みなさんそれぞれに、艦これ世界の鎮守府というもののイメージがあるかと思います。
私なんかは、やはりどうしても学校というイメージがあるんですね。制服を着ている艦娘が多いからでしょうか。
寮生活をしていそうなので、校舎を宿舎に改造しているイメージなんですよ。
音楽室なんかはそのまま使ってそうですね。購買は酒保ですかね。理科室はどうでしょうか。職員室には大淀さんあたりが詰めていそうですね。
運動場とか体育館はそのまま使えそうですが、体育館は講堂なんて呼んだ方が"らしい"でしょうね。
全校集会です。
講堂に鎮守府にいる艦娘全員が集められています。
秘書艦の大淀がマイクの前に立って、
「みなさんご存じかと思いますが、緊急事態宣言が出されました。不要不急の外出をしないようにしましょう。「換気の悪い密閉空間」「多数が集まる密集場所」「間近で会話をする密接場面」の「三密」の状態にならないよう気をつけましょう」
閉めきった講堂にはぎっしりと艦娘たちが集まっています。
「提督からのお願いです。みなさんがすぐにできること、手洗いをしっかりとしましょう。ウィルスのついた手で顔をさわると、ウィルスが鼻や目、口から体内に入り、感染する危険が増します。みなさん、しっかりと手を洗いましょう」
最前列の海防艦たちが「はーい!」と手をあげます。
「深海棲艦も活動を自粛するため、当鎮守府も活動を自粛することに決まりました。みなさん今日から宣言が解除されるまで、自室で待機してください」
大変なことになったなぁと、みな口々に駄弁りあいながら、それぞれの部屋へと向かいます。
自宅待機ならぬ自室待機です。
最初は珍しい出来事ですからみなさんうきうきそわそわしていましたが、テレビは代わり映えのしない番組ばかり。毎日顔を合わすのはいつもいつも同室の子。同じお菓子を買いだめてしまい三日目にはもう飽き飽き。遊べるゲームもやり尽くし、本も漫画も読んじゃった。寝てばかり座ってばかりで全身が痛いしだるい。動画サイトのオススメ動画が全部何度も見たやつになり、スマホのギガもすっかり使い果たしたころになって、
「初雪! いえ、師匠!」
「……ん?」
部屋の真ん中のちゃぶ台を挟んで、深雪が初雪に向かって頭を下げています。
「もう限界なんだよ! こんな狭い部屋で外にも出られずにずーっとずーっとずーっとひきこりだなんてさ! なんで初雪は部屋に閉じこもってて平気なんだよ! ひきこもりのコツがあるなら教えてくれよ!」
「……ひきこもりのコツ……それは……」
「それは?」
「……お部屋から、出ないこと」
「そういうんじゃないよ!」
「……でも、出なければよし。楽勝任務」
「身体がなまるだろ」
「……明日からがんばればいい」
「今、身体を動かしたいんだよ」
「……明日からがんばれ」
「することがなくてイライラするんだよ」
「……もともとすることなんてなかったんだよ」
「あるだろ、任務とか……任務とかさ」
「……そもそもしなくてもいいことだったんだよ」
「やめろ」
「……しばらくここでゴロゴロするのが、いまの任務」
「…………。なぁ、掃除とか洗濯はどうするんだ?」
「……放っておいても大丈夫」
「なんで」
「……めちゃくちゃになったあたりで、誰かが親切にやってくれる」
「おい」
「……ひきこもるコツは、みんなとの信頼と絆を信じること」
「みんなって誰だよ」
「……具体的には吹雪かな」
「あー……」
こういうことをだらだらと駄弁っておりますというと、その吹雪が部屋に入ってきます。
「あ、お母さんだ」
「だれがお母さんですか!?」
「なんだよ吹雪。師匠に引きこもりのコツでも聞きに来たのか?」
「師匠ってなんですか。それより二人とも、手が空いているなら手伝ってくださいよ」
「なになに、新任務?」
「マスクです」
「ん?」
「明石さんがマスクを配布するそうです。だけどお一人様10枚限定なので、一緒に並んでくれませんか?」
「……ね、お母さん」
「母ちゃんだ」
「???」
そんなこんなで三人は部屋から出ていきます。
「……お部屋に帰りたい」
「気分転換に丁度いいだろ、なぁ吹雪」
「お散歩気分ではケガをしますよ。常在戦場です」
「なに大げさな……わわわ」
明石さんの工廠に近づきますと、あっちからこっちから艦娘たちが集まって来ています。
「なんだなんだ、どうしたんだ」
「……お部屋に帰りたい」
「みなさんもマスクですか?」
「消毒液の配給を取りに来たネー」
「明石さんところのフリーWi-Fiを」
「トイレットペーパーの今日の分が」
「お金をいただけると聞いて……」
あっちからこっちから艦娘たちが集まって、押すな押すなの大騒ぎ。
押し合っているうちに、誰かの肘が廊下にある非常ベルのボタンにあたって、ジリリリリリリリリリリ……とベルが鳴り出します。
「火事だ! 火事だ!」
誰かが叫ぶと、みんな一斉に野次馬に早変わり。
「どこだどこだ!」
「火事だ! 火事だ!」
あっちからこっちから消化器を持った艦娘がばたばたとやって来ます。野次馬たちも火事はどこだと大騒ぎ。
逃げ遅れた初雪がおろおろしていると、「邪魔だ邪魔だ」ドーン! と大衝突。
首がちぎれてゴロゴロゴロ。
横手の溝に転がり込んだ首を、胴体が一生懸命探しています。
ようようのことで探し当て、懐に入れようとしますがセーラー服なので入れられない。
仕方がないので自分の首を両手で抱えて何があったのか訊ねると、みんなが「うわぁ!」とびっくりして逃げ出します。
誰も話を聞いてくれないから自分の眼で確かめようと、首を「高いたかーい」と放り投げ、行列の先を見てみます。
「……偵察機があるって便利」
なんて初雪は言ってますが、周りから見れば火事だ火事だと大騒ぎの大混雑の向こう側に初雪の首がぽーんぽーんと飛び上がってるのですから、みんなびっくりして逃げちゃった。
初雪は悠々と明石の工廠にたどり着きます。
「なんですか騒々しい。またデマですか。マスクも消毒液も配布してませんし、ギガも補充なんて……うわぁ!」
明石もびっくりして逃げ出します。
でも初雪さん、なんだか楽しくなっちゃって、自分の首を提灯のように前に持って、火事だ火事だ!と遊んでいると、泣きべそをかいた明石が大淀を連れて戻って来ます。
「初雪さん! 私、顔をさわらないよう気をつけましょうって言いましたよね? 顔をさわるどころか、生首をそんなふうに抱えるだなんて何事ですか!」
みなさん手を洗いましょう。
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落語「首提灯」をモチーフにした落語(みたいななにか)です。