No.1025059 ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL 千鳥足、地雷原を往く2020-04-06 20:27:59 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:751 閲覧ユーザー数:751 |
新地球歴三〇年 七月三一日 〇五四一時
とある荒野
朝焼けの光が差し込む場所があった。
見渡す限り一面の平野だが、そこかしこに砲弾が炸裂して出来たクレーターやゾイドの残骸が転がっている。
戦場跡だ。それもところどころがまだ燻っているほどに新しいもの。
生存し動くものはなにも無い。あるのは風に揺れる煙と、朝焼けに照らされた雲、少しずつ登っていく陽光――。
しかしそこで一つの変化が起きた。荒野に突き立つサボテンのような影が不意に震え、そしてその身を引き抜かれるように迫り上げたのだ。
土砂をかき分けて姿を現すのは、サソリの姿をした一体のゾイド。灰色の装甲と緑のバイザーを身につけたそれは、帝国軍のスコーピアだ。
周囲を見渡すスコーピアの背では、操縦席の防護スクリーンが収納されてライダーが身を乗り出している。鼻が大きく、しょぼついた目をした短躯の男だ。
「はあ……一晩の間にとんでもねえことになっちまったべな」
訛りの強い独り言を発する彼の胸元には、首から提げたドッグタグがある。『ボラン・バボン 一等兵』と刻まれたものだ。
歩兵部隊の部隊章ワッペンを耐Bスーツに貼り付けた彼は、頭を掻きながら周囲を見渡し何かを見つけた。途端に顔をしかめ、
「うわあ……地雷まで撒かれてるっぺ……」
姿を現したスコーピアの傍らには、先端から地面に突き刺さったミサイルの残骸があった。骨だけになった傘のように広がり、内部にあった何かをばらまいた後のようだ。
ボランは知っている。これは帝国軍の地雷散布用ミサイルで、ばらまかれた対人地雷がすでに周囲に展開している証拠だ。地雷は自動的に地中に潜る機能があり、ボランが見渡してもそれらしき影が見えない。
しかし運が良かったのは、ボランには相棒となるスコーピアがいることだ。対人地雷は金属の巨体を持つゾイドにはさほど効かない。しかも脚が細く接地面積の少ないスコーピアなら、地雷を踏む危険性も少ない。
運が悪い点を上げるならそれは一つ。
「オラ達だけになっちまったなあ、スピ公」
スコーピアの尾の先には、ゾイド本来の毒を注入するためのポイズンスピアと、その両脇に取り付けられた火器。ボランは歩兵部隊にこのスコーピアを随伴させ、搭載した火器で支援をする役目だったのだ。
だがその仲間達はいなくなってしまったようだ。
「……帰るべなあ、スピ公。オラ達は生きてるんだもんなあ」
生き延びてしまったのは今回に限った話ではない。このスコーピアを任せられて以来、ボランはそのお陰かこのような場面を幾度となく過ごしてきた。
慣れた手つきでボランはコクピットのトランク部から日差しを跳ね返すサーマルシートを取り出してポイズンスピアの先に引っかけ、端をスコーピアに投げ渡す。スコーピアがハサミでそれをつまめば、ボランにとっては操縦席を覆うテント、スコーピアにとっては日差しをよけるフードとなる。
救難信号もオンにして、ボランはコクピットの縁に脚をかけ寝転がる。いちいち悲しむには、ボランの精神は摩耗しきっていた。
その日その時生きていればそれで良い。そんな一人と一体は夏の朝日へ向けて歩き出した。
帝国領へ……。長い道のりが始まる。
ともあれ、事なかれをよしとするボランの旅路はそのままであれば何事も無く終わるはずであった。
だが彼らは、荒野に転がった一つの残骸にたどり着くことになる。一際強い黒煙を上げるそれは、
「カブターだべな……」
食糧に含まれていたヌガーバーをくわえていたボランは、墜落した残骸を見て機種を特定する。
カブトムシ種の飛行ゾイド、カブターのものだ。扱いやすい昆虫種故に官民問わず用いられている。翼の残骸に国籍マークも無いところを見るに、実際に民間機なのだろう。
旅客機にするにはペイロードも少ない機体だろうに、なぜ。そう思いつつ、ボランはスコーピアにその隣を通過させようとした。
「……た、助け……」
遠慮がちなそんな声が聞き取れたのは、周囲にほとんど音が無い環境だったからだろうか。それでもなお先に気づいたのはスコーピアであり、ボランはぼんやりとしていただけだった。
「誰か呼んだべか?」
日除けからボランが顔を覗かせると、カブターの残骸に何者かが隠れた。取って食いやしないのに失礼だべなあとボランは思いつつ、スコーピアを残骸に接近させる。
そして、脱落した羽の陰に人影を認める。汚れた私服にボロ布をマントとして羽織った、細面の女だ。フードのように被った布の隙間からは金髪がこぼれている。
「てっ、帝国軍……!」
女はうろたえていた。スコーピアが近づくまで国籍マークが見えなかったからか。一方でボランは多少驚きはしたがのんきな口調で、
「はあ、おめえさんは兵隊じゃねえべな……」
女の風体を見回し、ボランは呟く。その視線に値踏みされたとでも感じたか、女は口元を引き締めた。
だがボランは気にしない。自分のような男にはよく向けられる態度だという諦観があった。
「地雷原飛び越えようとして墜落したんだべ? オラ達は帝国領に戻るけれど、そっちに行くのでいいなら乗ってっか?」
問われ、女は迷っているようだった。ボラン個人か、帝国か、あるいはその両方に何か抵抗感でも抱いているらしい。
まあそれなら仕方ねえべ、多少目覚めは悪いがと思いつつボランはスコーピアを下がらせようとする。そしてようやく女は決心した様子で、
「済みません、乗せていって下さい」
「オラは迷惑じゃねし謝るこたねえべ。乗せてくのもスピ公だべ。拝んででもやれば機嫌は取れるんでねか」
そう応じて、ボランはスコーピアの腕を伸ばす。女はそれに乗ると、コクピットがある胴体まですぐに渡ってきた。
「地雷踏んだら破片が飛んでくるかもしれねえべ、なるべくコクピットにいるべさ」
「え……。地雷、踏むんですか?」
「そりゃ踏まずに済むもんだったらそもそも使わねえべな」
女が不安そうな顔をした途端、スコーピアは一発の対人地雷を踏んだ。破裂音と共に砂煙が上がり、機体の下部を弾片や石が叩く高い金属音も響く。
「ひっ……!」
「この程度じゃスピ公はなんともねえ。
人も増えたし、飯と水が尽きる前に目的地に着けるようちょっと飛ばしていくべよ」
ボランはそう告げると、スコーピアに軽く活を入れる。八本脚をせわしなく動かし始める気配に、女は形容しがたい表情を浮かべていた。
女はアビゲイルと名乗った。
共和国と帝国の激突で待避せざるを得なかったコミューンへ、住民が帰還するための先見調査のために来たのだという。
「こみゅうんとか言うのは村とは違うっぺか?」
操縦席のトランクスペースに隠していた安酒の瓶を傾けながらボランは問いかける。
アビゲイルは幾度も地雷を踏むスコーピアに目を白黒させていたが、ボランの問いに少し視線に力を取り戻した。
「平たく言えば村であるのは変わりないです。でも私達のコミューンは、住民達が一つの意志のもとに集まって作り上げた共同体なんです」
「はあ、なんか神様でも信じてるんだべ?」
「いいえ、なにからも自由であろうというのが私達の考えです」
そう言ってアビゲイルは空を見上げた。
「大きな社会の枠組みや同調圧力から逃れて、異なる世界に生きる……。かつて私達の母星を滅ぼしておきながら未だに継続している二つの国や、いろいろな組織とは違う生き方をしようとしていたんです」
「ははあ、むつかしくてよくわかんねえべ」
さほど興味の無い様子のボランに、アビゲイルはムッとした表情を浮かべた。
「母星時代から残っているものは、一度母星を滅ぼした社会でしょう? それを継続していては、この地球も滅ぼしてしまうかもしれない。だから別の社会を作る。単純なことですよ」
アビゲイルはしみじみと自分の考えを噛みしめるように言う。だがボランの態度は変わらず、
「だったらあこんな、二つの国の間の危なっかしい場所に村作ったのはまずかったんじゃねえべ?」
「それは……私達は同志を求めていたから、多くの人がいる二つの国からほど近い場所にまず拠点を設ける必要があったんです。今回の戦いに巻き込まれたのは不本意なことで、私達は両国に抗議しようと考えています」
「はあ、言っとくけど帝国の方はあんたらがいたことなんて気にしてねえべよ」
ボランはそう言って酒を呷り、作戦前に行われたブリーフィングの内容を思い出す。
「この辺はゾイドの化石が多いもんだから、共和国と取り合いになっていて……もし共和国に占拠されたら大変だってんで、負けそうなら地雷ばらまく作戦だて言われただけだべ」
「そうやって争いを繰り返して、新しい時代の芽を摘み取ってしまうのが大国というものなのです」
「大事な芽ならちゃんと守れる場所に植えなきゃならんべ。実らせにゃならねなら尚更だべさ」
ふと叙述的なことを言うボランに、アビゲイルは目を見張った。その様子がおかしいのか、ボランはケラケラと笑う。
「オラ小さい頃は村の畑仕事の手伝いばっかしてたからそういうことはわかるだよ」
「……そこから唯々諾々と軍に入るような人に、私達のことはわかりませんよ」
「んなことねえ。オラだって好き好んでドンパチごとしてるわけじゃねだ」
ボランの声音は変わらないが、瓶を呷って顔は見えなくなった。
「それに少なくともオラは、出来もしねえことを言い出して失敗したら人のせいにするようなことはしねえだよ」
「――なんですって?」
「オラは自分がたどり着いた境遇にねちねち文句言わねってことだべ」
棘のある物言いに、アビゲイルは歯噛みした。違う、という言葉は喉から出かかっているようであったが、上手く言葉に出来ないようでもあり、心のどこかで納得してしまっているようでもあり。
「ままならね世の中でも一つでも満足したものがあれば文句なんてでねっぺ。オラには酒とスピ公がおるでな」
「そんな風に割り切れる人ばかりではありませんよ……」
「そういう人は頑張らねえといけねえべな」
またボランは瓶を呷る。何も気にしていないようなその様子に、アビゲイルは歯噛みするしかなかった。
新地球歴三〇年 七月三一日 一七〇八時
コミューン跡
半日近くスコーピアを歩かせ続けると、アビゲイルの言うコミューンは見えてきた。
夕日に照らされるのは、簡易なプレハブと自然素材による家屋が建ち並ぶ町並み。そして畑。だが、しばらく人の手が入っていないのか畑は雑草が伸び放題であり、建物は半壊しているものもある。
さらに地雷散布の痕跡もあり、アビゲイルの確認作業はスコーピアの上からということになった。村の中央通りを進み、スコーピアは畑を見渡す位置へ。
掲げられたスコーピアのハサミの上から、アビゲイルは畝を見回す。一方操縦席のボランはちらと見るだけで、
「麦、トウモロコシ……。こんだけの村が暮らすには畑がずいぶん小さいべな」
そんな呟きに、アビゲイルがちらりと目を向ける。しかしボランは気づいた様子も無く、
「水が取れる川が近くにあるんだべな。ならもっと広げねば……。育てるものももっと多く――」
「……このコミューンは私達の意志を果たすための場所なんです! 農作業ばかりしているわけにはいかないんです!」
「でも食わなきゃやっていけねえべ。こういうのを『地に足が付いていない』ってんだべなあ多分」
そう言って、飲み過ぎたのか今度は水筒を傾けるボラン。そんな気ままな姿に、アビゲイルはため息を漏らした。
「……そんなに農業にご自信があるのでしたら、いっそこのコミューンで働いてみませんか? あなたの思うままに畑を作ることが出来ますよ?」
「んなこと言ってオラのこと便利に使おうとしてるんだっぺな。そういうのはわかっちまう。
だいたい、こみゅうんとか言うのが同じこと考えてるのんの集まりだってんならオラみたいなの入れちゃダメだべ」
のらりくらり、という風情のボランにアビゲイルは返す言葉が無い。
「そんな風にして、あなたはどこにたどり着くつもりなんですか……」
「さあー。オラはスピ公の行けるところまでしか行けねえだ。オラ一人でも大して変わらね」
「そんなのでどう生きていくんです……」
「死ぬまでは生きてるんじゃねかなあ」
ボランは彼方の山脈を見ていた。夕日が沈んでいき、長い影を落とす山並みだ。とても遠く、とてもたどり着けないような。
「おめえさんみたいなのは逆に、目的地はわかってるんだべ? だったら地道に歩いて行けばいいでないか。畑と同じだべ。土を支度して、水を支度して……」
その言葉に、アビゲイルははっと目を見開いた。
「歩き続ければあんなに遠くにある山にだって……。んお? スピ公?」
ハサミにアビゲイルを乗せていたスコーピアが、不意に空を振り仰ぐ。感覚の鋭敏さはスコーピアの特性の一つなのだ。
アビゲイルを落とさぬよう腕を曲げるスコーピアに、ボランは身を乗り出す。そして視線を追えば、空から羽ばたく音が響いてきた。
「共和国軍のカブターの偵察型だっぺな……」
長大な角に前方と下方に向いたカメラを装備しているのが見て取れる。その姿はコミューンの上空をフライパスすると、遠い山脈の影を舐めるように旋回して引き返していった。
「共和国軍がこのこみゅうんのことを狙ってるんでねえか」
「えっ、何故……」
「帝国軍は地雷撒いて逃げちまったべ? 共和国はその分攻め込んでくるべさ。おめえさん達が作った建物もあるし、ここを足がかりにしようとするべよ」
「――そうなれば、ここは共和国領になってしまう……」
アビゲイルは去って行くカブターを見送る。苛立たしげな表情にボランは首を傾げる。
共和国の地となるならそれもまたよし。ボランはそう思ってしまう。だがアビゲイルには許しがたいことなのだろう。
どうしたもんだべ、とボランとスコーピアは視線を交わした。
共和国軍が接近するのはまだ先と見て、ひとまずボラン達はコミューンの一角に一泊することとした。
両国国境へ行き来するための足として、コミューンのオフロード車が納められていたガレージが無事だったのは幸いだった。
外壁の破れも無く地雷が入り込んだ形跡が無いそこで、アビゲイルはようやく体を伸ばして休むことが出来た。一方でボランとスコーピアは水を補給するために、コミューンの側を流れる川へ向かう。
ガレージには車両もあったが、当然耐爆仕様ではない。広がる地雷原を越えていけるのは、目下ボランのスコーピアのみ。それが自由に歩き回っている現状、本来アビゲイルは置いて行かれるのを警戒すべきだとボランは思う。
あるいは、この地が地雷にまみれ、共和国に狙われることで自棄になっているのか。
「よくねえべなあ。もっと気楽にすればどこでも生きられるべよ」
器用にポリタンクを摘まんで水をすくうスコーピアに、ボランは独り言のように告げる。だがこの寡黙なゾイドは顎の一つも動かさずに黙々と水を汲み続けていた。
「だども……オラ達は気楽すぎるから、どこでも長続きしねえのかもしんねけどな」
ボランは自分の過去を思う。見知らぬ景色の中で夜を明かすのは今に始まったことではない。
偶然たどり着いた場所で楽であれ辛くであれただただ過ごし、次の場所に移っていく機会があれば流されていく。
不細工の自覚があるボランが引き連れるのは我が身と身につけられるものばかり。このスコーピアと出会ってからは、自分がスコーピアの持ち物であるような気さえしていた。
いっそ自分の体でさえ誰かにくれてやりたい。ボランはそう思いながら生きてきた。だからアビゲイルのような人間には、自分の立場から言うことはあっても決して下に見ていたつもりは無い。
木っ端のような己とは違って、行くべき場所を探し、持っている彼女らのような人間が――普通の人間がボランは羨ましかった。
「今更生き方変えらんねえし仕方ねっぺなあ」
ボランのぼやきにスコーピアは素知らぬ風だ。黙って聞いているからこそつい話してしまうのかもしれない、アビゲイルが自分に対するように。ボランはそうも思った。
と、水をすくうスコーピアがハサミを震わせた。そして川下の方へチラと視線を向ける。
「……なんかおるべな?」
月明かりを反射する川面は穏やかだ。が、その下から人工の光がボンヤリと浮かび上がる。
その瞬間、ボランは背後から銃口を突きつけられた。
「――所属と階級を名乗れ」
「ひええっ」
思わず仰け反ったボランを、背後の声の主は拘束した、そしてドッグタグを探り、
「……なんだ本当に我が軍の兵じゃないか。鹵獲機かと思ったぞ。落伍か?」
声の主はすぐさまボランを解放する。スコーピアの背に飛び乗り操縦席に侵入してきたのは、ダイバースーツ姿でライフルを持った男だが、
「我々は帝国軍の特別コマンドーだ。共和国軍の動向を探るために潜入しているんだが……」
そう言う男の背後で、川から小型ゾイドが二機上陸してきた。扁平な機体形状に長い髭を備え、武装や兵員輸送スペースを背負っている。
「グソック……。特殊部隊が使ってるって聞いてるだ」
「一〇人の部下を連れてきている。この集落は共和国が設営すると予測されるのでマークしていたのだが……」
「ああ、夕方に共和国の偵察カブターを見たでな」
ボランの言葉に、背後の男は顔をしかめ無線に何か呟いた。途端、上陸してきたグソックの上で他のコマンドー隊員が動き始める。
水中装備もそのままに、地雷がある地面に触れないように機体の上でドローンを展開。情報収集を開始していた。
「……カブター級の機体が到達できるなら夜更けにはこの集落に陸上部隊が着いてしまうだろうな。空軍の援護を要請して遅滞戦闘を仕掛けねば。君……ボラン一等兵か。私の指揮下に入って貰うぞ」
「はあ、それは構わねんだけど。民間人が一人いるでな」
「民間人?」
「元々この村……こみゅうんとか言うのに住んでたってのが、今ガレージで寝てるべ」
「例の団体の構成員か……」
ボランの報告に、男は思案する。そこへ上陸してきたグソックの一方が接近し、その上から副官らしき男が声をかけてきた。
「民間人なら先にボートで待避させますか? 下流まで下るだけなら素人でも……」
「いや、ここの構成員だったのなら設営を手伝わせよう。ただでさえ地雷原のただ中なのだしな……」
テキパキとした指示に、二体のグソックとそれに乗った隊員達はコミューンへと向かっていく。そして男はボランを見下ろした。
「私はゴア少佐だ。よろしく頼んだぞ一等兵」
水中マスクを外して現われる厳つい顔立ちに、ボランは唯々諾々と頷くしかない。
戻ってきたボランが帝国兵を引き連れていたことに、アビゲイルは憤慨した。
「あなたもこのコミューンの位置を特定するために私を保護したんですか……?」
震えるアビゲイルに、しかしゴア達が事情を説明する。帝国本土でこのコミューンの位置は把握されていたことと、その経緯をだ。
「思想団体『ほしをつぐもの』は今日の昼過ぎに共和国側で構成員が逮捕されたと報道されているぞ。主宰者には詐欺や収賄の容疑がかかっているそうだが……。この集落も共和国に売却しようとしていたようだ」
そう告げられ、アビゲイルは顔色を失った。
そしてゴア達は黙々とコミューンに陣地を築き始める。簡素な作りの建物はあまり障害物としては有効ではないと判断し、進入してくる共和国軍を迎撃するための罠とする構えだ。
「作戦目的は共和国進駐部隊の撃破ではなく無力化に留める。特に帰還手段を奪うことで救助の手間を掛けさせたい」
トンボ型の偵察ドローン・ゾイドが取得してきた暗視映像によれば共和国側の戦力は兵員輸送用のキャタルガが中心で、コミューン内の地雷処理と歩兵支援のためか武装スコーピアが二機、そして、
「進路確保用のためか、マインプラウ付きのトリケラドゴスが一機。これが最大の獲物になるな……」
帝国ゾイドにも似たフェイスガードと、地雷を掻き出すための櫛のようなドーザーを装備した大型ゾイドが隊列の先頭で一際目立っている。背部には操縦席の他に旋回砲塔も背負っていた。
対するこちらの戦力は、
「グソックは潜入用のゾイドだが一応装備はある。対ゾイド砲に機関銃程度だが」
二体のグソックはコミューンの入り口脇に自ら穴を掘って掩体壕を作り、しばし休息を取っている。ライダーの隊員達がその顔をのぞき込んでコンディションをチェックしていた。
「どちらかというと隊員達の対ゾイドロケットランチャーと、建造物に仕掛けるトラップの方が有用だろう。ボラン一等兵、貴様のスコーピアは対ゾイド戦はどうだ?」
「んまあそういう役目もしてたけどあんまり経験ねえべよ……」
スコーピアの武装は尾の先端に付いた重機関砲。対歩兵、対ゾイドを兼用するものだ。あとは元からあるハサミと毒針程度であり、歩兵部隊の支援ゾイドの域を出ない。
「貴重な重火器ではあるな。グソック同様集落の入り口に陣取って、共和国軍が進入したところで後方から攻撃してもらおう」
「ああそういう風に一方的に戦うのは得意だべ」
ほっと胸をなで下ろすボランに、ゴアもさもあらんと苦笑した。
他方、放心しコミューン内の案内もさほどできずにいたアビゲイルはゴアの部下と共に川を下って脱出する算段となった。自分達が作り上げたコミューンが戦場になるのを目にするのも酷であろうという判断だ。
グソックの移動で地雷原に開設された移動路を、川に向かって案内されようとするアビゲイル。ボランはスコーピアを待ち伏せ地点に移動させる前に、彼女に声をかけた。
「アビゲェールさん」
「……アビゲイルです」
気の抜けた調子のアビゲイルは、訛りきったボランの声に対して亡霊のように振り向いた。
髪も振り乱したその姿は、自分と同じようなやけっぱちに沈みつつある。ボランはそう直感した。
「命あっての物種だに。あんま気を落としちゃなんねえだよ」
「あなたは……なんとでも言えるでしょうね……」
なにか芯のようなものが抜け落ちたように、アビゲイルは傾いだ姿を見せていた。そんな横顔に、ボランは呼びかける。
「おめえさんが何かを信じてたってことは、それを言った奴じゃなくて理屈を信じてたんだべ? だったら、お偉いさんがとっ捕まっても気落ちすることねえべさ」
「…………」
「オラだって何度もきちんと育たねえ作物を見てきたけんども、そういうのを間引いて実らせるのが畑ってもんだべ」
「間引き……」
ボランの物言いに、アビゲイルは呆れたような表情を向ける。だがそんな飾り気の無い物言いにかえって信用したのか、表情はややあって疲れた笑みに変わった。
「……いつかあなたがグウの音も出ないような成果を出して見せますよ」
「そん時は多分オラとスピ公が雇われで潜り込んでるっぺなあ」
いけしゃあしゃあと言うボランに、ついにアビゲイルは苦笑する。そうして、ゴアの部下に促されて川へと足を向け、
「お元気で……」
去って行く足取りは先ほどより力を感じるものだ。ボランは深くは考えず、元気づけることは出来だろうと頷く。
スコーピアはどこか訝しげな唸りを上げていたが、ボランは難しいことはわからない。そのまま、機体を待機地点へ向かわせた。
コミューンの入り口を見渡せる三カ所。ゴアの部隊のグソックと共にボランはスコーピアを待機させる。
乾いた土を掘り、身を埋めたスコーピアが露見しないよう偽装し――そうする間に、夜明けはやってきた。
新地球歴三〇年 八月一日 〇四五七時
コミューン跡
ボランとゴア隊が待ち受ける陣地となったコミューンの前に共和国の部隊が現われたのは、朝日と同時であった。
薄明の中で先頭に立つのは偵察通りトリケラドゴスであった。マインプラウで開設した道をはみ出さないよう、キャタルガも彼らのスコーピアも一列縦隊だ。
コミューンにゴア隊……帝国軍が先回りしていることは彼らは知らないはずだ。だが地雷原を長く行軍してきた直後であるにも関わらず、彼らは慎重だった。
コミューンの手前で隊列は停止し、スコーピアが周囲を警戒している。射線が通り、隠れやすそうな場所は特に念入りに。
ゴア隊のグソック乗り達はその辺りはよく理解している。彼らが身を潜めているのは何の変哲も無い平地で、身を隠すのに助けになるものもない。
だがボランはそうはいかない。スコーピアの性能も原因だが、元からあった着弾痕に身を潜めることにした彼らは周囲に比して目に付くところが多い。
共和国軍のスコーピアは当然目を付けて接近してくる。バイザーを着けていない共和国仕様はギョロギョロと目を動かしており、視界を確保するためにペリスコープを展開したボランはそれをモニター越しに見ることになる。
「うひゃ……おっかねえべ」
普段は被弾を防ぐために遮蔽物を使う程度……というのがボラン達だ。
今回はゴア達の指示もあり、普段なら展開したままの尾も地中に引き込んでいる。そして何より重要な指示として、共和国軍がコミューン内に進入し、トラップにかかるか陣地の攻撃が始まるまでは潜伏し続けるよう言われていた。
もちろん発見された時の自衛は認められている。だがそれは待ち伏せの露見を意味し、戦力差があるゴア隊を危険にさらすことだ。
「んなこと言ってもオラ達に近づかれてるのはホントのことだもんなあ……!」
冷や汗を垂らしながらボランはぼやく。昨日に呑んだ酒のせいかゲップもこみ上げてくるが、思わぬ大音が出そうで無理矢理飲み下すほどだ。
「見つけねえでくれよ……」
祈るボランに、押し黙るスコーピア。ペリスコープ越しの視界に共和国の機体は接近し、
「ひいぃ……」
操縦桿に手を伸ばしたのと同時に、決断を下したのか相手は去って行く。ボラン達の位置が彼らが行軍した場所の側だったからか、警戒心は薄かったようだ。
砲弾痕を埋めるようにではなく、底をさらに掘り抜いて身を隠していたのもボラン達に味方した。去って行く敵の背に、彼は冷や汗を拭って注視する。
共和国軍の部隊はまだコミューンには入らない。トリケラドゴスが外縁の柵に横付けし、連絡を取るキャタルガとトレーラーの向こうで、共和国のスコーピアが村内捜索に移っていく。
そして爆発音が一つ。ボランは思わず引き金を引きかけるが、共和国軍の反応が薄い。
「じ、地雷を処分しただけだべなあ……」
敵が遠ざかり、ボランの呟きは増える。そんな彼に、スコーピアは落ち着けるような低い唸りを漏らした。
普段すでに戦いが始まっているような場所に投入されるボランは、戦端が開かれるのを待つのも、敵を観察することも経験が少ない。
キャタルガの荷台上で談笑したり、無線機に向かう人員が見える。
「……あいつらにもアビゲェールさんみたいに悩んだりしてる時もあるんだべかな……」
一日連れ添った奇妙な同行者のこともあってか、ボランはそんなことを考えてしまう。
普段ならヘルメットの影や、操縦席の向こうで見えない敵兵の人間性。気づいてしまった今となっては――。
また爆発が起きる。そして銃声も。
「あ……始まっちまったべ」
慌ててボランも操縦桿を握る。地中に埋没していた尾部を持ち上げる頃には、グソックからの射撃も始まっていた。
機銃掃射に倒れる兵や、銃声に身じろぎするゾイド達。その景色にいつもよりも濃密な死の気配を感じたボランだが、すぐに視界に入るものをいつもと変わらぬように捉えていった。
スコーピアの尾の先、重機関砲を地中から構え発砲へ。キャタルガのトレーラーへの着弾で砂埃が巻き上げられ、敵の姿は見えなくなっていった。
身をよじって逃げ出すキャタルガに、応戦の構えを見せるトリケラドゴス。その砲塔が旋回してボラン達の方へ向くが、地中に身を隠したスコーピアの姿は捉えられないようだ。
さらにコミューン内から飛来した対ゾイドミサイルがトリケラドゴスの背に直撃し、キューポラのハッチがはじけ飛ぶ。操縦席は残っているのか、トリケラドゴス自体は砲撃が飛んでくる方向を見定めようとし続けていた。
無心にボランは射撃を続けるが、もはや正対したトリケラドゴスは分厚い頭部やフリルの装甲で射撃をはじき飛ばしている。そして脚部装甲に懸架したミサイルランチャーから一撃が飛んだ。
「ひゃーおっかねえべ」
スコーピアの尾を引き戻すと、ミサイルは手前に着弾する。ペリスコープが土砂を浴びるが、この程度のことは今までもあったことだ。
黙々と応戦し続けると、集中砲火を浴びたトリケラドゴスはコミューンの入り口を離れ始めた。コミューン内では小回りがきかず、帰投のための撃破されるわけにもいかないという判断だろう。
戦闘が始まり、無線封鎖は解除されている。ボランは指示を求めた。
「ゴア少佐どん、トリケラドゴスが逃げようとしてっぺよ」
『歩兵部隊を確保すれば奴は戻って来ざるを得ないだろう。残る敵の無力化に努めよ』
ボランが指示を聞く合間にも、グソックが砲撃を続けてキャタルガを追い詰めていた。ゴアの指示に、ボランも頷く。
「やるべなあ……スピ公」
ボランが指示すると、スコーピアは土を撥ね除けて地上に飛び出す。キャタルガもサイズの大きな機体だが、コントロールを失っているならさほど問題ではない。
背中から飛び乗り、関節の結合部にハサミを振り下ろさせる。動作の芯となる部分を断たれてはキャタルガも車輪を空転させてもがくばかりだ。
『ボラン! チェックシックス!』
グソックのライダーからの警告。後方から共和国部隊のスコーピアが飛びかかってきているのだ。
振り向き際にハサミの外縁で切りかかりを弾けば、横たわるキャタルガの上でチャンバラの状況だ。
スコーピア同士の斬り合いは当然互角。だがキャタルガの上から振り下ろすボラン達の方が有利ではある。焦れた敵は、高く掲げた尾をさらに震わせた。
ゾイド自身の目の発光と同時に、スコーピアの尾は瞬時に三つ叉に増えた。ワイルドブラストだ。三連の刺突がボラン達に降り注ぐ。
「共和国のワイルドブラストはおっかねえ……!」
たまらずボランはスコーピアを後退させた。横たわるキャタルガの陰に退避すると、敵のスコーピアが入れ替わりによじ登ってくる。見下ろされる状況となったボランは歯噛みするが、
『ボラン一等兵を援護しろ!』
ゴアの指示と同時に、コミューンの二階建て家屋から対ゾイドロケットランチャーを携えた隊員が姿を現す。横様の射撃を浴びて、共和国のスコーピアは吹き飛ぶしかない。
『ライダーなんだからしっかりしてくれよな』
「へ、へへ……」
呆れた調子のゴアの部下に、ボランは苦しい笑いを返すしかない。自らの腕に自信などは無いのだ。
『ボラン一等兵は退避したトリケラドゴスに睨みをきかせてくれ。共和国の部隊は我々で拘束する』
「す、すまねえだに……」
結局はこうだ。アビゲイルにあれこれ言ったところで、自分も決して力がある存在ではない。
にもかかわらず、人の命は左右できてしまう。横たわる共和国のスコーピアとキャタルガを前に、ボランは曖昧な笑みを浮かべ続けるしかなかった。
奇襲を仕掛けたこともあり、日が昇る頃には戦闘は終結していた。
ボランはトリケラドゴスが戻ってくるのを警戒するべくコミューンの入り口に待機し続ける。その背後ではコミューンの広場にキャタルガのトレーラーが引き込まれ、拘束した共和国兵達の収容場となっていた。
『要請した爆撃はどうしますか? 敵の無力化は完了しましたが……』
『いや、大型ゾイドが一機行方不明である以上しばらく上空待機するよう伝えてくれ。アレを撃破しないことには、兵を回収して後退されてしまう』
ゴア達の相談は集音器を通じてボランにも届いていた。共和国兵達の抗議もだ。
『地雷散布にこんな時間稼ぎをして何になるというんだ、帝国は……』
『共和国が発掘地帯を得るのを看過するわけにはいかないのでな』
ゴアの言葉に、共和国兵は悔しげに唸っている。
ボランは思う。確かにこんな戦いは意味の無い、建前のぶつかり合いが生んだようなものだ。
国力のある共和国にしてみればこの地帯を押さえようとするのは帝国に確保されないためだし、帝国が撒いた地雷はいずれゾイドを駆使して撤去され尽くすだろう。
地は荒れ血は流れ、しかしやがて何も無かったことになる。戦闘で破壊されたコミューンや畑の姿がどこか恨めしげにボランの目には映った。
しかし自分はそんな無為な戦いを飯の種にしてきたのだ。厭世観を見せていたアビゲイル一人に心を揺さぶられること無く、これからも小競り合いあるところでスコーピアと共に生きていけばいいじゃないか。ボランは落ち着かぬようにもみ手しながらそう考え込む。
その時、空の彼方から高音が轟いてきた。ジェットエンジンの作動音だ。ボランが音源へ振り向く間もなく、上空を一つの影がフライパスしていく。
スナイプテラ。帝国が誇る現代最大級の航空攻撃ゾイドだ。地上のゾイドに対して圧倒的な優位を持つこの機体は、本来戦力が少ないゴア隊を支援するために派遣されている。
実際のゴア隊は遙かに早く共和国部隊を制圧したが、これは彼らの手際が良かったからだ。ボランが貢献した要素はキャタルガ一機の撃破のみでしかない。
ゴア達も、希少な航空ゾイドであるスナイプテラのライダーもエリートだ。
「雲の上って奴だべ……」
文字通りのことを呟いてしまい一人で笑うボランだが、そこへ当のスナイプテラから通信が届く。
『地上部隊! 北からジャミンガの群れが集落に接近しているぞ。迎え撃つなり退避するなり対処しろ!』
ボランは一瞬、その言葉の意味を受け取りあぐねた。理解した頃には、すでにゴア達が動き出している。
『こちらゴア少佐。情報ありがとう、こちらでも確認するが、そちらの索敵データを転送して貰えるか』
『――はっ、少佐殿』
ドローン・ゾイドを持つ兵に手振りで指示しつつ、ゴアはスナイプテラに通信を返していた。直接ゴアが応じたことで、恐らく尉官のスナイプテラのライダーもかしこまる。
『ジャミンガは標準ラプトル型を中心に一〇〇体規模。支援が必要ですか?』
『ああ頼む。グソックa号b号は隊員を回収。あー……ボラン一等兵! 集落の北に回ってくれ。ジャミンガが見えたら迎撃を頼む』
「――了解だに。スピ公」
ボランが呼びかけながら操縦桿を傾ければ、スコーピアはコミューンの北へ身を回し前進を始める。視線の先にはまだかすかな傾斜がある荒野しか見えないが、また上空をスナイプテラが背後から通過していく。
旋回しながら、スナイプテラは胴体から二発の爆弾を投下した。遠心力で放物線状に飛んだ二発は、斜面の稜線の向こうに落ちて爆風を上げる。
爆音が響いてくる中でボランが指示された位置に着くと、稜線を乗り越えて蠢くものが見えてくる。錆び付いた金属の色をした集団だ。
ジャミンガ。地球に発生したゾイドの不完全体だとボラン達のような立場の人間は教えられている。しばしば大量発生し、飢餓感にでも苛まれているかのように人間を襲う。
現われた集団は典型的なラプトール型のジャミンガだ。ラプトール自体がポピュラーなゾイド故にジャミンガ個体も多い、とボランは誰かから聞いたことがある。
実際、出現した群れは少なくとも見渡せる範囲の稜線を埋め尽くすほどのものだ。
「この辺がゾイドの化石多いって本当だったんだべな!」
思わず感心してしまったボランに、スコーピアは渋い唸り声を上げる。そして火器管制装置の導きで重機関砲をジャミンガの群れへと向けた。
旋回して戻ってきたスナイプテラが機銃掃射に移ることでボランはようやく気づき、自身も引き金を引く。先程の戦闘同様、重機関砲は攻撃力をばらまいてジャミンガの接近を食い止め始めた。
が、このスコーピアは地雷散布前の戦闘から一回も補給を受けていない。それも事実だ。
「弾が足りねえべ……!」
トリケラドゴス一体を相手取るならいざ知らず、一体ずつ別の存在であるジャミンガ一〇〇体超を相手にするには残弾不足であった。そして今回は、グソックはゴアの部下達を収容している最中だ。
「ええくそ……」
小刻みに指でトリガーを叩いての指切り点射で弾薬を節約しつつ、ボランは群れから突出してくるジャミンガを迎撃する。が、やはり火力投射量が足りない。
錆色の群れはじわりじわりと接近してくる。スコーピアも思わず後ずさり、しかし反復攻撃を加えるスナイプテラによって群れの先鋭が削り取られた。
「助かるべなあ」
『こちらスナイプテラ。残念ながらミサイルはあと一回の斉射で弾切れだ。機銃掃射の効果は限定的となるが時間が許す限り攻撃を続行する……』
『無理はしないでくれ、ボランもな。こちらは脱出の準備が整った。適宜後退するんだ』
コミューン中央で、ゴアの部下達はグソックへの搭乗を終えていた。川への移動を開始しつつある様子にゴアはスコーピアを反転させるが、
「よく考えるとおめえじゃ川は下れねえべな……。ん?」
グソックに続こうとするボランだが、ふと彼らの傍らに放置されたままの共和国兵達を見出す。地雷原の中に取り残し共和国に回収の手間を強いる作戦だとは聞いているが、
「縛ったまんまなのはむごすぎるべ!」
駆け寄ったスコーピアのハサミで、ボランは共和国兵達を縛る縄を切りにかかった。その様子に二体のグソックが目を向け、
『ボラン一等兵!?』
「このまんまにしたらジャミンガになぶり殺されちまうべ! そんなことしたら皇帝陛下の沽券にも関わるんでねえか!」
『それは……』
共和国兵を解き放つボランに、ゴアの部下達も言い返せない。彼らも優秀な兵である前に一人一人人間として生まれてきたのだ。それもこの地球を新天地として求める惑星Zi人として。
『ご、ゴア少佐……!』
『……ジャミンガは両国共通の自然災害だ。確かにこれを看過することは人道に反する――』
佐官として部下達よりも軍人としての使命にひたむきであろうゴアは、より深く葛藤している様子だった。
『――退避できる状態を保ったままジャミンガを迎撃! 我々もスナイプテラも弾薬が切れるまでは共和国兵を護衛する!』
「連れて帰れは……」
『捕虜を輸送するだけのペイロードはどのゾイドにも無い……。それに我々と同じ人間であるなら、あのゾイドライダーも来るはずだ』
ゴアの言葉は力強い。そしてグソックは旋回し、ジャミンガへと搭載砲を向けた。
『よっ……と』
グソックの一方が、共和国兵を乗せたキャタルガのトレーラーを近くのプレハブに押しつけた。地表に触れることなくプレハブ内に移動できるようになり、意図を察した共和国兵達は二階建てのプレハブへと乗り移り始める。
『ジャミンガ群は集落の外縁に到達したぞ!』
スナイプテラのライダーが報告しつつ、最後のミサイルを放った。爆風がコミューンの建物越しに見え、一瞬の沈黙の後に錆色の津波は殺到してくる。
『撃て撃て撃ちまくれ!』
『弾残さないでいいとか滅多に無いっすね!』
グソックに乗ったゴア隊の隊員は、対ゾイド砲や重機関砲に取り付き射撃を開始する。あぶれた者は残りの対ゾイドロケットランチャーでジャミンガを攻撃しはじめていた。
コミューン内の道に分断されたことで、ジャミンガの群れは迎撃しやすくなっている。だが残弾の問題はボランのスコーピア同様だ。
殺到するジャミンガ達は地雷も踏むが、腐っても金属の体だ。吹き飛びはすれどすぐに立ち上がり、そして後続のジャミンガがその姿を群れの中に巻き込んでいく。
迫り来る光景の中に機銃掃射を加えながら、スナイプテラが上空を通過。そしてそのライダーがまた声を放つ。
『――集落東にもジャミンガ出現! 第二梯団、こちらも一〇〇体規模!』
その報告に、ボランは歯噛みした。もはや弾よりも敵の方が多い状況だ。
しかしターンしてまたジャミンガ群の上空を通過しようとするスナイプテラから、報告は続いた。
『第二梯団後方よりゾイド接近! 機種は……トリケラドゴス! 単騎駆けです!』
『やはり来たか!』
ゴアが応じた途端、コミューン入り口に姿を現したジャミンガを後方から吹き飛ばして巨大な影が現われる。
背面砲塔を破損したトリケラドゴス。退避していた共和国の機体だ。
突進でジャミンガを吹き飛ばした巨体は、コミューン内に突入するとまずボラン達を睥睨する。だがすぐにプレハブから手を振る共和国兵に気づくと、そのそばに身を寄せた。
『共和国部隊、トリケラドゴスへ移乗を開始しています』
『……これ以上は我々の関知することではない。グソックa号b号は共に武装を投棄してワイルドブラストで河川まで退避せよ。
ボラン一等兵! 君も続け!』
「まぁだ共和国の連中は乗り移ってる最中だべ!」
染みこむように路地に溢れてくるジャミンガは、火力の低下によって接近しつつある。グソックは弾切れの火器を切り離し、体を丸めたワイルドブラストの状態へ入っていた。
だがボランのスコーピアはトリケラドゴスを守るように立ちはだかる。
『ボラン!』
「スピ公が無事なら地雷はどうにでもなるだ! ここを切り抜ければオラ達は大丈夫だに、気にしねえで逃げてくんろ!」
『……死ぬなよ。グソック、出せ!』
ゴアの号令に応じ、二体のグソックは河川へ向けて一気に転がっていった。開設した地雷原の道も無視して、多数の爆発に包まれながらも一直線の道のりだ。
一方共和国のトリケラドゴスは、破損した砲塔下の弾薬スペースに兵を乗せようとプレハブに身を寄せ続けている。オプション火器として搭載しているミサイルと角の振り回しでジャミンガを追い払っているが、すでに錆の色はすぐそこまで迫っていた。
ここにジャミンガが殺到すれば彼らは失われるだろう。
『こう』ではいけない。アビゲイルはこういうことが嫌だったのだろう。
そのぐらいはボランにもわかる。
そして連れ添う彼にも。
「させねえべなぁぁぁ!」
トリケラドゴスを守る位置に立ち、スコーピアの甲高い咆哮と共にボランは叫んだ。
帝国ゾイドのZ・Oバイザーの奥でスコーピア自身の双眸が光を放つ。そして操縦システムが干渉を受け、『Machine Blast』の文字がコンソールに浮かんだ。多数のエラーメッセージと共にだ。
「ワイルドブラストぉ!」
自分には似合わねえべとどこかで思いつつも、ボランは声を上げていた。苦楽を共にしてきた相棒も同じ気持ちなのだから。
「毒針を使うっぺよぉぉぉ!」
スコーピアの尾を補助するように取り付けられていた外部フレームが、据え付けられた重機関砲ごとスライドして分離した。さらに弾切れの重機関砲をパージし、スコーピア本来の三つの毒針が掲げられる。
「片っ端から止めてやるだにぃぃぃ!」
トリケラドゴスを守るように飛び出したスコーピアは、ジャミンガの群れへ向けて連続して毒針を乱射する。
ミシン針のような高速の乱打は、項垂れながら迫るジャミンガ達の首筋を的確に打ち抜いていった。浸透するゾイド神経毒は、的確にジャミンガの運動機能を奪っていく。
積み重なるジャミンガを乗り越えて新たなジャミンガが押し寄せてくる。それを叩き続けるスコーピアの背後で、トリケラドゴスが身じろいだ。共和国兵の移乗が完了したのだ。
そして同時にトリケラゴドスの巨大な頭部フリルが、額の頂点に埋め込まれたバンカーホーンと共に固定を解除されていた。スコーピアの乱打をかい潜ろうとするジャミンガへ、トリケラドゴスは巨大なフリルと四本目の角を叩きつける。
『ワイルドブラスト! バスターパイク!』
巨大なパイルバンカーとフリルによる打撃に、ジャミンガが波を打って吹き飛ばされる。そうして活路を開いた巨体は、ボランとスコーピアへと振り返った。
『……こちらに!』
「オラ達のことは気にしねえでくんろ!」
トリケラドゴスから外部音声で呼びかけがあったが、ボランは首を振った。
アビゲイルも、ゴア達も、この共和国部隊も、襲い来る事態をよしとせずに立ち向かっている。
それに比べて自分はどうだ。流されるばかりだと、ボランはそう自分のことを認めていた。
だがこの危難を前に、スコーピアと共にあればどうだろうか。自分達にも何か、立ち向かったという事実を残せるのではないだろうか。
ボランの浮き立つ心に、スコーピアは寄り添っていた。ゾイド本来の器官が生む毒素は三つの毒針にみなぎっている。
「共和国の人さ! もし国に帰れたら伝えて欲しいことがあるだ!」
『!?』
「この世界を作る一人一人ってそんなに捨てたもんじゃねえっぺ! だから今、二つの国がケンカしてることを儚んでてもそう悲観しねえでくれって……お願いだべ!」
『……わかった!』
トリケラドゴスからの声はそう返すと、機体を翻した。
ジャミンガをワイルドブラストで蹴散らして包囲を突破していく姿に、ボランは一つの安堵を得る。
「……オラ達も流されるばっかりじゃねえんだべなあ、スピ公」
しみじみと呟きつつ、ボランはスコーピアを背後のプレハブに跳躍させた。
見下ろす足下にはジャミンガの潮流。だがそれに立ち向かう中で、自分のことを覚えてくれた人々がいる。
流されてばかりの人生だったボランには今、彼らの記憶と……それを受け取ってくれる誰かがいることは大きな希望だった。
「アビゲェールさん、おめえ、こういう世界で生きていたんだべなあ」
感嘆しつつ、ボランは眼下のジャミンガ達を見据えた。三つの尾を掲げるスコーピアと共に。
「オラ達もそこに行けるかなあ……」
呟きながら、ボランはスコーピアと共に乱流へと飛び込んでいった。
掴み、刺し、走り、跳び、睨み、噛み、襲い、蹴散らし――。
ジャミンガの群れが畳みかけてくる中へ躍り込み、ボランの意識はスコーピアのそれと同調していった。
眼前の機器に取捨選択されたものを見続けてきたスコーピアにとって、ボランの情動はほとんど唯一の娯楽であった。
襲い来る出来事に対して怯えては、生き延びて勝ち誇る相方を見るのはかのゾイドの庇護欲をくすぐるような、そんな出来事であった。
そして今、彼はようやく自分が無視し続けてきた大きな流れを見据え、それに飛び込んでいこうとしている。
頼りにされるのは荷が重いことだが、誇らしくもある。
スコーピアは、そう思った。
その日、二つの国の間にある間隙で起きた出来事を知るものはあまり多くはない。
作戦行動時間いっぱいまでコミューン上空からジャミンガへの攻撃を続けたスナイプテラのライダーが、ボラン達を最後に目撃した人物となった。
その後のいくつかの歴史的事件の中で地雷原の中に取り残されたコミューンは忘れ去られていったが、二つの大国の関係が接近したことで民間でも動きがあった。
二カ国の協力事業がいくつか生まれたのだが、国境緩衝地帯にばらまかれた地雷の撤去事業も興されている。かのコミューン跡を含むエリアを担当する団体も立ち上げられた。
コミューンを作った団体の元構成員が多いその組織に、アビゲイルという名の女性がいるかを調べた者はいない。
だがコミューンを目指して地雷撤去を行う彼らからは、やがて安全確保前のエリアをふらふらと歩き回る一体のスコーピアの目撃情報が聞かれるようになった。
まるで導くように現われるその姿は、コミューンの方角を目指して陽炎の中に消えていくのだという。
酔っ払ったような足取りの姿を求めて、地雷撤去事業は今日も続いている。
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またしてもゾイゼロ二次創作です
アルドリッジがスティレイザーに乗っていたような頃……とかそんなイメージで