
麒麟も少し遅れて駆け出す。ただし、その方向は霞達から見て明後日の方角であった。
「何、逃げるつもりか!?霞、追いかけろ!!」
「言われんでもぉ!」
霞達は麒麟の後ろについて追いかけた。
二人は逃げ出したと思っているようだが一刀には違和感があった。
あの怪物が敵を前に逃げ出すだろうか。
そんな事を思っていると、麒麟は走る先には建物の壁があり、それは霞達にも見えていた。
「家の壁が見えたで!」
霞は壁が見えたところで減速する。
きっと麒麟は壁の手前で方向転換し、こちらに向かってくるだろう。
「春蘭っ!」
「ああ、みなまで言わなくとも分かるぞ!」
春蘭は太刀を構える。
霞が考えている事は春蘭も考えていた。方向転換した直後の麒麟に交差法で仕掛ける。
しかし、妙な事に麒麟が減速する気配は一向にない。
「何やあいつ?このままだと壁にぶつかるで!」
困惑する霞。それは春蘭も同様だった。
その困惑に対する回答はすぐにでた。麒麟は跳躍し、そのまま建物を飛び越えたのだ。
あの巨躯が軽々と屋根を飛び超え、家屋の向こうへと姿を消した。
その一瞬の光景に三人は言葉を失った。麒麟の姿を完全に見失った霞は手綱を引いて馬を停止させた。
「おのれ、どこに行った!?」
「分からん・・・。っていうか、あないデカブツがめっちゃ飛ぶなんて想像出来へん!!」
三人は広場の中央に集まり、周辺を注意深く見渡す。
今、一刀達がいる広場。
厳密にいえば広場ではなく、ここは五つの通りが同時に交差する場所である。
普段であれば多くの人間が一同に介するため他の交差点よりも開けているのだ。
そのため通りには市場、料理店、鍛冶屋、民家・・・更に裏道などを含めれば、多種多様の建造物が密集した場所でもあった。
果たして次に麒麟が姿を現すのは、五つの通りか、それとも裏道か。静寂が広場を支配する。
どこからか足音が聞こえ、咄嗟にその方向を見る。
一瞬、怪物と思われる影が見えたがすぐに見失う。再び足音が聞こえたので探すが、また見失う。
いつどこから現れるのか、緊張が高まる一方であった。
足音が消え、再び警戒する。
ドォオオオン―――ッ!!!
「「「っ!」」」
背後で何かが破壊される音が聞こえ、一刀達は後ろを振り返った。
民家と思われる建物の壁を突き破ってきた麒麟が三人に向かって突撃して来る。
突然の奇襲に一刀達の反応が遅れてしまったが、横に回避する事でなんとかかわした。
麒麟はその場から離脱すると、先程と同様に大きく跳躍し、家屋の向こうへと姿を消した。
「く、またか・・・」
一刀は再び麒麟の姿を探す。
また壁を突き破って出てくるか、予想が全くつかず一刀は混乱する。
麒麟は街という戦場を最大限に利用していたのだ。
見晴らしの良い平原と異なり、街中は必然的に建造物が障害となり、移動できる場所は通りなどに限られてしまう。
ここは比較的に開けているが、少し行けば家屋等の建造物の壁にぶつかる。
そこで麒麟は一旦距離を取り、家屋の裏へ身を隠したのだ。巨躯とはいえ、建造物の裏側に入れば姿は隠せる。
しかも、麒麟の突破力をもってすれば家屋など破壊して突き進むなど造作もなかった。
「次はどないなとこから出てくるんやろなぁ、春蘭ちゃんはどう思うん?」
麒麟が突然現れてもすぐに動けるよう、霞は馬の足を止めないよう少し歩かせる。
一言も喋らない春蘭。
動揺、それとも緊張しているのだろうか、霞はそれをほぐしてやろうと後ろに乗っている春蘭に喋りかけた。
「・・・・・・」
だが、春蘭は反応しない。春蘭は動揺もしていなければ、緊張もしていなかった。
ただ考えていた。
麒麟が次にどこから仕掛けてくるか、もし自分であれば次の手は・・・本能的直感が囁いた。
「霞!あそこにむかえ!」
そう言うと、春蘭は七星餓狼の切っ先でその方向を示した。
霞は困惑した。
「そこって、さっきあいつが飛び越えたとこやないか!」
「そうだ!奴はあそこにいる!!」
春蘭は自信があるようだが、姿を消した方向からまた現れるのだろうか。
だが霞は一考する。お世辞にも賢いとは言えない春蘭だが、戦場における洞察力には一目置いていた。
霞は春蘭の直感を信じることにした。
「・・・ええで、春蘭を信じるわ!」
「よし、北郷!貴様も後ろからついて来い!!」
「分かった!」
霞は春蘭が指し示した方向に馬を走らせる。
一刀も馬の後足が届かない距離を保ちつつ、霞達の後を追いかける。
前方に建物の壁が見える。だが、その壁はすぐさま消滅した。
再び壁を突き破って麒麟がまた現れたのだ。春蘭の直感が当たった。
麒麟は本能で動いている、そして春蘭も本能で動いている。それ故に春蘭には分かったのだろう。
「止めるな!そのまま全力で走らせろ!」
「よっしゃっ!」
攻撃は全て春蘭に任せ、霞は姿勢を低くした。すれ違いざまに一撃を叩き込む。当然向こうも同じ事を考えていた。
麒麟は上半身を前のめりにして全力で駆ける。四本の腕は四本の戟を振りかざし、攻撃態勢に入っていた。
このままいけば正面衝突する。
そうなれば体格差で春蘭と霞が圧倒的不利、無残に踏み潰されてしまうだろう。
それでも二人を乗せた馬は減速しない、その光景はさながらチキンレースだ。
「霞、春蘭・・・!」
二人は応えない。不安に感じたが、一刀はただ信じるしかなかった。
「・・・・・・」
怖気づく事はなく春蘭は目前の敵から目を逸らさない。
「霞ぁっ!!」
ただ一言、春蘭は霞の真名のみ叫ぶ。
それだけでは意味が分からないが霞はその一言で全てを理解していた。
「おうっ!!」
霞は春蘭の叫びを聞くと同時に手綱を引く。それに応じて馬は一気に減速する。
麒麟は四本の戟による同時攻撃を放った。
空を斬る音、だが、肉を斬る音は聞こえなかった。
戟の先端は半頭身分手前のところで霞達に届かなかった。
またしても春蘭の直感が働いた。
春蘭は麒麟のわずかな動作から攻撃に移行する瞬間を見極め、霞に指示を出したのだ。
「はぁあああああああああっ!!」
春蘭は太刀による一撃を放った。
ザシュウウウッ!!!
こちらは空を斬り、そして肉を切り裂いた。あの怪物が遂に傷を負ったのだ。
右外側の肘関節部分が切断され、麒麟は腕を一本失った。
春蘭と霞の阿吽の呼吸による連携が功を奏したのだ。
腕は戟を握ったまま地面に落ち、二度と動く事はなかった。
「せやぁあああッ!!!」
春蘭の一撃を放った直後、一刀が馬の背後より飛び出し、麒麟との距離を詰める。
右外側の腕が切断された事で、麒麟の動きが鈍ったところに炎を纏った斬撃をすれ違い様に放った。
ザシュウウウッ!!!
今度は左外側の上腕部が切断される。
切断された腕は青白い炎に包まれ、地面に落ちる前に燃え尽きた。
切断面からは黒い墨汁のような液体が流れ出し、白銀の鎧を黒く汚した。
だが、怪物は怯まなかった。
速度を落とす事なく一刀達とすれ違った後、すぐさまに方向転換する。
先程までと違い、まるで跳ね馬のように飛び跳ねる。
「動きは変わった?」
フェイントだろうか、一刀は麒麟の変化した動きに警戒する。
霞も同様に警戒し、麒麟から距離を保っていた。
しかし、軽快に飛び跳ね回る麒麟の動きは一定ではなく、予測する事が出来なかった。
「うぉッ・・・!?」
思わず驚きを声をだす一刀。
周りを小刻みに飛び跳ねていた麒麟だったが、突如として一刀の方へ一気に距離を詰めたのだ。
一刀の面前まで距離を縮めた麒麟は前脚を高く上げ、蹄で一刀を踏み潰しにかかった。
「ぐ、くぅうううッ!!」
踏み潰されまいと、一刀は二枚の盾で巨大な蹄を受け止めるが、麒麟は執拗に踏み続けた。
ガシッ!ガシッ!ガシッ!
全体重を二つの蹄に乗せ、一刀を踏み潰そうとする麒麟。一刀は逃げる事もこと出来ず、その場で何とか耐え凌いでいた。
「北郷!・・・霞っ!」
「おう!一刀、今助けるでぇ!!」
一刀の窮地を救うべく霞は馬で駆ける。
春蘭は太刀を構え、霞も偃月刀を持ち直して攻撃態勢に入った。
「でぇやあああああああああっ!!」
麒麟の横腹を食い破る勢いで距離を詰める。
勢いを増した馬は二人を乗せたまま、自身よりも大きい麒麟に飛び掛かった。
ドガァアアアアアアッ!!!
「ぐは・・・っ!」
「がふ・・・っ!」
それは一瞬の出来事であった。二人は一刀を救出するため麒麟の横から攻めた。
だが、一撃を入れる間もなく、霞と春蘭は馬もろとも宙に吹き飛ばされていた。
麒麟は一刀を一度踏みつけてからそこを支点にし後脚側の躰を浮かせ、その勢いを利用して躰を横移動させたのだ。
にわかに信じられないが、横から攻めてきた霞達に対して麒麟は後脚で蹴りを放ったのだ。
麒麟の蹴りをまともに受けてしまい、吹き飛ばされた馬は転倒。
馬から投げ出された春蘭と霞は受け身を取る事も出来ず、そのまま地面に叩きつけられてしまった。
「霞、春蘭!!・・・うぅ、うぉおおおおおおおおおおッ!!!」
倒れた霞と春蘭の姿を見た一刀は気合とともに力を振り絞り、全身から青白い炎が溢れ出す。
地面につけていた右膝を上げ、麒麟を押し返した。
一刀に押し退けられた麒麟はたまらず後方へと下がるも、前足が浮き立ち体勢を崩してしまう。
一刀はその隙に斬馬刀を回収、そして構えた。
「負けて、たまるかぁあああああああああ―――ッ!!!」
一刀は自分に言い聞かせる。
自分に託されたこの力は俺次第なんだ。だったらイメージをするんだ。勝つために必要なイメージを。
全身から放出された青白い炎が斬馬刀の方へと集約されていく。
炎に包み込まれた斬馬刀は元の倍以上の刀身に姿を改めた。
「・・・あ、あれは、あん時の」
全身に強い衝撃を受け、立つ事が出来ず地面に這いつくばっている霞。
目の前で見せられる光景に覚えがあった。
麒麟と初めて対峙した時、窮地に立たされた一刀が拾い上げた霞の偃月刀を巨大化させたのと酷似していた。
巨大化した斬馬刀、しかしそれは正確な表現ではなかった。
一見、斬馬刀が巨大化したように見えるがその実、青い炎が斬馬刀を包み込み、その形を模した疑似的なものであった。
つまり、実体のない刀身だ。
「うおおおおおお―――ッ!!!」
青い炎は麒麟を斬り裂いた。
実体がない故に防御する事は叶わず、炎は麒麟の身体を焼き斬ったのだ。
先程の一閃で、麒麟の前足二本は見事に切断された。
その反動で巨躯が跳ね上がるも、自重を支える足を一度に二本も失ったため、前のめりに倒れる。
後足だけではその巨躯を支えることは当然出来ず、麒麟はその場から身動きが取れなくなった。
そんな麒麟の姿を見て、完全にこちらの流れだと確信した一刀は斬馬刀を横水平に構え、麒麟との距離を詰める。
「はぁあああああああああああああああ―――ッ!」
そして、とどめを放った。
麒麟の素体となった、呂布奉先の本能が目覚めたのだろうか。
「な―――!?」
一瞬何が起きたか理解できなかった。勝負がつくと確信した。しかし、現実は違った。
突きを放った斬馬刀が折れていた、幅の広い刀身が真っ二つに。
敵前にもかかわらず、あまりの事に呆然とする一刀に麒麟は容赦のない追撃を繰り出した。
一刀は両腕の盾を前面に出し、防御態勢に入ったが麒麟の猛攻は止まらない。
最初の一撃は盾で受け止められたが、二撃、三撃、・・・そして切り上げ気味に放たれた四撃目で防御は完全に崩れる。
そして、一刀の身体が浮いた。
「まず・・・!」
身体は浮き、無防備となった。
一刀の足が地に着くよりも先に麒麟による全方位からの連続攻撃が放たれた。
幸い、真桜によって強化された鎧がこれらの攻撃を防ぎ致命傷は避けていた。
しかし、一刀の身体は攻撃を受ける度に悲鳴を上げ、最後の一撃で一刀は上空に打ち上げられた。
「・・・がはっ!」
麒麟の猛攻は内臓にまで達したのだろう、宙に舞った一刀は吐血する。その目は焦点が合っていない。
身体を守ってくれた鎧は無残にも砕け散っていた。
一刀の身体が一瞬空中で止まり、地面に向かって落下を開始した。
その真下には麒麟がとどめを刺さんと二本の戟の先端を一刀に向けた。
「北郷ぉおおお!」「一刀ぉおおお!」
このままでは一刀は二本の戟で貫かれる。春蘭と霞はたまらず叫んだ。
その声に応えたのか、それは分からない。
しかし、一刀の目はまだ死んでいなかった。一刀はまだ諦めていなかった。
「っ!」
一刀は貫かれる直前、身体を半回転させ、麒麟の戟による串刺しを回避した。
この時、すでに一刀は起死回生の攻撃に入っていた。
その左手は拳を作り、炎を宿していた。
炎を目撃した麒麟はすかさず、反撃に転じようとするも前脚部の損傷がそれを阻んだ。
自然落下に身を任せ、一刀は何も考えない、ただ一点、麒麟に狙いを絞り一発を叩き込む事だけを考える。
「はぁああああああああああああああああああああ―――ッ!!!」
一刀の左拳が麒麟の頭部に叩き込まれた。鋭い響きが周囲に拡散し、一瞬の静寂が支配した。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!
だが、一瞬の静寂はその轟音と共にかき消される。
左拳を起点に放たれた青白い炎光が麒麟の姿を包み込み、炎は四方八方に拡散した。
倒れていた春蘭と霞も炎に飲み込まれる。
だが、その炎は熱を帯びておらず、火傷する様子もない。どちらかというと突風をその身に受けているような感覚に近かった。
だが、麒麟の鎧の下、身体を覆う黒い膜状のものは熱を帯びていない炎に焼かれていた。
鎧の下から蛸の姿を模したなにかが堪らず飛び出してきた。
麒麟の身体に必死にしがみ付き、炎に抵抗しようとしているようだが、それも虚しく青い炎の渦へと飲み込まれていった。
それを確認できたと同時に炎は消滅した。
その場に残ったのは、春蘭、霞、霞の愛馬、そして持ち主を失った白銀の鎧とかつての持ち主である呂布奉先だった。
「恋!」
呂布の姿を確認した霞は体の痛みも忘れて彼女の元に駆け寄った。
息はあった、まだ生きているという事に安堵し、生まれた時の姿であった恋に霞は着けていた羽織りをかけた。
「・・・北郷?北郷は、どこだ!?」
ようやく立ち上がった春蘭はこの度の戦いの立役者である男の姿が見えない事に気づき周囲を捜した。
春蘭達が発見するまで数刻と掛からなかった。
その男、北郷一刀は広場よりそう遠くない位置にある、民家の屋根の上に仰向けになった状態で寝ていた。
最後の一撃を放った後、その反動で吹き飛ばされていたのであった。
「はぁー・・・、はぁー・・・、はぁー・・・」
息をするのがやっとである程に一刀は疲弊していた。この様子ではしばらくは起き上がる事は出来ないだろう。
強敵、麒麟との戦いは接戦につぐ接戦であり、死に直面した場面は幾度とあったものの、軍配は一刀に上がった。
自身の勝利を確信し、一刀は晴天に向かって拳を突き上げた。
だが、同時に理解していた。まだ、涼州の戦いは終わっていない事を。
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こんにちわ、アンドレカンドレです。
先月より、真・恋姫無双の二次創作を再開しました。
以前のようにはいきませんが、もう少しだけ続けてみようと思います。
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