No.102511

恋姫†無双 真・北郷√13 前編

flowenさん

恋姫†無双は、BaseSonの作品です。
自己解釈、崩壊作品です。
2009・11・10修正。

2009-10-22 14:01:59 投稿 / 全27ページ    総閲覧数:53509   閲覧ユーザー数:34632

恋姫†無双 真・北郷√13

 

 

 

記憶の狭間、狭間の記憶

 

 

 

赤壁 呉の軍営跡 燃え上がる炎の周辺

 

/語り視点

 

 北郷軍が勝利し、呉王孫権が北郷に降ると戦の終わりを告げた。そしてこれからは北郷と共に平和を目指すと宣言し、揃って勝ち鬨を上げた後、孫呉の兵士達は軍営を焼く炎柱の明かりを目印に、次々と岸に上がりその火に手をかざす。河に落ちて冷えた体を温めながら、北郷軍が配る温かい食べ物や飲み物を受け取り、敵だった北郷の兵士とそのまま互いを労い語り合っている。

 

 その様子を見渡して溜息を吐きつつ周瑜が零す。

 

「軍営を焼いたのはこの事も計算してなのか……本当に底が見えない男だな。用意周到……ではあるが、もし負けたらどうするつもりだったのだ? 先鋒が敵陣で孤立するではないか」

 

「ハニー……北郷は絶対負けないもの。で、冥琳。何で北郷が水を使ったのか分かった?」

 

 何故か自らを誇るような笑顔の雪蓮が、周瑜の疑問に返事をしてから、問い掛ける。

 

「ああ。私の火計を完全に封じると共に、我等孫呉の動きを寒さで鈍らせる為だろう?」

 

 簡単な事だと、周瑜が答えを口にするが、

 

「そうだけど、もうひとつ。死んでしまう兵士を少なくする為よ」

 

「そうだったのか……確かに火を使えば兵達は大勢死ぬな。敵、味方、どちらも」

 

 もうひとつの理由を雪蓮が明かすと、周瑜はその理由にも納得する。

 

「今回も、死傷者は少ないでしょ? 主に船を狙って沈めていたし」

 

「……反董卓連合でもそうだったな。あの時も輜重車を狙っていて犠牲者は少なかった。だが曹操は? ……完全に正面から叩き潰していたじゃないか?」

 

 曹操と戦った時は、躊躇無く全力で叩き潰していた。周瑜はそれを恐れたから暴走した。

 

「握り拳と握手はできない。ガンジーって人の言葉らしいわ。ハニーが言ってたの」

 

「……確かに。曹操は話し合いに応じるタマではないな。一度叩き潰すしかないか」

 

 北郷という男は非情のようで甘い。だが勝利を信じて戦うその姿勢が、軍師の自分と比べなんと羨ましい事だろうと周瑜は思う。勝つ事は当然。相手の命まで気にする余裕。軍師とは常に、最悪の状況、失敗した場合を考えてしまう。それが仕事だからだ。

 

 しかし北郷は相手によって柔軟に対応を変える。時には非情に。時には愚かなほど優しく。

 

「北郷はね……」

 

 言いながら雪蓮は周りを見回す。堅く握手を交わす兵士。楽しそうにご飯を食べる笑顔。

 

「この大陸を平和でひとつにするんだって」

 

「平和でひとつ? 大陸をひとつにして平和にする……ではなくか?」

 

 雪蓮の不可解な言葉に周瑜は顔をしかめる。

 

「うん♪『大陸のみんな』を『平和を願う心』でひとつにするんだって」

 

「ふむ……至言だな。それに引き換え……」

 

 そして、その答えを聞いた周瑜は、その言葉の深さに天の御遣いの真意を感じ、自分の今までの行いを省みて、改めて目の前しか見えていなかった己を悔いる。

 

 

「さすが大陸を統一した事がある英傑でしょ? 冥琳が気にする必要はないわ」

 

 だが後悔する周瑜を慰めるように、蓮華が嬉しそうな笑顔で二人の会話に入ってくる。

 

「蓮華? ハニーが大陸統一って……あなた何か知ってるの?」

 

「信じられないかも知れませんが、私と冥琳はこの大陸と同じような別の大陸にいた事があります。その時に大陸を制覇したのが天の御遣い。あの北郷です(はにぃ?)」

 

 自分が知らない話を振られて少し不機嫌そうな雪蓮が、訳知り顔の蓮華に説明をせがむ。

 

「へー……只者じゃないとは思ってたけど♪ どんな感じだったの? わくわく♪」

 

「姉様ったら……この大陸の、丁度劉備のように小さな義勇軍から始めて、瞬く間に大勢力になりました」

 

「……ほとんど戦いもせずに小さな諸侯達を吸収していましたね」

 

 その説明に興味が湧いて、北郷一刀をもっと知りたい雪蓮はもっともっととせがむ。蓮華は若干呆れながらも大好きな姉の求めに答え、周瑜も自分の記憶で補足する。

 

「小さな義勇軍って素人集団じゃない!? そこから大陸統一しちゃったの? ……凄いわね(さすが、私のハニーね。惚れ直しちゃった♪)」

 

「北郷には人を強く惹きつける力があります。が、彼個人には全く力が無い。だからこそ周りは力を貸したくなり彼を守ります。そして彼はその周りの者達を心から信頼する」

 

 まさかそこまでとは……と、雪蓮は感心して、自分のカンに間違いがないと確信する。

 

 蓮華は前外史で感じた彼の印象を熱く語りだす。心許した彼をもっと大好きな二人に知って欲しくて……だがそれは墓穴を掘っていた。姉もライバルなのに……。

 

「私はその時も恐れていたんだ。ここでは更に袁紹の力が加わり恐怖を抱くほどの勢力になったがな。だから今回も完敗。私の策は全て裏をかかれた」

 

「袁紹……麗羽ね。確かに豊富な軍資金と大軍勢を持ち、麗羽自身も強運で北郷との信頼関係は絶対。北郷の人を惹きつける力と天の知識が加わって……天地人、無敵の布陣ね」

 

 周瑜が今回の感想を洩らし、小さな義勇軍で大陸を制覇できる彼が、袁紹の力(天運と地勢)を手に入れれば、この結果は当然だと雪蓮と共に結論付ける。

 

「北郷は人を見る目もあり、どんな人物でも長所を見つけ出します。そして適性に応じた指示を出し、長所を活かした仕事を与える。だからこそ周りは己の役割に徹して纏まり、ひとつの大きな力になる。それが北郷の真髄です」

 

「個ではなく群体として強い……それが強い結束に繋がり、彼が心をひとつにと、こだわる理由というわけね? なるほど~。周りとしては凄くやりがいがあるわ♪」

 

「……なるほど。我等軍師にとっても、いつか倒れ崩れ落ちる可能性がある絶大な力の不安定な一人を持て余すより、群体として機能する将兵のほうが軍略もしやすい。誰かさんのように……」

 

「冥琳。なんで私を見るの?」

 

「自分の胸に聞け!」

「はぅ!」

 

「ふふ。つまり、一人では何も出来ないからみんなでやろう……と、面白い男ですね」

 

 前外史であまり印象が良くなかった北郷一刀を、周瑜はこの外史で好ましく感じていた。自分を暗闇から救い出してくれた天の御遣い。周瑜は今、大切な雪蓮達と一緒に光の中に立ち、笑顔で談笑している――――。

 

 

 赤々と燃える大きな炎がとても暖かく感じられる。それは北郷という男の暖かさの様に思え、希望という明るい灯火の下で、これからも皆と幸せを掴む事が出来ると実感する。

 

「北郷に礼を言わねばならんな……私を救ってくれた大切な恩人に」

 

「あら。ハニーは礼なんて期待していないわ♪ そういう男よ」

 

「姉様……そのはにぃとは?(なぜか、嫌な予感がする)」

 

 だから感謝をと、いつの間にか消えている一刀の姿を探す周瑜だが、雪蓮は正確に彼の気持ちを代弁する。そして、その様子に少し焦る蓮華が聞き慣れない言葉で彼を呼ぶ姉が気になって、その言葉の意味を聞く。

 

「愛しい人の事よ♪ 冥琳達と四人で暮らすのも最高だけど、未来を託す子供も欲しいわ。そうすると、胤がいるじゃない? だ・か・ら、ハニー以外に考えられないわ♪」

 

「ね、姉様! 一体何を!? 冥琳! お願いだから、姉様を止めてっ! ……冥琳?」

 

「……雪蓮が言う事も尤もだな。私も子供が欲しくなった。未来を担う我が後継者。うむ、あの男なら申し分ない。雪蓮もたまには良い事を言うな。ふふふ」

「でしょ♪」

 

 この外史の大喬はただの美少女である為、子供が欲しくなった雪蓮は彼の子供なら絶対に愛せると確信して衝撃的な宣言をする。蓮華が驚いている間にその提案に納得した周瑜も、希望と言う未来が見えた事が嬉しくなって、やはり子供が欲しくなり後に続く。

 

「あの……二人とも? 一刀は私が先に親し」

「あ! 蓮華」

「!? な、なんですか、姉様。いきなり大声で叫んで……」

「……雪蓮どうしたんだ?」

 

 蓮華が二人を恋敵と気付き、自分の方が先だと抗議しようとすると、雪蓮が一刀という言葉に反応し話を途中で遮る。周瑜もその慌てように驚き、蓮華と二人で雪蓮を見る。

 

「ハニーは一刀って呼ぶと何か考え込んで寂しそうな顔をするのよ。美羽ちゃんみたいに一刀兄様~とか、普通に北郷一刀とかは平気みたいだけど。一刀とか、一刀様っていうのはダメみたい。愛紗も華琳も凄く気にしているわ……(私もだけど……)」

 

「そんな事が……?(何かあったとしたら泰山で最後に別れた後?)」

 

「ふむ……自分の名を呼ばれて考え込むとは。なにか嫌な事でも思い出すのだろうか……(私も力になれるのだろうか……)」

 

 その答えに二人はそれぞれ考える。蓮華は一刀を心配して、周瑜は単純に疑問を感じて。

 

 

「まあ、とりあえず北郷に挨拶してくるか。これからは彼が私達の王なのだからな」

 

 考えるより先にすべき事があると周瑜は、新しい王に挨拶しようと顔を上げるが……。

 

「孫策様っ! お言い付け通り大喬様達にご無事を伝えてきましたっ! ですが……」

 

「幼平!? どこに行ったかと思えば……そういえばあの髪。知っていたな、明命?」

 

 突如現れた明命が雪蓮に頼まれていた事を報告する。そしてあの切られた髪を持ってきてから様子がおかしかった明命に、漸く合点がいった周瑜は明命を問い詰める。

 

「はぅわ! 孫策様のご命令だったんですっ! それにそれに! 聞かないと殺されそうに……(ガタガタ)」

 

「まあまあ、冥琳♪」

「おまえもだっ! 雪蓮!」

「きゃー♪」

 

 安心して頭が回り始めた周瑜は沸々と湧いてくる怒りを二人にぶつける。悪戯をされて怒る少女のように。誤魔化す様な笑顔の雪蓮と楽しそうに二人でじゃれ合う。そこに……。

 

「「雪蓮様!」」

「大喬ちゃん? 小喬ちゃんも!?」

 

「そうでしたっ! お伝えしたら、どうしてもここに来ると仰って、付いて来てしまいましたと報告する途中でしたっ!」

 

 雪蓮と周瑜の大切な二人が泣きながら雪蓮に飛びつく。

 

「ごめんなさい、二人とも。心配をかけて……。でもあのままじゃ冥琳が遠くに行ってしまいそうで、いてもたってもいられなかったの……分かってくれる?」

 

「はい……雪蓮様はいつもそうですから……ぐすん」

「お姉ちゃんたら……でも良かった」

 

 いつもカンを頼りに行動してしまう雪蓮を知っている大喬は、自分が寂しかった事を我慢して大好きな雪蓮をあっさり許す。そして大喬が毎日泣いている姿を見ていた小喬はそんな姉が健気で何も言えなくなる。更に周瑜が楽しそうに笑う姿を見て本当に良かった。と、今度は小喬に嬉し涙が溢れてくる。また楽しく一緒に暮らせると。

 

 一頻り再会を喜び合った後、

 

「凄く良い男でー♪ 優しいし……でね……」

「はにぃ?」

「違う違う、もっとこう……」

 

 ニヤリと笑う雪蓮が周瑜達に北郷一刀について熱く語る。

 

「……夜は天下無双で私と思春も……」

「……ごくり」

「……じゅるり」

 

 蓮華も加わり、洗脳(ゲフン)詳しい説明が終わる頃には、全員の目は何かに燃えていた……そして六人で北郷一刀に挨拶をしに行く事になる。

 

 

「ハニー。私は親衛隊として、そ・ば・で、働かせてもらうわ。改めてよろしくね♪」

 

「う、うん。雪蓮がいてくれると頼もしいよ」

 

「ハニーったら♪(く~っ愛しくて堪らないわ!)」

 

 雪蓮が腕を絡めながら、側で。と強調して胸を押し付けてくる。

 

「北郷……いやハニー」

「ちょ!」

「む……嫌なのか?」

 

 周瑜の目が光るのを見て思わず背筋が伸びる……怖いです。

 

「いいえ! 嬉しいです!」

 

「ではハニー、私の真名を預ける。冥琳と呼んで欲しい。色々と世話になる……イ・ロ・イ・ロ・とな♪」

 

 周瑜、いや冥琳さん。笑顔なのに舐めまわすように見られると怖いです。……なんか涎もでてますよ?

 

「かず、は、ハニー。私もよろしく頼む! その……いつでも準備は出来ている! ……また色々相談に乗ってもらっても良い?」

 

「(また……って事は記憶が)ああ! よろしくな。蓮華」

 

「うんっ!」

 

 蓮華も記憶が戻ったようだ。心を許したものにしか見せない笑顔で返事をしてくれる。

 

「御遣い様っ! わわわ私も存分にお使いくださいっ! あと……こ、子供も大好きですっ! ねねね閨も……あぅぁぅ」

 

「明命。分かったから……よろしくね」

 

「はいっ!」

 

 明命が体全体を赤くしたまま焦りながら挨拶してくれるが、雪蓮が腕を組んだままニヤニヤしてる……何かしたな? 冥琳と蓮華のハニーの発音もやけに良かったし。

 

「御遣い様……雪蓮様と冥琳様を助けて頂きありがとうございます。このご恩は……」

 

「おっと! 恩なんか感じなくて良いよ。俺が救いたいから救った……それだけだから」

 

「は、はい(かっこいいよ~♪ ねぇねぇ小喬ちゃん! 雪蓮様の言う通りだね)」

 

「ありがとうございます(そうね。顔も良いし。冥琳様達と一緒なら良いかな♪)」

 

 この二人からも冥琳と同じオーラが出てる。今度は蓮華が視線を逸らす……。まあいいか……。真名は……触れないでおこう。

 

「みんな改めてよろしく! 温かいご飯と、温まるお酒、お茶があるからどうぞ」

 

 そう言って雪蓮達に混ぜ込みおにぎりを配る。炒飯握りとか薄い玉子焼きで包んだお握りとか……俺が作らせた海苔を巻いた、元祖おにぎり(中身は梅干)とか。

 

 海沿いの邑で、海苔を発見し、板海苔に加工する方法を教えて(製紙技術とほぼ同じ)収入源とさせたところ、沙和の宣伝も功を奏して北郷領地内で大人気。梅干も俺が斗詩に頼んで作ってもらった。やはりこれがないとね……日本人ですから! 醤油と味噌も華琳主導で作ってもらい発酵待ち。料理の天才が多い為、食文化も発展中。

 

 ちなみにおにぎりは、俺が教えて 華琳、斗詩、流琉、雛里が作った物だ。滅茶苦茶美味いのは、絶対華琳達の腕。

 

「(もぐもぐ)美味し~い♪ 私これ気に入ったわ! 手軽だし食べやすい♪ おにぎりかぁ」

 

「本当だな……(もぐもぐ)興味深い。飯まで美味いとは……ハニーには驚かされてばかりだ」

 

 雪蓮と冥琳が美味い美味いと食べ続ける。相当気に入ったようだ。

 

「(もぐ)美味しい。ハニー、今度作り方を教えて欲しい! その、ふたりきりで……」

 

「いや、俺が作ったわけじゃ……」

 

「……ダメなの?」

「わかったよ、蓮華!」

「ありがとう♪」

 

 蓮華の上目遣いに負けて思わず約束しちゃったけど……作ったのは華琳達なんだって!

 

 さて、黄蓋、陸遜、呂蒙は捕らえたと報告があったけど、甘寧は? それにいつも傍でべったりの華琳もいないな……一体どこに? 厳顔はまだ目を覚まさないし……後で蜀の事について色々聞いてみよう。

何があったのか。

 

 その後、呉の四人と挨拶して真名を預かるが……甘寧は変わり果てた姿だった。

 

 

蜀 成都城 玉座の間

 

/語り視点

 

「桃香様、只今戻りました。報告が二つあります……」

「……桃香様」

 

「朱里ちゃん、紫苑さん。お帰りなさい。あれ……?」

 

 諸葛亮と黄忠が桃香に帰還を報告するが、黄忠の浮かない顔を見て劉備は少し困惑する。そして一人足りないと気付き、

 

「桔梗さんはどうしたの? ……まさか」

 

「……報告の一つですわ。桔梗は、私を逃がすために残り、そのまま戻りませんでした」

 

 劉備が問い掛けるが、黄忠は親友を残してきた後悔に顔を俯かせる。

 

「……そんな! 朱里ちゃん、あれからどうなったの!?」

 

「……黄蓋さんの偽りの降伏を読まれ、こちらが油断していた瞬間にあの大きな水上要塞が突撃してきて……呉の船を踏み潰すように沈めていき、一方的に北郷軍の勝利が決まりました」

 

 あの大きなものが……? 実際に見ていない劉備は、北郷がまた力で呉を叩き潰したと想像して恐怖と憤りを感じる。船を踏み潰した……きっと大勢、人が死んだと。

 

「朱里ちゃん、船はどのくらい沈んだの?」

 

「……はい、私達が退却する頃には九割は沈んでいたかと。逃げる際にも苦労しました」

 

「私と桔梗が乗っていた船も沈められて……戻るだけでも難しい有様でしたわ」

 

 劉備は顔を青くして落ち込む二人を、いつものように元気付ける。

 

「桔梗さんなら大丈夫だよ! だから元気を出そう」

 

「そうですね。北郷さんは今まで捕らえた武将を殺したとは聞いていませんし」

「……ええ、私もそう聞いていますわ」

 

 諸葛亮も集めた情報からもし厳顔が捕まっても安心だと思いあの時退却した。黄忠もなぜか天の御遣いなら大丈夫だという気がしてきた。だからふたつ目の報告を……。

 

「退却の途中、洛陽から抜け出された帝が桃香様に保護を求め、こちらに……」

 

「ええっ!? 劉協様が? どどど、どうしよう! 朱里ちゃん」

「もうお見えです」

 

 諸葛亮の言葉に、劉備が入り口の方を見ると存在感の薄い超絶美少女が、そーっと玉座を入り口から覗き込んでいた。空気なみの気配の無さで……。

 

 

「……皇叔。朕は邪魔かな……?」

「えぇ!?」

「あぅ……そうであるか」

 

「違うよ! 違う~」

 

「おお! 親しげな言葉遣いじゃの」

 

「あぅ! すみませんっ」

 

「良い良い。その気安さが朕には心地良いのだ」

 

「劉協様はなんで」

「桜香で良い」

「真名ですか!?」

 

「うむ」

 

「えとえと、桜香様はなんでこちらに? 洛陽でなにかされたとか……?(北郷さんが?)」

 

 桃香の前に来て話し始める劉協。一回会っただけなのに懐いてくれる帝に劉備は戸惑う。

 

「……桜香様……さま、か」

 

「はう~桜香ちゃん!」

 

「それが良い。よろしく頼むぞ、皇叔」

 

「えっとぉ、じゃあじゃあ! 桜香ちゃんも~私の事は桃香って呼んで!」

 

 寂しそうな帝に思わず平時なら無礼千万の態度を取る劉備。だが帝は嬉しそうに顔を綻ばせる。(注意してみても変化はわずかだが)

 

「そうだな……桃香叔母様」

「!? はぅぅ~そうだけど……」

「! 桃香さん」

 

「うんうん♪ 話し方も堅苦しいよ!」

 

「ここでは自由……なのですね。やっぱり、桃香さんといると楽しいです……」

 

 今まで無理をしていたのだろう。無理やり付けた帝の仮面を外して素に戻った彼女は、見た目の印象通り控えめな話し方になる。

 

「桜香ちゃん。何もないところだけどずっと居て良いから! 仲良く暮らそうね♪」

 

「……はい。ぐす、ずっと一緒です。私はここに居て良いんですね」

 

「当たり前だよ! ね? 朱里ちゃん、紫苑さん」

 

「はい! 桃香様♪」

「ふふっ、はい♪」

 

 帝という重責を幼くして背負い、しかし即位してすぐ飾りとなってしまった劉協には、今まで安住の地がなく、北郷の保護下では不自由は無かったものの、劉協は自らの無力さを恥じて劣等感を抱き、北郷一刀を始めとした北郷軍の者を避けており、度々会いに来ても全て断っていた。

 

 そして宮中の者達の間では腫れ物のように扱われ、ただただ飾りだけの存在として、寂しく暮らしていた。その為、桃香の人懐っこさが劉協の心を暖かく包みこむ。

 

 当たり前のように居場所をくれる劉備。笑顔で迎えてくれる仲間達。

 

「……ありがとうございます。……うぅ」

 

 劉協はそれが何より嬉しくて泣いてしまう。自分にも帰るところがあったと。

 

「(どうしてここに来たのか聞きそびれたけど、そんなに辛い目に…)紫苑さん、桜香ちゃんをお部屋に案内してあげてください」

 

「わかりました。桜香様、どうぞこちらへ」

「桃香さんと一緒の部屋が良いです……」

 

 劉備が劉協を休ませようと黄忠に部屋を案内するように頼むが、震える兎のような目で部屋を指定される。幼い彼女はかなりの甘えん坊だったようだ。

 

「ほへ? 桜香ちゃん!?」

 

「……駄目……ですか?」

「えと……」

 

「……駄目なんですね」

「あ~、泣かないでっ! ね? 紫苑さん、私の部屋で!」

 

「ふふふ、はい♪」

「……一緒です」

 

 自分の武器を効率よく使う劉協。意外と強かなのかも知れない……。そして二人は玉座の間から退出する……残るのは、劉備と諸葛亮。

 

「朱里ちゃん、呉も負けちゃったし。やっぱり次は……何とかならないかな?」

 

「まずは北郷さんと戦う為、後顧の憂いである南蛮を平定するしかないと思います」

 

「それしかないかー……朱里ちゃんに任せるよ」

 

「はい。後は馬騰さんに、劉協様がこちらにいる事を伝えて、助力を願うことも必要です。ですが、早めに赤壁から退却した事で、戦力的に少し余裕があります。このまま私が白蓮さん、焔耶さんと南蛮に赴きましょう。桃香様達は留守をお願いします」

 

 劉備の問いに解決策は少ないと諸葛亮は返し、不承不承ながら劉備は献策に従う。既に呉が敗れたのは仕方が無い。あのまま残っていたとしても負けは確実だったし、蜀の損害も大きかったかも知れない。劉備の選んだ撤退は、理由はどうあれ正解だったと諸葛亮は判断し、次の行動に移る。

 

……

 

成都城 諸葛亮 私室

 

「書簡を馬騰さんに、望みは薄いけど董卓さんにも……」

 

(雛里ちゃん。私は命の恩人、桃香様を信じて頑張るね。もう手紙も出せないな……。でもお互い平和を目指して頑張ろうね……)

 

 諸葛亮は遥か東を見詰めて親友に思いを馳せる。あの二人の誓いを胸に……。

 

 諸葛亮孔明、南征す。

 

 その情報は既に潜んでいた北郷軍の草のものの手により持ち帰られた……。

 

 

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帝(献帝)劉協 真名 桜香(おうか)

 

 桜は桃と同じバラ科の植物なため、劉家の血縁、源流繋がりという設定。超絶美少女。桃香を幼く貴く賢く儚くした感じ。桜といえば(日本では)国花ですし、儚い感じがして献帝の真名に良いかなと。桃香の羽飾の代わりに、うさみみのような髪飾りをつけ、ちょこんと小さな帝冠を頭に載せている。ちなみに触角は一本標準装備。目はハイライトが無くツリ目。兄を目の前で失い、ほぼ無表情に。親しい身寄りは現在、桃香だけで、かなり懐いている。本当は気の弱い普通の少女で、かなり無理をしている(尊大な態度や話し方など)自分を助けてくれた董卓の無実を証明し、洛陽の民を混乱から救った上、敵兵士の死さえ悼む優しさと共に、民達に信頼されている一刀をとても尊敬している。だが自分は何も出来なかった為、北郷一刀に対して劣等感を抱き、懐けなかった。無力な自分は新しい治世に邪魔だと思い、せめて余生は桃香と楽しく暮らしたいと、洛陽を抜け出す。とても健気な幼い帝。CV:栗林みな実(マブラヴの社霞の声)一刀は一応保護していたが、幼い彼女を可哀相と思い、宮中で自由にさせていた。帝だが完全に飾り(血筋かも)更に存在感も薄いため、見事に都を抜け出せた。

 

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馬騰 寿成

 

 一回きりの登場。漢王朝の忠臣だが幼い帝に大陸の全てを背負わせる事に疑問を感じていた。現在董卓に説得されて心が揺れている。西涼の象徴。

 

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建業の城 玉座の間

 

/一刀視点

 

「蜀が南蛮の平定に乗り出しましたっ!」

 

「孟獲か。諸葛亮の南征……七縱七禽(しちじゅうしちきん)だな」

 

 城に着くとすぐに軍議を開く。明命の報告から思い出したのは、有名なあの七縱七禽。南蛮を心から服従させる為に孔明が行なった軍略だ。

 

 七度擒(とりこ)にし七度縦(はな)ったと言う意味で、孟獲が諦めるまで戦わせた。

 

 蜀に平定させた後、俺達が統一しても、蜀が倒れたら反乱を起こすかも知れない……。南蛮は自分で落としておきたいが……さて、

 

「ハニー。今のうちなら南蛮の東側から攻め込めるが? もう呉の旧領地は北郷領だ。私も微力ながら、軍師として使って欲しい」

 

「冥琳の凄さは良く分かってる。でも今は休んで欲しい。冥琳の力は平和になってから頼りにしたいんだ。顔の疲れを化粧で誤魔化しているうちは絶対安静ね」

 

「う……(意外と良く見ているのだな)」

 

 冥琳が魅力的な提案をしているが、彼女は働きすぎだ。休むように厳命する。

 

「そうそう♪ 冥琳は休んでなさい!(くすくす。冥琳てば、大人しくしちゃって)」

 

「あと、すぐに腕の良い医者に見てもらって欲しい。絶対だ! 君が心配だから……」

 

 何もいえない冥琳が雪蓮には面白いらしく、尻馬に乗って野次を飛ばすものの、俺が心配していると告げると冥琳が赤くなる。、

 

「う、うむ。ハニーの言う事なら従おう(そんなに私の事を……嬉しい♪)」

 

「冥琳たら顔赤くしちゃってさー、似合わな~い。む~……なんか面白くないー」

 

 それを見た雪蓮が不機嫌そうに不満を垂れ流す。拗ねた子供みたいで「可愛いな……」

 

「え! ハニー、今私の事可愛いって? も~嬉しいこと言ってくれちゃって! もっと言って~♪」

 

 やば! また無意識に口に出してた……でも前の部分が聞こえなくて良かった。がばぁっと抱きついてくる雪蓮。絶対わざと胸を押し付けている……今度は冥琳が声音を低くする。

 

「雪蓮。今夜、話がある」バチバチッ

 

「あら、私も話したい事があったの♪」バチバチバチッ

 

 

 まあ、二人が睨み合ってるうちに進めよう。なんか本当に火花が見えるけど。するとそれを待っていたかのように穏が、

 

「じゃあ、誰がいくんですか~? 穏はご主人様のご命令ならどんな事でもします~♪」

 

 穏はどこまでもマイペースだなぁ……俺が考え込んでいると、南蛮兵の詳細を見ていたちび恋が手を上げる。その横にいつのまにか大きな黒い猫もいる……って、

 

「……れんがいく、かわいい」「にゃあにゃあ」

 

 クロ? いつの間に呉に……流石ネコマタだな。二人で行くって言ってるのかな?

 

「風も行きたいのです」

「恋師匠とクロ様が行くなら私もっ!」

「ご主人様、ボクも!」

 

「季衣! 遊びに行くんじゃないのよ」

 

 頼りになる風も行くし平気かな……。

 

「じゃあ、お願いしようかな。風、まずは孟獲に会ってこれを渡して欲しい」

 

 書簡に『ななかい まけたら おわり』とだけ書いて渡す。

 

「……なるほど。先程のお言葉とこの書簡の内容……ご主人様のお考えが分かりました。戦わずして従わせるのですねー。風にお任せなのです」

 

 流石、風だ。俺の意図をすぐに酌んでくれた。

 

「では南蛮への使者としてよろしく頼む。兵は……」

「いらないのです」

「ん、そうだね」

 

「でわでわー♪」

「……れん、がんばる」

「にゃ!」

「お任せ下さいっ!」

「流琉はー?」

 

「わ、私も行く! その、季衣が心配だしっ」

 

 最近、ちび恋が、ひとり立ち? したのかべったりじゃなくなったのが寂しいなぁ。娘が離れていく父親ってこんな気持ちなのだろうか……。

 

「……かりん、れんのかわりにごしゅじんさまをまもって」

 

「……恋? わかったわ。華琳に任せなさい♪」

 

 恋が去り際に華琳の前に立ち俺を見ながら留守を頼んでいる? 何故か少し元気がない。華琳も不思議そうに首を傾げながらも、以前の三人の誓いから快く任せてと返事をする。

 

……

 

 ちび恋たちは、建業から南蛮へ向かう。俺はその旅立ちを見送りながら、最近の恋の様子を考えていた……すると、

 

「帝が洛陽を抜け出し、蜀に向かった模様です」

 

 伝令が報告を届ける。劉協が……俺は何もしてやれなかった。幼い彼女を救う事は……思えば、いつも避けられてたなぁ……震える兎みたいな娘だったし。

 

「ご主人様。蜀には星がいます。劉備だって帝とは血縁関係。大丈夫ですよ」

 

「帝がご主人様に懐かなかったのは、劣等感を抱いていたからですわ。気にする事はありません。内心ではとっても好いていたようですもの」

 

 愛紗と麗羽が優しく声をかけてくれる。俺はまた暗い顔をしてしまったようだ。

 

「劉備なら大丈夫だと思います。華琳が認めた英傑ですもの」

 

 華琳が認めた。正史でも曹操は劉備こそ自分に比肩する英傑と認め、度々その成長を楽しんでいるような事をしていた。ならば大丈夫だろう。

 

 

西涼 武威 涼州連合盟主 馬騰の城 玉座の間

 

/語り視点

 

「馬騰さん、北郷さんは平和の為に、大陸を統一しています。戦いは何も生みませんが北郷さんはその事も理解し戦っています。無為に争わず、私達と共に北郷に降りましょう。何の見返りも求めず、私達を助けてくれた彼なら信頼出来ます」

 

 馬騰の前でいつになく毅然と自分の考えを述べる董卓。その目は真剣で一歩も引かない心を表している様でもある。いつもの気弱な彼女の面影は全くない。

 

「ええ……だが私は朝廷に仕える臣。劉備殿からも帝が蜀にいるので助けて欲しいと書状が届いているし、私も朝廷を蔑ろにする北郷は余り好きではないの」

 

「……こんの、わからずや! 月が言ってる事が分からないの? この大陸はいま新しい世界に向けて動いてるのよ! カビの生えた朝廷の作った世界を有り難がってる時代はもう終わり! 幼い劉協様に責任全部押し付けて、良い大人が何やってんのよ! それにあいつは! ……北郷は朝廷は無視してるけど帝個人は大事にしていたわよ!」

 

 煮え切らない馬騰に賈駆が遂にキレる。幼く気の弱い劉協が重圧で苦しんでいたのを知る彼女は、帝。帝。と、そればかりを理由にする周りに怒り狂っていた。

 

 北郷は劉協に、帝位、権力等、何も求めず、ただ自由にさせていた。幼い彼女を心配して色々気を配っていたのも知っている。劉協から送られてきた、北郷を尊敬しているという内容の手紙だって賈駆の部屋にある。北郷が今まで行ってきた事。賈駆はそれがこの大陸の為だけにあると感じ董卓と共に馬騰の説得に来ていた。

 

「……詠ちゃん……そうです。劉協様はもう自由になっても良いと私も思います。家族を全て権力争いで失い。頼る者が少ないあの方にこれ以上の重責……。劉協様の御心を壊してしまいます。北郷さんが作る新しい世界こそ救いだと私も思います」

 

 董卓も劉協が目の前で兄の死を見て泣いていたのを知っている。本当は自分のように気が弱くて泣き虫な少女。無理をして帝の役を演じているものの、頼れるものは極僅か。

 

「新しい世界……旧い私の時代も終わりかも知れないわね。翠、貴女ならどうする?」

 

 馬騰の心を動かす賈駆と董卓の叫びが届き、馬騰は新しき盟主候補の娘、馬超を呼ぶ。

 

「あたしはご主人様を信じてる。だから降る。ご主人様が作る世界はいつだって暖かいんだ。あたしが保障する!」

 

「馬超さん……今、ご主人様って。あなたも……?」

 

 董卓が驚きながら馬超を見ると照れながらその経緯を答える。

 

「ああ! たんぽぽが掘った落とし穴に落ちて頭を打って寝込んだ時に思い出したんだ……全く。月は? その様子だと詠もだろ?」

 

「私は西涼に戻ったときです。何故か詠ちゃんと一緒に涙が溢れてきて……。やっと帰ってこれたって……。最初は分からなかったんですが、詠ちゃんが……」

 

「そ。あの北郷一刀の事を思い出したってわけ。相変わらず甘い奴(……そこがまあ良いんだけどね。格好良くなってたし♪)」

 

 楽しそうに話す三人を見て馬騰は決断する。

 

「翠。貴女が決めたのなら、私は何も言わない。このまま隠居でもしようかしら……」

 

「母さま……」

「世継ぎをさっさと生んで、成人させたら貴女も隠居して良いわよ♪」

「な、ななーーっ!」

 

「はぁ……馬鹿らしい」

「くすくす。詠ちゃん良かったね」

 

「な、べ、別にあいつの為じゃないんだから! そうよ! 大陸の為! 民の幸せのためなんだから!」

「うんうん♪」

 

……

 

 涼州連合、北郷に降る。劉備を追い詰める情報が蜀に届いた。

 

「……大変! 伝令さん、すぐに南蛮に向かった朱里ちゃんに知らせて下さい」

 

「御意」

 

「……桃香さん? そんなに慌ててどうしたんですか?」

 

「大丈夫! 桜香ちゃんの居場所は、私が守るから……私が、必ず」

 

 

建業の城 玉座の間

 

/一刀視点

 

 涼州連合の馬超と董卓から……いや、手紙を読むと記憶を取り戻した翠と月から、北郷に降ると書状が届いた。南蛮も風からの報告では順調らしい。

 

 劉協が残していた手紙も届き彼女が自ら蜀に向かったと知る事が出来た。これなら心配は要らないだろう。後は劉備に話し合いに応じるよう、書簡を送り続ければ良いだけ。まだ時間はある筈だ……。

 

「厳顔を連れてまいりました」

 

「……お主が北郷、天の御遣いか。戦上手な御仁じゃのう。それに良い将も揃っておる。赤い童など鬼神の如き強さであった。天の御遣いと名乗っているだけの事はあるのぅ」

 

 厳顔の問いに、俺が天の御遣い……始まりの外史で天の御使いと言われ、その重すぎる名前に自分はそんな器ではないと言ってしまった。だが、名前は俺が決めるんじゃない。民の願いが決めるんだ。だから俺はその名前を背負う。天の御『遣い』として。

 

「天の御遣いという名が民達に希望を与えるなら俺は皆の希望を背負う覚悟がある。俺が大陸を平和に導くと民が信じるのなら、成し遂げる義務がある。だから大陸を平和に導き、その名の役割を成し遂げる、例えこの手が血に染まろうとも」

 

 俺は天からの使いではなく天の知識を遣い大陸を平和に導く。勝ち取るのは皆の力だ。

 

「……なるほど。わしは北郷様に出会った事を感謝しますぞ。我が真名は桔梗、今までの無礼をお許し願いたい」

 

「ありがとう、桔梗。聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

 

「なんなりと」

 

 話し合いには応じてくれるようだ。流石にいきなり真名は驚いたが、嘘は言わないと言う証だろう。

 

「劉備とは友好的な関係だと思っていたんだけど?」

 

「桃香様は北郷様との考え方の相違を感じ、一緒に歩む事は出来ないと仰いましてな。星や白蓮殿は反対していたようですが、強引に決断を下されましたぞ」

 

 考え方の相違か……。なにしろヒントは得られた。

 

「ありがとう、桔梗。君はこれからどうしたい?」

 

「そうですな……紫苑が心配していると思うので許されるのなら戻りたいと思うのですが……」

 

「な! 貴様っ! ご主人様が優しく」

「春蘭」

「はっ!」

 

「愛紗」

 

「はい!」

 

「二人で桔梗を国境まで送ってあげて、馬と路銀を渡し捕まえている蜀の兵士も一緒に……武器は返せないけどね」

 

 俺は春蘭と愛紗に桔梗達を蜀との国境まで送るよう指示する。

 

「「はっ!」」

 

「……ほぉ(何と器の大きい……桃香様と同じ暖かさを感じるのぅ)」

 

「桔梗、もしかして黄忠とは仲が良いのかな?」

 

 厳顔と言えば演義では、黄忠と共に二人で暴れ回っていた猛将だ。前の世界にはいなかったけど。さっきも紫苑……黄忠が心配するって言ってたし。

 

「は! 掛け替えの無き友に御座います」

 

「璃々ちゃんは元気かな?」

「なっ! 紫苑の娘をご存知とは……まさか紫苑は……」

 

「いや、それは違うよ。俺が知っているだけだから」

 

「……北郷様の目、清く澄んでおられますな。そのお言葉信じましょう。では……」

 

 厳顔はチラチラとこちらを気にしながら愛紗達に連れられて玉座の間から出て行く。

 

 やはり黄忠を捕まえなくて良かった。璃々ちゃんを泣かしたくないからな。

 

「ご主人様。黄忠を深追いするなとは……」

 

「ああ、秋蘭の思った通りだよ」

 

「……敵に対するその御心遣い、この秋蘭感服致しました」

 

「秋蘭、華琳がご主人様と認めた方よ。当たり前じゃない♪」

 

「ふふ、はい。流石、華琳様です」

 

 さて、呉での地盤固めだけど……真桜の方はどうかな?

 

 

建業 城下町

 

 石油から色々な物を作り出す事に成功した北郷の石油精製工場では、ビニール、ゴムなどの化学繊維が出来た事で、引き続き石油から作る液化ガスの研究も開始している。

 

 メタンやエタンは常温での液化は無理だが、ポンプがある現在の北郷なら、プロパンとブタンガスは圧力を加えて液化できる。今回は試作品で気球を飛ばそうと言う計画だ。

 

 球皮(気球の風船部分)に赤壁で使って破れたりした外套を使い、縫い合わせる。隙間は熱して密着させ、ビニール同士がベタ付かないように粉をまぶして広げる。

 

 今回は人を乗せないので(墜落するかも知れないから)五丈程(約11.5m)の直径を持つ球皮の中の空気を、試作LPガスの炎で暖める。熱気球は外気温が低い冬の方が上げるのに都合が良い。

 

 ガスボンベは真桜が設計した物。ガスは石油精製工場で圧力をかけて詰めた。詰め終われば特に危険はない。後はガスを抜くだけだし。

 

 気球を浮かせる為には家庭用コンロの百五十倍ほどの熱量が必要な為、灯油などでは無理、液化した燃焼ガスが必要となる。

 

 またガスは便利な為、是非使用出来るようにしておきたいというのもある。

 

「大将! それじゃ、始めますわ」

 

「真桜。よろしく頼む」

 

「はいな♪」

 

 皆が見守る中。気球に暖かい空気が送り込まれ、次第に持ちあがり空へ上がり始める。

 

「なんと大きい。ハニー、これが気球というものなのか……空へ上がるとは素晴らしい」

 

「ご主人様は空を飛ぶ術まで……朱里ちゃんも天灯とかいうのを考えてたけど……これは比べ物にならないくらい大きいでしゅ、あぅ」

 

 稀代の名軍師、冥琳、雛里も興奮を隠せないようだ。諸葛孔明が天灯という熱気球を発明していたという噂が正史であったけど……雛里の呟きだと考えているだけでまだ実現させては無いみたいだな。

 

 さすが諸葛亮孔明……にしても、みんなはぽかんと空を見上げている。そして二丈(約4.6m)ほど空に上がると、重しの為に作られた少し背の高い車に縄で縛り付けられている為、それ以上浮かんで行かなくなった。

 

 ガスの火力は緩やかに上がるように調節して、中身のガスが無くなれば落ちてくるようにしてある。一本で、約一刻(30分)ほど浮かせていられる。予備タンクも沢山準備してある。

 

 次は人を乗せて飛ぶ事も出来るだろう。このぶんならガスもすぐ普及できそうだ。気球とガスの実験は無事に成功した。

 

 気球の球皮には……。

 

『平和な世界を北郷と共に 孫権仲謀』

 

 と、大きく書かれている。蓮華が書いてくれた。

 

 そのまま二人で車の上に乗り牛で引いて宣伝する。地面から気球の天辺までの高さは約八丈(約18.4m)周りから民達が集まり、車の上の俺と蓮華が手を振ると歓声が巻き起こる。

 

「天の御遣い様ーーっ!」「ばんざーい!」「孫権様、婚約おめでとうございますー!」

「空を飛んでるー」「あれは一体?」「子宝に恵まれるかも知れない。祈っておこう!」

 

 なんか変な歓声も混じっているような……蓮華が赤くなってるし。

 

「ハニー♪」ギュ

「ん?」

「んっ」

 

 手を握ってきた蓮華に驚いて振り返ったらいきなりキスされた。

 

「おおおおォォーーーーっ!」「ばんざーい! ばんざーい!」

 

 それを見た観客達の大歓声が響き渡る……。

 

「蓮華。やるじゃない♪ ねっ? 冥り……」

「蓮華様……ぎりっ」

「はわわ……こ、こわいよ~(ブルブル)」

 

ちりん。「ご主人様……蓮華様、羨ましいです……」サッ

 

 冥琳が鋭い目で俺の方をじっと見詰めてる。あと、思春の視線が……また隠れて俺を見守ってるのか。

 

 こうして気球を使った宣伝で、瞬く間に民達に俺と蓮華の仲は広がり(色んな意味で)呉は完全に北郷の一部となった……。

 

 

 建業での宣伝を終えた俺達は揚州、寿春まで引いてある鉄道を使い鄴へ戻る。橋が架けられないところもあるので船も乗り継ぐが、基本的に寝ていても進むので早い。

 

 俺と真桜、凪、沙和以外の人間は、初めて乗る蒸気機関車に驚き興奮している。

 

「すごいすごーい♪ 小屋ごと運ぶなんて! 揺れないし快適~♪ しかも馬より速ーい」

 

 なるほど……現代人の俺には考えも付かない感想だな……小屋ごとか。確かに雪蓮の言う通り!

 

「これが鉄の道の正体か。これなら寝ながらでも移動でき兵士に疲れがたまらないな」

 

「冥琳たら……軍師の感想なんか言って。ハニーに呆れられるわよ? ~♪ ~♪」

 

 まあ、冥琳もずっと気になってたんだろうな。蓮華は落ち着いたふりしてるけど、レールの繋ぎ目で鳴るガタンゴトンという音に合わせて首が微妙に動いている。可愛すぎる。

 

「すごいもんじゃのう。酒を飲みながら旅が出来るとは。長生きはするもんじゃ」

 

「祭さま~。だからって飲みすぎはいけません! ご主人様に穏がおこられます~うぅ」

 

 余り飲み過ぎないようにって穏に祭の見張りを頼んだけど……無理みたいだね!

 

「亞莎さん、平気ですか? 具合が悪いのでしたら、窓際の私の席とかわりましょうか?」

 

「平気です、雛里様。ただ余りにも凄くて……天の国の乗り物、感動です!」

「くす♪ 私も感動しています」

 

 亞莎は雛里と仲良くなったみたいだな。なんとなく、頑張ります! てのが似てるし。

 

ちりん。「ご主人様……」

「わっ! なにかな、思春?」

「お呼びしたかっただけです」サッ

 

 思春は突然現われて俺の顔を見て微笑むと、顔を赤くして姿を消す。赤壁からはあの調子だ。頭にねこみみっぽい髪飾り、首に鈴が付いた首輪を着けて、ずっと影から俺を赤い顔で見守っている……可愛いんだけど、一体何故……華琳かな?

 

ギュッ

「何ですか? ご主人様♪ お茶ですか? お菓子ですか? それとも華」

「うわ!?」

「きゃっ!」

 

 心を読まれた!? 華琳が後ろから俺に抱き付いて、いつものセリフを始める。気が動転して振り返ると自然と抱き合う形に、

 

「かぷ♪」!?「……ご主人様。華琳殿に一体何を……説明を求めます!」

 

「えーと」

 

 すると今度は愛紗に噛み付かれた後、抱き付かれて、言い訳を考えていると、

 

ダダダダダッ

「華琳様! 今悲鳴が……お楽しみでしたか」

 

ダダダダダッ

「お邪魔しましたっ!」「ちょ、春蘭!」

 

 春蘭が駆け込んできて俺達三人が抱き合っているのを見られてしまう。赤い顔の春蘭が逃げていくのを誤解を解こうと呼び止めるが、

 

 

「……姉者も一緒に加われば良かったではないか」

 

「むむ……恥かしかったのだ」

 

 秋蘭の待つ席へと戻ってしまった。その席から、照れる姉者は可愛いなぁと聞こえる。

 

「きかんしゃってとっても楽だねー♪ 早く大陸全部につながれば良いのにー」

 

「そうね。これなら巡業も楽ね」

 

「やっぱり、ちぃ達の御遣い様は最高ね!」

 

 天地人☆しすたぁずにも好評っと。

 

「あん時は客車がまだやったから煙かったけど、今回は快適な旅やろ?」

 

「うん。これは凄いな。真桜のことはご主人様も褒めていたぞ。私も友人として嬉しい」

 

「うんうん♪ 沙和ももっと頑張ってご主人様の考えた布で可愛い服をつくるのー♪」

 

 真桜、凪、沙和はいつも仲良しだな。ちょっと声をかけてこよう。

 

「三人ともお疲れ様。大活躍だったね」

 

「沙和。ご主人様に褒められて、感激なの!」

「ご、ご主人様! あ、ありがとうございます!」

「大将! 見とってくれてたんですねっ」

 

 三人とも凄く頑張ってるからね。と伝えると、とても良い返事と笑顔だった。

 

……

 

「たいしょーいつもウチらの事、気にしてくれとるんやね♪ 嬉しいわー♪」

「たいしょー? なにか……」

「懐かしい響きなの~たいしょー、たいちょ?

「「!?」」

「なんでだろー?」

「「……」」

 

……

 

「蒸気機関車……優雅ですわ。お茶を飲みながら景色が流れていくのを見て旅をする」

 

「本当ですね、麗羽様。これが大陸中に引かれれば、体の弱い人でも遠くにいけますね」

 

「ええ♪」

 

「アニキって、ホント凄いよなぁ。民の収入になってしかも色々役に立つんだから」

 

「ご主人様が凄いのは当然ですわ♪」

 

 麗羽達も三人でお茶なんかして楽しそうだ。

 

 さて……俺は華琳と愛紗に両腕を引かれて一番後ろの寝台車へ……おやすみなさい。

 

ちりん。「……私もお供します」サッ

ガチャリ

 

 

鄴城近く 鉄道基地 終点駅 鄴

 

 俺達は一旦、本拠地である鄴に戻った。

 

 鄴は全ての鉄道の集合地点であり、領地内の大きな拠点には既にレールが単線ではあるがほとんど敷かれている。河が大きすぎる為、橋の架設が進んでいないので、運河と蒸気船をうまく使い、乗り継ぎ出来るようにしている。

 

タタタタタタッ

「御主人様! おかえりなさいませっ!」

「ご主人様、お帰りをお待ちしておりました」

 

 機関車が駅に着くと、桂花と稟が走って俺を出迎えてくれる。

 

「お兄様、お姉様、お帰りなのじゃ!」

「ご主人様~美羽様は良い子にしてましたー♪」

 

 続いて美羽と七乃も笑顔で腕を振り駆け寄ってくる。

 

「ただいま! みんな留守番ありがとう」

「ただいま戻りましたわ、美羽さん。ふふ」

 

 だから俺と麗羽も笑顔で大きく手を振り返す。やがて、

 

ピーーーーッ! シュー ジリリリーン ガシャッ

「この駅は~終点~鄴~。終点~鄴~。お忘れ物の無いようにお願い致します」

 

「師匠~稟さん~私がんばりましたぁーぐすっ」

 

「雛里ー! 良く頑張ったわ!」

「さすが雛里。私達の誇る最強の軍略家。見事です」

 

 機関車が止まり皆が駅へと降り始めると、仲の良い軍師同士が抱き合って喜んでいる。稟もなにげに鼻が赤いな。

 

鄴城 玉座の間

 

/一刀視点

 

「桂花、劉備に話し合いをしたいと書簡を送って欲しい。情報の方も頼む」

 

「御意!」

 

「真桜、水龍砲は一部を船に残して車に乗せ、街の消防用の予定で計画を進めて」

 

「はいな!」

 

「秋蘭、衝角は取り外して保管、蒸気機関を乗せた船は蒸気船に改装する準備を」

 

「御意!」

 

「愛紗、雪蓮の武器について考えがある。いつもの鍛冶屋を呼んで欲しい」

 

「はい!」

 

 船団より先に鄴城に着いた俺は、今後の予定を皆に指示して仕事に取りかかる。

 

「ハニー、忙しいところをすまない。あの水を噴出す絡繰は武器ではないのか?」

 

「ん? ああ、俺達の世界では火事の消火や、暴動鎮圧なんかに使われていたんだ」

 

 冥琳が俺の指示を聞いて質問してくる。軍師の性だろう。穏も亞莎も窺っている。

 

「機関車は凄く便利でしたけど~。お金をかけ過ぎではないでしょうか~」

 

「あれは戦の為だけじゃない。大陸が平和になれば民達や荷物を運び、鉄道沿いの街を発展させる事が出来る。今は一本だけど、往復できるようにもう一本増やしたり、橋を架けたり、穴を掘ったりして仕事も増える。それが民の収入にもなる」

 

 

 確かに今のままでは見返りが少なく赤字だが、平和になれば会議とかで集まる時にも便利だし、大公共事業としての柱にするにはこれしかないと思う。平和になれば兵士の仕事だって減る。軍需が減って、物価も下がる事が予想される。そのためにも先にやれる事はしないと。

 

「御遣い様は、何故そんな先まで見ているのですか?」

 

「後悔したくないからかな。全てを失う事があっても、精一杯やったと誇れるように」

 

 亞莎が尊敬の眼差しで俺を見ているけど。正直、自己満足だと思う。

 

 始まりの外史で、何も出来ずに流されて過ごしていた俺。いざ失う事になると後悔ばかりが浮かび、この世界では信じてくれた人に報いようと、考え付く事を全てやってきたつもりだ。

 

「ハニー……」

「……ご主人様」

「……御遣い様」

 

 なんか暗くなってしまったな……よし!

 

「三人ともこっち来て!」

 

 俺は三人を厨房に連れて行く。そして台所の蛇口を捻ってみせる。

 

キュッキュッ ジャー

「!? これは」

「わ~水が勝手に出るんですか~」

「……凄いです」

 

「城の屋根に貯水槽を作って、そこに地下や河からポンプで汲み上げた水を貯めておく。栓を開けると、水が下に流れる力を利用して、ここから水が出る仕組みになってるんだ。これでお風呂も料理も楽になるだろ?」

 

 よし。暗い空気は消えたようだ。三人は蛇口を開けたり閉めたりして、確かめている。大好評なようで少し優越感。俺の手柄じゃないのは分かっているけどね。

 

 ……なんか穏がくねくねしてるな。気付かれない内に逃げておこう……。

 

……

 

 それから幾度となく蜀に書状を送るが、劉備からの返事は、少し待って欲しい。それだけ。

 

 涼州連合は、月と詠、翠がこちらに来るそうだし、あとは南蛮の報告待ちと劉備との話し合い。焦る必要は無い。劉備が圧政をするわけが無いし、桔梗が何とかしてくれる。

 

 そう信じて待ちたい。考え方の相違が気になるが。それこそ話し合いだろうし。

 

 だが俺には時間がなかった……。

 

 救った命の代償……それはもう、すぐそこまで迫っていたのだから……。

 

 

おまけ

 

拠点 恋08風03季衣02流琉02明命01

 

南蛮 南蛮大王孟獲の根城

 

『南蛮の勇者? 巫女様? 猫神様? でも一番偉いのはやっぱり御遣い様?』

 

/語り視点

 

「初めまして、孟獲様。北郷の使者、程昱と申します」

 

「遠いところを、よくきたのにゃっ! みぃが」

 

「なんっ!」

「ばんっ!」

「……だい~」

「おーっ!」

「もーっ!」

「か、く~むにゃむにゃ」

 

「じょーっ!」「にゃ!」「にょ!」「ふぁぁ~にゃん」

 

 孟獲がお供を三人連れて風達を出迎える。そして自己紹介で自分の凄さを見せ付けようとして見事……成功したらしい。ずれまくっていて良く分からないが。恋には好評の様子。

 

「……かわいい」「にゃ!」

「はぅわ! お猫様の格好をした可愛い方が一杯ですっ!」

 

「流琉。ボクもあの服着てみたい」

「季衣……実は私も」

 

「おお! これはこれは……」

 

 効果は様々だが、孟獲は満足したようだ。風がその間になにかを考え、

 

「……ぐぅ」

 

「こらー! みぃさまに挨拶にきて、いきなり寝るとは失礼にょ!」

 

 すやすやと眠る風にミケが怒るが、

 

「おうおう! 風は寝たんじゃないぜ。天の御遣い様からのお告げを伝える為に瞑想してるんだぜっと。俺は宝譿。巫女と御遣い様をつなぐ小粋な妖精さ」

 

「おおー! すごいじょー!!」

 

 いきなり話しだした宝譿に、孟獲は興味津々で目を輝かせる。

 

 

「……おぉ! 来ました! ……これがお告げです」

 

「ふみゅふみゅ、にゃにゃかい~まけたらーお~わ~り~? にゃんの事にゃ?」

 

「大王しゃまー。多分、北から攻めて来た蜀の事にょ」

 

「だいおー! 昨日も負けてもう二回にゃ」

「ふぁぁ~眠いにゃん」

 

 風が起きてあの手紙を渡す。それを全く不思議に思わず受け取り読み始める孟獲。どうやら頭は余り良くないようだ。ミケとトラが状況を説明する。シャムは寝る。

 

「大丈夫なのにゃ! しばらくここに居て、みぃの強さを見ているといいじょ」

 

 風達にそう言い残して三回目の戦いに出発する孟獲達。その滞在の間に恋達は南蛮兵と仲良くなっていく。クロはその不思議な力で魅了し、恋はクロの主人という事と、その圧倒的な強さで神様と畏怖された。季衣も強さで尊敬され、流琉は美味しい料理で心を掴む。風は宝譿を使って、巫女として相談に乗り、明命はデレデレになって南蛮兵に夢中だ。

 

 そして一週間。南蛮兵の服を着て溶け込んだ感のある風達に孟獲が相談に訪れる。

 

「……もう六回負けたのにゃ……このままではみぃは終わりにゃ~! どうすればいいじょー……」

 

 精も根も尽き果てたのか。ギリギリなのか。風に悩みを相談する孟獲。北郷一刀の手紙がじりじり効いて来た様だ。おわりを死ぬ事と思ったらしい。策士、風の狙いどうりに……。

 

「……ぐぅ」

「おおー! お告げにゃ!?」

「……来ました。北郷に降り、勇者に助けを求めよ。さすれば、南蛮に永き平和が訪れるであろう……と、出たのです~」

 

「わかったじょ! みぃの真名は美以にゃ。天の御遣いに降参するから助けて欲しいじょ」

 

「……たすける」

「美以様達は私が守りますっ!」

「ボク達に任せて!」

「お仕事ですね」

 

「にゃにゃー」「大王しゃま、猫神様も助けてくれるみたいにょ!」

 

……

 

その頃 南蛮の北部 蜀軍営

 

「諸葛亮様! 涼州連合が北郷に降ったという情報がっ!」

 

「すぐに成都に戻って対策を立てないと……白蓮さん、焔耶さん、南蛮との戦い、後はお願いできますか? 多分、孟獲ちゃんは後一回くらいで諦めると思います」

 

 伝令が諸葛亮の考えていた最悪の結果を告げる。主君が心配な彼女は成都に戻る事を決断し、六回にわたって戦い、最近戦意が落ちてきた南蛮兵を公孫賛達に任せる。

 

「ああ、任せてくれ。罠も十分設置したし、敵の戦力も、もう大した事はないしな」

 

「桃香様に喜んで頂くためにも全力でやらせてもらいます! 任せてください」

 

 諸葛亮の斥候も、南蛮の服を着て楽しそうに生活する恋達に気が付かない。特に明命が良いカモフラージュになっていた。デレデレで……もはや周泰ではなく醜態である。

 

 諸葛亮は戻ってしまう。蜀には軍師が彼女ひとりしかいない為に……。はやく主の許にと帰路を急ぐ。もうひとり軍師がいれば南蛮は征伐出来たかも知れない。

 

 

蜀軍VS南蛮軍+南蛮兵の服を着た北郷軍の武将、知将

 

 風が指揮をし、明命が南蛮兵を守るため、罠を片っ端から解除して行く。

 

「さぁ、風達のお仕事の時間なのです」

「お猫様を苛める罠、許しませんっ!」

 

 恋、季衣、流琉は南蛮兵の服を着れば、全く違和感なく溶け込み蜀軍を翻弄する。

 

「……ごしゅじんさまのため」

「この服持って帰ってご主人様に見せたいな~♪ ね? 流琉」

 

「う、うん。それでニャンニャンって甘えてそれで……(妄想中)」

「……流琉? お~い……」

 

 クロは蜀軍の動きを偵察して、北郷でも数少ないクロと話の出来る風に報告する。風も勿論。南蛮ルックでアメを軍配がわりに揮い、恋達が率いる南蛮軍を動かす。

 

「これでご主人様の好感度、急上昇なのですー♪ 親友といえど愛は戦いなのです。稟ちゃん、今度はお兄さんを……?(お兄さん? なぜか懐かしいのです……)」

 

 こうして、凄まじい逆襲にあった蜀軍は退却を余儀なくされる。軍営まで打ち壊され、逃げる先に伏兵が追い討ちをかける。風、やると決めたら手加減を知らない知将である。

 

「な、なんだ~なんで急に強く……とにかく退却だ。まだ伏兵がいるかも知れない」

 

「くぅ~桃香様になんと報告すれば……赤くて角がある奴が強すぎる。あと少しだったのに退却するしかないなんてっ!」

 

 困惑する公孫賛と、悔しさに唇を強く噛み締める魏延。戦いは南蛮軍の勝利に終わった。

 

「お告げのおかげでみぃの命も助かったじょっ! 天の御遣い様に挨拶に行きたいにゃ」

 

「わかりました。風達と一緒に鄴に行きましょうー」

「……いっしょにいく」「にゃ~♪」

 

 美以は貢物を沢山持って風達と一緒に鄴に向かう事となり、風は仮住まいである神社の祭壇に御神体にと、予備の宝譿(何体いるかは不明)を安置する。南蛮風神社と言うらしい……。

 

「だいおー、いってらっしゃいにゃ!」

「大王しゃまー、お土産まってるにょー!」

「ふあぁぁ……むにゃむにゃ。シャムもお告げができそうにゃん」

 

 その後、シャムが宝譿を頭に乗せて神社の巫女になったとかカニになったとか……。

 

「んんー、あと50年……」

 

 

おまけ

 

拠点 麗羽06華琳02

 

鄴城 華琳私室

 

『華琳の詩、志在千里』

 

/語り視点

 

「華琳さん。こんな感じでどうかしら?」

 

「……なかなか上手くなってきたわね。麗羽はやる気になると結構凄いじゃない」

 

 現在、麗羽は華琳にお茶の淹れ方を習っている。華琳の作ったお茶菓子を優雅に並べ、二人のお嬢様がお茶の話に花を咲かせながら、にこやかに午後のひとときを過ごす。

 

「ひとこと余計でしてよ……あらこれは? 志在千里……詩ですの?」

 

「あ、それね。ええ。貴女も記憶があるから分かると思うけど、私が前に見た夢でご主人様を求める願いを詩にしてみたの。想いが届くようにってね」

 

 麗羽が机の上の詩を見付け読み始める。華琳も北郷一刀に見せる物なので別に動じる事も無く、あの時みた夢に想いを馳せながら詩についての説明をする。

 

サラサラ

「そうでしたの……」

 

「……ちょっと! 麗羽!」

 

 華琳が思いふけっている間に麗羽は詩を書いた紙になにかを書きこんでいる。麗羽も名家で厳しい作法や勉学を習熟した一流の君主。詩についても造詣が深く、華琳は焦る。

 

「分かりにくかったので、意訳してみましたの。まだ清書していないようでしたから別によろしいでしょう?」

 

「……まあ、いいけど」

「良い詩ですわね♪」

 

「ありがとっ♪」

「ご主人様への想いがしっかりと込められてますわ」

 

 そんなやり取りの後、麗羽が華琳に宛名と意訳まで書き終わった物を見せると……。

 

 

「我ながらベタ惚れよ……まあ二回も負けたんですもの。一回目は命を助けられて器の大きさで負け、今回は正々堂々、戦で負け。そしてその器の中で私に手を貸してくれなんて……でも、ご主人様に渡すときには、戦場で散った恋人を想う少女の詩ってことにして渡すわ。歌姫用の詩も頼まれていたし、さすがに恥かしいもの」

 

 と、恥かしそうに真情を吐露する。

 

「あら、勿体無いですわ。これをこのまま見せれば、きっと喜んでくださいますのに」

 

 照れ笑いをする華琳に対して、麗羽はもっと積極的にいけばいいと親友を応援する。

 

「いいのよ。私はご主人様の腕の中に帰ってこれた。今凄く幸せなの。毎日が輝くほど。友人も沢山できたし、貴女ともまた仲良くなれたじゃない」

 

「華琳さん……なんて健気ですの! ぐす……」ヒシッ

 

 多くを望まないという華琳の態度に感激した麗羽は、その体を強く抱き締める。

 

「ちょ、ちょっと麗羽! 苦しいわ。全く……涙もろいのは相変わらずね」

 

「たった今、なにがなんでもこの詩を意訳つきでご主人様に見せたくなりましたの!」

 

 そして華琳にとって、非常に不味い暴走をし出す……。

 

「駄目よ! そんな恥かしい……麗羽かえしなさーい!」ぴょん

「あら」ひらり

 

「あぅ」ぴょん

「まあまあ」ひらり

 

「こらぁー!」ぴょん

「ふふふ、照れた華琳さん。とっても可愛いですわ♪」ひらり

 

 麗羽がその身長を活かして、詩を頭の上に掲げる。華琳はぴょんぴょん飛び跳ねてそれを奪い返そうとするが……ひらりひらりと麗羽にかわされ届かない。顔を真っ赤にしてかなり焦っているようだ。

 

 曹操にこんな事が出来るのは、大陸広しと言えど袁本初くらいしかいないだろう……。

 

 華琳の素早い動きにも持ち前の強運でかわし続ける麗羽。そこへ……。

 

「おっ、二人とも仲良さそうだな~。んっ? 麗羽それはなに?」

 

 噂をすれば影。北郷一刀本人が現われる。更に焦る華琳、すでに涙目だ。

 

「な、なんでもありませんわ。華琳さんと遊んでおりましたの」

 

「そうなんです! ご主人様、華琳達はいっつも仲良しなんです♪」

 

 涙目の華琳が可哀相でとりあえず詩を隠す麗羽。すぐに笑顔になり話を合わせる華琳。この麗羽は空気が読める……。

 

 

「ならいいけど。じゃあ、これを……はい、どうぞ」

 

 コトンと白い泡のような物が盛られた皿を机の上に置く一刀。

 

「ご主人様、これはなんですの?」

 

「生クリームっていってね。バターを作るときの乳脂肪の塊を泡立てると出来るんだ。砂糖で甘くしてるから試してみてよ。んっ、甘い」

 

 麗羽の質問に軽く説明してから指ですくい、ぺろっとクリームを舐める一刀。

 

「生くりぃむ……! ん、美味しい」

「私も……ん、適度に甘くてまろやかですわ」

 

 真似をして舐めてみる二人、やはり女の子を魅了するクリームの味に驚きを隠せない。

 

「俺の国ではお菓子に盛り付けたり飲み物に入れて飲んだりするんだ。全部置いていくから色々試して結果を教えてくれる? 二人は舌が確かだからね」

 

 一刀はそれだけ言うと部屋から出て行く。いつも忙しそうだが、こうやって短いながらも頻繁に声をかけてくれる。二人にはそれが嬉しい。

 

「一緒にお茶を飲みたかったですわね。お疲れのようでしたし」

 

「しょうがないわ。私も手伝っているけど、昼間は全然休みが無いもの。確か、いまから劉備への使者と書状の準備よ。全く、劉備は話し合う気があるのかしら。何度もご主人様が使者を送っているのに。もう少し待って欲しいの一点張りで」

 

 自分達の主が出て行った後、麗羽は彼を心配し、華琳は劉備に怒りをぶつける。

 

「勢力差は十倍近く。一気に押し潰せますけど、ご主人様は劉備との話し合いに拘っているようですわね。話し合えば絶対に分かり合えると」

 

「劉備も戦いが嫌って言うのなら、何故ご主人様と話し合わないのかしら。同じ平和を目指しているのに……劉備は私が見たところ優れた英傑の器だった筈。ただ……」

 

 麗羽は現状を説明し、華琳は劉備に付いて自分の考えを述べる。だが何かに思い至る。

 

「とりあえずご主人様の判断にお任せして、生くりぃむを試しましょう。お茶も冷めてしまいますわ」

 

「……そうね。ご主人様の作った生くりぃむで、もう一度お茶を楽しみましょう」

 

 二人で色々な種類のお茶を淹れ、生クリームを入れては飲んでみる。お茶菓子にも少し付けて味を確かめたり……やがて、ふたりが顔を上げると……。

 

 

「ぷっ、麗羽。なにその顔。鼻の頭に生くりぃむが付いてるわよ。くくくっ」

 

「ふふふ。そう言う華琳さんも口の回りにべったり……小さな子供のようですわ」

 

 夢中になりすぎて顔にくりぃむがついていた二人はその顔を見て互いに笑い合う。

 

「あーおっかしい。麗羽。アレをやってみてもいいかしら?」

 

「アレですの? 久しぶりですから上手く出来ますかしら?」

 

「「おーっほっほっほ!」」

 

「……プッ」「……フフッ」

 

 麗羽がいつも使っていた高笑い。馬鹿馬鹿しくて爽快な、そんな気分。

 

「あははっ、結構すっきりするじゃない♪」

 

「もう! 華琳さんたら。私は付き合っただけですのよ? ご主人様に止めた方が良いと言われたのですから、もうしませんわよ? ふふふ♪(サラサラ)」

 

 一頻り笑った後、麗羽は北郷一刀に習った、親しい人との付き合い方を試してみようと親友に提案する。何故か窓を開け放ちながら……長い髪が風に乗り外の方へ流れて乱れる。

 

「華琳さん。ご主人様が仰っていた『裸のお付き合い』でもいかがかしら? くりぃむも落としませんと」

 

「いいわね、汗もかいたし。じゃあ仲良く行きましょうか。髪も私が直してあげるわ♪」

 

 ふたりはすっかり詩の事を忘れて湯殿に向かう。仲が良いのは良いけれど……麗羽の強運は思わぬ所で発動する。開き放しの窓と、しまい忘れた詩の紙……二人が部屋を出て麗羽が扉を締めた瞬間。

 

パタン フワリ

 

 図ったようなタイミングで紙がふわりと窓の外へ……ふわりふわり……風に流され焼却所に……落ちる。

 

……

 

「む……この紙は? 詩ですか……ぐす、うぅ……な、なんと切ない詩なのでしょう。華琳殿の詩……ご主人様への想い。これは素晴らしい! ……でも何故、焼却所に? ……きっと恥かしくて渡せず捨ててしまおうと……これは机に戻して。また捨てるといけませんから写した方をご主人様に。……この想い、詩! 私が届けましょう!」

 

 偶然、大切な書類を捨ててしまい、焼却所を漁っていた稟が詩の紙を発見してしまう。あらゆる『うた』が大好きな稟は、詩の内容に心打たれ、もう一度考え直して欲しいと、紙を華琳の部屋の机に戻したものの、また捨てるのではと危惧し、宛名、署名は勿論、麗羽の意訳まで完全に写して……かってない使命感と共に北郷一刀の元へ。

 

……

 

 その後、宛名を消して意訳も省き、新しく書きなおした詩を持って行くと、北郷一刀はとても嬉しそうだった。

 

 華琳が首を傾げると、稟がとても良い笑顔で理由を話す。

 

「思い直してくれたのですね……これで詩も喜びます。実は……」

 

「……」ボフン「あ”――! り、稟……あなた、なんて事を~」

 

 華琳は顔をこれ以上ないくらい真っ赤にして身悶え、

 

「あらあら、華琳さんたら。お顔がまっかっかのかでしてよ♪(サラサラ)」

「ふふっ♪」

 

 麗羽は楽しそうに笑う。ご主人様に華琳の想いが伝わって良かったと。稟も祝福するように微笑む。

 

 やはり麗羽の強運は侮れない……相手の都合の悪い事にその力を発揮する。だが、今回は良い方に働いたのだろうか……?

 

 歌の内容は、恋姫†無双 真・北郷√付録 白華琳の詩を見て下さい! 華琳が見せようと思ったのは歌詞だけ、見られたのは宛名、意訳込みという話です。

(作品説明の右下、前の作品>> をクリックで行けます)

 

 

おまけ

 

拠点 猪々子04斗詩04

 

鄴城 斗詩の私室

 

『腐れ縁』

 

/斗詩視点

 

「それにしても、麗羽様に二回も仕える事になるなんてね。最初は混乱したよぉ」

 

「だなぁー。でも嫌じゃないんだ。なんだかんだいって、いつも頼りにしてくれるし」

 

 文ちゃんと二人で、最近浮かんでくる前の世界の記憶について話をする。

 

「アニキに最初会った時も、なんかおかしかったんだよなー。今考えるとさ」

 

「私は分からなかったなー。麗羽様は急におかしくなってたけど」

 

「あー確かに」

 

 ご主人様に会う前からも、今思い返すと麗羽様の雰囲気は少し違っていた。前の世界と比べると麗羽様は時折辛そうな顔をするようになっていたと思う。なにかを後悔するように。そしてそれでも変わらない現実を嘆くように。

 

「あの頃から麗羽様、優しい顔するようになったよね。民達にも凄く優しいし」

 

「うんうん。アタイが頑張ってると、猪々子さん、貴女の成長は私の誇りですわ。って褒めてくれたりしてさ。でも麗羽様も夜遅くまで頑張ってるんだぜ」

 

「うん、麗羽様、がんばってるよね」

 

 それも知ってる。麗羽様は、孫子・呉子・尉繚子・六韜・三略・司馬法・李衛公問対の武経七書と九章算術、呂氏春秋、山海経、他にも経済書と民政書を勉強していた。華琳さんの書いた孟徳新書も取り寄せて、最近では一緒に色々勉強してるみたい。

 

「アタイも頑張ってるけどさー。麗羽様見てるともっともっとって思うんだ」

 

「うん。私も取り残されないように頑張る。麗羽様についていけるように」

 

 麗羽様の願いがもうすぐ叶う。なら私達が出来る事は全てやる。

 

「あとはアニキにどうやって近付くかだよな~。最近押しが強いのが増えたし……」

 

「そうだねー愛紗さんが最初に甘えてたのは、この事態を知ってたからだね……きっと」

 

 さすがに付き合いが長いなー。気が付くといつもご主人様の側にいるし。

 

「まだまだーーっ! アタイ達の恋はこれから、イチかバチかあたって砕けろだぜ!」

 

「もー文ちゃん、砕けちゃ駄目だよ~。ふふ。でも諦めないで行こうね」

 

「応っ!」

 

 また文ちゃんと仲良く話ができる。麗羽様とも。私はとっても幸せだと思う。だって他人から見れば腐れ縁かもしれないけど……私には大切な絆だもの♪

 

 

おまけ

 

拠点 桂花06稟03

 

鄴城 中庭

 

『荀彧 文若』

 

/桂花視点

 

「あのクルクル女! 帰ってきたらこの穴に落としてやるんだから! みてなさいっ!」

 

 私はあの女が大嫌いだった。御主人様に馴れ馴れしくて……私の気持ちがささくれ立つのがわかる。心の奥に何かが引っかかる。秘めた想いが……。

 

「このくらいでいいかしら? 誰も見ていないようだし。後は蛙と蛇を……!」

 

 完全犯罪ねっ! と、周りを見渡すと……少し夢中になりすぎたみたい。穴が深すぎて出られなくなってしまった……。

 

 なんてことなの! はっ! これもあの女の仕業ね! きーーっ……とりあえず出なくっちゃ。

 

「……も、もうすこし……手が届いた。……う~」

ガララ

「!? きゃぁーーっ!」

ドスン

「……ぅ」

 

 もう少しで出られそうなところで手を掛けていた穴の淵が崩れて、私は頭から落ちる。こんな終わり方って……私の意識はそのまま遠くなっていった……。

 

……

 

 私はゆっくりと目を開ける。

 

「!? 痛っ」

 

 どうやら死んではいないみたい。その時、

 

『北郷は華琳様の想い人……私が好きになっちゃ駄目。嫌われなくちゃ……』

 

 今のは? 私の頭の中から声がする……。

 

『だから甘い顔を見せちゃ駄目。嫌われないと。もっともっと悪口を言って……』

 

 なんでだろう……私は悲しくないのに、涙が自然と流れ落ちる。

 

『なのにあの男は、私をへらへら笑って許すのね……万年発情男のくせにっ!』

 

 御主人様はとても優しい……道を外れそうだった私を引き戻してくれた。

 

『私は華琳様に忠誠を誓った。だから北郷は華琳様のもの。私は見ているだけでいいの』

 

 華琳……様? これはどういうことなの……?

 

『だけど北郷が消えてしまうなんて……ぐす。私の気持ちはもう……でもこれで良い』

 

 胸が痛い……もうひとりの私も御主人様を求めている。

 

「それで良いわけないじゃないっ! 私は認めないっ! 私は御主人様を愛しているのっ! クルクル女は……まぁ、同情するわ……気持ちも分からなくも無いし……」

 

 心で叫ぶ私はいつも悲しそうに泣いている。でも私は御主人様に真っ直ぐ向き合える。そして愛と忠誠を真っ直ぐに向ける事が出来る。誰にも遠慮なんてしない。

 

「好きなくせに嫌われようと心にも無い事を言うなんて! 心が曲がっているからよ! 私はそんな馬鹿な真似しないわ! あの華琳にだって今回は負けない! ふんっ!」

 

 

 私は荀文若。主君に愛してもらうためなら、どんな事だってするわ。たとえ前主君だっていまは恋敵なんだから。

 

 そうと決まれば、いつまでもこんな穴の中にはいられない。

 

「誰か~!」

 

 私は自尊心を捨てて大声で助けを呼ぶ。穴なんて生ぬるい。相手はあの華琳。この程度では勝てるわけも無いわ。最強の敵、曹操に勝つ為にも時間が惜しい!

 

「……桂花殿。一体何を?」

 

「稟! ……そうね。穴があったら入りたいほど恥かしかった。そんなところかしら?」

 

 稟が穴を覗きこんで呆れているけど、私もそんな自分がおかしかった。

 

「これからが勝負よ!」

 

「桂花殿? これからとは一体……」

 

 首を傾げる稟に手を貸してもらい、

 

「稟、ありがとう」

 

 穴から出てお礼を言う。

 

 我が名は荀文若。主君に忠誠を捧げ、王佐の才を持つ軍師。御主人様を誰よりも愛していると胸を張れる。もう一人? の自分より、華琳より! そして目の前の稟よりも!

 

「貴女とも勝負ね! さあ、御主人様の為に頑張りましょうか」

 

「ええ。私も負けません!(何故でしょう……先日の華琳殿、そして今、素直な桂花殿を見ていると湧きあがるこの想いは? 負けられないと……)」

 

 稟もなにかを感じたのかしら。良い顔をしているわ。

 

 二人で城の中に戻る。御主人様と会ってから私の道は大きく拓かれた。親しい友人も沢山出来たし可愛い弟子にも出会えた。だから私は今とても充実している。御主人様のおかげで……。

 

「人が歩む道は人の道。その道を拓くのは、御主人様の……天の道」

 

「良い言葉ですね。道無き道……ご主人様が拓く道。天の御遣いの道。気に入りました」

 

 二人で笑いながら仕事を始める。私達は軍師。主君が拓いた道を固める役割。

 

 仕事を始めましょう。

 

 中編に続く

 

 


 
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