No.1027407

紫閃の軌跡

kelvinさん

外伝~クロスベルの特異点捜索①~

2020-04-25 22:40:54 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2600   閲覧ユーザー数:2221

~サザーラント州西部 イストミア大森林 エリンの里~

 

 “特異点”が5つまで固定できたところまでは順調といった塩梅。そして、その翌日。ロゼのアトリエにてローゼリアから更なる情報が齎された。

 

「おぬしらに朗報じゃ。残りの特異点に関してじゃが、ひとつは帝都ヘイムダルの地下。そしてもう一つはクロスベル州じゃ」

「あ……」

 

 ユウナにとっては故郷の地。あの“星杯”の後でロクに連絡も取れていないため、気掛かりなのだろう。すると、アスベルの隣に座るレイアがこっそり話しかけてきた。

 

(ここまで読んでいたの?)

(“特異点”の有無に関わらず、ユウナのこともあるしルドガー達のこともあったからな。予測が偶然当たっただけだ)

 

 そもそもクロスベルの地自体が特殊な環境にある。なので、“黄昏”の影響度合いを見るには都合が良いと思っていただけだが、“特異点”が重なったこと自体は偶然の産物である。そして、周辺地域にあるのに帝都だけ空白地帯となれば、リィンの監禁場所は自ずと絞られることになる。

 すると、ユウナが立ち上がってクロスベル行きを志願した。

 

「ユウナ……旧Ⅶ組は帝都を任せていいか? こっちは俺とシルフィとレイアに……旧Ⅶ組から誰か繋ぎを取れる人が欲しいな」

「それなら、私が同行するわ」

 

 そう言いだしたのはアリサであった。彼女の実力自体理解しているので問題ないと判断しているし、RF社の伝手を使えるのはありがたいと判断した。すると、アリサがアスベルの視線に気付いて首を傾げた。

 

「どうかしたの?」

「ああ、すまん。わかっちゃいるんだが、どうも目のやり場に困るんでな……」

「実はねー、うちらの世界のアリサちゃんってアスベルと付き合ってるからいたあっ!?」

「あ、成程……(でも、リィンほど苦労していなさそうな気がするのは私の思い過ごしかしら?)」

「なら、私も同行しよう」

 

 そして、さらに同行を申し出たのはラウラであった。実をいうとエリンの里でラウラの剣術の面倒を見ているのはアスベルであり、更にアスベルらの世界ではラウラの兄の存在がいることも理由の一つであった。

 

「今でも十分に強いと思うんだがな、ラウラは」

「其方に傷一つ付けられぬ以上、まだまだ未熟の身。そうではないか?」

「アスベル、分かってると思うけど……」

「そんな気を持つ度胸はないって分かってるだろうに」

 

 あくまでも剣術の師弟関係みたいなもの……そこの線引きだけは守り切ると決めている以上、シルフィアの問いかけに対してそうはっきりと答えた。

 問題はその移動手段なのだが、クロスベルに転位陣がない以上は自力での移動となることは明白。そのあたりの伝手はアリサが見てくれるということなので、アスベルらはサングラール迷宮で更なる研鑽に励むのであった。

 そして、さらに翌日。その移動手段というのが山猫号Ⅱ―――カプア特急便によるクロスベル行きというものだった。乗り込んだ一同を出迎えたのはこの世界のジョゼット・カプアだった。

 

「改めて―――<カプア特急便>支所長、ジョゼット・カプアだよ。よろしくね、Ⅶ組のみんな」

 

 旧Ⅶ組との繋がりだけでなく、新Ⅶ組―――第Ⅱ分校のあるリーヴスはカプア家が貴族だった頃に治めていた街だった。これにはいろいろ驚きを隠せない。

 

「で、そっちの三人は事情が特殊とアリサさんから聞いたけど……」

「改めて、アスベル・フォストレイト・ブライトだ。よろしくな、ジョゼット」

「シルフィア・セルナートといいます」

「レイア・オルランドだよ。よろしく、ジョゼットちゃん」

「ちゃん付けは止してほしいかな……って、ブライトってことはあのじゃじゃ馬と関係あるの?」

「こっちの世界のエステル・ブライトとは関係ないよ。元々いた世界では実妹だけど」

 

 こっちのエステル・ブライトはそこまでひどくなっていないようだった。まあ、酷くした原因は自分たちなのでこればかりはどうしようもないのだが。そして、ジョゼットの場合は思わず頭を抱えていた。

 

「色々驚きだけれど、あのじゃじゃ馬とは腐れ縁みたいなものになってる気がする……」

「無理に判断する必要はないよ。俺だって自分の素性を知ったのは数年前の話だからな。色々気苦労が増えて大変だけれど……」

「アスベルの場合、トラブルを避けても寄ってくるからね」

「そんな気質は金輪際投げ捨てたいわ」

 

 こちらとしてはカプア家絡みのトラブルを主にレイアが経験しているため、アスベルとしてはそこまで積極的に関与していない。アルテリア方面で気苦労を掛けていたため、下手に増やしたくないという思いがあったのは否定できないが。

 

「そしたら、お詫び一つに安全な空の旅を提供するか」

 

 そう言ってアスベルは認識阻害の法術を山猫号Ⅱに展開する。これで道中の警戒網に対する安全策は掛けているが、念のために周辺警戒はしておくというジョゼットの言葉に頷く。共和国との国境―――緩衝地域に到達したところで、船内に緊張感が走る。

 視界の先に見えたものは、帝国軍と共和国軍の艦隊群がすれ違っていく様子だった。

 

「……帝国軍の“ガルガンチュア級”に共和国軍の“バテン=カイトス級”か」

「ご存じなのですか?」

「データ上はな。尤も、自分が得られたスペックの火力ならいい的でしかないわけだが」

 

 ファルブラント級巡洋戦艦はその二つ以上の火力を既に有している。加えて超高速巡航を可能としている以上、一隻でも艦隊群を相手にできるだけの高スペックを誇っている。それを踏まえたアスベルの発言に周囲の人間は冷や汗を流した。

 同じゼムリア大陸のはずなのに、話していることの次元が違っているということも驚きだが、それを平気でやってしまいそうな人間の発言だということも妙な説得力を持たせていた。

 保険があるとはいえここは安全策をとるべきだと判断して高度を下げ、雲による視界を遮る形で<山猫号Ⅱ>は一路クロスベルへと向かう。

 

「アスベル。連中がこちらの動きを察している可能性は?」

「レクターさんの言ってたことが事実なら筒抜けだろうな。行動を読めてもそれによる結果まで読み切れたら手放しで褒めてやりたいところだが……」

 

 エリンの里を出る際、レクターから「連中は読み切ってるだろうが……ま、お前さんらにしちゃあ児戯みてぇなもんだが、一応気をつけろよ?」と忠告を受けている。あれだけ頭の回転速度は速いのに、ルーシー・セイランド限定になると途端に鈍くなるのは言うまでもないが。

 

「クルルとスコールは今頃クロスベルに先入りしてるんだろうけど、その二人に加えてルドガーとレーヴェにカリンさん、それにロイドや<風の剣聖>、エステルにヨシュア、レンとキーア……これで私らも行ったら過剰戦力じゃない?」

「その程度で済むとは思えないんだよな、多分」

「ルーファス・アルバレアが血を吐いて倒れてもおかしくないってこと?」

 

 何せ、アスベルとシルフィアが会ったことのある人物と遭遇していないこともそうだが、レーヴェとカリン、レクターの前例を考えると増えないという保証が皆無なのだ。

 

「血を吐くだけで済めば安いんじゃないかって思うな……」

 

 というか、新Ⅶ組―――最近復帰したミュゼもマスタークォーツの影響で更なるパワーアップを果たしている。この調子だとリィンが戻ってきたら彼自身が一番驚くこと請け合いなのは否定できない事実である。

 昨日の試しでは新Ⅶ組だけのメンバーで本気のローゼリアとやり合えているだけに、順調に新Ⅶ組人外化の道を進んでいる。この先の未来を考えるのなら、強くなって決して損はしないだろう……立ち塞がる奴の表情が青褪めても、そこに責任を持つ気などない。

 

 山猫号Ⅱはクロスベル州の東部―――街道の外れにある場所に降り立ったところで、二体の重装魔煌兵と遭遇する形となった。時間を考えるなら短期決戦がいいと判断した結果、こうなった。

 

「温いね。叔父貴のほうがまだ強かったよ」

「いい準備運動になりました」

「……アスベルさんのゼムリア世界って、これが基準なんですか?」

「いや、裏の世界のトップクラスの連中はどこも似たようなもんだけどな」

 

 レイアはツインスタンハルバードで魔煌兵を文字通り叩き潰し、シルフィアは法剣で関節部を破壊して消滅させた。これを当たり前のように見ているアスベルからすれば慣れた光景なのだが、ユウナ達からすれば“まだ”非常識のレベルだったようだ。

 <劫炎>とか<鋼の聖女>のこともあるので、これぐらい戦えないと話にならない、とだけ付け加えておいた。これにはそういった面々との戦闘経験があるアリサとラウラは頷いていた。

 東クロスベル街道に出たところで、東の方向に見える建造物にレイアが声を発した。

 

「何アレ、最早要塞じゃない」

「タングラム要塞です。最新型の列車砲が八門配備されたと聞いています」

「……」

 

 これがこの世界のクロスベルの現実―――その一端ということなのだろう。共和国に最も近い最前線の地。70年という時間は双方にとって因縁深い地となってしまったことは事実。尚更、元の世界ではクロスベルを二の舞にしてはならないと強く決意した。

 更に拍車をかけたのは、アルモニカ村方面へと向かう軍用車両を目撃したこと。クロスベルでも徴兵の動きが加速しているということなのだろう。“黄昏”の影響力を考えれば妥当な流れだが、二つの至宝に蓄積した穢れは到底御しきれるものではない。

 

「アスベルさん?」

「すまない……この現実を見てしまうと、どうにも腹立たしく思えてくるからな」

「それは私も同じだよ、アスベル」

 

 ここで感情的になっても何も解決しない。それを誰よりも理解しているからこそ、アスベルは深呼吸を一つした上でユウナ達に向き直り、軍関係者に遭遇しないように急ぐ方針を固めた……道中の魔獣を経験値としつつではあるが。

 

 クロスベル市に入ったところでユウナが思わず涙ぐんでいた。本人としても、故郷に帰ってこれたことは嬉しかったのだろう。とはいえ、衛士隊や軍警察に家を監視されている危険性を考慮しつつ、ひとまず近くの宿で一泊することとなった。

 その翌日―――まず一行が向かったのは港湾区の奥にあるビル。IBC(クロスベル国際銀行)もといRF社のクロスベル支社ビルにて、アリサが予めコンタクトを取っていた人物と接触し、クロスベル支社の情報を得ることとなった。

 少なくとも、こういった動きもイリーナ・ラインフォルトは把握している可能性が高いだろう。それを知っていて見逃しているあたりは母親としての甘さの部分があるのだろう。

 

「……シルフィ、Xデーはいつになる?」

「Xデー?」

「そうだね……この分のペースだと、9月1日の正午には全ての準備が整うとみていいかもしれない」

「おいおい、マジかよ?」

 

 シルフィアは物資面での管理を担っているだけでなく、全てのものの動きを把握して場の流れの変化点を見出すことに長けている。なのでアスベルとレイアは冷静だが、ユウナ達からすれば半信半疑だろう。

 

「シルフィは各地での騒乱の発生ポイントを的確に割り出すことに長けている。加えて“黄昏”の強制力を考慮に入れれば、あと半月だけで事足りるレベルに達するのは確かだ」

「……冗談ではなさそうですね」

「冗談で言えたら楽なことはないね」

 

 常識の物差しで“黄昏”という超常現象を測ることなどそもそも論外。緩衝地域で見た艦隊同士の緊張状態からして、戦争が近くなっていることなど明白だ。前世で平和ボケしていた分、この世界での戦争には色々驚きはしたが、生き残るために心を鬼にしつつ己を律してきた。

 タングラム要塞が完成しているということは、エレボニア帝国からすれば時間稼ぎしやすい状況を作ったに等しい。共和国側もその動きについていこうと必死だろうが、人間としての理性のリミッターを外されたような状態のエレボニア帝国についていくことは極めて難しいだろう。

 例えて言うなら、エナジードリンクだけで不眠不休をやっている社畜に近いかもしれない。しかも、質の悪いことに自覚がないというおまけ付きだ。

 

 歓楽街や中央広場、駅前や裏通りで特に目ぼしい情報は得られなかった。変化点を挙げるとするなら、港湾区にあったクロスベルタイムズが西側住宅街の旧グリムウッド法律事務所に移転したことぐらいだ。

 

(……妙だね。情報局が動きを予測しておきながら監視の一人も付けないなんて)

(自分の立てた計画に一分の狂いなど起きない、と高を括ってるんだろうよ)

 

 その気になれば家族を人質にして帝国のために働かせるという手段を特務支援課にもそうだが、新旧Ⅶ組にも強いていない点が妙に引っかかるというか、そこまで非道な手段に訴えない時点で甘いというほかない。

 ともあれ、周辺の気配を探った上で問題ないと判断してユウナの家に入る。ユウナの部屋から彼女の弟と妹の声、そして女性の声が扉越しに聞こえてきたところで背後から声が聞こえてくる。

 

「……ユウナ?」

「お母さん……えっと、ただいま」

 

 ユウナの母であるリナに加え、ユウナの弟であるケン、妹のナナ、そして第Ⅱ分校の同級生であるルイゼとの再会を目撃することになったのだが、父親の遺伝子は一体どこに行ったのかと問いたくなるぐらい子供らの髪の色が母譲りという有様に思わず苦笑が漏れた。

 ルイゼからは“特異点”に関する情報はなかったものの、ネット上ではルーファス総督の帰還の噂や天才ハッカーの噂ぐらいだと話す。ほかに何かないかとルイゼが自分の端末を見に戻ったところ、何かしらの変化があったようにユウナ達へ声を発した。

 

「あれ? みんな、こっちに来て」

 

 内容としては、トールズ士官学院<Ⅶ組>宛の文章であることと情報交換の申し出。宛先はご丁寧に偽装されている。自分らがユウナの家にいるタイミングを見計らったとなれば、誰かからの情報提供があったとみるのが筋だろう。

 一見すれば罠のようにも思えるが、その人物の指定先は“ジオフロントX区画”……どこまで拡張していくのか謎としか言いようがない。歓楽街のカジノから繋がっている先にあたるらしい。

 

「アスベルさん、どうでしょう?」

「会ってみても問題はないだろうな。最悪敵だったら斬り伏せてしまえばいいわけだし」

「サラッと言うあたり、あのお人よしとは決定的に違うな……」

「ええ、リィンには真似できないと思うわ」

 

 かつて士官学校生だった人間も含めてそれでいいのか……と愚痴りたくなってくるが、現役軍人兼守護騎士の立場であるアスベルだからこそ言えるセリフなのは間違いなく、似たような立場であるシルフィアとレイアから同情の目を向けられたことにため息を一つ吐いた。

 カジノ“バルカ”からジオフロントを進み、その奥にある端末室で待っていたのはアスベルらからすればある意味顔見知りともいえる人物―――ヨナ・セイクリッドとシュリ・アトレイドの二人だった。

 

「ハッ、やっと来たかよ。ようこそトールズⅦ組、リアルでははじめましてってやつかな」

 

 ジオフロントに入ったところでユウナの持つARCUSⅡに対して番号を突き止めたあたりは流石と言うべきだが、自分で天才というのは如何なものか……ユウナを皮切りにした集中砲火で天才という名が一気に陳腐化したのは言うまでもない。

 その辺のやりとりはともかく、早速情報交換をすることとなった。

 

「概要はオルキスタワーで入手した情報から知っていたが、<巨イナル黄昏>―――想像以上にヤバい奴みたいだな」

「ヤバいという単語で片付けられたらどんなに楽なことか……だが、これでハッキリしたことがある」

「何がですか?」

「全ての事象は現在の“盤面”に繋がっているということだよ」

 

 この世界でいう<リベールの異変>―――いや、厳密には<百日戦役>の引き金となったハーメルの悲劇から結社の計画がスタートしている。ギリアス・オズボーンが結社の<幻焔計画>を奪い、今日に至るまでの流れを導き出した。

 だが、アーティファクトである<黒の史書>には、<巨イナル黄昏>に至る流れは記載されていたが、その先は全くの白紙であることは既に知っている。そもそも、<黒の史書>の出来事を回避できないのは常識な範囲内での解決法に頼った結果であることも判明している。

 

 元のゼムリア世界において、<黒の史書>で表面上にその出来事は記載されていても関係する人物の生死は主要な人物のみに止められている。結果的に起こってしまっても、内容自体を書き換えられることは既に証明済みだ。

 そもそも、そんなものがあること自体おかしな話とも言えなくはないが。

 


 
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