「セーヴァ、紛い者……超能力者である彼らの能力は個人ごとに大きく異なり、その法則性はまだわかっていない……」
暗い廃墟の一角で、デーキスたちはハーブ・アーチャーに紛い者の講釈を受けていた。
「分かっている事は、君たちのその超能力の源が脳である事。脳から発せられる特殊な脳波によって、大気中にあるクオリアという原子に働きかけて熱や電気といったエネルギーに変換していると考えられ……」
紛い者の研究をしていたハーブの言葉はまだ幼いデーキスには理解できない部分もあったが、熱心にその話を聞いていた。
「と、今日はここまでにしようか。一度君たちも聞いたことを整理したいだろうし」
ハーブの話を聞いていると、まるで都市の小学校にいた頃を思い出し、デーキスは懐かしい気持ちになった。担任の教師はあまりいい先生じゃなかったが、もしハーブが先生だったらなと思わずにはいられなかった。
「一つ質問があるんですが、いいでしょうかハーブさん」
口を開いたのはアラナルドだった。デーキスと違い彼の表情は少し険しかった。
「僕たちセーヴァには大人の人がいないんでしょうか? 噂なんかでは時折聞きますが、実際に見た事はありません」
アラナルドの質問にハーブは少し躊躇したようだったが、ちらりとデーキスの方を見てから話し始めた。
「大人のセーヴァを見かけない理由……君たちは第二次性徴期があるのは知っているね? 大きく身長が伸びたり、肉体が大人になる変化だよ」
少なくともデーキスは保健の授業で知っていた。誰でも知ってる常識だが、それとセーヴァがどうつながるのか。
「肉体が成長する変化があるなら、脳だって身体の一部だから成長するはずだ。脳が著しく成長し、超能力を使えるようにまでなった人間、それがセーヴァなんだよ……肉体の成長の代わりにね……」
代わりという事はつまり、これから自分たちの肉体は成長することがないという事だ。それを知ってデーキスはショックを受けた。
「成長期の時に、そのまま肉体が成長して大人になるか、脳だけが成長してセーヴァになるかのどちらかなんだ……大人にセーヴァがいないのはそういうことなんだ」
「セーヴァはただの人間とは異なる進化をした存在。つまり、新人類なんだ」
背後から聞こえた声に気が付いたデーキスは振り返る。どうやってここを見つけたのか、そこにはフライシュハッカーとニコ、そしてブルメの三人が立っていた。
「どうやら、そいつが例の男かな」
フライシュハッカーはハーブの顔を見ながらつぶやく。
「どうしてここが?」
「うん? ウォルターが教えてくれたんだ。最近の君たちの動きが怪しいって。でもまさか、アンチの連中が言っていた研究員が見つかるなんて……君が来てから僕は幸運に恵まれてるようだよデーキス君……」
「アンチ……私を迎え入れてくれる連中か、彼らが迎えに来てくれたのか?」
ハーブが太陽都市から出ることが出来たのは、内部にいるアンチの助けがあったからだった。その後でアンチに手助けをする取引をしており、やってきたフライシュハッカーたちをその使者だと思っていた。
「残念ながら迎えは来ないよ。そんなことより大切な事があるんだ」
フライシュハッカーがハーブに近づく。その表情に不穏な気配をデーキスは感じた。
「みんなに話して欲しいんだ。あんたが太陽都市でどんな研究をしていたかね……」
その話を聞いた瞬間、ハーブの顔から血の気が引いていくのが見て取れた。
「何だって?」
ハーブの様子がおかしい。汗をかいているのに顔は死人の様に青ざめて明らかに動揺している。それも尋常ではないほどに。異常に気付いたデーキスは、彼とフライシュハッカーの間に割って入った。
「フライシュハッカー、ハーブさんをどうするつもりなんだ?」
「君たちは聞いてないのか? そうだろうね、じゃなければ今頃そうやって彼と仲良くなんかできないだろうからね。知りたいなら邪魔しないでくれるかな?」
「それよりも一体どうする……」
突然、目に見えない何かがデーキスを壁に叩きつけた。フライシュハッカーが念動力でデーキスを弾き飛ばしたのだ。ハーブに支えられなんとか意識を保っているが、あまりの衝撃に一瞬意識を失い、かばったはずのハーブに逆に助けられることになった。
「邪魔をするな。ニコ、他のセーヴァたちを集めてくれ。太陽都市の連中が、ただの人間どもが僕たちをどうするつもりなのか教えてやろう」
やがて、廃墟の周りにニコがテレパシー能力で呼んだセーヴァたちが集まりだした。その間、デーキスはアラナルドに支えられながら待つことしかできなかった。
「みんなきいてくれ。今日は人間が僕たちセーヴァを捕まえて何をするつもりなのか、それを教えたい!」
フライシュハッカーは拘束したハーブをしり目に、セーヴァたちに語り始める。まるで処刑場のような光景だ。
「この男は、太陽都市にあるセーヴァの研究所の一員だった!」
フライシュハッカーは腕を振り上げてハーブを指さした。
「太陽都市はセーヴァとなった者は研究施設へと送り、恐ろしい人体実験を受ける。このように!」
フライシュハッカーが合図をすると、ブルメが機械を取り出した。それはホログラムの投影機で、誰の目にも見えるように大きく映像が映し出された。
一人の男性とセーヴァらしき少年の二人の映像。少年は椅子に括り付けられて、その背後に立った男が慎重な表情で手を動かしている。やがて、男が両手で何かを掴みだすと、そばに置いていた容器の中へと移し替えた。それは少年の脳であった。
「見てくれただろうか。やつら人間は僕たちセーヴァを動物の様に、その命を弄ぶ! こんなことも、奴らにとっては研究の一部に過ぎない!」
デーキスは映像から目を背けるハーブを見た。彼の表情が、それが決して嘘ではないことを物語っていた。
「このままでは僕たちセーヴァに居場所はない。だから……あそこにある太陽都市を奪う! そしてセーヴァの国を作るんだ!」
話を聞いていたセーヴァたちが騒めく。
「既にその準備も出来ている。セーヴァの超能力があれば、都市国家一つ奪うなど造作もない。僕たちセーヴァの持つ力、これは神から与えられた力だ。僕らは神に選ばれた存在、『新人類』なんだ!」
セーヴァによる太陽都市の奪取。だが、もしそんなことをしたらセーヴァと人間の間の溝が深まることは目に見えていた。それこそセーヴァと人間の全面戦争だ。
「確かに私は研究の為にセーヴァの子たちに様々な実験を行ってきた……そのために多くのセーヴァを……」
ハーブの告白にデーキスはショックを受けた。今まで彼から聞いたことの影には自分と同じセーヴァの少年少女が犠牲になっていた事、ハーブはそれを隠して今まで自分と接していたのだ。もしかしたら自分も彼の実験対象の一人になっていたかもしれなかったのに。
デーキスにはハーブと言う人間が、大人たちがどうしてそんなことが出来るのか理解出来なかった。
「研究を始めた時、抵抗はあった。しかしそれも気にしなくなり、むしろセーヴァの超能力の謎を解明したいという欲求が強くなっていった……」
「聞いただろう? やつらは僕たちセーヴァを何とも思っていない」
「でも、あるとき全ての考えが変わった。太陽都市の市内から連れてこられたセーヴァの中に子供がいた。自分の子が……」
ハーブは搾り出す様に話し続ける。それは自分の犯した罪の告白だ。
「自分の子がいるとわかった後、研究を楽しむ同僚を見て狂っていると初めて気づいた。だから私は逃げ出したんだ……」
「ずいぶん都合がいいじゃないか。そんな事で罪が消えると思ったら大間違いだ。さあ、処刑の時間だ」
「ああ、それは分かっている。でもどうしたらいい? 赦されることはないとわかっていても、罪に耐えられない……だから私は逃げるだけしかできなかった……」
デーキスはハーブと目が合った。まるで懇願するような、哀しい目をしている。デーキスたちにセーヴァの事を教えてくれたのは、もしかしたら彼なりの償いだったのだろう。
「私はこの世界にいる人間のたった一人にしか過ぎない……誰もが過ちを犯してるのに、多くの人は気が付いていないんだ。一体どうしたらいい……?」
問いかけるように言い続けるハーブに、デーキスは何か声をかけたかった。しかし、言葉が出てこない。悩んでる間に、目の前からハーブの姿は文字通り消え去った。フライシュハッカーの超能力が、ハーブをこの世から消し去った。
「旧人類はみな滅ぶ。僕ら新人類の手で」
ハーブの処刑が終わり、セーヴァたちにどよめき始めた。セーヴァに待ち受ける恐怖が彼らを混乱させている。その混乱をフライシュハッカーは待っていた。
「僕たちは戦わなきゃならない。さあ、太陽都市を僕らセーヴァの国に……」
「駄目だ!」
デーキスは我に返ると自分が叫んでいたことに気づいた。回りのセーヴアやフライシュハッカーたちの視線が自分に集中しているのがわかる。
「わかんないけど、わかんないけどそんなことしちゃいけない! だって! だって……!」
消滅したハーブの顔が頭に焼き付き、自分の中に渦巻く感情を言葉に出来ず、デーキスは口ごもる。
「だって何だというんだ? さっきの映像を見て、お前は人間どもの肩を持つのか?」
フライシュハッカーがこちらに近づいてくる。彼の全身から怒りが溢れているのをデーキスは感じた。
「ハーブは言っていたじゃないか。どうしたらいいかって……あの人だって自分で分からなかっただけなんだ。だから……」
フライシュハッカーの念動力が容赦なくデーキスを襲い、デーキスは吹っ飛ばされた。
「フライシュハッカーやめてくれ! デーキスはもう立てない!」
アラナルドがデーキスの下に駆けよる。デーキスは意識を失ってピクリともしない。
「僕の邪魔をするからだ。お前たちは牢へ入れる。安心しな、太陽都市が僕たちの物になったら入れてやろう。それまで大人しくしてるんだ」
フライシュハッカーはデーキスとアラナルドを牢へ連れて行くように他のセーヴァに命令する。
「僕はやることがある。これから少しの間、忙しくなるぞ」
既にフライシュハッカーに逆らおうとする者はいなかった。まとまりのなかったセーヴァたちは今や太陽都市の奪取という目的に向け、フライシュハッカーの言うがままに動き始めた。
***
ウォルターはフライシュハッカーの召集を無視してハーリィ・Tの家に来ていた。
「あんた最近一人だけど、デーキスの奴はどうしたの?」
「知らないね。あんな生意気な奴」
ウォルターのわかりやすい態度で、二人の間に何かあった事は想像できた。ただ、こういう場合ウォルターの方が悪い事が殆んどな事をハーリィは知っていた。
「あんたねぇ、友達は大事にしなさいって言ってるでしょ」
「あいつは子分だよ。それにハーリィには関係ないだろ!」
やれやれとハーリィがため息をついていると、突然玄関のドアが開いた。そこにはフライシュハッカーとブルメ、スタークウェザーの三人がいた。
「げっ! 何でここに!?」
この場所はフライシュハッカーには秘密で、様々な物をハーリィと交換する場所のため、ウォルターと一部のセーヴァしか知らないはずだった。
「ん? ああ君も来ていたんだ。君が言った通り、デーキスはちょっと悪い奴とつるんでたから、少しの間頭を冷やしてやってるよ。それよりも、あんたがハーリィ・Tって人かな……?」
ウォルターにはまるで興味がないとばかりに一瞥すると、ハーリィを見上げる。。
「私に何か用?」
「アンチの連中からあんたが太陽都市の入出情報を偽造をしていると聞いていてね。いつかは会いたいと思っていたんだ」
フライシュハッカーは前からハーリィの存在を知っていたようだ。恐らくウォルターの様に、陰で取引をしているセーヴァがいる事も知っているはずだ。それでも、さして問題がないと考えて今まで黙認していたのだろう。
「僕たちセーヴァは太陽都市に送られる荷物として潜入する。あんたはその輸送情報を偽造してくれればそれでいい。人数は多くなるが、幸いな事にこっちには取引用に様々な物資がある」
そう言って、前にウォルターやデーキスが太陽都市の生産区域から集めてきた食料などの様々な物資を取り出した。ウォルター達が集めてきた後も、部下を使って集めさせていたのだろう。
「……断る」
普段のハーリィなら受けると思っていただけに、ウォルターは驚いた。彼女はフライシュハッカーの申し出に不穏な空気を感じとっていた。だが、突然機械の義手で自分の首を絞め始めた。
「うっ……!?」
「ブルメ、彼女が死んだら元も子もないだろう? 放してやれ」
フライシュハッカーがそう言うと、ハーリィの首から手が離れた。ブルメの超能力でハーリィの義手を操ったようだ。
「どうして断るのか理由を教えてくれるかな?」
膝をついてせき込むハーリィを覗き込みながら、あくまで穏やかにフライシュハッカーは話し続ける。
「理由なんか特にないよ……ただ、いう事を聞くのは危険だってあんたの顔に書いてあるのよ」
「へえ……どうしても駄目かい?」
あくまで声は穏やかだが、その中にはイラつきが込められていた。とっさにウォルターが割って入る。
「待ってくれフライシュハッカー! ハーリィも何でそんな突っぱねるんだ。断る理由なんてないだろ!」
フライシュハッカーが邪魔だと言わんばかりにウォルターを睨みつけると、ウォルターは念動力で壁に叩きつけられた。
「ウォルターはあんたに籠絡されたみたいだけど、あんたにとってはそれだけの存在か、試してもいいかい?」
フライシュハッカーがそう囁くと、ハーリィはあっさりと彼との取引を飲んだ。
「良かった。じゃあ、後でまた連絡するから、約束通り頼むよ」
そう言って、フライシュハッカーたちが引き上げると、ハーリィとウォルターの二人だけになった。
「ハル、大丈夫……?」
ウォルターは立ち上がってよろよろとハーリィに手を差し伸べるが、その手は乱暴に払いのけられた。
「全く……あんたのせいで厄介な仕事引き受けちゃったじゃないの。そんな事よりあいつ、デーキスがどうとか言っていたけど、あんた何かしでかしたわね?」
ウォルターはデーキスがハーブと会っているのをフライシュハッカーに教えたことを話した。フライシュハッカーの召集にはいかなかったためハーブが何者か、デーキスがどうなったかについては何も知らなかった。しかし、ハーリィには思い当たる節があった。最近太陽都市から一人の人間を逃がす手伝いをしたばかりだ。デーキスが会っていたという人間は恐らくその男だ。
そして、その男がセーヴァを使った人体実験をしていたことも知っている。フライシュハッカーの様子を見る限り、事態は悪い方向へと進んでいると彼女は感じた。
「話は大体わかったわ。これから何か起こったら、多分それはあんたの責任よ」
「オレの責任たって……デーキスの奴が最近生意気になってたせいで……」
「そんなこと言ってる暇あったら何が起こってるか、外に行って見てきなさい。どっちにしろ、私はやる事が出来たからあんたの相手をしてられないの」
普段と変わらないものの、ハーリィの言葉から静かな怒りをウォルターは感じた。無言のまま別れた後、ウォルターは失意のまま何が起こったのかを知るために駆けだした。
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終盤へと向かっていきます。