第十一章
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孫呉・曹魏・劉備軍・移民団隊長、全ての将軍格が洛陽の王宮に集結していた。
長かった。ここまで来るのに、予定の三ヶ月を、半月以上もオーバーしていた。
途中で食糧が足りなくなる可能性が浮上し、急遽梁や沛から余剰分を取り寄せたり、
民間人同士のいざこざが発生したりと、本当にここまでの行軍には苦労させられた。
途中で洛陽の地を踏むことなく、不幸にも命を落とした民も数名いた。
その者たちの亡骸は、ここ洛陽のはずれの墓地に埋葬される。
逆に、行軍中に出産し、新しい産声を上げた命もあった。
また、行軍中に出会い、新しく夫婦の仲を契った者たちもいた。
今、玉座に座するは、文台様ではない。 元魏王、曹操こと華琳であった。
その右脇に春蘭、左脇に秋蘭。 つまり、曹魏の礼式であった。
その手前、階段の下で跪いているのは、
呉の皇帝、孫堅、天譴たるこの俺、さらに孫策・孫権・孫尚香・周瑜・黄蓋・甘寧・周泰・陸遜・呂蒙の、
呉の王家の面々全員であった。
なぜ亡国の王が皇帝一族相手に頭を下げさせているか。
その最大の理由が、今文台様の目の前で秋蘭が持っている、三寸四方位の大きな印鑑。
つまり、魏の王印であった。
これは、魏王の禅譲式。
すなわち文台様をはじめとした孫呉の面々は、王位を禅譲することになる曹孟徳に対し、
最大の敬意を払ったのだ。
こればかりは、いくら文台様や俺といえども、本来なら叩頭礼といって、頭を床につくまで下げて、
謹んで曹操の礼を受けねばならなかった。
なぜなら、あの三寸四方の印鑑には、魏の民や兵士の命、および財産、
さらには大地の実り、それら全てが込められている、とても重い印であったからだ。
それを、孫呉に譲り渡す。 ただ事ではない。
文台様が頭を下げる相手は、華琳ではなく、その向こうにいる魏の民全てに対してである。
無論、ここにいる面々は、文台様が誰に対して頭を下げるのかを理解していた。
ただ、さすがに相手は勝者であり、しかも皇帝。 叩頭礼をとるわけにはいかず、
最初に一度、最後に一度、叩頭不要の跪礼のみである。
王位を簒奪したなどという風説が流れることを嫌った文台様は、
こうして曹魏のしきたりに従い、円満な式に臨んだというわけである。
したがって、玉座の裏側に吊るされている旗も、孫ではなく、曹だった。
華琳の透き通るような凛とした声が響く。
華琳「孫呉皇帝孫文台よ、貴公は、この我、曹孟徳に代わり、この魏の大地を、
実り豊かで争いなき大地に変えることを誓うか?」
煌蓮「誓おう。 この武烈皇帝、孫文台に二言はない。
この大陸を争いなき平和な世界に作り変えることは、孫呉重代の悲願である」
華琳「宜しい。 ならば、今夏侯妙才がその手に持つ、曹魏王印を謹んで受け取るが良い。
さすればこの魏の大地は、これより孫呉のもの。
曹魏軍はなくなり、孫呉軍に吸収され、そして我は廃王となる」
煌蓮「承った。 それでは孫伯符、劉玄徳、ならびに北郷一刀よ、
孫呉玉璽、劉備軍大将印、北郷天印の三印をここへ!!」
雪蓮・桃香・一刀「御意!!!」
華琳「御名と御璽を記せ!!」
煌蓮「承知!!」
俺たちの目の前に侍女が差し出してきたのは、魏でも指折りの紙を使った最高級の巻物。
ここに、文台様・桃香・俺・そして華琳の順に署名をし、
次に各国の御璽を押印する。 失敗は許されない。
華琳「…曹旗を降ろせ! 我は最早、王にあらず!
これより我ら曹魏はその名を廃し、孫呉の一員として、文台様の御許に参内するものである!!」
春蘭・秋蘭「はっ!!」
煌蓮「孫旗を掲げろ!! これより魏の大地は、曹孟徳に代わり、この孫文台が治めるものである!!
元魏王、曹操を正式に我が軍の新たな軍師として迎え入れるぞ!!」
冥琳・祭「御意!!」
煌蓮「銅鑼を鳴らせ!! これより新たな孫呉軍による、最初の軍議を開く!!」
こうして曹魏はその名を廃され、
正式に孫呉の一員として加わることになった。
そして、この軍議における話し合いにおいて、これまで呉は呉、魏は魏、劉備軍は劉備軍で、
呉に加入する前のそれぞれの軍勢で便宜上三つの師団で区分されていたが、それを廃し、
孫呉軍という一つの形に一本化されることになった。
また、夏侯淵を周瑜と同格の階位へ格上げされることも決まった。
逆に格下げを食らったのが、荀彧。まあ理由は推して知るべきであろう。
その逆に、馬鹿みたいに昇格したのが、公孫賛。 一気に四階級昇格。
理由をお母さんに尋ねると、
煌蓮『普通と呼ばれることが嫌だとか抜かしとったんでね、だったら上に吊るし上げてやったまでさね。
その代わり、戦場ではあたしと一緒に、真っ先に一番槍を勤めてもらうよ』
だそうで。 白蓮よ、そうは問屋が卸さなかったみたいだね、南無。
ほかの者たちは、大体今までと同じだった。
~洛陽城内 精錬所~
真っ赤な鉄が、溶鉱炉の中で熱くゴンゴンと燃えている。
その中で、真桜と霞の工兵がせわしなく働いていた。
この付近は、溶けた鉄の熱さで、秋だというのにとても暑い。
本来なら、俺のような人物が来るべき場所ではない危険地帯だ。
そんなうだるような暑さの中で真桜が、二本の剣を両手に、会心の笑みを浮かべていた。
真桜「どうや、隊長! これが親分から頼まれとった、新しい南海覇王や!!
ものごっつ切れ味えぇで!!」
一刀「へぇ、煌蓮さんって、今度から二刀流にするのかな?」
真桜「そうみたいやで。 なんでも、愛紗はんとガチ勝負して、前のが折れてもうたんやと」
霞「愛紗の奴、ごっつぅ力つえぇしなぁー、ウチら、そのとき居合わせとったんやけど、
もう全力で親分に切りかかっとったんや。ほんで、親分が負けた言うて
孟ちゃんも雪蓮ちゃんも、みんなみんな上へ下への大騒ぎや。
秋蘭ちゃんや冥琳なんか、もう呆気に取られとったで」
一刀「へぇー、煌蓮さんが愛紗にねぇ… まぁ、どっちもとんでもなく強いから、
ありえない話ってわけでもないかな?」
万夫不当、一騎当千の愛紗と、武烈皇帝、江東の虎の文台様か…。
なんか、聞いただけで悪寒が走るぜ。
一刀「でもそれだと、煌蓮さんものすごく怒ってたろ?」
霞「いや、それがなぁ、何やわろうとったんや。
はじめは『なんと!?』やゆうて驚いとったんやけど、その後でゲラゲラわろうたんや。
『このあたしを破るたぁ、大したものさね、良い部下が呉にいてくれた』とかゆうて」
一刀「すげぇなぁ、さすが懐が深いな煌蓮さんって。 でも愛紗と煌蓮さんって、
そのときが初めての手合わせだったのか?」
真桜「いや、大将が言うには、前にも何度か洛陽の道中で仕合しとったみたいやで。
でもその時までは愛紗はんが一方的に負け続けてたみたいなんや」
霞「でもやりすぎたんやろなぁー、さすがに。 そりゃ愛紗の轟撃を仰山受け止めとったら
刃こぼれもするっちゅうねん」
俗に言う金属疲労って奴か。
なんて奴らだ。 バケモンだ、どっちも。
真桜「でもウチらの仕事はこれで終わりやないんよなぁ~。
これと同じものを、あと八本作らんとあかんねん。
その後は隊長が考えた、あの特零式剛弩砲(とくれいしきごうどほう)や。
あとは菖蒲はんと悠はんの武器やろ、それから…」
一刀「八本…てことは十本!? どうしてそんなに沢山」
真桜「それがなぁ、 親分と雪蓮はん、それと蓮華はんに白蓮はん、
それから隊長にも支給するやゆうてんねん」
一刀「なっ、俺!!? つーかなんで雪蓮まで??
あいつ、建業から輿とか馬車に乗ってここまできたんだぞ?? 戦えるはずないだろうに」
霞「んなモンウチらに聞かれても知らへんわ! 本人か親分に聞いたってや。
はぁ…なんでウチまで駆り出されんとアカンねん…」
真桜「しゃーないやろ姐さん。 ウチの部下だけで十本も南海覇王作るなんて、とても無理やわ。
魏の工兵総動員しとるんやで?
折れた断面見せてもろたけど、ありゃとんでもないシロモンや。
何日も何日も延々と叩き込んだ、正真正銘の業物や」
~一刀の執務室~
雪蓮「あたしに武器? 知らな~い、そんなの♪」
一刀「だよなぁ…なんで煌蓮さんは雪蓮に武器なんか支給する気でいるんだろう?」
雪蓮「知ーらないっ♪ ねーねー、それよりかーずと、暇だから街に連れてって欲しいんだけど。
洛陽の肉まんってどんな味がするのかしら?」
一刀「街に行くのはいいけど、華琳から渡された仕事は?」
雪蓮「あ~ん、一刀のいけずぅ。 そんなの後だっていいじゃなーい」
一刀「駄目ですっ! 今やるの!!」
雪蓮「ぶ~ぶ~ぶ~」
一刀「……どうしても嫌?」
雪蓮「嫌~。 だって遊びたいんだもん」
一刀「……入ってきて良いよ、煌蓮さん」
雪蓮「え!?」
俺が扉に向かって話しかけるのと、雪蓮が驚くのと同時。
その向こう側に待ち伏せていた人物が、バーーーーンという轟音と共に中にどすどすと入ってきた。
煌蓮「くぅおるぁああーーーー!!! また坊主に迷惑かけとんのか、この馬鹿娘ェ!!!」
雪蓮「うわっ!!? なんで母様が!?」
煌蓮「どうせこんなことだろうと思ったよ!! あたしゃ坊主に頼んで、後をつけさせてもらったのさ!」
雪蓮「ひっど~い、二人ともグルだったんじゃなーい、ぶーぶー」
煌蓮「ゴチャゴチャ小ウルサイんだよ!! ちっとばかしヤキ入れたるわ、オラァ来いやぁ!!」
雪蓮「うえぇぇ~~ん、たーすけてぇ~、かーずとおぉぉ~~~……」
……南無。
煌蓮「おっと、言い忘れとった。 坊主や、次の戦じゃ、お前さんに口喧嘩やってもらうから、
そのつもりでいな、いいね。 アンチョコ作って、沢山練習しとき」
一刀「なぬぅ!!?」
聞いてないぞ、そんな話!!!
煌蓮「がーっはっはっはっはっは………」
小蓮「んふふ♪ 聞いちゃった~」
一刀「げぇっ! 孫尚香!!?」
小蓮「ねぇ一刀、お姉ちゃんいない間にシャオと町にいこ。
一刀ったら、お姉ちゃんたちやお母様とばっかり遊んでて、
最近シャオとぜんぜん遊んでくれないんだもん」
一刀「いや、別に遊んでるわけじゃ…」
小蓮「ぶ~~っ」
シャオはほっぺたをぷっく~っと膨らますと、俺の背中に飛びついて、
接着剤よろしく、べったりとくっついて離れなくなってしまった。
やれやれ、こりゃ機嫌直すのが大変そうだぞ…。
蓮華「……む~~っ」
扉の入り口付近で、唸りを上げている女の子が一人。
あぁ、やっぱり三人いれば、四人目もいるよなぁ。
蓮華「………」
こっちは無言で、シャオと反対側、すなわち俺の胸ににくっついたりする。
って、何俺のズボンをずり下ろしてるんだ二人とも!!?
二人に向かい合って抱きつかれているお陰で、
こ…股間のハイパー兵器が、テントを張って……!!
じ、自重しきれん!!!
俺は二人を問答無用で抱えあげると、奥の寝所に向けて一目散に駆け出した。
サァ、始めようじゃないか。
~洛陽郊外 川のほとり~
煌蓮「よし、ここまで来れば、坊主には見つからないだろうね」
華琳「えぇ。 私の部下にもこの近辺には来ないように言いつけておきましたから、
問題ないでしょう」
秋蘭「しかし、宜しいのですか華琳様? 皆に公言せずとも」
華琳「見つかると色々とマズイのよ。実は雪蓮がとっくに治ってました
なんて皆の前で言ってごらんなさい、それこそ非難囂々(ごうごう)だわ」
秋蘭「…なるほど。 確かに、由々しき問題ですな」
煌蓮「心配無用さ、このことを知ってるのは、あたしら以外じゃ、冥琳だけさね。
祭の奴は酒の肴にポロッと出しちまうだろうし、
思春は思春で、蓮華に詰め寄られたら洗いざらい白状しちまうだろうし、
桃香ちゃんたちはみんな揃って嘘がつけない連中ときたもんさ。
それと比べてお前たちゃ、口が岩のように固いから、あらかじめ打ち明けておいたんよ。
ほら始めるよ、馬鹿娘。
今のうちになまった体を一から鍛え直しとかんと、
また矢にブッ刺さったらそれこそ目も当てられんわさ」
雪蓮「はぁ~い… んもぅ、母様ってホント厳しいんだから」
第十一章一節終了
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